千三十八話 魔王ビュシエ・エイヴィハン

 だいふび付いてしまったな。

 その宵闇の指輪を仕舞しまう。


「血の支配からは抜けているはず、ビュシエは魔力が膨大だから分かりにくいが」

 石棺に入ったままのビュシエはうなずいて、「腕と体が異常に重い……」と言いながら腕を上げた。ヴェロニカに宵闇の指輪を使用した時を思い出しながら、

「<筆頭従者長選ばれし眷属>からの離脱だからな。相当な能力低下だろう」

 と言うと、ビュシエは頷きつつ右手と左手の掌を広げ、白魚のような指を宙に泳がせる。手首に魔族の印のようなモノが見えた。

「不安を覚えるほどの能力の低下だ。ルグナド様の恩恵がこれほどとは……」

 と言うと、指が痙攣けいれんした。

 広げていた両腕を震わせた。

 体も痙攣して背を反らすと倒れそうになった。

「――無理はするな」

 そのビュシエを肩で支えてあげた。ビュシエは微笑ほほえみ、

「なんども済まない」

「いいさ、男としては役得だ」

「ふふ、正直な言葉だ……」


 ビュシエは微笑む。

 が、直ぐに顔色を変化させながら己の体を見て、


「わたしの体だが……変化がないようで筋肉の衰えが著しいようだ。感覚が狂う……あ、も、もう支えないで、大丈夫だ」

「……まだ少し体が震えている」

「あぁ……」

 数秒の間、強がるビュシエを抱くように体を支えてあげた。

 ビュシエの吐息は荒い。

 吸血鬼ヴァンパイアからの離脱は、あらゆるところにくるんだろう。呼吸もし難いか。

 ヴェロニカも苦しそうだった。肺は、俺たち光魔ルシヴァルにもあるが、と考えていると……。

 ビュシエは首筋と耳まで斑に赤くなっていた。

 野郎の俺に抱きしめられている状態だ。『恥ずかしいよな、済まん』と思いながらも、その魅力的なビュシエの体を見てしまう。


 肌の色は俺と似た普通の肌色。頭部に角はない。

 長い金髪に隠れた小さい角が頭部に生えているかもしれないが、一見はレベッカ的でもある。ベリーズにも似ているかな。


 落ち着いたところで――。

 石棺の中にいるビュシエから少し離れた。

 片足だけで立っているから支えたくなる。


 そのビュシエは、


「水神ノ血封書と宵闇の指輪は、本物だった」

「当然、本物だ」


 俺がそう言うとビュシエは右腕の戦闘型デバイスをチラッと見てから、


「疑っていたわけではない。が、吸血鬼ヴァンパイアから離脱可能なアイテムは貴重だからな」


 ビュシエがそう発言している間に、戦闘型デバイスを意識。

 一瞬で、風防硝子の真上に立体的なOS画面と宇宙のような背景が展開された。

 遠くから右腕の真上を見たら、8kを超えた高精細で立体的な映像だから、重力レンズから小宇宙を覗いているようにも見えるだろうか。


 あ、これはこれでフェイクになっていたのか?


 今まで戦ってきた者たちの中には、俺がアイテムボックスを意識しOS画面を出した時、右腕の真上に怪しい魔力溜まりが浮いているだと!? と、ゼロコンマ数秒間、考えていたかもだ。そのゼロコンマ数秒間の思考の乱れがスキルと魔法の狂いとなって、俺は戦いを有利に進められたのかも知れない。


 ま、あくまでも仮定だが……。

 

 その戦闘型デバイスのOS画面のアイコンとして浮かんでいる宵闇の指輪を直ぐに取り出した。

 

 ビュシエは、


「その宵闇の指輪や水神ノ血封書のような秘宝は他にも持っているのか?」

「鑑定していない品もあるから、あるかも知れないが、宵闇の指輪以外に、吸血鬼ヴァンパイアから離脱させるという効果がある秘宝はないと思う。ビュシエは、宵闇の指輪以外にも、吸血神ルグナド様の血の支配から抜けられる秘宝を知っているのかな」

「知っている。吸血神ルグナド様の魔王凱指輪、ルグナド様の吸魂サークレットなど。吸血神ルグナド様と関係する秘宝類は他にもある。魔公爵レスター・コーデアルの魔翡翠と魔血の指輪、魔軍ノ血廟、血幻ソフの装具、血霊ヒアルコルの背骨、ツィグトラの爪などだ。武器防具になる物もある。そして、環境と吸血鬼ヴァンパイアが持つ能力次第で、離脱の成功率も変化する」

「へぇ」

「が、離脱は禁忌に近いからな……それよりも、宵闇の指輪から出現した吸血神ルグナド様と宵闇の女王レブラ様と、その会話には驚きを覚えたぞ!」


 ビュシエは興奮していた。

 可愛い。

 紅唇と白い歯も魅惑的だ。

 犬歯は尖っていない。

 その可愛い紅唇を見てから、


「俺も、宵闇の指輪の現象には驚いたさ」

「シュウヤもか? 前に使った時とは違う現象が今回は起きたのか?」


 頷く。


「起きた。ヴェロニカという眷属相手に宵闇の指輪を使った時なんだが、宵闇の指輪から出現した吸血神ルグナド様と宵闇の女王レブラ様の幻影は小さくて、喋らなかったんだ」

「だから驚いたのか」

「あぁ、惑星セラで宵闇の指輪を使用すると、小さい姿で現れるのかも知れない」


 と推測すると、ビュシエは頷き、


「セラと魔界セブドラの差の可能性……魔界セブドラと惑星セラの間には狭間ヴェイルがあり、次元も異なるから、セラでは魔界の神々の力が弱まるのは納得だ」

「鑑定では、二人の女神が契約を交わした際に零れ落ちた体液が元となって生成されたモノが、宵闇の指輪らしい。だから、魔界セブドラで使ったほうがより効果が上昇し、副産物が生まれた結果が、今のビュシエかもしれない。ルグナド様とレブラ様の同盟の効果もあるだろう」

「……ありえる。吸血神ルグナド様と宵闇の女王レブラ様の会話にも繋がる」

「あぁ、女神たちの会話は貴重だった」

「うむ! ルグナド様はわたしを除名したが、正式に魔王ビュシエ・エイヴィハンとして認めてくださった。復活と独立を許された!」


 ビュシエは嬉しそうに発言したが、寂し気な表情となる。

 ビュシエは、吸血神ルグナド様の<筆頭従者長選ばれし眷属>として長く生きてきたんだからな。


 ルグナド様とビュシエの絆は深いと分かる。

 だからこその、このビュシエの表情だろう。


 その思いのまま、


「……魔界の神様なだけはある。器が大きい。そして、真心と粋な心を持つお方に見えた」

「あぁ、本当に……宵闇の指輪を使わないと、わたしの命が無いことを即座に理解しての判断だからな……」

「切羽詰まった状況、それほどまでに<渦呪・魔喰イ忌>の影響は絶望的だったんだな。他にも犠牲者がいるのかな。ルグナド様の語りだと、対処方法はあるようにも思えたが……」

「あぁ、あるにはある。そして、わたしが知る限りでは、ルグナド様は、数十人の<筆頭従者長選ばれし眷属>と<従者長>と魔界騎士を、渦呪系統の呪いで失っている」

「そっか。だからあの時、『……シュウヤ、ビュシエの最期を頼む……我との絆の……あぁ、ビュシエ……大事な……ッ』と言っていたんだな」


 俺がそう吸血神ルグナド様の言葉を喋ると……ビュシエは体をビクッとさせる。

 

 双眸を揺らして大粒の涙を流してしまった。

 

 吸血神ルグナド様にとっても<筆頭従者長選ばれし眷属>は大事な家族……眷属たちを大事に思っている証拠だ。

 

 ルグナド様はビュシエと共にランベルエの名を発していた。


 ランベルエは、吸血神ルグナド様の<従者長>だったのかな?


 それともビュシエの<筆頭従者>かな。


 分からないが、どちらにせよ大切な家族だと思っていたんだろう。


 その点だけでも、魔界王子テーバロンテや魔界王子ライランなどとは大きく異なる神様だ。


 力だけの支配ではない。

 俺に近い家族愛を感じた。


 失うよりも生きてこそ、の精神だ。


 そして、吸血神ルグナド様は俺に神意力の籠もった言葉で、


『お前……〝盲目なる血祭り〟を歩む〝混沌たる槍使い〟よ……悔しいが、ビュシエを、頼む……』


 と最後にも同じようなお願いをしてきた。

 俺が光魔ルシヴァルの宗主と分かった上での言葉だ。


 ビュシエは、涙を拭うと、


「取り乱した……」

「大丈夫だ」


 ビュシエは笑顔となると、


「ふふ。宵闇の指輪だが、わたしに使用した直後、全体的に錆び付いていた。もしや、使用回数が限定されている秘宝なのか?」

「そうだ。使用回数は三回だけ。二回目がビュシエ、残り一回だ」

「なんと! 貴重な秘宝をわたしに……」

「ビュシエだから使った。気にするな。と言われても無理だと思うが、俺たちもあのままビュシエを失うのは惜しいと考えたから使用した」

「ありがとう。望みを叶えてくれただけでもありがたいのに、貴重なアイテムを使い、命まで救ってもらえるとは……だから、ルグナド様も……シュウヤに……」


 ビュシエは語尾のところで呟くように語ってから斜め上に視線を向けた。


 視線の先は吸血神ルグナド様の神像か。


 間を空けて俺を見るビュシエ。


「女神同士の珍しい会話の中には重要な情報が幾つかあった。宵闇の女王レブラ様は『宵闇の指輪を大盗賊チキタタに盗まれた』と語っていたが……シュウヤは、大盗賊チキタタとの関係は?」

「名は知っている。〝列強魔軍地図〟という名の立体的に地形が浮かぶ魔地図を持っているんだが……【ローグバント山脈】に【大盗賊チキタタ回廊】という名の地下洞窟が載っている。ビュシエはその場所は知っているかな」

「――知らない。【ローグバント山脈】も広大で、皆を守ることで精一杯だった」


 【吸血神ルグナドの碑石】に辿り着く前と辿り着いた後の戦いを見る限り、納得だ。


「ウォォォォン! 我もこの間、主が持つ〝列強魔軍地図〟に浮かんだ文字と地形を見て初めて、この【ローグバント山脈】に……【吸血神ルグナドの碑石】、【源左サシィの隠れ洞窟】、【魔皇ローグバントの庵】、【愚王バンサントの洞窟】、【テンシュランの石碑】、【マーマイン瞑道】、【大盗賊チキタタ回廊】などの場所があることを知ったのだ、ビュシエが知らないのも分かるぞ!」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスがそう発言。


「大きな黒狼……あ、【ケーゼンベルスの魔樹海】の……」

「その通り。我の領域近くで戦っていたのは、やはりビュシエであったのか。我の名は魔皇獣咆ケーゼンベルスである!」

「は、はい、覚えていたのですね。勝手に侵入して済みませんでした。囮としての動きでした」

「いいのだ、構わぬ。魔王ビュシエ・エイヴィハンよ、今後ともよろしく頼む」

「あ、はい! ケーゼンベルス様! よろしくです! しかし、【ケーゼンベルスの魔樹海】を支配するケーゼンベルス様が、なぜここにおられるのでしょうか」


 ビュシエは話の途中で、敬礼のようなポーズを数回繰り返していた。


 神格を持つ魔皇獣咆ケーゼンベルスから迫力を感じたか。


 その魔皇獣咆ケーゼンベルスは歯牙を見せて魔息を吐くと、


「ふん、魔英雄シャビ・マハークと似た匂いが分からぬとは! 我は<魔雄ノ飛動>を持つあるじのシュウヤから使役を受けている!」


 と怒る。

 この間も匂いの件で怒っていたが、ケーゼンベルスの嗅覚は特別だろうからな。


「え!」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスは頭部を傾け大きい耳を見せる。

 その耳に付いている二つの環をビュシエに見せた。


「ウォォン! あるじに、この魔皇獣耳輪クリスセントラルに<血魔力>を注いでもらったのだ。お陰で、魔皇獣耳輪クリスセントラルが一つ増えた。我と主の大事な絆、友の証し。同時に、神獣ロロディーヌとの友の証しでもある」

「にゃお~」

「ふふ、あ、はい、理解しました。そして、黒猫の名はロロディーヌ……なんですね」


 黒猫ロロは「ンン」と喉音を鳴らし頭部を上下させた。


 石棺の中で己の尻尾を追い掛けるようにゆっくりと横回転してから、ビュシエを見上げる。


 小さい黒猫の体で己の感情を表現していた。


「そうだ。愛称はロロ。俺の相棒で神獣だ。昔は不完全だったが、真の姿を取り戻すためにセラで大冒険を行った。そのお陰で、今では真の姿を取り戻したんだ。姿も黒猫を基本に、山猫、豹、虎、馬、グリフォン、ドラゴンと、かなり多彩に変化が可能」

「神獣様……神界セウロスの戦神の勢力とは何回か戦いました。神獣と聖獣に乗った戦神と戦巫女は強い」

「にゃおぉ~」


 ドヤ顔気味にアピールする黒猫ロロは、ビュシエに対して腹を見せるように体を起こして、両前足を前後させた。


『餌をくれにゃ~』


 と言っているようにも見える。

 ミーアキャットみたいで可愛い。


「ロロ様、今後ともよろしくお願いします」

「にゃ」


 黒猫ロロは両前足を床につけると直ぐに片足を上げる。

 肉球を見せる黒猫ロロさんの肉球にビュシエは人差し指を当てる。


 黒猫ロロはゴロゴロと喉音を響かせた。


「ふふ」


 すると、魔皇獣咆ケーゼンベルスが、のそっと大きい頭部をビュシエに近づけて鼻息を荒くした。


「ウォォォン! ビュシエ、主の眷属になるのだろう?」

「にゃお~」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスは直球ぎみに聞いていた。長い金髪がオールバックとなって靡いていたビュシエは瞬きを行ってから……。


 そのケーゼンベルスを見据え、相棒にも視線を向ける。

 少し微笑むが、皆に視線を向けると、表情を引き締めた。

 

 そして、俺を見て、


「……あぁ……迷惑でなければ、シュウヤの眷属になりたい」

「「「「おぉ」」」」

「閣下! <筆頭従者長選ばれし眷属>をお勧めしますぞ」

「我もゼメタスに同意しますぞ。魔界セブドラで初めての<筆頭従者長選ばれし眷属>!」

「俺も賛成だ。吸血神ルグナド様の元<筆頭従者長選ばれし眷属>、とんでもない人材だ」

「うむ、精霊も、この場にいたらお尻ちゃんチェックを行っただろう!」

「ふふ、ヘルメ様なら行いましたね」

「今後の恐王ノクターや悪神ギュラゼルバンの勢力との戦いも、より楽になる」

「賛成ですぜ、ビュシエの姐さんの過去を見るに、相当な場数を踏んでいる。吸血神ルグナド様からも公認されているような状況ですし、これほどの機会はそうそうない。ですから<筆頭従者長選ばれし眷属>をお勧めします」


 ツアンも力強くそう語る。

 アドゥムブラリも数回頷いていた。

 

「……ビュシエ殿がシュウヤ殿の眷属になりたい……では、私もシュウヤ殿の眷属になる!」

「……わたしもなります!」

「「「おぉ」」」


 サシィとリューリュがそう言ってきた。

 パパスは無言だ。


「「「ウォォン!」」」


 黒狼隊の黒い狼のコテツ、ヨモギ、ケンも尻尾を振って、俺の足下にきてお座りを行った。

 

 三匹のつぶらな丸い瞳を見ていると、


 『だいすきわん~』的な心の声を感じる。


 魔皇獣咆ケーゼンベルスは三匹の行動を見て「ふは」と笑うように魔息を吐いた。


 三匹も光魔ルシヴァルの眷属になりたいってことかな。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスの眷属だから、魔皇獣耳輪クリスセントラル繋がりで、ケンもコテツもヨモギも俺の眷属みたいなものだと思うが、まぁ可愛い三匹だ。


「分かった。サシィは<筆頭従者長選ばれし眷属>、リューリュは<従者長>の眷属になってもらう。どうかな」

「やったぁ! ありがとうございます! シュウヤ様と一つになれる!」

「ちょ、リューリュ、やったじゃない!」

「うん! ツィクハルが、勇気を出してハッキリと言わないとダメよ。と言ってくれたお陰! ツィクハルもお願いしてみたら?」

「ふふ、あ、うん。それじゃ、わたしもお願いしてみようかな……」

「……ツィクハルも、俺の眷属になるのを望むのか。<従者長>でもいいかな」

「え!? わ、わわ、は、はいぃ!!」


 ツィクハルはそう言いながら体が震えて目が白眼になった。

 美人さんのアヘ顔を通り越した白眼顔とかそうそう無い、そのまま後ろ向きに倒れていく。


 スローモーションに見えて面白い。と、


「ウォォン!」

 

 と鳴いたヨモギが振り向き、倒れ掛かったツィクハルの下に向かい、背を預けるように助けていた。


 気を取り直したツィクハルは「あはは、わたしも許可されちゃったよぉ~どうしよう~わぁぁ」と言いながら、ヨモギの黒い体を抱きしめている。


 アドゥムブラリとツアンにゼメタスとアドモスから笑い声が響いた。ゼメタスとアドモスの笑い声は、重低音で迫力があった。


「……シュウヤ殿、本当に私を<筆頭従者長選ばれし眷属>に?」

「そうだ。こちらこそお願いしたい。デラバイン族とケーゼンベルスと源左の間の同盟がより強固になる」

「うむ!」

「ウォォォン! 主とサシィが繋がれば、我も嬉しいぞ!」

「ふふ、私も嬉しい……」

「サシィは魔斧槍源左と<源左魔闘蛍>の使い手。斧槍武術も学びたい。稽古も眷属となれば気兼ねなくできるだろうし……それに美人だからな」

「ふふ、美人だなんて! 嬉しすぎる……喜んで源左斧槍流を教えよう! が、槍武術は、教えられることのほうが多いと思うが……」

「そんなことはないさ。風槍流の槍武術が基本の俺だが、形に捕らわれているわけではない。だから源左斧槍流を見れば、学べるところは何かしらあるはずだ。更に、源左の者たちが使う<魔闘気>には、日本人の心意気を感じた。俺も日本を愛する者として学びたい思いが強い。だからサシィ師匠、よろしくお願いします」


 と、急だが丁寧に頭を下げた。


「え……」

「シュウヤ、眷属の宗主が頭を下げる……」


 サシィとビュシエは少々驚いたような表情を浮かべていた。


「シュウヤ陛下が……」

「驚き」

「あぁ」


 リューリュ、ツィクハル、パパスも驚いていた。


「はは、主らしい」

「閣下の武に対する姿勢は、自然体ですな」

「同時に我らの心が熱くなる! 閣下は我らの武を現す心の体現者である、ふはは!」

「あぁ、ふははは!」


 アドゥムブラリは普通だが……。

 ゼメタスとアドモスが豪快に笑いながら話した。

 

 その兜と甲冑と体のあちこちから噴出する霧、煙、粉塵のような魔力の出具合が、口調と態度と連携しているから面白い。


 見ていて飽きない。サシィは直ぐに満面の笑みとなった。

 魔斧槍源左を左手に召喚し、その魔斧槍を掌で回転させて軽々と扱う。


 魔斧槍を扱った戦いっぷりは重に知っているが、何度見ても見事だ。

 槍武術は一流と分かる。

 見ているだけで、俺も自然と体が動く……。

 

 十分以上に学べるはずだ。


 サシィをリスペクトしつつ、一応眷属化にあたり、源左のことを考えて、


「……おう。しかし、サシィは源左の頭領、親方様で魔君主の一人。その立場は重大だ。俺の眷属になると、【源左サシィの槍斧ヶ丘】に住まう源左の者たちが不満を抱くかもしれない」

「心配は要らないだろう。シュウヤ殿は【マーマイン瞑道】を突破し、【マーマインの砦】を落とし、裏切り者のバシュウと大将首のハザルハードを討ち取った存在だ。大戦果どころではない、まさに魔英雄そのもの。更に、【バーヴァイ平原】、【バーヴァイ城】、【ケーゼンベルスの魔樹海】、【源左サシィの槍斧ヶ丘】の大同盟を構築した偉大な盟主で、魔皇帝様だ……わたしは、その部下になれるだけでも誉れとなる。そして、鬼姫呼ばわりされたバシュウの事件で学んだ……」


 バシュウか。

 タチバナのことはどう伝えるか……。

 サシィは続けて、


「源左のためにも、わたし自身がもっと強くならねばならない。だから、皆のためにも光魔ルシヴァルになったほうが手っ取り早い。それに、シュウヤ殿の生き様に惚れた。だから、傍にいたいのだ……」


 サシィの双眸は真剣、決意は堅い。

 頬は真っ赤だ。


「ひゅ~、一流の女に言われてみたいナンバーワンの言葉を聞いてしまったぜ。まったく主は、どこまでも主だな!」


 アドゥムブラリがクレインのように口笛を吹くとそう語る。


 ふざけてはいない、真面目な表情だ。


「もてもてな器めが! 妾にも褥はちゃんと用意するのだぞ……そして、【源左サシィの槍斧ヶ丘】の団子は美味いから賛成しよう」

「ふふ、わたしもサシィにビュシエは気に入りました。今後のために、<筆頭従者長選ばれし眷属>化に賛成します」

「はい。器様に告白する強い心を持つ、私も痺れました。そして、ビュシエさんの光魔ルシヴァル入りにも大賛成です」


 テンがそう発言。


「まだ、<血魔力>など不安なことがあるが、ありがとう」

「ありがとう! 様・様・テン様」


 ビュシエとサシィがそう発言。


「了解した。サシィ、俺にはたくさんの<筆頭従者長選ばれし眷属>と<従者長>がいるが、それでもいいんだな? リューリュにツィクハルも」

「当然だ」

「「はい!」」

「おう。なら眷属になってもらおう。リューリュとツィクハル、サシィもだが、ビュシエの後になる」

「分かった」

「「はい!」」


 黙って聞いていたビュシエが胸元に手を当てて敬礼してから会釈。

 俺も頭部を下げて自然に対応した。

 ビュシエは、


「光魔ルシヴァルの<筆頭従者長選ばれし眷属>になることを許可していただきありがとうございます」

 

 と、敬語に変わった。


「いいさ、敬語も必要ない」

「分かった」

「眷族化を行う前に、何か聞くことはあるかな」

「宵闇の指輪のことが気になる。その入手の経緯も知りたい」

「了解した、宵闇の指輪の入手の経緯を説明しよう……。俺にはクナという、元魔族で、地下に幽閉されていた過去を持つ眷属がいるんだが、出会った当時のクナはホムンクルスで偽者だった。その偽クナと共に【城塞都市ヘカトレイル】近郊の魔迷宮に挑んだんだ。が、それは罠で、牢屋に連れていかれたが、その牢屋に入った直後に隙をついて偽クナを倒した。その偽クナは、今俺が右腕に装備している戦闘型デバイスのアイテムボックスを持っていた。そのアイテムボックスの中に、宵闇の指輪が入っていたんだ」


 と右腕を前に出して説明。

 戦闘型デバイスの風防の真上には宇宙的な背景をバックに、裸眼でも見える立体映像が展開されている。

 ディレクトリ別にアイテムが見える状態はかなり便利だ。

 ガードナーマリオルスが球体胴体を回しながらその中を移動している様子も表示されていた。


「……なるほど、偶然入手したのか。そのクナという名の眷属も相当な存在か?」

「あぁ、色々と暗躍していた。闇のリストという名の優秀な人材たちと交流がある。ただ、優秀だった分、ホムンクルス、クローンの偽クナも優秀だったようだな。で、魔迷宮についてだが……」

「知っている。闇神リヴォグラフ様の七魔将が、セラで贄の管理を行う場所だ」


 七魔将の知名度は高いようだ。

 頷いて、


「闇神の七魔将の一人、紫闇のサビードと会ったが、少しだけ会話したあと別れた。そして、【塔烈中立都市セナアプア】では、ドリサン魔法学院が存在した浮遊岩が魔迷宮と化していたんだが、その魔迷宮の管理者が闇神の七魔将の強欲のリフルだった。そのリフルは襲いかかってきたから倒した。そのリフルとの戦闘中に、闇神リヴォグラフの幻影か本物の一部が現れて、魔界大戦の任務中だった【闇神母衣衆】の副長、魔界騎士ウロボルアスを召喚してきた。そいつも倒した。だから、俺は闇神リヴォグラフと争っている間柄だ」

「……凄い、【闇神母衣衆】は精鋭。シュウヤは、闇神リヴォグラフ様と争っているのか……」


 頷いて、


「その闇神リヴォグラフとの争いだが、吸血神ルグナド様も少し関わっている。その話を聞くか?」

「え、聞かせてくれ!!」


 当然、興味は湧くか。

 この【吸血神ルグナドの碑石】で長く眠っていたのなら、知らないだろうし……。


 頷いてから、


「……玄智の森の傷場から鬼魔人&仙妖魔の軍隊を連れて魔界セブドラに初めて渡ったところから始まる」

「玄智の森? はい……」

「玄智の森のちゃんとした説明は、まぁいな。で、着いたところは、魔界王子ライランの所領だったんだが、そこに闇神リヴォグラフが、眷属たちを連れて転移か飛来してきたんだ。ほぼ同時に、魔毒の女神ミセア様と悪夢の女神ヴァーミナ様も眷属たちを連れて、俺を守るためかは分からないが飛来か転移してきた。続いて、吸血神ルグナド様も飛来か転移してきた。そこからそれらの神々が大規模な争いを始めた……吸血神ルグナド様の眷属の中には、ビュシエと同じような<筆頭従者長選ばれし眷属>と目される存在たちがいた。その戦いは激しいのなんの……怖かったな。幸い、鬼魔人&仙妖魔の軍は大厖魔街異獣ボベルファに乗れたから、その神々が激しく争い合う戦場を離脱できた。俺は、玄智の森に帰還可能なゲートのような傷場を通り抜けて玄智の森に無事に帰還できた。そうして魔界セブドラから離脱した。玄智の森も少し説明しておくと、神界セウロスからとある理由で離れていた異世界が玄智の森。その玄智の森の中でも色々と事件があった。その玄智の森は無事に神界セウロスに戻れたはずだ」


 エンビヤとホウシン師匠に光魔武龍イゾルデは元気にしているかな。

 神界セウロスに戻れたとしても、白王院のような奴らはいるだろうから心配は心配だが、まぁホウシン師匠、エンビヤ、モコ師姐とソウカン師兄、友のダンもいる。

 

 それにイゾルデは滅茶苦茶強いからな。

 大丈夫だと思いたい。

 ビュシエは、


「……その玄智の森と宵闇の指輪は、あまり関係がないと分かるが、闇神リヴォグラフ様と吸血神ルグナド様と魔毒の女神ミセア様と悪夢の女神ヴァーミナ様の争いは、眷属たちもいるなら魔界大戦級だろう? 色々と壮大で凄まじい話に繋がるのだな……」

「あぁ、壮大だ。壮大といえば、宵闇の指輪が入っていたこの戦闘型デバイスに関わる話も壮大だ。そこにいる人工知能アクセルマギナは汎用戦闘型。この戦闘型デバイスに格納も可能な精霊のような存在で、この戦闘型デバイスは、ナ・パーム統合軍惑星同盟という宇宙文明グループの権力機構の一つだと思われる銀河騎士評議会の開発チームの主任フーク・カレウド・アイランド・アクセルマギナ博士が造り上げたアイテムボックスなんだ」


 と言いながら、右腕を上げた。

 ビュシエに皆も、俺とアクセルマギナを見ていた。


「はい! あ、わたしは生きた魔導人形ウォーガノフではないですからね。選ばれしフォド・ワン銀河騎士・ガトランスマスターの専属人工知能〝アクセルマギナ〟です。現状は、汎用戦闘型はんようせんとうがたアクセルマギナとなります。マスターの右前腕にめられている戦闘型デバイスと連携し、その戦闘型デバイスの中に入ることもできます」

「おう。まぁ、惑星セラの次元宇宙の話だ。惑星セラという巨大大陸以外にも、空の彼方に、違う大陸を有した星が存在すると言えば分かりやすいか。まぁ、先ほども言ったように、色々と複雑に話が絡み合っている」


 ビュシエは話の半分も理解できていないだろう。

 ま、今はそれでいい。


「……はんよう戦闘型アクセルマギナ殿か。よろしく頼む」

「はい」


 ビュシエとアクセルマギナは会釈。

 ビュシエは少し混乱気味だったが……。


 俺に視線を向け、


「……話を魔界に初めて訪れたシュウヤに戻すが、吸血神ルグナド様が闇神リヴォグラフ様たちと争っていた時、吸血神ルグナド様は、シュウヤのことを、罰するか倒そうとしていたのか?」


 たぶん、殺す気だっただろう。


 とは思うが……捕まえて光魔ルシヴァルの<血魔力>を調べようとしていたとかありそうだ。

 そのことは言わず、


「……俺を倒そうとしていたように見えた。それか、好奇心のままに俺を試そうとしていた可能性もあるかな。だから、ビュシエがルグナド様の<筆頭従者長選ばれし眷属>だったのなら、ビュシエを助けることで、俺に対して殺意を抱く吸血神ルグナド様に、恩を売れるという打算的な判断もあった」


 皆が頷く。


「……正直だ。が、話を聞くと当然の判断だと思う。しかも、好意と平和と愛の思考からの行動だ……光魔ルシヴァルの宗主のシュウヤの実力からして、わたしの片腕など回収せず踏み潰すこともできたのだからな」


 ビュシエは優し気に語る。

 母性のある表情を見ると、永きに渡って一族を率いていたビュシエ・ラヴァレ・エイヴィハン・ルグナド、女帝だったと分かる。


 そのビュシエをリスペクトしながら、


「……踏み潰すか。無闇矢鱈むやみやたらに戦いはしない。が、戦いは好きだ。嗜虐的な面もあるか。が、痛めつけるのは好きじゃないし痛いのも嫌いだ。だから、敵対し戦いとなったら、スパッと殺すことが理想だ。勿論武術を学べる機会があれば挑戦しながらとなる。成長の機会には一切の妥協はない。痛いのも我慢する」

「ふ、俺も主と同じだぜ。あ、俺の名はアドゥムブラリだ。よろしくな、ビュシエ!」


 イケメンのアドゥムブラリが、貴族風に手を胸に当てて挨拶。


「よろしく、アドゥムブラリ殿。強いと分かる……」

「おう、俺は強いぜ。魔王アドゥムブラリだからな!」

「おぉ……諸侯クラスの<筆頭従者長選ばれし眷属>か」

「否、魔界騎士だ、主に復活させてもらった。自由に羽ばたけってな……まったく……」


 アドゥムブラリは俺を見ながら、なんとも言えない表情でそう語る。


「なるほど……魔王アドゥムブラリ殿、神格を有している魔皇獣咆ケーゼンベルス様といい……シュウヤの存在の大きさが、今さらながら理解できてきた……」

「あぁ、主のお陰で復活できたんだ。話せば長くなるから今度な」

「ふ、了解した」

「……ウォォォン! 主であり友でもあるのがシュウヤだ。そこの黒猫ロロディーヌも友である」

「ケーゼンベルス様と神獣ロロディーヌ様は可愛いですね。肉球ちゃんの感触は、魔猫パンを思い出します、ふふ……」

「にゃ~」


 と黒猫ロロが鳴く。

 猫愛好家としては、魔猫パンが気になる。

 そのビュシエは、


「貴重な宵闇の指輪と水神ノ血封書の使用も、打算の範疇だとしても、わたしの命を本気で救おうと考えなければ、まず使用しない」

 

 頷いた。

 ハザルハードの墓荒らし。

 それによって<渦呪・魔喰イ忌>でより苦しむことになったビュシエ。

 長い眷属たちの戦いを幻影で見ている。


「――シュウヤ、眷属に成る前に、少し己の能力を試したい」


 と、ビュシエは右手に血剣を生み出す。

 左手に血の鈍器を生み出した。

 目の前にも数種類の血剣と鈍器を生み出し、上下左右に動かした。

 が、体から放出させている血は止めどなく流れて止まらない。

 血剣と血の鈍器も溶けるように消える。


 宙に浮かばせている血剣と血の鈍器も血に戻ると石棺に流れ落ちた。

 太腿の下から膝の代わりのような血剣を生やしていたが、その血剣も血に戻ると、石棺の底に血が溜まっていく。

 

「ンン――」


 相棒は降りかかってきたビュシエの血を吸わず。

 石棺の縁に跳躍を行った。 


 縁から床に降りてスコ座り。

 

 背と腹にかけて付着していた血をペロペロと舐める毛繕いを始めた。ビュシエはその黒猫ロロを微笑みながら見て、血剣と血の鈍器の操作を止めると、


「ロロ様、血をかけてしまった、済まない」

「ンン」


 黒猫ロロは舐めながらの喉声の返事のみ。


 そのビュシエに、


「気持ちは分かるが、<血魔力>系のスキルを試すのは止めたほうがいいだろう。貧血を起こす。ビュシエの種族が血を多く内包しているのなら大丈夫なのかも知れないが」

「あぁ、そうだな。わたしの一族、種族も、タフはタフなのだが、<血魔力>、血の使用は……やめておく」


 と語るビュシエの表情には愁然しゅうぜんさがある。


「ビュシエの種族は?」

「闇を吸収する怪魔種族から派生したとされているエイヴィハンだ」

「エイヴィハンか。元々は怪夜種族、怪夜魔族だったと。その種族のことを知っている範囲で教えてくれ」


 ビュシエは頷いて、


「大半の吸血鬼ヴァンパイアが、元は怪夜か怪魔だ。細かく枝分かれしているから、違う魔族へと変化、または進化している魔族もいる」

「へぇ、勉強になる」

「主、それは結構普遍的なことだと思うが」

「そっか」


 アドゥムブラリ以外にも視線を向けると、ほぼ全員がアドゥムブラリと同意見という顔付きだった。


 セラの図書館か蔵書館で本の虫となって勉強しておけば知っていたと思うが、ま、こうやって知るほうが新鮮に学べる。

 

 続けてビュシエは、


「だから、ルグナド様の支配から離脱したわたしは、ただのエイヴィハンとなる」

「魔王級で独立を許されているから、ただのエイヴィハンではないだろう」

「それはそうだが、ルグナド様の<筆頭従者長選ばれし眷属>の世界しか知らないのも、また事実……」

「あぁ」

「そして、<血道第一・開門>と<血道第二・開門>に<血道第三・開門>の<血魔力>系統のスキルは使用できるが、失敗を繰り返すのは貴重な機会となる。だから、光魔ルシヴァルになる前に味わっておこう」


 笑顔を見せつつ、ビュシエは己の体を見る。


「念のためもう一度聞くが、本当に、体から<渦呪・魔喰イ忌>は消えたんだな?」


 ビュシエは頷いて、


「勿論、消えた」

「水神ノ血封書に内包されていた吸血神ルグナド様の血が特効薬になった?」


 ビュシエは頷くと、


「特効薬はシュウヤの未知の<水血ノ混百療>もだろう」

「宵闇の指輪もかな」

「うむ。やはり水神ノ血封書の封印されていた血濡れた魔法書が大きい。血封書とあったように、魔法書には、吸血神ルグナド様の大量の血が封印されていた。その血が、わたしに強い回復力を齎してくださった。それがあったから、すべてが上手く運んだと分かる。しかし、シュウヤはあの治療方法を即座に思いついたのか?」

「即座の部分もあるが、ヘルメとバーソロンを助けた経験が活きたといえるかな」

「ヘルメとバーソロン?」

「今ここにはいないが、二人とも大眷属と言っていい存在だ。ヘルメは常闇の水精霊、バーソロンは魔界騎士だ」

「……なるほど、治療の経験が豊富なら納得だ。シュウヤの<水血ノ混百療>は、水神アクレシス様の力も加わっていたが、吸血鬼ヴァンパイアの私を蒸発させず<渦呪・魔喰イ忌>だけを狙っていた。その水神アクレシス様の水を扱う技術、治療技法は見事すぎる。対吸血鬼用の呪いとも言える<渦呪・魔喰イ忌>を消した最大の要因は、その<水血ノ混百療>だと思う。シュウヤだからこそ可能な治療方法が<水血ノ混百療>だろう」


 そのビュシエの語りに、テンとアドゥムブラリに皆が頷く。


「今までの経験が活きたようですが、本当に見事な治療方法を編み出されたと思います。同時に閣下の勘が正しかった」

「あぁ。が、勘というか読みだと思う」

「はい、予測力、洞察力でもありますね。水神アクレシス様の加護とヘルメ様との連携に……《水流操作ウォーターコントロール》を使い続けていたことを加味しての判断だと思いますから」

「はい、自分の行動を信じていたからこその水神ノ血封書という思いつき」

「痺れるぜ。それもあの瞬間にだぜ? ファンタジスタかよ」


 アドゥムブラリの表現に笑う。

 すると、ビュシエは、


「……恥ずかしいが、<水血ノ混百療>の治療中には快感を得ていた……そして、最後の宵闇の指輪が<渦呪・魔喰イ忌>の呪いを含んだ吸血神ルグナド様と関係した血を吸い尽くしてくれたと分かる」

「そっか。<渦呪・魔喰イ忌>が消えたなら嬉しい」

「ふふ、わたしもだ……」


 ビュシエは潤んだ瞳で俺を見る。

 少しドキッとした。

 そのビュシエは、


「シュウヤの眷属になる前に、まだ不安は拭えないから背中を見てくれないか? そして、内臓を見ることが可能なスキルがあればお願いしたい。<渦呪・魔喰イ忌>が内臓の何処かに残っていたとしても、わたしが光魔ルシヴァルになれば消えると思うが、一応な……」


 ビュシエは衣装の背中側を消した。

 おっぱいをバスタオルで隠すような素振りで背中を見せてくる。

 片足だけのビュシエに素早く寄り添った。


 ビュシエは少し体を赤くしてから、


「……優しい。ありがとう」


 少し恥ずかしそうに視線を横へそらしながら礼を言ってきた。


「野郎の務めだ。ビュシエの肩甲骨と背骨は綺麗だぞ。<渦呪・魔喰イ忌>は消えたと判断できる。一応、カレウドスコープで内臓を見ることが可能だが、見ておくか?」


 と聞いて、ビュシエから離れる。


「お願いする!」


 ビュシエは振り返りつつ衣装を元に戻し、


「あ、裸になったほうがいいのか?」

「大丈夫、そのままで――」


 ――右目のアタッチメントを人差し指の腹で触る。


 素早くカレウドスコープを起動した。

 右目の視力が大幅にアップ。

 薄青いワイヤーフレームのような淡い光が、視界をジャック。


 一瞬で、すべての物を縁取るように光の線が走る。一気に視力がアップ、高解像度となった。


「あ、右頬の十字の金属が卍に!」

「おう。ナ・パーム統合軍惑星同盟と関連する銀河エネルギーを意味するモノか、それに似合うインテリジェントグラスを意味するモノだと思う。ナチやウクではないからな?」

「ナチ?」

「あぁ、すまん。俺の知る異世界では、吉兆の意味がある。古代文明の遺跡などにも、渦を巻くマークが刻まれているんだが、優生学に偏り過ぎた集団がシンボルマークに使ってしまって以来、変なレッテルが付きまとっていたんだ。そのレッテルが世界的に有名になりすぎてしまった。偏見のまま、真実を知らない世代が多すぎた。教えられた歴史が違うことも多々あった。と、話が逸れたな――」


 ビュシエをズームアップ。

 ビュシエの体を淡い光線が縁取る。

 ▽のカーソルが出たから凝視すると、スキャンが始まった。

 内臓に筋肉は結構違う。

 人族やエルフよりも内臓に細かな骨が多い。

 魔族特有の器官があるようだ。

 分泌液とか豊富なのかな。

 あそことかのことはあまり考えない。

 おっぱい、否、肺しか分からない。

 

 お、脳の器官にも人族にはないようなモノがある。

 邪神ヒュリオクスの蟲さんはいない。

 当たり前か。

 

 ――――――――――――――――

 エイヴィハン>魔界?生命体???

 脳波:正常

 身体:正常

 性別:雌

 総筋力値:390

 エレニウム総合値:54004

 武器:あり

 ――――――――――――――――


 スキャンを終わらせた。


「大丈夫だ。内臓は元気だと思う」

「安堵を得た。改めて礼を言おう。ありがとう、シュウヤがいるから今のわたしがいる」

「おう。ビュシエを助けられてよかった。この場にいる皆も同じ気持ちだと思う」


 そう言うと、ビュシエは俺を見てから、周囲の皆を見る。


「旦那は冒険者Aランクですから、人助けは当然です」

「ふむ、皆も同じ。まさに『情けは人のためならず』! 同時に妾は吸血神ルグナドと敵対してしまうかと不安を覚えていたが、器の判断は正解であった」

「「はい」」

「わたしもそう思います。ビュシエさんを助けるための【ローグバント山脈】を駆ける旅でしたが、皆さんと冒険ができて楽しかった!」

「ふふ、わたしもです。ビュシエさんを助けられてよかった」

「俺もだ。主の重要な<筆頭従者長選ばれし眷属>候補の獲得に貢献できて誇りに思う」


 アドゥムブラリがそう言うと、光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスは、威風堂々としながら俺たちを見て、


「「我らも同じ気持ちですぞ」」


 と宣言。


「源左サシィとして、吸血神ルグナド様と関係した存在を助けられて嬉しく思う。そして、今後、同じ光魔ルシヴァルになれると思うと、楽しみでたまらない……」


 サシィはそう語りながら俺の近くに寄る。

 笑顔を向けると本当にいい笑顔を見せてくれた。頭部を撫でたくなったが、しない。綺麗な黒髪の髪形が崩れてしまう。


 そのサシィからビュシエに視線を向けた。

 ビュシエは、頬を朱に染めてから、


「……皆様……魔王ビュシエ・エイヴィハンとして、正式に礼を言わせてもらう。命を助けて頂きありがとうございます――」


 頭を下げてきた。

 ツアンは、顎に手を当てつつ、


「はは、律儀な姐さんだ。しかし旦那、あの状況で、水神ノ血封書をよく思いつきましたね」


 と言ってくる。


「あぁ、閃きだ」

「主、閃きや勘とか言ってるが、水神ノ血封書は一度見て、卵のトレビンの解説もあった。皆とも話をした。そのことから、ある程度推察していたのではないか?」


 アドゥムブラリは鋭い。


「まぁな。吸血神ルグナド様の血がビュシエの役に立つかな? とは思ったが、吸血神ルグナド様の秘宝を読み解けば、普通の<血魔力>とは異なる俺なりの<血魔力>、<血魔法>を得られるかもしれないと前々から考えてはいた。呪いがあったとしても、血に関するモノなら俺にプラスになるかもしれないし、最悪ハルホンクが喰えるとな」

「やっぱりな、単純そうで深い思考力を持つ主らしい」

「ングゥゥィィ」

「はは、ま、あの時は、時間的にも論じている時間はなかったから、総じて勘でいいだろ。そして、新しく獲得できた恒久スキルが<始祖ノ古血魔法ファウンダー・オールドブラッドマジック>と<水血ノ混沌秘術ウォーターブラッド・シークレットアーツ>で、スキルが<水血ノ断罪妖刀>と<水血ノ魂魄>と、今回治療に用いた<水血ノ混百療>だ」

「「「「「おぉ」」」」」


 皆、リアクションがいい。

 <始祖ノ古血魔法ファウンダー・オールドブラッドマジック>は根源的な魔法、その価値はかなりのモノと予測。


「秘宝クラスの水神ノ血封書を一瞬で読み解いての、恒久スキルとスキルの獲得か…… <始祖ノ古血魔法ファウンダー・オールドブラッドマジック>は吸血神ルグナド様が使えるスキルだ。凄い……」

「ビュシエさんに使った<水血ノ混百療>も、<始祖ノ古血魔法ファウンダー・オールドブラッドマジック>と<水血ノ混沌秘術ウォーターブラッド・シークレットアーツ>が必要と分かります」


 頷いた。


「器は、<古代魔法>の書も読めるからな……」

「はい、理解する間の痛みは、わたしたちも辛かったですが、今回は相性が良かったと思います」

「水と血、相性は抜群だろう。主は水神アクレシス様の化身のような存在。それでいて、吸血神ルグナド様のような<血魔力>を扱うことが可能な光魔ルシヴァルの宗主だ」

「水が混じる血濡れた魔法書の水神ノ血封書が水音を発してページが開かれていく様は不思議でした」

「あぁ、そして、その水神ノ血封書は消えていない。珍しい魔造書の類いでもあるってことだ」

「はい、珍しい。しかし、宵闇の指輪のほうが珍しい。宵闇の女王レブラ様と吸血神ルグナド様という魔界の超絶美人女神が現れたんですぜ?」


 ツアンがそう興奮しながら語る。

 皆は『あ』と言うように暫し沈黙。

 サシィ、ツィクハルとパパスとリューリュも数回頷いていた。


 ……宵闇の女王レブラ様と吸血神ルグナド様と会話したんだよな。


 サシィと目が合うと、


「シュウヤ殿は水神ノ血封書も惑星セラで入手を?」

「そうだ。魔界セブドラと惑星セラは昔から密接に関係しているらしい」

「そのようだ。贄の世界と聞いているだけだったから……惑星セラも魔界と変わらないように思える」

「ンン」


 黒猫ロロがビュシエの石棺の中に入る。


「ロロ、石棺もビュシエの大事な装備の一つ。外に出ろ」

「ンン、にゃ~」


 黒猫ロロは跳躍して石棺の縁に上がると、縁の上をトコトコと歩き、足を止めてからビュシエを見て、


「ンン」


 と喉声を発してから俺のほうに顔を見せつつ肩に乗ってきた。


 ビュシエは、


「ふっ、神獣、黒猫ロロ様。魔猫パンと瓜二つ。ドバーの港街を思い出すぞ――」


 と小声で言いながら細い片腕を上げた。


 二の腕と片腕が付いて再生しかかっていた証拠の皮膚と肉の繋ぎ目の傷のようなモノは消えている。

 

 細い手首には銀の環を繋ぎ合わせた鎖のバングルが装備されていた。

 魔力を内包した銀鎖ぎんぐさりのバングルはお洒落だ。


 先ほどまで銀鎖のバングルは装着していなかった。


 思念で呼び出せるスキルかアイテムかな。

 相棒が興味を抱いている石棺と連動している?

 その石棺も魔力が濃厚だ。

 

 ビュシエたちの戦っていた過去の幻影では、石棺を色々な場面で利用していた。

 その銀鎖のバングルが輝くと、ゴシック系の装束が消えて素っ裸となったが、直ぐに鎧と戦闘装束を身に着けた。

 

 胸甲がお洒落だ。

 変身の仕方がハルホンクの防護服のような印象だった。

 皆もそう思っただろう?

 

 と言うように視線を皆に向ける。


「「ふふ」」

「器が何を言いたいかは分かる」


 沙・羅・貂はそう発言。

 アドゥムブラリは、


「ビュシエのそれは、魔装天狗と似た衣装変換魔道具か」

「そうだ」


 ビュシエは肯定。


「ングゥゥィィ、ココ、マリョクアル、アイテム、オオイゾォイ!」


 ハルホンクがそう発言。


 ビュシエの装備は勿論だが……。

 周囲の石棺と【吸血神ルグナドの碑石】の地下祭壇には濃密な魔力を持つアイテムが多いってことだろう。


 が、墓荒らしは、ビュシエがいるだけに、許可がないとしない。


「ハルホンクを活かした衣装チェンジは、一瞬裸になりますからね」

「ふふ」

「「「……」」」


 サシィに魔皇獣咆ケーゼンベルスにリューリュ、パパス、ツィクハルは沈黙。


 サシィとリューリュは肩の竜頭装甲ハルホンクと俺の足から股間に頭部までを舐めるように熱心に見ているが、無難に笑みを送るだけにした。

 

 ビュシエは両手を拡げ深呼吸を行う。


 【吸血神ルグナドの碑石】の地下の天井は傷だらけ、石棺は複数ある。

 蓋が閉じている石棺と空いている石棺がある。

 石棺の中身は吸血神ルグナド様の眷属たちの骨かアイテム類だと推測。

 掌握察である程度推測できた。


 先ほどのビュシエの眷属たちの映像を見ると……石棺の中に生きている吸血鬼ヴァンパイアはいないだろう。


 ビュシエに視線を戻した。

 ビュシエは石棺から外に出ていた。

 

 左手と右手に先ほどの血剣とは異なる棍棒と剣に魔槍のような武器を連続的に出現させている。


「武器は色々と扱えるようだ」

「あぁ――ルグナド様と関係した<血魔力>の操作は――」


 ビュシエは涙を流しながら武器を消し、棍棒を振るってからその棍棒も消して、宙空に指先から<血魔力>を放出し、血剣を生成、その操作を行うが、数秒後、血剣は<血魔力>に戻って消える。


 宙に浮いていた血剣は<導魔術>と似ている。


 師匠と過去した話を思い出した。



 ◇◇◇◇



『研鑽を重ねれば、この<導魔術>の魔力を武器へと変化、例えば、刃物とかのイメージを強めた魔力の剣武器の<導魔術>は可能でしょうか』


 そう聞いた時……。

 アキレス師匠は目を細めていた。

 〝ほぅ、そこに気づいたか〟といった感じだった。

 そして、熱を込めた言い方で、


『できる。<魔闘術>は肉と骨があるからさすがに限度があるが……<導魔術>や<仙魔術>は自由な想像力が要……しかし、研ぎ澄まされた魔力の刃を構築できるのか? と言われたら疑問を浮かべるしかないだろうな』

『難しそうですね』

『あぁ、難しいどころではない。刃物と一緒に寝たり四六時中話しかけたり食べたりすれば、できるかもしれないが……ま、これは半分冗談として覚えておけ。それぐらいの気概を持って強く想いを持ち続けなければ駄目だということだ』

『仮に可能だとして、相当な時間と労力と莫大な魔力を消費するだろう。維持も難しい。だから現実的ではない……実際の剣の研鑽を積んだほうが、余程有意義となろう。だが、これはあくまで一般論。シュウヤのように魔力を豊富に持つ者ならば、可能性はあるかもしれん」

『……そうですね。無理だと思いますけど考えてみます』

『やってみないとわからんぞ? わしの考えが古いだけかもしれん。なんせ、ここの想像力に左右されるからな』

『師匠が冒険者だった頃、そういう使い手はいなかったのでしょうか?』

『そのような使い手はおらなんだ。だが、この世の中は広い。たまたま冒険中に会わなかっただけかも知れん。もしそのような使い手がいたら、魔法も形無しだろう。詠唱や紋章も無いのだからな……』

『そうですか……』


 <導魔術>系統と似たスキルを見ると、アキレス師匠とのこの会話を何度も思い出す。


 <導想魔手>を得るため、ゴルディーバの里で長いことコツコツと修業を繰り返していたこともあるか。


 ビュシエは、また体から出していた血を止めた。


「最後だから貴重と分かるが、無理はしないほうが」

「……あぁ」


 微笑んでくれた。


 自らの血を名残惜しむような……。

 ビュシエ・ラヴァレ・エイヴィハン・ルグナドとしての表情に思えた。


 先ほども思ったが、<筆頭従者長選ばれし眷属>としてエイゲルバン城から続いていた戦いの歴史を幻影で見ているだけに……。


 ビュシエの表情と態度を見ていると、くるものがある。


 そのビュシエは、周囲の石棺を見て悲しそうな表情を浮かべた。

 

「ランベルエも、キニーヒヤも、パークマルも、皆……わたしは、このまま生きて、いいのだろうか……」


 と呟く。

 

 ビュシエと共に戦いを潜り抜けた強い仲間たちはもうここにはいない。


「生きていいんだよ」

「あぁ、そうだな、済まない。助けてもらったばかりで、<筆頭従者長選ばれし眷属>の道が待っているというのに」

「いいさ」

「ありがとう。吸血神ルグナド様との繋がりが消えて、精神力が落ちた影響もあると思う」


 ビュシエの吸血神ルグナド様への想いの強さを感じたから、


「吸血神ルグナド様の下に戻ることもできるぞ?」

「ふふ、戻らない。わたしは魔王ビュシエ・エイヴィハンなのだからな。自由だ。その自由を、新しい主に捧げよう……選ばれし眷属の<筆頭従者長>にしてくれ、シュウヤ様――」


 俺に様を付けると片膝を床に突けた。


「分かった――ビュシエを<筆頭従者長選ばれし眷属>に誘うとしよう」

「はい」

「にゃ~」


 黒猫ロロは肩から降りて、サシィとアクセルマギナの足下に向かう。

 

 <血道第五・開門>を意識。

 <血霊兵装隊杖>を発動。

 

 血ノ錫杖を頭上に浮かせる。

 

 更に光魔ルシヴァル宗主専用吸血鬼武装を纏った。


 その格好で、吸血神ルグナド様の神像にお辞儀――。


 皆も俺に続いて礼を行ってから、俺とビュシエを残して距離を取った。


 ビュシエを見て、


「ルグナド様の神像が見ているが、いいんだな?」

「望むところ……。それとも怖じ気づいたのか? わたしの新しい魔君主となる血の宗主よ……」


 ゾクッとするような口調で冷たい視線を寄越す。


 ヴィーネを思い出す。


 内心ビビりつつ、


「いい気概だ! 行くぞ! <光闇ノ奔流>と<大真祖の宗系譜者>を内包した光魔ルシヴァルの<光魔の王笏>を発動――」


 体から大量の光魔ルシヴァルの血が迸った。瞬く間に周囲半径数メートルが血の海と化した。

 その光魔ルシヴァルの俺の血が、ビュシエの体を一瞬で飲み込んだ。

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