38皿目 告知。

 「あたし、2日後に死んじゃうわ」

 太郎のサッカーチームの練習から帰って来た妻が、敷きっぱなしのふとんの上に寝転がり、ケータイをいじりながらぽつりと呟いた。あまりに唐突なその告白に私は言葉を失った。

「え?」そう答えるのがやっとだった。

「だからね、あたし、2日後に死んじゃうから・・・」そう言って、ケータイを折り畳んだ。パタンという乾いた音が、妻のあきらめを物語っているようだった。

 ケータイで何を見たというのか。それとも、前々から死期を感じていたのか。私には、妻のいない人生など考えられない。

 パニックに陥りながらも、私は6年近く前のことを思い出していた。妻の実家に子供達を連れて訪れた時のことだ。当時、私たちの結婚はまだ許されていなかったが、なんとか良好な関係が築かれはじめていた。私はお義父さんとお義母さんに誓った。

「先に死んだりしません。絶対に長生きします」

 妻に子どもを残して、先に逝くようなことはしないと約束したのだ。

 もし、妻の言うように、2日後に死ぬ事が本当ならば、あの時の約束を果たす事にはなるのだが、いくらなんでも早過ぎる。もっと年を取り、よぼよぼになるまで二人でこの世を生き抜いてからでも遅くはないではないか。当然のことながら、私は妻の告白を疑ってみる努力もした。しかしながら、思い浮かぶのは、それを肯定するようなことばかり。

 結婚当初、育児に悩んでいたころ、妻は自分が『うつ』だと言った。「死にたいと思うことがある」とも言っていた。山あり谷ありの精神状態を幾度も乗り越え、ここ数年は安定していたが、また再発したのだろうか。

 そう言われてみれば、先月に引き続き、今月も生理が遅れた。私たちは今回こそはと期待を膨らませたが、願いは叶わなかった。私もそうだが、妻はひどくがっかりした様子だった。それが引き金となったのか。

 このところ、妙に明るくやさしい気がするとも感じていた。私のお小遣いも、渡された翌日に「お小遣い足りてる?」と、今まででは考えられないようなタイミングで懐具合の心配をしてくれた。

 子供達に対してもそうだ。以前なら、叱ったりするような事も、やさしく注意するだけにとどまった。冷静に振り返れば、このところの妻の振る舞いには、奇妙なやさしさが溢れていた。

 すれ違いの日々。彼女の心をケアできずにいたことは確かだ。家族で終日一緒に過ごす時間もしばらく持てずにいた。みんなでお出かけした先から、途中でぬけて仕事に向かう事も少なくなかった。半日だけのおざなりの家族サービス。

 しかしだ。今度の日曜日には前々から楽しみにしていた『シルクドソレイユのドラリオン』を家族みんなで観劇するではないか。そのチケットが取れた時、妻は本当に喜んでいた。

「今度こそ、みんなで行こうね」

 前年、デービットカッパーフィルドのイリュージョンのチケットを購入したが、当日になって花子が熱をだし、観に行けたのは私と太郎の二人だけだった。だからこそ、今回の『ドラリオン』は家族みんなで行きたいねと話していたのだ。それなのに、2日後に死んじゃったら楽しみどころではない。一体、妻の身になにがあったというのか。

 今日だって、太郎の所属するサッカーチームの練習内で企画された親子ゲームに参加して、大はしゃぎしていたじゃないか。楽しそうに子ども達に交わりミニサッカーに興じた。そう言われてみれば、妻が積極的にそんなゲームに参加するなんて妙だ。いつもなら、遠まきに観戦しているクチだ。その心境の変化はなんだったというのか。

 そんな、いくつかの奇妙な出来事や、思い当たる節が、私の頭の中を駆け巡った。ただ、簡単に納得がいくはずもない。

 「今日だって、元気にサッカーをしていたじゃないか!」私は素直に疑問をぶつけた。

「そうよ」妻はそう言うと寝返りを打ち、私に背を向けて先を続けた。「だから、死んじゃうの、2日後に、筋肉痛で・・・」

 え?キンニクツウ?

 筋肉痛で人が死ぬとは知らなかったよ。なるほど。その言葉に秘められた想いがわかった。つまり、こうだな。しんどいから、家事を手伝え。あと・・・は、全身マッサージかな?そりゃ、私の目を見ては言えないな。

 私もようやく妻の遠回しな表現を理解できるようになった。だけど、2日後ってことはないだろう。もっと早く症状がでるよ。

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