六百九話 シャルドネ・フォン・アナハイム
「その用心棒たちとは、地下オークションで手に入れた人材たちで?」
「……いえ、ミカミ・ゲンザブロウと、アイは、
シャルドネは再会の意味を込めているのか。
昔、俺に告げた言葉で、意味のある言葉を伝えてきた。
「
俺がそう聞くと、微笑むシャルドネ。
細い目をサメとキーキに向けると、頷く。
部屋の入り口付近で待機していた二人は、そのシャルドネに対して「「ハッ」」と返事をして会釈。
サメとキーキの二人は、スタスタと歩いてシャルドネの背後に回った。
サメはシャルドネに耳打ち。
シャルドネは俺たちを見据えながら、そのサメに対して視線を向けずに頷く。
そのまま広げていた扇子を閉じたシャルドネ。
片手に持った扇子をサメに預けて、フリーハンドとなった両の掌を貴族らしく叩く。
乾いた音が部屋に響いた。
「――リヒター? あの槍使いです。警戒を解きなさい」
「ハッ」
シャルドネの声と手の叩く音に反応した、その声の主の位置は、本棚の間だ。
その本棚の間から、大柄な男がすっと現れる。
シャルドネはサメから扇子を受け取りつつ、
「こっちにいらっしゃい」
と、大柄な男を呼ぶ。
「はい」
大柄な男は静かな声で返事をすると、どかどか音を立てながら近寄ってくる。
その大柄な男は金髪に端正な顔立ちで、カールした顎髭だ。
首に小さい鰓? 肩幅があるし、人族と魚人のハーフかな?
変わった軍服風の防護服。
続いて、同じ軍服を着る者たちも、部屋の隅から姿を見せる。
ベニーは、リヒターという大柄な男を見て顔色を変えた。
リヒターは裏社会で名の通った傭兵部隊の隊長とか?
そう予想しながら、掌握察を実行。
部屋の魔素の反応を窺う――。
……
てっきりシャルドネとの契約は、まだ続いていると思っていたが、切れている?
黒き戦神と同じ戦争の別件か、または、仲間の下か?
カリィは、サーマリア王国にアルフォードという名の仲間が潜入しているとも言っていたからな。
ガスマスク系の防具が格好よかったレンショウもいない。
そのレンショウとカリィとアルフォードのグループは、サーマリア王国のロルジュ公爵の戦争任務を請け負っている可能性もあるか。他にも……。
セナアプアの評議員たち。
サーマリアの各都市の大商会。
ナナを追ったキーラ・ホセライのグループ。
ペルネーテ以外の都市には手を出している闇の八巨星のグループ。
ビヨルッド大海賊。
などの諸勢力から、金払いのいい暗殺任務を請け負った?
クナのセーフハウスもあった【名もなき町】の【闇の妓楼町】では、大海賊の幹部でもあった邪道流の門弟を殺したカリィだ。
その邪道流の総本山がある呪い島ゼデンから、カリィに対して、なんらかの追っ手が向かうと、カルードたちが指摘していた。戦うことが好きな一面もあるカリィだから、その呪い島ゼデンに向かった可能性も? これはないか……。
金が必要なら、この戦争に関する暗殺業のほうが稼げるだろうし。
いくらカリィが好む強者がいても、その呪い島ゼデンに大金になり得るような代物がない限り、自ら島に向かう可能性は低い。
と、なぜか、リヒターと傭兵部隊より……。
あの変態のボサボサ頭のことが、気になった。
ま、そのカリィとも、このヘカトレイルで出会ったからな……。
俺は目力を意識しつつ、シャルドネに、
「……その新顔たちが用心棒ですか」
と、尋ねた。
「そうです。この部屋は特別な魔法を宿した
左手を見せるシャルドネ。
傷を負っていた。
高級手袋はない。血が滲んでいる魔力を宿した包帯を手に巻いていた。
暗殺者から、回復が遅れるほどの呪い系の傷を受けたのか。
「ですから! シュウヤさん? 今日、今すぐ、婚姻、致しましょうか」
「なんで、そうなるの!」
ユイが叫ぶ。俺も叫びたい。
シャルドネは、ふふっと笑って、
「あら、冗談ですわよ」
そう喋ると、傍で黙っていたキーキが、
「当たり前です!」
と、発言。
なんか、懐かしい。
昔、俺に『ハイダラーッ』と叫んで吶喊してきた可愛い獣人さんだ。
エヴァの家族であるリリィと似ている。
更にサメも、
「お嬢様? 我々の心臓を止める気ですか?」
「ふふ、分かっていますわ。サメとキーキの心臓が止まったら困りますからね」
「……しかし、シャルドネ様が傷を負うとは、ヒュアトス以外にも優秀な手飼いの者を持つ諸侯が居たようです」
と、傷を見ながら、指摘する。
「はい。だからこその用心棒と傭兵部隊です。【
シャルドネは、リヒターたちへと、腕を伸ばす。
確かに、この集団は優秀そうだ。
俺は頷いてから、
「サーマリアとの戦争はオセベリア有利と聞いています」
と、戦争のことを聞いてみた。
「いえ、拮抗状態。最近では七分三分負けている」
「……それは知りませんでした。西サーマリア地方の各地に橋頭堡を作ることに成功しては、古都市ムサカの半分を占領。更に、東のレフハーゲンにまで進出した。と、聞いていますが」
「当初はです。今は、まさに虎頭蛇尾な状況です」
序盤は成功したが、あとから劣勢か。
しかし、メルとヴィーネにユイとエヴァに、『戦争は有利って聞いたよな?』といった意味のアイコンタクトを向ける。彼女たちも、『うん、知らない』といった感じで、頭を振る。
すると、シャルドネの側近の白髪が目立つサメが、
「シュウヤ様、深謀遠慮のあるシャルドネ様の言い分は、あくまでも完璧に勝利を目指す方の言い分であって、戦争は有利に運んでいます」
と、フォローしていた。
「サメは、そう言ってくれますが……わたしの知恵が足らなかった、浅謀ゆえの愚計が原因で敵に後れを取ったことは事実なのです。サーマリア王国には、ただの盗賊ギルドではない【ロゼンの戒】を支配するロルジュ公爵がいます。更に……ヒュアトスと違い、能ある鷹は爪を隠すではないですが、力を隠すことが得意なムカツク王太子もいたようです。だいたい、レフテンもサーマリアと手を結ぶなんて!」
シャルドネは途中から苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
イライラするように扇子を閉じたり開いたりして、自らの掌を、その扇子で叩く。
鼻息も荒いし、こりゃ、相当悔しかったようだ。
「お嬢様、仕方がないかと。ザムデ宰相がネレイスカリ姫に後れを取り、サーマリアと呼応するとは……我らにしてみれば、思いも寄らない出来事ですから」
サメがそう発言。
策士の女侯爵シャルドネの裏をかいたサーマリアの王太子は優秀そうだ。
自ら戦場に出ているところからして、勇気と判断力に武力もある。
配下にも騎兵と魔法使いを運用している優秀な軍師が居ると、メルから聞いたが……その軍師だけでなく、李衛公問対の李靖、猫好きで、島津の退き口の島津義弘、呂布、ワレンシュタイン、関羽、鬼日向の水野勝成、護国卿のオリバー・クロムウェル、韓信、カール大帝、張飛、鬼武蔵の森長可、趙雲、黒太子エドワード、岳飛、真田信繁、信義を重んじる加藤清正、などの超がつく優秀な武将的存在がいるんだろうか。
どちらにせよ、シャルドネを相手に負け戦だったところからの挽回戦をモノにしたんだ。諸葛亮か官兵衛か不明だが、優秀な軍師を扱える王太子ソーグブライトとは、曹操や織田信長のような存在なのかもしれない。
そう思考してから、
「……そっか。先の言葉に繋がりますが、だからこその、優秀な者たちですか」
と、呟きつつ、シャルドネではなく、大柄な男のリヒターを凝視。
彼の双眸は、黄と蒼が混じった色合い。
片方だけ魔力を有する。
双眸の色は同じだが、その片方の虹彩だけが、船の形という異質な魔眼だ。
その船の形の魔眼は生き物のように、ぎょろっと蠢いて、白目を剥く。
もしかしたら義眼か? 耳朶に竜の飾り。
そして、首と後頭部に、その耳朶と繋がった耳飾りにも見える小さい櫛状の鰓のようなモノがある。
その鰓はあまり目立たないが、後頭部の表面積は少し大きい。
「その通り、さすがはシュウヤさんです。リヒターに興味があるようですわね。渾名は、蕃神リヒター。南の六五大戦を生き抜いた強者。そのリヒター・ハイドリヒが率いる【ゴリアテの戦旗】という名の傭兵集団です――」
シャルドネは腕を振るう。
リヒターに挨拶しなさいという意思を示す動きだ。
「――お初にお目に掛かります、【天凜の月】の盟主様。ご紹介に与りました【ゴリアテの戦旗】を率いているリヒターです」
丁寧に頭を下げたリヒターさん。
彼の配下の者たちも、軍人然とした動きから、礼儀正しく頭を下げてくる。
身が引き締まった俺も、丁寧さを、意識して――。
「――はい、初めまして。名はシュウヤです」
和やかなリヒターさんに失礼がないように、挨拶した。
カルードたちも、俺と同じように礼をした。
頭を上げつつ、その【ゴリアテの戦旗】という傭兵部隊のメンバーを見ていく。
皆、魔力が体から漏れていない。
巧みな魔闘術系技術を持つ。
『閣下、リヒターも強いと分かりますが、隣の女性も優秀そうです』
『副官のような女性か。リヒターよりも、魔力操作が巧みだと分かる。魔法使いだろう』
『はい、腰にぶら下げた魔力を宿した書物は怪しい。表面から淡い赤ちゃんの手のようなモノが……』
『曰くがありそうな魔書。あの中に闇蒼霊手ヴェニューのような存在が棲む?』
『……そうかも知れません。水精霊ちゃんと複数の精霊ちゃんたちの動きを感じますから。他にも、箱のような物を背負う数人が気になります」
確かに……。
【ゴリアテの戦旗】のメンバーの一部が背負う魔力を内包した箱は少し気になる。
『魔力を宿した背嚢のような箱か。背負っている者たちは人族系と思うが……このゴリアテの戦旗とは、混成部隊だな。装備も優秀で、皆が強そうに見える』
他のメンバーの武器は、剣と魔法書が多い。
腰にぶら下げている魔法書は魔造書か。
ベルトのカラビナに紐が結ぶスクロールのような束もある。
総じて、一流の傭兵部隊っぽい雰囲気の【ゴリアテの戦旗】か。
その隊長リヒターさんが、俺を見て、
「【天凜の月】と槍使いとしての名は、シャルドネ様から聞き及んでいます」
「そうですか。槍を扱う武術ならある程度の自信があります」
「……はい」
リヒターさんは、額に冷や汗を掻いている。
なぜ? 俺はシャルドネたちに説明を求めるように視線を向けた。
シャルドネとキーキは少し微笑む。
サメさんは仏頂面。
あの爺さんの装備は前と変わらず。
すると、シャルドネが、
「リヒター、シュウヤ様は気さくな武人様です。緊張せずとも大丈夫」
「はい」
「このリヒターと【ゴリアテの戦旗】は、陸でも海でも【七戒】に見劣りはしないと、【聖魔中央銀行】の役員バミグラスからの紹介で雇い入れましたの。実際、リヒターは暗殺者を処断し、【ゴリアテの戦旗】を率いて、ハイム川を挟んでムサカの対面に位置するハスト伯爵領に上陸したサーマリア陸軍を撃退してくれました」
サメさんも、
「ハスト伯爵領で、共に戦いましたが、まさに如狼如虎の活躍でしたぞ」
へぇ、狼の如く虎の如しか。
確か、『武経七書』の一つ『尉繚子』に出てくる言葉だったはず。
「そうですわ。優れた才能の者たちを得て奮起しているところです」
しかし、聖魔中央銀行?
役員バミグラスって方は、知らない。
すると、ヴィーネが、
「ご主人様、聖ギルド連盟と連携のある巨大銀行の名です」
と、教えてくれた。
そういえば銀行という言葉はちょくちょく耳にはしていた……。
この星の、俺が知る南マハハイム地方の金融機関は、結構発達している。
「聖ギルド連盟か。南のほうにあるのかな、その聖魔中央銀行とは」
「はい、海運都市リドバクアの南方。珊瑚に浮かぶ島々にある自由都市ハイロスンに本部があるとか」
「……さすがはシュウヤ様の側近ですわね、随分と南の地理に詳しい。七つの自由都市を知るダークエルフとは、人魚や魚人に龍人のように、南海に住処があるのですか?」
「いえ、実際には行ったことはありません。資料を見て、覚えていました」
控えめな口調でヴィーネは語る。
「貴重な資料を読んで地理を把握しつつ正確に覚えている。聡明なヴィーネさんですね……ク、いえ、メルさんといい優秀な参謀が多い。シュウヤ様が羨ましいです……」
「恐縮です。ヴィーネは自慢の<
ヴィーネは嬉しそうに頬を緩めると、
「ありがとうございます」
と、礼を言ってくれた。
「ふふ、冗談もほどほどに。引き抜きませんし、できないでしょう。それと、その南方のことですが、わたしはフリュード冒険卿から、色々とお話を聞いています」
聖ギルド連盟の幹部リーンのお爺さんだな。
リーンが死ななくてよかった。
そのことは告げず、
「冒険卿は、晩餐会の時に見かけています」
「あの時ですね。覚えていますわ」
「アーゼン朝の品の話をしておいででした」
「はい、そのアーゼン朝のある大陸の前にも、七つの自由都市がある島々に大陸があると、聞いています。大陸には、騎馬民族が多いとか」
へぇ。南も大陸がたくさんあるんだな。
荒神カーズドロウ・ドクトリンが
「……南の地方も広そうですね。では、聖魔中央銀行に話を戻しますが、その銀行の支部は、ヘカトレイルにも?」
「ありますよ。税金もたっぷりと納めてくれています」
へぇ、税の合法と非合法の境目は難しいと思うが、どうなっているんだろうか。
この世界では……魔法的な何かで、取り締まるとか?
「力のある大商会が裏で暗躍していそうですね」
「ふふ……」
シャルドネはあまり喋らず。
ヘカトレイル後援会のこともあるだろうしな。
秘匿にすべき話がほとんどだろう。
前世の世界で起きた金融戦争で大いに利用されたタックスヘイブンは、この世界にもあるんだろうか。
前世の『パナマ文書』は有名だった。
国に課税があるなら、この世界の大商会たちも、税金回避より資本逃避を優先させて、計画倒産的なことをしていそうだ。
「シュウヤ様の部下の方々にも挨拶をしておきましょう」
と、シャルドネは、ヴィーネに対して頷くと、眷属たちと笑みを交わして会釈。
エヴァ、ヴィーネ、ユイに、メルは知っている。
続いて、カルードの闇ギルドメンバーとなった片腕のゾスファルトをチラッと流し見て、挨拶。
ベニーとマジマーンも見る。
が、睨むような双眸に変わった。
「大海賊の幹部と七戒の幹部が、シュウヤ様の配下に……」
と、呟く。
マジマーンはサーマリアの海軍の特殊部隊に所属もしていた大海賊。
そのマジマーンと争いがあったベニーも【七戒】の幹部。
【七戒】の幹部だったベニー。
暗殺チームを率いて、シャルドネからも対サーマリア戦線の工作依頼を請け負っていた。
彼はセブンフォリア王家に復讐するために、
海図とミホザの
ベニーは【七戒】について知っている情報をメルに語った。
その内容は血文字で知っている。
ブファス、デミゴロという名の【七戒】の幹部がこの地方に来ていると聞いている。
そんな【七戒】と取引していたであろうオセベリアの侯爵であるシャルドネが警戒するのは分かる。
鋭い視線のまま、副長メルに視線を戻したシャルドネ。
再びベニーとマジマーンに視線を向けると、凝視して、二人を睨む。
すると、シャルドネは、側近のサメとキーキに視線を移し、
「二人とも、改めて、シュウヤ様が知り合いでよかったですわね」
「はい」
「確かに」
「ふふ、キーキ、貴女は、このシュウヤ様に……」
「あぅ……すみません」
「ふふ」
キーキは申し訳ないというような表情を浮かべる。
「キーキさん、気にしてませんから」
「ま、シュウヤ様ったら、お優しいこと」
と、微笑むシャルドネ。
そこからシャルドネは、ルマルディに視線を向けた。
「……どなたかしら……でも……」
ルマルディの傍で浮かぶアルルカンの把神書も見る。
「初めまして、名はルマルディです。シュウヤさんとは知り合ったばかり」
「そうですの? 優秀な魔法使いだとは分かりますが」
と、サメを見ると、サメは頭を振る。
シャルドネは、「そう……」と短く呟きつつ、再びアルルカンの把神書を見る。
アルルカンの把神書は「よう、狐のような人族女よ、シュウヤは俺の友だぞ、手は出すな」と発言。この言葉を聞いた部屋の皆が驚いて目を見開く。
シャルドネは……口元に扇子を広げて、
「まぁ、面白い。珍しい魔術書ですね」
と、短く呟いてから……。
扇子を閉じて、クナに視線を向けた。
シャルドネは何事もなく俺に視線を寄越した瞬間――。
『――え?』と、驚いたシャルドネ。
もう一度、クナを見る。
また、俺に視線を向けて、すぐにクナに視線を戻し、
「やはり、本当の!」
と、驚きながら、扇子を落として、その扇子を拾って、クナを見上げる。
え? え? といったような表情を繰り返すシャルドネ。
言っちゃ悪いが、笑ってしまった。
俺の笑った表情を見たシャルドネは視線を鋭くさせて口元を白い扇子で隠すと、
「……シュウヤ様も新しい人材を手に入れたようですわね。しかも……クナは生きていると報告を受けて、俄に信じられませんでしたが! クナさんらしき女性は、本当に暗黒のクナさんですか?
「はい~♪ シャルドネ様、お久しぶり。転移陣の取引以来かしら?」
「昔を思い出します。本当に生きているのですね」
「シャルドネ様、わざとらしく驚いていますが、分かっているように死んだクナは偽物です。本物のわたしは、この通り、元気ですから!」
「……その言葉と雰囲気は、間違いなく本物のクナさんですわね……しかし、サメ? 聞いていませんが」
シャルドネは側近のサメを責めるように睨む。
「そのようです……情報は錯綜し、限られた中でしか分からず、面目なく……」
すると、キーキがシャルドネの耳元で、
「……お嬢様、クナの店の内部にあった扉は、専門の魔鍵師を利用しても開かない扉……」
と、小声でごにょごにょと話を続ける。
シャルドネもキーキに対して頷く。
「そうですわね……
「はい」
キーキは頷く。
サメさんは頭を垂れたままだ。
シャルドネは、
「サメ、不満はありますが、今回は不問にします。それに、シュウヤさんと本物のクナさんと、また、こうして出会えたことに繋がりましたから」
「はい」
サメに対して、微笑むシャルドネ。
そのシャルドネは貴族らしくゆっくりとした顔の動きで、細い顎を斜めにしながら、クナを凝視。
「それで、本物のクナさん? 稀少種はセシリーにあげてしまいましたが、大丈夫ですわよね?」
クナは額に青筋を浮かばせて、
「大丈夫ではないですね。ゴールドグリフォンはシュウヤ様に献上すべき品でした」
「……怒らないでほしいですわ」
と、恐がるシャルドネだが、わざとらしい。
俺はクナに向けて、
「クナ、その話は終わったことだ」
「しかし……」
「いいから、黙れ」
俺の強い言葉を聞いたクナは嬉しそうに体を火照らせる。
更に、体を震わせて、失神しそうになると、エヴァが支えた。
ユイとヴィーネとキサラは、クナのことは気にせず【ゴリアテの戦旗】のメンバーたちを凝視。
ルマルディは黙って見ている。
アルルカンの把神書はルマルディの足下にいた相棒とじゃれて遊んでいた。
……さて、世間話をしにきたわけじゃない。
「そろそろ、本題に入るがいいかな」
「えぇ、勿論」
俺は睨みを強めながら、
「今回の用事は樹海の新しい街についてだ」
ゼントラーディ伯爵様のことは告げない。
「その案件は、不確かな情報……いったいどこで……」
「当然だ。樹海の未開の地を切り取ったのは、俺たちだからな」
「……え? シュウヤさんたちが、切り取った……」
シャルドネは驚くが、虞を抱いたような面を見せる。
「新しい街の名はサイデイル。そのサイデイルの女王は、俺の眷属のキッシュだ。正式な名は、キッシュ・バクノーダ。だから女王キッシュ・バクノーダとなる。そして、この場に、メルたちが居るから推測はできていると思うが、第二王子ファルス殿下とアルゼの街の領主代行に、この話は通してある」
「推測? 眷属の、女王キッシュ?」
疑問めいたニュアンスで語るシャルドネは、再び、サメに視線を向ける。
「知りません。ヒノ村が潤ったとは報告にありましたが……」
サメの言を聞いたシャルドネ。
俺とメルを交互に見ては、ハッとした表情を浮かべて、
「……なんという知的さ。なるほど、すべて……つじつまが合います……」
【天凜の月】の背景を読んだようだ。
「分かってくれたら話が早い」
「しかし、シュウヤさんの眷属が女王とは不可解ですね。眷属とは部下と同じようなモノでしょう? その大本のシュウヤさんが、そのサイデイルの領主ではないのですか?」
「俺は、上に立つ器ではない」
「そうでしょうか……」
「樹海の奥地にあるサイデイルは、元々エルフたちが暮らしていた地で、キッシュの故郷のサイデイルの村があった場所なんだ。そのサイデイル村は、魔竜王によって滅びてしまったが……その村の出身のキッシュは生きてヘカトレイルで冒険者活動を続けていた。そのキッシュは魔竜王討伐の決起集会にも参加して、俺と一緒に魔竜王戦に挑んだ。その魔竜王に吹き飛ばされて傷を負ったのもキッシュ……魔竜王を討伐したあとも、村の再建を諦めずに、身寄りの無い子供を受け入れ、戦力が乏しい中……ヴァンパイアの勢力に子供を誘拐されたりオークや樹怪王の軍勢と戦ったりと、サイデイル村でがんばり続けていたんだ。そして、樹海で虐げられていた人々を厳しい状況のサイデイル村に受け入れる優しいキッシュ……俺はそれを手伝ったに過ぎない。だから、彼女こそが、サイデイルの領主に相応しい。偉大な英雄で、凛凛しい重騎士様なんだよ」
シャルドネは沈黙。
ゆっくりと頷いてから、
「……まぁ、なんということでしょう……胸を打つお話です。隠れた英雄がまた一人……」
「なるほど、エルフの英雄が。樹海の一部にエルフの地があったのですね」
シャルドネの側近のサメがそう喋る。
俺は同意するように頷いて、
「キッシュの祖先は、ベファリッツ大帝国と繋がるエルフの一族でもあったようだ」
「……それでは、女王キッシュ様の血筋とは、古いエルフの一族? 北のテラメイ王国のような?」
「たぶん」
そう喋った俺は、メルと視線を合わせて、頷き合う。
「ということで、シャルドネ様。樹海の地を切り取った理由は分かってくれたかな」
「はい」
「だが……その件で、オセベリア王国の貴族の一部の方々と、会合があったと聞く……」
俺の表情を見たシャルドネは強ばり、ゴクッと唾を飲み込む音を立てた。
キーキとサメも怯えた面を作る。
腰の武器に手を当てた。
「……そ、そうですね。当然、知っていますよね……」
リヒターたちも緊張したように腰を沈める。
剣呑な雰囲気となったが、俺がアルカイックを意識して、微笑むと……。
シャルドネは『ふぅ……』と、息を吐いて、
「……貴族の会合はありました。その樹海の新しい地を巡る領有権の主張です。ですから、今、この瞬間に、わたしは、その新しい地のサイデイルから手を引きます! ただ、ヒノ村はヘカトレイル領ですので、当然、わたしたちの商会も関わってきますが、よろしいでしょうか」
機転が早い。
「勿論、互いの利益に繋がることなら協力をお願いしたい。キッシュの願いも平和です」
「はい! よかったです……わたしは陸軍派の筆頭と、言われていましたが、もう、第二王子派の筆頭のつもりですから! あ、ではキーキ、棚の書類を、メルさんに渡しなさい」
「はい」
「それは?」
「先日の会合の書類です。わたしも派兵を決めていましたが、ぜったいに、派兵はしませんので、無視をして結構」
シャルドネがそう喋っている間に、キーキから書類を受け取ったメルは、その書類に目を通す。
メルは素早くアイコンタクトを寄越す。
書類に、驚くことは何もない。という感じで、頷いた。
副長として、メルが把握していた貴族情報と同じ。
ということだろう。
「……では、火の粉はこちらで勝手に払うが、構わないんだな?」
「ご自由に。わたしの権限は有に超えています。ルーク国王と王宮側が、独自に動いてくるとは思いますが……それすらも、シュウヤさんには、掌上に運(めぐ)らす出来事なのでしょう?」
メルやクナに眷属たちをチラッと見ながらの言葉だ。
ヴィーネは満足そうに頷く。
クナは唇の近くにあるほくろに人差し指を当てて、俺を凝視。
すぐに唇を窄めてチュッとした動きをしてくる。
俺は視線を隣のエヴァに向けた。
エヴァもクナの真似をして『んっ』と、チュッとしてきたから、笑ってしまった。
いかん、と、真面目モードに変わって、シャルドネを見てから、
「……一般的な予想ならつきますが、買い被りすぎかと」
「やや傲慢に出るべき交渉時にも、謙虚さを貫く。実にシュウヤ様らしい言葉です」
「……智略に富む武人。まさに英雄の槍使いですな……」
サメさんまで。
「真顔で褒められると照れます」
「ふふ……褒め殺しですよ。今は、サーマリア王国と戦争中なんですから……」
戦争中か……。
褒め殺しとはっきりと言う辺りシャルドネも素直だな。
いや、それだけ本気ということか。
シャルドネはマジマーンとベニーをチラッと見て、また、ため息をつく。
……さて、樹海の件の話は通した。
「それでは、商会を通した委細は、副長のメルと詰めてください。俺は帰ります」
細かいことはメルとレイに丸投げだ。
黒猫海賊団の東のハイム川の進出、港の件についても、話し合うことだろう。
レイ・ジャックの荷物だったセリス・ハイネス・ローデリア。
ローデリア王国の第二王女様も、サイデイルにずっと居るわけじゃないことはメルも予想済みだ。
自前の海軍ではないが、ローデリア海に出やすい環境は整えないとな。
「待ってくださいな」
「はい? なんでしょうか」
シャルドネに引き留められた。
「もう、いけずですね。戦争のことに決まっているでしょう」
「【天凜の月】に対しての仕事ですか? 第二王子派としての?」
「両方です。と、強く言いたいですが、お慕いしているシュウヤ様だからこそ……強者のシュウヤ様だからこそ頼めることなのです。そして、シャルドネ・フォン・アナハイムからの正式なお願いでもあります」
「頼めること……とは」
「はい。では、リヒターたち、下がりなさい」
「ハッ」
【ゴリアテの戦旗】のメンバーたちは、ぞろぞろと部屋から出ていく。
シャルドネ側はキーキとサメだけだ。
俺たちを信用しているという意思表示か。
シャルドネは、俺に一礼し、
「頼めること、と言いますか……お願いしたいことは、二つあります。それは、救ってほしい小隊と橋頭堡があるのです」
「小隊と橋頭堡……」
「はい、小隊は……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます