千九十七話 相棒の空中機動とセナアプアの絶景

 触手手綱が二つ来たからそれを掴む。

 そのまま相棒は頭部を少しだけ上下に揺らした。

 

「皆、ロロは飛んでいいか? と聞いているかもだ」

「おう、いいぞ!」


 ハンカイの言葉の後、皆が、


「「「はい!」」」


 と、大声で了承してくれた。


「よし、では行こうか、相棒!」

「ンンン――」

 

 皆の声を聞いた神獣ロロは魔塔ゲルハットの庭を駆けた――。

 正門が一気に近付いてきた。

 神獣ロロは走りながら体勢を下げる。

 少し地面に引っ張られる感覚となった直後、足や腰が浮いたと思ったら、もうエセル大広場の上空だった。

 

 この跳び上がって飛翔し始める瞬間は楽しい。

 そして、神獣ロロディーヌの両翼はサジハリを彷彿とさせる大きさとなっていた。


 さすがにこれは大きすぎ――。

 あまりに大きいと注目を浴びてしまう。

 神獣ロロは触手手綱越しに俺の気持ちを読んだのか、両翼を少しだけ縮めてくれた。

 そのまま右へと旋回を行う――。

 巨大なエセル大広場を囲うように通っている大通りの真上に出ると、目の前に魔塔が迫る。そのまま摩天楼の如く聳え立つ魔塔にぶつかる勢いとなったが、神獣ロロディーヌは左側へと急カーブを実行し、己の体で半円を描くような螺旋回転も行う――。


「ひぃ~」

「おぉ!!!」

「わぁぁ~♪」

「「「うあぁ~」」」


 ヴィーネたちが悲鳴を上げた。

 神獣ロロの腹が魔塔の硝子窓に当たってしまうような機動だったが、衝突はせず――。

 ぐわり――と左へ――ぐわらり――と右へ――螺旋回転を行いながら大通りの真上を直進していく。


 相棒は、ちゃんと俺の直感的な操作に反応し、飛翔機動を取ってくれている。

 この神獣ロロディーヌとの一体感はやはり良い!

 そして、神獣ロロディーヌが大通り沿いを飛翔していく度に――エセル大広場の横に摩天楼の如く聳え立つ魔塔一つ一つが震えるように振動していた。

 振動で揺れている硝子窓と防護壁を見るに――割れたら弁償とかになってしまう? 

 とか考えたが、ま、塔烈中立都市セナアプアの上界は、さまざま飛空挺などが無数に飛んでいるし――空を飛ぶグリフォンなどを扱うテイマーもいるからな――魔塔も頑丈にできているだろう。

 そして、魔法学院の空魔法士たちに、役所の郵便局の空魔法士たちもいる。

 エセル大広場から離れながら魔塔の横を通り抜けた。


 また急角度で曲がると――。

 突如、自然が豊富な浮遊岩が眼前に――。

 が、神獣ロロディーヌは気にしない。


「ンンン――」


 『行くにゃ~』的な喉声を鳴らした神獣ロロ

 

 障害物競走のハードルを越えるような気分なのか――。

 その浮遊岩を四肢で掴むように巨大な樹と岩場を四肢が捉える。


 と、その樹と岩場を蹴り飛ばし踏み台にした。


「「「おぉ~」」」


 乗っている皆が興奮。

 自然が豊富な浮遊岩をあっさりと越えた――。

 

 周りの世界が止まって見える。

 時空魔法の加速魔法でも受けた印象だ。

 

 神獣ロロディーヌは宙空に<導想魔手>や<鬼想魔手>を作らずとも――。

 身を捻って翼の角度を変化させながら、燕の魔力を体から大量に噴出させることで、自由な方向へと瞬時に転回が可能で――尚且つ速度も速く飛べるんだから凄い――。

 

 先ほども思ったが、神獣ロロディーヌの、この加速力を活かしたライド感は最高に気持ちいい――。


「ンンン、にゃおぉ~」


 喉声のエンジンを盛大に吹かす。

 鳴き声も甲高い。相棒も楽しんでいる。


 凄く嬉しい思いが溢れた。


 ――バレルロール機動は爽快。


「おぉぉ~! ロロの加速力が増したのか!」

「いけぇぇ、ロロ様ァァ――」


 ハンカイと蜘蛛娘アキは非常に楽しそうだ。

 そのアキは自然とスカートの幅が増えて歩脚が増えていた。

 興奮したりすると、自然と変身が解けてしまうのかな。


 そして、キッカは……顔が引き攣っている。

 

 ジョットコースターのような機動は初めてだからな。


 が、結構平気なところが凄い。

 

 さて、このまま相棒の楽しみを優先すると……。

 【塔烈中立都市セナアプア】を出て南マハハイム地方のどこかに飛んで行こうとするから、さすがに速度はもう落とそうか――。


 ヴィーネもいるんだからな、神獣ロロさんよ!

 と、思念を触手手綱を少し引きながら伝える。

 すると、


「ンン――」


 喉声を鳴らして速度を落としてくれた。

 まぁ、そのヴィーネも、長耳を少し凹ませてはいるが、ちゃっかり俺に寄りかかっているし、「ご主人様……」と呟いて俺の抱きしめを強めているから、なんだかんだいって楽しんでいるようにも見える。

 

 そして、そんなヴィーネの長細い両足と細い腰には、ちゃんと神獣ロロの触手と毛が絡んでいた。


 そのままゆっくり飛行で上界の端のほうに近付いた。

 魔塔と魔塔の間を縫うように進む。

 そして、右から左へと移動している浮遊岩を一つ、二つ、三つと「ンン、にゃ~」と鳴きつつ楽しそうな声を発した相棒は次々に越えていった。


 上界の端が見えてきた。

 近くの魔塔を越えると、巨大な浮遊岩が迫る。

 その巨大な浮遊岩は、塔烈中立都市セナアプアの公共交通機関。

 上界と下界を結ぶ基幹のような巨大浮遊岩で、沢山の人々が乗っている。


 と、塔烈中立都市セナアプアの上界から出た。

 ハイム川とオセべリア王国側の大陸が見える。

 と、近くの浮遊岩の魔塔が目の前に迫った。

 相棒は横にズレるように飛翔し、その魔塔を避けてから真っ直ぐ飛翔。

 

 下界に向かうため高度を下げた。

 下界と上界の間にも、機動が不安定な浮遊岩は無数に存在するから、結構小回りが利かないと浮遊岩との衝突事故が起きるが、神獣ロロさんと俺なら平気だ。


 すい、すい、すい~と――歌うように両手が握る触手手綱コントローラーを操作して魔塔と魔塔の間をすり抜け、浮遊岩を越える。

 またも魔塔と魔塔の間を通り抜けて、下界に直進。

 左右に並び立つ魔塔の窓硝子から中の様子が見えた。

 中は不思議な液体が詰まっているプール的な魔塔だった。と、ぎょっとした。

 そこには巨大な熱帯魚のような怪物が棲んでいるのか、一瞬だけ見えた。

 

 他の魔塔も特徴的な物が多い。

 表面に大きい鋼の捻子が均等に並んでいたり、宿泊施設だったり、勉強部屋が並んでいたり、男女のハッスル部屋だったり、クラブのような閃光が迸っている部屋で多数の男女が踊っていたり、魔法陣が敷き詰められていたり、近代的な工場が並んでいて煙突があったりと、様々な方々が生活している。

 

 巨大浮遊岩も公共機関的なエスカレーターとエレベーターのような機動ならなんてことないんだが――機動が不安定な巨大な浮遊岩があるから厄介――。


 それでいてそこに、高層建築物の魔塔も立っているんだから――。


 重力はどうなってんだ。

 と今さらな感想を持ちつつも、安全運転を心掛ける。

 と、大小様々な飛空挺が見えてきた。

 小型戦闘機に空戦魔導師が指導している空魔法士隊も駆け抜けていく。


 空魔法士隊が行き交っている光景は圧倒される。


 まさに塔烈中立都市セナアプア独自の絶景だろう。

 何度も見ているが、見る場所、角度が異なる度に新たな発見があるのも――。

 この都市ならではか――。

 下界が近付く。と、小さい浮遊岩が上下左右に連なっている。

 それらの浮遊岩にはラーメン屋のような暖簾もあった。

 

 更に、提灯が付いた墓廟や巨大な鳥居のような建築物もある。

 三つ星レストランの穴場的な店とかある?

 神社的な施設はなんだろう?

 神明鳥居や明神鳥居とは若干見た目が異なる。

 

 エセル界の出入り口とかの結界とか神域のような場所なんだろうか。


 浮遊岩から赤茶色から紫色に変化していく液体が垂れ流れていく光景には毒々しさがあった。

 

 相棒の触手手綱の握りを少し斜めに下げた。

 神獣ロロディーヌは一気に急降下――本格的に下界に向かう機動に入る。

 と、下界の大きい魔塔の窓に近付いた。


 その大きい魔塔スレスレを飛翔していく。

 その魔塔の生活の様子が分厚い窓硝子越しに見えた。


 と、キッカが、


「ロロ様と宗主、ケアンモンスターの塊は此方の方角です――」

「ンン――」


 下界の全貌が見える。

 遠くに港とハイム川。

 東側か、港と倉庫街は【血銀昆虫の街】だな。

 

 ケルソネス・ネドー大商会が持っていた土地とライカンスロープ連中が屯していたエリアは【天凛の月】が得た。〝死蝕天壌の浮遊岩〟も俺たちの物。

 【白鯨の血長耳】の人員も多いが、さすがに広大な土地だからな、すべてを把握することはできていないだろう。


 すると、ヴィーネが、


「ご主人様、ケルソネス・ネドー大商会が飼育していた血銀昆虫が紡ぐ銀の糸と、その銀の糸を活かすための工場及び紡績製品の在庫は、【白鯨の血長耳】と分け合う形となりましたが、大丈夫でしたか?」


 紡績か。

 血銀昆虫が生成する銀の糸を魔の扉で魔界セブドラのバーヴァイ城や城外に棲まうデラバイン族の紡績職人たちに持ち込めば、何かしらのコラボが可能かな。

 更に魔裁縫の女神アメンディ様を解放すれば、デラバイン族たちに加護や恩寵を齎してくれる。

 その繋がりで血銀昆虫や血銀昆虫が生み出す銀の糸にも魔裁縫の女神アメンディ様が加護や恩寵を齎してくれるかも知れない。 

 魔界セブドラへの移動には極大魔石とバーソロンの魔杖が必要で頻繁に行ったり来たりはできないが、セラ~魔界セブドラ間の貿易も頭に入れといたほうがいいかもな。


 モンスターが大量に湧く懸念があるが、【ケーゼンベルスの魔樹海】で極大魔石の採取は可能。

 また、【バーヴァイ平原】、【源左サシィの槍斧ヶ丘】、【ケーゼンベルスの魔樹海】の資源と、その近隣地帯の資源も、【塔烈中立都市セナアプア】で販売できるようになるかもだ。

 そして、魔界セブドラの資材を活かした二次産業も【天凛の月】と関わる商店だけが活用できるようにも展開できる。


 魔裁縫の女神アメンディ様とのコラボで、ここが紡績製品の一大産業地になり得るかも知れない。


 そのことは言わず、


「……あぁ、メルやカルードもその案に乗ったから、五分で分け合ったんだろう?」

「あ、いえ、六・四で、【天凛の月】が多くなりました」

「おぉ、レザライサが引くとはな」

「……ほぉ、ヴィーネも交渉が上手いな、あのエルフ隊長相手に押し勝ったのか?」

 

 とハンカイが面白がって聞いていた。


「そうでもないんです。最初はすべて【天凛の月】が持つべきだ。魔界セブドラに槍使いが行ったのは、この塔烈中立都市セナアプアのためでもあるんだからな。と涙目で語ったレザライサでしたから……」

「え? そうなのか」

「はい、さすがにそれでは【血月布武】の名もありますし、【天凛の月】の人員が追いつかないので困ります。と言いました。【天凛の月】は、死蝕天壌の浮遊岩と港街と倉庫街の一部に、港と船渠と一体化し地下にも通じる魔塔の施設を得た。【天凛の月】の利益は多い……ですから、ご主人様ならどんな状況だろうと五分五分で分け合うと考えましたので、そのような方向で交渉しようとしたら、レザライサがいきなりキレてしまって……怖くなったので、六・四という事で、わたしが折れた側なのです」

「そ、そっか。よくがんばったなヴィーネ」

「はい」

「……」


 渋い顔のハンカイは絶句している。

 キッカたちもその交渉の話は聞いていないのか驚いていた。


 近くにいる銀灰猫メトが、そんなハンカイに体を寄せた。

 ハンカイの体と手足は黒い毛に包まれて見えにくいが、神獣ロロは気を利かせて黒い毛を短くしていく。

 

 そんなハンカイの足に銀灰猫メトは頭突きを行って、


「にゃァ」


 と鳴く。

 その銀灰猫メトはハンカイに撫でられていた。

 

「ふはは、メトの毛もロロに負けていない!」

「ンン」


「見えました。あそこがケアンモンスターの宿屋」


 キッカがそう告げる。

 厳つい建物がそうだろう。

 周りの建物は明らかに焼失している。


 破壊された建物もあった。

 そして、ファスが造ったと思われる赤い結界が、厳つい建物の周りを巡っている。

 

 神獣ロロはそのケアンモンスターの宿屋に近付いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る