七百六十話 アギトナリラとナリラフリラの管理人


 一階から皆の感嘆した声が響いてくる。

 すると、白黒のチョークっぽい素材で描かれている魔女っ子が、お辞儀してきた。

 

 同時に戦闘型デバイスの上に浮かぶアクセルマギナが胸元に片手を当てて、


「こんにちは!」


 ナ・パーム統合軍惑星同盟の軍隊式の挨拶を行う。


 魔女っ子キャラクターは指を左端に移動。


 挨拶したアクセルマギナには応じず、


「――左端の浮遊岩は地下専用です」


 機械音声で浮遊岩の説明を開始。

 続いて、魔女っ子キャラクターは腕を右に動かす。

 

 立体的な最上階のイラストを指した。


「こちらの真ん中の浮遊岩は、最上階専用です」


 最上階はガーデンビューが可能な部屋。

 ペントハウス的。

 魔塔エセルハードとは、かなり造形が異なる。


 魔女っ子キャラクターは、更に腕を右にずらし、湾曲した部分が目立つ魔塔の中層を指す。


「右の浮遊岩は中層専用です。その中層にはバルコニーを備えた大広間と各部屋があります――次に、右端に並ぶ小さい浮遊岩は1、2名用となり、浮遊岩に備わる各種部屋指定ボタンを押すことで、それぞれの階層や浮かぶ浮遊岩の部屋へと自由に行くことが可能です」


 そう機械音声で説明を続けた。

 魔女っ子のチョークっぽい素材のアニメーションは滑らかだ。 


 説明を聞いたアクセルマギナは『ふむふむ』と頷いてから、


「この浮遊岩の群れのシステムは、先ほどの玄関口用のセキュリティシステムとは違うようです。魔塔ゲルハットの一階、二階にある魔機械と魔道具と同じく、ほとんどがスタンドアローンのようですね」

「スタンドアローンか。個別に電源があると?」


 アクセルマギナは頷いた。


「はい。目の前の浮遊岩の扉と魔機械の魔鋼には、小さいエネルギー源として、エレニウムストーンが無数に鏤(ちりば)められてあります。更に言えば、魔塔ゲルハットの素材一つ一つが相互の魔力源を兼ねている。別個でも可動できる仕組みが随所に施されていると認識しました。しかし、フォド・ワン・ユニオンAFVやビーサが転移してきた緊急次元避難試作型カプセルが内包していたナノ防御システムのようなモノはないようです」


「なら、ミホザの騎士団の聖櫃アークはなさそうかな」

「ところが、外装と窓に、リバースエンジニアリング的に第一世代のレアパーツの素材が使われているようです。しかし、偵察用ドローン、マスターが持つミホザの魔宝石など、しっかりとした聖櫃アークのようなアイテム類は、この魔塔ゲルハットには、ないように思えます」


 右腕の上に浮かぶアクセルマギナが早口で語る。

 小さいガードナーマリオルスはそのアクセルマギナの足下で言葉のリズムに合わせて回転していた。

 

 面白い。その小さいガードナーマリオルスのホログラムを左手の指で突きながら、


「――俺の戦闘型デバイスやアクセルマギナに、このガードナーマリオルスのような、直接的な宇宙文明に由来するナ・パーム統合軍惑星同盟や銀河帝国の技術が使われたアイテムの反応は、今のところはないってことかな――」

「はい」


 アクセルマギナの返事の間に――。

 

 ガードナーマリオルスのホログラムを指で突くと、ガードナーマリオルスのホログラムは分解されたように消えた。


 直ぐにアクセルマギナの右上に現れる。


 その出現したばかりのガードナーマリオルスの目のようなカメラが動くホログラム越しに、目の前の浮遊岩のボタンを見て、


「そして、窓や外装には実際に使われているようだが、長い年月を考えれば、かつ聖櫃アークだったモノや、ナ・パーム統合軍惑星同盟、銀河帝国の技術を流用した古い素材が、この魔塔の素材として使われている可能性もあるってことか」

「はい、その通り!」


 アクセルマギナの言葉を確認するように――。

 再び魔察眼を用いた。


 魔塔ゲルハットの魔力の流れを改めて見ていった。


 各種浮遊岩と建物が魔力で繋がっているとは分かるが……床など、魔塔ゲルハットの建物の内部に流れる魔線は複雑すぎる。


 俺の<導魔術>系統の<導想魔手>が霞むほどの魔線の量だ。


 エネルギー源のコアが近くにあるってこともあるか。


 ちょい前に大魔術師キュイジーヌさんは、魔塔ゲルハットの地下に〝コア〟があるようなことを喋っていた。


 その地下には魔力ソノモノを遮断している層が多い。

 そう分析しつつアクセルマギナに、


「内部の魔線が行き交う様子は複雑過ぎるが、その魔力の集積具合から、コアの位置はだいたい分かる」

「はい、魔力を遮蔽する層に、ナトリウムと塩分が蓄積された電気層もある。コアの正確な位置の判別は難しいですが、上の階層と地下にコアはあるようです」


 そのコアと言えば【白鯨の血長耳】の魔塔エセルハード。


 その魔塔エセルハードにも〝聖杯〟という名のコアがあることは聞いている。

 

 カットマギーも、


『ネドー側に男と偽装しながら潜伏して魔塔エセルハードを攻めた理由は、エセル界の聖杯だよ。聖杯は魔塔エセルハードの源と聞いた。魔神具にもなる代物と聞く。狂言教の長老会議で、その聖杯を奪うことが決定した。で、都合のいいわたしが尖兵となった。【血長耳】側についた連中を倒した理由は、強者たちの魂がわたしには必要だったこともある……』


 そんなことを語っていた。


 狂言教がエセル界の聖杯を欲している。

 その魔塔エセルハードのエネルギー源でもある聖杯は秘宝とか?

 

 魔神具系にも色々あるんだと思うが、ゼレナード&アドホックが【星鉱独立都市ギュスターブ】の生命体を生贄に利用して造った魔神具を思い出す。


 レザライサが帰還したら、エセル界の聖杯がどうして魔塔エセルハードに存在するのか、その理由は聞けるんだろうか。


 そう考えてから、


「地下には、試作型魔白滅皇高炉があると聞いた」

「はい。マスターがお気に入りの大魔術師キュイジーヌが言っていました。アイテムを生成可能な場所でもあるとか」

 

 大魔術師キュイジーヌさん。

 暗紅色の長髪は綺麗だったなぁ。

 美形な顔に、ヴィーネ的な長身。

 ユイ的なほどよい胸の膨らみに、洗練された魔法の燕尾服。


 シルクハットも似合っていた。

 大魔術師ケイ・マドールとはまた違うタイプの、妍麗な女性大魔術師キュイジーヌさんだった。


 しかし、俺としては、死蝶人とどういった関わりがあるのか知りたかったりする。ジョディとシェイルとはまた違う蝶族の範囲だとは思うが。


「窓硝子もまた特別なようですね」


 アクセルマギナが呟いた。


「あぁ」


 と、真上を見る。

 大きな窓硝子を活かす造り。

 五階ぐらいの高さがある吹き抜け構造の中層部か。


 小部屋を有した浮遊岩が点在していた。

 カプセル型の個別の浮遊岩で行ける場所かな。


 大魔術師たちの施設だっただけに、ユイが言ったように、飛行能力が必須な場所のような気がしてきた。


 再び、右側の窓に視線を移す。

 その内側の大きな窓硝子ガラスを見た。

 

 外から見たら湾曲していた硝子面。

 内側からだと、そこまで湾曲しているような硝子に見えない。


 その硝子のほとんどは、半透明に近い薄い紺碧色。


 常闇の水精霊ヘルメの水のような色合いの硝子もあった。


 太陽光を通す硝子面は、とても綺麗だ。


 他にも硝子の内部に針金を内蔵した電磁波防御になりそうな硝子もある。

 

 ステンドグラス的な模様が入った窓硝子もあった。

 シャッター装置を備えた硝子には、四角い魔機械も表面にある。

 

 魔機械には、窓拭き用のロボットでも内蔵されているようだ。

 

「第一世代の素材があるようなことを言っていた、窓と外壁も特別かな」

「はい。窓には、魔力豪商オプティマスが欲する白銀のカードと似た、共振型メタマテリアル素材が多そうです。無数のエレニウムストーンなどもまぶしてあります。光学特性をかせる。シャッター装置には、物理防御を備えた硬そうな鋼とメタマテリアル電波吸収体に、トーラスエネルギーのような魔力防御システムがあるように見えました」

「光学特性とは、太陽光発電?」

「はい、吸収、屈折、透過、反射などを自在にコントロール可能なメタ原子を元にした素材です。カボルが有していた外套と似た機能のようですね」


 へぇ、難しいが、凄い魔法技術ってことか。

 

 ステンドグラスに見える部分は魔力防御システムかな。

 そして、補助電源要らずの素材に防壁のシャッターか。

 

 魔塔ゲルハットの凄さが分かる。

 

「魔塔ゲルハット。さすがは大魔法の研究施設なだけはあるか」

「はい!」


 元気のいい機械音声を発したアクセルマギナ。

 

 自然に頷いた。


 そして、目の前に視線を戻した。

 浮遊岩の四角いエレベーター的な扉。

 その扉に備わる魔機械のボタンと一緒に映る魔女っ子キャラクターを凝視。


 そこに相棒の魔素を察知。


「にゃお~」


 そう鳴いた黒猫ロロは俺の右足の脹ら脛に頭部を当てると胴体も寄せてくる。


「ンン」


 そう鳴きながら胴体の毛並みを俺の足で梳くように、胴体を擦り当ててきた。


 更に長い尻尾を、俺の足に絡ませる。

 

 俺の左足にも相棒は頭部を当てた。

 両足の間を忙しなく行き交う。


 同時にゴロゴロという喉の音を響かせてくる。


 黒猫ロロさんは甘えモードだ。

 そんな黒猫ロロは動きを停める。

 

 見上げてきた。

 黒い瞳を寄越し、


「にゃ」

 

 そう鳴いて片方の前足を上げた。

 肉球を見せてくる。


黒猫ロロも浮遊岩に乗りたいんだな」

「にゃ~」


 黒猫ロロはそう鳴くと浮遊岩の前に移動。

 両前足を、浮遊岩の金属と樹の扉に乗せる。


 爪は立てていないが、尻尾が立つ。

 黒猫ロロはご機嫌のまま、立体的に浮かぶ魔塔ゲルハットの階層を見上げていた。


 黒猫ロロの黒い瞳越しに、その魔塔ゲルハットの立体図を見た。


 簡易的な立体図だが色合いはチョークっぽい。

 ホログラムの類っていうより、幻術魔法のようだ。


 戦闘型デバイスの真上に浮かぶディスプレイのホログラム技術とは異なる。


「よし、最上階も見たいが、まずは中層を見よう」

「ンンン」


 目の前の魔機械のスイッチを押した――。

 すると、魔女っ子キャラクターが俺の指に反応。

 

 指に柔らかい不思議な感触があった。

 『3D触力覚技術』的なモノかな。


 淡い色彩のチョークで描かれた魔女っ子はチョークの粉が舞うように魔力粒子となって消える。


『中層行きの浮遊岩の扉が開きます』


 自動音声が流れるや、浮遊岩の前にあるアルミ合金系の金属と樹の扉が開いた。


 扉の中の浮遊岩は平たい岩。

 幅は三~四メートルぐらいか。

 奥行きは十メートルぐらいありそうだ。

 

 その浮遊岩に入るとアルミ合金と木製の扉が閉まる。


 瞬時に俺たちを乗せた浮遊岩の縁が光った。


 その光った縁から透けた魔力が上がる。透けた魔力は、チョークの粉の素材っぽくて幻想的だ。


 同時に浮遊岩が持ち上がる。 

 上昇する速度は速い――。


 そして、眩しい。 

 透けた薄い壁で、その明るい太陽の光が極彩色に変化した。

 

 吹き抜けを構成する窓と窓の間にある金属繊維のテンセグリティのシャッター装置が自然と動いた。

 

 不思議な重力に逆らう動きでシャッター装置が展開すると、窓の光を少し遮蔽してくれた。


 その直後、中層行きの浮遊岩が止まる。

 中層に到着。


「にゃ~」


 先に相棒が中層のフロアに出た。

 俺も中層の床へと足を踏み出した。


 中層のフロアは、広い場所だ。

 そして、床が不思議。 

 床の中に水が流れていた。

 その床から生えた観葉植物が至るところにある。


 そんな不思議な床を主に構成するのは、硝子と魔鋼に樹とホルカーバムにあるような白色の石素材。


 全体的にお洒落だ。

 背後から浮遊岩の扉が閉まる音がした。

 

 振り返ると、最上階行きに、二階行きと一階行きと地下行きの浮遊岩が並ぶ。


 二階の踊り場にあった浮遊岩のシステムと同じだ。

 魔機械とボタンが備わる。

 チョークの絵柄で魔女っ子キャラクターが表示されていた。


 すると、背後で魔素を複数探知。


「ンン」


 相棒の喉声が響く。

 なんだ? と思いバルコニー側を見た。


 そこには三角帽子を被った小人たちがいた。

 しかもトランプのような魔力を内包したカードの上に乗って浮遊している。


 小さい手には、箒、ちり取り、モップ、ロープ、水差し、雑巾を持っていた。


 魔女っ子キャラクターの原型か?


「支配権の証書の持ち主♪」

「きゃぁ♪ この方が、新しい高位魔力層!!」

「新しいご主人様~♪」

「「アギトナリラ♪」

「「ナリラフリラ♪」」


 手に持った道具を振り回しつつ歌い始めたトランプに乗った小人たち。


「あのぅ、貴女たちは……」

「「わたしたちは~」」

「「たちは~♪」」

「第六天魔塔ゲルハットのメンテナンスを行う!」

「小間使いの~アギト♪」

「ナリラ♪」

「ナリラ♪」

「フリラ~♪」

「「アギトナリラとナリラフリラ♪」」


 全員が揃って発言しつつ帽子を取ってお辞儀。

 アギトとナリラとフリラって名前の小人たちか。


 闇蒼霊手ヴェニュー的な印象だが、アギトナリラとナリラフリラは、ちゃんとした生物と分かる。


「へぇ、アギトナリラとナリラフリラは、身の回りの世話をする、この魔塔ゲルハットの管理人ってことかな」

「「そうです~♪」」

「よろしく、俺の名はシュウヤ。大魔術師アキエ・エニグマから支配権の証書をもらった。そこの黒猫の名はロロディーヌ。愛称はロロ」

「にゃおおお~」

「はい~。高位魔力層のシュウヤ様と可愛い黒猫ロロ様~♪」

「ンン、にゃ」

「「あの~、高位魔力層様とお呼びしてもいいでしょうか~」」

「構わない。んじゃ、見学をするから、仕事を続けてくれ」

「「はい~」」


 トランプに乗ったアギトナリラとナリラフリラは中層のフロアに散った。


 アギトナリラとナリラフリラの一部は、上層の大きい浮遊岩に向かう。


 その浮遊岩から垂れた巨大金属鎖と繋がる螺旋らせん状の水晶の掃除を始めていた。


 螺旋状の水晶はシャンデリア風の豪華な光源だ。細かな魔線が宙を行き交う。


 他にも香具のような魔道具も浮いている。


 イイ匂いだ。


 水気を帯びた風もいい。

 水気を含んだ風の源は、床の水からではなく、天井や壁などにある魔機械と魔道具にバルコニーからだ。

 

 そのバルコニーがあるフロアの端へと足を向けた。

 灰色と紫色の壁の間にアーチ状の拱門がある。


 そのアーチ状の拱門の先に拡がる大きなバルコニー。


 バルコニーの中央には、長い机と椅子。

 左に魔機械風の調理台の台所。


 隣の魔道具は見たことがないが、燻製用かな。


 浮いた四角い魔道具に肉と野菜が吊るされている。

 下の魔道具と上の魔道具の内部にクリスタルが備わっているようで、そのクリスタルから魔力の光をぶら下がる食材に当てているようだ。


 食材が置かれた棚もある。

 

 左に水槽と水晶が収まる立方体のオブジェ。

 錬金術で使うようなポーション生成装置か?


 巨大な一対のレフレクターに挟まれている魔法書を置く架台もあった。


 架台にある幻影の魔法書が多重に重なって見える。

 神殿にありそうな祭壇にも見えるし、あの魔法書は、一種の魔力の源か?


 さて、まずはバルコニーに行くとして、相棒に、


「相棒、その植物はネコ草ではないぞ。あ、歯磨きタイムか? 俺はバルコニーに行くからな」

「にゃ~」


 相棒は草を咬むのを止めて、先にバルコニーに向けて走った。

 俺も小走りでバルコニーに向かう。

 

 アーチ状の拱門を潜った。


「おぉ~」


 開放感があるなぁ。


「ンン、にゃお~」


 相棒と一緒に柵が囲うバルコニーの端に向かった。


 ――エセル大広場の大パノラマだ!

 いい場所だ――。


 左右に並ぶ魔塔とはほどよい距離間なのもいいね。


 眼下の中庭も広い。

 賢者ゼーレを倒した辺りは正門の近くか。


 ――中庭には色々な施設の建物があることを改めて確認。


 正門の屋根は狭く見えた。

 正門に入った時は太く見えたが。


 あ、左側の壁の一部は……壊れたままだ。

 神槍ガンジスの<光穿・雷不>は威力がありすぎた……。

 同時に<光穿・雷不>を防いだタルナタムの凄さが分かる。


 まぁ、単純に相性の問題もあるのかな。


 属性と魔力。

 その魔力の密度と周囲の魔素に攻防を巡るタイミング。


 その微妙なコンマ数秒の争いで、威力も大きく変わる。

 

 武術、戦いは実に奥が深い。

 アキレス師匠との毎日の特訓が如何に大切だったか……。


 すると、中庭で動きがあった。

 俺が壊した壁の穴に集まるトランプに乗った小人たち。


 トランプに乗ったアギトナリラとナリラフリラか。

 俺が壊した壁の修復かな。


『シュウヤ、一階に管理人の小人たちが現れた』

『ん、カードに乗って浮遊している!』

『あぁ、小人のような管理人たちには、俺も先ほど挨拶したんだ』

『ご主人様は中層行きの浮遊岩に?』

『ん、シュウヤ、上の階層?』

『そうだ、中層だ』

『地下と、一階と二階にも部屋がいっぱいあるんだけど、エヴァかユイ、ヴィーネでもいいから、<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>をして? 迷った』


 レベッカはテンションの高まるままに色々と歩き回ったようだ。


『二階の踊り場の周囲も広いか。この中層にも複数の部屋があってかなりの広さだ。そして、バルコニーからの眺めは最高だぞ。皆もあとで楽しめ』

『へぇ、外から見たとき湾曲していた部分の天辺?』

『おう。最上階ではない。最上階からの眺めもいいだろうな』

『はい、今行きます』

『おう』


 皆と血文字を交換しつつ――。

 

 魔煙草を取り出した。


 そして、恒久スキル<武装魔霊・紅玉環>を意識。

 アドゥムブラリが紅玉環の表面からぷっくりと出現。


「主! ここはバルコニーか!」

「そうだ。中層のな」

 

 アドゥの額にエースを刻んでから<ザイムの闇炎>で魔煙草に火を付ける。


 息を吸うように魔煙草の煙を体内に取り込んだ。

 魔力を回復しつつ――。


「ほぉ~。俺は一足先に天辺の屋上を見てくるぜ」

「あぁ、好きにしろ」


 単眼球体のアドゥムブラリは背中にある一対の翼をバタバタさせて、飛翔していった。

 

 さて――。

 しばしの……魔煙草を吸いながらのまったりタイムだ。


 ――魔塔ゲルハットの中層のバルコニーが見せる塔烈中立都市セナアプアを堪能した。


 振り返りつつ――魔塔ゲルハットを見上げた。

 アドゥムブラリの姿が最上階に入って見えなくなった。

 

 あのペントハウスからの景色も絶景そうだな。


 視線を落とし、俺たちが入った拱門と魔塔ゲルハットの最上階に向かう壁に視線を向けた。

 その拱門の真上の壁には、ハルピュイアの彫像とドラゴンが飾られてあった。魔法ギルドのマークもあるが、ハルピュイアが大きい。


 しかし、バルコニーも広いなぁ。

 バーベキュー用の未来的な魔道具もあるし、会議を行うにもいい場所だ。

 お洒落なカフェスタイルの机と椅子もある。


 そのバルコニーを見回すように、右を見た。

 縁のぎりぎりにある細いさく

 その細い柵はバルコニーをぐるっと囲う。


 と、その端の石柱の上に相棒がいた。

 エジプト座りで待機中。

 

 エジプト座りのロロディーヌ。

 外の様子を眺めている。


 絵になるなぁ。

 風を受けて胸元の黒毛が靡いていた。


「ピュゥ~」

 

 荒鷹ヒューイが斜め上から降下してきた。


 瞬時に竜頭金属甲ハルホンクと鬼神キサラメ骨装具・雷古鬼の手甲を意識。

 

 その右腕を掲げた。

 右手の甲にある鬼神キサラメ骨装具・雷古鬼の手甲に爪を立てて着地した荒鷹ヒューイ。


 雷風の風が少し舞ったが、荒鷹ヒューイは気にしない。


「ピュ!」


 額にある三つの麻呂った眉毛が可愛い。


「空の確認を終えたか」

「ピュゥ~」


 嘴を拡げて返事をする姿が妙に可愛い。

 <シュレゴス・ロードの魔印>から桃色の魔力の餌を出してあげたくなった。


「にゃ~」

 

 相棒は細い柵の上を綱渡りでもするように歩きつつ近寄ってきた。

 相棒だから大丈夫だと分かるが、普通の猫だったら、かなり怖いぞ。

 

 まぁ、猫はかなりの高さから落ちても平気な場合が多い。

 一回転しつつ五点着地法を超えるような機動で着地に成功するからな。

 

 と考えつつ――相棒の鼻先に人差し指を当てる遊びを繰り返す。

 黒猫ロロは鼻をフガフガと動かしつつ、俺の人差し指を捕まえるように噛もうとしてくるが、そう簡単に人差し指は捕まらない。


「――黒猫ロロさんや、十年早い」


 が、人差し指に爪を立てられて捕まった。

 そして、相棒はキラーンと黒い瞳を輝かして、渋い表情を作ると、


「にゃご」


 と決めてきた。


『にゃにが、十年早いにゃ』


 そんな声が聞こえてくるようなギラついた視線と面だ。


 そこに、ヴィーネとキサラの気配を察知した。


「ご主人様」

「シュウヤ様」

 

 二人は小走りにバルコニーを走り近寄ってきた。


「下の見学はいいのか?」

「にゃ」

「はい」


 二人は黒猫ロロに向けて会釈してから、


「一階にも会議場がありましたが、このバルコニーも会食や会議が可能ですね。そして清々しい」

「風が気持ちいいよな」

「はい、ふふ、ロロ様もいい顔ですね」

「にゃ~」

「あ、えっと――」


 キサラが少し焦る。

 相棒はダモアヌンの魔槍の柄に跳び乗っていた。

 黒猫ロロは、そのままダモアヌンの魔槍の柄を駆けてキサラの肩に乗るや、キサラの頬に優しく鼻チューを行う。


「はぅ、あ、ありがとうございます! でも、ロロ様、お鼻が少し冷たいです」

「ンン――」


 黒猫ロロは尻尾でキサラの首を撫でてからキサラの肩を降りていた。

 ヴィーネの足に頭部を寄せてから、バルコニーを走り出す。


「ふふ、寝そべる長椅子もありますから、日光浴もできそうです」


 色白のキサラがそんなことを語った。

 

「俺たちには広すぎるかな」

「ふふ、光魔ルシヴァルの拠点の一つですし、このような場所があってもいいかと思います」

「たしかに、ペレランドラもいるからな。上院評議員としての活動もここでやってもらおう」

「はい!」

「そうですね、ここのほうが何かと安全です」

「今日の夕刻ぐらいには、続報が来そうですね」

「はい、【髪結い床・幽銀門】と【夢取りタンモール】の方々もいますから、それらの組織の方々と【天凛の月】が合流をするのならば、この大きな魔塔ゲルハットのような施設は必要かと思います」

「そして、黒猫号と魔導船の銀船にカーフレイヤーの人員もこの魔塔ゲルハットを利用できます」


 ヴィーネとキサラの言葉に頷いた。

 

「さて、ミスティからの連絡ももうちょい先のようだから、先に市場の買い物か、カボルとの件を進めようか」

「はい。さきほどユイも魔力豪商の件をチラッと喋っていました」

「おう。ま、とりあえず、最上階を見てからにしよう」


 右手を払ってヒューイを飛ばす。


「ピュゥ~」

 

 ヒューイは気持ち良さそうに飛翔する。

 

 そして、


「はい、あ――」


 俺は二人の腰に手を回した。


「シュウヤ様――」


 二人は仲良く俺の胸元に体を寄せてくる。

 相棒も肩に乗ってくると、二人の頭部に頭部を擦りつけていた。


「あぅ」

「ふふ、くすぐったいです、ロロ様」


 二人を抱きながら<導想魔手>――。

 

 ヴィーネとキサラが俺の首と頬にキスをしてくれた。


 テンションが上がる。


 屋上には植物園を兼ねたガーデンハウスがあった。


 石灯籠と石畳が並ぶ植物園のある庭は広い。

 

 植物園の反対側にも、石灯籠と石畳が続いている。あそこが、屋上の中心のペントハウスか。


 そして、植物園の手前で、アギトナリラとナリラフリラの小人たちが騒いでいた。


 そのガーテンの端に着地。

 二人を降ろした。


「植物を育てるための家だと分かりますが……」

「大魔術師ケイ・マドールが育てている植物類のようですね」


 植物園の前にはパラソルの形をした屋根と机がある。

 そこには、ケイ・マドールが記しただろう書類があるようだ。


 パラソル屋根の内側に、乾燥した葉と花に茎などがぶら下がっている。


 アギトナリラとナリラフリラのトランプ系のカードに乗った小人たちが近寄ってきた。


「高位魔力層様~、悪神デサロビアの眷属がケイちゃんの施設に入ってしまった!」

「高位魔力層様~、退治して~」

「魔界セブドラの悪神デサロビアの目玉怪物~」


 そんなことを発言。

 可愛いアギトナリラとナリラフリラが、植物園の内部にいるアドゥムブラリを指している。


「皆、安心しろ。あのアドゥムブラリは俺の眷属だ」

「「ええ!」」

「あの目玉が眷属ぅぅ??」

「「そうでしたか~」」

「では、高位魔力層様にお任せして、庭の管理の続きを始めます~」

「「始めます~♪」」


 アギトナリラとナリラフリラがそう発言して離れていった。


 その植物園の内部にいるアドゥムブラリは暴れているわけじゃない。

 巨大な赤い花の前で、ぼへぇと惚けていた。

 

「アドゥムブラリの目玉の動きが変だ。浮いたまま動いていないのは何故だろう」

「アドゥムブラリの前にある、あの赤い巨大な花は〝ヒュギリ・ドリン〟でしょうか。そして、花の奥に飾られてある不気味な絵画も、異常な魔力を放っています」

「はい。〝ヒュギリ・ドリン〟の花の香りには幻影香よりも強力な効果がある。そして、強力な魔薬を造ることができる原材料の一つ。絵画のほうは、呪いの品の可能性があります。絵柄も、髑髏と踊る小人たちと戦う蛇に乗ったピエロ……」

「あぁ、あのピエロは、魔界セブドラの魔界騎士って印象だ。が、その呪いの絵画よりも、あのアドゥムブラリの顔が……イッちゃってるがな」

「にゃ~」

「はい……」

「少し面白い目玉ちゃんに……」


 ヴィーネとキサラがアヘ顔系のアドゥムブラリを見て微笑む。


 あのままにしとくのも面白いが、解放しないとな。


「呪いの絵画と赤いヒュギリ・ドリンの花は、俺たちには効かないだろ?」

「分かりません。多少は効果があるかも知れないです」

「ま、大丈夫だろ、アドゥムブラリを回収してくる。二人と相棒は、他の怪しい植物には手を出すなよ」

「あ、はい。ロロ様、前足を出してはダメです」

「にゃ~」

「はい――」


 と、俺の右手を引っ張るヴィーネ。


「ヴィーネ、そんな顔をすんなって――」

「――あっ」


 ヴィーネの頬にキスをしてから彼女の手を離し、身を翻す。


 ――アドゥムブラリに近付いた。

 

 植物園に入った。

 植物から出た宙を漂う魔線が不気味に光る。


 甘い匂いだ。

 急に腹が減った。

 

 そして、いたるところにケーキと美味しそうなパンが出現。


 目力を強めた。

 

 パッとそれらの美味しそうな光景は消えて、半透明な花弁と髑髏模様に切り替わる。


 ――怖ェ。


 構わず前進。

 

 アヘ顔のアドゥムブラリの単眼球体を割るようにチョップ。


 すると、アドゥムブラリからピエロのような模様の魔力が出ては消える。


「ふげぇ――」

「起きたな」

「なにすんじゃボケぇ――」

「ボケぇじゃねぇ、退くぞ――」


 アドゥムブラリを掴んで素早く退いた。

 

「ご主人様、大丈夫でしたね」

「おう。ちょいと幻影魔法に掛かったが」

「え!」


 驚いたキサラだ。

 両手で俺の頬を掴む。

 蒼い双眸が綺麗だ。


 掴んでいたアドゥムブラリが落ちた。


「主ぃ、助けてくれたのか。奥からイイ匂いがしたんだ~」

「にゃご~」

「ぬぅ、神獣! 俺様を叩くな」

「シュウヤ様、大丈夫なようですね」

「おう。甘い匂いと美味しそうな幻に誘われたが……大丈夫だった」

「……心配をかけないでください」

「はは、キサラもヴィーネも心配性だな――」


 と、キサラに唇を奪われた。

 甘いチャンダナの香りが溜まらない。

 同時に胸元にくるキサラの胸の弾力もたまらんなぁ。

 そこにヴィーネが――。


「キサラ、長いキスは禁止だ」

「――ぷは、あん」


 ヴィーネとキサラは手刀で争いを始めてしまった。

 その間に相棒に叩かれていたアドゥムブラリを紅玉環に回収。


「二人とも、遊んでないでペントハウスに行こうか。植物園のほうは、ケイが来るまで、アギトナリラとナリラフリラに任せよう」

「――あ、はい」

「分かりました」


 俺は頷いた。

 相棒は黒豹の姿に変身。


 石畳を駆ける姿は凜々しい。

 が、石畳に後脚を滑らせて転ぶ。


「「あ」」


 だが、直ぐに起きて、頭部をキョロキョロしてから、また走り出す。


「ふふ、焦ったロロ様の顔がまたなんとも」

「あぁ、植物の葉が肉球に絡んだままだからな」

「はい、葉に気付いていないようですが、それがまた可愛い」


 頷いた。

 

 キサラとヴィーネとデート気分で植物が生えている石畳を歩いた。

 すると、キサラが、


「アギトナリラとナリラフリラちゃんは、一階にいたアギトナリラとナリラフリラちゃんとは装備が異なります」

「植物園と、ここの植物たちの管理には、それなりの専門知識が必要なようです」


 とヴィーネも喋ると、ペントハウスに到着。

 黒豹の相棒は、ペントハウスの屋根に上っている。


 飛翔するヒューイでも見ているようだな。


「そのようだ。さ、入ろう」

「「はい」」


 ペントハウスには、ヘルメ、沙・羅・貂、ビーサ、イモリザ、ユイ、カットマギーがいた。


 円卓を囲うように座っている。

 円卓の手前の浮遊岩の近くには台所。

 

 右端に寝台に小さい机と椅子が複数。

 ソファーとサイドテーブルもある。


 左には硝子張りのシャワールームとタンダール式のサウナに風呂釜があった。


 風呂釜は巨大な魔金属と分かる。


 魔力が充満した縦長のタンクもある。

 特別な魔力が入った水を浴びることができるシャワールームか。


 円卓でまったり中の皆に向け、


「買い物とカボルの件を進めようと思う。が、その前に、カットマギー、眷属化を行うから、そこのシャワールームに行こうか」

「お! 早速<従者長>に!」

「おうよ」

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