第28話 まったく、コイツラは……①

 九月一日。暦では秋なのだが、気温を考えると九月は夏だと思う。八月より暑い日もあるし、何よりまだまだ野外では多くの昆虫が人生を謳歌しているのだから。


 次のスタンピードが起こるのは最早確定的なので、私は加納と相談しながら対策を考えている。


 警察には調査報告書を既に提出しており、スタンピードが起こる大凡の時期を示唆しておいた。そのせいかどうかは解らないが、ここ数日キタツマフキを駆除する警察や自衛隊の人達を野外でよく見かける様になった。


 キタツマフキが合成生物だと言う事実は警察には伏せてある。


 伏せた所で解る時は解るのだろうが、私としては少しでも加納とキタツマフキを結ぶ接点を隠しておきたい心境だったのだ。


 殺人犯だとはいえ、彼は数少ない私の友人であり理解者でもある。

 友人の称号が何であっても、それは私には興味の無い事だ。


 それに今まで色々と便宜も図ってもらっていたし、何より彼が捕まると私だけでキタツマフキ対策を考えなければならなくなってしまう。それは厳しいので、捕まるにしても事が終わってからにしてもらいたい。


「キタツマフキは放射性物質に反応するのだから、何かしらの中和方法を用いて放射性物質をどうにか出来ないのか? 空中散布とかで広範囲に」

「モッさん、それは無理があるね。確かにある条件の元でなら中和出来る方法もあるし散布も可能だろう。現にロシアの科学者が中和剤を完成させているし、検証の結果も良好だ。しかし、そうすると別の問題が出て来るよ」


「別の問題? 放射性物質が無ければキタツマフキは分裂しない。ならば元凶を無くせば良いのではないか?」

「実際に中和剤を空中散布したとしたら、今度は散布した土地が化学薬品で汚染されるだろうね。更に人体にも確実に影響が出る。それこそ、水俣病レベルの問題になってキタツマフキのスタンピードどころじゃなくなるよ」

「土地が汚染されるとその地域に生息していた在来昆虫にも影響が出るな。それは拙い」


「それに我々は原発の事故に目を奪われすぎだ。放射能は原発の件以前に外国の行った大気圏内核実験なんかで満ち溢れているよ。今更どうやってもクリーンにする事なんて出来ないレベルでね」

「ならどうすれば良いと?」

「それを考えているんじゃないか」

「正論だ」


「取り敢えず、うちの研究員にキタツマフキに関する様々な実験を命じてあるから、もしかすればそちらで何か対策の目処が立つかも知れないし」

「助かるよ」

「立たないかも知れない」

「どっちだよ」

「そんな事、今の段階で解ると思うかい?」

「うむむ……」


 加納は私のような変わり者にも、昔から分け隔てなく接してくれる人格者ではあるが、実は自分の研究以外、特に人間に、もっと言うと自分が認めた人間以外には露程の興味も無い。外面は良いが実際は小石や埃と同レベルに見ている節がる。


 何時も冷静な口調を崩さず、ひょうひょうと振る舞うので、彼と知り合って長いが、未だに深い所で何を考えているのか解らない部分があるのも事実だ。


 かく言う私も殺人犯を通報しない程度には、変人の自覚はあるので人の事は言えないのだが。




 九月二日。友人との昆虫談義は非常に有意義な時間だ。


 スタンピード対策を考えなければいけないのは重々承知しているのだが、なかなか良い方法が浮かばず、つい自分の研究成果なんぞを語る事で、お茶を濁してしまう。


 それは私だけではなく加納にも言える事であって。

 良い大人なのに昆虫研究以外の事となると全くもって駄目な人種である。


「つまりコオロギモドキとも言われるガロアムシは成虫になるまで七年、成虫になってからも二年の合計九年と言う昆虫では非常に長寿の部類なのだ。九年だよ? 通常のコオロギと比べて異常な程長い。そこに着目して体内物質から上手くいけば長寿薬を産み出せるのではないかと思ったのだが、研究すればする程、無理だろうと言う事実が積み重なってね。小虫は所詮小虫なのかと落胆しかけているんだ」

「うん、解るよ。長寿、不老、不死に至るプロセスの発見は研究者としてとても遣り甲斐のある研究だからね。それこそ幾ら金を積んでもどうにも出来ない問題さ。そこに至るヒントは無数にあると思えるのに」


「そう言えば加納も昆虫の寿命に関する研究をしているのだったな。確かアブラゼミだったか?」

「違う、素数ゼミだよ! 詳しく言うとアメリカ等に生息する十三年ないし十七年かけて成虫になり人生の九十九パーセントを地中で過ごす、とても長寿なセミなんだ。その素数ゼミの成長速度を人工的に操作して短縮、或いは延長させるのが研究の第一段階さ。最終的には人間に応用して不老とまでは行かなくとも千年は寿命が続く様に出来たら良いなと考えている」

「ほう、それは凄いな。千年も昆虫生態の調査が出来るとか堪らない御褒美だ」


「でも今のままだと研究費が全く足りなくてね。頼みの綱の合成生物も野に放たれてしまったし。そう言えばキタツマフキには私が改良した素数ゼミの因子も組み込まれているんだ。凄いだろ?」

「遺伝子鑑定書にはそんな記述は無かったと思うが?」


「フッ、君が合成生物を送って来た時は本当に驚いてね。私の研究成果でもあるので悪いが隠蔽させてもらったよ」

「おい!」


 全くコイツは、正式な書類を平気な顔で改ざんしやがって。

 昔から加納は自己判断で何でもやってまう所があって、少なからず振り回された記憶がある。本人に悪気はこれっぽっちも無いので始末に負えない。

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