Step 14 ゴルドベルグ・死に至る煩悶 2
第22話 『ブレーズの陰徳』
ブレーズの日記
5月⇔日
先生達はここんとこしちめんどくせぇ裁判で忙しくしとる。なんでも地上げがらみなんだと。
夜更かししまくって眼の下クマ作りまくって眠気ざましのコーヒーどばどば飲みまくっとる。
体力自慢のイアンさんも結構キツいみてえだ。時々居眠りこいちまって、見かねた先生が自分のベッド使ってええぞって言っても断っちまう。
いちいちアパートに帰らんで泊まり込みすりゃあええのに、借りを作りたくねえもんだでつまんねえ意地張ってんだべな、ありゃあ。
んだもんだで、結局遅くなった次の日には事務所の寝椅子でよく仮眠してる。でっけえ図体しとるだから横になったら頭だの爪先だのが肘掛けんとこの端っこから飛び出とって、買いもんやら用事やら外に行っとったドロテアが戻ってきちゃビビってる。
「商売繁盛はいいんだが、こう依頼が重なってくると、さしものイアンも身体を壊しかねないな。それに窮屈なソファにばかり寝かせているのは忍びない。先々のこともあるし、ここいらで出費をおしまずベッドぐらいは買っておこう」
って先生が言った。べつにそりゃおらに断る必要はねんでねえかな。ま、十中八九イアンさんに無駄遣イダーとか叱られんのビビッて、踏ん切りつけるためにいいわけしてるんだべ。
それから
「ブレーズにもせっかく寝床のある居室をあげたのに、夜はドロテアに使わせているだろう。長いことソファで寝させて済まなかった。ベッドは一台はイアンや客人のために、そしてもう一台をドロテアのために、都合二台を用意しようか。これからはあの子は書斎で眠ればいいだろう」
だと。こりゃまた大サービスだ。
使用人は床ででも寝かせてろ!て奴らが聞いたらびっくらこくだろな。
お客用の一台はどこに置くんだべ思ったら「客間に使えるような部屋はもう無い以上、私の寝室に並べるしかないかな」て答えた。そうなったらイアンさん超ラッキーだ。満願成就ってやつだ、
「とはいえ彼にうかうか提案したら、却下されることは火を見るよりも明らかだ。いいか、ここは事後承諾であの達者な口を塞ぐぞ」
っつって口に指立ててシーてしただ。
ま、いくらガンコなイアンさんでも買っちまったもんを店に返せとは言わんだろし、ささっと持って来て何気なく入れちまうこったな。
5月⊿日
ドロテアを預かってくれとるメニエさんが茶でも飲んでけって先生達に言ったみてえで、おらまで何が何やらわけわかんねえうちにメニエさん家に呼ばれた。
酒とか白粉のにおいの全然しねえ
「これはドロテアの習熟具合をみるものです。いわば礼儀作法のテスト。君はとにかくおとなしくしていれば良いのです」
って教えてくれた。
そんで、おら達から離れたところにメニエさんが座ってて「よろしくてよ」て合図したらドロテアがしずしず出てきた。
見たこともねえよなぎこちねえ感じで膝折って頭下げて
「ようこそイライラして下さいました。ふつつかな、な、て、手前になりますが、どうぞおおお許しくださいませ」
とかなんとか噛み噛みで言った。超笑った。あ、あといつものズボンでねくてスカートだっただ。
すました動きとかツラとか、えらくめかしこんだ感じした。茶ぁいれたりケーキ切ったりする手つきなんかもーギッチコカッチコしとっただ。
茶碗置くときなんか指とか
したらいきなりドロテアが夕立みてえな泣きかたした。そんで先生に、そったらこと言うもんでねぇだって怒られただ。おらが悪いわけでねぇ思うけんどなあ。
まぁ、泣かせちまったもんは仕方ねえからご機嫌とりにしこたま菓子買ってやった。
先生とかドロテアのこと
「すごいぞすごいぞ、もうどこに出しても恥ずかしくないお嬢さんだ。そのうち貴族の娘さんのようになってしうまうかもな」
て超手放しでほめてたけんど、ありゃあ親バカってやつだな。
イアンさんはなんか、やれ声が高えの
おらの茶の飲み方にまで口出してきて、すっぺたのこっぺたの超ウザかっただ。
事務所に帰ってから先生がロープ持ってこさして、あちこち寸尺ばとった。いよいよベッド買うつもりなんだべな。
5月〜日
先生が休みの日だっつうのに朝早くしばき起こしてきて「ベッドを買いに行くぞ!」て家具屋に連れてかれた。
ちょうど手頃なやつがあったもんで即金で即決。頭板んとこだけ細工を入れてもらって、細かいところ直して、配達が明後日になるんだと。
いつイアンさんに言うんだか聞いたら
「彼には秘密にしておいて、運び込んだその場でびっくりさせたいのさ。うふふ」
だって。
ビックリでなくて逆にムカつかれんでねえのって思うだけどな。
んなこたどーでも良かっただ、今日はとんでもねえ災難があっただ。
ベッドの発注すませたその帰りに、市場にも寄ろうかってんで近道抜けながら歩いてたら、いきなりでけえ白熊人に先生がおそわれただ。
あとで合流すんべー、って途中で別れてから、おらは八百屋で買い物しとった。したら、なんかキャーとか聞こえてきて、なんだべか思ったら頭越しの遠くで先生が気の狂った野郎に追いかけまわされとった。
すぐにかけつけたけんど先生がもう一発グッサリもらっちまってて、右手からダラダラ血い流しとった(しゃがみこんで蛙いじくり遊んでたガキんちょをかばおうとしたんだと)。
相手はイアンさんよりでっけぇ、雲つくみてえな大男だった。
こったらクソがって速攻体当たりして、よろけたとこを肋骨めがけてジャンプキック食らわしてやったら、野朗めスタコラ逃げ出した。
フルボッコにしてやる思って追っかけてたら、自分から川に落ちた。その後はだんだん騒ぎが大きくなるしおまわりはくるし、先生は顔色真っ青だし、そんでもーしょーがねえから先生担いで事務所に帰った。
事務所にいたイアンさんめっちゃ慌てて先生の手の傷さ水道水で洗って、調べて、半狂乱だっただ。ラウルさんもいた。なんか自分で茶いれて飲んでたらしい。
イアンさんに傷どうしたんだ聞かれた先生が
「なんてことはない、転んで鉄柵に手をついたせいだよ」
なんてごまかしてたけんど、嘘が下手っぴすぎてすぐ誰かロクでもねえ奴にやられたってバレて、イアンさんがすんげぇ暗い顔になってただ。
んで
「誰にやられたんですか」
つって仕返しに行こうとしたもんだで先生がやめろ馬鹿なまねはよせっつって止めて、けんど振り切って出てこうとした。そしたら先生がイアンさんの面しこたまはたきつけた。
だもんだで、手の傷口がもっとひどく破れて、びだびだブシャーってイアンさんに血が飛び散って顔も服もえれえことになってた。
さすがにやべえ!って、今度はおらが先生のほうを止めなきゃなんなかった。
「なんでそんなことをするのです!」ってイアンさんが怒ったら「君が人を殺すことの痛みに比べたらなんぼかもましだ、君こそ思い知れ!」って先生がキレまくった。
したらイアンさんもしおらしくなっただ。
ほんで、刺されたとこよーく見てみたら、でっけえかぎざきみてえな傷んなってた。ナマ血垂らすの止まんねえ。イアンさん
「骨はやられていない。だが塞がないと、早くしないと」
てあわあわしとった。ラウルさんがすげー落ち着いた感じで
「どれ、湯を沸かして絹糸を。なければ絹製品の肌着などを持っておいで。それと包帯があればそれを。あとローソクと…
ておらとドロテアに色々言いつけた。
言われた通り絹糸(こいつは肌着を裂いて用にした)、ローソク、
「私はソルボンヌ仕込みの現役の医師ですからね。フェルダー氏の手掌の創傷をこれから縫合します。汚染箇所は切り取ることになりますが、ほんのわずかとなるでしょう」
てワイシャツになって手袋して先生を食堂のテーブルに寝かせた。カバンから
「イアン、それからブレーズ。君たち二人で、私が傷を縫い合わせる間フェルダー氏が暴れるのを抑えておいておくれ」
て頼むもんだからイアンさんもおらも目ん玉白黒させちまった。
そっから後はいやー、ひどかっただ。ヤブな歯医者の治療みてぇに
ラウルさんが針をローソクで炙って傷をシャーシャー縫っとる間、おらが胸から上、イアンさんが腰から下を抑えたんだけんど、終わる頃にはこっちがクタクタになっちまった。
ドロテアはラウルさんが 「医療の知識がないし、子供に見せるのはこくだよ」て言ったから外におった。兎人の長耳さ抑えてずっとガタガタ震えてたらしい。
先生は手術が終わったらすぐ気絶した。ラウルさんも疲れたらしくって、
「ここに怪我人によい滋養食の調理法
それまで絶対に包帯を解かないように、右手を使わせないように、熱が上がったりしたらすぐホテルまで電話よこせっつって、なんかイアンさんとコソコソ話したり、おらが見た下手人の野郎の風体とか使ってた武器とか聞いて帰ってった。
通り魔を調べにきてたおまわりなんか、ドアの外まで聞こえとった先生の悲鳴にすっかり滅入っちまって、意識を取り戻したら教えてくれーって逃げるみてえにそそくさ消えた。
イアンさんはもう今夜から寝ずに看病するって宣言した。あん
あ・そだ、先生の兄貴のヴィルヘルムさんにも伝えとかなきゃなんねえんだべか…明日にしとこ。今日はもーどっと疲れただ。先生の血とか、服とか壁とかテーブルとかいろんなところに飛び散っとるのも明日掃除しよっと。
5月 Å日
先生が熊人にやられたっつったらば先生とイアンさんをよく知っとる連中は口を揃えて
「あの
っつうだ。笑い話だ。
ちげーから!イアンさんでなくてどっかの知らねえトチ狂った白熊人だでよって毎回訂正すんのがめんどくせえ1日だった。
先生、朝は普通に目を覚ましたんだけんど、昼前からだんだん汗かいてきて息が苦しそうになってきた。そんでイアンさんが
とにかく口の端から水とか果物の絞り汁とか飲まして、濡れ布巾で額を冷やした。
なんか良くねえ感じになっとるらしい。イアンさんも超暗くなっとる。ドロテアも不安がっとる。
ヴィルヘルムさんに電報打った。「マクシミリアン トオリマニ ササレタ チリョウチュウ」て文はイアンさんが考えた。
電話の番はおら、買い物はドロテア、看病はイアンさん。
ま、早く治るべな。
6月 →日
先生の熱が上がったり下がったり、汗はひっきりなしだ。メシはなんとか粥が食えるぐらいだ。
イアンさんが、頬むっちゃこけてるだで訊いたら、先生が倒れてこのかたメシらしいもん食ってねえんだと。
ミイラ取りがミイラになってどうするだって叱ってやって看病交代。うめく先生のそばからはどーしても離れたがらねえ。まるでおらの村の神父様が飼っとった忠犬みてえだ。いちど山賊狩りに村の男衆みんな引き連れて山に入って返り討ちにあったとき、鉄砲傷こさえた神父様が立ち直るまでずーっとそばについてやがったっけな。
仕方ねえから床に寝るとこ作るべか思っとったら、いいタイミングで注文しとったベッド来た。
前先生が言っとった通り一台は書斎に、もひとつを先生の部屋に運ばせてトイメンに据えたら、やっぱあーだこーだ言い垂れた。だもんだで
「これはあんた様のために先生がわざわざ用意したもんだ、ありがたく使わせてもらえ!」
って黙らせて布団に突っ込んどいただ。大きめに作らせてたからちょうど良かっただな。
6月∝日
先生のケガんこと知って押し寄せてくる連中がめっちゃ増えてきた。大変だ。
てか、いっくら「お医者様のラウルさんがバイキンのもとだで部屋に入れんなっつってるからダメだでよ」て説明したって聞きゃしねえ。腕っこきの奴らなんか
「お前ら、フェルダー先生を隠して何企んでんだ!一目会わせろや!」
とか騒ぎ出すし、そいつらと話つけたり叩き出したりでめっちゃ疲れただ。
やー、イアンさんなんかもーヤバかっただ。めっちゃヤバかっただ。
マジギレしたイアンさんは見たことあったけんど、ありゃなんつーか、えーと、とにかく、おかしかっただ。キチガイになってただ。うん、ありゃキチガイだ。
「面会謝絶と申しておりましょうが!」
て叫んだかと思ったら木板にでっかく『面会謝絶につきなんぴとたりとも立入りを禁ズ』とか書いたのを釘でドアに打ち付けた。
ほんで、どっから出してきたのかなんか
「静かにしていなければ中にいる病人に障ります。それでもここを通ろうというのなら、いいでょう、私が相手になります。もっとも…その際は自分の足ではなく担架に乗せられて、ということになりますが」
て脅しつけた。
すげーキョーボウな感じだった。みんなスタコラ退散した。さすが先生の一番の懐刀だな。
「すげー迫力だっただな!あんだけやりゃ連中もしばらくは大人しくしとるべ」
おらはひと芝居打ってんだべ思って言っただ。したら
「…先生の快復をおびやかすやつばらなど、
ってボソって言ったのが超
こんなときにいっちゃん先に駆けつけてきそうな先生の兄貴のヴィル兄やんは、ポーランドだかオランダだかに出張しとってすぐにゃ帰ってこらんねえ。
けんど日暮れ時に電話来た。芝居が終わったらすぐに帰って来るんだと。あっちゃ今にも受話器ん向こうから飛んできそうな勢いで
「私が行く、すぐに、すぐにだ!それまでなんとしても持ちこたえさせておくれ!」
て叫んでた。マネージャーが代わって、これ以上興奮させると仕事にさしつかえるからもう連絡してくんなとか言いやがった。ヴィルヘルムさんもあっちで暴れとるらしかった。
こりゃたぶん後でえれぇごねられんだろな。困った兄貴だ。
先生が生きてりゃいいけど、もしダメんなっちまったらどーなるだか分かんねえだ。やべえってのだけは確実だ。
6月 ¨日
先生が寝込んでからもう4日たつだ。今日はひっでぇ熱出してゲロ吐いて汗かいてあえいで、寝床で転がりまくってて死にそうになってた。
右手なんかうんではれて、肘のあたりまでパッツンパッツン。ほんでそこだけでけえ
ラウルさんが朝早くから来て、脈を取ったり熱を測ったりイアンさんと具合について話してたけんどサッパリだっただ。
「経過がどーたら」とか「ハショーフーのチョーコー」だとか「ケイショーの出現が危険」とか話した後、おらだけこっそり呼びつけて
「彼から目を離さずにいるようにね」
つうもんだで、てっきり先生のことかと思った。んだもんだで、
「おお、分かっただ。熱が下がるまで冷やしとけば良いだべな」
て返したら変な顔して、それから
「違うさ。イアンだよ。彼からひとときも目を離してはいけない」
て笑った。
ラウルさんのあんな凄味のある顔は見たことねえだ。キレてるのとも脅してるのとも違うだ。ありゃぁ、知ってちゃいけねえことをちゃあんと知ってるって顔だっただ。なまじっかキレーなイケメンだもんだでめっちゃ怖え。
なしてそったらことせんといかんだ、って訊いたけんども答えちゃくれなかっただ。
そん後ドロテアが走って外に出てこうとするからおめえこんな時にどこ行くだっつったら「さがしにいく!おくすり!」って必死らこいた形相になってるもんたで好きにさせといた。
暗くなったあたりで戻ってきて、泥んこまみれの両手いっぱいに冷えたミミズの死体出してきた。なんだこれって聞いたら
「ひかきのばあさん、お金なかった。ドロテア熱出した時、これと」
つってポケットからこれまたドロッドロの雑草出してきて
「この草混ぜて飲ませた。ドロテア嘘言わない。先生死ぬのイヤ。だから先生を助けて」
て泣き出した。
そういやおらも昔母ちゃんが、ミミズの乾かしたやつを薬にすることがあるっつってたの思い出した。ドロ子のやつ土手やら公園やらでほじくって集めたんだべ。さっそく暖炉そばで少し乾かしてから煎じて、こっそり飲ましてみただ。
したらめっちゃ悪りぃタイミングでイアンさんがドア開けてそれ見っかって、変なもの飲ましたなとかなんとか凶悪になっとったから超慌てた。速攻窓から逃げただ。
イアンさんそのあともなかなか帰らなかった。仕方ねえから酒場で一晩明かした。
執念ってやつはおっそろしいもんだな。
6月 §日
よーやっと先生が目を覚ました。なんかぼけーっとしとるけんど、
起きるなりそばについとったイアンさん(めっちゃ泣きそう、ってか泣いてた)のデコを左手のほうでペンて
「なにを泣いているんだ、いい加減にしたまえ」
て言った。イアンさんもおらもドロテアもポケーとした。
そんでそれから
「…食べ損ねたじゃないか。君のせいで」
つった。
何トンチンカンなこと言ってるだべて話聞いたら、
「せっかく夢の中で母上やクラリモンドがきれいな花畑に出迎えて、クルミのケーキと蜂蜜のパイもあったというのに。君の泣き声があんまりするものだから、食べる直前に諦めなければならなかった。かえすがえすも惜しいことをした」
ってプンプンしてた。
いやそりゃあの世の使いってやつだべよ、あんた様あの世に片足つっこんどっただよ、もしそいつを食ってたらあんた様
「どうしてくれる?ええ、どうしてくれるんだ」
てイアンさんをガキみてえにぺちぺち叩いてた。
そんでイアンさんは爆笑してた。叩かれながらだから馬鹿みてえだった。
ドロテアも安心したみてえで泣きそうになってた。助かったんだから笑えって言ってやっただ。
ラウルさんが来て、薬になるつっつってしこたま草(ハーブとか言ってただ)とか青カビチーズ食わせてた。やー、イアンさんがこれまたキレるキレる。
「なんということをする、先生を腐らせる気か」
て怒鳴り散らしてケンカになって、おらがイアンさん羽交い締めにしてなけりゃ今頃葬式もんだった。
けんど不思議だな、そのおかげかケロッと持ち直しただ。もしこんど傷から悪い毒がまわったら、おらもそうしてみよっと。
6月 †日
先生に手の痛みはねえんだかって聞いたら、もう大丈夫だっつってたけんど、ありゃ強がりだな。夜に手の痛みでシクシク泣いてんのまる聞こえだ。
ヴィルヘルムの兄やんには電話で気が付いただよって知らせただって教えた。なんか唸りながら「こんなことで兄上の気を散らしめるな、役者とは親の死に目にも逢えぬのだから」って言われただ。
あと仕返しはすんなって言うからなんでだべ超意味わかんねえっつったら
「復讐する必要はない。私はとっくに許しているさ」
だと。
だもんだでおら、こんクソたわけって言ってやっただ。なーんも悪いことしてねえだに殺されかけて、死ぬほど熱にかかってこれでなんもやり返さなけりゃもうマジもんの馬鹿だでよっつったら
「それでもだ、ブレーズ。こうして私は生きている。君達のおかげだよ。下手人の罪は明らかだが、残りの懸案は官憲に任せよう。これ以上の罰の取り立てはかえって名誉をそこなうだけで、意味がない」
だと。話になんねえ。
イアンさんはどう思うだか、やっぱ通り魔野郎をとっちめてやるだよな?って聞いたらば
「先生が報復を禁じるならば是も非もない」
てこっちも話になんねえ(超意外なんだけんど)。
「あんのっさぁ、あんた様がたそろいもそろってマジもんの馬鹿だか?警察に任せてちゃ犯人が見つかるわけねえだ。やつらこれぽっちもやる気のねえのなんざ、みえみえなんだでよ」
てどやしつけても首を縦に振りゃしねえ。
「名誉なんかどーでもいいべよ、自分の人気わかってるだか?こん近所どこじゃねえ、この地区の奴らほとんど全員先生に恩義があんだぞ。人相書きでも描いてもらって捜し回ればぜってー見つかるだで!」
ておら超力説した。
ほんにひとこと、『やれ』っ
「私を好いてくれる人達ならばこそ、そんな危険な行為をしてほしくない」
とか言いくさるし、イアンさんも
「私は先生、しばらくここに寝泊まりして貴方の影になります。安全が保証されるまでは護衛を任されてください」
て先生の肩に手のせて
「ということだ、ブレーズ」
だって。なにが『ということ』なんだか。
そのままおら、もう知んねえ!って出てきた。
あん人らの考えはよくわかんねえ。何に遠慮してんのか知んねえだども、お綺麗なごたくはどーだってええだ。
役人は金に弱え。貧乏人は腕っ節に弱え。
みんなが幸せとかなんかよりてめぇのことがいっとう大事だ。みんなそうだ。それが当たり前なんだ。
馬鹿くせえ。ひとこと「やり返してくれ」って言やぁええもんを、理屈こねくり回して、っとに馬鹿くせえだ。
しっかしまあ、芯からお人よしの先生のことだで、もしかしてマジで言ってんのかもしんねえだな。もしおらなら、あんなことされたら治ったとたんブッ殺しに行くけんどな。
お堅い坊さんでもあるめえし、おら別に物事がまっすぐだろーと曲がってよーといっこも構わねえ。けどおらの仲間がひでえことされたら黙っちゃいらんねえ。やられたやつがいいって言ったってダメだ。冗談じゃねえだ。
村長の父ちゃんがよく言ってただ。
「村のもんはおらのもん。ひとも山羊も牛も馬も、おらのもんに手ぇだしやがったらブッ殺す」
ってな。あれとおんなじだ。
ティロルの男はナメられたらしまいだ。ぶん殴られたらぶん殴り返す。骨さ折られたらもっと折り返してやる。ダチや身内がやっつけられたときにゃあこっちから乗り込んでく。
そーやってきたんだ、昔から。父ちゃんもじいちゃんも、ずっとずーっと前のご先祖さんも。
おら、学もついてきたしちっとは
先生がなんて言おうが知ったこっちゃねえだ。先生もおらのもんだ。こん事務所のもんはみんな仲間だ。
だで、刺しやがった野郎をのうのうと逃がしゃしねえ。
とっ捕まえて先生の前に引きずり出して、ぎったんぎったんにこらしめてやらねえと気が済まねえ。
6月】日
近所の奴らとか先生のよく行く酒場の知り合いとか裁判とかで知り合った連中に通り魔野郎のことを触れてまわっただ。
&¥教会の角っちょでヨアンセン坊に出っくわした。なんか前に師匠にあまっこを世話してやったことで礼がどーだのこーだの話しかけてきた。
こっちゃそいどころでねぇ急いでんだからまた今度な!って言ったら
「我が師の恩人たる貴方に礼を返さなければ教会の威信に関わります、何かお困りでしたらお手伝いを」
て走って追いかけてきた。
んで期待はしてねーけど先生のケガのことと犯人をとっ捕まえることを話した。
「フェルダーの先生?まさかとは思いますが、それはマクシミリアン=フォン=フェルダー氏をさして言っているのではないでしょうね?」
ていきなし言い当てたからたまげちまった。なんで先生のこと知っとるだかって聞いたら、教会にしこたま寄附し続けとるんだと。そんで名前がブラックリスト?だかなんだかに載っとって、なんかとにかく目ぇつけられとるらしい(良い意味で)。
「これは主の思し召しとしか考えられません。良き羊を助けよ、と仰せなのでしょう」とか「本来なら依怙贔屓と批判を受けるような行いは致しませんが、私めも助力を」
っつーからそんな細腕で何してくれんだ、あまっこよかやわこいんでねえだか?つったら、なんか人相絵描いて配ってくれるんだと。絵描くの得意らしい。
教会にくる連中が手伝ってくれるんならずっと人手もふえるだな。
6月▲日
やっとこさ旅芝居が片づいたヴィル兄やんが来た。あっち
ポーランドのクラクフとかいうとこから特急で着いた中央駅から、すげー焦って「それでマクシミリアンはあの、生きてい、あマネージャー、馬車をまわしてくれ!…とにかく行くぞ!」て電話きて、電話から10分で飛んできた。
着いたら着いたで、あんのじょう大騒ぎになった。はじめはこうだ。
「おお…マクシミリアン…我が愛しの弟よ」
そんで見えねえ相手とダンスしとるみてえに腕さ広げたまんまフラフラ先生んとこいって、枕元に膝ついて
「マクシミリアン、お前はなんという不孝者なのだ」
て言った。
「私が舞台で演劇にいそしむことは課された義務であり、その目標とすべきはお前を守ることなのだ。ーーーそしてお前に課された義務は、お前自身を危険から遠ざけ守ることであるのだぞ」
て先生を睨んで髭をピクつかせた。先生がめっちゃ苦笑いして
「いえ兄上、私が人事不省におちいる原因になったのは近頃ありふれた、予測し得ぬ暴漢の不意打ちにいきあってしまったせいなのですよ」
ていうのを食い気味に
「そんな言い訳はどうでもいい…許さん、この私を置いて先に死ぬことなど許さんぞ!」
ってギャン泣きした。
そっからは先生は一生懸命慰めてた。ったくどっちが兄貴だか弟だか分かんねーだな。あんまり大げさすぎて、まるで芝居みてえだった。
って、そうだったあんひとは役者さんだっただな。
7月 ←日
朝先生が
"他にも__。__の__、___などの傑作をものしている"
単語ムズイだで読むのしんどい。だで、先生に読んでもらうことにしただ。
「その筋では有名人らしいな。しかし最近はスランプに陥り、じょうちょ面でひどく落ち込んでいた…か。なるほど」
何がなるほどなのか分かんねえけど、野郎がおっ
「ブレーズ、素直に喜べないよ。私も傷ついたことはたしかだ。しかし、このリッツェン=ゴルドベルグという男が死んでしまったこともたしかなのだから」
て髭も尻尾も下げてしょんぼりしとった。自分を殺しに来たやつが死んだのがうれしくねえとか、反対に悲しいとかわけわかんねえ。
おまけによく聞いたら自殺だべ。死にてえやつは勝手に死にさらせ、くたばるのに人様にメーワクかけんでねえってもんだって言ってやった。
「私はねブレーズ、みんなに幸せになってほしいんだ。それはこの世には争いもあるし喧嘩もするさ。けれどーーーやっぱり私は最後には誰もが幸せになる物語を希望せずにはいられないんだよ」
だって。
なんつーお人好しだべ、ほどっちゅうもんを知んねえだ。
それからなんか先生の名前を伏せて葬式に花を贈るように言いつけられた。「イアンには黙っておきたまえよ」とか口止めされたけんど、誰が言うかってもんだ。
マジで、先生は大馬鹿もんだ。
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