09:『硝子の靴の物語』の始まり≫≫
「も、もういいんじゃない?」
「いや、待つんだ! まだだ。あと5秒、4、3、2 …… GO!」
井戸部くんの合図と共に私は“
「何がGOだよ。おめ、ばっかじゃねーの? もんじゃ焼くのにストップウォッチなんて使うか普通?」と、向かいに座っている
「ふっふっふ。
「ろ、6分? そ……そんなに?」
(
ーー “奥田さん”ではなく、“麗美ちゃん”
私は手を動かしながらも、初めて井戸部くんが私のことを下の名前で呼んでくれたのを聞き逃さなかった。
思わずニヤけてしまいそうになる口元を私は
「もう、疲れたぁ」と今度は少し甘えてみせる。井戸部くんが「よっしゃ
「ったく……どうでもいいから早く食わせろよ」と蘭は口の中で呟く。その口調は『私がふてくされてるのは腹が減ってるからだけであって他に意味はないんだからな』ということをあえて強調しているようなイントネーションだった。
複雑な気持ちだった。けれど嬉しさは隠せなかった。だがそれは決して井戸部くんに対してだけではない。蘭に対しても……そう、私は今、蘭という親友がいてくれていることに対しても
「ずるいぞー、蘭も少しは働けー!」
「まったくだ、働かざるものは食うなっ!」
井戸部くんと顔を見合せ、わざとらしく「ねー」と首を傾げてみせる。
そんな私たちを見て蘭はきょとんとしていたが、ようやくフッと笑ってくれた。
「はいはい」と仕方なさそうに蘭は小ベラを手に参入してくる。私はかき混ぜながら、もんじゃを少しずつハート型に形成していった。それに気付き、井戸部くんが茶々を入れてきた。
「うっわー、麗美ちゃん!
「だってこれ、“シンデレラもんじゃ”なんでしょ? やっぱハートにしなきゃ…… 」
「かぼちゃのもんじゃなんて
「いや、これが絶品なんだって! コクがあってさ、チーズとの相性が抜群なんだな」
シンデレラという言葉でふと思い出し、私は以前、映画館でカミジョウがやったように蘭に質問してみることにした。
「……ねえ、蘭。去年さ、一緒にディズニー・シーに行った時のこと、覚えてる?」
一瞬の沈黙があり、蘭は答えた。
「へ?……ああ、麗美の誕生日の時でしょ? 覚えてるよ、あたりまえじゃん。何よ急に?」
「う、ううん。なんでもないの。私、ほら、あんな楽しい誕生日初めてだったから、今までで、たぶん。それだけ──」
“記憶の共有”。それが絆を深める。だからこそ人は
「あんなの普通じゃない? フツー?」
「『フツーに普通』って言葉おかしくないか?」
「いいからおめえは焼いてろ。それに私だって麗美の誕生日に
「そんなんでいいの。だって誕生日なんてそんなものでしょ、
「あのさ、なんでキミら女子ってそんなに『
普通か──
「あー、わかったー。そうやって地味に今年の誕生日のハードル上げてきてるでしょ。何気にプレッシャーなんだけど……」
「違うってば、覚えててくれて嬉しかっただけ」
おそらく蘭は覚えてなどいない。私がそうであったように。その記憶はおそらくたった今〈REM〉によって作り出された偽りの“思い出”なのだ。
なぜなら…………そんなことはなかったのだから。
そして時がきたら私はシンデレラの如くもとの世界へと戻らなくてはならない。この世界に
私は急に、余命があと
「ありがとう、覚えててくれて。…… 私ね、蘭のこと、大好きだよ」
「へ?」
だから私は思うだけでなく、思いを言葉に、そして言葉を口に出した。こんなことには何の意味もないとわかりつつも。たとえそれが砂の靴、いや、幻の靴であっても構わなかった。
どうして、こんな簡単なことが今までできなかったのだろう。もといた世界に戻ったとしても、私は今みたいに思いを素直に口に出すことができるだろうか。
心を口に出し、
だからそれが
「な、なによ。私にコクってどうすんのよ?」
蘭は顔を真っ赤にして照れていた。可愛いとこあんじゃん。
「え、なに、なに? ひょっとして麗美ちゃんって……
「んなわけねえだろ!」と空かさず蘭は的確に私の気持ちを突っ込み返してくれる。さすがは私の……… “ 親友 ”。
「ねえ、もしも、もしもだよ、世界で一番美味しいもんじゃ焼きを作ってくれるマシンが皆のうちにあったらどうする?」
今度は井戸部くんに向かって私はそんなことを言ってみた。
「ねえ。今日の麗美、なんか変だよ?」
蘭は眉を
「何それ何それ? そんなのあんの?」
「だから、“もしも”の話だってば。そしたらさ、もう自分でもんじゃ焼きなんか作らない? 食べるだけ?」
「は? バカなこと言っちゃいけませんよ。やらせねーよ。こうやってジュージューグニョグニョすんのが楽しんじゃねえか。そんなマシンあったら俺がクラッシュしてやる!」
「だよねっ……そうだよねっ」
私は何度も首を縦に振り、二人の顔を交互に見た。
▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲
『
「
『
「そのことなんだが……
『データ?
「どうして彼女のーーレミ・オクダの『
『それは…… 見当はつくだろ。おまえさんだって同意したはずだーー』
「カタルシス=レベルを上げたい」
『そんな余計なことはしなくていいーー』
「あと少しだけでいいんだ。榎本、
『サッカにでもなったつもりか?ーー』
「
『カレー?ーー』
「 “豚の餌” を作るよりはマシかと思ってな」
『リョーリニンね。随分とまあ古くさい言い方だな。そっちの世界に
「悪いな、榎本」
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