第四話

 ガルとアイザは学園に戻ると、セリカが待っていた。ふたりの姿を見つけると笑みを浮かべて手を振った。

「――サーベス先生」

 アイザが目を丸くすると、セリカはふふ、と微笑み「セリカでいいわよ」と告げる。

「……セリカ先生、ええと」

 どうしてここに? とアイザは首を傾げる。見るからに彼女はアイザとガルを待っていたようだった。

「寮まで案内しようと思って。ついてきて」

 今日の授業はもう終わったのだという彼女について、学園から徒歩五分ほどの場所に向かう。見えてきた大きな建物は貴族の邸宅にも見えた。

「男女ともにこの寮での生活だけど、部屋の行き来は禁止されているから。行きたくても行けないけどね」

 それぞれの寮の部屋に行くには、魔法での仕掛けがされた扉を通る必要がある。許可されていない異性はそこを通れないそうだ。ほとんどの生徒が寮から学園に通っている。成人前の生徒は問答無用で寮生活が定められているし、学園に近いこともあって成人したあとも学園に通っている生徒は寮住まいのままだ。

「一階の共有スペースには食堂、談話室、自習室、あとは武術科の生徒がよく使うトレーニング室があるの。部屋は二階から上ね。基本的に二人で一部屋。ルームメイトには挨拶しておきなさい」

(ルームメイト……)

 学園生活において、唯一といっていいほどのアイザの気がかりだった。アイザは自分自身でもとっつきにくい性格であることを自覚しているし、あまり同年代の子と接することもなかったのでどう対応していいのかよくわからない。

「もう知っているかもしれないけど、授業は自分で組むの。明日二人まとめて詳しく説明するわね」

 既に渡されたカリキュラムについての資料がずっしりと重みを訴えている。

 男子寮と女子寮の入り口はぱっと見る限りはなんの変哲もない扉だった。しかしその扉の上部には古代文字が刻まれている。

「寮のなかは自分で歩き回ってみたほうが早いかしら。部屋の番号は聞いてるわね?」

「はい」

「もちろん!」

 忘れないようにとアイザがとったメモをガルがぴらりと見せた。

「よろしい。それじゃあ部屋でやることもたくさんあるでしょうし、解散。ちなみにここの食堂は朝は七時から、夕食は六時から九時までよ。食いっぱぐれないようにね」

 つられるようにしてぐぅ、と鳴ったのはガルの腹だった。いくら日が暮れる頃とはいえ、遅めの昼食だっただろうがとアイザはため息を吐いた。

「んー、じゃあアイザ、七時にここでいい?」

「え? ああ……」

 当然のように夕飯も一緒に食べるつもりらしいということに戸惑い半分、安堵が半分といった気分だった。じゃああとで、とガルは男子寮へと向かう。その背を見送ってから、アイザも自分の部屋へと向かった。

 女子寮への扉をくぐると、独特の空気に包まれる。ちりりと一瞬肌を刺激する静電気のような感覚は、おそらく魔法によるものだろう。アイザの部屋は二階の一番奥だ。

(クリスティーナ・バーシェン……)

 部屋の扉にある名前を見て、アイザはルームメイトの名を知った。その下には既にアイザ・ルイスの名前がある。

(貴族のお嬢様とかだったらどうするか……)

 アイザの性格上、上流階級のお嬢さんとは合わない気がするのだ。このとおり女の子らしさにはほど遠い性格をしているし、年頃の少女が好むものすら知らない。父は名ばかりは魔法『伯爵』という地位にあったものの、その生活は変わり者として有名だった。普通の少女たちのなかにさえ溶け込めるか不安なのに、さらに貴族の少女なんて――想像しただけで頭が痛い。

 時刻としてはルームメイトが部屋に戻っていてもおかしくはない。コンコン、とノックをしてアイザは返答を待った。

「…………」

(返事がない……いないのか?)

 そろりと扉を開けると、部屋は無人だった。左右の両端にあるシングルベッド、衝立、クローゼット、小さなチェストが枕元にあり、勉強用の机が二つ並んでいる。左側のベッドと机には既に私物らしいものがあった。対するもうひとつのベッドには真新しいセーツが畳んで置いてある。机の上も寂しいくらいに何もない。

「こっちを使えってことでいいのかな」

 右側のクローゼットは開けられたまま、用意されていた学園の制服だけが吊るされていた。ベッドの足元には既に送ってあった、わずかばかりのアイザの荷物があった。

 とりあえず渡されたカリキュラムの資料をどかりと机に置いて、ベッドを整える。

 そのうちにルームメイトも戻ってくるだろう、と荷物を整理してクローゼットにしまい、それすら終わってしまうとカリキュラムはどうするべきか、と資料を読み始めた。

 部屋のなかがすっかり薄暗くなって慌てて時計を確認すると、もう六時半になっている。

「まだ戻ってこない……?」

 これほど遅くまでやっている授業はないはずだが、図書館や自習室で勉強している生徒もいる。もしかしたらルームメイトはそういう子なんだろうか。

(そうだとしたら、まだ仲良くやっていけると思うんだけど)

 遅れるとガルがうるさいので、アイザは待ち合わせの十分前に部屋を出る。灯を消すと部屋のなかはすっかり真っ暗になった。



「あ、アイザ!」

 早めに来たアイザは、当然待たされるのだろうと思っていたが、予想は見事に裏切られた。ガルは見知らぬ少年と親しげに話してアイザを待っていた。

「その子が待ち合わせの子? んじゃ、またな」

「ん、またな!」

 ガルと話していたのは、深緑の制服を着た武術科の少年だった。

「……今の、ルームメイトか?」

 もしかしてガルは既にルームメイトと挨拶できて、かつ、親しく話せるほどの仲になったのだろうかとアイザが問う。

「違う違う、俺は余ってるらしくて二人部屋だけど一人なんだ。さっきのは、隣の部屋のやつ。わかんないこととか聞いてたら友だちになった」

(も、もうしっかり交友関係を築いてる……)

 アイザはまだルームメイトにすら会えていないというのに。ガルは人懐っこいし物怖じしないし、新しい環境にに放り込まれても苦もなく溶けこめるのだろう。

 わたしと違って、とアイザが思ってしまうのは悪いところだと分かっているが、やはりこうもまざまざと見せつけられると痛い。

「あー腹減ったー。早く行こう! すぐ席埋まっちゃうらしいからさ」

「え、あ、ああ……」

 ガルに手を引かれ、人が集まり始めた食堂に入る。まだ制服のままの生徒もいれば私服に着替えている者もいる。アイザもガルもあっという間に大勢の中の一人になって、目立たなくなった。もしかしたらルームメイトの少女もいるのではと思ったが、この大勢のなかで、顔も知らないルームメイトを見つけることができるわけでもない。

(まぁ、さすがにこのあとには会えるだろうし……)

 焦りのようなものを感じないわけではなかったが、アイザ一人が焦ったところでどうにかなるものでもない。


 だがアイザが部屋に戻り、緊張しながらルームメイトの帰りを待ったが、その日クリスティーナ・バーシェンが戻ってくることはなかった。

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