第22話





 夏休み。それは学生ならば誰しもが心待ちにする長期休暇だ。

 風見ヶ岡学園の魔法科でも例外なく1か月の休みがある。

 その間は基本的に魔法科の寮生達は実家に帰る為、普段と比べて静かだ。

 

「帰った」


 夏休みに入り、総真と穂乃火も例外なく京都の実家に帰ってきている。

 途中までは晶も一緒だったが、寄るところがあると別行動で総真たちは先に屋敷に戻って来た。

 風見市ヶ岡学園に入学する為に家を出たのは数か月前の事だが、総真は家にいない事も多い為、長期家を離れていても特別何か思う事もない。

 玄関から入ると、事前に総真が戻る時間を聞いていた屋敷の使用人達が二人を出迎える。

 荷物を使用人に渡す。


「お兄ちゃん!」

「絵里火か。久しぶりだな」


 総真が帰って来た事を聞き付けた末の妹である絵里火が走って来る。

 絵里火は総真と穂乃火の2つ下の妹だ。

 妹ではあるが、すでに穂乃火よりも身長は高く、二人で並んでいるといつも穂乃火の方が妹に見られる。

 前髪と分厚いレンズの眼鏡で目元を隠しているせいか、気の強い印象のある穂乃火とは対照的に気が弱いと言う印象を受ける。

 

「絵里火。私もいるんだけど」


 穂乃火は笑顔でそう言う。

 だが、絵里火はそれが怒っているのだと悟ると素早く総真の後ろに隠れる。

 それを見た穂乃火はムッとする。


「穂乃火。余り妹をいじめるな」

「私は虐めてなどいません。大体、絵里火には炎龍寺家の娘としての自覚がですね……」

「そんな事より、絵里火。先代はいるか?」


 穂乃火の言葉を総真が遮る。

 このやり取りは穂乃火が風見ヶ岡学園に入学する以前から毎日のように行われている為、絵里火もうんざりしていたようで、総真の問いに何度も頷く。


「そうか」


 総真はそう答えると、絵里火を置いて歩き出す。

 そして、残されているのは怒り心頭な穂乃火だ。

 自分が助かった訳ではなく、いつもの穂乃火の説教が始まる事を悟った絵里火は顔を青ざめる。

 屋敷に穂乃火の声が響き渡り、使用人たちはいつもの炎龍寺家の日常が戻った事を内心微笑ましく思った。

 

「先代。総真です。ただいま戻りました」


 二人の妹を置いて来た総真は屋敷内のある部屋を訪れた。

 総真が声をかけると中から返事が返って来て、総真は中に入る。

 部屋の中には一人の老人が座っていた。

 総真は老人の前で正座して座る。

 彼こそは炎龍寺家の現当主、炎龍寺不知火の父親にして先代の炎龍寺家当主、炎龍寺焔だった。

 一般的に魔法の源である魔力は男よりも女の方が高い傾向にあり、魔法の名門一族では女が当主をしている事が殆どだ。

 当然、炎龍寺家の歴代当主の殆どが女で、男でありながら当主となったのは焔が初めてだ。

 だが、焔は総真のようにその圧倒的な才能で認められた訳ではなく、彼の母が当主としていた代には跡取りとなる者がおらず、だからと言って当主の座を空ける訳にもいかず彼が当主


となった。

 焔は魔法を実践レベルで使う事は出来ないが、その反面剣術に秀でており、総真の師でもある緋村真理や現当主である炎龍寺不知火に剣術を叩きこんだ剣術の師でもある。


「それで学園の方はどうだ?」

「思った以上の収穫です。穂乃火や晶以外でも粗削りでも中々面白い人材が今年は揃っています」


 総真は焔の問いにそう答える。

 これが普通の祖父と孫なら総真の学園生活や勉学の事を聞いているのだが、あくまでも総真は炎龍寺家の次期当主であり、焔は先代の当主である。

 風見ヶ岡学園の魔法科の生徒達はいずれは学園を卒業して、魔法管理局に入るなり、別の道に進むなりしてそれは炎龍寺家の為でもある。

 焔の問いは総真が学園の生徒達の将来性について聞いているのだ。

 総真もそれを分かった上で答えている。

 

「そうか。それは何よりだ」

「ただ……少し気になる事も。俺は明日にでも風見市に戻るつもりです」

「好きにしろ」


 焔も総真のやる事は口を出す気は無い。

 総真たちが実家に戻った翌日の早朝には、総真は家を出て夏休みが終わり、直接寮に戻る事を穂乃火と絵里火は聞かされる事となり、夏休みは総真と共に色々な事をやろうと計画して


いた事が全て無駄となる事はこの時の二人はまだ知らなかった。










 夏休みに入り斗真も他の生徒同様に実家に帰省する事となっている。

 実家と言っても両親は斗真が風見ヶ岡学園で生活している間に海外に転勤している為、今は誰もいない。

 今は時々、隣に住む押さ馴染みが軽く掃除をしてくれているらしい。


「それにしてもずいぶんと懐かしい気がするな」


 駅に降り立つ斗真はそう感じた。

 生まれてからずっと斗真はこの町で暮らして来た。

 旅行で町から出る事はあったが、これだけの期間町を離れた事は今まで一度もなかった。

 斗真自身、町に特別な思い入れはないが、やはり自分の生まれ育った町は少なからず特別だったのだろう。


「斗真」


 しみじみしていると斗真にとっては馴染み深く、同時に直接聞くのはずいぶんと久しく感じる声が聞こえる。


「剣護に明日香。ただいま」


 そこには斗真の押さ馴染みである百瀬剣護と小鳥遊明日香が斗真を出迎えていた。

 二人とも斗真とは幼少期からの付き合いだ。

 剣護は実家が剣道の道場で自身も中学時代、剣道の大会で全国優勝する程の実力者だ。

 斗真が中学時代に巻き込まれた事件でも斗真の剣の稽古の相手をしてもらっている。

 一方の明日香は家が隣で、家族ぐるみで仲良く両親が不在の時は良く家に夕飯を作りに来て家事をして貰っている。

 どちらも斗真にとってはかけがえのない親友だ。


「斗真。なんかたくましくなった?」

「どうだろ? 自分でも良く分からないけどな。でも、基礎体力作りは結構やらされているからな」


 2人と合流した斗真は3人で自分の家へと向かう。

 その道中で、斗真は風見ヶ岡学園の事を2人に話した。

 魔法を専門に学ぶ魔法科と言っても基本的な部分は一般の高校と大して変わらないが、魔法を本格的に学ぶと言う点ではやはり違う部分もあり、剣護も明日香も興味深そうに斗真の話


しに耳を傾けた。


「けど、魔法科って女子の方が多いんだろ?」

「まぁな。男子は俺を含めて4人しかいない」

「へぇ……そうなんだ。可愛い子とか多いんだよね」

「……どうだろ」


 斗真は言葉を濁す。

 魔導師に女が多い為、魔法科はどこの学校も女子が多い。

 風見ヶ岡学園でも例外ではない。

 その上、寮生活である為、否応なく女子との接点は増える。

 普段の生活ではそこまで意識した訳ではないが、女ばかりの環境は健全な青少年には夢のような場所である事には違いない。

 明日香も斗真がわざと言葉を濁した事で少しジト目で怪しむが、斗真が話しを変える。


「まぁ……そんな事を気にしている余裕はないからな。クラスの中でも凄い奴とか多いし」

「そうなのか?」


 剣護は少し以外そうにしている。

 剣護は斗真の実力を知っており、斗真程の実力なら勉強はともかく、実技ならそうそう遅れを取らないと思っていたが、斗真の言葉を聞く限りではそうでもないようだ。


「ああ。特に数少ない男子の中で炎龍寺って奴がいるんだけど。そいつが馬鹿みたいに強いんだよ」

「炎龍寺ってあの炎龍寺総真?」

「そう言えば俺達と同い年だったっけな」

「二人は知ってんのか? 炎龍寺の事」


 総真の実家である炎龍寺家が魔導師の家系では超がつく程の名門である事は知っている。

 だが、魔法とは余り関わりの少なかった剣護や明日香が総真の事を知っている事に斗真は驚くが、それに驚いた事自体に剣護はため息を付き、明日香は苦笑いとしていた。


「あのな……炎龍寺家と言えば魔法史の授業じゃ歴代の当主の名の暗記は必須な一般常識レベルだぞ」

「それに跡取りの炎龍寺総真と言えば雑誌とかで若き天才魔導師とかでインタビューが乗ってたりして有名だしね。ウチの学校の女子も魔法には興味はないけどカッコいいって騒いでる


よ」

「マジで……」


 元々勉強が苦手で魔法関連の歴史を学ぶ魔法史の成績も斗真は良くない。

 魔法史において炎龍寺家の歴代当主は教科書に写真つきで乗っている。

 斗真は今までは総真や穂乃火は良いところのお坊ちゃんやお嬢様程度の認識だったが、その先祖が歴史上の人物として出て来るとは思っていなかった。

 数年後には総真も炎龍寺家の当主となり、教科書に載ると思えば、自分は歴史上の人物となる相手と同じ教室で勉強している事となる。

 今まではそんな事を全く思っていない為、心境は複雑だ。


「まぁ……そんな事よりも、この後剣護の家に言ってもいいか?」

「別に構わないが……」

「助かる。少し相手をして欲しい。この夏休みの間に少しでもアイツとの差を縮めておきたいからな」


 総真と自分との実力差が途方もないのは学年末の実技試験で思い知らされた。

 授業も無く一日中練習が出来る夏休みは少しでも総真との差を埋める絶好の機会でもあった。

 剣護の家は道場である為、自分の家よりも練習には向いている。

 その相手としては剣道で全国制覇している剣護は絶好の相手でもある。

 その後、斗真は家に荷物と置くと、3人で剣護の家に向かった。


「相変わらずデカいよな。剣護ちは」

「そうでもないさ。炎龍寺家の本家に比べればな」


 剣護の家は古くからある家で、敷地内に道場がある為、一般的な家庭と比べると敷地面積は広い。

 他を知らない斗真や明日香からすれば剣護の家は相当広い家だと言う印象が強いが、剣護の言うように炎龍寺家の本家はこれの数十倍の広さがあると言う事は見た事のない斗真たちに


は分からない。

 剣護の家に付くとすぐに斗真と剣護は道場で竹刀を手に対峙する。

 それを端で明日香が見ていると言うのがいつもの光景だ。

 

「斗真がどれだけ腕を上げたのか見せて貰うぞ」

「おう。驚くなよ」


 そんな軽口をいいながら、始めは軽く打ちあう。

 斗真の攻めを剣護は冷静に見切って竹刀でいなす。


「いきなりそんなペースで大丈夫か?」


 剣護はそう忠告する。

 斗真の攻めは一撃一撃が今までの斗真の一撃よりも重く、激しい攻めだが、この調子ではすぐにバテそうな勢いでもある。

 しかし、少し経っても斗真の攻めが衰える事は無かった。

 そこで剣護は自分の認識が間違っていた事に気づいた。

 剣護にとっては後先考えない無理な攻めだが、斗真にとってはそこまで激しい攻めではない。


(まさか……ここまでとは)


 斗真の成長の速さは剣護は良く知っている。

 いずれは自分を超えるとも思っていた。

 高校に進学して剣道部に入り毎日剣道漬けの自分と魔法を中心に勉強している斗真とでは早々差は埋まらないと思っていた。

 だが、斗真は剣護の想像を遥かに上回るスピードで成長していた。

 考えを改めた剣護は本気を出して斗真の竹刀を弾き飛ばす。


「相変わらず強いな……剣護は」

「いや……お前もまた強くなったな」


 剣護は内心では焦った事を表に出さずにいつも通りを装う。

 

「いや……こんなもんじゃ駄目だ。俺はもっと良くなりたいからな」

(これ以上……お前はどこまで強くなろうと言うんだ。斗真)


 剣護は思わず竹刀を強く握り締める。

 そんな剣護の様子には斗真も明日香も気づかない。


「そんじゃ体も温まって来た事だし、もう一本行こうぜ」


 弾き飛ばされた竹刀を回収した斗真は竹刀を構えている。

 剣護も心を落ち着かせて竹刀を構える。

 その日は日が落ちても夜遅くまで斗真と剣護の打合いは続いた。


















 夏休みに入り実家に戻った美雪だが、普段の寮生活と余り変わり映えの無い日々を送る筈だった。

 だが、実家に帰省した次の日に、父総次郎の客人が暫く家に滞在すると言う事を聞かされた。

 それ自体は自分には関係ないと思っていたが、その客人が総真であると聞いた時は流石に一瞬、自分の耳を疑った。

 何でも家の用事で風見市に滞在する必要が出来たが、学園の寮は夏休み中は事前に理由を添えて申請をしなければ使えない決まりとなっている為、使えずホテルを取るくらいならと父


や招待したと言う事だ。

 元から同じ屋根の下で暮らしており、総真も美雪の生活に干渉しない為、今までの生活と何も変わりはない。


「おはよう。美雪」

「おはようございます」


 その日もいつもの時間に起きて朝食を取る為に食堂に来るとすでに総次郎と総真が朝食を取っていた。

 始めは自分の家にクラスメイトの男子が寝泊まりをして、朝食を取りながら父と仕事の話しをしている光景には少なからず違和感があったが、今ではその違和感もない。

 それどころか、父と総真が談笑している光景はまるでそれが本来あるべき正しい光景にすら思える程だ。


「美雪。今日は出かけるんだったよな」


 美雪が席に着くと先ほどまで総真と話していた総次郎が美雪に話題を振って来る。

 基本的に自分とは関わり合いのない話しに総真は聞こえていないかの如く話しに入っては来ない。


「ええ。クラスの友人に夏祭りに誘われているの。炎龍寺君も一緒にどう?」


 風見市では毎年夏に花火大会が行われている。

 今までは興味もなく行く事は無かったが、今年は結愛から強く誘われていた。

 余り乗り気ではなかったが、結愛に押し切られて行く事になった。

 更には浴衣は必ず着て来るように念を押されている。

 総真がここにいる事は結愛は知らないが、誘ったところで人数が増えても文句は言われないだろう。

 

「俺は興味はないな」


 総真はそう答えてコーヒーを啜る。

 一応誘っては見た物の美雪も答えは分かっていた。

 ここまできっぱりと断れる事は美雪も少し羨ましいと思うが、行くと言ってしまった手前、理由もなく断る事も出来ず、かといって適当な嘘で断ると言うのも気が引ける程度には美雪


も結愛たちと馴染んでいる。


「そうか……総真君も偶には遊んでも良いとは思うんだけどな。美雪、余り羽目を外し過ぎないようにな。ただでさえ毎年この時期は怪我人が多いからね」

「分かっているわ」


 花火大会ともなれば人が一か所に集まり、少なからず喧嘩や様々な騒動が起きて怪我人が後を絶たない。

 美雪は手早く朝食を済ませて、部屋へと戻って行く。

 美雪にも何故だか分からないが、自分がこの場に居てはいけないような気がしている。

 どの道、浴衣を着つけて準備をするのにある程度の時間はかかる。

 そう自分に言い訳をして部屋に戻り準備をすると結愛との待ち合わせ場所へと向かった。













 待ち合わせの場所にはすでに浴衣姿の結愛と普段着の鷹虎が美雪を待っていた。

 結愛は実家が風見市だが、鷹虎は帰る実家も無い為、事前に申請を行い寮に留まっている。

 斗真とライラは実家に帰省している為、今回は誘う事は無かった。

 鷹虎は一応寮の部屋でゴロゴロと自堕落な生活を送るアウラも誘ったが、面倒だからと断れている。


「で……どうよ。アタシ等」


 美雪が来た事で結愛が鷹虎に問いかける。

 鷹虎もこういう場合女が何を言って欲しいかと言う事は分かっている。

 

「……良いんじゃない」


 面倒だが、ここは褒めて置いた方が無難ではあるが、結愛も鷹虎が取りあえず褒めて来たと言う事に気づき不満気だ。


「つまんねぇの。氷川」

「……何んなの」


 結愛が美雪を近くに引き寄せると自分の携帯で自分達を取る。


「斗真の奴に送るんだよ。悔しがると思うぜ。アイツ」

「悪趣味だな」


 結愛はそう言いながらもメールに取った写真を添付して送る。

 その写真を見れば結愛たちの状況を斗真は察して浴衣を来た美雪と花火大会に行けない事を悔しがる事を見越しての事だろう。


「んじゃ行こうぜ。大神。両手に花だけど、きっちりエスコートしろよな」

「いやいや。両手じゃなくて明らかに片手に花だろ」

「うっせぇよ」


 結愛は軽く鷹虎をど突きながら花火大会の会場に向かう。

 

「やっぱ良いよな。この祭り独特の雰囲気って奴は」

「そうか? 人ごみはどうも好きにはなれん」

「同感ね」


 祭りの雰囲気に結愛はテンションが上がるが、鷹虎と美雪は人ごみにうんざりしている。

 すでに結愛の両手には屋台で買った食べ物が握られており、一人祭りを満喫しているようだ。


「けど……こういう祭りは初めてだけど、なんか良いな」


 鷹虎は物心がついてから祭りと言った一般的な物ごととは無縁な生活をして来た。

 人ごみはうんざりだが、祭り独特の雰囲気はそこまで不快ではなかった。

 

「で……花火はどこで見るんだ?」


 辺りを見ながら結愛たちに尋ねるが、答えは帰ってこない。

 

「……マジか」


 周囲を見渡すが、そこには結愛も美雪も見当たらない。

 そこで二人をはぐれた事に気が付いた。

 これだけの人ごみでは特定の人物を見つける事は難しい。

 はぐれた際の待ち合わせ場所も花火を見る場所も決めていない。

 電話を掛けようにもこれだけ人が居れば早々繋がらない。


「まぁ……向こうもこっちを探しているだろうし、適当に歩いていれば見つかるだろう」


 ここで焦ったところでどうしようもない。

 下手に探す事に気を取られるよりも折角来た祭りを楽しみながらの方がここに来た意味もあると鷹虎は決めた。


「ん?」


 美雪と結愛を探しながら歩いているとふと立ち止まる。


「あれって……神代だよな。何やってんだ」


 鷹虎が見つけたのは美雪でも結愛でも無く、A班の神代照であった。

 照は結愛たちのように気合を入れて浴衣を着ている訳ではなく、私服だったが、鷹虎も照とは話した事は無いが、余りこういう場所に来るタイプには見えない為、意外に思う。

 かといって美雪のように友人に誘われたと言う訳ではないだろう。

 照の周りには男が3人程いて、照に何かを言っている。

 照とは親しそうに見えず、どこか困っているようにも見える。

 

「ナンパか……大変だな」


 恐らくは一人でいた照を男たちが声をかけたのだろう。 

 明らかに照は困っているが、男たちも引く気はないように見える。

 

「……仕方が無いか」


 これ以上照が渋っていると男たちは強引な手段に出かねない。

 これが結愛ならその時点で殴り飛ばしそうだが、照は実技試験で鷹虎に距離を詰められて接近戦に持ち込まれた時点で降参している。

 魔法を使えば正当防衛にはまずならない以上は魔法を使わずに何とかしなければならない。

 3人の男に照が魔法を使わずに何とか出来るとも思えない。

 照とはクラスメイトと言うだけで、特に親しい訳ではない。

 それでも、このまま見過ごすと言うのも、気分は良くなかった。


「神代! 悪い。待たせたな」


 鷹虎は照と待ち合わせをしていたかのように声をかけた。

 男たちは突然現れた鷹虎を怪訝そうに見る。

 一方の照は当然待ち合わせ等していないが、すぐに鷹虎の意図に気が付いたようだ。


「済みません。連れが来たので」


 照はそう言って軽く男たちに頭を下げる。

 

「何だよ。男連れか」

「行こうぜ」


 男たちも揉め事を起こす気は無いらしく、鷹虎が来た事で照をナンパする事を諦めた。


「大丈夫か?」

「ええ。でも助かったわ」


 男たちが去って行くと鷹虎もはぐれた二人を探す為に照から離れようとするが、照がそれを止めた。


「大神君。何かお礼をさせて」

「お礼って言われてもな……」


 元々、お礼欲しさに助けた訳でも無い。

 だからそう言われたところで鷹虎は困るしかない。


「別に気にする事でもないしな」

「それでは私の気が済まないの」


 鷹虎は少し以外に思っていた。

 鷹虎の印象では照は押しの強い方ではなく、後ろに控える方だと思っていた。


「だったら、本郷と氷川を見なかったか? あいつ等がいつの間にかどこかに行ってさ」


 断り続けたところで、照はそう簡単に引かないのであれば何か礼をさせた方が向こうの気も収まる。

 どの道、二人を探す上で誰かの目撃情報は欲しいところだ。

 全く無関係の相手に聞くよりかは、クラスメイトで顔を知っている照に聞いた方が有力な情報があるかも知れない。


「……さぁ。私は見ていないわ」

「そっか。じゃあ俺は行くな」


 有力な情報は無かったが、鷹虎が連れがいる事で照もそこまで強く引き止める事もなかった。


「また学校でな」


 鷹虎はそう言ってはぐれた二人を探しに戻る。

 それを照は見送りやがて鷹虎の姿は人ごみに紛れる。

 鷹虎が完全に見えなくなった事を確認した照は携帯を取り出す。


「私です。一先ず接触しました。はい……了解です」


 照は電話を切ると祭りには一切興味がないのか、そのまま人ごみに紛れて姿を消した。

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