第5話 プリンシパリティーズ
対テロ組織を目的に、軍とは異なる組織がARK社直属に独立部隊が結成されていた。
その名もプリンシパリティーズ。
いくつかの種類の対人兵器パペットを束ね、独自に活動を行っている。
軍とも警察とも違う、民間企業の一機関が管理する集団なのだ。ごく少数人間の戦闘員もいるが、彼らは前線では戦わない。パペットの後方支援や管理が主な任務だ。
世界政府の結成した世界統一軍というものが存在していたが、組織が大きくなりすぎて、小回りが利かず、かえってテロリストのような少数で犯罪を犯す集団には全く効果がなかった。自国の経済を守るのに必死な状況において、国家間の戦争など起きない時勢にあって、時代遅れの軍隊と言えた。
それに対してプリンシパリティーズのパペットは、EDENと接続しARK社のサーバーからの命令で行動している。主に単独行動が多いが、場合によってはチームを編成することもある。
ブレイブ・ファングのような狼型パペットが何頭も街中をパトロールしていて、不審者がいれば即座にその牙でねじ伏せてしまうのである。過剰とも思える警備に、市民からは不満の声もあったが、黙殺されている。
拳銃の弾丸くらいなら物ともしない装甲に覆われたブレイブ・ファングは、プリンシパリティーズの主力と言えた。
また上空には鳥型のブレード・ウイングが昼夜問わず地上を監視していた。偵察、情報収集が主な任務だった。
もし、街中の一角にテロリストがいた場合ブレード・ウイングが発見、情報発信し、その情報を元にブレイブ・ファングが駆けつけるのである。銃弾をものともせずに襲い掛かり、仮にテロリストが自爆したとしても、修理が可能なのだ。修理不能であっても代替えはいくらでも生産される。
この地道とも言える部隊のおかげで、世界的なテロ集団を壊滅に追いやった功績を持っている。次々に現れるテロ組織をその都度つぶしてきた実績は
だが、ここ近年強力な智力を持ったパワーズが現れるようになって、ブレイブ・ファングでは太刀打ちできないことがしばしばあり、もっと強力なパペット開発が急がれつつあった。
またEDENでは、アークエンジェルズによる頭脳犯罪も増えていた。各国の省庁の極秘情報、企業機密、個人情報にいたるまでサイバー攻撃の対象となっていた。
その対応策として攻撃アークエンジェルズに対し、防衛アークエンジェルズを雇い常駐させているが、やはり人間であるため完全ではなかった。
プリンシパリティーズはこのサイバー攻撃に対する迎撃パペットも開発していた。ダーク・イエロー・スライムと呼ばれる不特定の形をしたこのパペットは、サイバー攻撃を鏡で反射するかのように、攻撃者に対し同じ攻撃をはね返すのが特長だ。まずなんといっても人間と違い、二十四時間常に監視し続けられるという点が大きい。
さて、プリンシパリティーズ上海支部は、ほかの都市の支部とは少し様相が違っていた。
メタトロンと名乗る指導者が部隊のトップに立ち、世界中の富裕層から、カリスマ的に支持を集めていたのだ。それはさながら宗教指導者であった。
メタトロンはアークエンジェルズやパワーズに憎しみにも近い感情を抱いていた。
彼の経歴や人物像には不明な点が多く憶測でしかないが、実は彼にはアークエンジェルズの智力が発現していないため、智力を有するものを逆恨みしているというのがもっぱらの噂である。
その根拠として、世界中の富裕層からメタトロンのもとに献金が集まるのだが、その富裕層たちはノックヘッドを装着してるにも関わらず、アークエンジェルズの智力が発現していない。そのためアークエンジェルズやパワーズに対して反感を持っており、フォーリンエンジェルズやグリゴリを始末してくれるプリンシパリティーズ、さらに言えばその指導者であるメタトロンに対して支持が厚いのである。
いくらプリンシパリティーズが独立部隊とは言え、ARK社と関係が切れているわけではない。世界中からメタトロンに集まる、常軌を逸した額の献金はARK社内でも問題視されている。
上海市の郊外にパペット生産工場があり、その敷地内にメタトロンの私邸が建っているが、広大な敷地に贅の限りを尽くした大豪邸がある。
私腹を肥やしてると見られるメタトロンと、ARK社上海支部とは確執があるとのもっぱらの噂なのだ。
更にはこのメタトロンがパペット部隊を率いて世界を平和へと導き、救世主となるつもりであるとの噂もあった。
いずれにしても憶測の域を出ない、謎の多い人物なのである。
この日は、そのプリンシパリティーズのパペットが活躍する日だった。
朝から、上海の下流層や貧困層たちが街中でデモ行進を行ったのが発端だった。
同じ上海市に暮らしながら、富裕層との隔たりに不満が募り、ついには業を煮やして、富の分配をすべきとの訴えを起こしたのである。みんなプラカードや横断幕を手に持ち、シュプレヒコールを繰り返していた。こういったデモがたびたび起きている。
昼過ぎ、デモ集団と警察が小競り合いをしたのをきっかけに、一部が暴徒化する騒ぎになった。
早まった警官のひとりが催涙弾をデモ集団に撃ち込んだために、さらにデモは激しくなり、完全にデモ隊と警官隊とのぶつかり合いになった。だが、重火器の使用が許されている警官の前に、丸腰のデモ隊では太刀打ちできず、一旦は落ち着いたかに見えた。
しかし、この混乱に乗じて上海市各地からグリゴリ集団が出てきて、警官隊をあっという間に蹴散らしてしまった。何百とあるといわれるグリゴリ集団がまとまって出てきたとあれば、智力の無い者は無力同然である。
グリゴリたちに助けられた形で息を吹き返したデモ隊は、さらに行進を進め、富裕層の豪邸が立ち並ぶ地区へと移動を始めた。打ち壊しをしようというのである。
今度は警察隊に変わって、軍が登場するが、それでもグリゴリにはかなわなかった。
そこで、プリンシパリティーズに出動要請が出たわけである。
多数のブレイブ・ファングが街中に放たれるが、最近はパワーズの登場により、ブレイブ・ファングの牙もかげりが出つつあった。事実、グリゴリたちとブレイブ・ファング部隊の力は
そして午後には一時戦闘は中断し、デモ隊グリゴリ集団と、警察、軍、プリンシパリティーズとがにらみ合いをする形になった。
これらの情報は日本人街にも入っていて、魔遊たちのグリゴリ夜叉も参加するべきだと話がまとまったが、案の定詩亜に止められた。
「何も魔遊たちが出ていくことないじゃないの。ほかのグループが出ていようと、そんなの関係ないでしょ。夜叉は平和的なグループのはずでしょ? だったらおとなしくしてなさいよ」
護が意志の強い顔つきですかさず反撃した。
「平和のための戦いなんだ。俺たちが今行動を起こさなければ世の中は変わらない。みんなそのために行動してるのに、俺たちだけここで指をくわえてるわけにはいかないんだ」
護は真剣な表情だ。しかし止める詩亜もまた真剣である。
春人はEDEN上でリアルタイムの情報を見ている。丸人はぼーっとして、何も考えてないように見える。戦いに出ようが出まいが構わない様子である。
魔遊は美雪と手をつなぎ、詩亜と護のやり取りを見ている。魔遊としては、戦いよりは今の
口論の末、強引に護たちは詩亜の制止を振り切って街を出て行った。
スーパージェットシューズであっという間に中心街へと到達する魔遊たちは、デモ隊の最後尾に聞いて、先頭集団の場所へと行く。するとそこはショッピングモールの入り口付近だった。相変わらずARK社の新型ノックヘッドのCMがしつこく流れている。当然だが避難警報の出されたショッピングモールには客はいない。
人をかき分け、最前線に来ると、仲間のグリゴリたちと合流することができた。
「おお、夜叉が来てくれたか。これは心強い」
口々に歓迎を受ける魔遊たちだったが、最前線の向こう側にはプリンシパリティーズのブレイブ・ファングがずらりと並んでいた。普段の数よりも段違いである。そのずっと奥の方に軍や警察がいるようだ。
「さっきからずっと一時間はこのにらみ合いのままだ」
普段は気のいいベトナム人の知り合いグリゴリ団が状況を説明してくれた。
「こっちから出ていけないのか?」
護は戦う気満々である。
「難しいな。ブレイブ・ファングの数が多すぎる。十頭や二十頭ならともかく……少なくとも百頭はいるんじゃないか?」
ベトナム人は大げさに言ってみせたが、実際それくらいはいそうにも見える。
「うむむ。確かに俺にもこの数は多すぎだ。春人、ブレイブ・ファングを一斉ログアウトできないのか?」
困った護は春人を振り返った。春人も困った顔をしている。
「あんなにたくさん無理だよ。ケルビムならともかく……。一応ケルビムに要請してみてるけど、この件に関して無関心らしい」
「ちっ、ケルビムはあてにならないな。頭はいいのに肝っ玉が小さいな。おっと、丸人には期待してないからな。お前はせいぜいブレイブ・ファングに切り傷を負わせる程度しかできないからな。致命傷は与えられない。……となると魔遊」
魔遊を振り返ると、当の魔遊はショッピングモールの方を見ていて話を聞いてないようだった。
「おい魔遊。どうしたんだ?」
「あ? なんだ護」
「話、聞いてなかったのかよ。あのブレイブ・ファングの大群どうする?」
「あ、ああ。それよりもちょっとショッピングモールに行ってきたい」
それを聞いて護はガクッとつんのめった。
「何だ? 腹でも減ったのか?」
「いや、美雪と約束してるから……」
「美雪? なんだそれ?」
「ちょっと行ってくる」
言うが早いか、魔遊はショッピングモールに入っていった。
「お、おい。魔遊! あ、行ってしまった。しょうがないな。子供思いなのはいいが、空気読んでくれよな。まだしばらくはにらみ合いだな?」
ベトナム人に聞くとうなずいた。
「ひとりケルビムが応えてくれた!」
ずっとEDENで呼びかけをしていた春人が歓喜の声を上げた。
「おお、助力してもらえるか?」
「ただ、十分間だけだ。ブレイブ・ファングを何頭か乗っ取って遠隔操作してかく乱させてくれるらしい。さすがEDENの賢者ケルビムだ。ブレイブ・ファングを乗っ取るなんて芸当できるもんじゃない」
「そりゃすごい。どんなことになるか見ものだぜ」
「もう、どれだけ礼節を尽くして対応したか。でも乗り気になってくれてよかった」
EDENのあちこちには様々なデータや情報が塊となったビッグデータが多数存在する。それらは普通の人間では抱えきれないくらいのデータ量であり、また煩雑であるため、アークエンジェルズであってもその膨大なビッグデータは処理できない。
このビッグデータを整理し、自分の欲しい情報をすぐさま辞書のように取り出せるほどの処理能力を持った者が、世界にはごく小数存在する。そして、ビッグデータを駆使して、自分の持っている以上の能力を使いこなすのだ。簡単に言ってしまえば、優れたアークエンジェルズなのだが、その差は雲泥だ。ビッグデータを自在に操る操縦者とも言うべきか。アークエンジェルとも違う、パワーズとも違う、そのたぐいまれな智力に敬意を評して、EDENの賢者ケルビムと呼ばれている。
通常、彼らケルビムは表には現れない。EDENで情報を収集し整理し管理することだけに固執し、世界がどうなろうと気にしていない。世捨て人なのである。だから、正義のためにビッグデータを有効利用するなど、そんな気は毛頭ない。あくまでデータを集めるだけであり、今まさに上海市でデモ隊とブレイブ・ファングがにらみ合いをしていようがお構いなしなのだ。だが、時々気まぐれに要請に応えてくれる時がある。平身低頭、粘り強くうかがいを立てていれば、耳を傾けてくれることがあるのだ。
春人が散々苦労した様子を語ってる一方で、ケルビムの力を借りることを喜ぶ護たちの反対側。すなわちブレイブ・ファングが並び戦闘態勢に入っている中で異常は起きた。
隊列を組んでる真ん中付近で一頭のブレイブ・ファングが宙を舞った。次いで、二頭、三頭と立て続けに木っ端のように吹っ飛ばされている。そしてそれが合図であったかのように、集団のあちらこちらで同じような光景が繰り広げられている。
ブレイブ・ファングが仲間を攻撃している。
春人の言うとおり、ケルビムがブレイブ・ファングの回線を乗っ取り、自在に動かしているようだ。ケルビムにかかれば、ブレイブ・ファングの回線などお見通しなのだ。ただ、自分で知り得た情報は絶対に誰にも教えない。
にわかにブレイブ・ファングやプリンシパリティーズ兵士がざわつきだした。何事が起きたか理解できず、どう行動したらいいのか分からない。サーバーからの指示も無回答だ。
軍や警察もどう対処していいのか分からないでいる。プリンシパリティーズの内情に干渉するのもどうかと思案していた。
その光景のさなか、魔遊がふわふわさんの大きなぬいぐるみを抱いて現れた。またしても空気を読まない行動に、護は頭が痛い思いだった。
混乱をきたしたブレイブ・ファングの集団に一斉攻撃を仕掛けるのは今しかなかった。護は他のグリゴリたちに呼びかけ戦闘態勢に入り、スーパージェットシューズで切り込んでいった。
護は目にとまったブレイブ・ファングの頭に手をかざし、爆発させ機能停止させて回る。一頭破壊するのに、一秒くらいは精神を集中させねばならず、その時間が長く感じられてもどかしかった。いくらケルビムの助力があっても相手は数限りなくいるのだ。
春人は一頭一頭目を合わせて、順番にブレイブ・ファングをログアウトさせ、サーバーから切断させる。護と同様に一秒から二秒は時間がかかってしまう。
丸人は風を起こして風圧で複数のブレイブ・ファングに切りかかることができるが、致命傷を与えられないのが残念だった。
魔遊はというと、ぬいぐるみを抱いたままブレイブ・ファングの隊列の中心を割って入って行った。視界に入った全てのブレイブ・ファングに怒りの感情をぶつけると、赤黒い腕が伸び、次々に喉元を引っつかんだ。するとブレイブ・ファングは頭を破裂させ、ガクンとその場に倒れ込んでしまう。同時に複数、しかも間髪入れずに。次々になぎ倒していく魔遊は、まさに鬼神のようにブレイブ・ファングを殺していく。
夜叉に勇気づけられて、他のグリゴリもそれぞれのパワーズの智力を発揮し、ブレイブ・ファングをやっつけていく。とはいえ、夜叉の智力には及ばなかった。というより、魔遊が特別すぎるのだ。
一見グリゴリたちが優勢に見えたが、さらにブレイブ・ファングの集団が加勢にやってきた。しかも今度はバージョンが違うようで外装パーツの形状がより鋭利に変わっていた。
しかも護、春人の時間のかかる攻撃が通じない。攻撃を仕掛けようとする前に、逆に先に攻撃を加えられてしまうのである。スピードが速いのだ。また丸人の風も全く歯が立たない。装甲の素材がまるっきり強靭なものに換装されているようだ。
ただ、魔遊の智力だけはまだ通じた。赤黒い腕にひっつかまれると、皆一様に頭が破裂してその場に崩れ落ちてしまう。
しかし、多勢に無勢。次第にグリゴリ集団は散り散りになってしまった。もはやデモ隊や軍、警察は放ったらかしである。もはや夜叉……魔遊と新型ブレイブ・ファングとの戦いへと様相が変わっていた。日は傾き、辺は暗くなりつつある。
スーパージェットシューズで高速移動しながら、場所を少しずつ変え、一頭ずつ確実に倒していく。今の魔遊にはこれしかなかった。護、春人、丸人も後を着いていく。
どれくらい戦闘が続いたのか、魔遊は、ふと気づくと辺りが急に広くなっているのに気がついた。公園のようだ。そして今まで大量にいたブレイブ・ファングの姿はどこにもなく、異様に静かだった。何か様子がおかしい。
逢魔が時になり、辺りは薄暗くなっていた。
魔遊たちがいる反対側。公園の奥に赤い光がふたつ、こちらを見据えていた。護が目を細めて何者かと見ようとしたその時、公園の外灯が一斉に点灯した。
照らし出されたのは、ブレイブ・ファングの数倍は大きなパペットだった。大きな角。低く垂れた頭。盛り上がった背中。それはファイティングブルそのものだった。闘牛士目掛けて今まさに突進しようとしている猛牛だ。
「アングリー・ブルだ!」
春人が叫んだ。その途端、怒れる猛牛が魔遊立ちめがけて地面轟かせて突っ込んできた。わっ、と魔遊たちは逃げ惑う。スーパージェットシューズのおかげで追いつかれずにすんだものの、無ければ鋭い角の餌食になっていたであろう。と同時にこれが罠だとやっと気づいた。魔遊たちはこの公園に誘導されるように仕掛けられていたのだ。
「アングリー・ブルってなんだよ?」
護が逃げ回りながら叫んだ。
「プリンパリティーズ内で開発されていた、大型パペットの内の一台だ。まさかもう実戦投入できるほどにまでなってるとは思わなかった!」
春人が命懸けでEDENで知り得た機密情報だったが、少々古かったようだ。
アングリー・ブルは巨体に似合わず、意外とすばしっこい。しかも小回りもきくとくる。このままではいずれ追い詰められてしまいかねない。
「どうするんだ。この怪物!」
護が汗を流しながら、誰に言うともなしに叫んだ。
すると魔遊が立ち止まった。ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめたままだ。
「魔遊! あぶない! 逃げろ!」
誰かが叫んだが、それより早くアングリー・ブルが魔遊めがけて巨体をぶつけるように突っ走っていた。
魔遊は目をつむっていた。頭の中に世の中の不条理、不平等、自分の不甲斐なさ、怒り、悲しみ、恨み、憎しみ、苦しみ……負の感情がぐらぐらと煮えたぎっている。なぜ、この世はこんなにも破滅的なのか。なぜ人間は争うのか。自分は何のために生きているのか。
「俺はなぜ生きている?」
魔遊は目を開けた。目の前にアングリー・ブルが自分めがけて角を向けて突進している。魔遊の胸から幾本もの赤黒い腕が伸びて、アングリーブルの頭を押さえつけた。突進してきた巨体がいとも簡単に受け止められてしまったのだ。そして、関節のあちこちから煙を上げ、頭が弾けとんだ。スローモーションのように巨体が倒れた。軽く地響きが起きた。
同時に魔遊もその場に倒れた。
「魔遊!」
護たちが駆け寄る。すると同時に見知らぬふたりの男女がどこからともなく現れて、背の高い優しい顔つきの男が魔遊を抱き起こした。
「大丈夫。智力を使い果たしただけ。すぐに気がつくわ」
やはり優しい顔つきをした女は護より少し年上の同年代と思われる少女ではあったが、態度は堂々としたものがあった。男も同様にまだ若い。
「わたしたちはヴァーチャーズ」
女が言うと春人が目を丸くした。
「ヴァーチャーズですか!? ホントに? 冗談じゃなく?」
春人はひとりで浮かれている。その声に魔遊が目を覚ました。
「ここで嘘を言っても意味がないわ。率直に言うわ。わたしたちの仲間に入らない? ここ最近上海で異常な数値の智力のログが確認されていて、それが誰なのか密かに探していたのだけれど、やっとわかったわ。あなたたちね。失礼して接触ネット・ダイバーさせてもらったわ。杏璃魔遊。日本人街で生活してるのね。智力はネガティブ・ジェネレイター」
女は次々に魔遊の頭をのぞきこむ。可愛い顔をして全く遠慮がない。
「素晴らしい。あなたはネット・ダイバーですか!」
春人はずっと興奮しっぱなしである。
「あなたもネット・ダイバーね白川春人さん。間紋護さんはブラスト・ディザイアね。白川丸人さんはフレッシュ・エア」
女は次々に頭の中を読み取る。
「今の乱れた世の中を救うのは、パワーズの智力に目覚めた者たちよ。その中からセラフィムが生まれる。わたしたちはそのセラフィムを捜し求めているわ。あなたたちはその候補よ。さあ、わたしたちと一緒に来る気はある?」
春人は目を輝かせた。
「世界中のグリゴリの中でも特に精鋭部隊なのがヴァーチャーズ。そんな方からスカウトされるなんて光栄です」
春人はもう一緒に行く気満々である。護はいぶかしそうな顔をした。
「そんなこと言って、俺たちを利用しようとしてるんじゃないか?」
「怪しむのも無理はないわね。そうね……今日の出来事はどこかおかしなものを感じなかった?」
護は今日一日を振り返ってみた。もうすっかり暗くなっている。
朝デモ隊が行進し、警察隊が取締りに入り、デモ隊が暴徒と化すが一旦小康状態になった。普通ならそこでデモ隊が強制排除されるなりして事態は収拾されるはずである。
この混乱に上海中のグリゴリが出撃して、デモ隊を助ける名目で警察隊を蹴散らした。そしてプリンパリティーズが登場し、夜叉が来たことで戦闘が起こり、そして……。
「そこまでは別におかしくないわ。あ、ごめんなさい頭の中をのぞいて。問題はその後よ」
女は護の頭を読んでいた。護はますますいぶかしそうに女を見た。
「俺たち夜叉が出てくるのを待っていたのか? というより魔遊が目的か?」
「あなたたちが出てくるのを待っていたのは、わたしたちだけじゃないの分かるかしら? デモ隊と警察が衝突して、グリゴリたちが集結したとき、きっとあなたたちが出てくることは予想していたから、わたしたちはずっと待機していたわ。プリンシパリティーズもまたあなたたちを探していた。だから、バージョンアップされたブレイブ・ファングが加勢しに現れた。そしてこの公園に誘い込まれアングリー・ブルと戦った。見て」
女が空を指さした。魔遊たちが見上げると、プリンシパリティーズの偵察パペット、ブレード・ウイングが公園の上空をグルグルと旋回している。
「そして……そこに隠れてるのはわかってるわ。出てきたらどう?」
女が木々が生い茂る方を向いて呼びかけた。するとまたしても男女三人が現れた。
「あなたたちも魔遊が目的ね?」
「ふむ。ヴァーチャーズの精鋭が来てるとは思わなかったな」
三人の内のリーダー格の男が言った。やはり魔遊たちより少し年上の少年だった。
「ここで奪い合いの戦闘でも起こすつもり?」
ヴァーチャーズの女がたずねる。男が首を横に振った。
「このグリゴリ連中のことがわかっただけで十分だ。いつでも仲間に引き入れる準備は出来ている。ここは平和的に、お互い引き下がることでいいんじゃないか?」
男は冷静に言った。ヴァーチャーズの女もうなずいた。
「じゃあ、今日のところはわたしたちも引き上げるわ。次会った時はどうなるかわからないわよ」
ヴァーチャーズのふたりは宙に浮き上がったかと思うと、そのまま夜空に消えていった。護はあっけにとられて空を見上げていたが、気づくと三人組もいつの間にかいなくなっていた。
すっかり夜になった公園には、マタドール魔遊に殺されたアングリー・ブルが無残に横たわっており、静かだった。
上海市中心部でも、とっくにデモ隊は解散し、警察隊や軍、プリンシパリティーズたちはすでに撤収していた。
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