第7話 周遊

 時計は6時を回っていた。巡視船「はてるま」には、護衛艦「いそゆき」からP-3C飛行隊の到着予定が6時45分頃であることを伝えてきていた。

屈託のない護衛艦艦長からの言葉の中に「飛行隊が大盛りサービスと言っていた」と言ってたな。あれはどういうことなんだ?ま、せいぜい楽しみに待っておこう。なんだかこっちの緊張感も良い感じでほぐさせて貰った。海自がああいう人ばかりだったら、ウチももっとやりやすいんだろうな。ま、俺が入った頃よりは随分マシになったもんだが。船長の兼子は、先ほどの護衛艦とのやりとりを思い出し、そして回想しながら朝日というには強い南洋の眩しい日差しを反射する海面を見て苦笑いを浮かべた。同じ海を守ってるんだもんな。。。

「海自、頼もしいですな。」

副長の言葉に、現実の船橋の船長に引き戻された兼子は、

「そうだな。」

と深く頷いて、副長の方を見て話を続けた。

「それにしても、やっと中国の漁船が落ち着いてきたと思って警備体制を薄くしたとたんこれだ。しかも今度の仕掛け人は、日本人ときた。」

副長が後を次いで

「そうですね。ここを警備するだけが海保じゃないですからね。単に海を守るといっても警備すべき海も、犯罪を取り締まる海も、救難すべき海も、交通の安全を確保する海も。。。そしてきりがないですね。また去年みたいに50隻体制で尖閣を警備するとか言ってくるんでしょうか?」

不安と不満が感じられた。

実際に海上保安庁には約450隻の船舶があり、そのうち沿岸ではなく、陸地から離れた洋上で活動可能な外洋型の巡視船は約120隻である。これらの船舶と航空機で世界第6位の広さといわれる日本の領海と排他的経済水域、実に日本の国土面積の12倍の広さを守っているのであった。2012年9月の日本政府が日本人の地権者から尖閣諸島を買い取ったいわゆる尖閣諸島国有化により、尖閣諸島の緊張状態が頂点に達した時、海上保安庁は、外洋型の巡視船は約120隻のうち、約50隻もの巡視船をこの海域に投入していた。約1割が何らかの点検や修理で使用不能である点を考慮すると、約半数もの巡視船をこの海域に展開させていたことになる。これは、他の海域のあらゆる対応が手薄になるばかりでなく、手薄になった海域で活動する職員の負担が大きくなり、また、遠い尖閣諸島に貼り付けて置かれる多数の巡視船の職員の疲労も大きくなる。当時、いつまでこの体制を維持できるのかが問題視されたほどだった。

「あの時は辛かったからな。この海域で踏ん張っていた俺たちも、この海域に巡視船を遣してくれた留守番部隊の職員も。。。よくもったもんだ。

このところあちらさんも大人しかったから、領海周遊コースは止めていたが、また復活しそうだな。そうなったらまた我々11管だけでは足りなくなる。またかき集めてくるようになるな。」

領海周遊コースは、何となく兼子が言い始めた名称だが、内容としては、領海に沿って比較的大型の巡視船を航行させ、その隙間を埋めるように小型の高速巡視船が航行する方式だ。この言わば巡視船の壁によって接続水域から領海に入り込もうとする外国船の行動を阻止するのだが、それでも巡視船の壁には隙間が出来てしまう。この隙をついて領海に入ろうとする外国船に対しては、この高速巡視船が該当船舶を徹底的にマークし、領海に入らないように警告しながら徹底的に付きまとって領海への侵入を断念させる方法をとっていた。

副長は首を軽く横に振りながら

「領海周遊コースはキツイですね。中国漁船が大挙押し寄せてくるのも困りますけど、我々には民間人に対しては警察権を行使できるので対応できますが、中国公船が困りますよね。我々は、領海に入るなという「お願い」しかできない。そして領海に入られたらそれでも退去してくれという「お願い」しかできない。そもそも公船の領海侵犯って海自じゃないんですか?」

まだ30代後半の副長は、血の気も荒く言い放った。

「まあな、有害航行か無害航行かといったら、有害航行だろうな、なにしろ寄港する港がないんだから領海を航行する理由がない。でも自衛隊が出てきたら、中国人は喜んで軍艦で乗り込んでくるんじゃないか?ここら辺が複雑なとこだよな、港に寄港して陸に上がって始めて入国だからな。これが空だったら軍用機だろうが民間機だろうが領空侵犯で空自が堂々と対応しているのにな。陸地だってそうだ。一歩でも国境を越えたらアウト。でも、俺達の立場でこういう事を言っちゃあ、示しがつかんだろ。」

兼子は慰めるような口調でたしなめた。

そして、兼子が腕組みをして何か自分たちを励ます言葉はないだろうかと思いを巡らしている最中に、答えが浮かぶよりも早く見張り員の報告がスピーカから響いてきた。

「本線左舷側、東方に漁船団を発見。数は5。距離8海里(約15km)」

すかさず兼子はマイクを握り、

「こちら船長、当該漁船団に向かい接近の後、反転し追尾を開始する。なお、40分後には海自の航空機が低空警戒飛行を実施する予定。以上、全船取り舵!」

各部署の反応に緊張感がみなぎり、士気も旺盛なのを実感すると、兼子は表情を少し緩め丁寧にマイクを戻した。よし。これでいい。この調子だ。効果はどうであれ、この雰囲気が大事なんだ。と兼子は自分に言い聞かせた。

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