第12話 増殖! キタツマフキ①

 北妻蕗村へと近付くにつれ、ヘッドライトで照らされた範囲の林道とその左右の雑木林にはキタツマフキのうごめく姿が増え始め、窓を閉めているのにもかかわらず遠くから叫び声らしきものも聞こえてきた。


 絶え間なくコツコツと車のボディから音もするのでヘッドライトの光に誘われたキタツマフキが突撃しているのだと思われる。


 村に到着して目に飛び込んできたのは想像していたものより酷い光景だった。真夜中だと言うのに周囲は喧騒に包まれ、いたる所で警察の回転灯に照らし出された人々がキタツマフキの大群を相手に四苦八苦していた。顔や腕から血を流している人も見受けられる。


 昼間見た時には何ら凶暴性を感じなかったが、流石は夜行性の昆虫。

 ひとたび得意な時間帯になるとこんなにも活発に動くものなのかと感心してしまう。


 民家と言わず林と言わず、鈴なりになったキタツマフキが動き回り、サーチライトに照らし出された村の上空には蝙蝠こうもりの群れなんて可愛らしく思える程の数がバタバタと音を立てて飛んでいる。


 車のライトや懐中電灯の光、果ては民家から漏れる光に反応して闘牛のように突撃してくる姿は、昆虫好きでも若干引くので普通の人ならドン引きだろう。


 以前、ブラジルではゾウカブトが街灯目がけて突撃し沢山の街灯が割れた事件があったが、今の状況は数が数だけにそんなものとは比べ物にならない。


 中型昆虫なのでゾウカブト程の破壊力は無いが、それでも引っ切り無しにヘッドライトにぶつかられては何時か割れるだろうし、余波でライト周辺にもぶつかるものだから車が傷だらけだ。


 私と貴子ちゃんが持っている懐中電灯にも狂った様に次々とアタックをしかけてくるキタツマフキは、まるで何かに憑りつかれているかに思える。


 飛んで来るのを次々払いながら警察車両へ近づくと、一台の中から真野さんが『早くこっちへ!』という感じで素早く手招きしてくれた。貴子ちゃんと一緒に警察車両へと駆け込んだ私に対し真野さんは、『すまんねモッさん、儂らじゃどうにもならんもんでね』と、本当にすまなそうに話しかけてきた。


「いえ、それは良いんですが。それよりこの数、この前より増えてませんか?」

「ああね、やっぱりそう思うかい? 儂もそう思っとったんだけど間違いじゃなかったんかい」

「あれだけ駆除したのに更にこの数ですか。これじゃ外に出るのは厳しいですね。いや、私は平気で寧ろ嬉しいのですが普通なら外に出るのは危険ですね。怪我人も出ている様ですし。で、一体私にどうしろと?」


「そうだいね、見てもらった方が早いと思ったもんでね。何とか収まりのつく方法はないんかい? 昼間の大人しい時なら兎も角、今の感じは儂らじゃ無理だわ。今日の昼間撒いた殺虫剤の量が尋常じゃないもんで、これ以上撒くと人体に影響が出かねんのだわ。なんで殺虫剤やら除草剤以外の方法を考えて欲しいんだわ」

「幾つかありますが、ここには道具が無いですね。真野さんの方で用意してもらえますか?」

「ええよ、これが収まるなら多少の無理でも聞くもんで、教えてくんなぃ」


 真野さんに用意してもらうのは大量の蚊取り線香。

 それだけだ。


 一応これも殺虫剤の部類に入るのかも知れないが、蚊取り線香に含まれる成分は自然由来なので人体に影響はほぼ出ない。


 真野さんに伝えると『それだけでいいんかい?』と拍子抜けした感じで聞き返されたが、それだけで大丈夫だ。但し、キタツマフキの数が数なので相当数の蚊取り線香が必要だと補足した。


 クワガタやカブトムシは匂いに敏感な昆虫である。

 かなり離れた距離から触覚で匂いを感じて蜜の出ている木まで飛んで来る。

 全ての木に蜜が出ている訳では無いので、それ位でなければ餌にありつけないのだ。


 しかし裏を返せば、その嗅覚の良さが弱点にも成り得るという事だ。


 煙草や蚊取り線香の煙を気門(腹部にある人間でいうところの呼吸器)から吸い込んだカブトムシやクワガタは途端に元気が無くなり大人しくなる。


 これはそれらに含まれる昆虫にとっての有害成分によるところが大きいが、煙の臭いで触覚が麻痺してしまうからでもある。


 真野さんは直ぐに民家へと駆け込み電話を借りて蚊取り線香を手配してくれた様だ。


 もう何時間かすれば現物が到着し、この騒動も収まるだろう。


 しかしバッタやイナゴなら解るが甲虫であるキタツマフキがこれだけの数で今後も発生するとなると、何か対策を考えないと本当に拙い。


 蚊取り線香は確かに効果的だが根本的な解決とはならず、一時的に弱らせるだけなので、このままではまた明日元気に襲ってくるかもしれない。


 しかもこの増加具合を考えると、今私が目にしているよりも多数のキタツマフキが襲って来るかも知れないのだ。




 三時間後、どうやって掻き集めたのか頼んだ此方が尋ねたくなる程に大量の蚊取り線香が届いたので、五メートル間隔で村の道に配置してもらった。


 キタツマフキの圧倒的な数の錯覚で、最初は効果が無いように思われたが暫く経つと嘘のようにキタツマフキが大人しくなった。


 強い殺虫剤が駄目だと言うからこの方法を選んだが、ここからどうすれば良いのか私では皆目見当も付かなかったのだが、真野さん達は村人を混じえての人海戦術で次々とキタツマフキを捕まえネットに放り込んでいった。


 勿論、持って帰れる数ではないので、ネットが一杯になったら灯油を掛けて焼くらしい。


 非常に勿体ない事であるが仕方の無い事なので、ここは余計な口を挟まずに成り行きを見る事にする。


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