第48話

「よし、少しだけ休憩してから林の中に入るぞ。各自、準備を怠るなよ」


 この偵察隊を率いるリーダーの声に従い、それぞれ休憩の準備をする。

 その中には、アースとポロ、ニコラスの姿もあった。

 シュタルズのギルドでライリーにゴブリンの群れを林で見掛けたと報告してから、まだ二時間も経っていない。

 その短時間で偵察隊に参加出来るだけの冒険者を集め、準備を整えて林までやって来たのだから、リーダー……ランクC冒険者のウーロスの手際は良かった。

 だが……と。ウーロスの言葉を聞きながら、アースとニコラスは共に息を整えるのに必死だ。

 ここまで走って……とまではいかないが、早歩きでやってきたのだから無理もない。

 いや、何もない時であればそのくらいの運動は問題いなかったのだが、今日に限っては違った。

 この林でゴブリンの群れを見つけ、全速力で走ってシュタルズへと帰った。

 そうしてギルドでライリーに今回の件を説明し、またここまで戻ってきたのだ。

 偵察に行くメンバーを集める時間に多少休みはしたものの、それでも体力を完全に回復させることは出来なかった。

 ましてや、ゴブリンの群れを見た場所に向かうのだから、精神的な重圧により普段よりも体力の消耗は早くなる。

 その上、アースとニコラスはまだ冒険者になってから……より正確には街の外に出て依頼を受けるようになってから、まだそれ程経っていない。

 それらの条件が重なり、結果として他の偵察隊の者達よりも体力の消耗は激しい。

 馬車でこの林まで来ることが出来れば、多少は体力の節約も出来たのだろう。

 だが林にゴブリンがいる以上、馬車で移動してくれば確実に目立つ。

 もしもゴブリンの群れを率いているのがジェネラルやメイジ……ましてやキングであった場合、間違いなく見張りを立てている筈だった。

 そんな場所に馬車で移動しようものなら、見つけて下さいと言わんばかりだろう。

 それも偵察隊は十五人もの大所帯なのだから、当然馬車も一台では済まない。


「アース、大丈夫か?」

「ああ、こっちは大丈夫だ。そっちは?」

「俺も問題はない。……こうして見る限り、やっぱり一番体力がないのは俺達みたいだな」

「だろうな」


 自分達がこの偵察隊の中で最も新人であり、腕も未熟だということは分かっている。

 それでもニコラスもアースの二人は、自分達が足手纏い以外のなにものでもないことに悔しさを覚えていた。


「安心しろ……って言い方は変だが、ここにいるのは全員がそれなり以上にベテランの冒険者ばかりだ。冒険者になったばかりのお前達にあっさりと抜かれたりする訳ないだろ」


 アース達の側で休憩しながら他の冒険者達と打ち合わせをしていたウーロスが、二人を慰めるように呟く。

 それに、打ち合わせをしていた他の冒険者達も同意するように頷きを返す。


「それにこう言っちゃ何だが、お前達の仕事は偵察をする為の要員じゃない。ゴブリンをどこで見たのかを、しっかりと俺達に教えるだけだ。言ってみれば、それを済ませればお前達の仕事は完遂したと言ってもいい」


 その言葉にやはり不満そうな表情を浮かべるアースだったが、自分の技量が未熟なのを理解している以上文句も言えない。


(それに、俺の武器は弓だ。なら、後ろから援護して目に物見せてやる)


 前に出て戦うという才能には恵まれなかったアースだったが、幸い弓に関してはそれなりの才能があると師匠役の二人に言われている。

 その言葉に、アースは嬉しさを覚えると同時に若干の悲しさも覚えていた。

 ……アースが目指す英雄というのは、やはり長剣や槍を振るって戦うような者達だからだ。

 勿論弓を持つ英雄もいない訳ではないが、それでもやはり英雄と言えば前衛職の方が多い。

 だが、それも今この時に限って言えば、自分の弓がゴブリンに対しての攻撃手段だと考えれば決して悪いものではない。

 そういう意味では、アースよりもニコラスの方がこの偵察隊の中で実力を発揮出来る可能性は少なかった。

 自分でもそれを理解しているのだろう。ニコラスは少し不満そうに溜息を吐く。


「ま、今回はお前達の先輩がどのくらいの腕を持ってるのかをしっかりと見て、勉強しろ。いつか、お前達も俺達の領域に届くようにな」

「おいおいウーロス、ちょっと格好つけすぎだぞ。俺達はシュタルズにいるような冒険者なんだぜ? そういう台詞は、せめてギルム辺りで活動しているような腕利きじゃなきゃ似合わないって」

「うっせー! 俺だっていつかはギルムに行ってみせるさ」


 アース達の前で突然始まったやり取り。

 ギルムというのは、当然アースも聞いたことがあった。

 ミレアーナ王国に唯一存在する辺境であり、腕利きの冒険者が多く存在すると。


(ギルムか。いつか俺も行ってみたいな。腕利きの冒険者が集まるって場所らしいし、俺以外にもテイマーはいそうだけど)


 ポロに視線を向けながら、アースはギルムにどんなテイマーがいるのかと考える。

 例えばドラゴン。それも竜騎士が乗るようなワイバーンのような存在ではなく、本物のドラゴンだ。

 それ以外にも今までアースが聞いてきた英雄譚に出てくるモンスターの名前がアースの脳裏を過ぎる。

 想像すればする程に、アースはギルムに行きたくなってしまう。

 もっとも、辺境にあるギルムは辺境であるが故に強力なモンスターが多く存在している。

 今のアースの実力では、それこそ殺して下さいと言っているようなものだ。

 運が良ければ、もしかしたらギルムに行く冒険者の集団や商隊といったものに紛れ込める可能性もあったが……それはで自分の実力で行ったことにはならないと、そう思ってしまう。


「よし、じゃあそろそろ休憩はいいか。林の中に入るぞ。全員準備をしろ!」


 アースがギルムについて想いを馳せていると、ウーロスの声が周囲に響く。

 するとつい数秒前まで仲間と話していた冒険者達全員が、すぐに出立の準備を始める。

 アースとニコラスの二人も、それを見て慌てて出発の準備をした。


「ここからはお前達二人が頼りだ。頼むぞ」


 ウーロスの言葉にアースとニコラスの二人は頷き、林の中へと入っていく。

 もっとも、アース達がゴブリンの群れを見た場所……もしくはジャンプマウスにゴブリンを連れてきて貰った場所は、林に入ってからそれ程離れていない場所だ。

 何もなければ、すぐに辿り着くだろう。……そう、何もなければ、だが。


「ちっ、止まれ」


 林の中を案内をするという関係上、偵察隊の先頭近くにいたアースの耳に鋭い声が聞こえてくる。

 その声が示すのは、危険。

 当然アースを含めた偵察隊の全員がその場で足を止める。


「どうした?」


 ウーロスが短く尋ねると、先頭にいた盗賊の男が忌々しげに呟く。


「ここから見えるか? 向こうの木の近くだ。ゴブリンがいるのが見えるだろ?」

「……いるな」


 盗賊の言葉に、ウーロスは眉を顰めて呟く。

 ウーロスの見ている方へと、アースとニコラスも視線を向ける。

 すると、アースの目にもしっかりと木の側にゴブリンがいるのが見て取れた。

 ただし見ることが出来たのはアースのみで、ニコラスはゴブリンの姿を見つけることが出来ない。


「うん? なぁ、アース。ゴブリンいるか?」

「いる。ほら、向こうの木の側に……」

「へぇ」


 アースの言葉に感心の声を上げたのは、ニコラス……ではなく盗賊の男だった。

 自分やウーロスのようにある程度以上の経験がある者であれば、ゴブリンの姿を見つけるのも難しくはない。

 だが、まだ冒険者になったばかりのアースがこの距離から一発で見つけるというのは、予想外だったのだ。

 これもまた、弓を使うようになった影響か。

 ともあれ、ゴブリンの姿を確認したアースは、視線をウーロスへと向ける。


「ウーロスさん、これで偵察って終わり?」

「うん? ……いや、まだだな」


 アースの言葉に少し考えたウーロスだったが、やがて首を横に振る。

 それを見てアースとニコラスは首を傾げる。

 本来ならこの偵察は林にゴブリンがいるかどうかを確認する為のものだった筈だ。

 であれば、ゴブリンの存在を確認した時点で役目を果たしたのではないか、と。

 そんな二人に対し、ウーロスはゴブリンに見つからないように隠れながら口を開く。


「いいか、今回の俺達の目的はゴブリンの偵察だ。それはつまり、ゴブリンがこの林にいるかどうかを確認するだけって訳じゃない」

「……違うんですか?」


 アースと比べれば大きな身体を隠しながら尋ねるニコラスに、ウーロスは頷きを返す。


「そうだ。勿論ゴブリンがいるという時点で最低限の役割は果たしたと言える。……だが、それはあくまでも最低限でしかない。ゴブリンが全部で何匹くらいいるのか、また上位種はどのくらいいるのか。その辺りのことも調べる必要がある」

「……なるほど」


 アースとニコラスの二人は、ウーロスの言葉に頷く。

 アースはソロの冒険者であるし、ニコラスも仲間はフォクツとメロディだ。

 どちらも盗賊が仲間にいない以上、ウーロスの話は非常に為になったらしく、感心して頷く。


「勿論全滅してもいいから、全てを調べる……なんて馬鹿な真似は考えていない。向こうに見つからないというが前提だな」

「そういうことだ。じゃ、ウーロス。俺は取りあえず行ってくるよ」


 ウーロスの言葉に盗賊の一人が軽くアースの頭を叩く。

 それを見たウーロスは頷き、真剣な表情で口を開く。


「言うまでもないが、お前達はシュタルズにとっても重要な戦力だ。更に、この群れと戦うのにもお前達の力は必要になる。絶対に……絶対に無理はするなよ?」

「当然だろ? 俺はこのゴブリンの群れとの戦いに勝利した後であの子に告白するんだ……」

「俺なんかもう少しで子供が生まれるんだぜ?」

「暫く顔を見せてない母さんに会いにいくのもいいかもしれないな」


 そんなことをそれぞれ告げ、ウーロスが再度頷いて口を開く。


「お前達がやりたいことがあるのは分かった。なら、何度も言うようだが、くれぐれも無理をするなよ。……じゃあ、行け」


 その言葉に、盗賊達はそれぞれ頷いて林の中を進んでいく。

 そんな盗賊達を見送ったのは、アースやニコラス達だ。


「……え? あれ? 俺達は行かなくていいんですか?」


 そう呟くニコラスの隣で、アースも同様だと頷いていた。


「お前、あの連中と一緒に行って何か役に立てるのか?」


 近くにいた冒険者が、少し呆れたように告げる。

 自分達よりも実力が上で、ベテランの冒険者にそんなことを言われれば、ニコラスとアースも何も言えない。

 そうやって落ち込む二人に、ウーロスが慰めるように口を開く。


「ま、ゴブリンの見張りがいなきゃもっと俺達で進めただろうしな。それに、今はやることがないが、偵察に行った奴等がゴブリンに見つかるようなことにでもなれば、俺達が援護に入る必要がある。だから、今はとにかく少しでも休んでおけ」


 先程休んだばかりだが、それで完全に疲れが取れた訳ではない。

 そう告げるウーロスの言葉に、アースとニコラスの二人も他の冒険者達同様に体力を回復し……そのまま少し時間が経ち、偵察に行っていた盗賊達が戻ってくる。

 全員が無事であり、特に怪我をしている者もいない。

 にも関わらず、盗賊達の顔色は青い。

 その理由は、盗賊達が合流して口を開いたときにすぐに分かった。


「ゴブリンジェネラルが数匹いるのが確認出来た。……間違いない、ゴブリンキングが率いている群れだ」

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