第8話 学級委員の仕事
望まない学級委員になって数週間。仕事内容はクラスにプリントを配ったりだとか、提出物を集めて職員室へ運ぶことで、頻度は高いもののそれほど難しいものではなかった。
何より、気の利く王崎が茉莉花より先にそうした仕事を積極的にこなしてくれるおかげで茉莉花の負担はほぼなかった。
しかし、学級委員としての初の大仕事が今日任された。
毎年五月に、新入生だけで行う「親睦ウォーク」という行事があるという。クラスに慣れたころに、より親睦を深める目的で学校から少し離れた山へ登る遠足である。
山に着いた後何をするか学級委員の二人が企画・運営するのもこれまた毎年恒例らしい。
そんなわけで、「親睦ウォーク」の準備をしなければならなくなった茉莉花と王崎は、放課後の自習室で向き合っていた。
ちなみに佐古一高校は施設に恵まれており、図書館とは別に自習室がある。
図書館は高校のものにしては広く、満遍ないジャンルの本が豊富に揃っている。どんなに本が好きでも卒業までに図書館にある本全てを網羅することは不可能だと言われている。
館内にはその膨大な本を読むためのスペースが当然存在する。
森の木々のような巨大な本棚の奥の館内の隅には、いたるところに長机と椅子が数脚置いてある。その場所を皆、調べ物や長時間読書をするために使用しているのだ。長机のため仕切りがないが、たとえ友達同士で隣に座っていても私語厳禁の館内では話すことはない。
茉莉花は噂でしか聞いたことがないが、本を傷つけたり、返却が大幅に遅れたり、館内でおしゃべりをした生徒に対しては司書がこっぴどく叱り、そのお説教がトラウマになった生徒もいるのだとか。
普段は日向ぼっこしているとろけた猫のようにおっとりしている司書の姿からはとても想像がつかない。このまま今後も想像がつかないままでいたいと思う。
ただ、いくら私語厳禁でも、共同でレポートを書く場合は資料となる本を見ながらミーティングする必要性がでてくる。
そういった時生徒達は、館内にある小部屋を利用している。
密閉されている空間のため声も出せるし、館内にあるためにすぐに資料が手に入る便利な部屋だが、六つほどあるだけで、競争率はかなり高い。
そこまで資料を必要としないミーティングや、一緒に勉強するため等の理由ではまずこの競争率の高い個室をとろうという気にはなれない。
そういった生徒達のために、自習室が存在するのだ。
自習室には、個人が勉強するための個別スペースと、四、五人程度が話しあいできる小部屋がある。小部屋の大きさ自体は図書館の方が大きいが、狭い分小部屋の数は自習室の方が多いため競争率もそれほど高くない。
そのため放課後になってすぐに駆け込むような真似をしなくても、茉莉花達はすんなりと小部屋に入ることができた。
小部屋の机の上には、「親睦ウォーク」で登る山やルートが書かれた資料が広がっている。
「この山はなだらかだし、例年一時間もしないで山頂に到着するみたいだよ」
「じゃぁ、皆そんなに体力消耗しないかな?」
茉莉花の問いに王崎はそうだねと優しく頷いた。
「だから、お昼を食べた後にクラスで何かスポーツをしてもいいかなと俺は考えてる。山頂はひらけてて場所には困らないだろうし」
「クラスでできるスポーツかぁ…。バスケやサッカーは全員参加できないし、野球も交代でやるにしてもボールがどこか行っちゃいそうだし…」
「他のクラスは合唱したり長縄をしたり鬼ごっこをするみたいだけど、同じじゃつまらないだろう?」
他のクラスの情報も既にリサーチ済みとは、つくづくスマートに仕事をする人だ。
そんな感想は口に出さず、茉莉花は新たな提案をした。
「ドッジボールは?これなら一気に皆で参加できるし、野球ほどボールも飛ばないし」
「あぁいいねそれ。チームメイト同士一体感がうまれそうだ」
そう言って王崎は、癖のないペン字のお手本のような綺麗な字で企画案をノートに書き込んだ。
今回のような行事ごとでは毎回学級委員に仕事が任されることになるだろうと考えた王崎が、二人の話し合った過程や結果を残そうと用意したものだ。
ノートへのメモを王崎に任せた茉莉花は、ボールの準備の手配や、ドッジボールの組み分け、バスの席順等も相談していく。
王崎はメモをしながらも、時折顔をあげつつ意見を出していった。
「…うん、事前準備としてはもう大丈夫かな。後は俺がこのノートを明日にでも先生に提出してくるよ」
ノートを一通り眺めた王崎が言った。
春といえど、もうすぐ最終下校時間近くということもあり夕日が沈みかけている。二人は机の上に散らばった資料を片付け、帰る準備を始めた。
「何から何までありがとう。王崎君には頼りっぱなしね」
「親睦ウォーク」に関する資料も、ノートの用意も全て王崎がしてくれたため、茉莉花がしたことと言えば、放課後の間に少し意見を出しただけである。
ペアが王崎でなければ、学級委員の仕事はもっと面倒だっただろう。
「そんなことないさ。茉莉花ちゃんが色んな意見出してくれたおかげでスムーズに決まって助かったよ。こちらこそ、ありがとう」
王崎はにっこり笑って、茉莉花の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
うわぁ、もう本当、こういうところがほんとイケメンってずるい。
熱を持った頬を見られないように茉莉花はそっと俯いた。
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