第10話 鍛錬

――交わされる剣閃。

――都合、百度目。


 剣術の授業。学園の授業の一つ。貴族ならば出来て当たり前。平民は出来ないのが当たり前。

 貴族か富裕層ばかりの学園。できないのはアイラただ一人。もとより才能もない。あるのは癒しの力とまだ目覚めていない聖女の力だけ。それもまた戦うものではない。


 だが、目の前で起きているのは平民と貴族の戦いとは思えないものであった。


「やああああ!!」


 アイラが気合いと共に踏み込む。地面を蹴る。一歩で音を越える。ただ早く相手を切る為だけに編み出した歩法。

 意識の死角。無意識の死角。視界の死角を突いて、まるで消えたかのように目の前に現れる神速の踏み込み。


 裏霞うらかすみ。霞のように揺らめき相手の裏を取る神速の歩法。ナタリアの生前の妻が編み出したらしい相手の背後を取り切りつける為の神速の踏み込み。

 まるで一瞬にして空間を切って移動したかのように、アイラはナタリアの背後へと現出する。この6年で使えるように鍛えた戦うための術だった。


「さすが、ですわね。でも、また足りませんわ!!」


 背後を取られたとしてナタリアは揺るぎもしない。剣が走る。明るい月のように振るわれる三日月の軌跡。基本となる横薙ぎ。


「へへん、私だって、この6年しっかりお母さんの教えを思い出して鍛えたんだからね!」


 鯉口が鳴る。

 龍閃――八重桜。

 龍切の居合いが走る。

 振り返ると同時に、走る剣閃。八つの軌跡が下から上へ。地から天へと。三日月を引き裂くように剣閃が走った。


 ナタリアが用意したアイラ用の刀がその真価を発揮する。ナタリアが娘のために打たれた刀に施した様々な術がアイラの戦闘を後押しする。

 もはや神器クラスの魔力が込められた刀の一撃は大気を切り裂き、空にまで届かんほどだ。


 振るわれた刃は居合いに迎撃される。

 散る火花。

 

 鳴り響く金属の調べ。一瞬で鞘に納められた刀。続く、居合いが走る。


 龍閃――雪中花せっちゅうか

 雪の中で咲く花が雪解けとともに一瞬だけ、その姿を現すことに例えられた居合い。即ち、その居合いはただの一瞬のみ、刃がそこに存在するほどに速い。


 神速の斬撃。不可視と化した刃がナタリアへと迫る。必殺の軌跡。だが、


「それでこそ、我が娘。でも、お父さんを舐め過ぎですわよ」


 年季が違う。こちらは18年鍛え上げてきた。確かに戦えるようにはなっただろう。だが、まだ足りない。

 ナタリアが要求する戦闘能力にはまったく足りない。


 魔力が爆ぜる。機構剣の特殊魔力放出機構が駆動し、加速した刃は雪中花に追いつく。

 刃は落とされ距離を離される。


「うぅう、お母さんの鉄拳なら倒せたのにぃい。……お父さん、嫌いになりそう」


 アイラが悔しそうにそう言う。シャレになっていないのでナタリアはこっそり冷や汗をかいた。妻直伝の鉄拳。あれを完全なものとして使えるのであれば、ナタリアとて危ない可能性があるのだから。

 そして、最後の一言がかなり傷つく。内心で吐血して四肢を地面について号泣するレベルのダメージ。もう瀕死である。いや、即死である。


「(死にたい。こちらはお前の為にどんな気持ちで必死でやってると思って、グスン)」

「(あああああ、嘘、嘘だから、冗談だから! 本当に感謝してるから。あとで肩揉んであげるから! お願いだから、泣かないでお父さん! その顔で泣かれると罪悪感で死にそうだから!)」


 そんなやりとりを小声でしつつ、バレないように魔法で認識阻害をかけて剣戟を合わせる。

 その凄まじすぎる剣戟の応酬に貴族たちは唖然としていた。最後にはアイラの刀が弾かれてナタリアとアイラの試合は終わる。


 もはや誰もアイラを馬鹿には出来ないだろう。戦場で伝説を作り続けたナタリア相手にここまでできるのならばもはや馬鹿には出来まい。

 なにせ、自分が突っかかっていったら下手したら殺される可能性すらあるのだから。


 地方領主の子女と子息あたりはなんとかできるだろうが、それはこれからだ。まだ、最初の段階が終了しただけなのだから――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 剣術があれば魔法の授業もある。アイラが編入してから数日。行われる魔法の授業。

 それは、貴族にとっては6歳の頃から習い続けている学問。世界の深淵から湧き出す魔力。世界に充ちたその力を組み合わせ、組み換え新たな法則カタチとする固有技法。


――魔法機関マギアエンジンと人は呼ぶ。


 それは、貴族と一部の富裕層にのみ許された力。


魔法機関マギアエンジン――森羅万象」


 名を紡ぎ、魔力を組み合わせ、組み換え、書物として新たな法則カタチと成す。学園始まって以来の天才と呼ばれた少年ディン・クローゼンの魔法が成る。

 久しぶりの再会だが、印象が随分と代わっていた。


「さあ、来ると良いお嬢様、僕がどれほど修練したのかを見せてやろう」


 すっかりとひねくれた感じに。いや、ひねくれたというか生意気というか。こちらが素なのだろうか。


「魔法機関――アウレオラ・ニンブス」


 そう思いながら魔法を使う。言葉と共に紡がれる黄金の光輪と一対の翼。


「まあ、それは良いのですけれど。なぜ、わたくしなのでしょう。クリスのでも良いのでは? というか随分と印象が違いますわね」

「ここではお前と僕は対等だからな、素で行かせてもらう。あの時の敗北、僕は忘れてはいない。僕に敗北を味あわせてくれたのは貴様だけだ。だから、お前にした」

「はあ? まあいいですわ。そこの平民に格の違いというのを見せつけてやりましょう」


 あまりわかっていないが、ディンは始める気であった。魔法の授業。魔法の完成品を見せて、他の奴らを刺激するという名目の模擬戦。

 やっぱり素はこちらだったと思わないでもないが、やるのであれば本気でやるとしよう。相手は本気だ。ならばこちらも本気でやらなければ失礼だろう。


「――飛翔フライ――」


 光輪が回転し、魔法を組み上げる。それと同時に、ナタリアの身体は空へと飛翔する。落ちる煤は全て魔法で防ぎ、天高く昇って見せる。


「さすがです、ナタリア様。いけ好かない眼鏡をボコしてやってください」


 その様をクリスが賞賛し、ディンへ隠さない敵意を送る。


「フンッ、メイド風情が吠えるな。僕に負けた分際で。負け犬の遠吠えにしか聞こえんぞ」


――ピキピキ。


 そんな擬音が聞こえてきそうな下の雰囲気にナタリアは思わずため息を吐いた。唯一の癒しは、飛翔したナタリアを感心して見てくれるアイラのみ。

 娘が見ているのである無様なところは見せられない。


「本気で、行きますわよ。最初から、全力で。ふふふ、あとでアイラに褒めてもらうんですの」


 娘にかっこいいと言われることこそ全父親の望み。それは前世からの経験であるし、今生の父であるガウロンにもことあるごとに言ってあげてとても嬉しそうにしていたので間違いない。

 魔法書森羅万象に飛翔の術式を綴り、飛翔するディン。彼の魔法もナタリアの魔法に負けず劣らず万能性を持っている。


 アイラが聞いた時は卒倒しそうになったくらいだ。曰く、彼はゲームで使えるユニットキャラというものらしく、魔法使いで複数の魔法を扱える強キャラだったらしい。SLGでは、遠距離キャラが最強なのだよとは娘の言葉。

 ともかく、ゲームにおいては、ある程度の魔法が使えるくらいのキャラだったのか、魔法書として顕現した魔法に式を綴るという時間はかかるにせよ全魔法を扱えるようになっている。確かに性能が段違いだろう。


「さあ、来い」


 そんな彼はナタリアの前まで来る。昔とあまり変わらず、背も伸びなかったようで、小さい。今でも子供に間違えられるような可愛らしい眼鏡の彼が目の前に。

 凛々しく、宣戦布告。それに応えるように、


「行きますわよ」


 光輪が回転する。組み換わる。


――極大魔法


 天へと掲げた腕。生じる重力の刃。全てを引き裂く刃は、大気圏すら抜ける。長大な刃によって突き抜けた雲間から太陽の光が降り注ぐ。

 その中に飛翔する自分。客観的に見てかっこいいだろう。そうナタリアは分析してちらっとアイラの方を見る。さぞ、かっこいいと思ってくれているに違いない。


「うわぁ、お父さん。大人げない」


――なんか、ドン引きしていた。


「…………」


 急速にやる気が削がれた。即座に魔法を切り替えて火の球を生じさせて、ディンへと投げつける。すっかりやる気を失っている為、火の球もへろへろと飛んで行く。

 しかし、込められた魔力が尋常ではないので、爆裂した際の威力は馬鹿にできない。しかも追尾機能まである。


 いくらディンが魔法で逃げようが追うし、防御しようとしても防御面を避けてくる。全面を防御しようとすれば魔力が足りない。

 それだけ魔力密度が濃いのだ。数分粘ったが結局、ナタリアの勝ちで終わった。


「くっ、まだ勝てんか。覚えていろ。次こそは、勝ってやるからな!」


 そう宣言して黒衣を振り乱してディンは走り去って行った。悔しそうではあるが、何やら良い顔をしていた。

 とりあえず、若人の良い刺激になったのなら良かっただろう。目下の問題は、アイラにドン引きされたのをどうやって挽回するかだけだ。


「流石ですナタリア様」

「別に、何もしてませんわよクリス。それじゃあ、クリス、次は貴方ですわよ。無様は許しませんわよ」

「御心のままに」

「た、だ、し! あくまでも、ええ、あくまでも、あくまでも! 本気でやるふりをするだけですわよ! 絶対に、怪我だけはさせないように、良いですわね! 絶対ですわよ!」

「こ、心得ております」


 思わず凄まじい剣幕でクリスに迫ってしまったが、彼ならば大丈夫だろう。というかアイラにも魔法を教え込んでいるので、良い勝負になるはずだ。どちらもナタリアの教え子ともいえる。

 実力としてはまだクリスの方が上だが、それでもめげないのがアイラだ。原作ではそんな様に王子は惹かれていったのだという。そもそも原作のナタリアが相当我儘でクズいので、そっちに惹かれるのも当然だろう。


 これまた、凄まじい魔法戦を貴族たちに見せつけて魔法の授業は終わる。

 もはやアイラにちょっかいをかけようとする馬鹿はいない。むしろ、ナタリアの弟子だという情報を広めているので、ナタリアへの窓口として重宝される始末だ。


 段々と評価が上がって行っているのにナタリアは満足する。ナガレにわざわざ色々と良い情報を流させているのだから広まらないわけがない。


――本当、便利ですわねあいつ、無礼ですけど。


「お褒めいただき恐悦至極」


 噂をすれば何とやら。誰もいない屋上で煤避けの大きな黒い傘をさしながら立っていると、いつの間にかナガレがそこに立っている。いつも通りの軍装姿。今は、煤避けにインバネスと軍帽を被っている。

 軍属の姿であるが、隠密と言った方がしっくりくるのは黒ずくめだからだろうか。あるいは、その雰囲気からだろう。


「勝手に人の心を読まないでほしいものですわ」

「いえいえ、別に人の心など読めるはずもございません。ただ、褒められた気がしたので」

「そう、相変わらず察しがいいですわね」

「いえいえ、お嬢様ほどでは。それにしても、良いんですか、今、アイラさんに向かって貴族の御令嬢方が徒党を組んでいく計画を立ててましたけど」


 ほとんどアイラにちょっかいをかけるやつはいないが、ヴィルヘルムと仲良くしているのを良く思わない輩はいるらしく、徒党を組めばどうにでもなるとか、ナタリアがいないところでやればどうとでもなるとか浅はかな奴らはまだまだいる。

 ただナタリアはそれらについてまったくと言っていいほど心配していない。最高のガードをつけている。


「大丈夫ですわよ」


 その言葉と共に、火柱が上がる。クリスがやったのだ。


「焼いて、アイラ様には手を出すなと忠告してきました。火傷などのけがは治しておいたので問題はないでしょう」


 獣人特有の身軽さで壁を蹴って屋上へと上がってきたクリス。メイド服そのままで外に出ていたというのに煤汚れ一つない。


「ええ、良くやりましたわ」

「おお、怖い怖い。彼女の為ならば誰であろうと害す恐ろしいお嬢様なんて、そんな噂が広まっちゃいますねぇ」

「むしろ、広めるのでしょう。貴方は」

「もちろん」


 悪びれることもなく彼はそう言う。


「竜人は高潔と聞きますが、ナガレだけは別ですね。殺していいですかナタリア様」

「おや、下賤な獣人如きに自分を殺せますか?」

「やりますか」

「どうぞ、ご自由に」


 一触触発の空気を醸し出す二人。


「はいはい、仲が良いことは良いことですからじゃれ合うのもその辺にしてください。そんなことしている暇はありませんわよ」

「ナタリア様。こんな蛇と仲が良いなどと言わないでください」

「おや、気が合いますね猫。自分もあなたのような男のくせに女の恰好をしている者と仲良くしているなどと思われたくありません」

「はいはい、そう言う事にしておいてあげますから、さっさと次の手に行きますわよ」

「御心のままに」

「面白ければ、自分はそれでいいですよ。長い命の時間、楽しければそれで。今は、お嬢様についてるのが楽しいので従わせていただきますとも」


 順調に事は推移していることだけは確かである。日が進むにつれてアイラの評価は段々と上がってきていた。ただ、まだ足りない。


「さて、次はどうしましょうかね」


 娘の評価をあげる方法。


「んー」


 傘をくるり、くるり。


 その時だった、


「お父さああああぁぁああああん――!!!」

「こら、叫びながら走ってこないはしたないですわよ。それに、外に出るときは煤避けの傘をさすこと。女の子なんですから、髪の毛が痛みますわよ。あなた、ただでさえ癖毛で、煤が絡みつくと本当に取れないのだから」

「ごめんなさい、ってそうじゃない。竜、竜だよ、竜! そろそろ竜が来る時期!」

「本当です?」

「本当だよ、そろそろその時期!」

「ふむ、決まりましたわ。次の休みに、アイラはわたくしに、わたくしはアイラになって竜の討伐に行きますわ」

「え? それなら私も行けるよ、鍛えたし」


 確かに鍛えただろう。だが、ナタリアの要求する戦闘力にはまったく足りない。それに、


「娘に危険な事させられませんわ」


 たとえできるとしても娘に危険なことなどさせるつもりはさらさらない。


「だから、わたくしに任せなさい。あと、貴族として面倒くさいからお休みが欲しいので、代わってください。ヴィルヘルムさんとデートでもしてきていいから」

「お父さんが危険な目に合ってるかもしれないのに、デートなんてできるわけないじゃん」

「良いんですのよ。気にしなくて。とりあえず、次の休みにやりますわよ。ヴィルヘルムさんにも伝えてね」

「むー、わかった。でも、無理はしないでね」

わたくしを誰だと思っていますの?」

「私の前世での自慢のお父さん」


――もう死んでいいですわよね!

――自慢、自慢って言われましたわ!


 感動で打ち震えて涙する。父としてこれほど嬉しいことはない。だからこそ、次の休みに竜を倒す。

 アイラを幸せにする為に、父は頑張る――。


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