六百二十三話 シャルドネの報酬


 キッシュに続いて、ミスティに連絡。

 ペルネーテで魔法学院の生徒たちの資料を読んでいたようだが、


『でも、困ったわ……』

『どうしたんだ』

『オセベリア王国名門貴族の女子生徒が学院内で行方不明に……』

『開かずの間とか?』

『うん。魔法部屋は改築が自然とされることがあるし、魔素を遮断する部屋も多い。見つけるのが大変なの、それに、呪いの噂がある部屋とか、異次元に通じた部屋があって、帰ってこられなくなるとか……欠損した生徒の死体が出たとか、聞くし、怖い……ここってペルネーテだし十分ありえるから』

『邪界ヘルローネの地に繋がっている?』

『噂で聞いたけど、それも真実だと思う』

『……しかし、名門貴族となると問題となるんじゃないか?』

『なるけど、校長もそれなりに魔法界隈では有名。魔術総武会と関わりが深いと聞いた』

『不祥事が起きても問題にはならないか』

『うん。オセベリアの宮廷魔術師は、昔から学院出身者だからね』

『それはそれで大変だな』

『ゼクスもさすがに人捜しには利用できないから』

『俺なら血さえあれば、探索は可能だ』

『うん。一応、手がかりとなる女子生徒の生理用品は取っといてある』

『っていうか、俺を呼ぶ前提なのか』

『マスターは忙しいって重に承知。すぐに無理と分かるけど、一応ね?』

『了解、東から帰ったらとなるが……風のレドンドとの約束もある』

『うん、できれば、早く希望。それに、お土産にも期待しているし?』

『分かった』


 続いて、ミホザの騎士団の遺跡の詳細を伝えた。

 勿論、ハーミット関連を聞くと、怒られた。


『どうして、そんな貴重な魔導人形ウォーガノフ的な部品を盗まないの!』


 盗むって……。

 ハーミットことハートミットが個人的にコレクションした大切な物は盗めないだろう。

 と、斯く斯く云々、長々と血文字を行う。


 バイコマイル胞子の言葉。

 宇宙戦艦の内装のディスプレイと化した壁。

 第一世代のレアパーツに興味を持ったところで、


『お土産としての、地下遺跡のクリスタルと天井の素材は期待している!』

『おう、回収する』


 ミスティとの血文字を終えたところで、皆に向けて、


「上に戻る前に、ちょいとここを調べる」

「うん」

 

 ユイは返事をしながら、血文字で連絡を続ける。

 リズさんとクレインさんにレンショウは、宙に浮かぶ血文字を見て、


「何人も連続して連絡が可能な血色の文字は、マジックアイテムが元だろうか?」

「便利な能力だ」

「……ユイさんと【天凜の月】の盟主は神話ミソロジー級のアイテムを持つ?」

「血長耳も魔通貝を持つが……【血星海月連盟】特有の魔道具かもしれないな」


 クレインさんの言葉に、


「詳しくは教えられない」


 俺は、ルシヴァルだからこそ可能だとは言わず、そう告げた。

 リズさんは目を瞠る。

 途中で俺は頭部を左右に振ると、リズさんは、「ふん」と呟いて、俺の装備をチェック。


「腰のベルトの魔造書に怪しい柄の魔剣も気になる、が……」


 そう装備を指摘してからユイの持つ神鬼・霊風を見て、


「ユイさんの魔太刀は、かなりの業物?」

「うん」

「へぇ……わたしも魔剣師系の戦闘職業なんだ」

「そのようね、これはシュウヤと一緒に手に入れた特別なアイテムなの」


 と、ユイは神鬼・霊風が納まる鞘を持ち上げた。

 鯉口の飾りを見せている。リズさんは口笛を吹きながら、


「鞘にも魔力が宿っている……柄頭に小尻に下げ緒も……それぞれが武器として防具としても扱える代物か」


 と、発言。

 ユイは愛用している神鬼・霊風を見て、褒められたことが嬉しかったのか、

 微笑みつつ、


「うん。下げ緒のことも分かるなんて鋭い。二剣流のリズさんも一流ね。【魔塔アッセルバインド】って、クナから聞くまで知らなかったけど、セナアプアで相当の裏仕事をしているのかしら」


 ユイがそうリズさんを褒めた。

 リズさんは照れたのか、頬を赤らめつつ、チラッと上目遣いで俺を見てくる。

 俺? 視線が合うと、リズさんの双眸が少し揺れる。


 リズさんは視線を逸らして、また俺を見てくるし、気になるじゃないか。


 美人さんだけに、その蒼い目の動きを見て、ドキドキしてしまうがな。

 そのリズさんは俺の顔色を見てニコッとすると、ユイを見て、


「……そう。仕事は色々とある」 


 と、発言。両袖をひらひらさせながら落ち着きのない動作を取る。

 蒼い目が斜め上に向かう。照れたリズさんの表情も、いいねぇ。

 目の大きさは少し丸いかな。アイラインの薄化粧が肌と合う。

 鼻と唇は少し小さい。エヴァと少し似たアヒル口か。

 細い顎。あ、片腕を上げたところで、首と耳が……。

 耳の下に傷がある。え、首を切られたことがあるのかよ。

 傷痕からして背中まで続いていると分かる。

 致命傷っぽいが、あの傷で良く助かったと思うがリズさんは【流剣】という渾名を持つ無数の修羅場をくぐり抜けてきたからこそか。


 凄腕のカリィに不意を衝かれて転ばされていたが、途中までカリィと互角以上に戦っていた。二対一の状況だったことも考えればカリィが異常か。

 そのカリィと一対一の真剣勝負は見たいかもしれない。


「シュウヤ?」

「ん?」


 ユイを見ると、ユイは指を天井に向け、


「ううん、素材を回収するんじゃ?」

「あぁ、そうだな」


 そう発言。

 ユイは、クレインさんと視線を合わせて頷く。

 ユイは、レンショウにも視線を向けた。

 

 レンショウはビクッと体を震わせる。

 ユイは少しショックを受けたような面を見せて、俺を見てきた。

 無難に笑顔を意識すると、ユイは、


「シュウヤ、ミスティ用に素材を回収するとして、また消えたりしないでしょうね」

「大丈夫なはず。俺を転移させたハーミットの技術は、そう連続的に可能な技術ではないようだった」

「ンン」


 俺の言葉に同意するように、黒猫ロロが喉声を発した。

 相棒は、遺跡の匂いつけ作業に満足したようだ。

 尻尾を立てながらトコトコと歩いて、ユイの足下に移動。

 頭部を少し上向かせて、


「にゃ~」


 と、語りかけている。

 ユイはニコッと笑ってから、両膝の頭に手を置いて、屈み、


「……ロロちゃんもシュウヤと同じく〝大丈夫〟って言ったの?」

「にゃ」

「もう! 可愛いんだから――」


 ユイは人差し指の腹で黒猫ロロの鼻先を優しくツンツンと小突く。

 横顔だが、黒猫ロロは、まん丸のお目々で、ユイの人差し指を凝視していると分かる。


 黒猫ロロは鼻孔がムズムズと動くと、その鼻の穴が、拡がり窄まった。

 ユイの指の匂いを、フガフガと嗅ぐ黒猫ロロさんだ。


 その黒猫ロロは「ンン」と小さい喉声を鳴らしつつユイを凝視する。

 それを見たユイは、


『もう、たまらん!』


 といった感じで黒猫ロロの頭部の黒毛ちゃんを、わしゃわしゃと撫でていく。

 黒猫ロロも満足そうに両目を瞑る。

 と、ゴロゴロと喉を鳴らして『気持ちいいにゃ~』といったような顔つきを浮かべていた。

 そのままユイと黒猫ロロは見つめ合った。


 ……美猫と美人が絡むとすげぇ絵になるな……。

 和みまくるし、ほっこりとする。


 ユイの背後では、リズさんとクレインさんも嬉しそうな黒猫ロロを見て微笑んでいた。

 

『わたしも触りたいな』

 という気持ちを抱いていそうな顔つきだ。

 

 超・美人さんたちだから絵になった。

 ユイは黒猫ロロの触手の裏側にある肉球を、モミモミしながら、俺を見て、


「……でもさ、よくよく考えると、怖い」

「何がだ? 相棒の肉球は確かに破壊力抜群だが……」

「ふふ、違う違う――あ、違わないけど、宇宙の戦艦のこと。地下深くにいるシュウヤとロロちゃんを狙った攻撃的な転移魔法とか……しかも、その転移した場所の宇宙ってすごく高い場所にあるんでしょ? ロロちゃんに乗って移動するよりも、もっと高い場所とか、想像ができない」

「……」


 皆もユイと同意したように沈黙、


「ボクも信じられな~イ♪」


 と、階段の先から変態さんの声が響く。

 ここから階段までは、ちょい距離があるが、地獄耳なカリィだ。


 リズさんは微笑みから、一転、閻魔顔を……。

 イラついて袖の中に片手を突っ込んでいる。

 すぐに、クレインさんが前に出て、目配せしてくれた。


 リズさんは『わかってるさ』という顔つきを浮かべながら、両手を広げる。

 指先で十字架を作りつつ、その指先を手前にクイクイッと動かす。


 よくあるジェスチャーだが、幸運印の意味でもあるのか?


「さっきも説明したが、宇宙って高い場所に浮かぶ船だからな――」


 俺も同じようなジェスチャーを繰り出しながら、その指先を天井に向けつつ、


「高度な技術で作られた最新鋭の戦艦と、語っていた」

「月の神様のほうが理解できる。あ、わたしたちは、下がったほうがいいわよね」

「そうしてくれ」


 ユイは頷くと、後退。

 相棒は俺の足下に戻ってくると、触手を天井へと伸ばした――。

 俺は、ちょいと跳躍――。


 高く上がってから、足下に<導想魔手>を出した。


 その足場に着地し、電気工事士になった気分で天井を調べる。


 触ると反応することから……。

 この遺跡を構成する石というか素材は、生体触媒を有した素材か……。

 見た目は、鋼鉄、コンクリートっぽいところもある。

 この中央の円状の出っ張りは黒色が基調だが、光った部分はLEDっぽい。

 メタセシス反応風の光学装置だとは分かる。

 

 溝の色合いは熱を帯びた赤。

 極めて小さい溝だが、この溝の中にはマグマのような溶解した鉄でも流れているのだろうか……。

 今も黒色の部分から、魔力と磁力を出している。


 円を縁取る素材は灰色と銀色が混じるレニウム系金属。


 黒色と灰色が構成する円の回りには、金属の端子と魔印が並ぶ。

 黒色と灰色で構成する魔法陣と分かる。

 が、スイッチらしきところはない。

 照明と器具の縁を外せるところもない。

 

 触った感触からして……。

 エボナイト系の硬化ゴム?

 これまた、分からない。

 端の一部は少し、湿っていて、虹色っぽい色合いだ。

 不良導体?

 分からないが、聖櫃アークの魔宝石が浮いていた以上、反磁性体のような魔力を出している?

 極めて高度なセラミックスと石材が融合した、何か、だろうか。

 面白いが地質学とか鉱石や金属の知識があまりない俺が見てもな……。

 

 床のクリスタルと、この天井の魔道具で聖櫃アークの魔宝石が浮いていたってことだろう。


 ヘルメの視界でもチェック。

 温度変化もある。


『妾で削るのか?』

『いや、ムラサメブレードでいく』


 さて、この天井の金属類を少しもらうとしよう――。

 鋼の柄巻を掴み引き抜いた――。

 すぐに鋼の柄巻に魔力を込めた刹那――。


 ――ムラサメブレードが起動。

 鋼の柄巻のすぐ上にある、はばき部分から、青白い光刀が伸びた。

 ブゥゥンといい音が響く。

 

 右手を突き上げ――。

 プラズマのような青白い色に光り輝く光刀の切っ先を天井に差し向けた。

 ずにゅりと音が鳴る。

 ――黒色と灰色の部分に侵入するムラサメブレードの切っ先。

 ムラサメブレードを横に動かした。

 そのままムラサメブレードで円を描くように縁取る素材を切っていく。

 ――黒色の円金属と、灰色の部位も、一部を切る!


 四つぐらいに切り分けた!

 ゲットした素材は一時的に<導想魔手>に置く。

 ブゥゥンといった音が耳朶を震わせると、少し恐怖心を味わう。

 

 このプラズマめいた青白いブレードに貫かれたらメチャクチャ痛いだろうな。

 凄い武器だが、と、身震いしながら……。

 黒色と灰色の素材類を魔察眼で確認――。

 自発的に魔力を有した素材か。


 聖櫃アーク的にも見えるが……。

 これはこれで別のレアアースと認識しておこう。

 

 そうして、鋼の柄巻に注いでいた魔力を止めた。

 ブゥゥンと音は一瞬で消える。

 プラズマのような光刀も瞬く間に鋼の柄巻に収斂するように収まった。

 

 ――この光の刃が消えるのもいいねぇ。

 血魔剣もいいが、やはり、この鋼の柄巻のムラサメブレードはいい武器だ!


 と、その鋼の柄巻を掌で回す。

 ガンスピン――を行ってから、腰にサッと差し戻した。

 鋼の柄巻と衝突した独鈷魔槍。

 銀色の腰ベルトの植物的な蔓もハルホンクの一部だから頑丈だ。

 そして、屈んで、<導想魔手>に置いた素材類を拾い直す。

 下から興味深そうに見ている可愛いユイに向けて、


「ユイ、まずはこれを――」

「うん」


 石のような感触の素材をユイに投げて渡す。


 ユイは素早くキャッチしてアイテムボックスに入れていく。

 そのユイの足下で悪戯をする黒猫ロロさんだ。


 動くユイの足に猫パンチ。

 噛みつきはしないが、掃除機を追いかける猫のように見えた。


 その相棒の仕草を見て笑いながら――。

 工事現場の足場と化していた<導想魔手>を消した。


 地面に降りる。

 さて、次は……。


 黒猫ロロさんが一生懸命に頬を擦りつけていたクリスタルの回収だ。

 その相棒は、ユイから離れて、俺が触ったクリスタルに猫パンチを繰り出す。


 俺が触ったから黒猫ロロ的に『これはわたしの、にゃ』と言いたいのかもしれない。


「ロロ、これは回収する」

「ンン」


 聞かん坊の黒猫ロロの猫パンチが俺の足に当たった。

 構わず――クリスタルの根元の留め金を外す。

 蛍光灯風の長ネギっぽい形のクリスタル。

 引き抜くタイプだろうか――。


 と、スポッとコルクが抜けたような音が響くと――。

 無事に引き抜けた。


 じゃじゃーんと、鋼の柄巻で剣術を実行するように蛍光灯で剣術修業。


「ンン、にゃ~」

「シュウヤ、素材で遊ばないの! ロロちゃんが興奮しちゃうでしょう!」


 とユイに怒られたところで、動きを止めた。


「ユイ、これも修業だ」

「武術馬鹿なのは分かったから、素材を素直に回収しなさい」

「了解。このクリスタルもユイが持っててくれ――」

「あ、うん――」


 笑っているユイは、半透明の髑髏が填まる台の付近から走り寄ってくる。

 その笑みが可愛いユイに、クリスタルを手渡し――。


 同時にユイの頬に向けて、不意打ちのキスを繰り出した――。

 

 そして、即座に、もう一本のクリスタルも引き抜く。


「ふふ――」


 と、お返しの頬へのキスをもらった。

 嬉しくなったから――。

 ユイの鼻に、俺の鼻が擦れ合うのを感じながら、そのユイの小さい唇を奪う。

 ユイは、俺がキスすることを分かっていたように、両手を俺の腰に回し、顔を寄せてきた。


 やっこくて、いい匂い。


「シュウヤ、不意打ちキスが好き?」

「まぁな。ユイが好き――」


 と、再びキス。


 その瞬間、アイの変な声とゲンザブロウの渋い声が響く。

 そして、ひゅ~と、クレインさんの口笛が鳴る。

 だが、


「……不安を覚える。本当にエヴァが気に入った男なんだろうな?」


 やや怒ったニュアンスの声だ。

 俺はユイの柔らかい唇を、自らの唇で優しく愛撫してから離れた。

 ユイは、


「ぁ……」


 風に漂う小鳥の毛のように柔らかい声。

 その声と表情が愛おしい。

 もっとキスをしてユイを労りたい。

 しかし、我慢した。

 手にもったままだった素材としてのクリスタルを、その頬を赤くしているユイに手渡す。


「……ミスティは、ほしがっていたからね」

「そうだな。エヴァのお土産にもなる。素材は多いし、二人に分配できる」


 ユイは、俺の手をギュッと握りつつ、


「うん、そういう相手を思いやるところが、また、愛らしくて憎たらしいんだから」

 

 ユイは、なんとも言えない喜色満面。

 俺も嬉しくなった。

 んだが、熱した鋼のような視線を感じた。

 そうクレインさんだ。

 

 エヴァの先生に向け、エロ紳士らしく喋ろうとしたが、


「クレインさん。シュウヤはエヴァも愛しています。エヴァもシュウヤを愛している。わたしもですが、シュウヤは優しいだけなんです」


 と、ユイが言ってくれた。

 クレインさんは双眸を揺らす。


「……色道も色々だ。エヴァが男に溺れることはないと思いたいがねぇ……ま、今は、納得しようか」

「そうしてくれると助かります」

「【天凜の月】の盟主、勘違いしないでくれ。今は立場上従っているだけ。そして、もう普通に話をしてくれると助かる。できれば、名はクレインかフェンロンでいい。銀死金死でも銀刺金刺でも構わない」

「了解した」


 一度微笑んだクレインだったが、再び俺を睨む。


「そして、エヴァと会ったあと……【天凜の月】の盟主の前に、一人の槍使いの強者と、個人的なお話・・がしたいが、よろしいか?」


 銀色のトンファーの切っ先を俺に向けての言葉だ。


「個人的なお話か。喜んでお相手しよう」


 エヴァのことを想っての、クレイン先生の立場か。


 俺の実力・・を見ようとしているのか。

 ある意味緊張を覚える。

 

 ま、その際は努力しよう。


 頷いたクレイン先生は、トンファーをくるっと回してから腰の帯にトンファーを戻す。

 俺は聖櫃アークが置かれてあった近未来の空間部屋から出た。


 祭壇のオベリスクの天辺に填まる半透明の髑髏を引っこ抜いて回収。


 刹那――。


「――にゃご?」


 足下の相棒と一緒に振り向く。

 近未来的な空間部屋が瞬く間に、塞がった。

 素材を採取していた部屋がもう壁で見えない。


「わ、いきなり地面と天井から……」


 金属が床と天井から伸びたようだ。

 新しく出現した光を帯びた金属壁の表面が何かの意識があるように蠢く。


 最初の時と違う。

 奇妙な変化が続く。


「驚き」

「絵柄が動いている?」

「シャルドネ様が、望んでいた素材は回収したのですよね?」

「したよ」


 と、俺はアイに告げた。


「いいの? ゲンザブロウ」

「いい。シュウヤ殿の報酬ということだろう。英雄なら英雄の処遇がある。と、わたしなりに、数度助言したことを取り入れたようだ」

「〝天馬行空〟の槍使いのお話かぁ」


 アイとゲンザブロウがそんな会話を繰り広げている間にも、新しい壁の表面は蠢いていた。

 ガスマスク的な防具が似合うレンショウも、壁が出現したことに、驚いている。


「……初めて見る動きだ。怪物とかを召喚ってわけではない?」

「違うはず」


 皆が驚くのも無理はない。

 ラファエルが持つ、魂王の額縁の絵と似ている?

 ……「アルチンボルド」の「ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ二世」の絵柄。

 

 あ、また変わった。


 今度は円転の図か? アナモルフォーズ風の絵柄だ。

 ラテンとアンデレの十字架が組み合わさった幾何学模様に、水玉もある。


 石のような形に、手が触ったような……。

 埃及の壁画にあるようなモノもある。

 

 ……面白い。

 地球にある古代遺跡の壁画もこうやってできたとか?

 それはないか。

 この壁画は、意味的に、ここには、もう聖櫃アークが無いよ?

 と、示している?

 

 他の地域にも、似たような古代遺跡の施設があるのなら……。

 この半透明の髑髏は、鍵となるかもしれない。


 シャルドネは、どこで髑髏これを手に入れたのだろうか。

 クナが俺のアイテムボックスを手に入れたように、地下オークションか?

 そして、俺にこれを託したってことは……。


 ゲンザブロウとアイを助けた見返りとしてのアイテムか。

 ミホザの騎士団の聖櫃アークが、今回の報酬代わりってことかな。


 俺の性格を理解しての報酬。

 オセベリア王国の領土的なモノは断ると読んだ?

 

 そうだとしたら……。

 シャルドネは切れ者の女性だ。

 何気ない仕草とさり気ない態度に知性があるし……。

 

 一見、空気を読まないところにも、知見が隠れている。

 伊達に女侯爵と呼ばれていない。

 

 シャルドネ・フォン・アナハイム、アナハイム家の当主か。


 半透明な髑髏は聖櫃アークの魔宝石と一緒にアイテムボックスに入れておく。


「皆、戻ろう」

「うん」

「はい」

「ついていくよ」

「エヴァも喜ぶはずです」

「そうだといいが……」


 クレインは憂い顔。

 今度はリズさんが、そんなクレインの肩を小突く。

 クレインは微笑んだ。


 先ほどの会話もそうだが……。

 今の関係性を見ても【魔塔アッセルバインド】の傭兵たちは仲がよかったと分かる。

 だからこそのカリィに向けた怒りと、その怒りを抑えた二人は偉大な強者だ。


 カリィも逃げていないことから、一対一の勝負は別にしてもいいということだろう。

 先のアルフォードという仲間の話に出てきたが、意外に男らしいのか?


 とは、いえないか。変態だし。


「にゃお~」


 相棒ロロは黒豹に変身。

 先に駆けていく。


「うあ――」


 カリィの変な悲鳴が響いてきた。

 が、気にしない――。


「さぁ、行こう」

「はい」

「了解」

「うん、アイさんとゲンザブロウさんも行きましょう」

「了解です」

「はい」


 アイが返事を寄越したところで、俺たちも階段に向けて走った。

 先をいった黒豹ロロを追いかける。


 階段の下で、尻餅をついていたカリィは放っておく。

 皆で、ホップ、ステップ、ジャンプ。

 二段三段と跳ねるように階段を速やかに上がっていく。

 相棒は途中で、首下から出した触手を斜め前方の遠くの壁に突き刺した。

 その遠くに伸びた触手をゴム紐のように収斂。


「ンン――」


 喉声を響かせながら、反動を利用する相棒――。

 瞬く間に体を上の階段に運ぶ。

 菊門が可愛い猫ターザンか、

 もとい、黒のムササビといった動きで、神獣の紋章を輝かせた腹を見せつつ華麗に着地。


 頭部を上向かせて、尻尾を靡かせる。

 四肢の角度が格好いい。


『いいポージングです!』

『だな、ヘルメのスタイルもいい。おっぱいもいい。グッドデザイン賞を送ろう』


 視界に浮かぶヘルメは小さいが、スタイルはいい。


『ふふ、わたしが外に出て閣下の背中を抱きますか?』

『いや、今は急ぐ』


 そこで、黒豹ロロのように<鎖>を使うか?

 と思ったが、止めた。

 クフ王のピラミッド内部を進むような狭い階段を地味に上がる。

 王の間に通じていそうな横穴があるが、探検はしない。

 ユイの手を握って、イチャイチャしながら普通に上がる。


 踊り場に到着――。

 ここも巨大な空間だ。

 蟲の抜け殻地帯を走った。

 

 先を進んでいた相棒は遊んでいた。


 足を止めつつ周囲を窺う。

 黒豹ロロは、蟲の抜け殻に猫パンチを繰り出す。

 抜け殻を遠くに飛ばしては、その飛ばした抜け殻を追いかけている。


 抜け殻を口に咥えて、俺の足下に運んできた。


「お土産か、ありがとう」

「にゃお」

「はは、だが、抜け殻だぞ」

「ンン」


 黒豹ロロは喉声を鳴らしつつ、長い尻尾で俺の足を叩くと、また広い空間を走っていく。

 蟲の抜け殻に滑り込むようにスライディングアタックを喰らわせていた。


 面白い。んだが……。

 こういう未知の地下空間は探検心を刺激する。


 遠くの暗闇の先に魔力の反応があった。

 あの先にいったい何があるんだろう。

 ヴィーネとミスティにハンカイが遭遇した呪神フグとか、巨大蟲鮫とか、地底神キールーの一派だろうか。

 俺が放浪したグランバの大回廊とか、巨大な大鳳竜アビリセンとか?

 または、ロルガの兵と争っていた地底神セレデルの兵士とか?

 地下の独立都市フェーンに向かう際、サイデイルの地下付近で遭遇した不死の軍団は不気味だった。

 

 そして、俺が助けたダークエルフのミグス・ダオ・アソボロスは実家の魔導貴族で権力を得ることに成功しているだろうか。

 色々な探検心にスイッチが入りそうになる……。

 

 しかし、我慢だ。

 探検心のスイッチを本格的に押すのは控えよう。

 

 風のレドンドとの約束にマハハイム山脈の地下に向かう冒険の時に取っておこうか。


「――シュウヤ、鬼蟲の巣が気になるの?」

「あぁ、ちょいとな」


 ユイにそう話をしながら黒豹ロロを呼ぶ――。

 相棒のアイスホッケー遊びに参加しつつ、この地下を探検したいが、今は、特殊探検団ムツゴロウではない。


「ロロ、遊びは終わりだ。階段のほうに向かう」


 アイスホッケー遊びに夢中な黒豹ロロは、耳をピクピクと反応させる。

 振り返った相棒の顔はギラついていた。


 鬼蟲の匂いから、中身が美味しいとか考えて、必死になっているのか?

 蟹のモンスターを食べていた頃の顔を思い出した、面白い。

 相棒は咥えていた抜け殻を捨てると、


「ンン――」


 喉声を鳴らして、先に駆けていく。

 駆けた方向には階段があった。


 俺は再び気を引き締めてから走った――。

 塔雷岩場の上に続く階段が近づく。


 踊り場付近で、足を止めた――。


 皆のことを確認。

 ユイが笑みを見せて、


「あそこね」

「おう、アイとゲンザブロウもいいな?」

「はい」

「承知、戻りましょう」


 と、ゲンザブロウの両手から出ていた立方体が瞬時に消える。

 カリィとレンショウの後ろ姿を見てから、俺も階段を目指す。


 その階段に右足から一気にステップ、左足の爪先で、次の段差を蹴る!

 魔力操作の修業をしながら――前転しつつユイを越える――。


「あ、すご!」


 と、背中越しにユイの声を感じて嬉しかった。

 が、右足で再び階段の壇を蹴る――。

 両手に魔槍杖バルドークと神槍ガンジスを召喚。


 魔槍杖の竜魔石と神槍ガンジスの石突で、左右前の壁を刺した。

 そして、両手を引いて、勢いを付けて階段を蹴るように上がる――。

 すぐに両手の魔槍杖と神槍を消去。

 続いて、<魔人武術の心得>を意識――。

 階段の上に相対相手がいることをイメージ。

 左足の蹴り払いを避けた相手に、片手の掌底から右肘の打撃。

 これを槍組手で防がれたことを想定しながら、爪先半回転で壁際に移動――。

 槍を持っていたら風槍流『案山子引き』の機動となる動きから、右足で階段を蹴り上がりつつ左手の貫手で相手の肺か心臓を衝くイメージのまま、左足をわざとらしく上げての、ハイキックはフェイク――。

 狙いは前転しつつの浴びせ蹴り――そして、回転終わりの、普通の着地はしない――。

 

 踵落としにも見える浴びせ蹴りを受けたと相対したイメージ相手。

 その両手で防御していたイメージ相手の隙を突く。


 体を右に捻りながら右肘のイモリザを意識。

 右肘から真下の床を衝いた肉種。

 第三の腕で体を支えた。


 そして、その肉種をバネ代わりに利用――。

 捻り変形飛び膝蹴りで階段を上がった。


『閣下の機動は凄まじい~』

『ありがとう。が、こういった訓練より、やはりヘルメとの模擬戦のほうが役に立つ――』


 イメージ相手の顎を膝で砕いて着地。


「――狭い場所を活かした槍組手か……質が高い」

「うん♪ 槍使いの動きは、ボクの想像を超える!」

「【天凜の月】の盟主か……」

「クレイン、弟子のためにがんばりな?」

「いまさらだ――」


 背後からクレインとリズさんの声が響く。

 

 訓練しながら階段を上がる――。

 その度に声が響いたが構わず――。

 踊り場と螺旋した細い柱が見えた。

 塔魂魔槍譜があった柱だ。


 心でラ・ケラーダ。

 そのまま柱をスルーして、一階の中庭と風呂場に到着。

 露天風呂の大浴場に戻ってきた。


 硫黄の匂いだ。

 血は俺たちが吸い取ったから、空気も乾燥している。

 豪華な施設のあとを確認するように階段を上がる。


「死体が干からびている?」

「こっちのほうは、衣服だけが散乱か」


 俺たちが来る前までいた吸血鬼たちの仕業だ。

 

 スモンジの宿の一階の出入り口は瓦礫で塞がっている。

 大廈高楼の造営だったと分かる瓦礫を利用して、二階に跳ぶ――。

 

 その建物内部に入ったところのすぐ横にあった壁の穴から外へと出た――。


 通りに戻った。


 息を吸って吐いての深呼吸を行った。

 ――一級品のダンジョンから生還した気分だ。

 ユイの背後で、アイとゲンザブロウの無事も確認。

 リズさんとクレインも一緒だ。

 レンショウと変態は省く。


 最初に傭兵部隊たちと戦闘を繰り広げた開けた場所。

 

 <無影歩>は使わない。

 そこで、見知った魔素を感知。

 

 上だ――。

 ルマルディとアルルカンの把神書が飛来してきた。


 ルマルディは着地せず低空でホバリングを実行。

 足下に魔法陣を生み出し、その魔法陣に着地する。

 すらりとした悩ましい足だ。

 そして、パンティさんが見えそうで見えない。


 そのルマルディは、背後の存在を見て……。


「その方々は……」


 と、発言。

 あきらかに倦じ顔うんじがおを繰り出す。

 ルマルディは、右腕の同極の心格子ブレスレットを輝かせた。


 ルマルディの腕以外の体から出た魔力線と繋がるアルルカンの把神書は、連動。


「おぃ~【魔塔アッセルバインド】の流剣の片割れと銀死金死の女エルフじゃねぇか! あ、ボサボサ髪の男と口元を防具で隠す男か。……ボサボサ髪の男は、奇妙な面だな……」


 と、発言。

 ルマルディは両手から小さい月の形をした魔力刃を出した。


『ルマルディ! 素晴らしい。炎精霊ちゃんと風の精霊ちゃんが、いっぱいです。レベッカの炎ちゃんよりは、少し少ないですが、それでもいい形です。やはり、閣下の眷属候補ですね』


 ヘルメが興奮しながら勧めるということはやはり、凄い女性なんだな。

 空極のルマルディ。

 そして、炎と風か。

 アキレス師匠から教わったことを思い出す。


 『水か。まずはそうだな。記憶喪失で忘れているだろうし、基本的なことを話しておこう。主に属性とは、火、水、風、土、雷、無。と六つ存在する。その基本六属性の上位が、闇と光の二属性だ。闇は光に弱いが他の属性には強い。光は闇を滅し他属性にはあまり関係がない。それと、最後に特殊な属性が、時空属性だ』


 俺は基本の無属性、

 そして、水属性、光属性、闇属性、時空属性を持つ。


 ルマルディは六属性が扱える。


 アルルカンの把神書から、フィナプルスの夜会での冒険中に……。

 『超がつく魔術師、魔法使いの上位戦闘職業を積み重ねている貴重な女だ』

 と、聞いている。


 しかし、警戒度マックス状態。

 とくにカリィか。

 そして、アルルカンの把神書も当然ながら警戒。

 鮫の形をした大きな魔魚を、数匹、開いた頁から生み出していた。


 宙空で凶暴と幻想が合わさったような奇妙なシャチが暴れている。

 普通は、びびる。

 

 だが、リズさんとクレインは冷静だった。

 というか、皆、驚いていない。

 下の喋る魔術書もとい、把神書のほうが圧倒的な存在感だからだろうか。


 いや、皆、経験が豊かなだけか。


「――おぃ! 短剣を浮かせたボサボサ髪の男が超絶に怪しい。俺を細い目で凝視している!」

「安心しろ、把神書。その鮫のようなシャチ的な巨大な魔魚は仕舞え。あの男はカリィって名前だ。今は仲間でもある」

「なにぃぃぃぃ、今日一番の驚きだ。戦場で相対した騎兵長のおっさん騎士とフォローしていたパツキン魔術師よりも驚きだ!」

「やっタ、槍使いがボクを仲間と呼んだ! 嬉しイナァ、ボクはもう仲間♪」


 アルルカンの把神書も奇声的な声だが……。

 カリィも珍妙な声と態度だ。


 その様子を見たリズさんは、不安気になっていた。

 そんなリズさんを落ち着かせていたクレインは優しい女性と分かる。


 さすがはエヴァの師匠。


「ルマルディたちも一緒に戻ろう」

「はい、シュウヤさんも領主の任務を果たされたようで、よかったです」

「上手くいった。ルマルディもがんばってくれたようだ」

「はい、シュウヤさんに指示を受けた通りに、敵は動きました。作戦は成功です」

「……ここで空極とは、驚き。しかし、【天凜の月】の盟主は、傭兵戦術も理解しているのか?」


 リズさんがそうルマルディに聞いていた。


「そうですよ。シュウヤさんは敵の混乱具合を事前に予測していたような作戦内容でしたから、わたしは楽に動けました」

「へぇ……」

「戦場を知るエヴァの男か……噂以上に兵法を知る槍使いでもあるわけか」


 クレインが、俺を批評する。


「なら、ヴィーネのほうも上手くいったようね」

「はい、そのはず」


 ユイとルマルディの会話のあとに、クレインが周囲を見ながら、


「……サーマリア側の被害が多いのも、そういう理由か」

「そうですね。わたしはこの辺りで、遊撃部隊&陽動。ジョディさんは敵の背後を突く役回りでした」

「【天凜の月】はオセベリア王国側に付いたということなのかイ?」


 と、カリィが聞いてくる。


「今は、一時的にだが、そうなるだろう」

「そっか」

「ボサボサ髪の男は、本当に仲間なのか、不気味な奴だが……」


 アルルカンの把神書が呟く。

 ルマルディは不安気だが、ユイは『大丈夫』と笑顔で頷いていた。

 

 隣のレンショウが睨みをカリィに利かせる。

 そのカリィは、睨みを無視。


 悪態笑顔カーススマイルのままアルルカンの把神書に、ゆらりとした動きで近づいた。


「……へぇ、喋る魔術書? 魔造書の部類かな~?」

「おい、触るな」

「……珍しい。魔力もあるし精霊か何かかイ?」

「俺はアルルカンの把神書だ」

「そうか。アルルカンの把神書。君も強そうだ♪」

「……カリィ、喋りはそこまでだ。油断をするんじゃねぇ、ここは戦場だ」


 二つの呼気バルブから出る魔の息が、不気味だ。

 魔煙草や沸騎士の蒸気か煙に近い。

 戦場とはいうが、油断とは、リズさんのこともあるだろう。


 リズさんは、時々、カリィに対して、けしかけるように小石を飛ばしていた。


 そんな調子で俺たちは大通りを進む。

 途中、傭兵とサーマリア軍の兵士が襲い掛かってきたが、

 レンショウとカリィが、迅速に処分してくれた。

 わざとらしく、鉄扇から魔力の刃を出しているレンショウ。

 カリィは<導魔術>で、短剣をこれでもかってぐらいにジャグリングしながら、複数の敵を確実に倒していく。


 わざとらしく力を披露する二人。

 要するに、雇え?

 ということか。


「ンン」


 先頭の黒豹ロロが周囲を確認。

 

 そのままコンサッドテンの陣地に帰還。

 一般市民の数は最初に比べたら明らかに多い。


 そして、ハイム川にせり出した陣地の南側に碇泊船が増えている。

 メルとシャルドネが手配した通りか。


 レベッカとヴィーネが近寄ってくる。

 やや遅れてジョディとキサラが戻ってきた。

 

 俺はジョディとキサラに手を振ってから、前にいるレベッカに向けて、


「ただいま」


 と、片手を上げて挨拶。


「お帰り、ゲンザブロウさんとアイさんね。傷があったようだけど」

「もう大丈夫です。シュウヤさんに救われた」

「うん、皆の戦闘を止めてくれた。そして、階段で格好いい槍武術を見せてくれた!」


 と、貫頭衣が可愛らしいアイが叫ぶ。

 口元から魔の糸が蠢いているが、それ以外は可愛らしい女性だ。


 レベッカは『ふーん』と鼻を鳴らすような表情から、ジロッと俺を睨む。

 なぜ? と、リズさんとクレインを見たからだろう。


「実力的に分かっているが、レベッカに怪我はないんだな?」

「うん。もちのろんよ!」

「よかった。今回はジャハールをメインに使ったのか」

「うん。蒼炎で派手に攻撃もできたけど……ね。サーマリア軍と傭兵には恨みはないから」

「そっか」

「それより、一般人の女性と、子供たちに老人を救えたの。戦場は不安だったけど来て本当によかったわ……でも、お婆ちゃんを路頭に迷わせる戦争って大嫌いよ! だからオセベリアもサーマリアも嫌い!」

「にゃおお~」

「あ、ロロちゃん――」


 怒ったレベッカは相棒に押し倒されていた。

 ふがふがと顔を舐められまくるレベッカ。


「あははは、ロロちゃん、くすぐったいいいい」

「ンン、にゃ、にゃおお、にゃ~」


 和む。


「シュウヤ様、お待ちしてました。大勝利です」

「あなた様! わたしは敵を撃破し、アイテムをたくさんゲットしました!」

「ご主人様、お帰りなさいませ、事前に予測していた通り敵が動きました」


 キサラとジョディにヴィーネが報告してくる。

 縦横無尽に活躍したであろう簡易指揮官を任せたヴィーネに、


「ヴィーネ、経緯を軽く頼む」


 と、説明を求めた。

 ヴィーネは胸元に手を当て、


「はっ!」


 と、威勢のいい声を発してから、ラ・ケラーダと似たハンドマークを作る。

 そして、


「主要な大通りのオセべリアとサーマリアの正規軍同士の戦いは拮抗。傭兵の小競り合いを制したわたしたちは通りの死角に潜伏。幅の狭い通りのコンサッドテンの部隊を突破したサーマリアの歩兵連隊を、わたしとキサラとレベッカが地上で出迎えて、敵の裏にルマルディとアルルカンにジョディが回り、通りの狭さを利用しつつ挟撃を実行――これを撃破。そして、反対側の大通りから迫った魔法使いの連隊を、アルルカンの把神書が出したロルラードとわたしの『金属鳥いざーろーん』を使ってこれを撃破、続けて、わたしたちは、コンサッドテンの軍をフォロー。コンサッドテンの荒くれ部隊が突出し、間延びした横側を狙う敵の騎兵隊を、闇精霊ハンドマッドを使い、動けなくした隙を突いて撃破。最後に出現した傭兵の伏兵には、各個人が対処。わたしは翡翠の蛇弓バジュラを用いて遠くから狙撃。この伏兵も撃退しました」


 ヴィーネの報告を受けて頷く。

 エヴァは紫魔力を体から出しているから直ぐに分かった。

 エヴァは、一般市民をエヴァが作ったであろう金属の簡易シェルターの内部に誘導していた。優しいエヴァだ。

 エヴァは俺たちが戻ったと分かると飛翔してくる。


「ん、人数が増えている、任務達成! あ……え? せ、先生?」


 クレインを見たエヴァは動揺して足の金属を崩壊させてしまう。

 この場合は、俺もクレイン先生と呼ぶべきか。


「……エヴァ」


 クレイン先生の言葉を聞いたエヴァは、体と顔を震わせる。

 気を失うように、そのまま地面に倒れそうになった。


 俺は即座にエヴァの下に移動――。

 エヴァを抱く。


「――エヴァ、大丈夫か?」

「うん、びっくりして、でも……ほ、本当にクレイン先生なの?」


 そう俺に聞くエヴァは、紫色の瞳が揺れている。

 あ、涙が……。

 俺に訴えかけるような視線だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る