コトのお見合い 3


 スウト村は事前に聞いた通り小さな村だった。村内に民家は少ない。一軒一軒が離れていて、人口の少なさが分かる。100人程度の村というのは事実のようだ。

 林業が盛んらしく、木材が至る所に積み上げられている。見たところ村の中に牧場はない。コトの縁談相手は牧場主と聞いたが、村から離れたところで営んでいるのだろうか。


「ようこそスウト村へ。自慢できるものは少ないけれど、平和で穏やかな村です。お二人にも気に入っていただけるといいんですけど」


 馬車を降りたハーニーとコトを出迎えたのは、同年代に見える青年だった。体格はハーニーと同じ程度。動きやすそうな軽装で、親しみやすそうな柔和な笑みを浮かべている。そこに嫌味などは全くない。


「あなたは?」


 尋ねると青年はしっかりとハーニーを見て答えた。


「ぼくはシューマっていいます。村の西で牧場をやってるんです」

「ということはあなたがコトの夫候補の」

「ハ、ハハ。そうなるんですかね」


 シューマは困った顔で苦笑いをする。その表情に罪悪感めいたものが見えてハーニーは首を傾げた。

 もしかして乗り気じゃないのか?


「そちらはコウトウさんの──」

「あ」


 その名前で呼んだら。

 隣に立つコトを窺う。彼女は一瞬眉をひそめたが、それだけだった。どうでもよさそうに視線を外に向ける。シューマの質問は邪魔するものなく続いた。


「恋人ですか?」

「あ、はい。そうです。ハーニーと言って……ね?」

「……うん」


 コトは恋人らしく、腕を組んでくるが無言。空気は重いまま。


「あの、ええと……?」


 シューマもどんよりした空気を感じ取って戸惑う。深く追及してくることはなかった。それどころか気を遣って笑顔を向けてくる。


「それじゃ、うちまで案内しますね。詳しい話はそこでしましょう。村の西に牧場があって、そのすぐ近くにぼくの家があるんです。大きくて自慢の家ですよ。今晩はぜひ泊まっていってください」

「いいんですか?」

「もちろん! 遠慮なんてしないでください。僕らは歳も変わらないようだし、ぜひ友人みたいに話しかけてください」


 「友人」という言葉を気負わず口に出せる。ハーニーはそのことに感心した。きっとこれが普通なのだろうが、自分とは根本から異なる気がして距離を感じてしまう。

 ……いや、僕だって友達ができたじゃないか。気にし過ぎだ。


「こっちこそよろしく。シューマさん」

「ええ! あの、コウトウさんもどうぞよろしく」

「……よろしく」


 コトの声は小さくよそよそしかった。

 仕方ないか。この人と仲良くなってしまうと結婚が現実のものになる。可能性すら作りたくないから素っ気なくなるんだ。

 意外なのはシューマがその意図を汲んだことだった。苦笑を見せ、仕方ないということを承知していた。


「さ、こっちです。少し歩くけど村を紹介するのにちょうどいい」


 貴族にはない慮り。しかも多くの人と比べてもこの青年は善人に近いだろう。


「……いいよ、もう」

「あ、うん」


 腕組が解かれる。

 コトは苛立っていた。理由は分かる。シューマが良い人のようだからだ。嫌うべきでない人を邪険にするしかない自分自身に苛立っている。

 気まずさを覚えながら村を歩く。シューマは村人しか知らない小話を交えながら案内してくれた。彼なりに気遣っているのは分かる。しかしコトはほとんど反応しなかった。詳しく聞こうとしたのは、村の鍛冶事情だけ。それも特筆すべき点はなく、話は続かなかった。


「着いた。ここがぼくの家です。何もありませんけど、部屋の数と広さだけはありますよ!」


 豪語するだけあって家は大きかった。土地だけ見れば大貴族並み。ウィルの屋敷ほどの面積はありそうだ。家、というより屋敷は東国風の建築で平屋。確かに部屋数は多そうだ。


「自分の家だと思ってくつろいでください」


 自分の家は難しそうだな。少し笑ってしまう。

 シューマにはそれがくつろぎに見えたらしく、嬉しそうに笑った。素直な反応は安心を呼ぶ。コトもその時は表情を緩ませていた。

 屋敷の中は本格的に東国様式だった。踏めば音のなる床、鶯床がその典型。懐かしさを感じるのはきっとサキさんの記憶のためだ。

 客間に着くとコトの母、トウコだけが正座していた。広い室内で一人毅然としているから、威厳がある。トウコは部屋に入ったコトに鋭い視線を浴びせた。


「コウトウ、そこに座りなさい。ハーニーさんもそちらに」


 指定したのはトウコの前。ベッド一つ分の距離を取った真正面だ。


「それから刀は廊下に置いてきてください。そんなものはここではいらないでしょう」


 きつい口調は主にハーニーへ。あからさまな嫌悪感が込められていた。


「……それはどうしてもですか?」

「なんです? ここで刀を使う理由があるのですか」

「そういうわけじゃありません。ただ傍に置いておきたいんです」

「それはあなたが不安になるから、ということですか?」

「ええ。お守りでもあるんです」

「お守り……」


 コトが言葉の意味を確かめるようにつぶやく。それを見てトウコは察した。


「うちの子が打った刀ですか。……分かりました。ですが、懐の方は別ですよ」

「あ、はい」


 柴色の短刀、切四片を廊下に置いていく。

 トウコに短刀を見せたことはない。自分の所作から見抜いたということだ。刀剣を嫌う割にこの人、武芸に敏い。侮ると痛い目を見そうだ。


「お話でもしててくださいね。今お茶を淹れてきますから」


 そう言ってシューマは客間を出ていった。

 三人だけが残される。それも対面で向かい合う形で。

 口を開いたのはトウコだった。


「気持ちは変わらずですか、コウトウ」

「……当然。あたし結婚なんて嫌だもん」


 鍛冶屋の時と違い、声に覇気がない。


「悪い人ではないでしょう?」

「そ、そんなのはまだ分かんないじゃん。もしかしたら表向き良い人なだけかもしれない。大体性格だって話だって合わないかもしれないのに、結婚なんて言うのおかしいよ!」

「なら話してみなさい」

「えっ」

「あなたは利口な子です。自分の目と耳で、相手をよく知ることです。ですが、私が良いと判断した方。あなたを幸せにできると感じた人ですよ。それに他の良い話を断ってくれてもいます」

「……だからって」

「あとは自分で考えなさい。ハーニーさん、あなたにはとにかく邪魔をしないでいただけますか」

「お母さん! せんぱいはあたしの」

「虚言は結構。私も馬鹿ではありません。でたらめだということには気づいています。だからこそ、こうして私はお願いするのです」


 トウコはハーニーに対して恭しく頭を下げた。


「娘のわがままに付き合っていただいたこと、お詫びします。ですが、これは娘の人生に関わる大事。どうか軽い気持ちで入って来ないでください」

「お、お母さん」

「女が武器などに携わるべきではないのです。平和な、ひたすらに平和な生き方が良いに決まっています。ですから、どうか身を引いていただけませんか」


 大の大人。それも自分を快く思っていないのに、真摯に頭を下げていた。

 覚悟だ。母親の娘を思いやる強い気持ちが、そうさせているんだ。

 圧倒されている間に、トウコは姿勢を戻した。


「答えはすぐにとは言いません。明朝改めて聞きます。コウトウ、あなたはシューマさんと話してみなさい」

「あたしはっ」

「ちゃんと考えることです。人斬りの道具を打つ人生と、穏やかで平和な人生を比べなさい」


 有無を言わさぬ物言い。逆らえないのは親と子という関係のせいだろうか。


「ハーニーさんはコトについていても構いません」

「僕が?」

「あなたも考えるべきでしょう。コウトウにとってどの道が最善か。そしてコウトウの相手が信用に足る人物だと知るべきです」


 トウコは言い終えると立ち上がった。


「私は屋敷の端の部屋にいます。これ以上は私が言うまでもないでしょうから」


 トウコの背を見送りながら、うまいやり方だと思う。

 コトは真っ直ぐ否定されたら反発する子だ。結婚しろと言われればハナから何も認めないだろう。トウコはそれを見越して考えるよう仕向けた。コトだってトウコの真意が優しさであることは分かっているだろうし、シューマが毛嫌いすべき相手ではないと気づいている。冷静に考えれば、この縁談を全て否定することはできない。


「……せんぱい、あ、あたし……」


 コトは不安げにこちらを見上げてきていた。片手がハーニーの太ももに触れている。

 ドキッとする仕草だが恋とは違う。ハーニーは焦らずにいられた。


「コトは刀と生きていたいんだよね?」

「っ、……うん」


 その瞳にはやはり強固な意志が見えた。


「僕はコトの味方をするよ」


 返ってきたのは小声の要求。


「……それだけ?」

「え?」

「……何でもない。自分で決めなくちゃいけないことだもんね。聞いちゃズルだ」


 結婚するな、って言って欲しいんだろうな。一人で決めるには問題が大きいから。

 しかし分かっていても迂闊に言えない。トウコに釘を刺されたから、というのもある。だが縁組どうこうは別として、コトにとって最善の道は、コト自身が決めた道だと思うのだ。

 助け舟を出してしまえば、それは逃げ道になってしまう。逃げ続ける人生になるかもしれない。そうなればお互いに後悔する。

 ……僕がガダリアで独りになったとき、パウエルさんは僕を甘やかさなかった。歩き続けることを示してくれた。リアもそう。僕を僕足らしめるものを尊重してくれた。寄りかかる先で留めてくれた。

 一時の同情で未来を奪っちゃいけない。


「答えを急ぐことないんだ。まずはシューマさんと話してみよう」

「それってあたしがあの人とくっつけばいいってこと?」

「う」


 あまりに素直な受け取り方に怯む。

 優しい言葉をかけてあげたいのを抑えて、自分の言える最低限の最大限を探す。 

「そういうわけじゃないよ。断るにしても、相手を何も理解せず断るなんてできないでしょ?」

「……そうだけど」

「僕はコトには──」

「お待たせしました! あれ、トウコさんは?」


 シューマが戻ってきて言葉が止まる。コトは喋りたがらないのでハーニーが答えた。


「部屋で休むって。僕らは自由にしていいとも言ってた」

「自由に? それじゃあ牧場を見に行きませんか。この村で一番大きいんですよ!」

「いいけれど……コトもいい?」


 コクリ、と頷くだけ。


「それでは行きましょう!」


 シューマに従って屋敷を出る。コトは無言のままだった。困っていることは嫌なほど伝わるが、声をかける機会はなくなっている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る