第七話 7-8

   ******

 

 リーゲルが完全に視界の外に出てしまった。この後どうなるか、鳴瀬には分かる。あの男は機を逃さない。次の瞬間には塗料で真っ青、機能停止だ。そうなったら二対一で岩国が不利。それも、あの男が相手では。

 別にここで負けたとしても、予選通過決定戦で勝てばいい。相手は多分準決勝で倒した竜堂とかいう人のペアだ。別にこれで負けたって、岩国は俺を責めたりしないだろう。

 こんなお遊びの競技に、俺は何を熱くなっているんだろうか。負けたって俺に損はない。岩国が困るかもしれないけれど、別にここで負けても全国に行けなくなるわけじゃない。成瀬は歯を食いしばる。


 そもそも、好きでマルチキャリアに乗ってるわけじゃない。昔から、頼みごとをされると断れないタチだった。要するに、お人好しなのだ。出来ないようなことまで、二つ返事で承諾してしまう。今回だって、ひょんなきっかけで知り合った岩国に頼まれてこうして大会に出ているだけだ。自分でも、バカだとは思う。面倒に決まっているんだから、最初から断ればよかったのだ。

 でも。彼女は俺に協力してくれと言った。いつも氷のように冷たく、淡々と喋る岩国が、俺に向けたまっすぐな言葉。あれは間違いなく心からの頼みだった。それを裏切ることなんか出来やしない。


 それに、だ。成瀬は操縦桿を握る手に力を込める。俺は純粋にあの男に勝ちたい。大見得を切ったからでもなく、喧嘩を売られたからでもなく、単純にあの男が許せなかった。あの男は気付いていないのだ、俺と口喧嘩をしている間、天川がどんな顔でそれを見ていたのかを。

『鳴瀬キョーマっ!』

 岩国の声が通信機越しに聞こえた。こんな時でもフルネームで呼ぶのかよ。鳴瀬は思わず苦笑するも、再び操縦に集中する。彼女の必死な声に、応えないでどうするんだ。

鳴瀬はコクピットでグリップを握りしめる。まだだ、まだ勝負はついていない――


  ******

 

 立仁がライフルを放とうとした瞬間、盾に軽い衝撃が走った。このタイミングで、と舌打ちする。さっと目を向けると、かなり遠くにライフルを構えた岩国の『メドセナ』の姿が見えた。

 だが瞬時に判断し、立仁はメドセナを一旦無視する。盾一枚で相手一機を倒せるなら安いものだ。それよりペルセスを倒すのが先だ。

「――何?」

 ほんの数瞬目を反らした間に起きたことが、立仁には信じられなかった。ペルセスが消えたように見えた。正面のモニターのどこにも映っていない。いや違う、と立仁は直感する。ヤツは跳んだ。リーゲルの真上に。

 ペルセスは着地した直後に、その反動で無理やりもう一度跳躍し、こちらの射線上から退避したのだ。

『う、うおおおっ、と、跳んだぁーーッ!!』

 アナウンスが驚きの声を上げる。

「そんな動きしたら、普通なら足のフレームがイカれるってのに――」

 一瞬驚愕したが、すぐに気を取り直す。所詮苦し紛れの逃走だ。上に逃げられた程度で、何を焦る必要がある。

 マルチキャリアのコクピットには、頭上の視界はない。一般的な乗用車に真上の視界が無いように、公道での使用が主なマルチキャリアもまた、真上を見ることは出来ない。そう、普通のマルチキャリアなら。

「だがな、上が死角だと思うなよ!」

 立仁はコクピットの中で吼える。リーゲルには、真上も確認できるように小型のカメラとモニターが仕込んであるのだ。これは別に跳躍する機体の為に増設したものではなかったが、実際に六月の個人戦で、天川と戦う時に大いに役立った。今回も同じだ。

 それに、相手は背を向けて垂直に跳躍したのだ。着地できる範囲は限られる。リーゲルが少し下がれば、再び着地した相手の背後を取れる。今度は逃さない。

「今度こそ――」

 今度こそ当てる――そう言おうと、頭上の視界を見た瞬間、立仁は再び呆気に取られた。

 ペルセスが

 人間的に言うなら、宙返り。それも体操選手のように。宙返りなんて、マルチキャリアにプログラムされている訳がない。つまり、今この場で自力の操作の身で行っているということだ。それが出来るあの機体にも驚愕するが、それ以上に土壇場でそんな操作をやってのけたパイロット――鳴瀬というあの少年に対して、立仁の中で何かが、絶望に似た何かが、通り抜けていく。

 リーゲルのコクピット内モニターの下から上に、マルチキャリアが空中をゆっくりと回転し――ペルセスの双眼が、リーゲルを捉えた。

 このままでは逆にペルセスに背後を取られる。それが分かっていながらなお、立仁は対策もせず、ただ茫然とペルセスの姿を目で追っていた。思わず、見惚れてしまったのだ。自分が子供のころに憧れたヒーローが駆るロボットは、こんな姿ではなかったか。

 そう思うのも束の間、我に返った立仁は次の行動を模索する。背後を取られた上に、相手の速度はこちらより数段上だ。一刻も早く、無理をしてでもリーゲルを振り向かせないといけない。すぐさまリーゲルを前方に加速させる。

 ズン、とペルセスが着地する音。聞くと同時に、立仁はリーゲルを、映画のように強引にUターンさせる。試合のシステムとは別の、本体の危険運動警報が鳴り響き、脚部の重圧超過を知らせるが、無視。

 相手を視界に捉えた、と安堵する間もなく、ペルセスが突っ込んでくる。回避不能、盾で受ける――が、スポンジ材で出来た槍の威力とは思えない衝撃が、立仁を襲った。

「――ッ!」

 食いしばって耐えたが、リーゲルの大盾はその一撃で塗料許容量を超え、強制パージされる。二撃目は防御出来ない。

 それでも、ペルセスは次の一手を考える余地すら与えてくれない。回避不能、防御不能の二撃目が、来る。

「クソがッ!」

 悪態が、虚しくリーゲルのコクピット内に響く。速度差で追いつかれると分かっていても、立仁はわずかな可能性にすがって、後退する。

 どうにか大型ライフルを相手に向けるも、その射線は盾に遮られ、ペルセスに当たることはない。ケミリア弾だけが無意味に消費されていく。

 だが、とばかりにサブマシンガンを撃つも、ほんの数発がペルセスの胴体をかすめただけで、すぐに盾がその部分すらカバーしてしまった。あの程度の塗料では、大したダメージとして扱われない。

 大型ケミリアナイフを取り出そうにも、鈍重なリーゲルの腕では、相手の攻撃を縫って持ち替えるのは不可能だ。それにペルセスの動きはそんな隙も与えてくれない。

 違い過ぎる、何もかも。機体の敏捷さも、速度も、頑強さも――そして機体性能以上に、俺自身が鳴瀬ヤツの動きに着いていけていない。

 必死に後退するリーゲルに、さらに別方向からの被弾判定が鳴り響いた。

 岩国のメドセナによる、援護射撃。立仁は、反射的にそちらに気を取られてしまい――リーゲルが大きくガクン、と揺れた。回避に躍起になっていたせいで、機体の異常に気が回っていなかったのだ。

 機体の状態に目をやると、モニターが右足の関節フレームの破損を知らせていた。無理な機動で瞬間的な負荷がかかり、それすらも無視した結果、内部のモーターが破損したらしい。

 まさか自分が、機体の異常も忘れて戦闘機動を取るなんて。自分への呆れと苛立ちで、立仁は悪態をつく。

「クソクソクソ、どうしてこんな時に――」

 天川アイツは援護に来ないんだ――そう言おうとして、立仁はようやくあることに気付いた。いつものアイツなら、結果がどうなるかも考えずに突っ込んで来るのではないか。援護するな、と言ったのは俺だ。必要ないと慢心して、アイツを突き放したのは俺の方じゃないか。

 ついに脚部が過負荷に耐えきれずオーバーヒートし、リーゲルがガクリ、と動きを止めた。

 それをペルセスは見逃さない。直後、リーゲルのコクピットモニターにペルセスの槍が映し出され――

立仁は、自身の敗北を確信した。


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