第19話 それから
目が覚めれば、どこかに寝かされていた。
飛び起きた祐輔は思わず自分の左腕を見る。
最後になくなっていたはずの腕がしっかりとついている、そのことに祐輔は安堵する。
周囲を見渡すがどうやら病院の一室のようで、ベットに寝かされていたらしい。
とにかく他の人を探そうとベットから降りて立ち上がろうとする。しかし全身が軋みを上げ、思わず情けない悲鳴を上げながら崩れ落ちてしまった。
床に打った頭がヒリヒリと痛むなか、再度立ち上がろうとするがどうにもうまくいかず四苦八苦してしまう。
その音を聞きつけたのか廊下からこちらに向かう足音が一つあった。
「あら、起きたようね。この様子だと思ったより元気なようでよかったわ」
頭上からかかる聞き覚えのない声に祐輔は視線を向ける。
おかっぱに眼鏡をかけ、白衣を纏っている少女がいた。怒らせたら怖そうな鋭い視線がどことなく恵美に似た印象を祐輔に与える。
「あたしは明石蛍子。恵美さんの部下みたいなものよ。ひとまず無事でよかったわ」
そこでわずかに俯き、何かに堪えるように複雑そうな表情を浮かべるが至って変わらないように説明を始めた。
「ここは我々が管轄する病院の一つよ。他のみんなも運び込まれているわ。立てる?」
すっと手を差し伸ばされる。祐輔はそれに甘えてようやく立ち上がることが出来た。
「ありがとうございます。他のみんなは無事なんでしょうか?」
「翔さんや宏ちゃんはもう意識を取り戻してるわ。翔さんは事後処理に駆けずり回っているからいないけどね。宏ちゃんなんかは暇を持て余しているようだから会いに行ったら喜ぶと思うわよ。あたしも忙しいから行くわ。あとで来るから安静にしているのよ?」
問いに答えを返すことなく、すっと蛍子は部屋を出て行く。
答えをはぐらかされたことに祐輔はむっとするものを覚え、同時にどうしようもない不安を感じた。
「そんなこと、納得出来るわけ無いに決まってんだろうがっっ!!」
突如、廊下に響く怒鳴り声。それが誰の声か祐輔は一瞬でわかった。
聞き間違えるはずもない宏太の声に祐輔は思わず廊下に出る。
ひどく焦りを感じさせる声に何かあったのを感じ、壁に寄りかかりながら声のした方に進んだ。
進むこと約10分。部屋の前に名札にそれらしい名前が書いてあった。
『七瀬宏』となぜか一文字欠けているが、部屋を覗けば何やら話し込んでいる高堂冬厳の姿が見えたことで細かいことは気にならなくなった。
「だが現状、我々に打てる手はない。君に何か起死回生の一手があるというのかね?」
「……だけどっ」
そこで冬厳が気配を察知したのか。話を止め祐輔のいる廊下のほうへ目をやった。
「おや、島田くんではないか。怪我は大丈夫なのかね?」
「ええ、調子はあまり良くないですが、なんとか動けるみたいです。宏太はそこにいるんですか?」
カーテンで遮られて見えない方に視線をやる。
「宏太……? ああ、おるよ。では儂は所要があるからこれで失礼いしよう、話の続きはまた今度じゃな。ここからは二人でゆっくり話すといい、ゆっくりとの」
「ちょっと、じ、じいちゃんっっ!!」
含みを持たせるような言い方をしてにやりと冬厳は笑うと颯爽と部屋を出て行った。
「いま準備するからちょっと待ってくれよっ 急に入ったらぶっとばすからなっ」
なぜか焦っている様子が宏太から伝わる。何をそんなに焦る必要があるのか疑問に思いながら返事を待って祐輔はカーテンの堺を越えた。
カーテンを越えるとベットが目に入る。
その上で宏太はなぜか布団に包まって顔だけを出していた。
「よ、ようおっさん」
「どうしたんだ? そんなにぐるぐるになって?」
露骨に何かを隠しているようだったので思わず聞いてしまう。
「ああ、風邪引いたんだよ。だから何にもないし何でもないし大したことないし男なら細かいことは気にすんなっ!」
焦るように一気にまくし立てるようにいう宏太にますます怪しいものを感じざるを得なかったが、あまりに触れられたくない様子だったので何もいわないことにした。
「あの時は宏太のおかげで助かった、ありがとうございます。ところで恵美さんと志弦さんは無事なのか?」
「え、蛍子さんから聞いてないのか? 恵美姉さんもここで入院しているし、志弦姉ちゃんはここにはいないけど……無事だよ。だからおっさんは部屋に戻ってゆっくり休むといい」
祐輔は直感的にその言葉が嘘だと確信した。
なぜなら今にも泣きそうな顔をしている宏太が真実をいっているようにはどうしても見えなかったからだ。
「なあ宏太。俺がこんなことをいうのはいけないのかもしれないけど志弦さんの本当のことを教えてくれないか」
手が震えているがわかる。頭の中のどこかで分を弁えろといっている気がする。
それでも意を決して祐輔は口を開いた。言葉が喉を震わすまで数秒かかったが出すことが出来た。
「俺が出来ることなんて大したことないかもしれない。それでもやりたいんだ、彼女から俺は大切な物をもらった気がするから」
「なんでおっさんはあんなひどい目にあったのにそんなことをいえるの? バカなの? 何を考えてるのか理解できないよ」
まるで地雷に触れてしまったかのように、なぜか宏太が頑ななになってしまったのが祐輔にもわかった。
「なあ、おっさん。ボク、じゃなくて俺は志弦姉ちゃんのことが大好きだったんだ」
突然の罵倒と告白に祐輔は困惑するが、真剣そのものな宏太の様子に祐輔も真面目に話に耳を傾ける。
「でも俺はあの暗い闇に呑まれた時、思い出したことがあったんだ。志弦姉ちゃんに出会うよりも前にもっとずっっと大好きな人がいたことにさ」
過去と聞いて思い浮かぶのは少年と少女が別れ際に約束を交わす光景。
「俺はあの人がいなくなったのを認めたくなくて、ずっと自分がその人そのものだと思い込んでいたんだ。滑稽だよね、結局ただの真似事に過ぎなかったのさ。現に全てを思い出した今のボクはただの空っぽで偽者でやりたいことなんてひとつもない」
溜まっているものが堰を切ったように宏太は次々と話し続けた。
「宏太、お前いったい何の話をしてるんだ?」
「ボクは宏太なんかじゃない! ボクの名前は七瀬宏だ。 ……お、女の子なんだよっ 信じられないんだったらこの姿を見てみろ!」
布団が床に投げ捨てられる。宏太は祐輔と同じく水色の病衣に身を包んでいたがこれまで一緒に生活してきたなかでかで今までとは決定的に違うものが一箇所あった。
胸元の病衣が薄っすらと持ち上がっている。なぜか真っ平らだったはずの胸が慎ましながらも膨らんでいた。
「え? はあ? つまり?」
突飛な発言のあまり祐輔の思考は混乱の極みに達してしまう。
「ボクは自分自身と世界を『歴史』の異能で改竄して欺いていた。あの時死んだのは少女だったということにしていたんだ。認めたくないことからずっと逃げてきたんだよっ!!」
何かに堪えるかのように宏は自分の体をきつく握りしめた。
まるで自分の罪の重さに耐えかねているようなその様に、祐輔は自分の思っていることを告げた。
「それは違うよ」
「宏太……じゃないか宏はさ、その男の子が大好きだったんだろう?」
「……うん」
「大好きだった人自身になりたいと思うほど強い思いがあったからこそ、君は世界を欺けたしこれほど強く在れた。その願いは君自身のモノだ、決してその男の子のモノなんかじゃない」
実に不思議だと祐輔は思う。昨日まであれほどウジウジと悩んで苦しんで迷っていたはずなのに、ハッキリと自分の思いをいうことができる。
今まで何をしても見つけられなかった想いが胸のうちから溢れて自分の言葉になっていくのを祐輔は全身で感じていた。
「そうなのかな。そう思っていいのかな?」
静かにポロポロと流れるように宏の瞳から涙がこぼれ落ちた。それ以上何をいうのでもなく宏は泣き続けた。
どれくらい泣き続けただろうか。ようや落ち着きを見せたく宏はゆっくりと涙を拭い、祐輔の目を真っ直ぐに見つめた。
「わかった。おっさんに志弦姉ちゃんの本当のことをいうよ」
その澄んだ瞳は祐輔がいつも見ていた宏太のものと同じ、迷いのない瞳だった。
「姉ちゃんは今も能力を暴走させて眠っている」
絞り出すように目を伏せ宏は話を続ける。
「翔兄ちゃんたちが周りに被害が出ないように封じ込めてはいるけど、暴走事態を止められるわけじゃない」
自分の放つ言葉の痛みに耐えながら宏は静かに事実を告げた。
「遠くないうちに『忘却』は志弦姉ちゃん自身を蝕んで全てを忘却させる。全てが終わったときおそらく姉ちゃんは廃人になる」
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