第6話
「清司―! 待ちなさーい!」
「待てと言われて誰が待つかってんだ!」
ある日の昼下がり、俺はもはや日課となりつつある緋衣との絶賛追いかけっこ中だ。
学園長からのお察しもあるので彼女と関わらないようにしてるのだが、彼女自身はそれを良しとせずに何とか俺に接触しようとこうやって休み時間の度に追いかけてくるのだ。
おかげで、おちおちゆっくりできやしない。
俺が毎回トイレに逃げ込んでるのがバレてからは、男子トイレの入口前に陣取ると言った徹底ぶりだ。
女性として、男子トイレの前に立つのは恥ずかしいとかそういう感情は無いらしい。
流石は十傑。そこら辺の感覚が常人とはかけ離れている。
俺は逃げたまま渡り廊下のある曲がり角へと差し掛かり、速度を落とさずに曲がる。
「逃がさないわよぉ! 今日こそ、正体を教えてもらうんだからねぇぇぇぇ!」
緋衣はそんな事を叫びながら、渡り投下を渡って走り去っていく。
(……どうやら、上手く撒けたようだな)
緋衣の声が遠ざかるのが聞こえ、俺はホゥと安堵の息を漏らす。
「よっ……と」
俺は、渡り廊下の屋根から降り立つと、土埃を払う。
何で俺が渡り廊下の屋根に上れたかというと、あの例の変人女……学園長の孫である機織絡繰のサポートアイテムのお蔭である。
「しっかし、俺の目に狂いは無かったな。ちゃんと役に立ったじゃんか」
俺は、左腕にはめた腕時計をポンと叩く。
これこそが、今回使用したサポートアイテムだ。
一見、普通の腕時計なのだが、高強度の巻取り型のワイヤーが仕込まれており、大人の男性が二、三人ほどなら余裕で支えられるというのは絡繰先輩の言葉である。
最大射程は十メートル。巻取り速度も三段階で調整できて、市販のサポートアイテムにも引けを取らない仕様である。
はたして、一介の学生如きがこんな高性能なサポートアイテムを作れるのかと不思議ではあるが、そういうギフトの可能性もあるし、実際役に立っているのだからあまり気にしないことにする。
「……さて、あの女も撒いたし、昼飯を食べますかね」
今日は購買部に向かった所を見つかりそのまま追いかけられたので、すっかり腹が減ってしまっている。
俺は、緋衣に見つからないように注意をしながら購買部へと向かうのだった。
◆
「…………よし、居ないな」
終業のチャイムが鳴り、全員が部活や帰宅の準備を始めた頃、俺は鞄を右手に掴み廊下を見渡して緋衣が居ないのを確認する。
「誰が居ないんだ?」
「どわっ!?」
「うおっ!?」
ホッと一安心していると、後ろから急に声を掛けられて俺は驚いて思わず大声を出してしまう。
「って、何だ。狼森か……」
振り向いて確認すれば、そこには俺と同じように驚いている狼森の姿があった。
「何だ。じゃねーよ。急に大声出すからビビったじゃねーか」
「それはこっちのセリフだ。急に声かけてくんな。あいつかと思ったじゃねーか」
「あいつって……緋衣ちゃんの事か? あんなに仲良かったのに、何で急に避けるようになってんだよ。やっぱ、脱走の事でもめてんのか?」
「……そんなところだな」
正確には違うのだが、発端としては一因を担っているのあながち間違いではない。
まさか、俺が偽者と疑われてるなんて言えるわけもない。
「脱走の件はお前が悪いんだから、さっさと謝っちまえばいいじゃねーか。緋衣ちゃん、休み時間の度にこの教室来てんだぞ?」
「……そう、単純な事じゃねーんだよ」
正直、緋衣には申し訳ない事をしていると思っている。
だが……学園長にも釘を刺されている以上、俺が迂闊な事をするわけにはいかないのだ。
かといって、これからもずっとこんな生活が続くのは流石に耐えられないので、いずれは学園長と相談して何かしらの対策は講じる必要があるが。
「っと、お前と話してる場合じゃないんだ。俺は帰るからな。あいつにもそう伝えておけ」
俺は、出来るだけ犬落瀬清司のような態度でそう言い放つとダッシュで昇降口まで向かう。
どうやら、緋衣のクラスはHRが長引いているらしく、彼女はまだ教室だった。
これ幸いと、俺はそのまま全速力で靴を履き替えて街へと走り去るのであった。
◆
「ん、んー! ようやく解放されたー!」
街中に入ると、俺はググッと伸びをする。
学園の授業は新世代向けのカリキュラムなので大変興味深く、面白い。
……まあ、問題こそあるが割と楽しく学園に通っている。
元凶である犬落瀬清司には、少しだけ感謝をしている。
「……さて、このまままっすぐ家帰るのもあれだし、ゲーセンにでも寄ってくか……」
ゲーセンで、『ヒロⅡ』をやらなければ。
ヒロⅡというのは、ヒーローファイターズⅡという対戦格闘ゲームで、実際のヒーローをゲームキャラに落とし込んだものだ。
ゲーム用にバランス調整されているので、流石に実際のヒーローのようなとんでも性能ではなくなっているが、技自体は実在しているので見るだけでも楽しい。
現在は、十二キャラ居り当然ウルティマも入っている。
ヒロⅡでのウルティマの立ち位置はテクニカルタイプ。その風貌からパワータイプに見られがちだが、その多彩な技の数々からテクニカルタイプとなっている。
割と人を選ぶ性能ではあるが、俺はウルティマを極めんと日夜研鑽している。
「ん?」
俺は行きつけのゲーセンに向かうべく歩き出そうとしたところで、ある光景が目に入り立ち止まる。
それは、数人の高校生風の男子学生達が一人の女の子を囲んでいるのだ。
男子学生達は、軽薄そうな笑みを浮かべながらひっきりなしに何かを話している。
(ナンパか……)
別段、珍しい事でもないな。
女の子にその気が無ければ断れば良いわけだし、この都市にもヒーローは居るから乱暴な事をしようとすればすぐに御用だ。
……しかも、今は新世代狩りとかで同胞達がやられているから、なおさらヒーロー達はパトロールを強化している。
そんな事を考えていると、俺はナンパされている女の子と目が合う。
身長は百四十くらいで、水色の髪を肩で切り揃えているショートカットで眠そうな半眼が特徴的だ。
中学生くらいに見えるが、結構な美少女である。
あの制服は確か……白藤女学園の制服だ。機織学園と同じ新世代向けの学園である。
女の子は、こちらをジーッと見ていたかと思うと手招きをし始める。
(? 誰に手招きしてるんだ?)
俺は、一応周りを見渡してみるが皆、ナンパされている女の子を気にもせずに歩いている。
念のため、自分を指差してみると女の子はコクリと頷く。
俺は不思議に思いながらも、呼ばれた以上無視するわけにもいかずにナンパ集団と女の子の方へと向かう。
「……来た」
俺が近づいていくと、女の子がポツリと呟く。
「あん? 来たって誰が?」
「俺の事じゃね?」
「うぉ!?」
俺が声を掛けると、男子学生達は振り返りながら驚いて後ずさる。
……そこまで驚かれると少し傷つくな。
「な、なんだてめーは。そんな目で睨みやがって……俺達に喧嘩売ってるのか?」
「この目は元々だっつーの」
目つき悪いのは気にしてんだから、ツッコんでほしくないものである。
俺がそんな感じで話していると、例の女の子がトテトテと近づいて来る。
こうしてみると、ちっちゃくて小動物みたいで可愛いな。
いや、俺はロリコンじゃないのであくまで小動物みたいで可愛いとい言っているだけだ。……俺は、誰に言い訳をしているのだろうか。
「……この人、私の彼氏。だから、ナンパは……諦めて……」
女の子はそう言うと、あろうことか俺の腕に抱き着いてくる。
……少しだけ嬉しかったのは内緒だ。
だって……だって……美少女に抱き着かれたら嬉しいに決まっているじゃないか!
「は……」
「話を、合わせて……」
俺が反論しようとしたところで、女の子が小声で俺に囁いてくる。
(ああ、なるほど。ナンパを断る為の口実が欲しかったのか)
彼女の言葉で、俺はようやく呼ばれた理由に合点がいく。
確かに、連れが居ると明言すれば大抵のナンパ野郎は諦めるだろう。
「おいおいおい。俺達よりも、こんな目つきの悪い男を選ぶのかよ」
しかし、こいつらはどうやらその『大抵』から外れるようだった。
「こういう奴は、絶対裏でやばい事やってるって!」
「そうそう、だってまず悪人面だもん。俺達の方が優しそうな顔してると思わない?
「俺らだったら、優しくしてやるからさ!」
と、男子学生達は好き勝手言ってくれる。
……ちょっとへこみそう。
ていうか、こいつらはどう見ても高校生なのに中学生の女の子相手にナンパするとか恥ずかしくないのだろうか。
もしかして……あまりにも同年代の子に相手にされないモテナイ君だから、年下をナンパする事しか出来なかったのか?
そう考えると、彼らの言葉にも必死さが見えてきて、憐れみを感じる。
「うんうん……お前らも辛かったんだな」
「な、何急に色々察したみたいな表情で言ってんだこら!」
「そうだそうだ! そのモテない奴らが必死で何かやってて微笑ましいみたいな優しい表情をやめろ」
「くそう、これがリア充の余裕って奴か……!」
どうやら、図星だったようで彼らは握りこぶしを作り血の涙を流している。
分かる……分かるぞ! その気持ち!
かくいう俺も一応はモテたいという願望はあったのだが、ヒーロー趣味のせいでモテなかったりする。
こんな場所でなかったら、こいつらとは無二の親友になれたのかもしれない。
「……くそ、何か殺意が湧いてきやがった」
「奇遇だな、俺もだ」
「俺も俺も」
男子学生達は、殺気だった目でジロリとこちらを睨む。
……おや、何やら不穏な空気。
「おい、こいつボコしちまおうぜ」
「屋上行こうぜ……久々にキレちまったぜ……」
どこの屋上に行こうって言うんだよ。
……どうやら、彼らは良くない方向に吹っ切れてしまったようである。
正直、物凄い逃げ出したい。
一般人相手なら俺も鍛えているので何とかなるのだろうが、ギフトを持っている新世代……それも複数人相手では絶対に勝てない。
彼らが戦闘向けのギフトを持ってない事を祈るしかないが、それはあまりにも博打すぎる。
ここは、女の子を連れて逃げるのが一番いいだろう。
……逃げてばっかだなぁ。
「……やめた方が良いと思う」
「あん?」
彼らが殺気だって居る中、俺が逃げる算段を整えていると……彼女は唐突にポツリと呟く。
「この人は十傑の……犬落瀬清司。貴方達には……勝ち目はない」
「な、犬落瀬だと!?」
女の子の言葉に、彼らはややオーバー気味に驚く。
……あれ、俺って名乗ったっけ?
「あの、千のギフトを持つ男……」
「神に愛された男……」
「残虐非道の悪魔超人……」
「おい、最後なんだ」
最初の二つは俺も聞いたことがあるくらい有名だが、最後のは初耳だぞ。
なんだ? 一千万パワーとか持ってるのか?
いや、犬落瀬本人ならそういうギフトもコピーしてそうではあるが。
「だ、だけどよ……いくらあの犬落瀬だって俺達の方が人数が上だし……」
「……へぇ、てめーらはそれっばかしの人数で本当に勝てると思っているのか?」
「うぐ……っ」
俺がポケットに右手を入れながら睨むと、奴らは途端に怯む。
十傑という肩書は、それだけ大きいという事だ。
名乗る気は無かったのだが、折角だからこの肩書きを存分に利用させてもらう。
「てめーらも知ってる通り、俺は千のギフトを持つ。勿論、てめーらなんぞ一瞬で溶かすようなギフトもな」
「そ、そんなギフト聞いたこともねーよ!」
「てめーが知らない物は存在しない……そんな、狭い常識は捨てた方が良いぞ。そうだな、証拠を見せてやるか」
俺は、地面を見渡し手頃な石を見つけると、それを指差す。
「あそこに石が落ちてるだろ?」
「それがどうした?」
「まぁ、見てろ」
俺はポケットに手を入れていない方……つまりは左手を石に近づける。
プシッと何かが噴射される音がしたかと思えば、石はたちどころにドロドロに溶けて跡形もなくなくなってしまう。
「い、石が一瞬で……」
「どうだ? 俺のギフト『強制溶解』の威力は? こいつは、液体を霧状に噴射することで鉄だろうがなんだろうは、問答無用で溶かすんだよ。……勿論、人間の骨もな?」
「ひ、ひいいいいいいい!」
「まっ……置いてかないでええええ!」
先程の石が決定打になったのか、男子学生達は我先へと逃げ出す。
……どうやら上手くいったようだ。
勿論、俺には『強制溶解』なんていうギフトは無いし、そんなものがあるかどうかも分からない。
これは、絡繰先輩に半ば強引に押し付けられた『ドロドロアシッド君α』である。
数種類の酸を良い感じの比率で調合したもので、これを吹きかければ人間なんかは、たちどころに骨まで溶けるという超凶悪な強酸で通常はスプレー缶に入っている。
んで、それを改良して暗器のように袖口に仕込めるようにしたのがα要素らしい。
右のポケットに忍び込ませたスイッチを押すことにより、左手の袖口に仕込んだ強酸が発射されるという仕組みだ。
まさか、こんな形で役に立つとは思わなかった。
「……さて、奴らも逃げた事だし俺は行かせてもらうよ」
早くゲーセンに行ってヒロⅡやりたいし。
「待って……」
しかし、女の子は立ち去ろうとする俺の腕を掴んで引き留める。
なんだ? まだ、何かあるのか?
「久しぶりに会ったって言うのに……随分、冷たく……ない?」
(げ! こいつ、知り合いだったのか!)
道理で、犬落瀬清司の名前を知っていたわけである。
そう考えれば、あそこで目があっただけで俺に助けを求めるというのも不思議だったし……完全に俺の失態だ。
「……人違いじゃないか?」
少し考えた後、俺はダメ元で誤魔化してみる。
「さっき……自分で名乗ったじゃない」
「それはほら、奴らを追い払うためのハッタリっていうかさ……うん、そう! ハッタリ! だから俺は犬落瀬じゃない」
嘘は言ってないしな! 実際、俺は犬落瀬じゃないし。
「嘘」
しかし、俺のそんな誤魔化しも虚しく、女の子のバッサリと否定される。
「……私が、見間違えるはずが……ない」
女の子のその言葉に、俺は全身の毛がブワッと逆立つのを感じる。
「ち、ちなみに名前は……」
「また、そうやって……他人のフリをする……。でも、いいよ……あえて、名乗ってあげる。私の名前は……
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