第10話 親睦ウォーク2
茉莉花は緩やかな坂を登っている。隣にはバスと変わらず王崎がならんでおり、茉莉花のスピードにあわせて足を進めている。
ふもとに到着してからは、担任が先頭になってクラスの生徒達を引き連れ山を登って行った。茉莉花と王崎は学級委員として、誰かが遅れても対処できるようA組の最後を歩いているのだ。
地図通り、比較的なだらかな道が続いているとはいえ、コンクリートで塗り固められた道路を歩くのとはわけが違う。
でこぼこした地面には不揃いな大きさの石が転がっていたり、時折木の枝も落ちている。しかも数日前の雨の名残がまだ所々残っており、ぬかるみに足を取られないようにしなければならない。
すぐ後ろのB組の担任の武田は自分のクラスの生徒に向かって道端に咲いている花々や木々の種類なんかを熱心に説明しているが、とてもじゃないがそんな余所見はできそうにもない。
「B組の担任の武田先生って、体育担当だったよね」
王崎君もすぐ後ろから聞こえてくるB組の担任の声が気になるのかなと思いつつ、茉莉花は同意する。
生徒達含め、先生も皆今日は山道を歩くだけあって普段とは違い、体操服であるためなんだか新鮮に感じられた。ただ、その中で武田は普段から着用している体操服に、手には愛用の竹刀がいつも通り握られていたため一人だけ新鮮味がない。いつもと違うところといえば背中に背負っているリュックサックくらいだろう。
武田はA組の体育担当もしている。初めて彼の姿を見た茉莉花は言葉を失った。
がっしりとした体型に、短く刈り上げられた髪型、太い眉に、大きな濁声、おまけに手に竹刀を持っている姿を見たときは、茉莉花は自分が少女漫画ではなくスポーツ漫画の世界に来てしまったのかと錯覚してしまった。
「武田先生っていかにも体育教師って感じですごく覚えやすかったわ」
「うちの担任の萩原先生はいかにも英語教師って感じでもないよね。ってまぁいかにも英語教師なんて特徴、外国人以外はないか」
確かにA組の担任である萩原は中肉中背くらいで目立った特徴のある顔立ちではない。しかし、A組にはヒーローである王崎を始めとした少女漫画の登場人物になるような濃い生徒が何人かいるのだ。茉莉花はむしろ萩原が担任で本当によかったと思っている。
「それにしても武田先生ってあんなに植物に詳しい先生だったんだね。ほら、植物に詳しいのって生物とか国語の先生のイメージあるけど意外だなぁ」
「確かに、どちらかというと植物を愛でているより道場で稽古している姿の方がほうが思い浮かべやすいかも」
「あはは、手にいつも竹刀持ってるからな。でもこれで納得したよ。B組の今日のクラスでのレクリエーションの内容に」
「C組が長縄で、D組が鬼ごっこで、E組が合唱で、確かB組だけ異色だったよね。山の動物や植物を見て一句詠む、だっけ?」
「そうそう。なんでかなと思ってたけど、武田先生が植物が好きだからか、ってここにきて納得した」
二人してチラリと一瞬後ろを振り返ると、武田は相変わらず自分のクラスの生徒に木々や花々の説明をしていた。よくよく聞いてみると、花言葉まで熟知しているようだ。
武田がかわいらしく見えてきた茉莉花はくすくすと笑いをこぼした。
「あっ」
でこぼことした山道に足を滑らせた茉莉花は体制を崩した。
思わず目を閉じ次の衝撃に身をすくませたが、予想していた痛みは茉莉花を襲うことはなかった。
甘く爽やかな花の香りに目をそろりと開けると、眉をさげて心配そうな顔をした王崎と目があった。
もしかして、と目線を下げると腰に王崎の腕がまわっていた。
抱きとめられたような衝撃なんてなかったのにという驚きと至近距離に王崎がいることの恥ずかしさで、一瞬にして顔に熱が集まった茉莉花は、素早く王崎から離れた。
「大丈夫?」
「ご、ごめんなさい!大丈夫よ」
なんでもない風を装って歩き出したが、離れてもなお花の香りが残っているような気がしてならない。
まったく、源氏物語にでてくる薫君じゃあるまいし。少女漫画のヒーローは香りまで完璧ってわけ。
冷静ぶって心のうちでツッコんでみるものの、素早く動く鼓動を鎮めることも、赤く染まっているであろう頬を戻すこともできそうにない。ここ最近だけでこんな風になるのは一体何度目だろうか。
茉莉花は、王崎の視線を感じながらも気づかないふりをして前を見た。
山頂にたどり着くまでにどうにかして平常心に戻そうともくもくと歩き続ける茉莉花を見て、王崎も倣って歩を進めた。
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