好きになる魔法 2

 午後、家に帰ったネリーは書庫に閉じこもった。気持ちが滅入っていたから、一人になりたかったという理由もある。だが主目的はあるものを探すためだ。

 求めているのはハーニーを願い踊りに誘う口実。誘っても気持ちがバレないような都合のいい方便。

 端的に言えば『ハーヴェの踊り』の起源や歴史を調べて、うまいこと理屈から誘おうという算段だ。そのために書庫をあさっていた。

 クレールの家の書庫には父から譲り受けた文献書物が大量に置いてある。ネリーは魔法にまつわるものしか読んでいなかったため「こんなものまで」というものもあった。料理本などの大衆向けの本である。


「はぁ。そんな都合よくいかないか……」


 調べてみても『ハーヴェの踊り』はただの文化でしかない。豊穣を祈るため色の神に捧げる。ありがちな理由だ。結ばれる云々は後付けの迷信。行事に義務以外の意味を見出すため生まれた都市伝説だった。


「ん」


 ふとネリーは自分の状況に気づいた。

 埃っぽくて狭い部屋。古びた本に囲まれて一人の私。

 ……暗い。相変わらず女の子らしさゼロ。これで好かれるわけがない。


「……はああ」


 ネリーは脱力して近くの本棚に体重を預けた。

 バサッ。


「いたっ」


 本が一冊、頭に落ちてきた。予期せぬ痛みに頭を抱えた。


「もうぅ……ついてなさすぎ……何この本」


 壁に投げつけてやりたい衝動を抑えて、苛立ちの原因を手に取った。

 それは無地の本だった。自作の本らしく装丁なども簡素だ。それにしたって題名くらい書いていていいのに。

 何も期待せず本を開く。1頁目にはこう書かれていた。

 『魔法が体系を足らしめるわけではない。魔法は体系に拠るのである』。


「魔法の根っこについての話ね」


 例えば一般的な魔法として一層赤魔法『火紅球』がある。『火焔、飛び翔けるは深紅色──』という詠唱で魔法が発現するのだが、着眼すべきはその魔法が発現する本当の原因だ。

 世間ではその詠唱──言の葉が魔法を生むとしているが違う。詠唱そのものに意味はないのだ。「この詠唱をすれば魔法が生まれた」。そういった過去の結果、歴史が魔法の発現を支えるのである。

 簡単に言えば、どれだけ魔法の発現を信じられるか。過去の成功事例は何より強い裏付けになる。その繰り返しの中で共通する詠唱が、魔法における最も強い理由になる、というのが父の理論だ。


「ってことはお父さんの本ね。こんなのがあるなんて知らなかったけど」


 父の文献は全て読んだと思っていた。どれも研究題が表記されていたのに、この本だけ記されていないから気づかなかった。

 なぜ題名がないのか。その謎は頁を進めるごとに分かってくる。

 『つまるところ、魔法はひどく曖昧なものなのだ。多くの者は新しい魔法など易々と作れないというが、否。確かに正確に具現化することは困難だが、不可能ではない。事実私はいくつかの新たな魔法を創作した。その魔法と、完成に至るまでについてこの本で述べようと思う』。


「新しい魔法! さすがお父さん!」


 一転して目が輝くネリー。すぐさま先に進んだ。

 『第一章 好きな人と手を繋ぐ魔法』。


「……は?」


 『実験対象として同級生であるアリアンナ・ローゼハインを指定。しかし、実行するも魔法は発現せず。原因は恐らく厳密な想像ができなかったためだと思われる。手を繋いだその先まで想像する必要があったようだ。しかし、未経験なものを現実に具現化することは難しい』。


「……アリアンナってお母さんの名前よね。ってことはこれ、お父さんが魔法学校に行っていた頃書いた本?」


 古ぼけているのも合点がいく。魔法に対する見解が多少甘いのも納得だ。というか。


「ふふっ、お父さんたらこんなことしてたのね」


 手を繋ぐ魔法だなんて可愛い話だ。しかも失敗した理由は想像できなかったから、なんて。可笑しい。

 読み進めると成功事例が増えてきた。『学園祭を一緒に過ごす魔法。一緒に過ごせたが魔法のおかげなのか立証不可能』など実証性に欠けているが、結果を通じて両親の関係がどういう風に深まっていったのか分かる。

 やがて本は中途で終わった。『プロポーズを成功させる魔法』の章題だけ書かれており続きは白紙だった。


「ま、書かなくてもいいことよね」


 笑みが零れる。二人は結ばれた。その証拠に私がいる。


「……」


 不意に寂しくなって周りを見回す。探した相手が両親ではなくハーニーだと気づいてネリーはさらに寂しさを覚えた。そんなハーニーも遠ざかっていきそうなのだ。それは怖い。自分の身体を自分でかき抱きそうになるほど怖い。力が抜ける。


「あ」


 パラリ、と一枚の紙が本から抜け落ちた。いや、挟まっていたのだろう。状態のいい、何か書かれた紙が床に落ちる。

 拾い上げるとそこには『二人の実験結果。実証済み魔法』と書いてある。三つの魔法が下に羅列されており、大括弧でこう示されていた。

 『好きになる魔法』。


「す、好きに?」


 のめり込むようにまじまじと見た。が、そこにはやり方が書いてあるだけで詳細が書いていない。結果の記載もない。


「誰が誰を好きになる魔法なのかすら書いてない……不親切な」


 三つの魔法のやり方が書いてあるだけだ。

 ごくり、と唾を飲む。


「……好きになる魔法。実証済み……」


 お父さんとお母さんは結ばれた。読んだ感じ魔法のおかげってわけじゃなさそうだけど、でも結果として結ばれたのだ。なら、この魔法だってあながち信じられないわけじゃない。


「すごく好きになってくれなくても、少しでも好きになってくれるなら……」


 ネリーはその紙を畳んでポケットにしまい込んだ。倉庫を出て、向かうはハーニーのいる宿。

 期待よりも、突然恋に落ちたコトや豊穣祭に誘えなかったことの焦りが、ネリーを突き動かしていた。


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