ガダリア脱出 3

 月が照らすだけの道をずっと走って、ガダリア西門が見えたころには息も絶え絶えだった。

 闇にそびえる街の門は巨大な魔物の口に見えた。街の明かりは全て消されている。既に東国の人間が入り込んでいるかもしれないと思うと、見知った街とは思えなかった。


「……こんなところで尻込みしてるわけにいかない」


 門を抜ける。普段であれば賑やかなはずの街は不気味なほど静まっている。

 ハーニーはぶるりと身震いした。突然背後からから刺されてもおかしくないのだ。そう考えると恐怖で足が竦みそうになる。


「やっと追いついた」

「うわあっ!?」


 後ろからした声に素っ頓狂な声が出る。振り向けば美しい金髪が月光にたなびいていた。


「ネリー!? なんでここに……」

「追いかけてきたに決まってるじゃない」


 平然と言いのけるネリーに疲れや息の乱れはない。散歩でもしてきたような様子だった。


「もちろん魔法を使ってきた。身体強化魔法なんて初歩よ。知らないの?」

「知らない……いや、そんなことはどうでもいいよ。なんでネリーがここに?」

「せっかく見つけた実例を逃すわけにいかないの。死なれちゃ困る」

「い、いや、護衛は?」

「許可ならちゃんと貰ってきた。ほら、私もともと余所者だし」

「そんな自由な……まあいいか。タックたちを探すの手伝ってくれる?」

「どうせ探さないと戻らないんでしょ? さっさと見つけるましょ」


 ネリーはあっさりそう答えた。どこかで断られるんじゃないかと思っていたハーニーは自分を恥じる。ネリーは態度が素っ気なくても心まで冷たいわけじゃないのかもしれない。

 手分けして探したい気持ちはあったが、街の状況が分からない今、一人になるのはお互いに危険だ。周囲を警戒しながらハーニーはネリーと一緒に探し回る。

 真っ先に向かったのはタックたちがいつもいる廃屋だ。


「誰もいない……」


 明りもなく、人の気配もない。月の光がゴミの山を照らしている。


「その子たちってこんなところに住んでるの?」

「……仕方ないんだよ」


 本当なら僕だってこっち側にいてもおかしくない。違いがあるなら、そう。魔法が使えたかどうか。たったそれだけのことだ。


「ねえ」


 ネリーが廃屋を見つめながら言う。


「どうしてそんな子たちを助けようとするの? 居候には責任逃れの方便だってあるのに」


 その声には純粋な疑問一色。事実をそのまま語る口ぶりだった。

 ハーニーは一瞬言いよどむ。


「正直……お節介かもしれないんだ。でも僕がタックたちの立場だったら見捨てられたようで辛いから。そう考えちゃったら……気になるじゃないか」

「ふうん。その子たちが自ら望んでここに残ったとしても、あなただったら見捨てられたように感じるわけ?」

「……たぶん。そんな簡単じゃないでしょ。人の心って」


 感情を押しとどめる理性があるように。相反する感情を同時に持つことなんて珍しくもない。ただ一直線にだけ物を考えられる人はいないはずだ。

 ネリーは「そうね」と自然な返事をよこした。

 それから廃屋の周囲を隅々まで探すが誰も見つからなかった。


「ここじゃないみたいね。その子たちがどうして残ったのか居候分かる?」

「……たぶん、あそこだ」


 タックたちが今一番必要なもの。命を危険に晒すほど価値があると思いそうなもの。考えるとすぐに察しがついた。

 ハーニーは早足に心当たりの方へ向かう。

 はたしてタックたちはいた。貴族の住宅街の一軒。見るからに豪邸なそこだけ明かりが漏れていたのだ。


「タック!」


 家に押し入ってすぐに叫んだ。鍵はこじ開けられていた。

 部屋を物色していたタックたちは声に驚いたが、ハーニーだと分かるとすぐに落ち着いた。


「なんだハーニーか。まだいたんだな」

「何のんびりしてるんだ! 今大変なんだぞ!? 早くこの街を出ないと、死んじゃうかもしれないんだ!」


 タックはハーニーの怒声に少し驚きながらも首を縦に振らない。


「それは……できない」

「なんで! 命より大切なものじゃないだろ! こんなものは!」


 部屋にある家具を指して言う。売れば金になるような物がいくらでも転がっている。


「……なあハーニー。それ、やっぱ余裕ある奴の言葉だぜ」

「余裕だって?」


 タックの目は確固とした意志を秘めていた。


「俺たちには何もないんだ。家も家族も……居場所だって怪しいもんさ。守れるのは自分だけ。そういう風に生きてきたから分かる」


 周りの子供たちも表情に違いはあれど思いは同じらしく、表情に迷いはなかった。その統率役としてタックは堂々と目を逸らすことはしなかった。


「金は命と同じくらい大事だ。俺たちなら分かるんだよ。それのありがたみが、大事さが……。金には命を賭ける価値があるんだ! ハーニーには分からないだろうけどな!」

「なにっ!」

「だってそうだろ! ハーニーは余所者で俺たちと似たもんだけど、それでもいい家に拾われた! 裕福すぎる家にいるじゃんか! 毎日うまいもの食って、ふかふかのベッドで寝て、さっぱりした服着てさ! 世界が違うんだ! 生きてる世界が! そんな悩まない生活してるのに、分かるわけないだろ! 俺たちの本当の気持ちが!」

「それは……」

「分かってたまるか……だってそういうものなんだろ。なあ。俺たちにとってこれはチャンスなんだよ。明日まともな飯を食うための、でっかいチャンスなんだよ……」


 だから見逃してくれ。分かるなら許してくれ。タックの目はそう訴えていた。


「……だからって」


 よく考えてもハーニーは理解できなかった。金は命より大切だと思えない。

 だって死んでしまえばあんなにも周りの人を悲しませるんだ。命は自分だけのものじゃない。一人分の価値以上に、関係する人の数だけ価値があるんじゃないのか。そう思うのも持つ者の意見でしかないんだろうか。リアはパウエルが引き取って、僕は何も持っていないのに。


「どうするの?」


 一歩後ろで話を聞いていたネリーが問いかける。

 どうするもこうするもなかった。


「……頼むから早くしてくれよ……」

「いいのか!」


 見るからに喜ぶタックにハーニーは笑みを返せない。


「そうしないと聞かないじゃないか。でもこの後すぐ皆と合流するんだから、軽くてばれないものにしてくれよ」

「ああ!」


 物色するため一斉に散っていく子供たちをハーニーはただ眺める。後ろで傍観していたネリーがハーニーの横に立った。


「意外。居候ってこういうこと許さないと思ってた」


 許すという言葉に引っかかる。許したのだろうか僕は。


「別に……ここに置いていく人よりきっと上手く使えるだろうし。それより君の方が見て見ぬふりしてくれるなんて意外だよ」


 ネリーは誇らしげに口角を上げた。


「ふふん。私だってただのお嬢様じゃないのよ」


 芝居がかった態度は内心を悟らせない。何やら思うところはあるらしい。

 子供たちは軽くて高そうなものを漁る。それは現金であったり装飾品であったり、食器などの日用品でもあった。片っ端からそれらを持ち出そうとする姿は希望を手にした無邪気な笑顔が伴っている。


「なんか寂しそうじゃない?」

「そうかな。皆嬉しそうだよ」

「居候のことよ」


 驚いてネリーの顔を見る。整った顔に疑問の色が浮かんでいる。


「……そう見える?」

「そうやって驚いてるってことはそういうことなんでしょ」

「……本当はこうなると思ってなかった」

「居候が説得したらすぐに泣いて喜んで、そのまま言うこと聞くと思ってたの?」

「……」


 うまく返せない。違うと言いたいが、しかし言えない。

 本当はそう思っていた。少なくとも自分がタックの立場だったら嬉しい。嬉しくて仕方ない。

 ……僕はただ自分の願望でそう決め付けていただけなのだろうか。

 ネリーは嘲るように鼻を鳴らした。


「馬鹿ね。皆が皆同じなわけないのに」

「……返す言葉もないや」


 サバサバしたネリーの話し口が今はむしろ心地よかった。笑い飛ばしてもらったほうがすっきりすることもあるんだな、と新しい発見に苦笑する。

 やがてタックが威勢よく言った。


「これからは変われるかもしれないぜ。どれくらいの金になるのかわからねーけど、何かが変えれるかもしれない!」


 輝いた目はみすぼらしい風貌を補って余りある清らかさを持っていた。今後の期待。希望が見るからに溢れている。

それを見ていると、これでよかったのかもしれないと思えた。





 ガダリアを逃げ出す時、まずタックたちが先に行き、その後をハーニーとネリーが追いかけることになった。そのやり方を採ることができたのはネリーの助言のおかげだ。


「敵が近づけば私もある程度察知できるから、その子たちは離れてもらった方がいいと思う。貴族の戦いって規模が大きいから」


 貴族の戦い。魔法の戦いの普通を知らないハーニーは黙って従うことにした。

 先行するタックたちとの距離は次第に開いていく。やがて夜の闇に消えていった。馬車群の進みは人の歩く速さで、タックたちの体力は人一倍ある。走ればそのうち追いつけるはずだ。

 振り返れば開けっ放しの街門が不気味に坐しているのが見える距離。ハーニーはネリーとともに歩いていた。


「これからどうなるんだろう」

「アクロイドに行ってみないと分からないわね」

「君は何とも思わないの?」

「そんな能天気に見える?」


 勝手にネリーの返事を頭で決めていたから目が泳いだ。


「え、いや……どうだろ」

「失礼ね」


 ネリーは見るからに不機嫌になった。それは一瞬のことで、彼女はすぐに顔を引き締める。


「これからどうなるか分からないけど、これって大ごとよ。戦争が始まるってことなんだから……ううん、もう始まってるって考えた方がいいのよね」

「戦争……」


 10年前にあった戦争。ハーニーにはその記憶がないし、あったとしても6歳前後のことだ。ハッキリ分かっていないだろう。ただ戦争という単語に恐怖の印象があった。暴力という言葉に近い、遠ざけておきたい心象。


「戦争になるなら私だって魔法に自信があるから他人事にならない。それが務めなんだろうし」

「貴族の責任ってやつかあ」

「……貴族。まあそんなところね。何とかできるかもしれない力を持っているのに逃げ出したら後味悪いじゃない」


 どこか歯切れが悪いと思ったが、それを聞く前にネリーが続けた。


「居候はどうするの」

「どうって?」

「どうもこうも、戦争が始まったらどう動くかって話。居候は貴族じゃないかもしれないでしょ? それなら戦火の及ばない地で難を逃れる選択肢だってある」

「逃れる……できるならそうしたいな」

「じゃあそうしないってこと?」


 ぼんやり見上げた空は星が楽しそうに瞬いていた。それこそ今の状況とはお構いなしに。


「君と同じでさ、僕にも何かできることがあるのにやらずに逃げ出すのはもう嫌だ」


 後悔。

 ウィルさんとはもっと話すべきだった。立場とか、体面とか気にせずに。そうすれば何か変わっていた。良くなったかどうかは分からないけど、変わっていたはずだ。


「終わってからじゃもう遅いんだって分かったんだ。それに誰かがリアを守らなくちゃ。だから……」


 ネリーは逆に不思議に思うほど真顔だった。


「居候はその子のために頑張るわけ?」

「そうだね。それが今の……」


 生きる理由。生きたい理由。

 ただそれだけを考えていたせいか、そのあとの言葉への動揺は大きかった。


「他は?」

「え」

「他。あなた自身の理由」

「だ、誰かのために何かしたいって思うのは僕の気持ちにならない?」


 意図せず言い訳じみてしまう。


「ふうん」


 意味深な相槌。ネリーはさも当然のように言った。


「その子に縋ってるんだ」


 他意のない世間話的に出た言葉。事実をただ事実と言っただけの口振り。

 しかしハーニーは我を忘れた。歩みは止まり全身で感情が表れる。


「縋ってる? 縋ってるだって? そんな言い方!」


 ネリーは今度こそ本当に馬鹿にするように口角を上げた。目には冷たい色。


「怒るってことは図星ってことでしょ。認めたくないけど、本当は心の中でわかってるの。見ないふりをしてるから、見たくないから他人に指摘されて怒る。縋って何が悪いんだって、居候はそう言えずに怒ったのよ。分かる?」

「く……」

「言い返さないの? 私を拒絶してくるかと思ったけど、案外冷静なのね」

「……」


 違う。本当はただうまく返せなかっただけだ。何を言えばいいのかわからなくて、ただ口が回らなかっただけ。ネリーに言い知れぬ恐怖を感じていただけ。


「……あまり、人の心に土足で踏み入らないでくれよ」


 僕は否定できなかった。それが全てだった。

 逃げるようにハーニーは西への歩みを取り戻す。ネリーも同じように横を歩く。

ネリーは悪びれず、すまし顔で言った。


「私、察しがいいのよ。居候にとっては嫌な言葉だったかもしれないけど、でもね、別に悪いことをしたとは思ってない。そうやって自覚できてよかったじゃないの。気づかないのが一番見苦しい。良かったわね?」

「……じゃあ逆に聞くけど、君は何のために生きてるのさ」


 意趣返しに放ったそれにネリーは「生きてるって大げさね」と笑って言った。そのあとに笑みは一瞬完全に消え、鋭い目に気力満ち溢れる厳かな表情になる。


「私は死んだ父の無念を晴らして私の家名を世に知らしめてやるために生きてる」

「う……」


 予想もしない真剣な答えにハーニーはたじろぐ。ネリーは快活に笑った。


「ふふん。心を乱したお詫びも兼ねてね。ちゃんと話してあげる。それにしても居候はからかいがいがあって面白い」

「さっきのはからかいにしては手厳しいけどね……」


 非難の声はまったく意に介されなかった。

 馬車の車輪の痕をなぞりながら、アクロイドとガダリアの間にある森の入り口までたどり着いた。打ち捨てられた馬車も通り過ぎてきたが、どうやら馬車は順調に進んでいるらしい。


「タックたちは皆に追いついたかな」

「そうね……どちらにせよ十分距離はできたし、少し急ぎましょ」


 木々の間を二人走る。アクロイドとガダリアを結ぶ道は踏み慣らされていて、走りを妨害するものはない。これまでと違うことといえば、道の両脇を木々が満たしていることくらいだ。もう森へと入っている。


「君っ、体力っ、あるんだねっ」


 ハーニーはしばらく走って息が上がってきた。地に足が付くたび言葉は震える。


「体力なんてないわよ。居候、魔法使ってないの?」


 それこそ散歩でもしてるかのようなネリーは汗一つない。


『身体強化魔法です』

「見ただけで分かるのね。優秀」

「そんなっ、便利なものがっ、あるんだねっ……」

「居候も使えばいいじゃない」


 あっけからんとネリーは言う。


「だからっ、僕は魔法の知識がっ、ないんだってばっ!」

「それなら言うけどね、私の理論だと魔法に実質的な形式は必要ないのよ。現在使われる魔法の呪文だとかは、長い年月をかけて説得力を持たせたものであって、仮に魔法による事象を完全に想像できるなら発現するはずなの。それが出来ないから形態としての詠唱が残ってるんだけどね」

「結局詠唱なしじゃ使えないってことじゃないかっ」


 否定したのは無感情で穏やかなセツの声だ。


『いえ、あなたは想像さえできれば私が補えます。私は補助すると伝えたはずですが』

「想像って言ったってっ」


 何を想像すればいいのか分からない。早く走ることだろうか。早く走る姿だろうか。想像するならその速さで見る風景も想像しなければいけないのだろうか。大体身体を動かしながら鮮明な想像なんて──

 息とともに乱れていく思考を打ち破ったのは、ネリーの突然の行動だった。


「待って! こっちに!」


 突然ネリーに腕を掴まれ、道沿いの木々の世界へ連れ込まれた。そして森の少し奥、大人二人分もありそうな木の幹の後ろに隠れる。足元の土は湿っていて柔らかい。ネリーは躊躇いなく地に膝を付けて腰を落とした。


「あ……」


 貴族。それに容姿端麗なネリーが膝を土で汚すことに全く躊躇わなかったことに軽い衝撃を受ける。それはきっと普通じゃない。


「ネリー?」

「しっ! 黙って……」


 厳しいが落ち着いた声色。事の深刻さが伝わってハーニーの身体が強張った。

 木から顔だけ出して東を確認するネリーに倣ってみるが、草木のざわめきが恐ろしく見えるだけで人影などは何も見当たらない。

 ネリーは冷や汗混じりにつぶやいた。


「やっぱり追われてる……」

「追われてるって……?」


 張り詰めた静けさが自然と小声を呼ぶ。闇の中の木々の揺れ一つ一つに心がかき乱される。


「当然東国の人間よ。それにかなり早い。魔法で加速してるんだと思う」

「どうしてそんなことが分かる?」

「居候は何も知らないのね。ま、あれよ。私は天才だから分かるの。感知力には自信があるってこと。……3分くらいで追いつかれるわ」

「3分?! もうすぐそこじゃないか。……どうする?」

「どうするも何も、このまま逃げようたって居候は加速魔法知らないでしょ?」

「出来るらしいけど、よく分からないから……うん。ダメかな」

「そうね。それに仮にそれが出来たとしても子供たちに追いつかれちゃ元も子もない」

「つまり……?」

「迎え撃つしかない。そういう約束だったしね。せっかくだから待ち伏せて先手を取るのよ」


 身震いする。人気のなさがネリーへの信頼を強くする。この状況でもこれからどうすればいいのか即座に判断できるネリーに希望を持つ。


「あ……」


 ふと気づく。

 ネリーの身体は小さく震えていた。

 当たり前だ。これから死ぬかもしれない状況まで追い詰められているんだから。

 そして根拠なしに思う。彼女はきっと実戦を経験したことがない。パウエルの時とは違う、触れば壊れそうな雰囲気がそう言っている。

 何もおかしくない。戦争は10年前、その頃ネリーは6つくらいだろう。戦うはずがない。

 しかしそれに気づいていながらハーニーは何も言い出せなかった。もとより自分の腕に自信はない。僕が頑張るから、と言える心の余裕もない。気を抜けば自分のすべきことを見失いそうになるほどだ。そして自分のそういう一面を知ったうえで毅然としたネリーを見ると、自分が矮小な存在に感じる。

 拳を握りしめる。自己嫌悪と一緒に、心の内から熱いものが起きる。

 しっかしりしろ僕。パウエルさんにおんぶにだっこだったとはいえ実戦経験をしたのは確かなんだ。その分僕に余裕があるはずだぞ。


「来てるのはたぶん2人……せめてもの救いね。数で負けてたらどうしようもなかった」

「2人……僕はあまり知らないけど、こういうのって多対多が普通だと思ってた」

「そういう場合もあったらしいけど、基本的に貴族は人数に余裕がないのよ。誇りをかけて一対一っていうのも多いし、少数同士の方が普通。やっぱり北攻めに相当数割いてるのかしら」


 相変わらずネリーは饒舌に分かりやすく話す。そうする中で彼女の震えが消えていた。


「ネリーは冷静だね」

「……当然」


 ネリーは一息置いた。会話が幸いしたのか緊張は取れたらしい。


「そろそろ来るわ。いい? 先手をうつのよ。まず二人で片方潰す。出来なかったら居候は居候の出来ることをして。私は私に出来ることをする」

「分かりやすくていいけど、僕は大したことできないと思うよ」

「時間くらい稼げない?」

「……やってみる」

「私はどちらかというとアウトレンジが得意なんだけど……」


 言葉は途中で切れ、続かない。ネリーの緊張した呼吸がその理由を物語っている。

 遠くで草の揺れる音がした。

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