飛び出す高校受験用教材乙女用~おれさま達が第一志望へ導いてやる~

明石竜 

第一話 中間テスト撃沈 昇子、スパルタ教育進学塾へ強制入塾されちゃう危機

ふとしたきっかけで深夜アニメやラノベ、乙女ゲー、BL・百合系同人誌といったオタク趣味に嵌って学業成績ガタ落ちしちゃった女子中高生は、日本中にたくさんいるよね?

阪神間とある文教地区に住む、高校受験を控える中学三年生の灘本昇子(しょうこ)ちゃんもその被害者の一人なのだ。自業自得だけどね。

            ☆

「昇子ぉっ、あんた受験生としての自覚は持ってるのっ? またこんなひどい点取って。もっと本気で勉強せな、あかんやないのっ!」

「ママ、これでも平均点よりは上だったんよ。平均五七しかなかったの」

五月も終わりに近づいたある日の夕方、昇子は自宅リビングにて母から厳しく咎められていた。引き金となったのは、昇子の在籍する市立鴎塚中学校三年三組で今日返却された、一学期中間テスト数学、六一点の答案である。 

ソファに座る二人、ローテーブル越しに向かい合う。

「昇子は西高を目指しとんやなかったっけ?」

母は強い口調で問うた。

「確かにそうだけど」

「ほな平均ほんのちょっと超えれたくらいで満足してちゃぁ、あかんの分かっとる?」

「分かってるって」

 うるさいなぁ。と心の中で思いながら、昇子は薄ら笑いを浮かべて不愉快そうに答える。

「昇子はやれば出来るめっちゃ賢い子なんやから、ここで本腰入れて頑張らなきゃね。ところで昇子、あの約束は覚えとる?」 

 母は険しい表情から、にこにこ顔へと急変化した。

「えっ……何の、ことかな?」

 昇子は視線を天井に向けて、忘れた振りをしてみる。

「とぼけたって無駄よ。証拠はちゃぁんと残しとんやから」

 母はそう告げたあと、自分のスマホを昇子の眼前にかざすと同時に音声データの再生アイコンをタップする。

『昇子、今度の中間テストでも総合得点四〇〇なかったら、塾へ放り込むからね』

『分かったよ、ママ。それくらい楽勝だって』

こんな音声が流れたあと、

「このことよー」

 母はニカッと微笑みかけてくる。

「……録音、してたの。いつの間に?」

 昇子の顔は引き攣った。彼女はあのやり取りをしっかりと覚えていたのだ。

「ふふふ、言い逃れ出来へんようにこれくらい対策済みよ。昇子、これで四教科返って来たわよね。今、合計いくらかなぁ?」

「……三〇七点」

昇子が俯き加減でぼそぼそと打ち明けると、

「はい、塾行き確定っ!」

 母は明るい声で嬉しそうに告げた。

「まだ英語が残ってるでしょ。それで九三点以上取ったら、四〇〇超えるでしょ」

「そんなに取れるはずがないでしょ。この前は五二点しかなかったんやし」

「大丈夫だって、今回は解答欄全部埋めたから」

「埋めりゃぁいいってもんでもないでしょ。昇子、次の期末テストも悪かったら、あんたのお部屋にある大量のジャ○プとエッチなマンガ、全部捨てちゃうからね」

「えっ! そんなぁっ。そこまですることはないでしょ」

「だって昇子、あんないかがわしい本をいーっぱい買い集めるようになってから、テストの点が急激に下がり始めたやない」

「それは全然関係ないって」

「大いにありますっ!」

「……習う内容も、だんだん難しくなって来てるんだから、点数下がってくるのは当たり前でしょ。学年平均だって一年の時のテストより低いし、みんな悪くなってるんよ」

「見苦しい言い訳ね。森優(もゆ)ちゃんは新入生テストの頃から、今でも相変わらず高得点を維持し続けてるでしょ?」 

 困惑顔で弱々しく反論する昇子に、母は得意げな表情で反論し返す。

「確かにそうだけど。森優ちゃんは、私とは地頭が違うの」

昇子は迷惑そうに振る舞い、数学の答案を取り返すと足早にリビングから逃げていった。

森優ちゃんとは、三軒隣に住む同学年の幼馴染だ。フルネームは安福森優。森優も昇子と同じく西高=県立松葉丘西高校を第一志望にしている。二人ともその最たる理由はごく単純、家から一番近いそれなりの進学校だからだ。二人が通う鴎塚中学の通学区域内に立地していることもあって、他の鴎塚中生にとっても人気の進学先となっている。

確かに定期テストの数学でさえこの点数じゃ、西高は難しいよねぇ。

昇子は答案を眺めつつ苦笑いを浮かべながら二階の自室に足を踏み入れた。

広さ八帖のフローリング。窓際の学習机の上は教科書やノート、筆記用具、プリント類などが乱雑に散りばめられていて、勉強する環境には相応しくない有様となっている。机棚にあるヒツジさんイルカさんトナカイさんの可愛らしいぬいぐるみ、サンタクロースと雪だるまのお人形。チョコやクッキー、ケーキ、パン、ドーナッツ、シュークリーム、アップルパイ、アイスクリームを模ったスイーツアクセサリー、造花なんかはきれいに飾られてあるのだけれど。

机だけを見ると普通の女の子らしいお部屋の様相と思われるだろう。しかし、それ以外の場所に目を移すとアニヲタ趣味を窺わせる光景が広がっているのだ。

本棚には児童・少年・少女・青年コミックスや雑誌、同人誌、ラノベ、絵本、児童書などが合わせて五百冊以上は並べられてあるものの、普通の女子中学生が読みそうなティーン向けファッション誌は一冊も見当たらない。昇子の所有する雑誌といえばアニメ・声優・漫画系なのだ。アニソンCDも何枚か所有しており、専用の収納ケースに並べられていた。DVD/ブルーレイプレーヤー&二四V型液晶テレビも置かれてある。

本棚上や収納ケース上には萌え系ガチャポンやフィギュアが合わせて十数体飾られていて、さらに壁にも人気声優やアニメのポスターが何枚か貼られてある。美少女萌え系のみならず、男性キャラがメインのアニメでもお気に入りなのが多いのは女の子らしいところだ。

こんなプチ腐女子的なプライベート空間を持つ昇子は、背丈は一四三センチくらい。丸っこいお顔、くりくりした目、ほんのり栗色なおかっぱ頭をいつもメロンなどのチャーム付きダブルリボンで飾り、小学生に間違えられても、いやむしろ中学生に見られる方がもっと不思議なくらいあどけない風貌なのだ。

ママ、私の部屋、ジャ○プ本誌は一冊も置いて無いんだけどなぁ……。

一段ベッドに腰掛けた昇子は、向かいの本棚を眺めながら心の中で突っ込む。

      ☆

翌朝、七時五五分頃。

「昇子、塾のことやけど、〝公立高校受験対策週五日五教科フルコース〟で申し込んでおくわね。土日も無料で自習室が使えて超お得みたいよ」

「待ってよママ、英語のテストは今日返ってくると思うけど、絶対九三点以上あるから」

「ふふふ。それじゃあその結果が出るまで申し込むのを一応待っててあげるわ。どうせ無駄やろうけど」

「ママァ、少しは期待してよ」

 昇子は母とキッチン横のテーブルで朝食を取りながら、こんな楽しくない会話を弾ませていた。父は毎朝七時頃には家を出るため、昇子の平日朝食時はいつも母と二人きりなのだ。

まもなく八時になろうという頃、ピンポーン♪ と玄関チャイムが鳴らされ、

「おはようございまーす」

 一人のお客さんが訪れてくる。

森優ちゃんだった。学校のある日は毎朝、この時間くらいに昇子を迎えに来てくれる。

面長ぱっちり垂れ目、細長八の字眉、丸っこい小さなおでこがチャームポイント。ふんわりとしたほんのり茶色な髪を小さく巻いて、アジサイ柄のシュシュで二つ結びに束ねているのがいつものヘアスタイル。背丈は一六〇センチくらいで、おっとりのんびりとした雰囲気が感じられる子なのだ。

「おはよう森優ちゃん、今日から夏服なのね」

「はい、暑くなって来たので」

 昇子の母に身なりをまじまじと眺められ、森優はちょっぴり照れくさそうにする。

昇子達の通う学校では今、制服移行期間中だ。森優は昨日まで着用していた女子用冬服である濃紺色セーラー服から、夏用の半袖ポロシャツと水色吊りスカートへと衣替えしていた。

昇子はまだセーラースカートに春秋冬兼用長袖白色ワイシャツを着ていた。

ちなみに男子用冬服は真っ黒な詰襟学生服だ。

「あの、おば様。昇子ちゃんの成績をあまりアップさせられなくてごめんなさい。わたしの教え方が悪かったみたいで」

 森優は昇子の母に向かってぺこんと頭を下げた。

「森優ちゃんは全然気にしなくていいのよ。相変わらずテスト前でもジャ○プやマンガばっかり読んで勉強サボった昇子が悪いんやから」

 自責の念に駆られている森優を、母は笑顔で慰めてあげる。

森優はとても心優しい子なのだ。

……ママ、私、ジャ○プは一冊も持ってないって。

 二人の会話は食事中の昇子の耳にもしっかり届いていた。

           ☆

いつもと変わらず八時ちょっと過ぎに出発した森優と昇子は、学校まで徒歩約十七分の通学路を校則に従い一列で歩く。この時、森優が前を行くことが多いのだ。

「昇子ちゃん、今日はあまり元気がないね。テストのことでおば様にいっぱい叱られたんだね」

 森優は後ろを振り返りながら気遣うように話しかけてくる。

「いや、叱られたことより、塾行かされることが百パー確定したから」

「そうなんだ。昇子ちゃん、塾には行きたくないんだね?」

「うん。でも、これはママと約束したことだから、行くしかないよ」

 昇子はしょんぼり顔を浮かべ、沈んだ声で答えた。

「それじゃあ、わたしも昇子ちゃんといっしょに通おうっと♪」

「絶対やめた方がいいよ。ママが私に行かせようとしてる塾は、烈學館ってとこだから」

「えっ! そこなの? じゃあわたしは……行かなーい」

 森優は途端に顔を蒼白させ、すぐさま前言撤回した。

「昇子ちゃん、大丈夫? その塾って、未だ昭和的な教育方針で先生がものすごーく怖いって噂のとこでしょ? ちゃんとやって行けそう?」

 続けて心配そうに質問する。

「入ってみなきゃ分からないなぁ」  

 昇子はその塾のことを詳しくは知らないため、こう答えるしかなかった。

「そっか。頑張ってね、昇子ちゃん。おば様は昇子ちゃんの将来のためを思って、塾へ行かせようとしてるんだと思うから。でも、身の危険を感じたらすぐに辞めなきゃダメだよ。PTSDになっちゃったら後々大変だからね」

「……うん。まだ行かされると正式に決まったわけじゃないけどね」

 森優に真剣な眼差しでアドバイスされ、昇子はちょっぴり困惑してしまった。

「そういえば昇子ちゃん、今日までに提出の数学のプリントは、全部出来てる?」

「いやぁ、それが、分からない問題が多くて、三分の一くらい空欄なの」

「じゃあ写させてあげるよ」

「ありがとう。いつもごめんね、いろいろ迷惑掛けて」

「全然気にしなくていいよ昇子ちゃん。それにしても今日は朝からけっこう暑いよね?」

「もうすぐ六月だからね。私も今日は半袖にすればよかったな」

他にもいろいろ取り留めのない会話を弾ませていくうち、学校のすぐ側まで近づいて来た。この二人以外の鴎塚中生達も周りにだんだん増えてくる。

昇子と森優は校舎に入ると、最上階四階にある三年三組の教室へ。幼小中とも同じ学校に通い続けているこの二人は、中学では三年生になって初めて同じクラスになったのだ。

昇子が自分の席に着いてから五分ほどのち、

「やっほー、しょこらぁ」

いつものように中学時代からの親友、友金帆夏(ともかね ほなつ)が登校して来て近寄ってくる。面長で目は細め、ボサッとしたほんのり茶色なウルフカット。背丈は一五七センチくらいで、ちょっぴりぽっちゃりした子だ。

「あっ、おはよう帆夏」

机に突っ伏していた昇子は少し顔を上げ、暗い声で挨拶を返してあげた。彼女が帆夏と同じクラスになったのは中一以来である。当時、帆夏の男女混合出席番号は昇子のすぐ前だった。そのことがきっかけで入学式の日から自然に話し合う機会が出来、お互い仲良くなったというわけだ。(どうでもいい情報だが今クラスは間に野田君がいる)

部活動を選ぶ際、体育が苦手なため運動部には一切興味を示さなかった昇子は、新聞部にするか美術部にするか、森優と同じ図書部にするか悩んでいた。そんな時、帆夏に「うちパソ部に入るから、しょこらもいっしょに入ろうよ」と半ば強引に誘われ、結局当初入る気もなかったパソコン部に入部することに決めたのが中一四月の終わり。その選択により、帆夏との友情をますます深めることが出来たのだが……(友達選び間違えたかなぁ? いや、帆夏と出会えてよかったよ。新しい世界が広がったから)と昇子は今になって反語的に思うことが時々ある。

なぜなら帆夏は、中学入学当時り○ん、な○よし、ち○お、花と○め、マー○レットと三大週刊少年誌くらいしか漫画雑誌の存在を知らず、児童書や絵本が大好きだった純真無垢な昇子に、マニアックな月刊・隔月漫画誌やアニメ雑誌、声優雑誌、さらにはラノベ、BL・百合同人誌、深夜アニメの存在などを教え、そっちの道へと陥れた張本人だからだ。帆夏自身は小学五年生頃からBL・百合同人誌やラノベ、深夜アニメにどっぷり嵌っていたらしい。

「しょこら、今日はいつもより元気ないねぇ。テストのことで母さんに怒られたんやろ?」

 帆夏はにこにこ顔&陽気な声で問いかけてくる。

「まあ当たりだけど、それプラスもっと憂鬱なことがあるの」

「へぇ、どんな?」

「私、今回のテストで総合得点四〇〇なかったら、駅前の烈學館って塾に行かされるんだ」

「烈學館って、あの酒呑童子も怯えて泣き出すばり厳しいスパルタ指導で昔から超有名な。そりゃご愁傷様」 

「帆夏は親から成績のこと何も言われないの? 帆夏も西高第一志望なんでしょ?」

「まあ、入試本番までまだ九ヶ月以上もあるし、なんとかなるんやないかなぁって母さんと父さんも言うとうし」

「親子共々楽観的ね。私なんか、期末も悪かったら雑誌・マンガ類も全部捨てるってママに脅されたのよ」

 昇子は沈んだ声で伝える。

「とうとう来ちゃったかぁ、その告知が。五教科計四〇〇超えって、しょこらの母さんの求めるハードルは高いねぇ」

 帆夏は少しだけ同情心が芽生えた。

「私のママ、ア○メディアとかク○コミ投稿マガジンとか、オ○メディアとかシ○フとかビー○ログとか、百○姫とか少年○ースとか、ガン○ンとかも全部〝ジャ○プ〟って呼んでる。ラノベもマンガって呼んでるんよ」

「うちの母さんも似たようなもんやで。W○iもプ○ステ4も3○Sもファ○コンって呼ぶし」

「それ、私んちも同じ。私のママ、まだ四〇代半ばなのに考え方は団塊の世代だよ」

「食事のことを全部〝ちゃんこ〝って言うお相撲さんみたいだね」

 森優も昇子の席のそばへ近寄って来て、にこやかな表情で突っ込みを入れた。

「そうそう、まさにそんな感じ」

 昇子は苦笑いで同意する。

「おはよう、帆夏ちゃん。朝読の本、ちゃんと持って来た?」

「一応ね」

「昨日みたいに漫画はダメだよ」

「それなら、大丈夫や。今日は夏目漱石の『吾輩は猫である』やから」

「今日はちゃんとした小説だね。えらいねぇ」

「……」

 頭をそっとなでられた帆夏は今、ちょっぴり照れていた。彼女は森優に限らず、優しいお姉さんタイプの女の子に話しかけられるとこうなってしまうのだ。

「昇子ちゃん、行く時渡した数学のプリントはもう写し終わった?」

「あっ、まだだ。忘れてた。ごめん森優ちゃん、今すぐやるから」

「焦らなくていいよ。四時間目だからまだ時間たっぷりあるし」

森優が優しくそう言ってくれたその直後、八時半の、朝読書とSHR開始を告げるチャイムが鳴り響く。帆夏と森優他、立っているクラスメート達はぞろぞろ自分の席へ。

「みんな、おはよう!」

ほどなくクラス担任で英語科の古塚(ふるつか)先生がやってくる。背丈は一七五センチくらい、痩せ型、いつもダサい格好でそれほどイケメンでもないけれど、ほんわかしていて優しそうな雰囲気を醸し出している男の先生だ。二八歳の実年齢より若く見え、まだ大学生っぽい若々しさを保っているそんな彼は朝読書の時間の後、いつも通り出欠を取り、諸連絡を伝えた。

そのあと八時四五分から始まる一時間目。このクラスでは今日は英語の授業が組まれてあるため引き続き彼が受け持つ。

「この間の試験、昨日の晩やっと採点が終わったから返すぞ。待たせてごめんな。今回は高校入試レベルの問題をけっこう出題したけど、難し過ぎたかな? このクラスの平均点は五一点しかなかったぞ。みんなショック受けるなよ。一人だけ百点、九〇点台も三人いたけどな。それじゃ、呼ばれたら取りに来て。石井くん」

 古塚先生はこう伝えて、英語の答案を男女混合出席番号一番から順に返却していく。

「灘本さん、西高第一志望ならもっと頑張らなきゃダメだぞ」

 十八番の昇子に返すさい、古塚先生は爽やかな表情で忠告した。

「あっ、はい」

やばい、平均すら無いよ。塾行き決定だぁー。

 受け取った昇子は点数を眺めると苦笑いを浮かべ、自分の席へと戻っていった。

 一時間目が終わり、休み時間が始まると、

「しょこら、英語何点やった?」

 さっそく帆夏が昇子の席に近寄って来てからんでくる。

「予想よりもかなり悪かった。三九よ」

 昇子はため息まじりに伝えた。

「また負けたぁーっ。うちなんか三二やで」

「帆夏に勝てても全然嬉しくないな。私、四〇〇どころか三五〇すら下回っちゃったよ。社会九一、国語八五あったから絶対四〇〇超えれると思ったんだけどなぁ。前よりは少し上がったんだけどね」

「上がったならまだええやん。うちはワースト記録またも更新、合計二八九やで。ついに実力テストの時ですら未達成の二〇〇点台になってもうたわ~」

「さすがにやばいでしょ、西高志望で三〇〇切るようなら」

「でも西高って確か、部活推薦枠もあったよね? うち、それ使おうと思っとうねんけど」

「あれって、運動部か吹奏楽部か生徒会に所属してないと推薦してもらえないでしょ」

 楽天的な帆夏に、昇子はすかさず突っ込む。

「パソ部じゃ無理なの?」

「そうみたい」

「マジで!? 吹奏楽部と同じ文化部やのに待遇が違い過ぎへん?」

「そりゃまあ、パソコン部は世間に評価されるような活動は全くしてないからでしょ」

「言われてみれば、確かに。活動いうても2ちゃんか動画投稿サイトかブルーレイ見とうだけやからね。やばいなぁ、期末テストは本気出さんと。一週間前からゲームとアニメとラノベと同人誌封印して」

「帆夏さんは中間の前も同じことを言ってたよね?」

 二人の会話に、昇子のすぐ後ろの席の女子生徒も割り込んで来た。

「そうだっけ? それよりまなみぃ、またしても英語百点取りよって。中間の合計四九八(よんきゅっぱ)やん。すご過ぎ」

「ワタシもまさか満点取れるなんて思わなかったよ。二問自信ないのあったし。こうなると国語で文法問題一問落として、五〇〇点満点今回も達成出来なかったのが本当に悔まれるなぁ」

学実という子だった。彼女は苦笑いで感想を述べる。帆夏にとって学実は、昇子と同じパソコン部仲間なのだ。

「それでまだ不満そうにするなんて、学実は相変わらずの天才振りだよね」

 昇子はとても感心していた。同じ幼稚園&小学校出身のため、学実のことは昔からよく知っている。つまり森優も彼女の古い顔馴染みというわけだ。

「うちらとは頭脳の次元が違い過ぎるね。まなみ、神戸女学院行けてたんやないの?」

「いやいや、さすがに神戸女学院はワタシの学力程度では絶対無理だよ。そもそもワタシ、将来は京大を目指してるけど、それまでの過程において有名私立に行く必要はないのでは、と考えてるから、中学受験も一切しなかったの」

「それで高校も第一志望、うちらと同じ公立の西高ってわけなんか?」

「はい。ワタシんちから一番近いので通学の手間も省けるし」

 帆夏の質問に、学実は文庫本を読みながら淡々と答えていく。

「それは才能が勿体ないって、まなみならトップ校の東高も余裕やろ。入学枠には限りがあるねんからやめてーな」

 帆夏はため息まじりに嘆いた。

「それならご安心下さい。ワタシは理数科の方を受けるつもりなので」

「西の理数って、偏差値七〇越え、この学校からでも毎年二、三人しか受からない超難関特進クラスじゃん。本当にすごいね」

 昇子は改めて感心する。

「うちもまなみみたいな天才的頭脳が欲しいわ~。吸収ぅっ!」

 帆夏は学実の頭を両サイドから強く押さえ付けた。

「いたたたぁ、帆夏さん、痛いので止めて欲しいよう」

 学実は首をブンブン振り動かし抵抗する。

「期末では、どれか一教科だけでも勝ってみせるわ」

 そう宣言し、帆夏は両手を離してあげた。

学実のフルネームは神頭学実(こうず まなみ)。苗字からして賢そうな名前の通り、校内テスト総合得点では入学以来学年トップを取り続けている秀才ちゃんだ。背丈は一五〇センチちょっと。丸顔にまん丸な黒縁眼鏡をかけ、ほんのり栗色な髪を三つ編み一つ結びに束ねている。とても真面目そうで賢そう、加えてお淑やかで大人しそうな優等生らしい雰囲気の子なのだ。

「学実ちゃん、すごいねぇ。英語百点」

 森優もこの三人の側へぴょこぴょこ歩み寄って来た。

「いっ、いえ。それほどでも……」

 学実は照れ笑いを浮かべて謙遜する。彼女は帆夏よりも早く小学四年生頃にはすでに二次創作同人誌やラノベ、深夜アニメの世界にどっぷり嵌っていた。けれども学実がそういったオタク趣味を持っていることは、昇子は中学に入学してパソコン部に入部するまで全く気付かなかったのだ。

「今思えば、一年の一学期は楽勝だったなぁ。私でも四五〇超えれてたから」

「うちもあの時は四〇〇近くは取れてたよ。テスト範囲三年になってから急に増え過ぎだよね。どの教科も一、二年の時に習った内容まで入れて来よるし。そんなんもう忘れたって」

「昇子さん、帆夏さん、高校入試というものは、中学で学習した三年分の内容の全範囲から満遍なく出題されるのよ。これからは一夜漬けでは通用しなくなるよ」

 残念そうに話し合う昇子と帆夏に、学実はほんわか笑顔で警告する。

事実、昇子は中学に入った頃は学実や森優ほどではないが成績優秀な方だった。一年一学期に行われた新入生テスト・中間・期末の三回とも、総合得点で学年全七クラス二百六十数名いるうち上位三〇位以内には入れていた。

 ところが二学期以降は学年順位がどんどん下がっていき、一年二学期末テストでは五〇位台に。それから約一年後に行われた二年二学期末テストでは、とうとう百位を下回るまでになってしまった。学年末テストではさらに順位を落とし、一二一位に。平均点をわずかに上回る程度だった。成績は昇子という名前に反して下降していく一方だ。

どうしてこうなってしまったのか? その原因は、もはや説明するまでも無く推測出来るだろう。昇子の目指している西高は普通科に一般入試で挑む場合、学科試験以外に内申点も評価されるため大まかな目安ではあるが、校内テストで常に学年順位上位五〇位以内には入れていないと厳しいらしい。 

「そういや学実って、塾には全然通ってないんだよね?」

「うん。ワタシ、塾なんて生まれて此の方一度も通ったことないよ」

 昇子の質問に、学実はきっぱりと答える。

「マジでっ! 塾一切行かずになんでそんなに成績良いんよ?」

 帆夏は驚き顔で尋ねた。

「ワタシ、幼稚園の頃から進○ゼミや○会などの通信教育で学んでいるの」

「そういうことかぁ、納得」

「わたしも塾へは通わずに、小学校の頃から通信教育で勉強してるよ。シールを貯めたら景品が貰えるのが嬉しいよね。すごくやりがいがあったよ」

 森優が近寄って来て、満足そうに伝える。

「通信教育はじつに素晴らしいものよ。さらに添削指導もしてくれるし。帆夏さんと昇子さんも今現在未受講ならやってみない?」

「昇子ちゃん、あの塾だったら、通信教育で勉強した方が絶対いいよ。精神的にも身の安全を守るためにも」

「通信教育ねぇ。私も小学校の頃、ポ○ーと進○ゼミ取ってたっていうか、ママに取らされてたけど、途中から教材ほったらかしだったよ」

「うちも、うちもー。あれはすぐに飽きるし、全く意味無かったわ~。景品も特に欲しいなっていうのが無かったし」

「それは勿体ないよ。有効に活用しなきゃ」

 笑いながら語る昇子と帆夏に、学実は困惑顔で忠告してあげた。

        *

「それじゃ、昇子ちゃん。またね」

「うん。さようなら」

 放課後、図書部に入っているが今日は活動の無い森優は、そのまま同じ部活の同性友達と下校する。昇子、帆夏、学実の仲良し三人組はパソコン部の部室となっているコンピュータルームへ。そこには最新式に近いデスクトップパソコンが四〇台ほど設置されてあるのだ。三人は一台のパソコンの前にイスを寄せ合い、近くに固まって座った。昇子が電源ボタンを入れ、彼女のパスワードで起動させる。

「さっそくこれ見ようよ」

帆夏は録画した深夜アニメが焼かれてあるブルーレイを通学鞄から取り出し、投入口に入れて再生した。パソコン部の本来の活動内容はゲームやホームページの製作なのだが、この三人はアニメ鑑賞をして遊んでいることが多いのだ。顧問はいるものの、放任状態となっているため特に咎められることはないという。二十数名いる他の部員達もネットゲームで遊んだり、動画投稿サイトや某巨大ネット掲示板なんかを眺めたりして本来の活動内容とは全然違ったことをしている者は多い。真面目に活動している者は少数派なのだ。ちなみに男女比はほぼ半々だ。

「おう、いきなりシャワーシーンですか。筋肉もいいね」

 開始十秒で、学実の表情がほころぶ。

「やっぱ男は二次元に限るよね?」

 流れてくる高画質かつ高音質な映像を眺めながら、帆夏はにやけ顔で問いかける。

「その通りね。三次元にはろくなのがいないよ」

「確かに二次元の男の子はすごくいいけど、私は恋愛対象にまではならないなぁ。髪の色が変だし。あんな水色とか緑とか、ピンクとかオレンジとかあり得ないでしょ」

 昇子はキャラクターよりも若干、ストーリー重視なのだ。まだ、この二人ほどは萌え系深夜アニメには熱中していないようである。

「そこには突っ込んでやるなって。しょこらはまだまだ二次元世界初心者やね」

「昇子さんは、ワタシや帆夏さんのようにまではのめり込まない方がいいよ。もう戻れなくなっちゃうからね」

 学実はにこにこ顔で自虐気味に警告した。

「それより私今、通信教育を、またやってみようかなぁって思ってるんだけど」

「その方がええんやない? 烈學館行かされるんなら」

「ワタシも同意です。森優さんもおっしゃっていた通り、塾なんかへ行くより、通信教材で勉強した方が絶対効率良いとワタシも思うので」

「でも私、小学校の頃、教材ほったらかしにした前科があるからママに絶対反対されると思う」

「そこはしょこらの説得力が試されるね」

 帆夏はにっこり笑う。

「そこですね、一番の関門は」

 学実はきりっとした表情を浮かべながら呟いた。

「通信教育をもし認めてくれたとしても、進○ゼミみたいなごく普通のやつじゃ、続けていく自信は無いなぁ。前の二の舞になりそう。何か私でも長続きしそうなの、例えば萌え系の中学生向け通信教育とかないものかなぁ? 学実、そんなのってある?」

 昇子はため息まじりに尋ねてみた。

「ワタシは今までにいろいろな通信教育を受講して来たけど、さすがに聞いたことがないなぁ。通信教育じゃない萌えキャライラスト入りの英語、物理、化学、古文、歴史などの参考書くらいかな。萌え系の教材といえば」

 学実はちょっぴり残念そうに伝える。

「そういう系の、本屋さんでけっこう見かけるけど、それで勉強するから塾には行かないってママ説得するのはもっと難しいと思う。やっぱ、塾に行くしかないよねぇ」

 昇子は苦笑いした。

「まあ諦めるなって、しょこら。ネットで探してみればひょっとしたら見つかるかもよ」

「……一応、探してみよっかな」

帆夏の呟きを聞いて、ちょっぴり期待を抱いた昇子はブルーレイの停止ボタンを押し、インターネットエクスプローラを起動させる。ポータルサイトの検索窓に『腐向け萌えキャラ』『百合』『通信教育』『高校受験』『五教科』と一単語ごとにスペースキーを押して入力し、Enterキーを押した。

「やっぱあるわけないよねぇ」

 昇子は苦笑いする。検索結果1~10件目に表示されたのは、目的とは全く異なるサイトへのテキストリンクだった。

「しょこら、11件目以降も見てみぃよ」

「もちろんそうする」

 昇子は《次へ》をクリックし11件目から20件目を表示させた。

 先ほどと同じく、目的とは全く異なるものであった。

 21件目以降も調べていったが、やはり目的のものは見つからず、最終ページまで辿り着いてしまった。百数十件しか検索されなかったため、あっという間だった。

「まあ、こうなるとは思ってたよ」

 昇子は両腕を上に伸ばして一息つく。

「諦めず、根気強く探してみることが大切だとワタシは思います」

 学実はほんわかした表情で横からアドバイスする。

「そうだね、ちょっと語を変えてみよっと」

 昇子は、今度は『腐向け萌えキャラ』『百合』『高校受験対策』『通信講座』『五教科』『国・数・英・社・理』『二次元美男子』『中学生向け』『アニメ絵』……などと思い付く限りの語を入力して打ち込んで再検索してみた。

「わっ! 何これ?」

すると検索結果1~10件目の1件目にいきなり、【乙女向け萌える高校受験対策通信講座】という文字で表示されたテキストリンクが目に飛び込んで来た。

昇子は思わずそれをクリックして、そこのホームページを開いてしまった。

「……うわっ」

 昇子は切り替わった画面を見て、目を丸める。小学生から高校生くらいに見える、男の子四人と女の子一人のアニメ風イラストで彩られていたのだ。 

「BL好き、百合好き女子中学生共に必見! 苦痛な受験勉強が娯楽に変わっちゃう、主要五教科萌える通信教育高校受験対策コース乙女用。萌えキャライラスト付き学習教材テキストをキミにお届け。キミの家庭学習を手厚くサポートしてくれるのは、当ページに掲載されているこの五人の美男美女達。キミの通う中学の先生と同じように、教科毎に違うタイプの美男美女達がレクチャーしてくれるというわけなのだ。この個性的な五人の美男美女講師達といっしょに楽しみながら受験勉強して、キミも楽々第一志望校へ一直線。今からでもじゅうぶん間に合う。3Dにも対応だよ♪」

 説明文を昇子がやや早口調で読み上げると、 

「おおおおおっ、あるじゃん! やっぱ探してみるもんね、しょこら。女キャラも清楚な和風のお姉様って感じでかわいいし、男キャラも男の娘っぽいショタからSっぽいお兄さんまで揃っとうし。これ、キャラデザすげえいいじゃん。キャラクターデザイン&教材テキスト監修、安居院洸(あんきょいん ひかる)って、かっこいいペンネームね」

 帆夏は画面に顔をぐぐっと近づけ、興奮気味に叫んだ。

「まさか、こんな通信教育教材も、あったとは……」

 学実は目を大きく見開き唖然とする。

「……待って、これは作り物の広告ではないでしょうか?」

 けれども彼女はすぐに冷静になった。

「確かに、胡散臭いよね。しかも教材費が六月号から来年三月号までの十ヶ月分一括払い十万八百円って、高過ぎじゃない?」

「飛び出して見える3D萌えキャライラスト付きだし、これくらい普通っしょ。塾行くよりも安いよ」

 昇子も慎重に判断するが、帆夏はこう意見してくる。

「でも、どう見ても怪しいよ、この教材。本当に存在するとは思えない」

「ワタシもそう思います。存在するならネット上でもっと話題になっているはずですし」

「各キャラのプロフィールは、受講生だけに公開かぁ。すごく気になるけど」

「しょこら、試しにこれ、受講してみぃよ」

「うーん……まあ、広告だけ印刷しておこうっと」

 尚も興奮気味な帆夏に強く勧められ、昇子は疑いながらも一応、このホームページ内の教材広告をカラーでプリントアウトしておいた。

「しょこら、URLもとりあえずメモ用紙に控えておいたよ」

 昇子が教室前方にあるプリンターまで出力用紙を取りに行っている最中、帆夏から叫ばれる。

「ありがとう。副教科は、どうしようかな?」

「ワタシ、副教科の方は受講してないよ。習うことが学校によって、先生によっても大きく異なるからね。教科書に準拠しないケースも多いですし」

 悩む昇子に、学実は淡々とコメントする。

「確かにそうだね。美術と体育なんかほとんど教科書使ってないし。じゃ、主要五教科だけでじゅうぶんか」

 戻って来た昇子はこう呟きながら、椅子に腰掛けた。

「昇子さんが強制入塾されそうになってる烈學館、昔は体罰ありのスパルタ教育だったけど、今はかなり生ぬるくなってるらしいよ。この塾に通ってる子のお母様のツイッターによると。今日はちょうど駅に寄るし、外観だけでも見に行ってみない?」

「そうだなぁ。一応見ておいた方がいいな。帆夏はどうする?」

「もちろん行くわ~。どんな感じの塾なんかうちもめっちゃ気になるからね」

 あのあとこう打ち合わせた三人は四時半過ぎに学校を出て、最寄りのJR駅近くへやって来た。普段利用する道から一本隔てた通りに、烈學館はあった。三人は興味本位でその建物の側に近寄ってみる。

 四階建てで、東大本郷キャンパス安田講堂を髣髴とさせる赤茶色の煉瓦造り。周囲の建物と比較して威圧感があった。中学受験、高校受験、大学受験全てに対応している、わりと大きめの進学塾で少人数制、習熟度別クラス、熱血指導が謳い文句らしい。

入口横には東大○○名、京大○○名、灘○○名、東大寺学園○○名、神戸女学院○○名、親和○○名、松蔭○○名、海星○○名などなど名門校の合格実績が書かれた看板も目に付く。 

「遅いぞ、こんな基本的な数列の問題くらいもっとパッパッパッと解かんかいやっ!」「ぅおーい、なんでこんな簡単な問題間違うんじゃボケェッ! おまえそんなんじゃ灘どころか六甲にも受からへんぞぉっ!」「そこの二人、ぺちゃくちゃおしゃべりするんやったら今すぐ出て行けぇーっ!」「これ何やっ? こういうくだらんもん持ち込むなって塾規則に書かれとったやろうがぁっ! 字ぃ読めんのかぁぁぁっ!」 

 建物内からは、こんな講師達のドスの利いた怒声が三人の耳元に飛び込んで来た。

 その声と共にパシーンッ! と竹刀で床や机を思いっ切り叩いていると思われる音も。

 教室の窓が開かれていたこともあり、より一層聞こえやすくなっていたのだ。

「しょっ、しょこら、まなみぃ、外からでも、雰囲気が伝わってくるね」

「うん、めちゃくちゃ怖いよぉ。私、こんな所に週五も通わされるのかぁ……」

「ワタシもびっくりしたよ。さすが熱血指導なだけはありますね」 

 三人は怯えながらその建物の前を早足で通り過ぎて行く。

 その途中、

「きみら、入塾希望者か? 自由に見学していいぞ。ただし私語は厳禁やっ!」

 おそらくこの塾の講師であろうお方が窓から三人を見下ろして来た。

 切磋琢磨と太い字で書かれたハチマキを締め、なまはげ風な険しい表情をしておられた。

「いっ、いえいえ」

「わっ、私、違います」

「あの、ワタシ、塾での教育なんかには全く以って興味ありませんのでぇぇぇ~」

三人は慌てて走り出し、烈學館から二百メートルほど先の最寄り駅構内へ。切符を買い、改札を抜けてホームへ上がり、ほどなくしてやって来た快速電車に乗り込む。

揺られること十数分、三ノ宮駅で降りた三人は人ごみを掻き分け西口を出てセンタープラザへ向かい、お目当てのアニメグッズ専門店に立ち寄った。

この三人は月に二、三回程度、学校帰りに電車に乗って県庁所在地神戸の中心地、三宮へ遊びに行くことが一年半ほど前からの習慣となっている。主にお目当てのアニメや声優のCD、マニアックな月刊・隔月刊誌が発売される日だ。これも部活動の一環なのだと三人は勝手に決め付けている。

 発売中または近日発売予定のアニメソングBGMなどが流れる、賑やかな店内。

 彼女らと同い年くらいの子達が他にも大勢いた。

「あっ! これ、サ○テレビで今放送中のやつだ。ブルーレイのCM流してる」

 昇子は店内設置の小型テレビに目を留めた。

「うちこのアニメのブルーレイばり集めたい。でも三話収録で八千越えじゃ手が出んわー」

「ワタシ達中学生にとっては高過ぎますよね」

「同意。うち、このフィグマもめっちゃ欲しい。けど二五〇〇円もするんか。やっぱ高いなぁ。これ買ったら今月分の小遣いすっからかんや」

帆夏は商品の箱を手に取り、全方向からじっくり観察する。

「買っちゃえっ!」

 約五秒後、魅力にあっさり負け、購入することに決めた。

「帆夏、やるねぇ。私も欲しいグッズがあるんだ。あのクリアファイル」

「二人とも、衝動買いは程ほどにね。きっと後悔するよ」

 学実はほんわか顔で忠告しておく。

昇子と帆夏は当初買う予定の無かった商品もカゴに詰め、レジに商品を持っていく。

「五九五〇円になります」

 店員さんから申された代金は三人で出し合った。ポイントカードも差し出す。この三人は常連客なのだ。

 アニメグッズの詰められたレジ袋を通学カバンに詰め、三人が意気揚々と店から出たその時、

「おまえらなんでここにおるねん! これ何やっ? 娯楽施設寄るなって烈學館の塾規則に書かれとったやろうがぁっ。字ぃ読めんのかっ! こういうくだらん店立ち寄るなって入塾式で言ったこと、覚えてないんかい?」

 出入口から十メートルほど先の通路上で、上背一四〇センチもないだろう小学生っぽい女の子二人組が、三人を見下ろして来た烈學館の講師と同じ字が書かれた鉢巻を締めた、一八〇センチは超えていると思われる四〇歳くらいの、金剛力士像のような厳つい表情をしたおっさんに厳しく叱責されているのを目撃した。女の子二人組はしくしくすすり泣きしていた。

「あわわわっ。今、ワタシの目には、あのお方に角が生えているのが見えました」

「……塾外でも、監視されとったんかぁ。十キロ以上は離れとうのに。あの子達、トラウマ物やね」

「講師も、すごい迫力だね。武道家みたいだよ。これは……やばいよ」

 三人はその光景をちらりと見て、慄然としたようだ。

「しょこら、大ピンチやね」

 帆夏は他人事のようににこにこ笑う。

「私、帰ったらママにしつこく説得してみるよ。なんとしてでも烈學館行き回避しなくちゃ。私、筋金入りの豆腐メンタルだしあんなアウシュビッツみたいな非人道的な塾入れられたら堪らないよ」

「昇子さん、頑張って下さいね。健闘を祈ります!」

 学実はきりっとした表情でエールを送ってあげた。

       ☆

 夕方六時半頃。昇子が帰宅しリビングに足を踏み入れるや、

「昇子、今日英語のテスト返って来たんでしょ?」

「うっ、うん」

「見せなさいっ!」

 母が厳しい表情で要求している。

「分かったよ」

 昇子はしぶしぶ英語の答案用紙をカバンから取り出し、恐る恐るローテーブルの上に置いた。

「……三九点。前より下がっとうやない。何が九三あるよ、位が逆やない」

 母は答案の点数欄を眺め、眉をクイッと曲げたのち、ため息を漏らした。

「まあ、その、平均も……」

「平均は関係ないの。こうなることは予想出来とったわ。森優ちゃんは何点やったん?」

「……九六点」

 昇子は少し間を置いて、躊躇うように伝えた。

「ほらね、出来る子はどんなに問題が難しくなって平均点が低くなっても良い点取るでしょ。森優ちゃんの点だったら烈學館行き回避出来たのに残念ねぇ。昇子、ママ明日、烈學館に申し込んでくるから」

 母はニカッと微笑みながら告げた。

「まっ、待ってママ。塾に行くよりもさぁ……その……通信教育で、いいんじゃ、ないかなぁっと」

 昇子は恐る恐る希望を伝えてみる。

「通信教育ってあんた、小学校の頃、ポ○ーと進○ゼミととってあげたけど、全然やらなかったじゃない。どうせ長続きしないに決まっとうわ」

 呆れ顔を浮かべられ、予想通りの反応をされた。

「今度は違うのっ! テキストに、美男美女キャラが描かれたやつで……これ、なんだけど」

 昇子は焦るように早口調で説明し、プリントアウトした例の広告を取り出してローテーブル上に置いた。

「なんよこれ? オタク系アニメの広告やないの」

 またも予想通り、母に険しい表情で突っ込まれた。

「違うのっ! これは、歴とした主要五教科、高校受験対策用の学習教材なのっ! 最近は表紙や中身にカッコかわいい男の子や、かわいい女の子の絵が描かれた学習教材も増えて来てるんよ」

 昇子は母の目を見つめながら強く主張する。

「そうなの?」

 母はきょとんとなった。

「私がカッコかわいい男の子やかわいい女の子の絵が描かれたアニメやマンガが大好きなことはママよく知ってるでしょ。私、こんな素敵なイラスト付きの学習教材なら、絶対やる気になれるから。これ、やらせて、お願いっ!」

 昇子は土下座姿勢になり、懇願する。

「うーん、あんたがそこまで言うのなら……」

 母が教材広告を苦笑顔で眺めながらこう呟くと、

よぉし、いいぞぉ。

昇子の口元が緩む。

「パパに相談してからね」

 母は続けてこう告げた。

「やっぱりそう来たかぁ」

 瞬間、昇子はがっかりした表情を浮かべた。すぐにOKというわけには行かなかった。

それから三〇分ほどのち、

「ただいまー」

 昇子の父が帰ってくる。七三分けで眼鏡をかけ、痩せ型。見た目通りの気弱な性格で、優利子のオタク趣味もジャ○ーズやE○ILEなんかに嵌るよりは健全だろうってことで快く容認してくれている寛容で心優しいパパだ。頼りない感じはするけれど、私立中高一貫校の理科教師を勤めていて、生徒や同僚の先生方から高い好感と厚い信頼を集めているみたい。

「灘本先生、昇子がね、塾じゃなくて通信教育で勉強したいって言うんよ」

 母はキッチンへやって来た夫に、やや困惑顔で伝えた。

灘本先生:昇子の母が夫を呼ぶ時は、職業柄からかいつもこう呼んでいるのだ。

「そっか。まあ、塾に行けば成績が上がるという保証はないからね。しかも烈學館だろ。そこって相当厳しい塾らしいし、昇子みたいな繊細な子じゃ、やっていけないんじゃないか?」

「そう思うでしょ? 私がやりたい通信教育は、こういうやつなの」

 昇子は例の広告を父にも見せた。

「……なんか、煌びやかな絵が付いているんだな。うちの生徒にも、こういう感じのイラストが書かれた英単語帳を持ってた子がいたような……」

 父はそれを手に取ると、ぽかんとした表情を浮かべる。

「最近の中学生向け学習教材はこういう感じのやつが増えて来てるの。教師やってるパパなら分かるでしょ?」

 昇子は父の目を見つめながら問いかけた。

「ああ、見たことはあるから。六月号から来年三月までの十ヶ月分一括払い、十万八百円か……塾に行って成績が上がらなかった損失と、通信教材を利用して上がらなかった損失とを考慮すると……通信教材の方がいいかもな」

 父はほんわかとした表情で意見する。

「灘本先生……」

 母は困惑した。彼女は当然、昇子を塾へ行かせたいと思っているからだ。

「やったぁっ!」

 昇子は嬉しさのあまり、ガッツポーズを取った。

「でも昇子、もし期末テストで四〇〇いかへんかったら、今度こそ烈學館に通ってもらうわよ」

「分かったよ、ママ」

「灘本先生も、それでいいですね?」

「……うん」

 父は気弱に返事する。

灘本家は、かかあ天下なのだ。けれどもノートパソコンは父の部屋に一台だけ所有されてある。昇子はそのパソコンを利用して例のホームページを開いた。スクロールバーを下に移動させると応募フォームが現れる。昇子は※で表示された郵便番号・住所・メールアドレス、氏名・電話番号・学年・年齢・第一志望校・希望の講座、得意教科と苦手教科という必須項目を全て入力し、送信ボタンを押した。

それからすぐに、入力したメールアドレス宛に自動返信メールが送られてくる。その本文中にお礼のお言葉と、振込口座番号と支払い期日が記されてあった。

「帆夏、うまく説得出来たよ」

『おう、そりゃよかったじゃん』

 夕食後、昇子は自室に戻るとさっそく携帯電話で帆夏に報告した。

『おめでとう! ワタシとしてもすこぶる嬉しい限りです』

続いて学実に、

『やったね昇子ちゃん、烈學館に行かされずにとりあえずは済んで』

 そして森優にも部活中からの経緯を伝えておいた。


翌日金曜日、父が銀行にて教材代金を入金し、支払い完了。

あとは商品が届くのを待つだけとなった。

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