第53話

 ゴブリンキング率いるゴブリンの群れの騒動が終わってから時が少し経ち、秋が半ばをすぎ、もう暫くすれば冬になるだろうという季節。

 アースは、初めて護衛依頼を引き受けていた。

 勿論アースだけで護衛依頼を引き受けるような真似は出来ない。

 他にも護衛の冒険者はおり、アースはその手伝いのような形だ。

 本来であればアースは護衛の依頼を引き受けたくはなかったのだが、友人のニコラスに誘われては断ることも出来ず……結果としてアースはニコラスと二人で他の冒険者達と共に護衛の依頼を受けることになった。

 英雄譚にあるような派手な戦いにはなりにくいというのもあるし、ポロと一緒に行動しているので妙な相手が寄ってこないとも限らないというのがその理由だ。

 ニコラスの仲間のフォクツとメロディの二人は、それぞれが別の仕事があるということでこの護衛にはついてきていない。

 本来ならパーティで動くのが当然なのだが、それが行われていない理由は……


「護衛をするのもいいけど、早く仲直りしろよ? どうせニコラスが悪いんだろ」

「ばっか、お前。そんな訳ないだろ。俺がわるいんじゃなくて、メロディが悪いんだよ。ったく、あの女……」


 アースの言葉に、ニコラスは苛立たしげに呟く。

 ……そう。ニコラスがメロディと別行動をしているのは、二人の喧嘩が理由だった。

 メロディが用事で少し遅れて酒場に到着してみると、そこには酒場の店員に鼻の下を伸ばしたニコラスの姿があり……それを見た理由で大きな喧嘩となったのだ。

 そしてニコラスとメロディが別行動をすることになり、メロディが一人で行動するのは危ないからとフォクツはメロディと行動を共にしている。

 結果としてニコラスは一人で行動することになり、未だにソロで活動をしているアースを引き込み、護衛の依頼を受けたのだ。


「ほら、喋るのはいいけど、きちんと周囲の警戒も忘れるなよ! 一応この辺りは安全だけど、いつ盗賊やモンスターが出て来てもおかしくないんだからな!」


 本来であれば、人を相手にするかもしれない依頼というのは、アースやニコラスのランクでは推奨されていないのだが……それを受けることが出来た理由は、今アースに声を掛けてきた男が率いるランクDパーティ茨の冠のおかげだった。

 戦士の男が三人という典型的なパーティなのだが、それでもランクDと高いパーティランクを誇っているのは、それだけ腕が立つ証なのだろう。

 ただし、腕が立つのは事実だが、パーティの平均年齢が四十代とこれ以上のランク上昇は望めそうにもないというのも事実だった。

 長剣を持っているパーティリーダーが、ホーレン。槍を持っている男がイボン。鎚を持っている男がチャリス。

 ベテランだけあって若手を教育することに向いており、アースやニコラスがこの依頼に参加出来たのもそれが理由の一つではある。

 特にアースはシュタルズでも非常に珍しいテイマーであり、弓を使えばそれなりの技量を発揮するとしてゴブリンキングの群れとの戦いからそれなりに名前を知られるようになっていた。

 そしてギルドが……より正確には、アースの担当受付嬢のライリーはそんなアースのことを心配し、ニコラスと一緒に護衛依頼を受けたいと言ってきたアースが護衛を出来るように手を回した。

 勿論その辺りの事情が知られれば色々と不味いことになりかねないのだが、ギルド上層部もアースのように将来有望な冒険者を育てるのに文句などあろう筈もない。

 将来有望……そう、今のアースはギルドからはそのように見られていた。

 元々テイマーという稀少な才能を有し、それどころかギルドで調べても名前が不明な新種と思われるモンスターをテイムしている。

 その上、シュタルズに来て早々に幾つもの騒動に巻き込まれ、その解決に少なからず貢献してきた。

 そして極めつけが、ゴブリンキング率いるゴブリンの群れとの戦闘。……いや、戦争と呼んでもいいだろう戦い。

 その戦いの中で、弓を使ったとはいえ何匹もの上位種を仕留め、ゴブリンキングに襲撃されても生き延びることに成功している。

 とてもではないが、冒険者になってから一年にも満たないような新人に出来ることではなかった。

 また、そのゴブリンキングを倒したギルム出身の冒険者からも才能があるとの言葉を貰っており……そこまでの条件が揃えば、ギルドがアースを将来有望だと判断してもおかしくはない。

 そんな中で護衛の依頼をやってみたいという声があれば、ギルドの方で配慮をしてもおかしくはないだろう。

 ……アース本人は、常に自分が生き延びるのに精一杯であり、ギルドからそのように評価されているというのは全く自覚がないのだが。

 英雄に憧れている割りには、自分の活躍を過大に評価しないのはアースの性格もあるのだろう。

 その辺りも、ギルド側には好印象を持って見られていた。


「ポロ、敵とかいるか?」

「ポルルルル!」


 アースの言葉に、いつものようにアースの左肩で鳴き声を上げるポロ。

 ポロの鳴き声の様子から、周囲には特に警戒すべき相手がいないだろうというのは理解出来た。

 だが、そんなアースの様子にホーレンが溜息を吐いて口を開く。


「ほら、アース。お前がテイマーだってのは知ってるが、だからってポロに頼りすぎるのはよくないぞ。万が一にもポロと離れ離れになった時、ポロがいなければ周囲の探索が出来ませんでしたなんてことになったら、どうする?」

「別に、俺はポロに頼り切ってる訳じゃ……」


 ない。

 そう言おうとしたアースだったが、ここ最近の自分の行動を考えるとポロに頼っていたのは間違いのない事実だった。

 だからこそ、それ以上文句は言わずに周囲の様子を探る。

 もっとも、一定以上の技量の持ち主の冒険者とは違い、アースは新人冒険者にすぎない。

 どこかに敵が潜んでいるのを探れと言われても、とてもではないが出来なかった。

 周囲を見回すアースの視界には、特に怪しい存在は見えない。

 少し離れた場所をゆっくりと、アース達の護衛の歩く速度に合わせて進んでいる馬車に視線を向けるも、そちらにも特に以上は見当たらなかった。


「うん、敵はいないと思う」

「そうだな。常に気を張って周囲の様子を観察していろ……とまでは言わないが、それでも護衛として雇われた以上は何かあった時すぐにでも動けるようにしておけ」

「ホーレン、それはちょっと無茶じゃないかな? 僕達とは違って、アースはまだ小さいんだから」


 イボンがホーレンに取りなすように告げるが、それを聞いていたチャリスが溜息を吐く。


「イボン、お主は馬鹿か。冒険者になって、こうやって仕事を受けておる以上、甘えは許されん。例えそれがまだガキであってもじゃ」


 ガキ、という言葉に少しだけ不機嫌そうな表情を浮かべるアースだったが、自分の立場を思い出せばそれに文句を言える筈もない。

 今の自分は、こうして護衛依頼を一緒に受けさせて貰っている立場なのだから。

 例えそれが自分の望んだ行為でないとしてもだ。


(それに……英雄は色んなことにすぐに対応する必要があるんだ。なら、このくらいのことに対応出来なくてどうするんだよ)


 自分に言い聞かせるように内心で呟くアース。

 いつものように左肩の上にいるポロは、そんなアースの様子を不思議そうに眺めているだけだ。

 そんな中……馬車の御者をしている商人、今回アース達を含めて雇ったディブリが口を開く。


「おーい。そろそろ昼だろうし、一旦昼食にしませんかー?」


 その言葉に、アースは空を見る。

 夏のようにどこまでも高い青空……という訳にはいかないが、それでもアースの目から見れば雲一つない空は晴天と呼ぶに相応しい。

 寒さは増してきているが、幸いと言うべきかアースは寒さに強かった。

 もっと小さい時は、雪が降っている中でも好き好んで外を駆け回っていたこともある。

 だからこそ、今の服装も夏の時と大して変わらない代物だ。


「ほら、アース。昼食の準備だ。食事をする為の場所を見つけたら、そこに危険がないのか確認するのも俺達の仕事だぞ」

「え? あ、うん!」


 空を見上げているアースの様子に、ホーレンは軽く背を叩いて声を掛ける。

 そんなホーレンの声で我に返ったのだろう。アースは慌てて馬車が停まっている場所へと向かって走り出す。

 夏であれば木々が生い茂って太陽の光を隠してくれるだろう葉っぱがあるのだが、今の季節は既に半ば紅葉も終わって地面に落ちている。

 とてもではないが、日の光を遮ることは期待出来ない。

 もっとも、気温が下がっている今の季節であれば、太陽の光というのは寧ろ歓迎されるべきものなのだが。

 それでも何故木の側で食事をすることにしたのかといえば、純粋にいつもそうしているからという理由しかない。

 木の側へと向かったアースとポロ、ニコラスの二人と一匹は、周囲に危険がないのかを調べていく。

 だが、木といってもそこまで大きなものではない為、調べるのはすぐに終わってしまう。


「うん、危険はないよな」

「ああ」

「ポルルルル!」


 アースの言葉にニコラスとポロがそれぞれ返事をし、特に問題はないと判断する。

 それを見ていたホーレンは、やがて頷いてから口を開く。


「ま、今回はこんな風に分かりやすい場所だからいいけど、もし何か隠れていそうな場所があったら、絶対に確認をわすれるな。食事をしている時に襲われれば、それを防ぐのは難しいからな」

「ふんっ、そんなのは何か出て来たら即座に叩き潰してやればいいじゃろ」


 自慢の鎚を手に、チャリスが呟く。

 チャリスの言葉が乱暴なのは、ここまで一緒に行動しているアースにとっても十分に理解していた。

 だが、言葉が乱暴であっても、実際には面倒見がいい。

 現に今も、文句を言いながらも実際にはそこまで気をつけることはないと、そう助言をしていたのだから。


(鎚、か。英雄譚とかだと、ドワーフが持っていることが多い武器だけど)


 アースの視線は、改めてチャリスへと向けられる。

 ドワーフのように身長が小さな訳ではない。

 勿論冒険者の中には普通の人間や獣人であっても鎚や槌を使っている者は多い。

 長剣のように、刃筋を立てるといった真似をしなくてもいいだけに、それらの武器は扱いやすかった。

 ……もっとも、威力に直結する重量が重い分だけ取り回しに力が必要であり、アース程度の筋力ではとてもではないが使いこなすのは無理なのだが。


「さて、じゃあ安全が確認出来たところで食事にしましょう。昼食は用意してあるので、そちらをどうぞ。いや、遠くの村や街に行くのではなく、近くだからこそ干し肉のような保存食ではなく、こうしてサンドイッチを食べることが出来るんですよね」


 ディブリが馬車から取り出したサンドイッチをアース達に渡しながら、嬉しそうに呟くのだった。

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