生徒会の、買い物大作戦
「遅いなー……みんな……」
次の日の日曜日、僕は七高の制服姿で駅前に立っていた。一応、生徒会の活動ということなのでわざわざ制服着てきたのだが、さすがに休日に制服というのは違和感がある。
それにしても、九時に待ち合わせという約束なのに、九時を過ぎても誰も来ない。まあ、僕が約束の時間より十分以上も早く来ているから余計にそう感じるのだが。どうも僕の性格上、約束の時間より早めに着いてしまう癖がある。
「トモくーん、ごめーん……」
九時三分になって、優子ちゃんが到着した。
「トモっち-、やっほー!」
続いて、さっちゅん先輩も到着。時刻は九時五分を過ぎていた。
「優子ちゃんもさっちゅん先輩も遅いですよぉー……」
「それよりトモくん、なんで制服着てるのー?」
「トモっち、なんで休みの日に制服なの?」
二人とも、僕に不思議そうな顔で聞く。
ふと二人を見ると、制服ではなく私服だ。改めて二人を見ると新鮮だ。
「いやぁ……生徒会の活動だから、僕はてっきり制服じゃないといけないと思って……」
「なんか普段から真面目なトモくんらしいね」
優子ちゃんがクスっと笑う。僕はちょっと恥ずかしい……
「おーい! 待たせたなーっ」
遠くから声がする。どうやら小夜子会長のようだ。時刻は九時半近い。
「会長ーっ、遅いじゃないですかぁー……」
「うっさい! 服選びに迷ってたんだからしゃーねーだろっ!」
小夜子会長、それって言い訳にならないような気がするんですが……
「にしてもトモ、おまえなんで制服なんだー?」
みんなそこに突っ込むんだ……当然のことながら、小夜子会長も私服だ。しかし、他の二人と違い、なぜか子供っぽく見える。
僕たち生徒会メンバーは、ようやく駅から移動することになる。秋葉原までは、私鉄と国鉄を乗り着いて向かう。
先頭に歩く小夜子会長が改札口を通り切符を見せると
「きみーっ、料金違ってるよ!」
改札口の駅員が言う。
「あたしは普通に券売機で切符買っただけだぞ」
「きみ、これは大人料金だよ、この切符は払い戻すから買い直してきなさい」
どうやら、小夜子会長は背が低いこともあって「子供」と間違えられてようだ。
「ぐぬぬ……なんか納得いかねーけど……でも得したからいいかー」
小夜子会長は赤文字で「小」と印刷された切符で、何食わぬ顔で堂々と改札を通る。
「どうだっ! あたしの底力を思い知ったかっ!」
小夜子会長……あなたはそれで本当にいいのですか……? 僕は全力で突っ込みたかったが、あえて言わないことにしておく。また何かで叩かれそうだし。
「やっと着きましたねー、会長」
僕たち生徒会一行は、私鉄と国鉄を乗り継いで、ようやく秋葉原に着いた。
小夜子会長は「小」の赤文字が印字された「子供料金」の切符で、何食わぬ顔で改札を出る。やはり、子供料金でも違和感のない「チビっ子」なのだろうか。
駅前には「テレビ会館」なるビルがある。そこには、おそらく全てのメーカーの全種類の機種のテレビや、近所の電気店にはまずお目にかかれない最新のオーディオ機器なども置いてある。
「会長、ちょっとこれ見てもいいですか-?」
僕は地元ではなかなか見られない、最新のオーディオ機器に興味津々だった。
「しゃーねーなぁ……ちょっとだけだぞ」
小夜子会長は渋々許してくれた。
「男の子って、こういうの本当に好きだよねぇ……」
優子ちゃんまでもがあきれ顔で言う。
「あっ……ごめん……みんなちょっと……ちょっとだけ待っててもらえますか?」
僕は一人で店の中に入ろうとすると
「トモーっ、あたしも一応付いていくぞ」
「えっ……どうして会長まで?」
「おまえだけだとなんか頼りなくて心配だからなぁ」
僕と小夜子会長が店の中に入り、優子ちゃんとさっちゅん先輩は外で待つ。
「会長っ! これっ、見て下さいよ! 最新のコンパクトディスクってやつですよ!」
店頭には、去年の秋に出たばかりの、コンパクトディスクプレーヤーが展示してあった。
「なんだトモっ? この機械は」
「これはですね、将来的に今のレコードに代わる新しい機械なんですよ」
「レコード? あたしはあれは嫌いだ! 針落とすのいつも失敗するしー」
毎回失敗するとは……どうやら小夜子会長は、レコードをかけるのが相当苦手らしい。
「だから、その針とかがなくなるんですよ」
「へぇー……すげぇなぁ……」
関心する小夜子会長、でも実のところ僕でさえも詳しい仕組みとかはわかっていないけど。
「トモ、おまえなんか凄く嬉しそうだなぁ……普段はおどおどしたり、きょどったりしてるのに」
「会長~っ……僕ってそんなに普段だめだめなんですかぁ~?」
「なんだ、おまえ今頃気が付いたのか」
なんともひどい言われようだ。
僕と小夜子会長が店頭に展示してあるコンパクトディスクプレーヤーを見ていると、店員が話し掛けてきた。
「きみたち、兄妹かな? お嬢ちゃんは五年生くらいかな?」
どうやら、僕と小夜子会長を「兄妹」と勘違いしているらしい。そして、小夜子会長のことを「五年生」と思っている……「五年生」というのは、どう考えても小学生にしか存在しない。まずい……これはまずい……
「おいっ、おっさん! あたしは、って……トモっ! 何するんだっ!」
僕は急いで小夜子会長の腕を掴み、その場から無理矢理に引き離し店の外に出た。
「会長ーっ、一般人を叩こうとしちゃだめですよぉ……」
こんなところで会長が店員を攻撃しては何かと問題だ。
「うっさい! あのおっさんはあたしをトモの妹だと勘違いしたんだっ! しかも小学生と間違えやがって」
小夜子会長がもの凄い形相で怒る。
「でも会長、さっき電車のときの子供料金……あれはよかったんですか?」
「うっさい! あれは得したんだからいいんだっ!」
やはり僕には、小夜子会長の考えていることがよくわからない。
とりあえず、今日は生徒会室用のテレビを選びに来たのだから、まずは品定めといきたいけど、こう電気店ばかりではなかなか選ぶのも大変そうだ。
僕たちは、電車のガード下の路地裏のような通りを歩く。
ふと、優子ちゃんが立ち止まる。
「さよちん、あれなんかいいんじゃない?」
優子ちゃんが指を指した先には……
「十四型リモコン付カラーテレビ 三五、八〇〇円」
という表示が……
「優子! よくぞ見つけた! あれを買うぞ!」
小夜子会長はすぐに飛びついた。
しかしそこは、なんだか薄暗くて倉庫のような怪しげな雰囲気の店だ。
「会長……もうちょっといろいろと見た方がいいんじゃないですかぁ……なんかこの店……怪しそうだし……」
僕が言っても
「うっさいトモっ! おまえはいつもそんな優柔不断だから何事も中途半端でダメダメなんだっ!」
小夜子会長が僕を一喝する。
確かに、僕はいつも物事をすぐに決められない……決断力がある小夜子会長がちょっぴり羨ましい。
僕と優子ちゃん、さっちゅん先輩が躊躇している中で、小夜子会長は怪しげな店の中に入って行く。そして開口一番、
「このテレビ、もうちょっと安くならないか?」
いきなり「チビっ子」に値切り交渉され、店員も驚く。
「おっ……お嬢ちゃん、さすがにそれは無理だなぁ……」
気難しそうな初老の店長らしき人が言い放つ。おそらく仕入れ値ギリギリで売っているのだろうか、値引きはあっさり断られた。
「お願いです、八百円でもいいですから……引いてもらえませんか?」
僕は店長らしき人に頼み込む。八百円でも安くなれば予算内に収まる。
「トモ……おまえ……」
小夜子会長が意外そうな顔で僕を見る。
普段引っ込み思案な僕は、こうやって人と交渉することなんてとても考えられないことだ。でも、あともう少しで生徒会室の新しいテレビが手に入るということ、そして少しでも僕が生徒会に役に立てたらと思い、僕は勇気を出した。
「お願いです、あと八百円なんとかなりませんか?」
優子ちゃんも言ってくれる。
「お願いっ、なんとかならないか?」
さっちゅん先輩も言ってくれる。
「お願いしますっ!」
僕たち生徒会役員全員が、店長らしき人に一斉に頭を下げた。いつもは尊大な小夜子会長も、この時ばかりは頭を下げた。
「あんたたちには負けたよ、三万三千円で持ってけ……」
店長らしき人が根負けした。
「ありがとうございます」
僕たち生徒会は、念願のテレビを手に入れた。
「それにしてもあんたら、学校か何かの集まりかい? そこのあんちゃん制服みたいの着てるし」
店長らしき人は僕たち四人組を見て言う。
「あっ……僕たち、高校の生徒会やってまして」
「ほほぅ……生徒会か、昔で言うところの校友会だな」
校友会……昔は生徒会のことをそう言ったらしい。
「俺も昔、旧制中学で校友会やってたんでな……もっとも、戦時中だったから工場で奉仕活動とかばっかだったけどな」
どうやらこの初老の店員も「元」生徒会みたいなところに所属していたらしい。それにしても、旧制中学とは今の高校みたいなもんだろうけど、時代を感じる。
「それじゃ、同じ校友会仲間として特別にピッタリ三万でいいぞ! 余ったお金はみんなでメシでも食えや」
店長らしき人の、粋な計らいだ。しかしまあ、いくら「元」生徒会だったからとは言え、こんなに安く売って大丈夫なのだろうか、ちょっと心配にもなるけど、まあいいとしよう。
結局、本来の値段より五千八百円も安くテレビを手に入れることができた。これも所謂「生徒会パワー」なのだろうか。それとも、たまたま店の人がいい人だったということだろうか。それとも、ただ単に運が良かっただけなんだろうか……
「さて、新しいテレビも手に入ったことだし、かんぱーい!」
秋葉原からの帰り道、僕たち四人はようやく地元の駅前に着いた。そして駅前にあるファミりーレストランで、ジュースを片手に乾杯する。
「トモ、今日はよくやったな。おまえのおかげでテレビが安くなったようなもんだからな」
「いやっ……ぼっ……僕は……特に何も……」
「普段人前出るの嫌がるおまえが、まさか値引きしてくれって言うとはなぁ」
小夜子会長が、珍しく僕を褒めてくれる。
「トモ、いいこいいこだ」
そう言って、隣に座ってる小夜子会長が僕の頭を撫でる。
「かっ、会長っ……やめてくださいよぉ……僕……恥ずかしい……です……」
僕は恥ずかしいけど、ちょっと嬉しい気分でもあった。
優子ちゃんも、さっちゅん先輩も、僕を見て笑っている。
昭和五十八年、五月の日曜日……今日も生徒会の面々は笑顔でいっぱいだ。
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