八百二十六話 ペントハウス内からの絶景

 棚に並ぶ大小様々な壺は色々だ。

 造花に、本物の魔力を内包した光る花。

 宝石の雨を降らせる円盤魔道具もあるし、シンプルな蝦蛄葉仙人掌もお洒落だ。


 宙に浮く香具と光源の魔道具も綺麗だ。


 宙空には管理人たちが見え隠れ。


 そして、前に調べようとして途中で止めた硝子張りのシャワールームもある。


 隣には、タンダール式のサウナ風呂の部屋もあった。


 皆でえっちなことを楽しむには良い場所だ。

 が、問題はシャワールーム。

 その中のシャワーヘッドは頭蓋骨ワンド。

 ノズル的な額には六つの線と丸い線の魔印が刻まれている。


 アドゥムブラリは、そのノズルの魔印を、狂気の王シャキダオスの眷属の印だと語っていた。


 黙っている<神剣・三叉法具サラテン>の沙も、噴霧装置とシャワールーム自体に神界と魔界の匂いがあると、忠告してくれた。


 魔塔ゲルハットの建設に携わったであろう大魔術師ケンダーヴァルのことを考えると妙に納得できる。


 その大魔術師ケンダーヴァルの情報は手記と魔霊魂トールンからだけ。大魔術師ケンダーヴァルが光と闇の属性を、どの程度扱えるかは推測するしかない。

 ヤーグ・ヴァイ人の変身能力も使えるなら、強いだろう。


 そして、シャワールームと風呂場の壁と地続きで繋がる山形の壁を注視した。


 山の先端は卵。

 取っ手だと思うが、卵の魔道具だろうか。

 その卵の表面は螺鈿模様で、人族の指と掌に合う窪みが備わる。


 あの窪みに手を合わせたら魔力や血が吸収される?

 

 二十四面体トラペゾヘドロンのように手が嵌まったりして……。

 初めて二十四面体トラペゾヘドロンを使った時は、メタルハンマーの腕になってしまった。と、焦った覚えがある。


 盛り上がる山形の壁が隠し扉なら気になるなぁ。


 あの山形の中には……無垢の人々が閉じ込められている?

 または、その怨念が? と、ホラーな印象を抱く。


 山形の壁の向こう側には、建物の構造的に部屋があると分かる。

 その山形の壁の近くの床には上下に向かう階段もあった。


 そんなペントハウス内を見ながら雛壇が付いた小さいスロープを上がった。


 壇の上には掘り炬燵的なお洒落な円卓とソファがある。

 皆も遅れて付いてきた。


 円卓が目の前にあるソファに座っていたエヴァとレベッカが、


「ん、地下の探検は楽しかった?」

「特殊探検隊ムツゴロウマルの隊長になった?」

「おう、初見で<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>が必須な理由が分かった。探検スイッチが入りまくり。ヴィーネの新魔法の見学&カリィとレンショウの戦いに乱入と話をしていたが、建物探訪を優先してしまった」

「ん、シュウヤらしい」


 エヴァの笑顔は良い。

 天使の微笑。


「コアの魔霊魂トールンの本体と体を得た分身体は似てた?」

「似てた。魔女っ子の姿が基本らしいが、体を得たほうは光の棒を扱う」

「へぇ! コアも強いなら魔塔の守りは万全ね」


 レベッカの言葉に頷いた。

 

 そう語るレベッカを含めた皆の真上には香炉と光源が一体化した魔道具が浮いていた。


 エヴァが<念導力>で操作しているわけではないし、魔塔ゲルハットの仕組みは不思議だ。


「ヴィーネとキサラもお帰り、ロロちゃんも。ミスティはさっきぶり」

「はい」

「うん、地下のコアの魔霊魂トールンを見てきた。ロロちゃん神獣モードは速くて、ゼクスとは違う機動で楽しかったわ」

「ん」

「ただいまです」

「にゃ」

「キュイズナーはミナルザンって名前なのよね。そして、【幻瞑暗黒回廊】がある魔塔ゲルハットの地下には、大魔術師ミユ・アケンザの魔改築部屋があったと」

「大本は、大魔術師ケンダーヴァルの〝古の大魔造書・アルファ増築魔法〟が造り上げた異空間的な部屋、ミナルザン曰く、グンガグルの間があった。そこにミナルザンたち、【外部傭兵ザナドゥ】がいた」


 皆が頷いて、ミナルザンと俺たちを見回した。


「大魔術師ケンダーヴァルは、八巨星の可能性があるって、驚きよ」

「はい、クナの知り合い。大商人フクロラウド・サセルエルの可能性ですね」

「脅威かも知れないです」


 皆、ヴィーネの脅威という発言に頷く。


 が、すぐにミナルザンに視線を戻していた。

 

 間近で魔神帝国のキュイズナーを見るのは初めてだろうし、当然か。エヴァは触れたいって顔を浮かべているが、レベッカがダメって押さえている。

 

 気持ちは分かる。


 一方、もうミナルザンを見慣れた感のあるヴィーネと目が合った。


 互いに頷く。

 そのヴィーネは乙女走り的な雰囲気で俺との間合いを詰めてきた。

 左肩と二の腕にヴィーネのやっこいグレートおっぱいさんを感じる。


 素晴らしい感触、おっぱい時空管理局会長補佐として素早く、いや、今は止めとこう。ヴィーネのバニラの匂いを感じつつ、ゆっくりと前方を見た。


「いい景色だな」

「はい」


 ヴィーネの色っぽい声に心臓がドキッとした。

 そして、ここからの景色も、中層のバルコニーからエセル大広場と大通りを見下ろせる景色に負けていない。

 

 ペントハウスの巨大な窓硝子と魔塔ゲルハットの庭園が、夜景というキャンバスを納める額縁に見えてくる。


 茄子紺に星屑を塗した夜空。

 淡く彩る雲に月と月の残骸が輝く夜天光。


 それぞれ個性豊かな輝きを放つ魔塔が、広大な夜の舞台を作る。


 そのような地平線を見ていると……塔烈中立都市セナアプアの上界が巨大な浮遊岩だってことを忘れてしまう。

 

 浮遊岩を構成するヒッグス粒子的な素粒子が、この惑星セラの宇宙次元の素粒子と異なるから、浮遊岩は独自の斥力を得て浮いているんだろうか。


 更にヒッグス機構的な神の魔法力〝式識〟と、エセル界側の宇宙次元のすべての素粒子に質量を与える魔力素粒子が激突&対消滅して、ミュー(μ)的な未知の素粒子が塔烈中立都市セナアプアの周囲に拡散放射されている?


 だから、塔烈中立都市セナアプアでは神の魔法力の式識が通じない、または弱い部分などが混在して、浮遊岩が浮いているのだろうか。

 

 と、宇宙戦艦にいるだろうハートミットとの通信の混線や【塔烈中立都市セナアプア】での魔法が弱まる理由の仮説を考えたが……。


 複数の空魔法士隊が、塔烈中立都市セナアプアに結界的な魔法を展開している話も聞いている。俺の予想はハズレかも知れない。


 そんな予想をしつつ、立っている場所を見渡す。

 

 皆が、お洒落テーブルを三百六十度囲うソファで、まったりと過ごす理由が理解できた。


「ふふ、ご主人様……」


 ヴィーネの熱い息が当たる耳元がこそばゆい。

 

 ヴィーネのおっぱいさんに手を当てたくなった。

 が、すぐに、レベッカに手を叩かれた。レベッカの手と俺は手で叩き合いをしながら、


「塔烈中立都市セナアプアの夜景は、何度見ても美しい」


 と発言。


 皆は頷いて、ミナルザンから夜景に視線を向ける。


「ん、本当にそう思う」

「ふん、うん!」


 一方、隻眼のミナルザンは景色を見続けていた。


 唖然としている。地上が初めてなら尚のことか。

 【外部傭兵ザナドゥ】なら地上の任務もありそうに思えるが……。

 

 隻眼の武人らしからぬ立ち居振る舞いの姿。

 俺と交渉していた時よりも両足が縮んで見えた。

 両足にはちゃんと骨があるんだよな? と疑問に思う。

 すると、ミスティが、怯えたような姿となったミナルザンの観察を強めた。


「キュイズナー、形態論……魔力の流れがスムーズ。武人としての<魔闘術>は達人。隻眼なのは種族的な制約がある?」


 ブツブツと分析。


 ミナルザンの体を凝視しつつ語ると、暗器械からさっと出たペンで、観察結果を羊皮紙に書き記す。


 口元の触手を採取したら、キュイズナーの洗脳技術に使われる魔力反応を調べられるかも知れないわ、内臓に金属系の素材があるかも知れない。

 

 的なことが羊皮紙には書かれてあった。


 一瞬、シェリー夫人メアリ作の小説の『フランケンシュタインあるいは現代のプロメテウス』を想起してしまった。


 フランケンシュタインの映画は幾つも見たなぁ。


 すると、


「ん、魔塔、飛空艇、飛行艇、飛行船、空魔法士隊が蛍のような子精霊デボンチッチに見える」


 エヴァの言葉を聞いて夜景に視線を向け直す。


 たしかに、セナアプアは不夜城だ。俺たちの知らないところで事件が進行中か。

 すると、傍にいるヴィーネが、


「お酒を飲みたい気分になりますね?」


 銀色の瞳に魅了された。『あぁ』と自然と頷く。


「ふふ」


 ヴィーネの熱い視線は、俺の唇をチラッと見る。

 う、その視線だけで股間が滾ってしまう。気を付けないと。

 その熱い視線から逃げるように、巨大な硝子窓と、その先の庭園へと視線を向けた。

 庭園の前側は、石材の机と椅子が点在している。

 庭園の左側は、ほぼ植物園で温室だ。

 

 そんな庭園には、個別に屋根が付いた部屋もある。

 そこには貯蔵庫と酒樽が連なる魔機械と、なんらかの空調設備に、食材を干して焼ける調理器と冷蔵庫のような魔機械風の魔道具もあった。大きい送風機もある。

 洗濯物を干せる場所には、色とりどりのパンティなどの下着がある。

 男は除外して、あのパンティは、誰のだ? ま、いっか。


 調理器は中層のバルコニーにもあった。この屋上でもビアガーデンを楽しむことが可能だ。


 前方の庭園を見ながらペントハウス内の皆に視線を戻した。


 <筆頭従者長選ばれし眷属>の皆は夜景を生き生きと見ている。


 いい面だ。嬉しくなった。


 そして、目の前のお洒落円卓に並ぶ複数のワインボトルと酒瓶から、まだ中身が入っているワインを確認してから、一つの豪華な飾りが付いたボトルを取る。


 ワインの名は――。


 〝ハマル・シャティ〟か?


 コップに、そのワインの赤い液体と<血魔力>を注いで――。

 俺の視線に気付いたレベッカを見ながら、


「夜光の杯、酔って魔塔に伏すも、君笑うなかれ?」


 と発言。


「な〜に? 詩人さんになったの?」


 レベッカは照れた表情で立ち上がり、<血魔力>入りのワインを受け取ると、その場で腰に片手を当てて一気飲み。風呂上がりに牛乳瓶で牛乳を飲む美人さんを想起した。


 酒に弱いレベッカは頬を朱に染めつつソファに座る。

 

 そして、エヴァとユイにも<血魔力>入りのワインを渡して、


「ディアたちは隣の部屋で寝てる?」


 と聞いた。


「ん、ありがと」

「あ、うん、ありがと。二人はぐっすり寝ているわ」


 ユイとエヴァはコップをコツンと当てて、乾杯。


 互いにワインを飲み合う。

 二人の飲みっぷりを見て嬉しくなる。

 そして、給仕さん気分で、<血魔力>入りのワインを空きコップに注いだ。

 ――カボルもいるが、カボルは会釈のみ。


 そして、ヴィーネとキサラとミスティに、そのコップを渡した。


「ご主人様、嬉しいですが、わたしたちが先にする行動でした。すみません」

「いいさ。リスペクトは十分に感じている」

 

 笑顔を送るとヴィーネも蠱惑的な笑みを返してくれた。


「はい」

「シュウヤ様の血……」

「嬉しい、ご褒美ね。マスターは気が利くんだから!」

「ご主人様の血は最高級!」

「うん、乾杯――」

「ふふ――」


 皆コップを当てると、腕を組み合い、互いに持つ<血魔力>入りの酒を悩ましく飲み合った――はは、皆の笑顔はいい。


「「ふふ」」


 その行動を観察するように笑顔を浮かべて見ているカボルを見て、


「カボル、眠気は大丈夫なのか?」

「問題ない。そして腕はもう回復した」


 と、俺が斬った腕を見せてくる。

 ユイが、そのカボルを見ながら、


「その回復力と素早さを併せ持つ身体能力……身を隠せる光学迷彩マント。やはり、【大商会トマホーク】の番頭は普通ではないわね」


 そう指摘した。

 カボルは、ユイの言葉を聞いて、「あぁ、まぁな」と余裕の態度で頷く。

 

 俺を見て、


「シュウヤ殿。本当に飛空挺の鍵を返してくれるんだろうな?」

「【天凛の月】の長として約束は守る」

「了解した。その言葉を信用しよう。俺も、約束は守る。オプティマス様との面会を取り付けよう」

 

 カボルは実顔まことがお

 そのカボルは俺の右肩と背後を見た。

 魔法のケープを食べた竜頭金属甲ハルホンクは消えて普通の右肩だ。

 タルナタムを内包した獄星の枷ゴドローン・シャックルズは戦闘型デバイスの中。

 

 カボルは不自然な顔色となりつつキュイズナーのミナルザンを凝視。


 もう何度もミナルザンを見ていると思うが、慣れないか。

 

 下界には魔族と魚人が多く、軟体動物の一綱と似た姿の魔族はいるはず。だが、魔神帝国のキュイズナーとなると、やはり珍しいのか。


 そのカボルが、


「噂に聞くキュイズナー。まさか魔神帝国とも【天凜の月】は繋がりがあるとはな」


 と発言。


「勘違いするのは勝手だが、助けただけだ。ま、好きに推察すればいい。で、明日の朝、なにもなければ、そのオプティマスの下に案内してもらうことになる。しかし、カリィ、レンショウの戦いもある。ペレランドラたちのこともあるから、都合が変わるかもだ」

「分かった」


 クナとルシェルもサイデイルに戻るし、俺も一旦サイデイルに戻る予定だ。あとはセンティアの部屋でペルネーテに帰還を試して、ディアの兄の件も調査したい。


「カボル、十分でしょう。下に行って」


 ユイがそう言って、浮遊岩のほうに腕を伸ばしている。

 カボルは浮遊岩のほうを見て、頷いた。そして、


「一階の寝台が並ぶ部屋でいいんだな? しかし、捕虜の扱いっていうより、豪華すぎるような気がするぞ?」

「そこはこちら側の忖度と考えて頂戴」

 

 ユイの言葉を聞いたカボルは俺たちを見定めるような面を作りつつ、会釈。


「……承知した」

 

 そのカボルはリビングから浮遊岩に向かう。

 自動ドアのように扉が開いて、浮遊岩に乗りこむカボル。

 エレベーター機動で下に降りていった。


 すぐにユイが、


「カボルに色々とわたしたちに関する情報をプレゼントしちゃった形だけど、いいの?」


 頷いた。


「構わない。魔力豪商オプティマスの種族はソサリーと聞いた。襲い掛かってきた相手で、捕らえたカボルだが、友好的に行くつもりだ」

「ん、魔力豪商オプティマスの種族が本当にソサリーなら、シュウヤの知り合いのマリン・ペラダスさんと同じ希少な種族」

「うん。マリンさんはホルカーの大樹を守る司祭様。父さんも会ったと血文字で報告があった」

「あぁ、聞いている。ポルセンとアンジェのノーラ探しの件の報告は、まだないよな?」

「父さんからの連絡はまだないわね。アンジェは、前と同じく葉脈墳墓のほうだと思う」

「オプティマスから話がそれますが、たしかに、【血印の使徒】も根が深いです」

「この塔烈中立都市セナアプアの下界に多い邪教組織の一つ。太古から続く組織です」


 キサラの発言に頷いた。


 魔鋼都市ホルカーバムの地下街アンダーシティーで倒した連中は極々一部か。


「魔人ソルフェナトスのような存在はレアとして、魔族の信奉者が多い邪教の勢力は様々。けど、下界の宗教街には、神界セウロスの神々を信奉する宗教組織も存在しているから、治安はそこまで酷くないのよ」


 ユイがそう発言。

 皆頷いた。


「ん、先生の敵で皆の敵でもある【テーバロンテの償い】と【血印の使徒】は争った」


 邪教同士で仲が悪い。


「はい、下界の【血印の使徒】は魔元帥級ラ・ディウスマントルの眷属たちに呼応して暴れたと聞いています」

「うん、血文字で皆に伝えたけど、その関係で、【天凛の月】のわたしたちが得た上界と下界の浮遊岩と、その周辺の【ラバンアスの商店街】の縄張りが危険となった」


 ユイがそう発言。


「カリィとレンショウの件に繋がるわけか」

「うん」

「邪教同士で争う魔界セブドラ側も色々だな」

「ん、キッカの仕事も大変だと分かる」

「はい、依頼は様々、冒険者ギルドマスターですからね」

「それを言ったら、ペルネーテのほうが大変かも知れないわよ。冒険者、闇ギルド、国、邪神の使徒、神界の勢力、魔界セブドラの勢力、皆、それぞれ野望を持つし、敵や味方となって動くから」


 サイデイルのカオスな一夜を思い出す。


「ま、どこも一緒だな」


 皆、頷いた。


「話を、そのラ・ディウスマントルが復活した影響に戻すが、その網の浮遊岩をざっと空から見たが、網の浮遊岩の乱では、命を落とした冒険者たちが多い印象を受けた」

「緊急依頼ですからね。解決してよかったですが、キッカの仕事は山ほどあるはず」

「解決したあとのほうが厄介なこともあるかも知れないわ」


 遺産やらなにやらか。


「そうですね。泡の浮遊岩と網の浮遊岩の関係者も多いでしょう。他にも、上院と下院の評議員、【魔術総武会】、評議宿、三カ国のスパイ組織と盗賊ギルド、三カ国の大貴族、闇ギルドとの交渉など……」


 キサラとヴィーネの言葉を聞いて、キッカの美人さんの顔に皺が増えたような印象を抱いてしまった。


 すると、ユイが、


「うん。だからこそ、光魔ルシヴァルの<筆頭従者長選ばれし眷属>として、キッカ・マヨハルトを迎え入れることができたことは大きいと思う。そして、塔烈中立都市セナアプアだからこそ存在する裏仕事は、たんまりとあるそうよ」


 そう笑顔で語るユイだが、武人の雰囲気を醸し出す。


 ユイの手が触れた神鬼・霊風が振動したように見えた。

 

 気のせいか。


「それは望むところ」


 ヴィーネだ。

 やる気を示すようにガドリセスの鞘を構成する赤色の鱗に指を当てていた。


「ヴィーネとキッカは裏仕事の件で約束していたわね」

「はい」


 俺も、その約束に付いていこうかな。


「そして、【天凛の月】の話に戻すけど、書類仕事は結構大変。メルの仕事ぶりが分かった」

「ん、月見宿の兵士たちと、その周囲の店や【魔塔アッセルバインド】の周辺の店とも仲良くなれた」

「うん。用心棒代は結構な収入になる」

「けど、トロコン、ゼッファ、キトラの幹部たちと新しい幹部たちに【天凛の月】の兵士たちの給料があるから、収支はあまり変わらないかな」

「しかし、魔塔ゲルハットを入手し、上界と下界を移動する浮遊岩の権利も入手。月見宿と【魔塔アッセルバインド】の周辺の商店街は、同盟を結ぶことにより、影響力が増しました。そして、浮遊岩近くの商店街の縄張りも増えた。ですから、これからのセナアプア支部の資金は潤沢となるはず」


 そう語るキサラは自信ある表情だ。


 塔烈中立都市セナアプアで奮闘していたからな。

 

「うん、当初に比べたらね。それでも副長メルたちの迷宮都市ペルネーテのような莫大な収入はない。あ、でも、ポケットマネーは潤沢。だからトトリーナ花鳥の弁当を買い占めるぐらいは余裕で可能」


 ユイが鼻歌を歌うように語ると、レベッカが注目を受ける。


 レベッカはきょとん。

 瞬きを繰り返す。


「え? なんで皆でわたしを見るの?」

「ん、お菓子とトトリーナ花鳥の弁当をいっぱい食べたから?」

「わたしが地下の試作型魔白滅皇高炉で夢中になっている時ね」

「う……食べたわ、太らないし! でも一応、ちゃんとジャハールを装備して、クルブル流拳術の稽古をがんばったんだから! 魔法も試したし!」


 レベッカは蒼炎の拳で正拳突きを繰り出す。


 その構えは、初めての頃とは雲泥の差だ。


 レベッカも着実に成長していると分かる正拳突き。


 いつか、胸元に七つの星が輝くのか?


「蒼炎の扱いよりも、体幹がしっかりしていると分かる。ジャハールの威力も強力そうだ」


 レベッカの腰は細いが、元ハイ・エルフとしての細胞は、人族やエルフと異なるかも知れないな。ミクロ単位で魔法用の筋肉繊維が多いのかも知れない。

 

 俺の知る地球の人類でも腱が切れていたとしても、他の筋肉が、腱を補うように太くなったりすることがある。


「へへ、師範代のサーニャさんを真似ているからね! でも、レムランの竜杖とグーフォンの魔杖もあるから、接近戦はあくまで最終手段」


 <筆頭従者長選ばれし眷属>で身体能力は高いが、レベッカは魔法使い系統。


 接近戦は弱点になりうるから格闘系を学ぶことは正解だ。


「細い腰と綺麗な脇は魅力的」

「うん、ってどこ見てるの!」


 構えを解いて体を隠す両手の動きが少しエロい。

 

 俺は笑いながらも尊敬の眼差しでレベッカを見た。


「いや、冗談はさておき、レベッカも、キサラと俺の組み手系技術を傍で見ているから、もう弱点と呼べる弱点はないかも知れないな。と考えた」

「え、そ、そうかな?」

「おう」

「ん」

「うん。泡と網の浮遊岩の戦いでは、レベッカもがんばっていたわ」

「……ありがと、でも、もっと学んで強くなって、エヴァと、皆を守る……あと、シュウヤの傍に立てる、ううん、シュウヤの役に立てるようにがんばるから」


 いい面で、健気だ。


「そうだな、ありがとう」


 ラ・ケラーダの気持ちをレベッカに送った。


「ん、わたしもトンファーと金属の操作をがんばる!」

「わたしもよ、神鬼・霊風の扱いを高める」

「はい、弓スキル、剣術スキルを使用して熟練度を高めます」

「ふふ、皆の学生顔負けの心意気を聞いていると、心が熱くなるわ」


 俺もだ。


 なにごとにも上には上がいると、謙虚に学ぶ気持ちは大切だ。


 人を見下すような心では、成長はしない。


「その血文字を聞いていた頃に、ガルモデウスさんから、アニメイテッド・ボーンズとプレインハニーとマグトリアの指輪をもらったんだった」

「あ、沸騎士たちがパワーアップした話ね。プレインハニーで闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトは変化した」

「魔界セブドラ側の沸騎士たちにも変化があったのかも知れない。と、血文字で連絡を受けているから気になってた」

闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトも変化したからな」

「うん。だから、黒沸騎士長ゼメタスと赤沸騎士長アドモスは、もう大眷属?」

「そうなる」

「マスターは<魔界沸騎士長・召喚術>をゲット。ゼメタスとアドモスは、魔界セブドラに持ち帰ることが可能な虹の魔力を放出できる骨盾を獲得したとも聞いているわ」

「おう、見た目の華やかさが増したから、魔界騎士ゼメタス&魔界騎士アドモスと魔界では呼ばれるかも知れない」


 強くなった沸騎士長たち。

 魔界セブドラの領域を守りやすくなっただろう。

 魔界セブドラで、立派な魔獣ソンリッサを見つけて使役したかも知れないな。


「わたしと沸騎士たちが訓練した後です」


 そう発言した常闇の水精霊ヘルメは真上だ。

 水飛沫を発しつつ浮いている。


「<神剣・三叉法具サラテン>の羅と貂と訓練をした。沙は相棒と遊んでいたという血文字を見ていた頃だ」

『器よ、アギトナリラたちの管理人が不思議だったのだ。神獣もえらく興奮していたのだぞ!』

『相棒と沙の姿はすぐに想像できたさ』

「はい。わたしは中庭で《雷魔外塔ライジングタワー》を試していた頃です。ご主人様の傍にいれば! と、的に八つ当たりを……」

「ん、魔法の実験場は管理人たちがすぐに修復してくれた。わたしも《怒崩象歯群リグランドブレガン》を試して、貝殻風のモンスターの的は壊れたけど、すぐに修復した」

「うん。わたしも《炎塔攻防陣エンフリート・ネイルディフューザー》を試して、的は消えたけど、復活していた」


 レベッカがそう発言。


 すると、エヴァが話がしたいって面を寄越す。

 

 少し紫色の瞳が揺れていた。エヴァの隣に移動。


「どうしたエヴァ」

「ん、その魔法のことだけど」

「《怒崩象歯群リグランドブレガン》を使いすぎて、俺の魔力を欲しくなった?」


 俺がそう笑いながら発言すると、エヴァは一度強く頷いて、すぐに頭部を振るう。

 はだけた胸元から、真珠のネックレスが見えた。

 

 エヴァにプレゼントしたネックレスだ。


 嬉しい。


 そして、エヴァは上目遣いで、


「ん、ふふ、違う。マグトリアの指輪のこと」

「あぁ、あの魔法をチャージできる便利な指輪か。あれがどうかしたのか?」


 エヴァは少し紫色の瞳を揺らし、


「ユイに貸した。いい?」


 と、遠慮がちに聞いてくる。

 理由は分かった。


「いいさ。土属性の《怒崩象歯群リグランドブレガン》を込めたんだな?」

「ん、そう。ヴィーネは《雷魔外塔ライジングタワー》を込めてレベッカは《炎塔攻防陣エンフリート・ネイルディフューザー》をマグトリアの指輪に込めた」


 納得。


「いい判断だ。ユイは接近戦の玄人。その玄人が、詠唱なしで強力な言語魔法をいきなり放てるんだから、対決した相手は面食らうだろう」

「うん、戦う上で選択肢が増えたことになる。でも、貸してもらっといてアレだけど、基本は神鬼・霊風よ? <筆頭従者長選ばれし眷属>として、神鬼・霊風の扱いをもっと極めたい。プライドもある。だからサイデイルのメンバーに渡したほうがいいかも知れない。でも、わたしと同じように、皆、得物にプライドを持つはず。だから、エヴァが持っていたほうがいいかも知れないわ」


 エヴァは困ったような表情を浮かべていた。

 

 ユイや前衛のことを考えた上で、ユイに貸したんだろう。


 優しいエヴァ。


「ま、柔軟に考えていけばいい。生きるか死ぬかの戦いにプライドも糞もないからな」


 ユイは俺を真面目な顔で見ると頷いて、


「たしかに」


 神鬼・霊風の鞘をクルッと手元で回していた。

 

「ん、クナとルシェル、フーもチャージは可能。ユイの語るように、サイデイルのメンバーに持たせてあげるべきかも知れない」


 エヴァはそう発言。


「サザー、エブエ、サラ、ブッチもいいだろう」

「オフィーリアたちは?」

「もしものためにオフィーリアに持っていてもらうってのもアリだ」


 皆が頷く。


「はい。ツラヌキ団と小柄獣人ノイルランナーの家族たちがいます」

「ナナとアリスって線もいいかもな」

「ナナはともかく、アリスの追っ手は多いからね、でも……」

「ん、子供たちは危険。間違って使ってしまうことがある」


 あぁ、そっか。


「そうだな。保護者のエルザがいるし、ハンカイ、紅虎の嵐、デルハウト、シュヘリアもいるから大丈夫か」

「ん」

「うん。それで、話を変えるけど、シュウヤ」

 

 すると、


「にゃお~」


 相棒がレベッカに何かを言うように鳴いた。

 そして、ソファに着地。


「ふふ、ロロちゃん、干し肉食べる?」

「ンン、にゃお~」

「分かった――」

「俺との話はいいのか?」

「うん、ロロちゃんの餌がほしいって顔を見たら忘れちゃった。ふふ」

「はは、変なレベッカだ。了解」

 

「べー、変じゃないわよね~、ロロちゃん~」

 

 レベッカの出した細い干し肉をパクッと食べる黒猫ロロさん。

 硬い干し肉なのか、むしゃむしゃと咀嚼していた。

 

 すると、ユイがミナルザンを見て、


「怯えているのか分からないけど、キュイズナーのミナルザンさんもいるし、シュウヤもソファに座ったら? 庭園と植物園を眺めながらの団欒も楽しいわよ」

「そうだな、ミナルザンも座ってくれ」


 ミナルザンは皆の様子を見て俺を見る。


「……ワカッタ」


 ミナルザンは座った。俺も座る。そのミナルザンに向けて、


「酒と食べ物は自由に食べていい。といってもキュイズナーの好みは分からないが……」

「肉、茸、貝、ナンデモ食ベル。酒モ、イケル」

「生きているから、食料に関しては、そこまで必要ないと分かるが、グンガグルの間に閉じ込められている時は、何を食べていたんだ?」

「何モ食ベズトモ生存ハ可能。閉ジ込メラレテイル間ハ、ズット、プジョノ干シ肉ヲ食ベテ、ポーションヲ飲ンデイタ。【外部傭兵ザナドゥ】ハ皆、アイテムボックスヲ持ツ」

「干し肉を食べていたのか。ま、腹が減っているなら自由に食べてくれ」

「ウム」

「にゃ~」


 と黒猫ロロは鳴きながらエヴァを見る。

 エヴァは微笑みつつ黒猫ロロに人差し指を向けた。


「ンン」


 黒猫ロロは喉音を鳴らしつつエヴァの人差し指の匂いを嗅いでいた。


「ふふ」


 笑顔のエヴァを見た黒猫ロロ

 そのエヴァの人差し指をペロッとなめた。

 黒猫ロロは鼻先を人差し指にピタッとつけて、鼻キッス。

 そのまま頭部を前に移動させて人差し指で自身の頬を擦り、体をエヴァの指と掌に当てて細い腕にも寄せていった。


 尻尾もエヴァの腕に絡ませつつ体を悩ましく前後させる。

 エヴァの二の腕にも頭部を当てようと少し後脚を持ち上げていた。


 黒猫ロロは全身で『エヴァ、だいすき』を表現。


 健気に愛を伝える姿はとても可愛らしい。


「ん、ふふ、ロロちゃん、ここくる?」

「にゃ」


 エヴァッ子の太股の上に跳び乗った相棒。

 その黒猫ロロを胸元でギュッと抱きしめるエヴァ。


 なんか心が温まる。


 さて、俺も何か摘まむか。


 テーブルの上には色々な物が乱雑に並ぶ。


 お菓子類は、ほぼレベッカの持ち物かな。


 『ポル・ジャスミン』で買った化粧品を皆で交互に使っていた雰囲気がある。


 女子会って奴か。一名捕虜がいたと思うが。


 キッシュたちへのお土産は出していない。


 机には、他にも、魔道具だと思うが電子ケトル、色とりどりの紅茶シリーズ、コップ、ポーション、軟膏、ウナギ? サクランボ、ホタテ貝、マグロのような赤身、さきいか、なんかの佃煮、卵菓子ティラード、パイ生地、マジュンマロン? トトリーナ花鳥のサンドイッチの余り、サウススターと似た菓子も置いてある。


 食材は、すべてが美味そう。

 ユイ、ヴィーネ、エヴァ、ディア、ビーサ、ミスティ、管理人たち、各自が持っていた食品を出したのかも知れない。そして、サウススターか。


 レベッカたちの絶妙な……。

 おっと、この話題は、今はよくないな。


 アギトナリラとナリラフリラの管理人たちはケトルを持っている。紅茶を皆に入れてくれたのかな。前は配膳をやってくれなかったが、今は『食事を作って』と頼めば作ってくれる?

 

 と、考えながらマジュンマロンと似た菓子を取った。


 キサラとヴィーネとミスティも取る。


 とりあえず、先にびびっているミナルザンに落ち着いてもらおうと、菓子を差し出した。


「コレハ、食ベラレルノダナ?」

「当たり前だ。地下にはないと思うが、ヴィーネの顔を見たら分かるだろう。毒はないが、キュイズナーの体質は分からないからな……」


 砂糖と卵にアレルギー反応があるのなら食べられないか。


 ヴィーネはマジュンマロン的な菓子をパクパク食べていた。


 紫色の唇がエロい。


「……美形ナ、ダークエルフ……」


 審美眼は俺たちと同じ感覚。


 この夏侯惇キュイズナーやりおる。


 まぁ、食べる心境ではないか。

 

 とマジュンマロンと似た菓子を目の前に運ぶ。


 これは……。

 キッシュとデートの際に買ったマジュンマロンではないな。


 セナアプアの店で売られている新しいお菓子か。


「シュウヤ、それはネーグルルの生包み菓子よ」

「ん、美味しいお菓子」


 エヴァを見たら、口元にお菓子の生地が少しついていた。


 可愛い。


「最初にそのお菓子を選ぶマスターはセンスがいいと思う」


 ミスティがそう発言。


「はい、表面がこんがりと焼けたネーグルルの焼き菓子も美味しいんですよ!」


 少しテンションが高いキサラは生地が焼けているネーグルルの包み菓子をサクサクと音を立てて食べている。


 キサラの美味しそうな表情が魅力的、たしかに生地が焼けているほうも美味しそうだ。


 ベルギーのお菓子と似ている?


「寝ているビーサとディアも大量に食べた。けど、皆のためにたくさん買っておいたからね!」

「ん、レベッカ大正解」


 前にメルからもらったお小遣いを使い切った理由の一つか。

 エセル大広場の中と外には、お洒落な店が多いからなぁ。

 買い物に心が弾んでしまう気持ちは理解できる。


「ネーグルルの魔樹液が有名な店でもあります」


 ネーグルル。そう言えば……。

 前に聞いた名だ。


「閣下、お菓子と一緒に、わたしの水をお飲みになりますか?」

「おう、ありがと、頼む」

「はい」


 ヘルメは指先から水を放出。机にあるコップにその水を注いでくれた。

 

 再び、ネーグルルの生包み菓子を凝視。


 表面の皮は……白っぽくて半透明。

 お餅の皮のようにも見える。


 片栗粉、白玉粉、餃子の生皮っぽい。


 あ、大福餅? 中身は餡?

 黄色いからフルーツか。


「シュウヤ、観察してないで、さっさと食べなさい!」


 レベッカの声が、なぜか、おっかさん的だ。


「なんで命令なんだ。まぁ食べるが」

「「ふふ」」

 

 レベッカと皆が笑顔。

 笑いながら――早速、ネーグルルの生包み菓子を口に運ぶ――。


 おぉ――皮はサクッと歯が通る。

 

 ――柔らか柔らかホンジュラス。

 なんか新しいギャグができた。

 

 そして、中身は果実。

 とても瑞々しくてフルーツの汁がジューシーだ。


 じゅあっと放出した果実の汁が唇から溢れる。


 その汁を押さえるように――顔を上向かせた。


 美味い。一瞬でなくなった。


「ングゥゥィィ、ウマカッチャン?」

「ハルホンクも食べるか?」

「タベル、ゾォイ!」

「ん、シュウヤの食べている顔が美味しそう!」

「ふふ、ハルホンクも気に入るはず。お菓子装備ができる?」

「あはは、たしかに」

「でも、お菓子装備? 防御力は落ちそうね」

「ミスティ、冗談だから検討しないの」

「ふふ」


 皆の会話に合わせるように、新しいネーグルルの生包み菓子を取って、竜頭金属甲ハルホンクに食べさせてあげた。


 ハルホンクの片目の魔竜王の蒼眼がキラキラと輝く。


 ネーグルルの生包み菓子は消えたように取り込まれた。


 取り込んだハルホンクは嬉しそうに、


「――ングゥゥィィ、マリョク、スコシ!」


 そりゃそうだろう。

 量的にもだが、魔力を得る食材ってわけでもないだろうし。


 すると、キサラが、


「夏服のシュウヤ様、腹筋が素敵です」


 そう喋ったキサラに向けて、腰を振る。


「あぅ」


 キサラの反応が可愛い。


「もう、ふざけて!」


 と怒るレベッカは、ソファから起き上がるように机に手を伸ばして、白魚のような指の群れで、新しいお菓子を器用に取る。


「再びゲット!」

「ンン」

「わたしももらう~」

「はい、では、わたしも、次は生包みのほうを――」


 ミスティ、黒猫ロロ、キサラは、ネーグルルの生包み菓子をゲットしていた。


 俺ももう一つ――。


 このネーグルルの生包み菓子の中身の果実はサイカかな?

 ミカンと似たフルーツ。

 果汁満載で瑞々しく、甘くて美味しい。


 皮の味も素敵だ、レモンとリンゴの匂いもある?


 ほんのりと甘い。しかし、皮が餅だとしたら、米、稲があるのか?

 稲がセナアプアには流通していることになる。

 カザネことムーサ・アロマンが南マハハイム地方を巡る旅をしたが、米は見つからず、海に出て、梅のスメを見つけた話は有名。


 だから、稲穂系の穀類が最近になって流通した?

 

 ここは大河のハイム川近くだ。

 南西ではオセべリア王都近くからハイム海。

 南東ではサーマリア王都近くからローデリア海に出る。

 ハイム川の黄金ルートでは麦の他、『畑の牛肉』こと大豆と似たクアリ豆やレーメ豆などが大量に流通している。


 ペルネーテの南は穀物地帯だ。


 だから、他の大陸の貿易の品の優れた稲をセナアプアのどこかの商会が入手したのかもな。カザネの捜索も完璧ではないだろうし、ひょっとしたら稲作地帯が南マハハイム地方のどこかにあるのかも知れない。


 地図にない秘境的なネーブ村という存在もある。


 そして、稲穂の名前ではなく、別の名前で稲が流通している可能性が高い。

 

 そんなことを考えているうちに、あっという間に、ネーグルルの生包み菓子が口の中から消えた。


 もう一つネーグルルの生包み菓子をゲット。


 再びもぐもぐと食べてから、ヘルメの水をがぶっと飲む。


 ふぅ――。


 すると、


「ンン」

 

 エヴァの太股からソファに降りていた黒猫ロロだ。


 相棒もネーグルルの生包み菓子を気に入ったか。


 焼き菓子のほうは食べていない。


 ネーグルルの生包み菓子に触手が付着。


 触手の裏側の肉球は吸着が可能。


 が、黒猫ロロは、そのネーグルルの生包み菓子を食べない。


 ミナルザンの前に運んでいた。優しい。


 俺があげても食べようとしなかったミナルザンだが、


「ンン、ンン、ハッハッ、ハッ、はぁぅぁ」


 黒猫ロロさんの新芸が炸裂。


 面白い声を聞いたミナルザンは眉毛をピクピクと動かして反応。


 相棒的にミナルザンに食べろと促しているんだろう。


「……ア、ロロディーヌ、アリガトウ……」


 ミナルザンは震える手でネーグルルの生包み菓子を受け取る。


 ミナルザンは俺をチラッと見た。


『大丈夫だ』


 と、意志を込めて頷く。

 隻眼のミナルザン。

 俺とサシで戦った頃の顔色を取り戻す。


 いい面だ。

 同時に、口元の触腕的なモノをギュルッと動かし収斂させて、人族風の口を露出させた。


 渋い海賊の面って印象だ。

 蛸や烏賊系だが。


 その口を拡げて、ネーグルルの生包み菓子を食べた。


 数回渋い表情のまま頷くミナルザン。隻眼の瞳が散大しては収縮を繰り返す。


 なんか大袈裟で面白い。


「フム」


 と発言。

 

 美味しくなかったかな?

 が、その渋いミナルザンは体が震え始める。

 ガクブルって印象だが、大丈夫か?

 皆、注視。


「ウマイ……甘イ汁ガ、予想外ダ……蓋上……世界……侮リガタシ」


 一瞬、膝からこけそうになった。相棒がすぐに、


「にゃおお」


 と鳴いて反応。首下から出した触手をミナルザンに向けた。

 触手の丸い先端が、ミナルザンの頭部にピタッと付く。


「……ヌヌ、コレハ」

「相棒は気持ちを伝えることができる」

「……我ラと意思疎通ガ可能ナ神獣……」

「ンン」


 黒猫ロロとミナルザンのコミュニケーションに皆が注目。


「へぇ」

「面白いわ」

「ウマカッタゾ……。ガ、我ハ、ダメダ! 美味クナイ! 食ベナイ方ガイイ!」

「にゃ~」


 ミナルザンの態度と黒猫ロロの態度が面白い。


「ロロちゃんも笑ってるの?」

「正直、ミナルザンさんの言葉は、もぎゅもぎゅっとしてて分からない」

「ロロ様は、キュイズナーのミナルザンを気に入った?」


 そう聞いたヴィーネの腕に尻尾を当てて、


「ンン」


 と喉音を鳴らす。続いて、


「ん、ロロちゃん、さっきの発音が新しい声は、新しい芸? キュイズナー語を勉強したの?」

「にゃお~」


 と鳴いていた。

 黒猫ロロは、伸ばしていたレベッカの指に前足を乗せた。


 ふいた。


「ふふ、可愛い前足ちゃん!」


 と、レベッカが黒猫ロロの前足を掴む。


「エヴァとレベッカ、ごはんをくれって言っているようだぞ」

「お手とお手を合わせて、にくにく祭り~」


 どこかで聞いた言葉だ。

 なすがまま、黒猫ロロはレベッカに両前足の肉球を合わせて離してを繰り返されて遊ばれている。


 そんな楽しい様子を見ながら、立ち上がった。


 管理人たちは、宙を浮遊する魔法の角灯に座っている。


 天井は三角形が重なった作り。向日葵の絵柄かな?


 自然数のフィボナッチ数列的な意味がありそう。

 銀河の螺旋などの1.68033988の黄金比は、この世界でも通じる。言語を超えた共通思念と呼ぶべき周波数的なモノを体現化? 重力波は次元を超えると言われていた。

 ま、難しく考えてもな。そして、左側を見た。


「やはり、あの植物園の中には、だれも入っていないか」

「うん、ディアには、何度も入らないように注意した」

「そうだな。出入り口付近には、アドゥムブラリが動けなくなった絵もある」

「ん、ケイさん待ち。一種の秘境」

「でも、気になる場所よ? サイデイルの果樹園のような巨大温室。奥には樹木の隠し部屋がありそう。あ、まさか、樹の迷宮の出入り口だったりして?」


 ミスティの語りに頷く。

 

 たしかに、奥には高い樹木もあるし、あの温室は、巨大。

 

 一つの生態系が構築されている印象だ。


 テラリウムとか?

 植物園の手前には、使い古された籠が並ぶ棚もある。


 芋虫が作る蚕がある?


 そういえば、前、アドゥムブラリを止めた時、植物以外にも様々な虫がいたな。蛾、蝶々も見えたような気がした。


 そんな植物園からペントハウス内に視線を戻し、


「シャワールームの後回しは決定として、上下の階段の先にあるだろう各部屋もすべてが怪しいな。壁と扉にはボタン式のスイッチに、魔印が施された金具も多い」


 ボタン式だと押したくなる。

 押したら、なにが起こるか分からない的なスリルを楽しめそう。

 

 が、試すのは怖い。


 卵の手の窪みも怪しい。

 シャワールームも怪しいシャワーヘッドと噴霧魔機械から魔界と神界の大魔法が融合した個体か液体か謎な量子液体を大量に放出しそうだ。そして、そのシャワールーム内では、エセル界の影響も受けて、この世界の一部を構築しているだろう神の魔法力〝式識〟と、量子もつれの関係が崩れて【幻瞑暗黒回廊】的なことが起きる? 量子重力的に、この次元世界や他の次元に干渉してしまうかも知れない。と、また考察してしまった。


 そして、上下に向かう階段の先にも部屋がある。


 下は貯蔵庫とか?

 上には、魔塔ゲルハットの屋根裏部屋とか?

 地球儀とか、望遠鏡とかありそう。


 俺の視線を見ていたヴィーネが、


「山形の取っ手の先は、宝物庫か書斎、書庫の可能性も」

「そうかも知れない」

「そうね、ここは大魔術師たちの大魔法研究の魔塔」

「ん」

「はい、シュウヤ様に相応しい魔塔ゲルハット」

「そうか? 俺としては謎がありすぎて、手に余る印象だ。ま、楽しいが」


 キサラにそう話をしながら、山形の壁の前に移動した。


 先端の卵の魔道具を凝視。

 キサラも俺の背後にくると、


「はい、わたしも少しワクワクしています」

「この卵を握って、アクセスしてみる?」

「シュウヤならやると思ってた」

「ん、ふふ。全員同じこと言ってた」


 そう語るエヴァ。

 ソファに顎を乗せて頭部だけを見せている。

 相棒は、エヴァの隣のソファの天辺で香箱座り中。


「閣下、《水幕ウォータースクリーン》を展開しておきますか~?」

「大丈夫だとは思うが、ディアたちが眠る部屋の前に展開しといてくれ」

「はい――」


『器よ。卵の形の魔道具にも怪しさはあるが、シャワールームよりは大丈夫だと思うぞ』

『了解。んじゃ、触るかな』

「皆、卵にちょいと魔力を込める、それなりに準備を頼む」

「もう整えたから――」


 素早いレベッカ。

 ソファの位置にはいない。

 体に蒼炎を纏いつつ壇を華麗に飛び降りていた。

 キサラもミスティも一緒に降りてきた。


 エヴァと相棒はそのままソファの位置で見学か。

 エヴァは胸元にソファを抱くような姿勢となっていた。

 可愛い。

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