六百四十二話 ひさしぶり、ングゥゥィィ

 アンノウン・ソルジャーはローブを溶かす。


「何が槍使いだ!」


 叫ぶアンノウン・ソルジャー。


 ローブに魔素を遮断する効果があったのか、強い魔素を今更感知。

 更に、そのアンノウン・ソルジャーが放つ魔力に呼応するように、周囲の床と壁からヒトデの群れが現れ始めた。


 アンノウン・ソルジャーを注視。


 額と前頭部に無数に角がある。

 後頭部にかけて煌びやかな歪な角に変化していた。

 斜めに茄子のように伸びた頬の先には、刺の刃が密集している。


 そんな茄子顔の顎と頬骨は鋼鉄か?

 顎を防御する面頬を装着しているようにも見えたが、あれが素の種族としての肌と骨なのかもしれない。


 魔人のような種族か。

 胴体は頭部よりも銀色が濃い。

 ダークな色彩から鮮やかな銀色の線が、彩度の高い肌色と混ざりつつ渦を巻くデザインを刻む皮膚鎧。

 表面には鱗状の刃が並ぶ。

 そんな刃を研ぐようにヒトデの触手が蠢いていた。


 ヒトデを操る魔人か。

 そう<脳魔脊髄革命>の力でコンマ数秒も掛からず思考してから、


「素直に、槍使いと、告げただけだが?」


 俺がそう話をすると――。

 魔人は、額の角と角から魔線を放つ。

 魔線と魔線は宙空で衝突。

 稲妻的にバチバチとした火花が散った。

 そこと額からヒトデを生み出す魔人は、そのヒトデを皮膚に付着させる。

 皮膚が変色し魔力が増えて魔印的なルーン文字が浮かぶ。

 ……気色悪い奴だ。


 魔人は鬼のような形相を更に変化させた。

 足下に転がる頭蓋骨を太い足で踏み潰す。


「――吸血神ルグナドの糞どもが! 我の眷属を殺しよって!」


 怒りを顕わにした。

 踏みつけている足下からヒトデの紋様の魔力が迸る。


 そんな怒った魔人の腰を注視。

 環の数珠のアイテムから出た魔線は背後の奥の空間と繋がっている。

 その奥の空間は不自然に揺らいでいた。


 その背後の空間は指摘せず怒る魔人に、


「……ダレダと聞いてきたのは、お前だろう。で、魔人。お前の名は?」

「我はキュプロ。魔界王子ハードソロウ様の僕である」


 拍子抜け、素直だ。怒っているようで冷静なのか?

 意外に話せる。


「この地下にきた人族、グルドン帝国の連中は喰ったのか?」

「人族? リザードマンのほうが多いが、そうだ。ここに入ったモノは、皆、我の餌である!」


 急に、偉そうになった。


 一瞬、シュミハザーを思い出す。

 ま、本人が語るように、住み処ならそうなんだろう。

 どういう理屈か分からないが……ここはヒトデが床と壁の至る所から湧くからな。

 ミホザの遺跡とは思えないが、どういうカラクリがあるんだろうか。

 そのことは告げずに、


「……餌か」


 そう呟きつつ、魔力が極めて薄いが……。

 半透明の魔法陣が至るところに浮いているのを把握。


 魔人が、この遺跡にヒトデを生み出す場を生み出しているのかと推測したが……半透明な魔法陣の力で、ヒトデを生み出している? 

 魔力を有している魔法陣からは魔線は出ていない。

 魔線は、単に俺が見えないだけか?

 魔人の背後の空間が歪んだ場所も怪しい。

 その、すべてが連動しているからこその、この餌場なのかもしれない。


 ん? まさか……。

 ミホザの古代遺跡に、一種の魔界の傷場を魔人キュプロが造り上げた?

 そう推測すると、


「……ここは我の巣。美味しい人族どもが集まる大事な餌場だ。ルグナドの眷属に横取りされる覚えもなければ、恨みを買った覚えもないが?」


 魔人キュプロは、ここがミホザの古代遺跡とは分かっていないようだ。


「俺はルグナドと関係した吸血鬼ヴァンパイアではない。光魔ルシヴァルという種族だ」

「ルシヴァル? 聞いたことがない。しかし、このような血の威圧なぞ……」


 そう語る魔人キュプロは、俺を凝視。

 魔眼的なヒトデが密集した双眸で、俺を観察している。


 しかし、意識していないが、血の威圧?

 <真祖の力>を含む<大真祖の宗系譜者>を内包した<光魔の王笏>の力か?

 それとも、称号の覇槍神魔ノ奇想の力か?

 俺の現在の戦闘職業である<霊槍印瞑師>が内包した力かな。

 あ、<血の統率>か?

 <ソレグレン派の系譜>かな。

 <吸血王サリナスの系譜>のことを意味しているのか?


 と、考えながら、


「……まぁ、ここで生活してればそうだろうよ」


 そう発言しながら周囲を見る。

 魔人キュプロが生活していたであろう物資があった。

 人骨とモンスターの死骸は無視。

 書物が積み重なった場所もある。

 水が入った桶もあったが、臭そうだ。

 魔人だし、大便とか小便はないようだ。が、丸まった布に蠅がたかっている。これまた臭そう。

 壁の一部に気色悪い宗教画と……『我が子を食らうサトゥルヌス』と似た絵。

 生きるために血を吸う俺が言うのもアレだが……。

 俺の知る地球でも『アドレノクロム』は問題だった。


 この魔人キュプロは虐待好きの糞な奴が好む糞麻薬でもやってんのかよ……。

 他にも、古い背嚢やら人骨が転がっている。


「……どちらにせよ、お前が我の眷属を倒し、住み処を荒らしたことに変わりはない――」


 キュプロは魔力が内包した大きな魔杖を掲げた。


 大きな魔杖の先端には、魔力を備えたヒトデの飾りがある。

 その大きな魔杖の先端から、ヒトデの群れが――次々と飛び出した。


 ――攻撃か?

 いや、防御能力か?

 黒いヒトデの群れは夜を纏うが如くキュプロの周囲を旋回。

 更に、一つ一つの黒いヒトデの表面からボコボコと眼球を生み出してきやがった。


 気味が悪い眼球だ。

 寒気も感じるし……。


 そんな眼球を備えた大小様々なヒトデを出し続けていく大きな魔杖も異常だ。

 それを言うなら、キュプロのほうが異常か。


 魔人キュプロの視線はヤヴァい。

 殺気十分で、刃を眼球から出してきそうな勢いだ。


 何かを仕掛けてきそうだな。


「<魂箱の欠片>を味わって死ね――」


 そうキュプロが喋った瞬間――。

 大きな魔杖から魔力の波動が迸った――。


 魔力の波動に乗るようにヒトデの群れが俺に迫る――。


 ――咄嗟に動く。

 ――左手を翳す。


『やっとか!』

『いや――』


 サラテンに謝りつつ、


『シュレゴス・ロード――』

『主――』


 魔印を刻む左の掌から出たのは半透明の蛸足集合体シュレゴス・ロード

 桃色の粒子を帯びた半透明の蛸足が、目の前に蓮の花を模って盾として展開。


 その半透明な蛸の盾と、ヒトデの群れと魔力の波動が衝突――。


 ドッと鈍い音が響くと――。

 半透明の蛸足集合体シュレゴス・ロードはヒトデの群れと魔力の波動を吸収。


 吸収するたびに、半透明の吸盤が嬉しそうな音を発して輝く。

 ヘルメの<精霊珠想>的な扱いも可能だから便利だ。


 一部の魔力の波動は吸収せずに、弾く――。


「――<魂箱の欠片>を防ぐだと? 夢魔の杖を扱っているわけでもない……ん?」


 魔人キュプロは俺の腰を凝視。

 腰ベルトにぶら下がる魔軍夜行ノ槍業、閃光のミレイヴァル、フィナプルスの夜会が気になるんだろうか?


「その魔界の書らしきモノは……どういうことだ!? 魔界王子ハードソロウ様と関わりがあるのか……わからぬ、わからぬぞおおおおおおおおおおお――」


 俺こそ分からぬ。

 魔人キュプロは発狂して、ヒトデを背中から生み出していた。


 鋼の質を持ったヒトデ軍団で千手観音でも作る勢いだ。


 さて、シュレゴス・ロードがヒトデの群れと魔力の波動を防いでいる間に――。

 左手に魔槍杖バルドークを召喚。

 閃光のミレイヴァルでもよかったが……たまにはな――。


 と、右腕の肘に擬態した肉腫のイモリザ&ピュリン&ツアンの<光邪ノ使徒>を意識。


 『ツアン、元教会騎士としての実力で、ハートミットを援護しろ』


 肉腫は一瞬で黄金芋虫ゴールドセキュリオンに戻る。

 その黄金芋虫ゴールドセキュリオンはツアンに変身。


 ツアンは片膝を地面につけた状態で出現した。

 両手首にククリの形をした光刃を出しつつ、


「旦那、任せてください――」


 そう発言。


 喜びを顕わにすると、


「ハートミットの艦長さん、初めまして――」


 そう発言しつつ――。

 半透明の蛸足集合体シュレゴス・ロードの蓮の形をした防御層の内側から外に飛び出た。


 俺は、その反動で微かに揺れるシュレゴス・ロードの半透明の蛸の吸盤を見てから、


『――シュレ、前進するぞ。杖を持つ魔人キュプロを倒す。間合いを詰めたら、キュプロが出すヒトデと魔力の波動は無視して、左手の魔印に戻れ』

『承知――』


 ――血魔力<血道第三・開門>。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動。

 魔槍杖を一旦消しつつ血を纏った俺は速度が加速する。

 魔力の波動を吸収&弾き続ける半透明の蛸足集合体シュレゴス・ロードごと――魔人キュプロに突っ込んだ。 


「な!?」


 魔人キュプロの声から驚いたと分かる。

 が、すぐに表情を厳しくした。


「小癪な、速度を上げたか!」


 大きな杖から放つ魔力の波動が強まった。

 ヒトデの群れも一段階拡大。


 魔人キュプロは<血液加速ブラッディアクセル>の速度に対応できるということだ。


 が、蓮の形をした防御層の半透明の蛸足集合体シュレゴス・ロードはびくともしない。そのまま魔人キュプロとの間合いを詰めた。


 シュレゴス・ロードは俺の掌の中に収斂――。

 アクセルマギナから心地いい戦闘ミュージックが流れた。


 左手に神槍ガンジスを召喚。

 右手に魔槍杖バルドークを召喚。


 左手の神槍ガンジスで<光穿>を繰り出す。

 光を纏う神槍ガンジス。

 穂先は左右対称の『月刃』の三日月刃を擁した方天戟と似た矛。


 その方天戟を睨む魔人キュプロ。


「魔人には魔人の対処法があるということを、教えてやろう――」


 魔人キュプロは力強く語ると、魔力だけで浮き上がる。

 全身から波のように出た魔力を集結させた大きな魔杖から――。

 真新しい紫色のヒトデと魔力の波動を発してきた――。


 が、<光穿>の光を纏う方天戟には通じない――。

 <光穿>が紫色のヒトデと魔力の波動をあっさりと裂く――。

 そのまま神槍ガンジスは大きな魔杖と衝突し、破壊するかと思ったが――。


 神槍ガンジスの穂先は、大きな魔杖を薄く囲う軟性の魔法陣に防がれた。

 すると、魔人キュプロは勝ち誇ったような顔を浮かべて、


「――フハハハ、<神聖なる乙女>たちの血筋を吸い続けてきたラビュラスレスの大夢魔杖だ。どのような攻撃だろうとも、通じぬ!」


 そう語った瞬間――。

 方天戟は振動しながら軟性の魔法陣を湾曲させるとガラスを破壊するような音を発しながら魔法陣を貫いた。


「――あふぇあ? 光をもここまで扱える……魔人だと? お前はいったい……」


 魔人キュプロは、何かを悟ったようだが遅い。

 ラビュラスレスの大夢魔杖も優秀な武器なんだろうが、武器破壊能力の高い神槍ガンジスには敵わず。


 魔人武王ガンジスが使っていた神槍ガンジスは特別だ。

 そして、魔法陣を破壊した神槍ガンジスの方天戟は、そのままラビュラスレスの大夢魔杖の上部を破壊した――凄まじい威力。


 短くなったラビュラスレスの大夢魔杖は衝撃で魔人の胸元に衝突。


「――げぇ」


 悲鳴を上げる魔人キュプロ。

 だが、右腕からヒトデの触手を出す。


 銀色と紫色のヒトデの触手で大きな魔杖の破片を防ぎつつ神槍ガンジスに絡みつけてきた。


 刹那、神槍ガンジスに魔力を送る――。

 螻蛄首にある蒼い毛の槍纓が蠢く。

 旧神ギリメカラの蒼い毛の一つ一つがフィラメントのように靡いて、疾風の蒼刃となった――その表面にはインダス印章文字のような紋様が浮かぶ。


 フィラメントの蒼刃の群れは神槍ガンジスと腕に絡むヒトデを切断。


 そのままフィラメントの蒼刃の群れは魔人キュプロの体の至る所に突き刺さったが魔人キュプロの切断はさすがに無理か。


 ――魔人だけに防御力は高い。


「ぎゃぁ――」


 魔人キュプロは、また悲鳴を上げる。

 が、しっかりと意識はあるようだ。

 左手から魔力の波動を繰り出すと神槍ガンジスと蒼刃の群れ槍纓に、その魔力の波動を衝突させた。


 俺は呪いを受けそうな神槍ガンジスを消去――。

 即座に魔力を魔槍杖バルドークに込めつつ振るった。

 魔槍杖バルドークは魔人キュプロが出した魔力の波動を喰らうと「カカカッ」と乾いた嗤い声を発し柄を軋ませて喜ぶ。


「異質な魔人めが――」


 魔人キュプロは必死に新しいヒトデを全身から発生させる。


 構わず――右手が握る魔槍杖バルドークを手前に戻した。

 脇を締めて左手を前に伸ばす。

 風槍流の基本歩法『風読み』の一歩前の基礎技術。


 これまた基本の<刺突>のモーションに移る――。

 そこから<闇穿・魔壊槍>を繰り出した。


 血と闇を纏う嵐雲の穂先<闇穿>が魔人キュプロに向かった。

 魔槍杖の柄の表面を彩る紫模様の溝という溝から闇の炎が迸る。


「――闇には闇だ!」


 魔人キュプロはそう叫びつつ闇のヒトデを<闇穿>に衝突させる。


「それは俺の言葉――」


 と、叫び返す。

 <闇穿>は一瞬止まったが、闇のヒトデを喰らった魔槍杖と俺は直進。


 魔人キュプロから糧を得た魔槍杖バルドークは喜ぶように音を発した。

 闇の炎は魔槍杖の柄の表面を螺旋。

 柄を昇る闇の炎が、竜魔石側から外に迸った。

 その瞬間――<闇穿>の穂先が魔人キュプロの左腕の一部を貫いた。


「げぇ――」


 ――手応えあり。

 更に、右腕が痺れるほどに闇の渦の炎が巻き付く魔槍杖の振動が強まると、螺旋回転の力も増した、その刹那、嵐雲の形をした魔槍杖の穂先が、魔人キュプロの左の脇腹を抉り取り、胸の分厚い鎧をも貫いた――。


 凄まじい<闇穿>の威力だ。

 技の威力が増した。

 思わず、荒々しく吼え立てた魔竜王を思い出す。

 あの魔竜王が、魔人キュプロの内臓を喰ったというぐらいの印象だ。


 魔槍杖バルドークを握る手と甲にも闇の炎は絡んで昇る。

 その闇の炎の渦は、龍が昇るように、肘から二の腕に蜷局を巻く。

 闇の炎の渦の中には無数の渦が蠢いていて荒々しい。


 渦の炎はアドゥムブラリの<ザイムの闇炎>とも似ていた。  

 いつもと違う<闇穿>だが一種のボルテックス?

 魔槍杖の魑魅魍魎とした螺旋魔力が熟練度の高い<闇穿>と合わさった?

 外から内に伝わる螺旋魔力。

 内から外に伝わる螺旋魔力。

 それが合わさってケミストリーを起こした?


『ングゥゥィィ、アルジ、マンゾクゥゥ……』

『喰エ、喰エ、螺旋ヲ、司ル、深淵ノ星……』


 おお……ひさしぶりのングゥゥィィ!

 ハルホンクだ。

 魔槍杖バルドークと竜頭金属甲からハルホンクの念話が同時に……。

 これはハルホンクの復活か?


 ※ピコーン※<闇穿・流転ノ炎渦>※スキル獲得※


 わお、新しいスキルと化した。

 刹那、腰の魔軍夜行ノ槍業も喜ぶように奮えた。


 『使い手、凄まじい闇の槍技である! 独自の魔槍技か?』

 『獄魔槍を覚えず、独自だとぉ!?』

 『カカカカ、なんという槍使いだ』

 『妾の力でもあるぞ……触媒をもっと……』

 『師匠が弟子にお熱な状況って、どうなのよ!』

 『レプイレスは仕方あるまい。使い手の魔力と血の糧を得たのだからな』

 『ぁぁ、雷炎槍で貫きたい! 使い手、わたしもさっさと使ってよ!』

 『伝説の魔槍グンダイルを探せ……』

 『……使い手よ、俺の技を学べ! んだが、先にさっさと八大墳墓を壊せ』

 『そうだ、早く……』


 と、八怪卿たちの念話が響く。

 直後、魔人キュプロの胸が真っ赤に燃えて爆発した。

 魔槍杖バルドークは呼吸するようにふりかかった血を吸い取る。


「ひぁぁ――」


 魔人キュプロは悲鳴を上げた。

 が、そんな悲鳴をかき消すように壊槍グラドパルスが出現――。


 先端の巨大ドリルが咆哮するようにも感じた。

 その闇の巨大ランスが、すべてを喰らうように直進――。

 壊槍グラドパルスは、魔槍杖バルドークを追い越すと――。


 魔人キュプロの上半身をくり抜く。

 圧倒的だ……『ワルキューレの騎行』が脳内に谺した。

 壊槍グラドパルスは歪な空間を螺旋状に抉って直進――。

 周囲の半透明の魔法陣も、他の物質をも、表面の螺旋状の細工へと、ぐちゃぐちゃに巻き込みながら、その物質の一部ごと虚空の彼方に消えた。

 その直後――。

 まだ残っていた抉られた歪な空間からうつらうつらと魔界らしき幻影が出現――が、その幻影は中心から湾曲し凹むように内側へと連鎖爆発しながら幻影ごと空間が折り畳まれるように収縮。

 すると、その折り畳まれていく幻影からヒトデの紋様が出現。


 更に、そのヒトデの幻影の内奥から「ヌガァァァァ」と異質な叫び声が轟いた。


 同時に、薄らと靄のような網目状のものも出現する。

 が、そのヒトデの紋様と一緒に編目状の靄も一点に収束。


 何事もなく消えた。


 消えたが、最初の小屋の中に出現した編目状の靄か?

 魔界と関係した偵察網?

 だとしたら、魔界王子ハードソロウの能力?


 魔壊槍で破壊した遺跡の痕と殺された人族たちの残骸が転がるだけとなった。


「ハルホンク?」

「……」


 竜頭金属甲ハルホンクはうんともすんとも。

 あの時だけか。


 さて、ハートミットとツアンは――。

 二人は巨大なヒトデの集合体を倒し終えていた。

 そして、小さいヒトデの群れと戦い始めている。


 大本の魔人キュプロを倒してもヒトデの出現は止まらないのか?

 しかし、<光邪ノ使徒>のツアンを後衛にする、前衛のハートミットの連携は巧みだ。


 二人とも純粋に強いからこその動きだが。

 その強い二人のハートミットとツアンに向けて、


「魔人キュプロは倒した。その群れを処分次第、ミホザの遺跡の祭壇に鍵を置こうか――」


 と、左手に神槍ガンジスを再召喚。

 二人の近くに駆けた。


「うん」

「はい――」


 左側で黄金色のブレードを振るい出したハートミット。

 右側のツアンが、ハートミットをフォロー。

 ハンマーフレイルを扱うように前方に伸びた光糸。

 その光糸の先端にあるククリ刃が、ヒトデを切断。

 ククリ刃を振り回すツアンは、左斜め前方にも振るい回してハートミットの背後にいたヒトデを両断――。

 俺は<光邪ノ使徒>としての実力を見せるツアンの動きを把握しながら……。


 僧帽筋と広背筋に腰背腱膜を意識……。 

 そして、ツアンに、


「ツアン、少し退け――」


 と、指示。

 そのツアンは「はいっ」と声を発すると同時に、数体のヒトデを巻き込むように光糸で環を作ると、手元に光糸を引き寄せる。 


 ククリ刃と光糸で、ヒトデの群れを一気に切断してから退いた。


「――見事だ!」


 と言いながら俺はツアンと交代する形で前に出た――。

 刹那、<双豪閃>を繰り出す――。

 神槍ガンジスと魔槍杖バルドークを振るい回す――。


 蒼と紅の一閃が、十以上の小さいヒトデを屠った。 

 そして、床につっかえ棒を作るように、爪先に力を入れて、回転を止める。


 体の動きを静止させると同時に両手から武器を消去。

 直ぐに<血鎖の饗宴>を発動――。

 オーラのように体の節々から出た血の鎖は、波頭となって、大量のヒトデが屯する空間に向かった――。

 血の鎖の群れは、大量のヒトデを呑み込んで、壁と激突――。


 その壁の一部をヒトデごと溶かし貫く<血鎖の饗宴>。

 大量に屠ったが、ヒトデは天井からも湧く。


 俺は爪先半回転を実行しつつ――。

 飛来するヒトデを避けながら――。


 神槍ガンジスと魔槍杖バルドークの矛で<刺突>を繰り出す。


 左のヒトデを神槍で――。

 右のヒトデを魔槍杖で――。

 方天戟と嵐雲の穂先が咆哮する――。

 <刺突>の乱舞――。

 ――次々とヒトデを貫いていく。


「わおぉ~、凄い槍武術!」


 口笛と共にハートミットの声が響く。


「旦那は武人ですから」

「そのようね……ムラサメブレードの扱いも選ばれしフォド・ワン銀河騎士・ガトランスらしさのある剣術だったけど、やはり、槍使いのほうが本物なのかしら。『選ばれし銀河の槍使い』と呼んだほうがいいみたいね!」


 普通の槍使いで結構。

 しかし、余裕なハートミットとツアンは見学モードらしい。

 まぁいい、さ――。

 横にステップするごとに神槍と魔槍杖でヒトデを貫く。

 時折、武器を雷式ラ・ドオラとトフィンガの鳴き斧にチェンジ。


 トフィンガの鳴き斧の訓練を活かす。

 雷式ラ・ドオラで<水穿>と<血穿>を繰り出した。

 血飛沫が舞いに舞う。

 その血飛沫を吸い寄せつつ魔力を大量に得た。

 武器を神槍ガンジスと魔槍杖バルドークにチェンジし直して――。


 ――<水雅・魔連穿>も繰り出す。

 神槍ガンジスと魔槍杖バルドークのコラボ。


 連続した隙のない技でヒトデを屠った。


 更にまたまた<血魔力>を活かす。

 また、<血鎖の饗宴>を発動――。

 血の鎖の群れは扇状に展開し、大量のヒトデを呑み込んだ。


 まだまだ右の奥から湧き続けているヒトデの群れだが、質も下がって大きさも小さくなったし、明らかにヒトデの湧く速度も落ちた。


 もう一息か――。

 全身に血を纏いつつ――。


 ヒトデの群れを観察。

 ん? さっきまでと違うヒトデの群れ?

 中心にランプ的な魔道具が浮いていた。

 心臓部か? 道理で、魔人キュプロが死んでも湧き続けているわけだ。


 あのヒトデの群れとランプを潰せば、この地下の安全圏は確保できるかも。


 ――新しく出現したヒトデの群れに向けて――。

 風槍流『片折り棒』の前進歩法を実行――。

 濃厚な血を腕から魔槍杖バルドークに流し伝える。

 <血魔力>を得た魔槍杖バルドークが嬉しそうな「カカカ」という乾いた声を発した刹那――<血穿・炎狼牙>を繰り出した。


 魔槍杖バルドークを覆う俺の血という血が、うねってせり上がる。

 それら、俺の血が、巨大な血の炎に変化。


 巨大な血の炎は大きな狼の姿を模った。


「グォォォ――」


 血の炎を纏う大きな狼は咆哮。

 その血の炎を纏う大きな狼は嵐雲の形の紅矛と重なる。

 魔槍杖バルドークと一体化――。

 血の炎を纏う大きな狼は、魔槍杖の穂先から飛び出ては――。

 走り回り突進しつつ無数のヒトデを喰らうと、魔道具のランプに噛み付く。


 ランプを炎の牙が砕いて破壊――。


 まさに、天地を喰らうを体現する勢い。

 すべてのヒトデを喰らって魔道具を破壊した血の炎を纏う大きな狼は動きを止めた。


 その血の炎の大きな狼は頭部を上げて、


「ウォォォォォン――」


 狼なりの凱歌でも歌うような咆哮。

 血の狼は輝く血霧となって消失。


 ――アルデル師匠に感謝だ。

 ――両手の武器を消去。ラ・ケラーダ。


 よーし、ヒトデをすべて倒しきった!


「ゴミ掃除は終わったな。ハートミット、今のうちにミホザの遺跡を。ツアン、ヒトデが湧いてくるかもしれないから、右の奥の見張りを頼む」

「はい」

「任せて。鍵を乗せた直後、ビームが出るかもしれないからね? 気を付けてよ?」

「あぁアレか。もう体験済みだよ。ツアン、あの頭蓋骨の眼窩からの攻撃を警戒。離れていろ」

「承知」


 ツアンは頷くと、右側のほうに向かう。

 ハートミットは懐から俺のとは形の違う半透明の髑髏を取り出した。

 それを、祭壇の上に乗せる。

 と、髑髏の眼窩に光が集まって、この間と同じようにビームが眼窩から出た。


 その半透明の頭蓋骨は回転しない。

 ビームもそのまま真っ直ぐ進んで、目の前の壁を溶かすのみ。


 と、壁が溶けると、ビームは消失。

 溶けた先には漆黒の部屋が覗く。


 漆黒が際立っている、その中央に、白色のキューブが浮いていた。

 虹色の魔力を放出しながら浮いていた。


 俺たちからしたら、聖櫃アーク的な代物なことは間違いない。

 どんな効果があるのやら。


 マジマーンが持つ聖櫃アークのように石版的な意味とかあるのかもしれない。


 周囲が漆黒色なだけに、すこぶる目立つキューブだ。

 俺はツアンに目配せしてから、ハートミットの傍に寄る。


「ハートミット、中に入らないのか?」

「あ、うん。あのキューブはもしかすると……」

「先に足を入れる――」


 と、漆黒の部屋に足を踏み入れた。

 罠はない。


「罠はない。あのキューブを取ったら罠が出るとかありそうだが」

「それはないはず」


 そうだな。

 塔雷岩場の地下遺跡で聖櫃アークとしてのグラナード級軽魔宝石をゲットした時も罠はなかった。

 むしろ、上下にクリスタルと特別な素材があった。


 今回はキューブ以外すべて真っ黒だから回収はしない。


「あのキューブをもらっていいかしら」

「いいぞ。しかし、そのキューブ? 聖櫃アークは何に使うんだ?」


 ハートミットは頷く。

 そして、


「わたしの記憶が確かならば――」


 と、語った直後――。

 白いキューブの前に、樹状突起の淡い筋が生まれる。

 それらの樹状突起の群れは霞か靄に変化して、人を象りつつ集結する。


 俄に現れた人物は片手で白色のキューブを掴む。

 肩には鷹のような魔鳥を乗せていた。


 掴んだ手は機械。

 巨大な魔力を内包した機械の腕だ。


 腕の甲には、煌びやかな魔宝石が幾つか嵌まっていた。 

 見た目の装備は軍服。

 マントは傭兵っぽい。

 もう片方の手に鋼の柄巻を握る。


 はばきの放射口から紫色のブレードが出ている。

 ブゥゥゥンと音が響いていた。


 その紫色のブレードの切っ先をこちら側に向けた人物は中年の端正な男で眼帯を装着している。

 あの眼帯は魔眼だろう。

 額と眼帯を越えて顎の下まで大きな縦の傷があった。

 縦の傷の間から魔力の粒子が溢れている。

 一瞬、ハイ・ゾンビと例えたキースの顔を思い出すが、鼻も高く顎髭も生えていた。

 かなりの渋い男。

 その中年の眼帯男は傷から息を漏らすように「コーホーコーホー」と不気味なガス音を出してから、


「――悪いが、これはもらうぜ?」

「ちょっ、バルスカル!」


 ハートミットは男の名を叫ぶ。

 白色のキューブを掴んだ男は嗤いながら樹状突起に包まれて消えた。


 ワープか。


「あぁぁぁ! 糞、油断してた!」

「バルスカルとは、知り合いか?」

「……うん。ごめん、わたしが鍵を使うところを狙ってたみたい。詳しい説明は、また今度。そのバッジのオカリナを利用してね。今はあいつを追うから――じゃ。ノースコード:アルファ:惑星セラ198コード、起動。転移――」


 ハートミットは暗号染みた言葉をトールハンマー号の乗組員か人工知能に報告。

 船と連動しているのか、樹状突起に包まれると転移した。


 トールハンマー号に戻ったのかな。


 バルスカルとは、銀河帝国の銀河騎士とか?

 ナパーム統合軍惑星同盟と同じセクター30のライバルとか?

 宇宙海賊の【八皇】の違う奴とか?

 単に宇宙版の俺のようなイレギュラーな存在か?


 ま、俺には俺の争いがあるように、宇宙には宇宙の争いがあるんだろう。

 疑問に思っても仕方ない。

 すると、血文字が浮かぶ。


 ヴィーネだ。


『ご主人様、教団セシードの方々を【レンビヤの谷】に送りました。ドドライマル将軍の部下ヴェシュット隊長とゴーモックの隊商の一族カベルさんと無事に合流です』


 さすが相棒、数時間で着いたか。


『よかった』

『はい。ラシュマルさんとトルサルさんから、兎人族のウララ・ウカ・ウカ族とコンラッド村の秘宝の一つ、神虎セシードの御守りが入った特別な箱を頂きました。お断りしたのですが、強引に……』

『そっか、ま、頂いたのならもらっとこう。しかし、神虎か。相棒的な存在か幻獣だったりして、アーレイかヒュレミの魔造虎とか』

『ロロ様は興奮しておいででした……おっぱいを箱に飲ませようとして、兎人族の僧侶の方々を吹き飛ばしていましたから、その可能性は高いかと思います』


 その相棒の可笑しな行動は、近くで見たかった!

 バルミントの卵の時を思い出す。


『では、今から東に戻ります』

『了解した。俺たちが、今いるところはミホザの古代遺跡があった地下深い場所。ここで魔界王子ハードソロウの眷属の魔人キュプロを倒した。んで、古代遺跡を鍵で開けて、ハートミットが狙っていた聖櫃アークのようなアイテムを見つけたんだが……ハートミットの知り合いに盗まれてしまった』

『なんと! 追撃を!』

『無理だ。転移した。ハートミットも転移した。宇宙船のトールハンマー号で、その盗人を追っているのかもしれない』

『……そうでしたか。とにかく戻ります』

『おう。あ、シェイルの治療に必要な、アルマンディンの魔宝石は手に入れた』

『よかった! 目的達成ですね』

『おうよ。んだが、シェイルのとこに帰る前にフォルニウム山とフォロニウム山の火口に向かう。アクセルマギナに魔石を入れてアイテムも出すかもしれない』

『白色の貴婦人討伐の際に手に入れた……姥蛇の気色悪いアイテムの処分ですね。賛成です』


 ビアの反応が心配だが……ま、大丈夫だろう。


『火口に何があるか分からないが、たぶん、そうなる。その近辺で<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>を行うとしよう。そこで待ち合わせだ』

『はい』

『んじゃ、相棒のことをよろしく頼む』


 正直黒猫ロロと会いたくて、たまらない。

 あの日向のような匂いに包まれたい。ぬくぬくとした温もりが愛しい!

 すると、めぼしい物を拾っていたツアンが視線を寄越す。


「旦那、上に戻りますか?」

「おう――」


 小屋の周囲でリザードマンと戦っているだろうヘルメたちと合流だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る