第63話
目の前にある巨大な扉。
それを見て、アースは自然とこの扉こそがこの遺跡における最大の秘密なのだと思ってしまった。
ここに到着するまでに通ってきた分かれ道の数は、それこそ十ヶ所を超える。
その全てに正解し……そうして、ようやくここに辿り着けるのだ。
もっとも、普通に考えればそう簡単にここまで到着出来る筈もない。
それこそポロの驚異的な勘の良さがあってこそ、初めて辿り着いたのだ。
その扉からは、得体のしれない雰囲気が漂わせている。
何があるのかは分からないが、何かがあるのは確実だった。
「それで、これからどうするんだ?」
サンゾスは、改めて目の前にある扉を眺めながら尋ねる。
遺跡を調べようと思っていたサンゾスにとっても、今回の件はまさかこんなにあっさりと遺跡の一番奥と思われる場所に辿り着けるとは思っていなかったのだろう。
緊張か、それとも興奮か……その理由はともかく、言葉を震わせていた。
「そう、ね。問題はこの扉が開くかどうかだけど……」
目の前の扉を見ながら、リヴが言葉を返す。
扉自体は金属で出来ており、相応の重量があるのは明らかだ。
だが、古代魔法文明の遺跡の扉だと考えれば、そう簡単に扉が開くのかどうかと言われれば、首を捻らざるを得ない。
「取り合えず、開けてみようぜ。開かなかったら開かなかったで、それからどうすればいいのか考えればいいんだからよ」
ホーレンの言葉に、全員は異論がないと扉に手を掛け……
『うわぁっ!』
驚愕の言葉を発したのは、誰だったのか。
だが、それも当然だろう。目の前にある扉は金属で出来ているとは思えない程、あっさりと開いたのだから。
重量感のある金属で出来たとは思えない程スムーズに開いた扉は、とてもではないが見た目通りの重量があるとは思えない。
扉を見ただけでは、とてもではないが今のような動きが出来るとは思えなかった。
だが……扉が開いてしまった以上、中に入るべきと考えたホーレンが口を開く。
「開いたんだし、入ろうぜ」
「……準備を整える為に、一旦ここから脱出するという選択肢もあると思うけど?」
ホーレンの言葉に、一応といった感じでイボンが反対の意見を告げる。
だが、そう言ったイボン自身が部屋の中に興味を示していた。
当然だろう。ここは古代魔法文明の遺跡なのだ。
そうであれば、この中に何があるのか……冒険者なら気にならない者の方が少ないだろう。
それは一行のリーダー格のリヴやホーレンも同様だった。
「古代魔法文明の遺跡……」
そして英雄に憧れるアースにとっては、現状で興味を抱くなという方が無理だろう。
「入りましょうか」
その言葉に異議を発する者は、誰もいない。
コツリ、と床に足音が響く。
そして全員が部屋の中に入り……やがて、全員が部屋の中に入ると同時に、部屋の巨大な扉は音を立てて閉まる。
『な!?』
まさか、いきなり扉が閉まるとは思っていなかったのか、その様子を見た一行から驚愕の声が漏れた。
「ちょっ、おい、どうする?」
「……ちょっと調べてみましょう」
ホーレンの言葉に、リヴは扉へと向かう。
他の者達も慌てて扉に向かう。
部屋の中に興味を持ってはいるのだが、それでも自分達がこの部屋に閉じ込められたのであればそれを調べることも出来ない。
そんな思いから何とか扉を開ける方法を探そうとするのだが……その周囲を調べても、何らかのスイッチの類も見つけることは出来なかった。
「……どうする? 何かの仕掛けがあるのは確実だと思うけど」
「そう言われてもね。このまま調べても、私達でこの扉を開ける方法を見つけるのは不可能だと思うわよ?」
実際問題、この中に罠を見つけたり、ましてや解除したりといった技術の持つ者はいない。
ベテランのホーレン、イボン、チャリス達だが、全員が戦士だ。
リヴ……それから当然アースもその手の技術は持っていないし、盗賊と行動を共にしていたサンゾスもそれは同様だった。
ポロに関しては、考えるまでもないだろう。
「じゃあ、取りあえず部屋の中を調べてみようよ。もしかしたら、扉を開く為の仕掛けとかもあるかもしれないし」
そう告げたアースだったが、実際には扉よりも部屋の中を調べてみたいという思いが強かったからこそ出た言葉だ。
特に部屋の奥には、緑色の巨大な水晶のようなもの置かれている。
扉から中に入らないと見えないような構造になっているのは、その緑の水晶が何か特別な意味を持っていることの証明のようにアースには思えた。
アースが何を思ってそんなことを言ったのかは、リヴにもホーレンにも分かった。
だが、実際問題それを解決しなければどうしようもないのも事実である以上、それを否定することは出来ない。
また冒険者の性として、緑色の巨大な水晶が気にならないと言えば嘘になる。
「分かった、俺はアースの意見に賛成だ。お前等はどうだ?」
ホーレンがその場にいる者達を見据えて尋ねるが、全員がその意見に反対の言葉を口にすることはない。
それを確認したホーレンは、リヴに視線を向けて頷く。
そうして全員が部屋の奥へと向かう。
途中でその緑の水晶を扉の方から見えないようにしている衝立のような物もあったが、特に何か罠の類がある訳でもなく普通に緑の水晶に近づくことが出来た。
大きさは、アースの身長の二倍以上はある。
元々決して背が大きい訳ではないアースだったが、それでも目の前にある緑の水晶は見上げるような大きさだ。
そして何より……
「な、なぁ。俺の見間違えじゃなきゃ、何だか浮いてるように見えるんだけど……」
サンゾスが、恐る恐るといった様子で呟く。
その言葉は決して偽りのものではなく、同時にサンゾスの目が悪くなっている訳でもない。
視線の先には台座があり……そして、間違いなく緑の水晶は台座の上に浮かんでいたのだ。
「え? 嘘だろ? 何でだ?」
「うわ……」
「もしかして、これって色々と駄目な奴じゃねえのか?」
それぞれが驚きの声を漏らす。
見間違いかと思って目を擦った者もいたが、そこには間違いなく台座の上に緑の水晶が浮かんでいる。
「これ、どうするよ?」
「どうするって言われても……どうする?」
チャリスとイボンがそれぞれ言葉を交わしている中……最初に動きを現したのはアースの左肩で周囲の様子を窺っているポロだった。
「ポロ……ポルル?」
アースが止める間もなく、左肩から跳躍して台座の上に着地する。
「ちょっ、おい、ポル!?」
突然の行動に焦ったアースが叫び、台座の上に着地したポロに手を伸ばし……その緑の水晶に、勢い余ってポロと共に触れてしまう。
瞬間、緑の水晶から強烈な光が発せられた。
それこそ、目を開けていることも出来ないような、緑の光。
リヴを含め、全員が突然の光に目を瞑る。
目を瞑っても、光を完全に遮断出来ないような、強烈な光。
他の者達がこの異常に対し、何があってもすぐに対抗出来るようにし……だが、視力が戻るまで結局何が出来るでもない。
そうして周囲に満ちていた強烈な光が消えると……
「……え?」
間の抜けた声を上げたのは、一体誰だったのか。
だが、目の前の光景を見ていた者であればそんな声を上げても仕方がないと、声を上げた者以外の者達も思ってしまう。
何故なら、数十秒前までは台座の上にあった緑の水晶が完全に消えていたからだ。
拳大くらいの水晶の大きさであれば、どこかに転がったかもしれないと考えることも出来るだろう。
だが、緑の水晶はかなりの大きさで、とてもではないが消えるような存在には思えない。
それだけに、緑の水晶が消えたのは確実だった。
それも、アースとポロが触れて強烈な輝きを放った直後にこうなるのだから、間違いなく今の件に先程のやり取りが関わっているのは確実だった。
そして……驚くべきことは、緑の水晶が消滅したことだけではない。
「え!?」
周囲に響くその声に、その場にいた全員の視線が声の主に……リヴに向けられる。
だが、そのような視線を向けられたリヴは周囲の様子に全く気が付いた様子がなく、自分の視線の先にいる相手……台座の上にいるポロへと向けられていた。
そこにいるのは、間違いなくポロだ。
だが……リヴの視線を追った他の者達も、台座の上にいるポロを見て大きく目を見開く。
「ポルル?」
どうしたの? と視線を向けるポロ。
何故自分がこんなに意識を集中されてるのか、全く分かっていなかった。
「尻尾が……増えてる、ぞ?」
台座の上にいるポロに向かって、ニコラスが呆然とした様子で呟く。
……そう、身体の半分程の大きさもあるポロの尻尾は、今は二本に増えていたのだ。
また、額に小さな……本当に小さなものではあるが、何かの宝石か水晶のようなものが埋め込まれている。
「ポロロロ……ポル!?」
ニコラスの言葉で、ポロも自分の尻尾が二本になっていることに気が付いたのだろう。
慌てた様子で鳴き声を上げ、いつの間にか増えている尻尾を確認する。
犬が自分の尻尾を追うように、同じ場所でくるくると回っていた。
周囲の者達がそんなポロの様子に微笑ましく思っている中……ふと、ニコラスはアースが静かになっているのに気が付く。
尻尾が増えるというポロの異常に声を発することもないのは、今のアースの様子としては明らかにおかしい。
「アース? ……って、おい、大丈夫か!?」
アースに呼び掛けたニコラスが見たのは、目を押さえているアースの姿。
言葉も出ない程に痛がっている……という訳でもないのだが、その様子が尋常なものでないのは確実だった。
「え? おい、アース!? どうしたんだ、おい!」
ニコラスの声で、他の者達もアースの異変に気が付いたのだろう。
ホーレンが慌てた様子でアースに声を掛ける。
それはポロの様子に見惚れていたリヴも同様だった。
「アース?」
リヴが心配そうに尋ね……そのまま少しの時間が経つ。
数秒、十数秒、それとも数十秒か……周囲が緊張感に包まれる中、やがてアースは目を覆っていた手を離すが……
「え?」
その目を見て、リヴが声を上げる。
何故なら、アースの瞳の色が少し前までとは違っていたのだ。
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