第九話 仲間
「みんな、どうかしたのか?」
ツキヒコとオクトーバー・フェストが第一エリアに設けられた作業スペースに戻ってくると、部屋の中央に設置されているソファーに座っていたシオとミヅキとタイチが何かを話し込んでいる様子だった。キリエはいない。どうやら彼女は第一エリアの作業場に戻ったらしい。元々、彼女は第二エリアではなく第一エリアの人間なのだから不思議ではなかった。
「ちょっとね」おかえり、と言ったシオが少し考え込んでから言う。「まあ、こっちのことは後でいいわ。とりあえずそっちの報告を先に聞かせてもらえるかしら」
三人が話していたことは気になるが、まずは自分のことを話したかったツキヒコは素直にシオの提案を受けることにした。
「わかった」
ツキヒコとオクトーバー・フェストもソファーに腰を下ろした。テロ組織カオスのアジトからここへ戻るまでの間、ツキヒコはあらかじめ報告したいことがあるとシオにケータイで告げていた。
「実は――」
ツキヒコはカオスのアジトで起こった出来事を報告した。がさ入れの結果、武器や弾薬や車などは見つかったけれど、コンピューター類がすべて撤去されていたためナナカ・ミマサカ暗殺計画に通じる直接的な物証は見つけられなかったこと。敵は一人しかいなかったこと。その一人は何者かによって殺されたこと。そして、カオスによって妹のミユと姉のサイカを人質に取られたツキヒコが午後三時までにナナカ・ミマサカを暗殺するように脅されていることを。
「趣味が良い。サド侯爵と話しが合いそう」ミヅキが淡々と言った。
「許せないね」タイチは静かに怒りを燃やしていた。
「ひどい」心配気にシオが呟く。「ツキヒコ。大丈夫?」
同情してくれる仲間に感謝しつつ、ツキヒコはうなずいた。
「ああ、大丈夫だ。フェストさんにも助けてもらったし」
「フェストさん?」
ツキヒコを見ているシオはなぜか怪訝な表情を浮かべていた。ツキヒコにはその意味がわからなかったが、特に追及することはなかった。シオは軽く息を吐いてから言う。
「まあ、これでわたしたちがやることははっきりしたわね。第二エリアのエージェントは総力をあげてミユちゃんとサイカさんを救出するわ。それが結果的にナナカ嬢を救う事にもつながるはずだし」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺が言うのもなんだけど、と言ってからツキヒコは続ける。
「みんなが全面的に協力してくれるのは嬉しい。だけど、相手が俺にナナカ嬢の暗殺を命じたとしても、俺以外に殺し屋を雇っていないという保証はないだろ。そっちも引き続き調べた方がいいんじゃないか?」
「それは第一エリアに任せるわ」シオは言った。「状況から判断して敵はテロ組織カオスで決まり。ツキヒコが言うように他にも殺し屋が雇われているかもしれないけど、どうせ彼らは午後三時までは動くことが出来ないんだから後回しでもいいわよ。ミユちゃんとサイカさんを救出してから考えればいいわ。カオスをどうにかするのは後でもなんとかなるし」
「たしかにそうだけど」ツキヒコは遠慮がちに言う。「シオはそれでいいのか?」
「ええ。問題ないわ」
即答するシオ。その瞳に迷いはない。
「そっか。ありがとう」
今回の敵はテロ組織カオスだ。そのカオスのリーダーはシオの父親であるタケシ・カワスミ。シオは彼との関係が上層部に知られ一時はミマサカ機関を辞めようと思ったが、それでも父親を自分の手で捕まえるために組織に残った。つまり、本来ならばシオは父親を捕まえるという自分の目的を遂行したいはずなのだ。それなのに、自分の目的よりも仲間の大切なものを助けることを優先してくれる。それがツキヒコは嬉しかった。
「どうしたの?」
自分を見ているツキヒコにシオは戸惑いながら言った。ツキヒコはしっかりとシオの瞳を見て答える。
「いいやつだな、お前は。今度、飯でもおごらせてくれ」
シオは大きく目を見開いて、手を振った。
「い、いいわよ。別に。当然のことするだけなんだから。その、あれよ。犬の飼い主が、愛犬を散歩に連れて行くようなものなんだから」
「俺は犬かよ……」
「そ、そうじゃなくってっ。と、とにかくお礼なんていいからっ」
断りながらもまんざらでもない表情を浮かべるシオ。そんな彼女を手で追いやり、ミヅキが割って入ってくる。
「わたしは喜んでご飯を頂く。それはもう肉塊にむしゃぶりつく遭難者のように。血の一滴さえも残す気はない。タイチはどうする?」
「ぼくも遠慮せずに頂こうかな。せっかくくれた好意を振り払うのは相手に失礼だしね。オクトーバー・フェストさんは?」
「もちろん頂きますよ。気になっている男性からのお誘いですから断るわけがありません。これはライバルに差をつける千載一遇のチャンス。このままゴールインも夢ではないです。どうやら神父さんに話をつけに行かなければならないみたいですね。みなさん。今度の日曜日は開けておいてください。ええ」
そう言ったオクトーバー・フェストはシオに目を向けて口を開いた。
「では、この事件が解決したら豪華に打ち上げと行きましょうか。一人欠席なのは残念ですが……まあ、仕方がありませんね。無理強いは出来ません。我々は軍隊ではありません。売られた奴隷でもありません。本人の意思は尊重しなければいけませんから。ええ」
悪戯っぽく微笑むオクトーバー・フェスト。同じような表情でシオを見る他のメンバーたち。そんな仲間たちの視線に促され、シオはこう言うしかなかった。
「わ、わたしも行くわよっ」キッと、ツキヒコを睨む。「覚悟しておいてよね。打ち上げ後は次の給料日までずっとデパ地下の試食と水道水だけのお昼ご飯にさせてやるんだから」
メインディッシュが運ばれてきたテーブルみたいに和やかな雰囲気に包まれる室内。仲間に相談してよかった。そう感じながら士気を高めていたツキヒコには、オクトーバー・フェストの呟きは聞こえていなかった。
「……まったく。大丈夫ですかね。こんな簡単に人を信頼してしまって」
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