第七話 7-5

 試合が始まるまであと数秒になっても、私はどこか上の空で、実況の声も殆ど耳に入っていなかった。立仁とタッグに出られると分かったときには優勝も狙える、そう確信していたのに、今ではそれが揺らいできている。

 なぜ立仁にあそこまで言われたのか、私には分からなかった。準決勝で立仁に迷惑をかけたのは確かだけど、本当に立仁一人で全国で優勝まで出来ると思っているのだろうか。

 いや、違うのかもしれない。立仁だって、一人で出来るとは思ってないだろう。でも、私と組むよりは一人の方がマシ、そう思っているんじゃないだろうか。それだったら、私は――


『決勝せぇぇえええんッ! 準決勝のアクシデントもなんのその、個人戦優勝者は伊達じゃなぁぁあぁい! 天川&御舘ペアッ!』

 急に名前を呼ばれて、ハッと我に返る。決勝をこんな風にぼんやりとしたまま迎える人がいるのだろうか。きっと、敗退者の人達が聞いたら怒り出しそうだ。こんなヤツが決勝にいるのかー、とか。まあ、そう思うよね。私だって、そう思ってしまう。

『そしてぇ、それに立ち向かうのは岩国&鳴瀬ペアッ! どちらも今大会初参戦だが、ここまで怒涛の勢いで勝ち上がってきたダークホース! この二人はどうやって絶対強者、御舘立仁を攻略するのか?』

 まるで立仁が『悪者』みたいだ。ふと、そう思った。

 立仁はこの大会で一、二を争う強者だ。地区予選でも現在凄まじい戦績――被弾なしで五機も撃破してみせた。そして、その戦い方は見る者を圧倒する絶対的な強さがある。だから、誰もが無意識に感じているのだ。『この男に、誰も勝てないんじゃないのか』と。そう思うと、観客は期待する。彼を倒せるような選手を。圧倒的な存在を打ち倒す『ヒーロー』を。

 そこに、私の名前が入る余地はない。この試合でも、『果たして御舘立仁を破る猛者が現れるのか?』という期待はあっても、その相棒の私に焦点が当たることはない。なんだかとても情けなくて、自嘲気味な笑いがこみ上げてくる。

 結局、私はまた、パパとおじいちゃんの期待を裏切って迷惑をかけるだけなのかもしれない。私だって。私だって、やれば出来る。今は立仁が活躍しているだけで、私にも必ず見せ場が来る。そう自分に言い聞かせるのは、なんて虚しいんだろう。

 私の沈む気持ちとは対照的に、実況のテンションは上がり続けている。

『では、お待たせしました決勝戦ッ、カウントダウンを始めるぜ、準備はいいかぁ!』

 心の準備なんて、出来てるわけがない。何をすればいいのかも分からない。集中したくても、頭に浮かぶのは立仁に言われたことばっかりで。

『3――』『お前、また俺の邪魔する気か』

 違う、気にしてる場合じゃない。決勝が始まるのに。

『2――』『お前は余計なことしかしない』

 お荷物かもしれないけど、違う、私だって。

『1――』『お荷物抱えて戦ってるこっちの身にも――』

 ダメだ。考えがまとまらない。試合が、始まる――


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