1.三人の冒険者志望生

 聖王国立アルディア学園。

 聖王国クロスギアの王都に居を構える、王国一の学園である。

 多くの学生達がここで学び、鍛え、遊び、夢を追っている。

 先の大戦の疲弊を未だ残すこの世界でも、そんなもの知った事かと、若者たちは相も変らずに青春を謳歌していた。



「ふぁあ~、眠い……」

「何だ、昨日遅かったのか?」

「あぁ、新しい本が面白くてつい……」

「また勇者モノの物語か? ホンと好きだなお前」


 学園の寮から学び舎へと続く道を、二人の少年が歩いている。

 一人は、眠そうな顔をした黒髪黒目の少年。顔は整っているが多少幼さを残しており、優しそうな眼差しが、眠気からか細められている。

 もう一人は赤毛の髪を短く逆立て、鋭い目つきが印象的だ。隣の少年と比べると野性的で、男らしさが滲み出ている。かなりのイケメンである。

 二人とも背は高く、学園の制服に包まれたその体は適度に鍛えられガッシリとしている。


「今回のはなかなか珍しい感じでさ、本人はそこまで強くないんだけど、なぜか魔物に懐かれる体質で。最終的には百匹以上の魔物を引き連れて魔王をボッコボコに……」

「それ本当に勇者かよ……魔王と逆になってないか?」

「たしかに、百匹も魔物を引き連れてる姿は普通の人が見たら恐怖でしかないと思うけど……」

「何も知らないと勇者には見えんな」

「まぁ、勇者もいろんな人が居たわけだしね。戦士に魔法使いに狩人に……商人も居たかな? 今回のは魔物使い、とかになるのかな」

「ていうか勇者も多いな。エルガンドにゃ何人居たんだよ勇者」

「ん~、すべてが実話じゃないだろうけど。創作も多いんじゃない。まぁ何千年と前の話とかだと、確かめようもないし」

「何千年とか、森人類(エルフ)でも生きてねぇよ……」


 赤髪の少年は呆れ顔で答えた。対して黒髪の少年は目を輝かせて勇者を語っている。先ほどの眠そうな顔は何処かに引っ込んでしまったようだ。

 この勇者好きの黒髪の少年は、名をヴァイス・エイガーという。

 冒険者の父を持ち、幼い頃から冒険に、特に勇者の冒険に魅入られてきた、冒険者志願の学生だ。この世界に数多とある勇者の物語を読み漁り、幼少時には、いつか自分も同じような冒険を体験することを夢見ていたものだ。


 その隣を歩くのは、ゲイル・ツヴァート。

 ヴァイスと同じ村出身の、いわゆる幼馴染である。彼も冒険者志願で、ヴァイスと共に、幼少時から彼の父親の特訓を受けていた仲でもある。

 そしてもう一人……


「ヴァイス、ゲイル! 遅いですよ!」


 二人が歩く道の先、男女の寮と学園を繋ぐT字路の中心に、一人の少女が立っていた。

 金色の長い髪が腰まで流れており、すっきりとした鼻にぱっちりとした碧眼。学園の地味目な制服を着込んでいるが、女性らしいプロポーションをしているのが、遠目でもわかる。

 これで耳が長ければ森人類(エルフ)と見紛うような美少女が、二人に向かって手を振っていた。


 彼女の名はリリカ・ドラグネル。ヴァイス達のもう一人の幼馴染である。


「悪い、リリカ」

「ごめんごめん、ちょっと寝坊しちゃって」

「寝坊? また勇者の本でも読んで夜更かしでもしたんですか?」

「うぐっ」


 半眼のリリカに見上げられ、呻き声をあげるヴァイス。横では、ゲイルが二人のやり取りを見て吹き出していた。


「バレバレじゃねぇか、おい」

「ヴァイスが夜更かしなんて、理由はそれぐらいしか思いつきません」

「まぁ、反論は出来ないけど……」


 リリカの遠慮無しの台詞に、ヴァイスは苦笑しながら頬を掻く。そこに、リリカは追討ちをかけるように言葉を続けた。


「アルディアに入学して一ヶ月、気が緩んできているんじゃないですか」

「そんな事はないけど。リリカは真面目だなぁ」

「これが普通です。真面目に学ばないと、師匠にも悪いですよ」

「それを出されるとキツイな……反省します」


 痛い所を突かれ、ヴァイスは観念したように肩を落とし、反省の言葉を告げた。


 師匠とは、ヴァイスの父レイドン・エイガーの事だ。

 リリカも、ヴァイス達と一緒にレイドンより冒険者の特訓を受けていた。そして、三人をこのアルディア学園に入学させたのも、レイドンである。

 三人が生まれ育った村は、王都からはかなり離れた、はっきり言えば田舎である。王都で暮らす人々と比べたら貧しい生活をしており、子供を王都の学園に入学させる余裕は無いのだが、レイドンが冒険者時代に貯めていた資産を使い、3人の入学金等を工面してくれたのだった。


「まったく、リリカはお袋みたいだな」


 ゲイルがやれやれ、と呆れたように呟く。それを聞きつけ、リリカが目を剥いて声を荒げた。


「だれかお袋ですか、ゲイル! 大体、あなたもですよ、最近授業中寝てばっかりじゃないですか!」

「おっと、やぶ蛇か」

「すこしは反省しなさい!」

「といっても、座学は苦手なんだよ。それに身体を動かすほうが冒険者らしいだろ」

「旅には役に立つ事もあるんですよ、まったく……」


 騒ぎなら学園へと歩く三人。長い坂道を見上げると、その先に豪華な校舎が見えた。


 聖王国立アルディア学園、王国唯一の冒険者育成科。

 そこで三人は、冒険者となるべく勉学と鍛錬を積んでいる。しかし、その学園でのある出会いが、三人を世界の命運をも左右する一大事へと巻き込む事になるなどと、この時点では、誰も予想していなかった。


   ◆


「相変わらずでかいなぁ」


 学園の校舎を見上げ、ヴァイスが呟いた。

 アルディア学園は、中等部から高等部一貫式の学校だ。王都に住む子供たちは皆この学園に通い、また王都外からも沢山の学生が集まって来る。そのため学生数はかなりの物……具体的に一学年三百人ほど、計二千近くの学生が居る。それに伴い校舎も巨大、且つ王都の学園という事でなのか、かなり豪華な作りになっていた。


 とはいえ、これはあくまで普通科の話で。

 ヴァイス達が通う冒険科は、その特殊なカリキュラムのせいで、普通科とは別の校舎が与えられている。普通科とは違い高等部のみ、学生数は一学年五十程、校舎は小さめで地味な、あくまで実力主義を第一とする冒険者らしい外見をしていた。

 ただし、その地味な校舎とは裏腹に、周囲はかなり特殊な様相をしていた。校舎の周りは訓練用の施設が立ち並び、外れには多数人戦闘訓練のための広い校庭。冒険者用の道具を扱う購買に、装備の修繕を行う鍛冶屋。さらには冒険者ギルドの支部や、訓練用の迷宮まで存在するのである。

 それは普通の学園と比べると特殊すぎるために、同じアルディア学園でありながらも普通科校舎とは離れた場所、裏手のにある道をさらに奥に抜け魔物用の結界を越えた先に、追いやられるように建っているのだった。

 というわけで、ヴァイス達は普通科の校舎に用は無い。校舎の中を素通りし、中庭を抜け、裏道へと歩を進める。特に普通科に興味も無く、さっさと抜けようとするヴァイス達だったが。


「……なかなか慣れないな、この視線も」


 ゲイルがうんざりしたような様子で、周囲を確認しながら呟いた。

 ヴァイス達三人は、周りの普通科の学生達から奇異の目を向けられていた。中にはヒソヒソと小声で何か話しながらこちらを見ている者達もいる。向けられる目は、一部は好意的とみられるようだが、ほとんどはそれ以外の感情を感じられる。正直な話、気持ちの良いものではなかった。


「だから、校舎を避けて行けばいいと、何度も言っているでしょう」

「それは面倒臭い」


 小言を口にするリリカに、ゲイルが答える。

 確かに、この巨大な校舎を避けて裏に回るなら、結構な遠回りとなる。彼の面倒という気持ちも理解できた。


「なら我慢してください」

「そうは言ってもな……というか冒険者ってもっと良いイメージあると思ってたぜ」

「私達の村のような辺境なら、魔物を退治してくれる冒険者は尊敬される存在ですが、王都には騎士団がありますから。それに冒険者も様々で、荒くれ者のような方々が居るのも事実です」

「王都では騎士の方が人気なんだよね」


 他愛の無い話をしながら、周りの視線を鬱陶しく思い、校舎をさっさと抜けようと早足で歩く三人だったが。


 その時。

 周りから聞こえる会話から、一つの単語が嘲笑と共に聞こえてきた。


「無能」、と


 その言葉を耳にした瞬間に、ゲイルが激高し声を上げた。


「誰だ、今ふざけた事言っぐぇ!!」

「落ち着きなさい、ゲイル」


 瞬間沸騰し声のした方へ突撃しようとしたゲイルの制服の襟を、リリカがグイッと引っ張り止めた。そのためにゲイルの首が勢いよく絞まってしまい、彼はげほげほと咽ている。

 その姿を見て、おそらくその単語を口にしたであろう学生達が、慌てたようにその場を離れて行った。


「何しやがる!」


 復活したゲイルが、怒り顔でリリカに食って掛かる。

 彼の様な男に怒鳴られて怯まない少女はいないだろう。しかし、よくある話なのかリリカは整然としていて、首を軽く振りつつ口を開いた。


「普通科の学生とトラブルはご法度です」

「だからってなぁ――」


 ゲイルは至極冷静に正論を吐くリリカに文句を言おうとするのだが、それを止めたのはヴァイスであった。


「いいよ、ゲイル。俺は気にしてないから」

「……まぁ、お前が良いってんなら、俺も別に良いけどよ……」

「うん、ありがとう」


 いまいち納得のいかない顔をするゲイルに、ヴァイスが乾いた笑みを見せた。そこに、リリカが少し驚いた様子で言葉を続ける。


「噂が広がるのも速いですね、普通科にも知っている人が居るなんて」

「どうせ広めてる奴がいるんだろ? チッ、胸糞悪い」

「まぁ……話題にはなるよ、珍しい話だし」

「人事みたいに言うなよ、悔しくないのかよ?」

「悔しくない事はないけど、事実だから。どっちかというと自分に対してだよ、悔しいのは」


 そう言って自嘲気味に笑うヴァイスを見て、ますます顔を渋くするゲイルだったが、それ以上言葉は出なかった。


「さぁ、早く行きましょう。遅刻したら先生に怒られます」


 空気を変えるように言ったリリカに二人は頷いて。早足に、冒険者育成科の校舎へと向かったのだった。

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