八百四十一話 魔法の拘束具

「「ンン――」」


 黒猫ロロ銀灰猫メトは牢屋に頭部を当てて頬を擦り始めていた。

 そんな二匹の頭部と背中を撫でてから、


 ――さて。


「相棒、メトを連れて下がれ」

「にゃ?」

「にゃァ……」

「ンン」


 黒猫ロロ銀灰猫メトの後頭部の首元を咥えると、後退してくれた。

 シルバーフィタンアスとハウレッツも出入り口付近にまで後退。


 そこから視線を動かして、エヴァを見る。


『早く助けてあげて』という顔だ。


 再び、牢屋の質、鋼鉄の具合を見ながら、魔族の女性を見る。彼女に言葉が通じるか分からないが――。

 

 片膝で床を突いた。

 銀髪の魔族の女性に向けて、


「君を助けるつもりだ。マハハイム語、共通語は理解できるか?」

「う゛ぁぁ」


 魔族の女性のブリーザーの隙間から泡のようなモノが洩れた。

 数回頷く魔族の女性。

 言葉の理解はできるようだ。

 念のため、


「言語を理解しているなら、頷いてくれ」


 魔族の女性は一回頷いた。

 ジッと俺を見てくる。


 理解しているんだろう。


「皆、なにがあるか分からない。少し退いてくれ」

「「はい」」

「ん」

「了解、オプティマスさんも」

「あ、はい……しかし、魔族を解放するとは……」

「心配する気持ちは分かるけど、シュウヤに任せて」


 とユイが語る。

 ヴィーネがガドリセスを出して、


「戦いとなったら、倒すことに変わりはない」

「……戦闘の面では心配していません。先ほどの〝輝けるサセルエル〟の扱いを見ていますから。そして、アイテム鑑定にはある程度自信がありますが、背後の魔機械の分析はできませんでした。内部になにかの薬が詰まっているのだとは、思いますが」

「魔機械のチューブを取り外したほうが良い?」

「どうでしょうか。チューブから注がれている液体が栄養素なら、彼女の生命と直結している可能性も」


 魔族の女性に向けて、


「とりあえず、今から、この鉄格子をどうにかする」

 

 魔族の女性は頷いた。


「その口を覆う防具とチューブも、どうにかしようと思う」


 魔族の女性は頷く。

 俺も頷いた。


 指先のジェスチャーで――。

 魔族の女性の口元を指して、


「背後の魔機械とチューブで繋がる口元だが、外しても平気か?」


 魔族の女性は頷く。


「チューブと繋がる魔機械は、君の生命維持装置的な魔機械ではないんだな?」


 魔族の女性は頷かない。

 頭部を振るって、「ブアァァ――」と、何を言っているのか……分からない。


「もう一度聞く。背後の魔機械と繋がるチューブも外して良いんだな?」

「ブアァ!」


 と、不気味な声を発して、盛大に頷く魔族の女性。


「外すことに挑戦するが許可を得たと判断する。魔族の女性の方、いいかな?」


 魔族の女性は、静かに頷いた。


 挑戦するか。


 そして、カレウドスコープをタッチ、起動。

 頬の十字金属が瞬時に卍に変化した。


 一気に視界が高精細化。

 魔族の女性をスキャン――。


 種族名らしきモノが分かった。

 そして、脳に異常があるようだが……。


 邪神ニクルスの蟲はいない。

 首筋に鋼の細いモノが複数見える。

 脳幹や脳には届いていないから引っ張れば外せるか?

 クナのクローンとフーとエリボルの娘シルフィリアのような影響はないと判断。

 

 よし、牢屋を溶かすか。


 謁見室のような場所から此方を見ているミスティに向けて、


「ミスティ、傍に来い」

「うん」

「口元が塞がれているし、まずは話を聞かないとね」

「ん、鍵は見当たらない。強引に壊すの?」

「いや、ミスティに鉄格子ごと牢屋に枷などを溶かしてもらう」

「ん」

「エヴァでもいいが、金属を溶かす時、まだ隙が大きいからな? そして、ちょいと試す――」


 <血魔力>を込めて鉄格子を引っ張った。

 ――前腕と二の腕から血が迸る。 

 鉄格子が曲がってギィィンと音が響く。

 硬いが時間を掛ければ……。


「凄い、怪力ね。そのまま強引に壊す?」

「いや、タルナタムを内包した獄星の枷ゴドローン・シャックルズもあるが……ミスティ、頼む」

「了解、わたしに任せて、直すのも溶かすのも金属なら――」


 ミスティの手は一瞬で漆黒に染まる。

 爪は血色が混じる色合いで輝いた。

 前と同じ、指先も輝いている。

 その指が、鉄格子に触れた途端――。


 金属の表面が沸騰したような音を発して、毛細血管のような形が浮かぶ。更に、小さい筋枝が発生。

 それらの筋枝は粘液のように蠢く。


 と、鉄格子の表面に幾何学模様の魔法陣が幾つも浮かぶ。それらの魔法陣は一瞬で筋枝を吸収しながら鉄格子の中に消えた。


 鉄格子は溶けて一カ所に集約。

 インゴットと化した。

 刹那、魔族の女性は全身に魔力を纏う。


「ブアアァッ――」


 両膝で床を突いていた。

 魔族の女性は立ち上がれない。

 

 興奮したように全身の筋肉に活力が漲っていた。

 

 首輪と繋がる鎖は溶けているが首輪は溶けていない。

 が、その首輪は罅が入り崩壊した。


 口元のブリーザーはまだ外れていない。


 そのブリーザーと繋がるチューブの中には魔力が濃厚な液体が通っているし、今も薬のようなモノがチューブの中を満たしている。


 魔機械が魔族の女性の動きに対応して、自動的に薬を注ぐようになっているのか?

 

 その口元のブリーザーの金属は後頭部付近にまで続いていた。


 後頭部に鍵でもある?

 ファスナーか?

 針金のような金属の紐で結ばれている?


 脳と直結しているモノだったら厄介だ。

 ミスティは、


「ちょっと、落ち着いて――」


 ミスティはそう発言しつつ鉄格子だったインゴットをアイテムボックスに仕舞ってから――。

 

 俺の背後に素早く移動してきた。

 小型ゼクスを左手前に出している。


「――シュウヤ、大丈夫なのよね。えらく興奮しているけど」

「たぶん。皆、ヴィーネとユイも武器は仕舞ってくれ。戦いとなったら俺が引き受ける」

「分かってるけど、少し心配」

「はい……」

「お兄様……」

「ん、ディア、こっちに」

「はい」

「にゃご」

「にゃァ~」


 相棒が黒豹と化してエヴァたちの前に立った。

 銀灰猫メトも大きくなろうとしていたが黒豹ロロディーヌの尻尾が銀灰猫メトの足に絡む。

 銀灰猫メトは転倒。


 そのままロロディーヌの尻尾でシルバーフィタンアスの足下に移動させられていた。


「ワンッ」

「グモゥ」

「ん、ロロちゃん、シュウヤと同じ」

「ふふ、皆を守るつもりなのね、わたしの前にも触手を出しているし」

「にゃごぉぉ」


 相棒の頼もしい声が響くと、魔族の女性は四眼をロロディーヌに向けて凝視。


 少し体の力が抜けたように四腕がダラリと下がった。


 鎮静効果?


 銀灰猫メトはシルバーフィタンアスから離れてエヴァの足下に移動。


「にゃァ」


 さて、


「ミスティ、魔族の女性の口元の防具のようなモノも溶かせるか、挑戦してもらいたい」

「うん……でも、あの女性、噛み付いてきそうだけど、背後のチューブから外したほうがいいんじゃない?」

「……外して大丈夫か、分からない。皆の意見はどうだ?」

「<銀蛾斑>で混乱させますか? 最悪は死に至りますが、魔族なら、耐性は高い」

「ん、わたしなら触って気持ちが分かるけど、暴れるなら……難しい」


 たしかに。


「……チューブに穴を開けて液体を採取しても、液体の分析には時間がかかる。それにチューブの予備もないし、魔機械のほうから先に溶かす?」

「魔薬なら溶かして壊したほうが……」


 キサラの言葉に頷く。

 オプティマスさんは、


「鎮静剤、魔薬類、色々と可能性はありますが、後頭部の部分を見てみないとなんとも……暴れそうですが……魔族の女性は共通語を理解した上で助けを求めてきたニュアンスでした。リスクがあることは承知のはず。強引に行くべきところかと推測します」


 そう冷静に語る。


 俺も同意見だ。


 口元の面頬型の拘束具を溶かして、魔族の女性が吶喊してきたら、強引に組み伏せながら水の回復魔法かポーションで行くしかないか。


「魔族さん、落ち着いてほしいが」


 俺がそう聞くと、魔族の女性は頭部を激しく振るう。時間を掛けるとヤヴァいか?


「ミスティ、強引に行く」

「分かった」

「魔族さん、悪いが、大人しくしてもらう――」


 ――前進。

 俺の動きに呼応した魔族の女性、四腕を振るおうと、上半身の筋肉が反応。


「ブアァァァ!」


 両腕を振るってきた。

 即座に左手の掌を上下させて、魔族の女性の両拳のフックパンチを往なしつつ<邪王の樹>を生成。


 同時に<魔人武術・光魔擒拿>を実行。


 刹那の間に、魔族女性の右腕と左腕をクロスさせて捻り、下腕も捻ってから、肘の間に生成した邪界製の樹木の棒を通す。

 変形立ち関節からの<魔人武術・光魔擒拿>が決まる。

 極めた四腕の基点でもある樹木の棒で魔族の女性の背中を押すように四腕が絡む樹木の棒を押す。

 

 魔族の女性は体勢を屈めつつ、


「ブブァァァ!?」


 魔族の女性は頭部、体を震わせる。

 背中の筋肉に魔力を集結させると、樹の棒の拘束を解こうと上半身を持ち上げて、俺を見てきた。

 横目だが、見る目がヤヴァい。

 先ほどと同じ魔眼のようなスキルを発動したようだ。

 

 両膝の筋肉が膨らんでいる。


 その間にミスティは魔族の女性の口元の防具を少し溶かす。


「チューブの回りの金属はどうするの!」

「溶かしていい、チューブは俺が外す」

「分かった」


 ミスティが魔族の女性の口元のブリーザーを溶かす。

 その魔族の女性の四腕の拘束を強めるように、再度、背中を押す。


 体勢を屈めてもらった。

 銀色の髪を片手の掌で持ち上げて、項、後頭部を見る――。

 口元のブリーザーから地続きの鋼で後頭部は覆われている。

 表面には魔法陣が浮かんでいた。

 魔族の女性の首筋に突き刺さっているだろう細い釘のような鋼も溶けるはず。

 と、予測した直後、後頭部と首に嵌まる鋼がミスティのスキルの効果で溶けた。


 さすがはミスティ――。

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