31皿目 しったか。
「あかわいんさんのお宅ですか?」受話器から野太い男性の声が聞こえた。「太郎クンを保護しています」
友達と自転車で近所の公園に遊びに行った帰り、さよならをして帰り道につこうとしたが、道順がわからなくなり、数十分彷徨い続けたあげく、ようやく目についた交番に飛び込んだ。そこは、家から5キロメートルも北に位置していた。
数十分後、私は花子とふたりで迎えにでた。近所で、おまわりさんに付き添われて帰ってくるところを、捕まえた。叱られるとでも思ったのだろう。太郎はいたずらが見つかった子犬のような顔をして父を見上げた。
叱ったりはしない。むしろ、冒険の体験談を自信ありげに語ってくれるものと、私は期待していた。しかし、太郎はあまり多くを語ろうとはしなかった。
それからというもの、自転車で太郎と出かける時は、ちょっとした距離でも、道を選んで行くようになった。いつもの道ではなく、違った道を行く事で景色を覚えさせようと思ったからだ。
昨夕、予防接種を受けるため、家族みんなで自転車にまたがり、駅近くの医院を目指した。私はこれまでにあまり使った事のない道を選んだ。
「おれ、ここ通った事あるよ!」
知ったか太郎の言う事は信用できない。事実、先頭を行く父の前には出て来ようとしなかったからだ。
「あ〜ここも知ってる!」
みんなが太郎の土地勘を疑っているのを察したのか、信頼を得ようとさらに知ったかぶりを続ける。その小さな商店街は普段めったに通らない。あまり生活に関係のない商店が多いからだ。
夕暮れに、人影まばらな商店街を進むあかわいん家。少し先に、店舗の看板が重なりあっていた。看板の照明が、あかわいん家の行く道を照らしていた。一番向こう側に「○○病院」という看板が見えた。病院の名前は手前にある商店の看板の影になり見る事はできない。予防接種を受けるのはもっと先の病院だが、太郎がまたしても知ったかぶりを発揮した。
「ここも来た事があるよね」
もうだれも信用していない。
「知ってる、知ってる、ここ知ってるよ」
知ったかぶりを感づかれたくない一心で言葉を続ける。
「おれ、そこの病院でお薬を貰った事があるよね」
具体的な事例を出して、信憑性を高めようと試みた。その病院の前にさしかかった。一列に連なって進むあかわいん家。みんなが看板を見上げた。
『タケシタ動物病院』
だれもが無言のままその病院の前を通り過ぎた。
(太郎はここで、一体どんな薬を貰ったのだ?)
一列になって進むあかわいん家。それから目的の病院まで誰も言葉を発しなかった。
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