カグラと繋がる
嬉し恥ずかし二人の遊び
この街にはとても坂道が多い。
それは土地に根ざしたものであり、周辺に存在する断層が活発で、地層が何度も隆起と陥没を繰り返したからだそうだ。
そんな大地を物や人が無理矢理通れるように整備したのだから、こんな風に街の至る所にいびつな坂道が出来たらしい。
ただ、そのおかげで今のこの街があるわけだが。
正直こんな風に登り降りを繰り返していると、素直に喜ぶ気にはなれなかった。
それもこうも毎日繰り返していると。
「あぁ、怠い……」
誰に聞かせるためでもなく呟いた。
グラスを通して映像やデータなどの情報が視界に入ってくる。
その中の身体データ。俺の、現在の体温や血中の状況などを知らせてくれるプログラム。
一つの数値に視線を移す。瞳孔の動きを検知したグラスが、表示を拡大する。
無意識に、腕に装着しているものに片手で触れていた。
別にこの数値をいちいち気にしても仕方が無い。
そう頭では分かっていても、つい確認してしまう。
俺はため息を吐いて、気分転換でもしようと寄り道をした。
おそらく一度通っただけの人間では気付かないだろう裏道や、だれも通らないような道。
人間のことをまったく考慮に入れていない、この寂れた路地裏のような道。
最先端の技術が集う街。
大規模開発が優先されているからこそ、こんな旧い通路が放置されるのだろう。
途中やたら猫と出会った。普段であればこの辺りで野良猫は見かけない。
近隣にいる誰かが餌付けしているのかもしれない。
ふらふらと寄りついてくる猫を俺は手で追い払った。
しばらく歩くと、開けた高台のような場所に行き着いた。
過去に整地された形跡はあるが、今は誰も手を付けずに放置され寂れた場所。
下に存在する道とは結構な高低差があり、落下を防ぐための防止柵も存在しない。
立ち入り厳禁との警告表示もされていない上に、尖山が見渡せるので、自分だけのお気に入りの場所に指定しこっそり訪れていた。
その内開発が進みここも何かに利用されるのかもしれないが、それまでの密かな楽しみだった。
「おー」
空を見上げれば、編隊を組み飛行するドローンが見える。
定期的に空を飛び、不審なドローンの索敵、周辺の監視などを行っているのだろう。
ここからなら、街中の上空を飛び交うドローンを視界に収めることができる。
通常ドローンは街中を飛ぶことはできない。だが、この尖山は別だ。
ローカルネットで申請を行えば個人でもドローンを街中で使用することができた。
ドローンだけではない。安全だと判断されたものなら、簡素な手続きですぐに実証実験も行うことができる。
尖山はあらゆる面で規制が緩い。
手続きもネットで申請すればすぐに結果が分かる。
AI技術を使用してコンピューター管理しているのだ。
最先端のコンピューター技術による人や街、サービス、規制などの行政手続きの管理。聞く人が聞けばディストピアの始まりかと恐怖するかもしれない。
もちろん全てをコンピューターで管理しているわけではない。
人による管理、監視は必要だし、各段階においてそれは導入され、いわゆる安全装置の役割を担っている。
最終的な判断をするのは結局人間なのだから。
そんな尖山も、以前はただの寂れた土地だった。
それが今では、あらゆる面で最先端を突き進んでいる。
その下地を作ったものは数多く存在するが、切っ掛け自体は優遇措置が施行されたことだろう。
流通など物理的な様々な問題。サービスを提供するための設備や、各種資材や機材などの費用。そして規制。
新たな技術を導入する都市開発には、それらが障害として立ちはだかる。
しかしその障害が緩和されれば、開発のハードルは大幅に下がる。
そして何よりARを取り入れたこと。
モノもサービスも都市開発に至るまで、全てARを前提にして取り組まれている。
だからこそ街ではARの活用が他の場所よりも盛んで、間違いなくテクノロジーの最先端を突き進んでいた。
その結果、技術、企業、開発者、住民、全てが相互にリンクし合うことで、凄まじい速度で新たな技術やデバイスが誕生することになった。
密集したそれらはある種混沌のように混ざり、溶け合い、多種多様な副産物を産み出し。それ自体が技術を、企業を、人を集める自己
収穫加速の法則が、この街にいると体感することすらできる。
俺は改めて街を見渡した。
ここから遠く離れた住居が存在する区画には、大型の建造物が悠然とそびえ立っている。
あそこには、余所から移住してきた多くの住民が詰まっているのだろう。
俺は眺めるのに満足し終え立ち上がった。
視界の隅っこに、いつも賑わっている病院が見える。
病院の一室からドローンが飛び立った。
余所ではありえない光景だろうな。
名残惜しげに俺はその場を後にした。
あの後、三人で今後のことについて少しだけ話し合いそのまま解散することになった。
泉は張り切っていた。
デザイン関係の仕事について今後プロジェクトが発展すればリアル、ヴァーチャルを問わずにいくらでも存在する。
一目見て分かるほど彼女はやる気に満ち溢れ、そのまま上機嫌で帰っていった。
石崎はプログラを一旦停止させると小声でこう伝えた。
人工知能本体があるサーバーは常に動作しているから、暇があれば彼女と遊んでていいと。
既に渡しているファイルを使用すればプログラを呼び出すことができる上に、寮の部屋内にある設備を使えば十分に動作させることができるから、と。
そんなことを言っていた。
何故泉がいなくなってからそんなことを俺に伝えたのかは、何となく察せたけれど。
坂道をようやく登り終えて俺は立ち止まり、荒い呼吸を抑えようと深く息を吸い込んだ。
学校から寮の位置がそんなに離れているわけでもない。
ただ、寮と学校はかなり歪な場所に存在する。
校舎がかつて建っていた物を再利用したことや、学生だけでなく住民や企業が利用できるほど広大なグラウンドを設置したことも、その理由の内の一つだと思われる。
これも結局のところは地形、つまり土地のせいだ。
呼吸を落ち着けてから、俺は寮の自室へと向かった。
寮に関しては開発が始まって以降に新しく建てられていたので、学校とは違い設備も整っていて清潔感もある。
食堂や浴場などの各設備も機械による自動化が進み、学生の一人暮らしとは思えないほど便利だ。
汚れものも、洗濯から乾燥、折り畳みまで自動で行ってくれるのだから、涙が出るほど有り難い。
だからこそこの寮は常に人が多い。寮生だけでなく、外部の人間もそれなりに設備を利用できるからだ。
周辺に住居はないので、やってくるのは近隣に存在する施設で働いている人間や、工事関係者ぐらいだった。
何が目的なのか遠くからわざわざやってくるような物好きもいたが。
寮というよりは、民間の宿泊施設に学生が住んでいるという表現の方が近いような気がする。ただ、今日に限ってはその賑わいが若干面倒だった。
知人や顔見知りを避けるようにして、俺は寮の中を移動する。
すれ違う人間にも後ろめたい気分で、まるで泥棒に入り込んだかのようだった。
完全なる防犯と徹底された記録を謳って、各場所に利用者に意識しないように設置されているカメラが、この時ばかりは無性に気になった。
ようやく自分の部屋に着きロックを解除して入り込む。扉の閉まる音を聞いて溜息を吐いた。今日は無性に疲れた。
室内を見回す。当然変わったところなど何もない。
昨日の出来事など何も無かったかのように室内は清潔そのものだ。
俺はベッドに倒れ込んで、あおむけになった。特に理由もなく天井を見上げる。
今日はワールドに参加する気にもなれなかった。昨日の事のせいではない。
「プログラか」
呼び出してみようか。
石崎はいつでも呼び出していいとか、そんなことを言っていた。
俺は目の前にいくつかのフォルダのアイコンを浮かべた。
この中にプログラを呼び出すためのファイルを仕舞っておいた筈だ。
しばらく漁ってから、ようやく目当てのものを眼の前に浮かべる。
アプリが起動できるのかどうが、とにかく試しに触れてみた。
しばらくの間バルーンが静止する。周辺のデバイスを検出しているのかもしれない。
何の前触れもなく表面が弾け、中からプログラが現れた。
「マジかよ」
ろくな準備もせずに、驚くほどあっさり出てきてしまい俺は驚いた。
こんなに手軽に起動できて良いのだろうか。
学校で見た時とどこも変わった様子はない。
プログラは数時間前に見せたのと同じぐらい明るい表情で、俺のことを見つめている。
今更止める気にもなれない。
とにかく一度出してしまったものはしょうがないから、自室でも変化がないか確かめてみることにした。
俺は学校の時と同じように、彼女の周囲をぐるりと周りながら観察をした。
狭い部屋ではあるが、その程度の広さはある。
これまた以前と同じように、プログラは俺に視線を合わせて身体ごと振り返った。
動作におかしな部分はどこにもない。
石崎がやっていたほど、入念な準備は必要なさそうだった。
この部屋にもカメラは設置されている。
それは防犯や監視のためというよりも、VRやAR操作のための、いわゆるトラッキングを行うために必要な設備だ。
カメラや各種センサーから入力された情報を得てユーザーの位置を検出する、仮想体験に欠かせないトラッキング機能。
観察者の位置検出が行えなければ、AR上に表示される物体はどこまでも観察者に付いてくることになる。
これではディスプレイで映像を眺めるのと変わらない。
ARとは、その場に仮想のものが存在すると感じられて初めて、AR(仮想現実)になる。
ただこれは昔の話で、今はグラスに装着しているカメラやセンサーだけでもそれなりに認識はしてくれる。
だが精度を高めるためには、やはり外部の入力装置が必須だった。
この街なら、近くにあるカメラやセンサーに自動で接続や調整を行ってくれる。
処理に関しても、中継器を介してグラスに接続されているサーバーが行ってくれる。
ともかく。
プログラは今目の前に変わらずに立っているワケだ。それも俺の部屋の中にいる。
俺は思わず腕を組んで考え込んでしまった。
さんざ逡巡したあとに、結局ポケットからあるものを取り出した。
例のハプティクスデバイスだ。名前が長いからHTDとでも呼べと石崎が言っていた。これがあればプログラに触れられるワケだ。
しかも自室で。
一人で。
思わず再び唸った。
プログラが俺のそんな様子を不思議そうに屈んで覗き込んでくる。
あまりにも無邪気で無防備だった。
現実の女の子ではないのだな、と改めて実感させられる。
だからどうだというわけでもない。ないのだけれども。
俺は緩慢な動作でHTDを装着した。調整の方法については石崎に聞いていたし、すでに俺用に設定してあるとのことだ。
言葉通り、デバイスは違和感なく手に馴染んだ。
俺は頭を上げプログラを見つめる。少女は俺の方を見つめかえす。
しばらく逡巡した後、俺は立ち上がった。
石崎を含めた開発側は俺が何をしたのか、それにプログラがどんな反応をしたのか、情報を得るのは間違いない。だから過剰なコミュニケーションは厳禁だ。
逆に言えば、過剰でなければいいということだ。
「武士は食わねど……いや、違ったかな。据え膳がうんぬん……まぁとにかく」
俺は覚悟を決め腕を前方に構えた。
プログラは一瞬ハッとした表情で後ずさったが、すぐに
何か勘違いしている気がする。
俺は片腕をプログラに向けて伸ばす。彼女がそれを払う。
今度はもう片方の腕を伸ばした。それも手刀で弾かれた。
違う。そうじゃない。
「うーん……」
俺は片手で頭を掻いた。
そして未だ構えを解いていないプログラへと、徐々に、徐々に近づいていく。手がギリギリ届く射程内に入った。
風を切る音がするほど俊敏に、彼女の隙を突くように腕を一気に伸ばした。
まるでそれを余地していたかのように、プログラが後方へと跳んだ。
俺は呆気にとられる。光景が、スローモーション映像のようにゆっくりと流れた。
「バック宙!?」
長い髪と衣装を演出している長いフリルが、部屋の中で踊っている。
着地に失敗するんじゃないか。一瞬そんなことを考えた。
彼女が仮想の存在であることすら忘れて。
細い足の指の先端が床へと触れる。衝撃を和らげるかのように、指先からかかとへと床に接地し、軽く膝を折り曲げて彼女は見事に着地した。
表情もどことなく自慢げに見える。
宙返り自体に驚いたというよりも、グラフィックだということを感じさせない動作の自然さと、それを行えるプログラム自体に驚いた。
学校内でも様々な反応を返してくれたが、たった今見た敏捷さはそれらを上回る衝撃だ。
一体彼女は、人口少女プロトカグラは現状どこまでのポテンシャルを秘めているのだろうか。
純粋に興味が沸いてきた。改めてプログラに向き直る。彼女はまだ妙な構えを解かずに、トントンとステップを踏むように小さく跳ねていた。
俺はその場でゆっくりと片手を上げた。
プログラがその動作を不思議そうに見つめる。俺は上げた手を元に戻す。
そして、今度は見せ付けるように更にゆっくりと腕を天井に向けて上げた。
一連の動作を何度か繰り返す。
彼女は何かを察したような顔をすると、俺に併せるように片腕を上げた。
俺は満足そうに頷いてみせる。彼女も同じ動きをした。
もう片方の腕を上げる。
プログラも腕を上げた。
両腕を駄々っ子のようにぐるぐる回す。
プログラもぐるぐる回す。
ピタリと止めれば、彼女は俺に合わせるように静止する。
そのまま静止し続ける。
何かの我慢比べのように、微動せずに同じ姿勢を続けていると、プログラが急に吹き出した。
一連の行動に耐えられないといった素振りで、手の甲を口元にやって可笑しそうに笑い出す。
女子の前で一体なにをやっているんだろう。思わず照れたように頭を掻く。
そしてすぐに、眼の前のものが架空の存在であることを思い出した。
頭では分かっていてもいざプログラを前にすると、生身の人間だとしか思えなくなる。
そういえば、学校では泉が創り出したAR上のオブジェクトにも反応をしていた。
ということは、ARを使った遊びや実験もできそうだ。
「じゃあ、次はこういうのはどうかな」
俺はAR用のアプリを起動する。宙に浮かぶ球体が表示された。
プログラは笑いを止めて、眼の前の物に好奇心でいっぱいの視線を向けた。
このアプリはAR上で行える、衝突実験のためのシミュレーターだ。かなり直感的にオブジェクトを創り出せる。
モデリングに使っている人も数多く存在すると、泉が楽しそうに語っていた。
感度が良すぎるのか、それともHTDにソフト側で対応していないせいか、若干操作し辛かったがそのうち慣れるだろう。
普段はリングを使用していたからかもしれない。
いくつかのステータスをいじって、風船のような動きをするボールを浮かべた。
それをプログラに向かって投げてみる。
彼女は、自分に向かって宙をゆったりと漂うボールに視線を合わせた。ちょうど頭の斜め上あたりに来たとき、プログラは手を伸ばして俺の方に向けて打ち返した。
内部的にどんな処理が行われているのだろう。今使っているアプリは幅広く普及しているものだし、対応しているということだろうか。詳しく調べないと分からないが、少なくともAR上の物体に触れられることは分かった。
今度は1mぐらいの長さのバット状の棒を作り、プログラに投げ渡した。
彼女はそれも手で跳ね返す。
違う違うと手を否定の形に振って、今度はバットを彼女に渡すように向けた。
プログラは恥ずかしそうな表情を浮かべた後に、頷いてバットを受け取った。
次に野球ほどの大きさの球を作り出し、ステータスもそれに見合ったものにする。
手にバットをぶら下げていたプログラは俺の挙動か、それともボールを見て理解したのか、自分からバットを構えた。
俺は親が子供にするように、優しくボールを放り投げた。
ボールめがけてプログラがバットを振った。
僅かにかすったボールは跳ね上がり、部屋の外へと消えていく。
しばらく考えた後に、俺は同じようにボールを作り出す。
そしてツールをいじって、先程と全く同じ軌道、全く同じ速度でボールをプログラに向けて放った。同じ場面の映像を再生し直すように。
プログラがバットを振る。
今度はボールが弧を描いて、俺の後方へと飛んでいった。
たぶん、ツーベースぐらい進めそうな勢いで。
「すごいな」
思わず声が漏れた。その様子を察したのか、単にボールを打ち返したことに対する反応なのか、プログラが嬉しそうにピョンピョンと跳ねている。
それなら、こうするとどうなるのだろうか。
十分な広さを確保するために、部屋の幅ぎりぎりまで距離を広げる。
俺はステータスをいじって、人の背丈より一回りほど大きな球体を作り上げた。まさに大玉と形容するにふさわしい大きさだ。
プログラが、その巨大さに気圧され僅かに後ずさった。
オブジェクトのステータスをいじっている最中に、あるものが目に入った。
質量
速度
好奇心からの悪戯心が、少しだけ湧いた。
なんとなく数値を限界にまで引き上げる。
これを彼女にぶつけたらどうなるのだろう。
巨大なボールを前にしたプログラは、片手を眼の前で否定の形に振っている。
泣きそうな表情まで浮かべて。
彼女の様子を見て、邪な考えはすぐに打ち消した。
何より俺にそんなことを試す度胸も趣味もない。
俺はプログラに笑みを浮かべながら、眼の前で手を振った。
するとどうだろう。
音速の数十倍の速さで。
月と同じ質量を持つ大玉が。
目の前の少女目掛けて発射された。
「……」
何も起きなかった。
球がいつのまにかどこかへ消えている。
ただ、プログラはその場にへなへなと座り込んでしまった。
口を開けて呆気にとられた表情を浮かべて。ゆっくりとこちらを見上げる。
何が起きたのか、プログラもよく分かっていないようだった。
俺は慌てながらアプリを操作し、大玉の軌道を視認出来る速度に設定して再生してみる。
確かにぶつかっていた。というか直撃していた。
プログラに当たった球はまるで何かに弾かれたかの如く、明後日の方向へと飛んでいったようだ。
よくよく考えてみればこれは当然だった。
そもそも少女を動かしている人口知能が、わざわざ別のアプリの物理演算に付き合う必要もない。あくまでそれらしく見せられれば、それでいいのだから。
ただ、もしご丁寧に付き合っていたとすれば、間違いなく跡形も残らなかったことだろう。その光景はトラウマとして、俺の心に深く刻み込まれたに違いない。
誤射の原因は間違いなくHTDにあった。
アプリ側で未対応だったため、誤認識を起こしたものと思われる。
とりあえずシミュレーションアプリを使うときは、もう少し注意深く行うべきだと強く心に誓った。
肝心のプログラはといえば、どうも怖がっている様子だった。
当然と言えば当然の反応だ。
俺はプログラに頭を下げた謝った。しばらくの間俺に対して不審を抱いていた様子だったが、何度も謝っている間にようやく許してくれたようだった。
依然と比べて表情や動作が若干ギクシャクしていたが。
瞬くように明滅する極彩色に彩られた
観賞用の単純なARアプリで、オブジェクトやその数も自由に設定できる。
プログラの機嫌を直すために、室内に飛ばしてみたのだ。
彼女は目論み通り興味を惹かれた様子で、手を伸ばして蝶々を捕まえようとしている。その光景は、どことなく泉が描いたイラストを彷彿させた。
そんな彼女を遠目に眺めながら、俺は一つの結論に達した。
それはプログラの振る舞いはとても人間らしいということだ。
それだけは一切ぶれていない。
たとえ彼女と会話によるコミュニケーションをできなかったとしても、今の時点でも十分に意思の疎通はできている筈だ。
もちろん目の前のプログラはあくまでAR上のモデルに過ぎない。
本当に考えて、動作として反映しているのは、この街のどこかのサーバーで動いている人工知能カグラだ。
俺の部屋に設置されているカメラやセンサーの情報を入力として受け取り、俺のグラスを介して目の前にいるプログラの動作として出力している。
MVRワールドなどの、オンラインゲームにおけるプレイヤーとそのキャラクターの関係と変わらない。(その計算や処理は比にはならないほど複雑だろうが。)
ただ、それでもこれだけははっきりと言える。
プログラは限りなく人間らしい存在なのだ。
それがとても魅力的で、とてもすばらしいことに思える。
人工知能カグラプロジェクト。
最終的には完璧に人とコミュニケーションが出来るAIを、俺と石崎は目指しているつもりだった。
だというのに現段階で、自分でも思っている以上に夢中になってしまった。
石崎が熱弁する理由も分かった気がする。
というか、よく今まで研究が進んでいたことを黙っていられたものだ。
俺は引き続きプログラとコミュニケーションを取った。彼女は未だ俺に不信感を持っていたようだが、遊ぶにつれてそんな態度は解消されていった。
試してみれば出来ることは非常に多彩で、彼女の見せる様々な表情に俺は驚かされた。
もし、会話によるコミュニケーションが実行できるようになれば、プログラは完璧になる。
いつになるかは分からないが、今からその時がとても楽しみになった。
その日は夜更けまでプログラと遊び続けた。
そして、夢を見た。妙な夢だった。
記憶を覗き込まれているような。
頭の中をぐるぐると掻き回されているような、不思議とどこか心地の良い、夢。
夢の中でも、プログラと遊んでいた。
それはしばらくの間続いた。
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