リアル大阪がリアル近似ＲＰＧの敵キャラ達に蔓延られてもうた

第一話 ＲＰＧ画面内の和風少女が現実世界に飛び出したんやて！？

「伸介（しんすけ）ぇっ、晩ご飯やでーっ！　冷めんうちにはよ下りてきぃやー」

「分かった母さん。あと二分くらいしたら行くって」

九月半ばのある金曜日。午後六時半頃、二階自室にいた樽谷伸介は母から大声で催促され、ちょっぴり迷惑した。高校一年生の彼は今、テレビゲームに熱中していたのだ。

　ジャンルは従来のとはいろいろ違った和風ＲＰＧ。敵キャラとの戦闘中だっただけに手が離せなかった。伸介はすみやかに残り二体のお好み焼き型モンスターを竹刀攻撃で全滅させ、男性主人公を町中の甘味処へ移動させた。ここは旅日記に記せるセーブポイントにもなっていて伸介はセーブ確認後、付けっぱなしで部屋から出て一階ダイニングへ向かった。

「伸介、学校休みやったからって一日中ずーっとゲームしてたんじゃないやろうね？」

　母はにこにこ顔で尋ねたのち眉を微かに上げる。今日は大雨洪水警報が出されていたのだ。雨はもう小降りになったものの、時折ゴロゴロ雷鳴が聞こえてくる。

「夕方まではちゃんと勉強してたって。自習課題いっぱい出てたし」

「ほんまかいな？　伸介、ゲームにのめり込み過ぎて、現実との区別が付かなくなっちゃわないように気ぃつけやー」

「母さん、その注意、俺が幼稚園の頃からもう何百回目だよ」

伸介が鬱陶しそうに呟いて、イスに座ろうとしたら、

ドオォォォォォォーンッ、ゴロゴロゴロッ！　

耳をつんざくような激しい雷鳴。直後に部屋の明かりも一瞬だけ消えた。

「あらびっくり。近くに落ちたんやね」　

「だいぶ収まって来たと思ったのに不意打ちだったな。瞬停で済んで良かったよ」

　早くゲームを再開したい伸介は、夕食を十分足らずで済ませてまっすぐ自室へ戻り、

「おう、柿花桜子（かきはな　さくらこ）ちゃんここで登場か。やっと見つけれた」

コントローラを操作して主人公を店内二階奥にいた、桜柄浪華本染めゆかた姿で三つ編みな女の子の側へ移動させ、会話対応ボタンを押す。説明書に隠れキャラとして紹介されていたこの子に伸介は一目惚れしたのだ。主人公の幼馴染らしい。　　

「おいでやす伸介様。うちの母から話聞いとるよ。四十七都道府県を巡る旅、頑張ってや。うち、めっちゃ応援しとるで」

　桜子は微笑み顔でエールを送ってくれた。

「おっとりした大阪弁だ。キャラボイスもかわいいな。俺の名前で呼んでくれたのも最高だ。仲間になってくれないみたいなのは残念だけど。もう一度話しかけてみよう」

　思わずにやけてしまった伸介は、再度同じボタンを押した。

「伸介様、前途多難な旅になるやろうから、せめてもの餞別に、これ、差し上げるわ～。生菓子やから本日中に召し上がってや。三個入りやで」

　桜子は頬をほんのり赤らめて少し照れくさそうに、桐箱に入れられた何かをプレゼントしてくれた。

「おう、違う台詞だ。手が込んでるな」

　伸介はますますにやけてしまう。

ゲーム画面下側に、【伸介は道明寺桜餅を手に入れた。】と三秒ほど表示された。

《もう一回話しかけたら何って返ってくるのかな？　まいど、おおきにかな？》

伸介はわくわく気分で再度ボタンを押してみた次の瞬間、

「うぉわぁっ！」

びっくり仰天して思わず仰け反った。

　なんと、桜子がゲーム画面から飛び出して来たかのように見えたのだ。

「こんばんは、はじめまして。プレーヤー様」

ほんわかした表情、おっとりした口調で挨拶してくる。

「この３Ｄ、やけにリアル過ぎないか？」

　伸介は恐る恐るこの子の胸を浴衣越しに触ってみた。

「もう、プレーヤー様のエッチ♪」

　桜子に照れ笑いされ、手の甲をペチッと叩かれてしまった。

「本物の人間だぁぁぁっ！」

　伸介は目を大きく見開いた。

「うち、さっき現実世界で起きた雷様の衝撃で、自分がプレーされてたゲームの中から、現実世界へ飛び出ることが出来るようになったみたいやねん」

　桜子はてへっと笑う。

「そっ、そうなんだ……確かに、桜子ちゃんが、画面から消えてるね」

　伸介は甘味処内の表示画面を凝視する。

「プレーヤー様、面食らってはるみたいやね♪」

　桜子にくすっと笑われてしまった。

「これは、現実なのか？」

　伸介は右手をゆっくりと自分のほっぺたへ動かし、ぎゅーっと強くつねってみる。

「いってぇっ！」

　痛かった。

　現実、だったようだ。

「嘘だろ？」

　まだ伸介は、この状況を信じられなかった。

「プレーヤー様、現実に決まっとるがな」

　桜子はくすくす微笑む。

「桜子ちゃん、俺、これが現実だってことを百パー信じたいから、桜子ちゃんの体、もう一回触っていいか？」

「ええけど。胸は変な気持ちになっちゃうから嫌やわ～」

「分かった。頭にするよ」

　伸介が恐る恐る、桜子の美しく煌く濡れ羽色の髪の毛に手を触れようとしたら、

「どうしたの伸介？　さっきから騒ぎ声出して」

　ガチャリと部屋の扉が開かれた。

「あっ、かっ、母さん！　なんか、テレビゲームの画面から、女の子が、飛び出して、来たんだ。ほらここにっ……あっ、あれ？」

「誰もおらへんやない」

母にきょとんとした表情で突っ込まれる。

「いや、さっきいたんだけど、おっかしいなぁ」

　伸介は訝しげな表情を浮かべた。

「伸介ったら、テレビゲームの画面から女の子が飛び出してくるわけないやろ。物理学的に考えてみぃ。とうとうマンガやアニメやゲームの世界と現実の世界との区別が付かなくなってもうたんやね。伸介、今日はそろそろゲームやめやー」

　母は呆れ顔でため息混じりにそう告げて、部屋から出て行った。

「やっぱ、気のせい、だよなぁ？」

　伸介はゲーム画面に桜子が映っていることを確認して、ハハハッと笑う。

「プレーヤー、伸介様のお母様、なかなかの美人やね」

「うおぁっ！」

　ほどなくまた桜子がゲーム画面から飛び出して来て、伸介は反射的に仰け反った。

「伸介様、こんなに驚くとは思わんかったで」

「驚くに決まってるだろ」

「ふふふ、その反応、さすが現実世界の住人様なだけはあるわ。自分の名前、ゲーム内の主人公と同じなんやね」

「そりゃあ最初名前付ける時、俺と同じ名前にしたし」

「容姿はゲーム内の伸介様の方が格好いいけど」

「それは余計だ」

「ところでここの住所、どこの都道府県なん？」

「大阪府だけど。ちなみに豊中市」

「そうなんやっ！　うち、リアル大阪府に飛び出したんかぁ。運命を感じるわー。伸介様、ほなまたね」

　桜子が爽やかな笑顔でそう告げて、テレビへ頭から飛び込んだのと同時に、ゲーム画面上に表示された。

「絶対、夢だろ。あんな非現実的なこと、起こるはずがない」

　やはり状況を受け入れられない伸介が、ゲーム画面に映る桜子をじーっと凝視しつつ画面に手を触れていると、

「おーい、伸介お兄さん、雷収まって雨も上がったから遊びに来てあげたよ」

　背後から別の女の子の声が。

「うぉわっ！」

　伸介は驚いてとっさに後ろを振り向く。

「伸介お兄さん、驚き過ぎや♪」

　そこにいた丸顔丸眼鏡ボサッとしたウルフカットの女の子にくすっと笑われてしまった。

「なんだ、友実絵（ゆみえ）ちゃんか。いつからそこにいたの？」

「つい五秒ほど前からなんよ」

「そっ、そうか」

　それなら桜子ちゃんの姿は見られてないな。

　伸介はさっきの出来事を伝えようかな、と一瞬思った。

この子はお隣に住む樋上（ひかみ）家三姉妹の次女だ。ちなみに中学二年生。

「伸介お兄さん、ワタシの描いた新作マンガ、読ませたげる♪」

「友実絵ちゃん、またしょうもないマンガ描いたのか」

「今度のは絶対おもろいってっ！　同じ部活の子にも最終候補まであと一歩ってとこまでは確実に行けるって絶賛されたんよ。試しに読んでみぃって。かわいい女の子のエッチな描写も満載なんよ」

「だからこそ読む気がしないんだって」

「もう、ほんまは読みたいくせに。伸介お兄さんワタシと同じくかわいい女の子ようけ出てくるマンガやアニメやゲーム大好きやん」

「確かに好きだけど、露骨なエロ描写は嫌いだな」

マンガ原稿の束を目の前にかざされ、伸介が困っていると、

「やっほー伸介お兄ちゃん♪　クッキー焼いて来たよ」

　いちごのチャーム付きヘアゴムでお団子結びにした髪が可愛らしい三女、小学四年生の陽菜々（ひなな）。

「友実絵、伸介くんにエッチ過ぎるマンガは見せちゃダメだよ」

さらに長女で伸介の同級生、おっとりのんびりとした雰囲気でナチュラルストレートヘアの藤乃（ふじの）もこのお部屋に入って来て、困惑顔で注意してくれた。　

「エッチ過ぎることはないと思うよ。乳首は描いとらんから」

　友実絵は爽やかな笑顔でこう主張して、マンガ原稿をマイショルダーバッグに仕舞った。

みんな垢抜けなく可愛らしいこの三姉妹は、昔から樽谷宅に度々出入りしてくる。ようするに、仲の良い幼馴染同士の関係なのだ。

「伸介お兄ちゃん、今日のはお茶っ葉入りだよ」

「そうか。味濃くて美味そうだ」

伸介は動物型などにくり貫かれた手作りクッキーを美味しく味わいつつも、

《桜子ちゃん、また飛び出してくるのかな？》

　そのことが非常に気になってコントローラを握ったまま固まってしまう。

「伸介くん、この先の行き方が分からないの？」

「うん、まあ、ちょっと悩んでて」

「伸介お兄さん、ワタシの自作マンガ読んだらきっと閃くよ」

「それはないって」

「伸介お兄ちゃん、また新しいゲーム買ったんだね」

　陽菜々はパッケージを手に取って興味深そうに観察する。

「どういうゲームなんだろう？　地理の学習用ソフトみたいな感じもするけど」

「もろに和風っぽいやん。茶阪堂（ちゃさかどう）って聞いたことない制作会社名やけどこれも和風や」

　藤乃と友実絵も興味津々だ。

　タイトルは『日本全国ご当地敵キャラ退治旅』。行書体黒筆文字で書かれていた。

　パッケージには鳥瞰図風の立体的な日本地図がプリントされていて、羆、鳴子こけし、高崎だるま、さるぼぼ、舞妓さん、坊っちゃん団子、有田焼茶碗、シーサーなどのデフォルメイラストがご当地に該当する地図上に描かれていた。

ちなみにＣＥＲＯは十二歳以上対象のＢだ。　

「昨日、学校帰りにたまたま見つけて買ったんだ。まだゲーム始めたばかりだから良く分からない部分も多いけど、従来のＲＰＧとはけっこう違ってるみたい。普通ＲＰＧって俺らの考えた世界地図な架空の世界を舞台にするものだけど、このゲームは実在の現代日本が舞台で町の名前や山とか川とか駅とか神社、お寺の名前なんかも実在のと同じだよ。敵キャラもご当地に関連したのが登場してて、俺今スタート地点の大阪市内を旅してるんだけど、たこ焼きとかお好み焼きとか串かつとか、大阪のおばちゃんとかお笑い芸人とか文楽人形とかがモンスター化されてたよ。全国で数万種類もいるらしい。手に入る回復アイテムも５５１の豚まんとかたこ焼きプリッツとか堂島ロールとか、ご当地ならではのものになってる。長距離移動するための乗り物も現実世界同様、鉄道、バス、飛行機、船、タクシー。従来のみたいな飛行艇とか架空の乗り物は一切登場しないらしい」

「斬新や。大阪を旅するＲＰＧなんて初めて見たわ～。これ、人気あるん？」　

「いや、先月出たゲームで、断トツで売れなかったみたい。発売から一週間足らずでワゴンセール行きになってたってツイッターに書かれてた。これも元値五千円くらいのが投げ売り九八〇円だったし。俺は地理が好きだから面白いって感じたよ。主人公が大阪に住むアニメやマンガがゲームが好きな男子高校生で、勉強しぃやと普段から口うるさく言う母さんから解放されるために、夏休みを利用して日本一周の旅に出ることになったってのも共感持てたし。あと、主人公以外の勇者仲間がみんな女の子らしいってことも魅力だった。俺はもっと評価されるべき出来だと思ってるよ」

「一部のマニア向けってわけなんかぁ。でもめっちゃ面白そうやん。ワタシにもちょっとやらせて」

「いいけど」

「サーンキュ。おう、この和風な女の子めっちゃかわいいっ！　ほっぺたなめたら甘い和菓子の味がしそう。ワタシの好みやぁー♪　フィギュア化したら人気出てこのゲーム爆売れするんちゃう」

　友実絵がコントローラを伸介から受け取って操作しようとしたら、

「伸介様、素敵なパーティ持ってはるやん」

　桜子がこう呟きながら画面から飛び出して来た。

「えっ！！」

　びっくり仰天した藤乃。

「おう、専用眼鏡かけてないのにめっちゃ飛び出して見えるやんっ！」

「超立体的な３Ｄだねっ。触れそう」

　友実絵と陽菜々は大興奮し、

「……って、本物の人間なん？」

「本物みたいだよ、このお姉ちゃん。お茶菓子の匂いもするもん」

　桜子の体に触れてみて体臭も嗅いだ。

「うち、先ほどの雷様の衝撃で、このゲーム画面から飛び出れるようになったんよ。柿花桜子と申します。ゲーム内大阪市で明治時代から続く甘味処【柿花堂】の看板娘で十四歳、中学二年生や」

　桜子は微笑み顔で嬉しそうに自己紹介した。

「確かに、さっき画面におった女の子にそっくりやね」

　友実絵は目を大きく見開く。

「ゲームから出てくるなんてお姉ちゃん魔法使いみたーい」

　陽菜々は大喜びしているようだ。

「じつはさっきも、この子が飛び出して来てたんだ。俺は絶対幻覚だと思ってたけど」

　伸介は半信半疑な気分で打ち明ける。

「うち、伸介様に胸触られたんよ」

　桜子はクッキーをちゃっかり味わいつつ頬をポッと赤らめた。

「それは、触れるのかなって思って、つい……」

　伸介は俯き加減で慌て気味に弁明する。

「ゲーム画面内のこんなかわいい女の子が突然飛び出て来たら、触りたくもなっちゃうよね。雷の力でキャラが実際に飛び出してくるなんて、奇跡過ぎるで。桜子ちゃん、ワタシとお友達になって欲しいわ～」

「桜子お姉ちゃん、あたしともお友達になってー」

　友実絵と陽菜々は握手を求める。

「はい、喜んで♪　うち、現実世界の女の子と仲良くなれて嬉しいで」

　桜子は快く応じてあげた。

「このクッキーは、あたしの手作りなの」

「そうなんや。お料理好きなん？」

「うん！　幼稚園の頃から大好き♪　五年生になったら料理部入れるから入るつもりなの」

「陽菜々はワタシ達姉妹の中で一番よくお料理するんよ」

「陽菜々様は料理人属性持ってはるんやね」

　この三人で楽しそうに会話を弾ませている時、

「竹香（たけか）ちゃん、伸介くんちでスーパーミラクルなことが起きたよ。すぐに見に来て」

　藤乃はやや興奮気味に携帯でわりと近所に住む幼友達に連絡していた。

「ＢＧＭも雅楽っぽくていいねえ。主人公今レベル４なんか。ＨＰのとこが体力って表示されとるんも和風やね。体力は満タンで６３。ＭＰ、日本語表記なら魔力は表示すらされとらんね。まだ覚えてないんかな？　所持金八七三一円。通貨単位はリアル日本と同じく円なんか。現在の天気まで表示出来るんやね」

　友実絵は改めてコントローラを手に取り、操作をし始める。対応ボタンでステータスを確認すると深く感心した。

「主人公だけやなく、このゲームに登場するどの敵味方キャラも魔法は一切使えんで。このゲームには魔力の数値は存在せんし、主人公がアイテム探しのために見ず知らずの人の家に勝手に上がり込むなんてことも出来へんし、宝箱も出て来ぉへんし、本物の剣や銃、その他殺傷能力のある武器を持つことも銃刀法違反になるから出来へん、現実世界にかなり近いファンタジーＲＰＧなんよ」

　桜子は得意げにこのゲームの豆知識を伝えてくる。

「ますます斬新や。桜子ちゃんこのゲームのこと詳しいね」

「そりゃぁうち、ゲーム内キャラやから。このゲームのシステムは大方把握しとるで。うちは攻略本代わりにもなるで。大阪府をスタートして、旅をしながら仲間を増やして各都道府県に少なくとも一体はおるボスを全て倒せばゲームクリアや。特定のラスボスはおらんくて、どこから攻略していってもオーケイよ。つまり大阪をラストに攻めるのもありやで。せやけど敵の強さは全然違うからね。敵最弱大阪府のボスより、中の下の県の雑魚の方が遥かに強いで。大阪府の次どこ行ったら倒しやすいかは、ヒミツ」

「その方が楽しめる。旅始めたばっかりの主人公が、いきなり最強クラスの敵が巣食うとこに行くことも出来るってわけだな」

　伸介はこのゲームに対する期待感がますます高まった。

「間違いなくその地域の最弱雑魚にも瞬殺されちゃうけどね。交通費さえあれば日本中どこでも自由に移動出来るで」

「大丸といいグリコの看板といい、かに道楽といい、このゲーム、リアル大阪が忠実に再現されてるやん」

「本当だぁ。グー○ルマップのストリートビューみたーい。友実絵お姉ちゃん、あとであたしにもやらせてね」

「ファンタジーっぽさが全然感じられないよ。ここまで日本の町並みがリアルに再現されてるＲＰＧって、他にないよね？」

　三姉妹も嵌りつつあるようだ。ゲーム画面に釘付けになっていた。

「このゲームのファンタジー要素といえば、敵キャラの存在と、敵キャラを倒したらお金やアイテムが貰えることと、食べ物や薬で病気や怪我が瞬時に治っちゃうことくらいやで」

「ア○メイトも再現されとるっ！　店名はアニメットになっとるけど店内の雰囲気はそっくりや。ここで買い物も出来るんか」

「あの、友実絵ちゃん、それ、俺のデータだから。あまり勝手に動かさないで。大阪市内から他の町へ泊りがけで行ける旅費ようやく溜まって来たとこだし」

「まあええやんか」

「このゲームはただひたすら旅を進めていくだけやなく、のんびりショッピングやレジャー、観光を楽しむ遊び方もあるんよ。夏休み中にクリアさせる必要はないからね。むしろ夏休み中にクリアさせると主人公の学校生活編や、クリスマスとかの年中行事が楽しめんなるで。がっかりすること言っちゃうかもしれんけど、リアルな日本の町並みが忠実に再現されてるいうても、町の中心地や観光名所、地形くらいで、住宅地とかは製作者の想像でモデリングされとるで。あとやばい施設もゲーム内ではカットされとるよ」

「俺はそれでもじゅうぶん過ぎる再現度だと思う。むしろ住宅地まで忠実に再現したらプライバシー的にダメだろ」

「ワタシんちまでは出て来んわけか。確かに出て来たら怖いよね」

　引き続き友実絵がこのゲームを操作し、他のみんなが側で眺めていると、

「こんばんはー。伸介さんちでスーパーミラクルなことが起きたと聞いて。あら、初めて見る女の子も。友実絵さんのお友達ですか？」

竹香、フルネーム黒岡竹香が訪れて来た。四角い眼鏡をかけ、ほんのり茶色な髪をショートボブにしている子だ。

「竹香お姉ちゃん、いらっしゃーい」

「竹香お姉さん、お久し振りやっ！　伸介お兄さんめっちゃおもろいゲーム買ったんよ」

友実絵は例のゲームソフトのケースを竹香に手渡す。

「日本全国ご当地敵キャラ退治旅。ＲＰＧですか？」

　竹香は興味深そうに問いかけた。

「うん、タイトル通り、日本全国四十七都道府県を旅するＲＰＧなんだ。俺はすごく嵌った。黒岡さんも地理好きみたいだし絶対嵌ると思う」

「確かに面白そう。ん？　画面に今映ってるの、もろに大阪日本橋じゃないですか」

「日本の町並みがかなりリアルに再現されてるみたいだよ」

　藤乃が伝える。

「へぇ。それは斬新ですね」

「新たなパーティ竹香様、はじめまして。うち、このゲーム内で甘味処、柿花堂の看板娘な柿花桜子って言います」

　桜子は爽やかな笑顔で自己紹介した。

「あっ、どうも。ゲーム内？　あっ、そういう設定のキャラを選んでプレーされているということですね」

　竹香はぽかんとなったが、すぐに笑みを浮かべてこう推測した。

「ちゃうで。うち自身がゲーム内のキャラなんよ」

「えっ！？」

「証拠見せたるで」

　桜子はさっそくゲーム画面に飛び込んでみせた。

「あらら」

　画面上に映った桜子の姿を見て唖然とする竹香。

「竹香お姉ちゃんも、やっぱり驚いたね」

「竹香お姉さんの反応、おもろいわ～」

　そんな彼女を見て陽菜々と友実絵はにこにこ笑っていた。

「うち、数十分前にこっちで起きたもの凄い落雷のあと、こんなことが出来るようになってん」

　桜子はどや顔でこう伝えながら画面から飛び出してくる。

「あなたは、生身の人間なのでしょうか？　最新鋭の３ＤＣＧではありませんか？」

「生身の人間やで」

「信じられない。お体、触らせてもらっても、よろしいでしょうか？」

「うん、竹香様は同性やから、好きなだけ触ってええよ」

「……では、失礼、しますね」

　竹香は恐る恐る桜子の頭や背中、ほっぺた、手のひら、足に触れてみた。

「んっ、竹香様、くすぐったいわ～」

　桜子はぴくんっと反応する。頬も少し赤らんだ。

「……しっかりと感触があるし、香りもするわ。どうみても、生身の人間だ。現実の、出来事なのかしら？」

　竹香は頑なな表情で呟く。

「俺も最初かなり驚いたけど、これ、現実なんだ」

「私も最初目を疑ったけど、しっかり現実なんだよ」

　伸介と藤乃は楽しげに伝えた。

「確かに、そのようですね。落雷でこんなことって、まず起こりえないよ。摩訶不思議♪　まさにスーパーミラクルね」

　竹香は疑いの余地はないなと感じたようで、頑なな表情が綻んだ。

「竹香様は、とても賢そうやね」　

　桜子に間近でお顔を見つめられ褒められると、

「いやぁ、わたし、それほど賢くもないですよ」

　竹香はちょっぴり照れくさがった。

「竹香ちゃんは見た目通りとっても賢い子だよ。私達が通ってる府立豊中丘高校は毎年東大・京大合格者が出てる大阪府内でも上の方の進学校なんだけど、そこでもテストはいつも学年トップに近い成績なの。私も小学校の頃から勉強面でよくお世話になってるよ」

　藤乃は嬉しそうに伝えた。

「やはり賢者でしたかっ！　うちの予感、的中やっ！」　

　桜子は興奮気味に反応する。

「いえいえ、そうでもないです」

　竹香はますます照れくさがってしまったようだ。

「竹香お姉さん謙遜し過ぎ。おう、敵現れたし。町ん中でもおるんか」

　友実絵は引き続きプレーを楽しむ。

「たこ焼きだぁ！　ド○クエのスライムみたいだね」

「かわいい♪　私、ペットにしたいな」

「モンスターもユニークですね。まさに大阪って感じ」

　画面上に、『たこ焼きの助』と命名された敵キャラが四体表示されていた。

　眼が二つ、眉と口が付いていること以外、本物のたこ焼きそっくりだった。

「おう、こんな攻撃もして来たか」

　友実絵は感心気味に呟く。

　今しがた、たこ焼きの助のうち一体が体を回転させ、主人公の顔面目掛けてソースをぶっかけたのだ。

　主人公に２のダメージ。さらに視力一時低下。打撃攻撃ミス率が上がるというわけである。

「友実絵様、たこ焼きの助はこのゲーム最弱の敵キャラで体力はたったの６やで」

「やっぱ見た目通り最弱なんか」

「友実絵お姉ちゃん、そろそろあたしにやらせてー」

「わたしもプレーしたいですっ！」

「私もー。あべのハルカスでお買い物したい」

「うちも、ちょっとやりたいな」

「あの、みんな、俺のデータだから買い物で無駄遣いしないでね」

このあと伸介以外のみんなで、このゲームを交代しながらしばし楽しんで午後八時半ちょっと過ぎ。

「このゲーム、わたしもすごく気に入っちゃいました。お店で見かけたら絶対買いますよ。こんな地理の勉強にもなる良作ゲームが全然売れてないなんて宝の持ち腐れだと思うわ。では、さようなら」

竹香は一人で、

「桜子ちゃん、ワタシんちにちょっとだけ遊びに来ぉへん？」

「行きます、行きます。現実世界の女の子のおウチも気になるから」

三姉妹は桜子を連れ、自宅へ帰っていった。

《またお金貯め直しかぁ。もう大阪市内は飽きて来たんだけどなぁ。もう日が暮れかけてるし、安いビジネスホテル代くらいは稼がないと。スタート地点の自宅に戻ることになってしまう》

ようやくまたプレー出来ることになった伸介は、ゲーム画面を確認してちょっぴり呆れた。

他のみんなにアニメグッズやお菓子、文房具、本などで無駄遣いされ所持金数百円まで減らされ、最後に遊んだ藤乃にその状態で旅日記も付けられてしまったのだ。

《装備まで変えられてるし。防具水玉シュシュ、武器昆虫図鑑って。確かにこれで叩かれたら痛いだろうけどさぁ……いらないアイテム、売りに行くか》

　伸介は主人公の装備を元の状態に戻した後、質屋さんに移動させた。

『十八歳未満の方からは買取り出来まへん』

　六〇歳くらいの白髪小太りな男性店員さんからきっぱりと申される。

「おいおい、そこまでリアリティさを出すなよ。ひょっとして……」

　続いて古本屋さんに移動させた。

『本日は、ご本人確認のための身分証明書と、買取り承諾書はお持ちでしょうか？』

　爽やかお兄さんタイプの店員さんから問われると、はい、いいえの選択画面が表示されることなく、

『買取り承諾書の方は持ってません』

　主人公から決まり悪そうなキャラボイスで伝えられた。

『十八歳未満のお客様の買取には、ご本人確認のための身分証明書に加えて、保護者様の直筆サインと捺印入りの買取り承諾書も必要なんですよ。あと、買取りのさい、保護者様にお電話確認を取らせてもらうようになっております。こちらの方、お渡ししておきますね。またお越し下さいませ』

　店員さんから営業スマイルでこんな反応をされ、

「……やっぱり。自由にアイテム売ることが出来ないじゃないか。現実同様、一八歳未満から買取りしてもらうためのハードルは高いな」

　伸介は呆れ気味に笑ってしまう。主人公の所有アイテムに買取り承諾書が追加された。

「捨てるのを選ぶのは、勿体無い気がするけど、まあいいか」

　伸介は主人公を町中の歩道で立ち止まらせた後、三姉妹と竹香に購入されたアイテムのいくつかについて、捨てるを選択した。

　そのあと主人公を歩かせ始めてほどなく、

『こらっ！　なに道端にポイ捨てしとんねん。捨てる時は所定のごみ箱に捨てんかいやっ！』

　強面がっちり体型のお巡りさんが駆け寄って来て、主人公は説教されてしまった。

「これもまたリアリティあるなぁ」

　伸介はまたしても笑ってしまう。

『すみません』

　主人公は深く反省しているかのような弱弱しいキャラボイスで謝罪し、拾うしぐさを見せた。

「素直だな。ひょっとして……」

　伸介は主人公の所有アイテムを確認。

「やっぱり、元に戻ってるし」

　先ほど捨てたアイテムは全て、再びそこに含まれた。

　その表示を消し、

「捨てるにも場所選ばないといけないとはな」

　伸介が苦笑いしながらこう呟いた直後に、

「伸介ぇ、はよお風呂入りやぁーっ！」

「分かった、分かった」

　母に廊下から叫ばれ、伸介は今の画面の状態にしたまま部屋から出て行った。

《あのゲーム、余計なリアリティも多いけど本当に買ってよかった。歴代断トツの地雷ゲーってレビューしてたやつもいたけど、俺にとっては人生史上最高の神ゲーだよ。桜子ちゃんが飛び出て来なくても。天気もリアル同様、刻々変わるのも斬新だよなぁ》

　満足げな気分で階段を下りていたのと同じ頃、樋上宅。

「おう、すごい！　アイテムの品揃えお店みたいや」

友実絵と陽菜々の相部屋へ足を踏み入れた桜子は、こんな第一印象を持った。

約十帖のフローリングなお部屋がほぼ半々で分けられていて、友実絵側の本棚には合わせて四百冊は越える少年・青年コミックスやラノベ、アニメ・マンガ・声優系雑誌に加え、一八歳未満は読んではいけない同人誌まで。

ＤＶＤ／ブルーレイプレーヤーと二〇インチ薄型テレビ、ノートパソコンまであるがこれは三姉妹の共用らしい。

本棚の上と、本棚のすぐ横扉寄りにある衣装ケースの上にはアニメキャラのガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみが合わせて二十数体飾られてあり、さらに壁にも人気声優やアニメのポスターが何枚か貼られてある。美少女萌え系のみならず、男性キャラがメインのアニメでもお気に入りなのが多いのは女の子らしいところだ。

「桜子ちゃん、引いちゃった？」

　友実絵は苦笑いで尋ねる。初対面の子にこの部屋を見られるのは少し恥ずかしく感じているようだ。

「いえいえ、むしろ好感が持てたで。うちのお部屋も友実絵様と似たような様相やから。うちもアニメやマンガやラノベが大好きやねん」

　桜子はにっこり笑ってきっぱりと伝える。

「そうなん！　嬉しいわ～♪」

　友実絵は仲間意識が強く芽生えたようだ。

「うちが今嵌っとるんは桜Ｔ○ｉｃｋ、ご注文はう○ぎですか？　き○いろモザイク、のんのん○より、ヤ○ノススメやで」

「現実世界のとタイトル同じなんやね」

「エンタメ関連はリアルと全く同じやで。せやけど著作権的にプレー画面にはそういうのは会話文含め一切表示されへんのよ」

「そうなんか。どうりでメイト店内のポスターや商品がぼかされとったわけかぁ」

「ゲーム内から見たらはっきり見えるけどね。陽菜々様の領域は男の子らしさが強く感じられるね。お料理好きなんは女の子らしいけど」

陽菜々の学習机の上は雑多としており教科書やプリント類、ノートは散らかっている。床に置かれた収納ボックスにはたくさんのゲームやミニ四駆など男の子向けのおもちゃ、本棚には幼稚園児から小学生向けの漫画誌やコミックス、恐竜などの図鑑が合わせて百冊以上並べられてあった。可愛らしいうさぎのぬいぐるみなど女の子向けのアイテムもあったが少数だ。

「あたし、女の子向けのおもちゃや漫画やアニメはそれほど嵌らなかったよ」

　陽菜々は生き生きとした表情で伝える。

「ワタシもそんな感じやったから、陽菜々も影響されちゃったみたいや。藤乃お姉さんのお部屋はめっちゃ女の子らしいよ。桜子ちゃん、ワタシの描いたマンガ読ませてあげる」

　友実絵は自作マンガ原稿を手渡す。

「友実絵様、漫画も描けるんやね。凄いわ。絵もめっちゃ上手や。うちはイラストはよく描くけど漫画はちゃんと仕上げれたことないで。ほな、読ませてもらうわ」

　伸介に見せようとしたあのマンガだ。桜子は全三十一ページ熱心に読んであげた。

「桜子ちゃん、どうやった？」

　友実絵はちょっぴり照れくさそうに感想を尋ねる。

「エッチな描写が多くてうちの方が恥ずかしくなったけど、面白かったで。友実絵様の描く男の子キャラって、丸顔で細くてかわいい系が多いね」

「ワタシ、顎が尖ってて筋肉ムキムキな男キャラはあまり好きじゃないんよ」

「そっか。友実絵様は、年下の男の子が好きみたいやね」

「うん、小四から小六くらいの男の子が特に好きや。第二次性徴が始まろうとするこの年頃の男の子はかわいいよ」

「うちもその辺の年頃のひょろい系の男の子が好みやねん。でもひょろくてもジャ○ーズ系のイケメンはあかん」

「気が合うね。ワタシもイケメン過ぎるのは苦手なんよ」

「イケメン過ぎるのはあかんよね。プレーヤーの方の伸介様はさほどイケメンでもないから親しみが持てるよ。ほな藤乃様のお部屋、拝見しに行って来るわ～」

桜子はわくわく気分でお隣の藤乃のお部屋へ。

「おう！　まさに夢見る女の子のお部屋って感じ♪」

「そうかなぁ？」

約七帖のフローリング。ピンク色カーテン＆水色のカーペット敷き。本棚には少女マンガや絵本や児童書、一般文芸、楽譜が合わせて三百冊くらい並べられてある。ガラスケースや収納ボックスには小型ピアノやヴァイオリン、フルートなどなど楽器がたくさん置かれていて学習机の周りにはオルゴールやお人形、ビーズアクセサリー、可愛らしいぬいぐるみなどが飾られてあり、女子高生のお部屋にしては幼い雰囲気だ。

「藤乃様は、楽器が得意みたいやね」

「うん、まあ、お父さんが中学の音楽の先生だから、ちっちゃい頃からいろんな楽器触らせてもらってるし」

「そうなんや！　音楽家なんやね。うち、藤乃様の生演奏聞きたいなぁ」

　桜子から強くせがまれると、

「じゃあ、フルートを吹くね」

　藤乃は快くそれを手にとってお口にくわえ、『メリーさんのひつじ』を演奏してあげた。

「めちゃくちゃ上手いやん、藤乃様」

　桜子にうっとりした表情で拍手交じりに褒められ、

「いやぁ、そんなことないよ」

　藤乃は照れ笑いする。

「今度はピアノ弾いてー」

「分かった」

次のお願いにも快く応え、嬉しそうに小型ピアノで瀧廉太郎作曲『花』を弾いてあげた。

「とっても上手やで。次はヴァイオリン弾いて下さいっ！」

「私、ヴァイオリンは上手くないよ」

「藤乃様、謙遜するところが大和撫子らしいで」

「桜子ちゃんの方がよっぽど大和撫子らしいよ。じゃあ、『山の音楽家』を弾いてみるね」

　藤乃は躊躇うようにヴァイオリンをかまえ、弦を引いて演奏し始めた。

　最初の一節を演奏してみて、

「どうかな？」

　藤乃は苦笑いで問う。

「……上手やで」

　桜子は三秒ほど考えてからにっこり笑顔で答えた。

「正直に言ってくれていいよ。私ヴァイオリンはすごく下手なんだ。下手の横好きなの」

　藤乃はそう伝えながらヴァイオリンを元の場所に片付ける。

「気にせんとき。うちもヴァイオリン全然弾けんから。それにこれは武器にもなるで」

　桜子が慰めるようにそう言った直後、　

「友実絵、陽菜々、藤乃、お風呂沸いたよ。桜子ちゃんもよかったらどうぞ」

　母の叫び声が一階から聞こえてくる。

「私達三人、いつもいっしょに入ってるの。今日は桜子ちゃんもいっしょに入ろう」

「ほな、お言葉に甘えてそうさせてもらうわ。リアル日本の一般家庭のお風呂、楽しみ♪」　

「きっと気に入ると思うよ。狭く感じるかもしれないけど」

このあと三姉妹と桜子、四人いっしょにお風呂場へ向かっていった。

「桜子お姉ちゃん、おっぱいは同い年の友実絵お姉ちゃんより小さいね」

「もう、陽菜々様。うち、貧乳なの気にしとるねんで」

「ごめんなさい桜子お姉ちゃん」

「桜子ちゃん、お肌白くてすべすべだね。ムダ毛も全然ないし」

「さすが二次元が元なだけはあるわ～。羨ましい」

「友実絵様、うちのこと、二次元言われるのは違和感あるで。うちがゲーム内から見たら、友実絵様達が二次元やねんで」

「そうか。ワタシ達も視点によっては二次元キャラってわけかぁ」

　みんなすっぽんぽんで浴室に入り、シャンプーで髪を擦り始めた頃、

《このゲーム、本当に宝箱一個も見かけないな。大阪城公園にも、行ってみるか》

伸介はすでに入浴を終え、自室に戻ってあのゲームを再開していた。

それから五分ほど後、

『伸介、ちゃんと宿題はやっとる？　休み明けに課題テストがあるんやから、勉強もせんと旅ばっかしとったらあかんでー』

『やっとるって母さん、それより母さん、今電話かけないでくれよ』

『なんでやねん？　せっかく心配してあげとるのに』

『早く電話切ってくれた方が、俺の身の安全が。俺今モンスターとの戦闘中なんだよ』

『まあ伸介ったら、ゲーム機も持っていっとんやね。せっかくゲームから離れるええ機会や思って日本一周旅認めてあげたのに。ほんま呆れた子やわ～』

『いやリアルで戦闘中なんだよ。七夕の日に起きた太陽の塔付近連続落雷事件以降、大阪府内を皮切りに日本各地でご当地ならではのものが次々とモンスター化する怪奇現象が起きてるってこと、母さんは知らないのか？　新聞にもワイドショーにも出てただろ』

『あんなんは今流行っとるゲームの中の話やろ。母さんは買い物とかで毎日外出歩いとるけどモンスターなんて一匹も見たことないで。伸介、ゲームと現実との区別をちゃぁんと付けやー』

『母さん、信じてくれよぅ。っていうか俺も母さんもゲームの中の人だろ？』

『ハァッ？　何アホなこと言っとんのやあんた』

「なんだこの激しくがっかりするイベントは。おい、主人公、攻撃出来なくなったぞ」

　主人公が敵キャラと戦闘中に起こったゲーム内での予想外の出来事に、伸介は思わず笑ってしまう。主人公は母と携帯電話で話している間攻撃出来ずヌートリア二体、キジバト三体、ミツバチ四体からダメージ受けまくり。　

「何とか倒せたけど、体力値かなり減っちゃったぞ。じつにうざいトラップだったな。主人公も母さんからの電話なら無視しろよ。あの母さん、俺の母さんに似過ぎだし。体力値が０近くまで下がると攻撃力まで下がるのもリアルだったな」

　伸介は主人公にヌートリアが落していった『大阪城本丸』という名の白餡饅頭を使わせ、体力を全回復させた。

　それからしばらくして、

「ただいま、伸介様。藤乃様達の属性も知れて良かったわ」

　桜子が戻って来て伸介のすぐ隣に腰掛けた。

「おかえり桜子ちゃん、風呂も入ったのか。俺の母さんには見つかってないかな？」

「特に問題ないで」

「そうか。ばれると説明にかなり困るからこれからも気をつけて」

「分かったわ」

「このゲーム、余計なイベントも発生するな。戦闘中に母さんから電話かかって来て一時戦闘不能になったし」

「そりゃリアルに近いから。ラスボスバトル中でも容赦なくかかってくる可能性もあるで。四時間くらい旅日記付けずにプレーし続けてたらトイレにも行きたくなって戦闘に支障出るで」

「そうなのか。そこもリアル入ってるな」

「ゲーム内時間で、主人公ら勇者様が夜十時から早朝五時までの間に町中ぶらついてたら、お巡りさんに補導されて保護者と学校に連絡される隠しイベントも発生するねんで」

「それは全くいらない要素だと思う。ゲームの世界にまで青少年保護育成条例持ち込むなよ」

　お風呂上りの桜子ちゃんも、やっぱかわいいな。

　しっとり濡れた黒髪、シャンプーのりんごの香りも漂わせていた桜子の姿に、伸介はゲーム画面から視線を移して魅入ってしまう。

「最初見た時から思ってたけど、伸介様のお部屋って、男の子のお部屋のわりに、けっこうきれいに片付いとるよね」

「俺が学校行ってる間に母さんが掃除してくれるからな」

「伸介様、勇者やからって自分の部屋の掃除をお母様に任せっきりはあかんで」

「俺、勇者じゃないし」

「このゲームのプレーヤーはみんな勇者なんよ。伸介様のお部屋はどんなアイテムが隠されとるんかな？」

　桜子は立ち上がるや、勝手に机の引出やベッド下を調べてくる。

「あの、俺の部屋、従来のＲＰＧのアイテム探しみたいに物色するのはやめて欲しいな」

「あっ、テストが出て来た。数学Ⅰ八四点に古文八六。賢いね。賢者としても活躍出来そう。図鑑もけっこう持ってはるし、教養高そうや」

「あの、桜子ちゃん、聞いてる？　プライバシーの侵害だから」

「通知表も出て来た。中学の頃のやね。五教科はオール５やけど、副教科が平凡なオール３や」

「実技系は全般的に苦手なんだ。筆記試験は得意だけど」

「そうか。それが伸介様の属性なんやね。体力テストは全部平均以下やから納得や」

「おいおい、俺の個人票見つけるなよ」

　伸介と桜子、こんなやり取りをしていると、

「おーい、伸介くーん、桜子ちゃん」

　窓の外から藤乃の声が。

藤乃のお部屋と、伸介のお部屋はほぼ同じ位置で向かい合っているのだ。

「やっほー藤乃様、お部屋そこやったんやね」

「うん。十年以上前からそうなってるよ」

「藤乃ちゃん、桜子ちゃんが俺の部屋勝手に荒らしてくるんだけど、何か言ってやってくれないか？」

「伸介くん、妹っていうのはお兄ちゃんのこといろいろ知りたいものなんだよ。私もお兄ちゃんがいたら、お部屋を勝手に詳しく調べると思うなぁ」

「俺、桜子ちゃんのお兄ちゃんじゃないし」

「藤乃様、ええこと言うねぇ」

「桜子ちゃん、伸介くんはエッチな本は絶対持ってないから安心してね。ではまた」

　藤乃はそう伝えて窓を閉めた。

「ねえ伸介様、藤乃様は伸介様の恋人やないの？」

「ああ。ただの幼馴染のお友達なんだ。時にお姉さんっぽく、時に妹っぽく振る舞って、性格もいいし、好感が持てる子だなって感じてる」　　

「そうなんか。キスはしたことあるん？」

「あるわけないって」

「俯きながら即答したとこが怪しいで。絶対しとるやろ。正直に答えてや」

「してない、してない」

「これはしとるなぁ。お顔に書いてあるで」

「だからしてないって」

「ほな一応信じたげるわ。伸介様、うち、宿題せんといかんから、また明日」

　桜子はにやけ顔でそう告げて、ゲーム画面内へ飛び込んだ。

《いったん電源切ったら、もう出て来れなくなるなんてことはないよなぁ？　あっ、桜子ちゃん動いて画面から消えちゃったよ》

　伸介は少し心配しながら、主人公を移動させ桜子を再び画面上に表示させると、

「伸介様ぁ」

「うわっと」

「きゃぁっ！」

　またすぐに桜子が飛び出て来た。伸介は思わず仰け反るも桜子に四つん這いで覆い被さられてしまった。さらに両肩をぐっと押さえ付けられる。お互いもう少しで唇が触れ合いそうになった。

「あのう、伸介様。大変なことが起きてしまいまして」

「何が起きたの？」

「ゲーム内の大阪編の敵キャラが、ボスも含めめっちゃようさん現実世界に飛び出ちゃったみたいやねん。おそらくこのお部屋の窓から外へ出て行っちゃったみたい」

　桜子は伸介の体から冷静に離れて、深刻そうに伝える。

「ってことは今、リアル大阪府にゲーム内の敵キャラがいっぱい蔓延ってるってことなのか？」

「そういうことやねん」

「それ、かなりまずいよな？」

　伸介は苦笑いする。

「めっちゃまずいでぇっ！」

「俺、風呂入る時もゲーム付けっぱなしだったから、それが原因なのかな？」

「きっとそうやで」

「やばっ。俺のせいか」

「伸介様、こうなってもうた以上、きちんと責任取ってもらうでーっ！」

　桜子にやや険しい表情でじーっと顔を見つめられ、

「分かった。退治しに行くよ」

　伸介は断り切れず引き受ける。

「藤乃様達にもお願いしなければ」

　桜子は部屋の窓を開けて、

「あのう、藤乃様、友実絵様、陽菜々様、ごっつう大事な話があるねん」

　藤乃のお部屋に向かって大声で叫ぶ。

「なぁに？　桜子お姉ちゃん」

「何か起こったん？」

「何かな？」

　三姉妹はすぐに気づいて各自室からベランダに出てくれた。

「ゲーム内の大阪編の敵キャラが、現実世界に飛び出してリアル大阪府内各地にようさん散らばっちゃったから、敵キャラ退治に協力して欲しいねん」

　桜子は申し訳なさそうに手短に伝える。

「ってことは、敵キャラとリアルで戦えるってこと！　もちろんオーケイやっ！」

「あたしももちろんオーケイだよ。リアルな勇者気分が味わえるね」

　友実絵と陽菜々は大喜びで悩むことなく引き受けたものの、

「私、戦いなんて、怖くて出来ないよぉ」

　藤乃は億劫としていた。

「藤乃お姉さんは相変わらず怖がりやね。ワタシはめっちゃ楽しみやのに」

「あたしもすごく楽しみだよ」

　友実絵と陽菜々はにっこり笑う。

「ご心配いらへんで藤乃様。大阪編はゲーム上ではスタート地点ゆえに、主人公一人でも攻略出来るようになっとるから、皆の力を合わせればきっと楽勝やで」

　桜子は爽やかな笑顔で主張した。

「私はいっさい戦わないよ。ついていくだけだよ」

　藤乃は困惑顔できっぱりと主張する。

「それでもええよ。藤乃様は回復係としての活躍期待しとるで」

「リアル大阪府これから大変なことになりそうだな。重大ニュースになるんじゃないのか？」

　伸介は心配になり、テレビを地上波受信モードに切り替えた。

「敵キャラは勇者に対して攻撃してくるから、一般人には特に影響ないと思うで。だからのんびり退治してもきっと大丈夫や」

　桜子は余裕の心構えのようだ。

「そうなのか。まあでも、対応を急ぐに越したことはないな」

「ゲーム上での標準攻略日程通り、一泊二日で片付けましょう。皆様の宿代はうちが全額負担するで。明日どこまで進めるか分からんから、明日の夕方時点でいる場所で宿を探しましょう」

「泊りがけの旅行になっちゃうね。パパとママにどうやって説得しよう？」

「陽菜々、そのまま伝えたら絶対変に思われるよ。ワタシに任せとき」

「私は出来ればダメって言って欲しいな」

「藤乃お姉さんが嫌がっとる。これは快く許可してくれるフラグ立ったで」

　友実絵はにやりと笑う。

「賢者としても活躍出来そうな竹香様にも連絡しとくで」

桜子はそのあと伸介の携帯を借りて、竹香に事情を説明した。

『もちろん協力しますよ。また夢のような体験が出来るなんて――とても楽しみにしてます♪』

　竹香は快く乗ってくれたようだ。

「竹香様も藤乃様達も、うちがゲーム内から装備品や回復アイテムを調達してくるからこちらの時間で明日の朝七時頃、伸介様のお部屋へ来て下さい。住宅地には敵キャラは現れんと思うから、安心して移動してや」

　桜子がさらにこう伝えると、

『了解です。では明日。おやすみなさーい』

　竹香はわくわくしているような声色で電話を切った。

「そんな朝早くから行くのか」

　伸介はちょっと迷惑そうにする。

「人通りが多くなると敵キャラは隠れちゃうねん。伸介様の不注意が原因でこうなっちゃったわけやから、伸介様に文句言われる筋合いはないで」

　桜子はほんわかした表情、おっとりした口調できっぱりと主張する。

「そう言われると、何も言い返せないな」

　伸介は苦笑いした。

　　　　☆

「お母さん、お父さん、桜子ちゃん東京から来た子で、この辺のことまだよく知らんみたいなんよ。大阪府内いろいろ案内して欲しいって頼まれたから、明日からワタシ達三人と、伸介お兄さんと竹香お姉さんとで、大阪府内一泊二日で旅行して来ていい？」

「府内だったら、オーケイよ。月曜日も休みだし」

「ママが良いって言ってるからいいぞ」

　あのあと友実絵のこんな説明で快く外泊旅行許可が取れ、三姉妹は旅の準備を整える。

　伸介と竹香も適当に理由を考えて、それぞれの両親から許可を貰った。

　伸介は母にゲームばっかりしとる伸介にはええ気晴らしになるわと言われ、むしろ推奨されてしまった。

　　　　　※

午後十一時半頃。伸介の自室。

伸介は明日に備え、いつもより一時間以上早く就寝準備を整えた。

　その頃にローカルニュース番組が始まったが、あの件に関することは全く報道されず。

「人的被害はまだ出てないみたいだな」　

　伸介はひとまず安心し、ゲーム画面に切り替えた。

「夜遅くから明け方までは敵キャラもお休みするからね。うちももう寝るわ～。おやすみ伸介様。明日起きたらゲームの電源入れて、うちを出してな」

　桜子はそう伝えて、ゲーム画面に飛び込んだ。

《桜子ちゃんは三次元化しても、無邪気ですごくかわいかったな》

　伸介は桜子の映る柿花堂で旅日記を付けた後、ゲームの電源を切り、布団に潜り込む。

《リアル世界で俺が勇者となってＲＰＧが楽しめるって、怖くもあるけど、すごく楽しみだ。夕飯食ってからの出来事、怒涛の展開過ぎてまだ現実だって実感沸かないよ》

　興奮からか、なかなか眠り付けなかった。