第一章:獣人の青年
第一話
翌日、いつもよりむすりと不機嫌そうなアイザを見て首を傾げたガルは、クリスから事情を聞いて「へぇ」と驚いたのか面白がっているのかよくわからない反応をしていた。
相変わらず朝の食堂は賑やかだが、試験間近の今はどこかぴりぴりしている。さすがに教材片手に食事をするような生徒はいないが、一刻も早く食べ終えて試験対策をしたいという雰囲気が流れていた。
「でもなんとなくわかるかもなー。タシアンとアイザって似てるよ」
似ている? とアイザは眉を寄せた。正直どこも似ていないと思う。容姿だって、性格だって、血のつながりを感じるような点はほとんどない。唯一、瞳の色が同じなだけだ。
(性格でいえば――)
「……むしろわたしはガルのほうが似てると思うけど」
「へ? どこが?」
ガルが口に放り込んでいたパンを飲み込んでから問い返してくる。どこが、と言われてアイザも言葉を探す。んんー……としばし唸ったあとで、ぴったりな言葉を見つけた。
「お人好しなところ」
見ず知らずの女の子のために危ない目にあっても頑張ってしまうところとか、会ったこともない異父妹のために女王を敵にしても動いてしまうところとか。
ガルはオムレツをつつきながら口を開く。
「それさ、俺もタシアンも相手がアイザだからであって誰にでもそうなんじゃないと思うけど」
「う」
(なんでまたそういうことをさらっと言うかな……)
思わずフォークを落としそうになったアイザの隣で、クリスは呆れた顔でスープを飲んでいる。近頃はクリスも一緒に食事をとることが多くなっていた。ガルとクリスは相変わらず喧嘩ばかりしているが、以前より気安くなった……とアイザは思っている。
「アイザもガルも長期休暇は帰るんでしょ? しばらく静かになるわね」
さみしいわ、と口では言っているが猫を被っている状態のクリスの内心はどうにも掴みにくい。アイザはともかく、ガルはいないほうが静かでいいと思っていそうだ。
マギヴィル学園の生徒は、地方や他国からやってきた者も多い。むしろ王都ノイシュやその周辺の街の出身者のほうが少ないので長期休暇では本当に学園内の人がごっそりといなくなる。
「クリスは?」
城に帰るのか、とまでは口に出せないので短めに問い返す。クリスはちぎったパンを上品に口に運びながら「んー?」と呟いた。
「まぁ、たまには実家に顔を出すつもりだけど、基本は寮のままかしら」
(……ということはナシオンやニーリーもかな)
一ヶ月に一回ほどの頻度でクリスは城へ帰っている。長期休暇とはいえわざわざ帰るほどの距離でもないし、まだ学生の身であるクリスは城の外のほうが自由にやれるのだろう。
「俺は別に帰らなくてもいいけど、アイザが帰るならついてく」
相変わらずのガルの様子に、クリスは呆れたようにため息を吐き出していた。
「……その前に成績の心配をしたら? 追試になったらすぐには帰れないわよ」
「実技は平気」
ガルはきっぱりと即答するが、なんとも不安な返答である。
(実技はって……)
武術科の筆記試験は一般教養だけだと聞いている。その他の武術理論などの座学はたいていがレポート提出なのだとヒューやケインが言っていた。
「いやおまえ、一般教養はそんなに難しいテストじゃないし、レポート提出しておけばよほどの点数じゃない限り大丈夫だろ」
しかしガルはにかりと笑って誤魔化そうとしている。一緒に受けている一般授業ではまだ真面目に受けているようだったが、その他はそうでもないらしい。
「ガルは座学やっばいよー」
じろりとアイザが睨みつけていると、ちょうどヒューとケインがやって来た。朝からたっぷりと豪快に食事を盛ったトレイを片手に、空いていたアイザの隣に腰を下ろす。
「……そんなに?」
「だってこいつ、いつも寝てるし。なぁ?」
「何度も起こしてるんですけどね……」
ヒューの言葉に、真面目なケインが沈痛な面持ちで目を伏せる。
「……ガル?」
アイザが頬を引きつらせてガルを見ると、彼は目を泳がせていた。
「だからたぶん追試だよ、ガルは」
「あら、じゃあアイザと一緒には帰れないわねぇ」
にこにことクリスは微笑みながら告げる。アイザと一緒には、と妙に強調していて、ガルはむすっとクリスを睨んだ。
「うーん……追試が終わるまで待っていてやりたいけど、でもタシアンが迎えに来るし……」
長期休暇中、ルテティアでは王太子イアランの戴冠式がある。アイザはその式典に末席ながら参加することになっていた。
(早く帰ってきてほしいって殿下にも念を押されているしなぁ)
式典に出るにもアイザはそんな場で着るような衣装は持っていない。向こうで用意すると言っていたが、衣装の微調整や式典での作法も教わらなければならない。何よりわざわざ迎えがやってくるわけだし、非情かもしれないがガルは置いていくことになるだろう。
「へ? タシアンって……もしかしてタシアン・クロウ?」
驚くように声を上げたのはヒューだった。
「え、そうだけど……タシアンのこと知っているのか?」
「知っているも何も! タシアン・クロウはマギヴィル武術科じゃ有名人だぞ!? 在学中、参加した学園主催の武術大会ではほとんどの部門で優勝、タシアン・クロウに勝てた奴はいないって話だ」
鼻息荒く熱弁するヒューに、アイザは「そ、そうなんだ……?」としか答えようがなかった。タシアンが戦っているという場面に出くわしたことがないし、強いのだと言われてもなかなかピンとこない。
(でも、あの若さで騎士団長なんだから強いのも当たり前なのかな……?)
まだ二十代で国境警備の要である国境騎士団をまとめているのだ。実力があるということなのだろう。
「まさかふたりとも……タシアン・クロウと知り合いなのか?」
心なしかきらきらと目を輝かせて問いかけてくるヒューに、アイザは苦笑する。
「知り合いというか――あたしの後見人なんだ。マギヴィルを紹介してくれたのも彼で」
正確にはマギヴィルを勧めてきたのはイアランだが、まさか馬鹿正直に言うわけにもいかない。
「そうだったのか……うわー世間って狭いなぁ……!」
「どうしたのこいつ」
子どものようにはしゃぐヒューに、ガルが眉を寄せた。日頃から明るいヒューだが、そわそわと落ち着きのない様子はらしくなかった。
「タシアン・クロウはヒューの憧れの人なんですよ」
だから大目に見てやってくれ、とケインは苦笑いで答える。
「そりゃ憧れるだろ!? 在学中からノルダインだけじゃなくあちこちの騎士団から勧誘があったって話じゃん! 過去を捨て剣に生きる……やっぱ男はこうじゃないとな!」
食べるより話すほうが忙しいヒューに、ケインがやんわりと「早く食べないと遅刻だよ」と告げると、ヒューは慌てて朝食を口の中へ放り込み始めた。
(タシアンって有名人だったんだなぁ……しかも王子だったことも当たり前みたいに知ってるし)
「……ていうかさ、俺が絶対に追試になるって決めつけられてない?」
追試追試と言われてばかりでガルもさすがに不満気に唇を尖らせた。しかしアイザの両隣のクリスとヒューはにっこりと笑って切り捨てる。
「いやだって絶対なるだろ」
「なるでしょうねぇ」
話に夢中になっていると、足元のルーがぽんぽんとアイザの足を尻尾で叩く。懐中時計で時間を確認して「あ」と声をあげた。
「クリス、朝一番にレオニ先生のとこのレポートを出すって言っていたよな? そろそろ行かないとまずい」
「え、やだ急がなきゃ」
トレイを持ち上げて立ち上がると、急ぐ必要もないガルも当然とばかりに席を立った。
「じゃ、あとでな」
「おー」
ヒューとケインに声をかけてアイザも とクリスについて行くガルに、彼らもいつものことだと手を振っている。アイザたちは魔法科のレポート提出のために少し早めに行くわけで、ガルは関係ないにも関わらず、だ。
アイザも半ば諦めているかのように、小さく息を吐き出した。
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