第二話 2-4
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それは、大会エントリーの翌週から始まった。
「お前はマルチキャリアの操縦の基本は出来ていると言ったな。だからそれを信じて最初から大会向けの戦闘訓練をしつつ、それを十全にこなせる体力作りから始めようと思う」
御舘立仁はそれだけ言うと、マルチキャリアで来た私に無茶苦茶なトレーニングを開始した。分かり易く言うなら、スパルタ式というヤツだ。
「まずはお前が今どの程度の実力か見ておきたいからな、軽く手合せ願おうか」
最初に実力を把握して、それからどのように指導するか決める。コイツ、意外に優しく丁寧に指導してくれるのかもしれない――そう一瞬でも期待した私がバカだった。
マルチキャリアのタイマン、すなわち一対一の真っ向勝負は、双方が同じ武器の場合、機体との相性以上に本人の素質が出る。特に競技用のステージと違って遮蔽物が無いならなおさらだ。
手渡されたのはケミリアナイフとハンドガン。競技用でも使われるスタンダードモデル。マルチキャリアバトルをする人が真っ先に触れる基本武器。
コクピットに乗り込んで、息を吸う。流石にあの個人戦からの三か月間怠けていたわけではない。訓練だって自己流とはいえそれなりにしていた自覚はある。前のようにはいかない。その成果を見せてやる――
そして、手合せを始めて一時間程経った頃、私の『アンドロメダⅠ』はケミリア塗料でベタベタになっていた。独特の蛍光ブルーのケミリア塗料が、淡い桃色で塗られたアンドロメダⅠのボディーを殆ど覆い尽くし、アマゾンとかにいるドクガエルそっくりの鮮やかな警戒色に染め上げられている。
対して、立仁の『リーゲルM42』は全くの無傷だった。ケミリア塗料はその暗い緑の装甲のどこにも付着していない。一時間も遮蔽物無しのタイマンで戦っていたとは思えない程、リーゲルは綺麗なままだった。
はっきり言って、強すぎる。半年前の時も思ったけど、御舘立仁は、リーゲルという機体を手足のように、いや手足以上に熟知し使いこなしている。正確無比な射撃センス。こちらの不意を突く接近タイミング、防御に特化した的確なケミリアナイフ捌き。どれをとっても一部の隙もない完璧なマルチキャリア操作。
特にハンドガンの弾をナイフの刃で受けとめた時は、驚いて一瞬操作を忘れてしまったほどだ。改めてこの御舘立仁という人物が個人戦の優勝者であると実感する。
とはいえ、こっちを一方的にタコ殴りにし続けるなんて。一時間も痛めつけられた私としては、不満しか残らない。
「おいおい、操縦の基本は出来ていると言ったが、お前、本当にMCでバトルする気あるのか?」
私がモップでアンドロメダⅠの表面をごしごしと拭くのを眺めながら、立仁はコクピットハッチの上で呆れたようにため息をつく。このクソ中年、と反撃したくなるのをグッとこらえて、黙々と機体についた塗料を落としていく。意外と落とす作業も重労働で、全身を汗が滴っていくのが分かる。
その間に、立仁はブツブツとアドバイスを話し出した。
「まず、最初から果敢に敵に挑むのは自殺行為だ。ひとまず相手の動きを見極めて、どうすれば自分のペースに持ち込めるか考えろ。そしてその場凌ぎの行動はやめろ。回避するのはいいが、回避した後どうやって反撃するかをその時点で考えておけ」
様々な指示を一気に言われてすぐ実践できるなら、今自分の機体をモップ片手に掃除しているはずがない。まあ、確かに立仁が言うように、私は始まった瞬間相手に突っ込んでしまう傾向があるのは、認めるしかなかった。
「言われてすぐに出来るもんじゃないだろうが、頭の片隅に置いておけ。……それよりも深刻なのは、射撃だな」
「え、私の撃ち方、そんな悪いところあった?」
聞き返した私を、立仁が睨む。
「あのな、俺のリーゲルに一発も当たらないのはどうかと思うぞ」
「う……」
言葉に詰まる。言い訳するなら、立仁の回避技術がおかしいのだ。リーゲルという機体の速度自体は遅いのだが、立仁は異様なハンドリング技術で、脚部タイヤを駆使してまるで踊るように回転を交えつつ、攻撃と回避を両立してくる。狙いをつけてから撃つまでの一瞬で、リーゲルは射線上から消えているのだ。ゲームならチートとか廃人とか呼ばれてるだろう。
しかし、本当に一発も当たらないとは思っていなかった。自分なりに狙って撃っているつもりでも、実際には見当違いのところに飛んで行っているのだろうか。
「ま、別に競技場はそこまで広くないからな。100m先のコインをドーナツにするような芸当は出来なくていい、どこでもいいから確実に当たればとりあえず十分だ」
「相手、って要するにあなたに当てられる様になればいいわけ?」
「そうだな、撃った内の半分も当たればいい」
半分も当たるのだろうか、と一瞬疑ってしまった。自分の腕はともかく、立仁の回避技術は人間離れしている。前に彼の全国個人戦の決勝戦を動画で見たが、決勝戦の相手の攻撃すら大部分を見切り、盾を使いこなし極力被弾を抑えていた。その決勝の相手の動きも凄かったけれど、立仁の動きはそれ以上だった。少なくとも、三か月前も今も、私は立仁の機体に傷一つ付けられていない。
「考えてる暇はねーぞ。明日から忙しくなる、今日くらい早めに帰って寝とけ」
それだけ言うと、立仁はリーゲルを整備場に向けて自動操縦でゆっくり移動させる。結局この日は、そのまま解散になって、私は家に帰ることになった。
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