第五話 操作されたベクトル
多くの人が夢を見ているであろう深夜一時近くという時間帯。カオスのアジトがあるという現場へ向うために第一エリアから借りたSUV型の
「あの、敵地に乗り込むっていうのに二人だけで大丈夫なんですか?」
ツキヒコの問いかけに、オクトーバー・フェストは失敗作の銅像みたいな表情を浮かべる。
「わたしと二人きりでは顔しか知らないクラスメイトと二人きりになってしまった時のように気まずいというわけですか?」
「いや、そういうわけじゃなくて、戦力的にどうなんだろうと」
「大丈夫ですよ。問題ありません。それにわたしたちが二人きりで行くということがわたしがこれから行く場所を案内する条件ですから」
「どうして二人きりなんですか?」
「大好物は独り占めしたいタイプなんですよ。まあ、とにかく足を引っ張ることはありませんから安心してください。状況によってはツキヒコさんを守ってあげられるかもしれませんよ。ええ」
確かに自分を人質に取る人間を返り討ちにしてしまうほどオクトーバー・フェストの戦闘力は高い。だが、それは相手が一人の時だ。多人数相手ではどうなんだろうと懸念がよぎる。これから向う場所は敵のアジトだ。相手が一人だけとは限らない。
「いいですよね、エージェントさんは」
ツキヒコの心配をよそに、オクトーバー・フェストは運転しているツキヒコに言う。普通の人ならば十八歳にならないと車の免許が取れないのだが、ミマサカ機関のエージェントは十五歳以上ならば特例で免許が与えられる。そのことを羨ましがっているのだ。
「別に運転が好きなわけではないですから特例があっても嬉しくはないですよ。必要だから手に入れただけです。運転が出来ないと仕事に支障をきたすんで」
「人間とは本来そういう生き物です。ええ」
「どういうことですか?」
「自分が好きなものではなくても、それが必要だったら手に入れるということですよ。ええ」にこりと微笑んでからオクトーバー・フェストは続ける。「人間は自分がなろうと思ったものにしかならないんですよ。今現在の自分の姿は自分が望んだものが集まって出来たものです」
ツキヒコは首を傾げた。オクトーバー・フェストの理論によればサッカー選手を夢見る人間はみんなサッカー選手になるということだ。そんな話はあり得ない。
「世の中には夢に破れた人が大勢いるわけですけど、その現象の説明は出来るんですか?」
もちろん、と言ってオクトーバー・フェストは口を開く。
「夢に破れた人は、夢を諦めた人です。つまり、諦めると自分で決めたわけですね。だから結果として夢に破れた人間になったわけです。ちゃんと自分が思った通りの人間になっているじゃありませんか。ええ」
なるほど、とツキヒコは納得してしまった。確かに人間は常に選択に迫られていて、選択をすることによって己の道を切り開いていく。夢を追うと決めたのも自分。諦めると決めたのも自分。選択をするということは自分の意思で何かを決めるということだ。結果として自分の思い描いた道を歩いていないとしても、その道を選んだのは自分以外の誰でもない。
「さすが交渉が報酬と言うだけありますね」ツキヒコが言う。「あなたとは口喧嘩をしない方が良さそうです。別に俺は負けず嫌いってわけじゃありませんけど、負ける戦をわざわざ行うような男気はありませんから」
「わたしもツキヒコさんとは口喧嘩をしたくないですね。あなたは論理でどうこう出来る人じゃなさそうですから。論理的でない人間は何をしでかすかわかりません。まあ、論理的でないのが人間の特徴ですけどね。あ、次の信号を右に曲がってください」
言われた通り、ツキヒコは信号を右折した。深夜の道路には手抜きをした漫画の背景みたいに車がほとんどないので、右折時に対向車を待つことはなかった。直進しながらツキヒコは言う。
「あの、そろそろ目的地を教えてくれませんか?」
「それはダメです。ネタバレ厳禁ですから。ええ」
「はあ……」
「焦らないでください。待つことで喜びが増えることも世の中にはあるんですよ。ええ」
オクトーバー・フェストがメモリーカードの隠しファイルにしまっていた情報は二つ。一つはナナカ・ミマサカ暗殺計画の実行犯はテロ組織カオスの人間であること。もう一つはカオスの人間が出入りしている施設の場所である。彼女は独自のルートでその情報を手に入れ、ミマサカ機関に警告をしたというわけである。だが、ここで一つ疑問が生まれる。どうしてオクトーバー・フェストはわざわざファイルを隠したのだろうか。普通にミマサカ機関の人間に知らせればいいのではないのだろうか。その疑問をツキヒコが口にした時、彼女はこう言った。
「サカエさんに頼まれたんですよ。黒幕が内部にいそうだからカオスの情報は隠してくれと。そして、自分が信頼する部下がわたしに会いに来るからその時に隠しファイルの内容をその人に伝えて欲しいと」
つまり、サカエはナナカ・ミマサカ暗殺計画の情報をオクトーバー・フェストから入手していたというわけである。その後、独自の調査をして、黒幕が内部にいる可能性が高いと判断したのだろう。
「あの人は俺があなたにたどり着くことを予測していたってことですか」
ツキヒコの呟きにオクトーバー・フェストは口元を緩める。
「おそらくそうでしょうね。いや、予測ではなく誘導でしょうか。ベクトルを操作されたわけですから。覚えておくといいですよ。この世の出来事はすべて必然です。大抵、誰かの思惑通りに事は進んでいます。ええ」
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