4.なんだかむずかしい話です

    6(アルテシア=day185603/2796pt)



「……見えてきたぞ!」


 朝――というより、昼に近づいてきた頃。


 俺は、遠くに見えてきた柵を指差して声を上げた。横でぼんやりと俯きながら歩いていたカレンは、その声でハッと顔を上げる。


 昨日は結局、俺の実験で出した騒音のせいで場所探しをやり直すことになって、二時間も余計に歩くハメになってしまったからな……。カレンも疲れてしまって、寝ただけでは疲れが取れなかったのだろう。


「カレン、大丈夫か? 村についたら宿でも借り……、」


 …………れないな、宿。よく考えたら。


 だって俺、お金ないし……カレンも元奴隷だからお金があるはずもない。そもそもこの世界の通貨がどうなってるかとかも不明なんだよな。


 忌児の解説がなかったことからも分かると思うが、ルールブックには文化についての説明、一切なかったから。


「気にしないでください、アルテシア様。ちょっとぼんやりしてましたけど 、しんどくなるほどではないです。それより、服を手に入れるのが先決なんじゃないでしょうか?」

「……………………そうなんだよねぇ……」


 そこもどうにかしないといけないんだよな……。そもそもこの時代って、服飾技術はどのくらいまで発展してるのかとか、普通の村に服屋さんはあるのかとか、不安要素は大量にある。


 ……うーむ、せめてルールブックに文化についての記述さえあれば……。ってこれは言っても仕方ないか。


 とにかく村に行って、服をもらえるかどうかだけでも確認をとってみよう。駄目だったら害獣駆除なりなんなりして対価として服をもらう。うん、それで行ける気がする。


「まぁ、細かいことはともかくとして…………具体的にどんな服にするんですか? その、村で着ていたような服だと、神職者として地味だと思うのですが……」


 今後の展望を頭に思い描いていると、カレンはおずおずとそんなことを切り出して来た。どことなく恥ずかしそうな、それでいて楽しみそうな感じの表情だ。


 カレンがこういう風に自分のものについて興味を示すのは(昨日からの付き合いだが)初めてだ。まだあんまり自分のものを求めることに慣れてないんだろうか……。


 なんか可愛らしい一面だな、と思いつつ、これが当たり前になるようにしなければならないと、一人の大人として強く思う。世界観は違うが、このくらいの年ごろの子どもがわがままを言うことすら躊躇するっていうのは、やっぱりよくないだろ。


 で、服のデザインか。やっぱり気になるよね。俺も、そのへんは一応考えているのだ。


「それなら、すぐには作れると思ってないけど、将来的にこんなのにしたいなって絵図ならあるぞ」


 そう言って、俺は適当な木の棒を手に取って地面に絵を描きはじめる。これでも、前世じゃ趣味で絵を描いてたこともあったんだ。時間がなかったから同人誌とかは作れなかったが、そうじゃなかったらやってたくらいには好きな趣味だった。だから、絵で説明するのは意外と得意だ。


 そして、描くのは……踝丈のワンピースにエプロンをあしらった……いわゆる『エプロンドレス』を身に纏った少女。頭にはレースつきのカチューシャをくっつけて……と。


 ここまで詳細に描けば、知っている人ならピンと来るだろう。


 ……そう。


「衣装はメイド服になります」

「………………………………」


 沈黙が、その場を支配してしまった。


 ………………いや、ね?


 違うんだよ。カレンの雰囲気的に、普段着だと神職者としてどうなのって感じだったし……かといってストレートに巫女服とかシスター服とかだと動きづらそうだし、暑そうじゃん? その点メイド服は下スカートだからすーすーすると思うんだよ。ロングスカートは意外と涼しいって前にどっかで見たことあるし。


 それにこの世界にはまだ神様が出てきたばっかりなんだし、それならメイド服を神職者のユニフォームとして扱うのもアリっちゃアリだよね? って思うんだ。他の神様だって多種多様な神職者のユニフォームを追求するはずなんだ! そんな中で普通の巫女服やらシスター服やらを選んだら埋没してしまうんだ!!


 メイド服選定にはそんな理由があるわけなので、俺の趣味は……まぁめちゃくちゃあるけど、…………いいじゃん! 自分に仕えてくれる神職者の服装くらい趣味で決めたって! 俺は命懸けで信仰集めるんだよ! 少しくらい煩悩に従ったっていいだろ!


 ミニスカメイド服みたいなエロ衣装にするわけじゃないんだからそのくらいのわがままは許してくれよ! ……俺は一体誰に弁解してるんだ。うん、自分の良心だね。


「………………メイド、服?」


 あっ。メイド服知らないのか、カレン。


 それもそうか、まだこの世界にはメイドが生まれてるかどうかも分からないしな……。そもそもこの先生まれるかどうかも分からない。別世界だし。


「俺が元々いた世界では、高貴な身分の人をお世話する為の職業に就く人はこの服装をしていたんだ」


 カレンがメイド服の元ネタを知らなかったことに内心で胸を撫で下ろしながら、俺はそう補足した。まぁ偉い人の世話をする為の服装ってところはあながち間違ってな、


 ……あ、元々いた世界って口滑らせちゃったが……別に隠すことでもないし大丈夫か。


「へぇ~……そんな服装を与えようと考えてくださっていたんですね!」


 そんな俺の考えとは裏腹に、カレンは何やら尊敬(のようなもの)で目を輝かせていた。


 ……ん? 元々いた世界ってところはスルーか?


 それほど服装の由来の方に感激してくれたんだろうか。なんか騙すみたいで気が退けるけど……。


「そういうことでしたら、早速村に行って服を作ってもらいましょう! 私も、神職者としての衣装を早く身に着けたいです!」

「あ、でもまだお金がないし、それにこれ、今の服飾技術で出来るかどうか良く分かんないし……」


 と、俺が最後まで言う前にカレンは走って村に行ってしまった。……さっきまで疲れが抜けきらない様子だったのに、どこにあんな力があったんだか。


「おーい、カレン。待ってくれー」


 急いで追いかけると、俺が呼びかけるまでもなくカレンは村の入り口で待ってくれていた。


「アルテシア様、此処が話していた村になります。確か、名前は……シニオン村だったはず」

「シニオン村ね……」


 そう言って、俺は改めて村の様子を見る。


 それなりに栄えている村のようだ。


 村の中には木造の家屋がいくつも立ち並んでいて、村の周囲を覆うように一定間隔で柵が打ち込まれている。もちろん、村の大きさは全貌が視界に収まり切らないくらいには大きい。これだけの大きさの村の外周に柵を打ち込んでいるんだとしたら……かなり手が込んでいる、のか?


 案外村レベルの共同体ならそのくらい余裕なのかもしれないし、むしろ村の防備に力を割かなすぎなくらいなのかもしれないが……そこのところは現代人の俺にはよく分からない。確か、日本の弥生時代には物見やぐらとかがあったんだっけか……?



「なんでも、村民に生きていく為の知恵を授けた狩猟神シニオンから名前をとったんだとか」



「…………は?」


 村の方を見ていた俺は、思わずカレンの言葉に聞き返してしまった。


 ちょっと待て、今この子なんて言った? 狩猟神シニオンから名前をとった? それってつまりこの村にシニオンって神様が来たってことだよな。


 俺と同じタイミングの顕現の場合、数日前にやってきて村の名前をつける(もしくは変える)ほどの知恵を与えるなんて無理だと思うから、シニオンって神様は最低でも俺より数日前にはこの世界に顕現している。


 つまり、顕現のタイミングには時間差があるってことになる。


 …………いや。その前提で考えると、そもそも数日前なんてカツカツのスケジュールより、数年、数十年……最悪、数百年前である可能性の方が高いかもしれない。


 思えば、カレンが俺の『元々いた世界』って発言をスルーしたのも納得のいく話だ。俺が顕現するより以前から他の神様が顕現していたなら、その神様から『自分達は別の世界からやって来た』という話が伝わっていることだってあるだろう。


 カレンはあれで耳聡いし、頭が回るから俺が発した明らかに不自然な言葉を聞き流すなんておかしいと思っていたが、そういうことなら説明がつく。


 それに、ルールブックには、確かにこうあった。





 俺は最初、この文章を『顕現してから様々な神様が自分の好き勝手行動するから、此処に書いてある情報はいずれ参考にできなくなる』……そういう意味だとばかり思っていた。


 いや、実際にそういう意味も確かにあるんだろう。だが……それ以上に、重要な意味があった。


 貴神あなたが顕現する日時は、必ずしも顕現開始一日目とは限らない。


 あの強調された一文は、言外にそんな意味も込められていたんじゃないか。


 ルールブックに文化についての説明が皆無だっていうことを疑問に思ってたが、考えてみれば当然のことだったんだ。忌児の文化も、通貨や服飾技術も、顕現開始一日目――多分人類の文明が生まれて間もなく――にはおそらくなかったものだったんだ。


 そう考えればすべてに納得がいく。ついでに、昨日――俺の胸のあたりのバックルに刻まれていた、謎の数字の正体も。


「…………」


 俺は、静かに自分の胸元のバックルを掴み、見やすいように傾ける。


 俺の胸のあたりにある三つのバックルのうち、一つには『185602』という数字が刻まれていた。そして、今そのバックルには――、


『185603』という数字が刻まれていた。ちなみに、信仰Pと目されていた数字『2861』。信仰Pは一日で一〇〇点前後減るから、昨日の夕方2893から三二点減少っていうのは時間経過から見ても妥当な数字だろう。


 そして、前日から一つ経過している、『185603』…………。


 これは、つまり――考えたくないことだが――今日が顕現開始から一八万五六〇三日目ってことになるんじゃないか?



「……………………」



 マ・ズ・イ。


 何がマズイって……既得権者(神?)が大量にいることがマズイ。


 一八・五万日って言えば、年に直せば――――大体五〇〇年くらいだ。五〇〇年前から神様が布教活動を行っている。するとどうなるか? …………当然、世界の大多数は既に固定の神様を信仰するようになっている。つまり、俺がつけいる隙がなくなっているということだ。


 前に聞いたことがある。海外で自分のことを『無宗教だ』と言うと宗教の勧誘がひっきりなしに来るが、嘘でも『仏教だ』とか『神道だ』と言うとそういった面倒がなくなる、と。それくらい、信じている宗教を別のものに『改宗』させるのは難しいことなのだ。


 それに、既に別の神様を信仰してるんじゃ、よその神様であるところの俺は存在しているだけで敵扱いされる可能性すらある。その土地の人からすれば、異教の神=悪魔や悪神みたいなもんだからな、俺は。……おおう、いきなりハードモードだぜ。


 昨日の盗賊がすぐに俺が神様だと気付かなかったあたり、多分魔力感覚みたいなもので神様と人間を判別するのは難しいんだろうと思うが…………これは、人助けをして信仰Pを稼ぐにも、それなりに気を遣って慎重にやらないといけなくなってしまった気がするぞ。


 …………いや、考えようによっては幸運かもしれないな。ハードモードであることに気付かず神様だと吹聴していれば、それこそ目も当てられない展開になっていた可能性もある。そうなる前に気付く機会があったのは不幸中の幸いと言えるだろう。


「……? どうしましたか、アルテシア様」

「ん、」


 黙り込んで考えていると、気付けばカレンが俺の表情を心配そうに覗き込んでいた。


 うっ、美少女の上目づかい……と俺は一瞬のけぞりそうになってしまう。…………しかし、カレンって何でこんな無防備なんだろうな? 俺も一応男、…………あ、俺、今ガワは絶世の美少女なんだった。そりゃカレンも警戒しないか。


「いや、何でもない。それより、早く村に行こう」


 気を取り直して、俺は村へ足を進める。前途は多難だが、どのみち足を止めては乗り越えることはできないのである。

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