五百九十九話 魔女ノ夜会集

 

 黒猫ロロの頭部と背中を撫で撫で。

 耳も引っ張ってのマッサージ。

 耳が引っ張られた相棒は気持ちよさそうに、頭部を俺に預けていた。


 可愛い。

 その黒猫ロロに向け、


「で、肩に来ないのか?」

「にゃご~」


 少し怒ったような鳴き声だ。あ、そうだった。

 <霊血装・ルシヴァル>を解除。 

 黒猫ロロはこれが嫌いだった。


 その相棒は黒豹の姿に変身。

 長い尻尾でビンタするように俺の足を叩く。

 そして、後脚を見せつけるように尻尾を立てた。

 フッサフサの尻毛を震わせる。


「オシッコは出すなよ?」

「ンン、にゃ~」


 黒豹のロロディーヌは返事をしながらミレイヴァルたちの足下に移動。

 ミレイヴァルの足に頭部と背中をゴロゴロと喉を鳴らしながら、なすり付けていく。


 俺は魔槍杖と神槍を消去。

 人差し指と中指に魔力を込めて眼前に揃える。

 片手で拝むポーズから『サラテン、戻れ』と強く念じた――。


 有無を言わせず、神剣サラテンを左の掌に格納。


 そのまま左手を払い――掌握察。

 魔力の波が三百六十度の方角に飛んだ。


 偵察を兼ねた魔力の警戒網を敷く。

 刹那、地下に不自然な魔素の気配を感じた。


 十~百メートルの範囲に薄まったり強まったりと、地面だから分かりづらい。

 地下水脈か空洞でもあるのか?

 土を踏みしめつつ、ミレイヴァルたちの下に移動した。


 黒豹ロロはミレイヴァルの足に、髭ごと頬を擦りつけている。

 耳も当てていた。

 しかし、黒豹ロロは耳の毛が、急にくすぐったくなったらしい。

 後脚の爪先を耳の中に入れて、その耳の中の毛を掻く。

 頭部を傾けて、「ンン」と喉声を発しつつ、耳のゴミを、爪先で器用に払うように耳の中をカキカキと、掃除を始めた。細かい毛が舞った。

 が、イモリザを見て、黒豹ロロは掻くことを止める。

 そのイモリザの下に移動。四肢を使って跳ねる。

 

「――神獣様♪ 一緒にふふーん♪ 『使者様、音頭、勝利の舞』♪」

「にゃ~、にゃ、にゃ~」


 後脚で立った相棒。


 ご飯をねだるように両前足を上下させた。

 あれでダンスのつもりらしい。

 黒豹の渋い獣の顔で、おどけているから、これまた面白い。

 相棒とイモリザの陽気なダンスか。戦場とミスマッチすぎる。

 そんな黒豹ロロとイモリザに、


「相棒とイモリザ。悪いがダンスは止めだ。イモリザは、左の警戒を続けろ。骨種族とアニュイル人は争っている」


 イモリザは俺の声と態度から察したのか、さっと腕を上げて、敬礼。

 ネコネコダンスを踊っている相棒から離れた。


「――了解です。では、ダンスが上手な神獣様とミレちゃん、わたしは左の偵察に向かいます!」

「はい」

「にゃ~」


 略されたミレイヴァルは微笑む。

 黒豹ロロも笑みを浮かべたように鼻先を向けた。

 髭をヒクヒクと動かしつつ、触手の裏の丸い肉球はんこを見せての挨拶。


 イモリザは小さい顔を傾けて、ミレイヴァルと相棒にウィンクを返す。

 同時に髪を鶏冠花と似た髪形へと変化させた。

 髪を変えたイモリザは腕を下に向ける。

 十本の黒爪で、地面を突く――と、瞬時に夜空に体を運ぶ――。

 少し機動が速まったようにも感じた。花の髪形が櫛で梳かれたように靡く。

 光沢した綺麗な銀髪は、ヴィーネと似て美しい。

 その靡く銀色の髪を翼に変化させた。きょろきょろと頭部を動かしつつ偵察を始めた。

 あの頭部だけを見れば陽気な渡り鳥。

 しかし、地面に黒爪を突き刺しつつ進む動きはアメンボか蜘蛛の足のようだ。


 胸元も小さく膨らんでいるから新種の妖鳥ハーピーにも間違えられそう。

 ここでは奇怪イモリザとして名が有名になるかもしれない。

 ま、偵察は任せよう。

 そして、撤退したように見えるウェーズ・ドルライ会。

 実は<隠身ハイド>を超えた隠蔽術を持つかもしれない……。


 地下に怪しい魔素の動きがあった……。

 陥没した地面を凝視。

 すると、ミレイヴァルの背後にいる美人さんのルエルさんが、俺を見て、


「霊槍使い様。助けてくださいまして、ありがとうございます!」


 元気のある声でお礼を言ってきた。

 <鎖>で絡めて強引に助けたが、傷は負っていない。

 そして、美しい表情を作る顔は人族の美人女性と近い。

 が、要所要所に骨種族の皮膚と骨の動きがある。


「助けることができてよかった。しかし、ルエルさんのお仲間を殺してしまった」

「……お気になさらず。金手骨使いワイティワンも炎頭巾ユへザも自業自得。しかし、骨影手フーディはどこに……」

「骨影手フーディとは、ワイティワンと同じような奴ですか?」

「どうでしょうか。あまり話をせず、不気味でわたしたちの仕事を見ていることが多かった。そして、奇怪フィナプルスと戦っている最中に行方不明に……」


 下の怪しい魔素はそいつか?


「ワイティワンのような存在は他にも?」

「はい、残念ながら多数派です」

「仲間といいますか、親しい者は部隊にいなかったのですか?」

「親しい存在は……ご存じのように、わたしを、いつも厭らしい目で見ていた男たちばかりでしたので、いません……」

「ルエルさんを嬲った奴らか」


 ルエルさんは体を震わせる。


「奇怪フィナプルスとアニュイル人との連続した戦いが理由でしょう。戦場は、常に死と隣り合わせな状況が常。仲間の突然死は、いくら精神力や再生スキルがあろうとも堪えられない事が多い」


 あんなことをされても仲間を思うルエルか。


「他のメンバーは?」

「ウェーズ・ドルライ会以外の部隊もいました。ですので、わたしが知り得ないドルライ人の上層部……王族が絡む見知らぬ部隊が潜んでいる可能性はあります。魔骨相秘術の使い手を採用するライメル様と魔骨相秘術を忌み嫌うヒミル様の朝廷内部の権力争いは有名。霊槍使い伝説に登場する【魔女ノ夜会集】を懐疑的に見ている存在も多数内部にいるはず。そして、アニュイル人たちとの戦争は、局地的ではなく、至る所で起きていますから」


 王族……。

 ワイティワンもそれ絡みか。


「……強かったワイティワンとルエルさんはどういう?」

「…… 金手骨使いワイティワンは自身の野望のため、奇怪フィナプルスとアニュイル人の撲滅を理由に、魔骨相秘術の儀式を推し進めようと必死でした。激戦の中でも一際活躍していたドルライ会の大隊長の一人です。炎頭巾ユへザもその部下。他にもアリワン様という大隊長がいます」


 ルエルさんは周囲を見る。

 彼女と同種族のウェーズ・ドルライ会のメンバーの死体だらけの状況だ。

 アニュイル人の死体も多い。

 それでいて、その戦争相手のアニュイル人の局所的な勝利。


 ルエルさんは状況を把握し顔色を悪くした。


 そんな彼女に名前を告げる前に……。

 ここに長いするつもりはないことも告げないと……変に期待させるのも酷だ。


 そして、霊槍使いとしての召喚だが……。

 俺の現在の戦闘職業は霊槍印瞑師。


 だから俺が霊槍使いと言われたら、そうなのかもしれないが……。

 フィナプルスの夜会の魔術書を実行したからこその、この結果。


 あえて、否定しとく。


「ルエルさん。言いにくいが、俺は伝説の霊槍使いではない。槍使いだ。元の世界にすぐにでも帰る方法もある」

「帰る方法?」

「そう。召喚に応じたわけではなく、俺たち自らこの世界に来訪した。と言えばいいか」

「え? ですが……魔術書にある通りに魔骨相秘術を実行し、召喚ノ魔術も発動しました。霊槍ノ御使い召喚ノ儀は正しく作動したのです」


 ワイティワンの部隊も最初に語っていたな。

 しかし、召喚か……。


 偶然、霊魔神殿の召喚と同じタイミングで、俺がフィナプルスの夜会を実行した?

 偶然、ユイがガルモデウスの書をアドリアンヌからもらっていた?

 偶然、クナが我傍の力が宿る魔法実験室に案内した?

 偶然、リャイシャイが死ななかった?

 偶然、が多すぎる。なんの因果関係もないと言えるのか?


 すべてが必然に思えてきた。

 原理は分からないが、便利な言葉だがタイミング的に運命って奴だろう。


 脳内に『ベートーヴェン作曲の交響曲第5番ハ短調』が流れる。


「……まずは名乗っておく。名はシュウヤ。黒豹は神獣ロロディーヌ」

「シュウヤ様と神の獣……ロロディーヌ様」

「ルエルさん。できれば気軽にシュウヤと呼んでほしい」

「では、シュウヤ様と。わたしもルエルと呼んでください」

「分かった。ルエル。で、他にも聞きたいことがある」

「はい。なんでも聞いてください」


 ルエルの美しい女性らしい表情を見て、頷く。

 霊槍使いのことを聞くか。


「霊槍使い様とは?」

「わたしの師匠が愛用した【魔女ノ夜会集】という魔術書に載っている伝説です」

「師匠……」

「はい、魔骨相秘術の達人【古魔女ソーサリティ】」


 魔女ノ夜会集と古魔女ソーサリティか。


「魔術書は曰くがありそうだ」


 アルルカンの把神書のほうを、チラッと見た。

 すぐにルエルに視線を戻す。

 ルエルもアニュイル人とアルルカンの把神書を見ていた。

 アニュイル人を見て、恐がるように体が震えていく。


「今は大丈夫。できる限りは守るよ。何事も限界はあるが」

「はい、命を救っていただけただけで十分です」 


 お礼を言ったルエルは、俺をジッと見て、


「……魔術書の魔女ノ夜会集を見たいですか?」


 と、聞いてきた。


「見たい」


 そう言うと、ルエルは骨を赤らめる。

 恥ずかしそうな表情……。

 同時に、何か決意したように目力を強めた。


 なぜ?


「……恥ずかしいですが、お礼にできる限りのことはします……今、魔骨相秘術で出しますから……シュウヤ様だから、見ててほしい」


 ルエルの頬が、ポッと点滅するように赤く染まる。

 しかし、恥ずかしい?

 魔骨相秘術を使用したのか、その赤くなったルエルの顔とローブが橙色に輝く。

 魔術やスキルも発動したのかもしれない。

 魔力が増加していく。

 ローブから露出している胸元と腕先と足の骨が橙色に。


 夕日を浴びたような色合いだ。


 その直後――え?


 ルエルのローブの股間に近い大事な部分が透ける。

 その透けたローブが内側に窪むと、


「あん、こ、これです――」


 その悩ましい声にも驚くが……。

 窪んだ下腹部から、フィナプルスの夜会と似た魔術書がニョキッと現れる。

 その窪んでいる縁から骨粉のような塵が散った。


 魔術書を出したルエルの表情は恍惚としている。

 ……下腹部が天然のアイテムボックス?

 アイテムボックスではなく、カンガルーの有袋類系の能力を持つのか?


 ルエルは、下腹部から出た骨の塵が付着する魔術書に手を触れる。


「あぅ――」


 と、大事なとこが振動したのか、感じた声を発した。

 下腹部から骨粉の塵を散らしながら、その魔術書を取り出す。


 卑猥さのある窪んだ部分は、チュパッと音を立て、窄むように元に戻った。

 ルエルの魔術書を持つ手は震えている。


「これが魔女ノ夜会集です」

「――大丈夫か? 別に無理強いしたわけではないが」


 俺がルエルに近づくと、彼女はビクッと体を震わせる。


「――あぅ、はぁはぁ……これは魔骨相秘術の一部……大丈夫ですから……」


 と、息遣いがエッチだ。


「だが……」

「いいのです。シュウヤ様は命の恩人に変わりないのですから……それに……」

「ならいいが……」


 深くは聞くまい。

 まずは、その魔術書のことを聞くか。


「その魔術書に載っている伝説とは……無理しない範囲で教えてくれるかな」

「はい……では、少し恥ずかしいですが、聞いてください。魔女ノ夜会集:五章:霊槍ノ御使い召喚ノ儀……」


 魔女フィナプルスが生まれし夜。

 世界に魔十字の兆しと新たな魔力が出る。

 新たな吉兆の魔力は世界に豊潤を齎す。

 吉兆はまがい物を生み出し奇怪が世界を覆う。

 奇怪は豊潤を貪りまがい物が奇怪と共に世界を喰らうであろう。

 そして、奇怪フィナプルスが吉兆の魔十字を宿した空に現れる。

 大怪物の奇怪フィナプルスは世界を滅ぼす。

 アニュイル人に奇病がドルライ人に大いなる災いが降りかかる。

 世界は大いなる混沌の渦に巻き込まれる。

 霊魔神殿にて魔骨相秘術の兆しあり。

 古代樹ソルフェノス。

 アニュイル人の巫女。

 魔骨相秘術の魔術師の髪。

 ドルライの大魔力。

 これらすべてが揃いし時、霊槍使いが、その霊魔神殿より現れる。

 空を光魔に彩るように世界を救う。


「という伝説です……たとえ、霊槍使いではなくとも、シュウヤ様のお陰で、奇怪フィナプルスは倒され世界が救われた」


 歌のような説明だった。


 魔女フィナプルスか。

 古代樹ソルフェノスは分からないが……。

 アニュイル人の巫女とは、あの少女のリャイシャイだろう。

 推測だが、古代樹ソルフェノスもアニュイル人にとって大切な物かもしれない。


「ありがとう。ある程度は理解した。奇怪フィナプルスは幾つかの都市を滅ぼしたと聞いたが」


 俺がそう聞くと、ルエルは魔女ノ夜会集を懐にしまう。

 元の下腹部には戻さなかった。

 そのルエルは、案じ顔を表に出しながら、


「はい、光霊都市グムシンを含めた大都市を破壊した奇怪フィナプルスは世界を滅ぼす勢いでした……」


 ……この世界の人口規模が分からないが、死体の山は確実か。

 話をふっといてアレだが、少し変える。


「で、ウェーズ・ドルライ会とはそもそもなんだろう。組織名?」

「都市の防衛部隊の名です」

「ウェーズ・ドルライという都市がある?」

「いえ、霊魔都市ウェーズが都市名です。ドルライは、わたしたちの種族を意味します。わたしはドルライ人です」

「霊魔都市ウェーズはまだ残っている? ルエルは、その都市出身とか?」

「はい」


 よかった。


 家族でも思い出しているのか。

 はにかむルエル。

 助けてよかったと心底思える。


 そして、骨種族はドルライ人。

 一本角種族はアニュイル人。


 ……そのアニュイル人の奇病か。


「害悪と呼ぶ奇病はドルライ人にも?」

「アニュイル人のようにはなりません。しかし、病気によって皮膚が変化したアニュイル人が近くにいると、ドルライ人は突然死することがあります」


 突然死……。

 ドルライ人が一本角のアニュイル人を、世界の害悪と呼ぶ理由か……突然死とは怖すぎるだろ。


 そりゃ差別どころか生きるための戦いじゃないか。

 他に方法がなければ……。

 自分が死ぬと分かれば……。

 誰だって突然ぽっくりと死にたくない。


 害悪と呼ぶのも分かる。

 だが、アニュイル人だって死にたくないだろう。

 どっちも戦う理由がある。


「だから、ドルライ人とアニュイル人は争っているのか」

「はい……」


 と、ルエルは、アニュイル人たちを怯えながら見る。


「俺たちを召喚した、魔骨相秘術とは魔女ノ夜会集の力も?」

「はい、魔骨相秘術の召喚の儀式を用いました。わたしは、その儀式の要の魔法陣維持のために霊魔神殿から距離を取っていたのです。アニュイル人にも邪魔を受けるわけにはいかなかった」


 だから、最初に下りた時に、ルエルはいなかったのか。

 すると、


「ンンン」


 喉声を鳴らした相棒。

 一緒に話を聞いていたミレイヴァルの足に頬を擦りつけていた。


「神獣様、わたしに匂いをつけている?」

「ンン」

「ロロはきっと、ミレイヴァルを守ろうとしているんだろう」

「にゃ」


 鳴き声がいつもと少し違う、賢そうな相棒の声だった。

 ミレイヴァルは目を細めて微笑む。

 相棒も見上げている。


「ありがとう。素敵な神獣様……」


 美女と黒豹が見つめ合う。

 写真に撮りたいシーンだ。


 すぐ近くのルエルさんは硬直して動けない。

 ま、リアルで凜々しい黒豹が近づけば、そうなるか。


 そして、いつの間にか、俺の拳を覆っていた闇炎は消えている。

 紅玉環の中に戻ったアドゥムブラリ。

 早口のクレイアニメ風のアドゥムブラリは主張が激しいはずだが、最近はいつもこうだ。


 武装魔霊として大人しくするつもりなんだろう。

 左手のサラテンとは違う。

 と左の掌のシュレゴス・ロードの魔印と運命線の傷を見る。


『器よ、何か妾に意見があるのか?』

『いや、なんでもない』


 俺は自分の左手を見てから、ルエルに、


「その黒豹は神獣のロロディーヌ。ミレイヴァルの言うように攻撃の意思はないから、撫でてあげたら喜ぶ」

「は、はい……」


 と、黒豹ロロに恐る恐る手を伸ばすルエル。


「ンン、にゃ~」


 相棒はそんなルエルを安心させるように頭部をルエルさんの骨の手に当て、鼻で掌を突く。


 黒豹ロロはルエルの掌の臭いを嗅いでいる?

 怯えていたドルライ人のルエルだが、


「あ、くすぐったい。ふふ……」


 と、微笑んだ。

 少しは落ち着いてくれたかな。


「シュウヤ様の言葉は本当のようですね。伝説には、神獣様のことも、あの魔術書に女性の片腕のことも、記されていませんでした」

「そっか。ま、エロい槍使いなことは事実。何事にも例外はある。魔女ノ夜会集も完全に間違ったわけではないと思うぞ」


 と、彼女の師匠の立場を考えて発言。

 霊槍印瞑師と霊槍使い。

 似たようなものだとしたら、事実だからな。


「シュウヤ様……」

「陛下、お話のところ悪いですが、ルエルさんを助けたとなると……」


 ミレイヴァルは聖槍シャルマッハを動かした。

 穂先をアニュイル人たちが集まる場所に向ける。


 聖槍の三角錐の穂先は格好いい。

 〝銀鋼の心臓〟と〝嘆きのシャルトール〟という神器から流れ出た朱魔法液で作られたと、前に聞いた。


 俺の聖槍アロステとはまた違う物語が、あの聖槍シャルマッハにはある。

 んだが、今は聖槍の武器のことより、


 骨種族のドルライ人。

 ウェーズ・ドルライ会のメンバーのルエルを助けたからには……。 


 あのアニュイル人たちと争うことになるのでは? 

 と、ミレイヴァルは言いたいのだろう。


「そうなるかもな」

「角の蛮族集団が、今度は敵に……」


 ミレイヴァルは、不安気な表情で顎を傾ける。


「シュウヤ様、アニュイル人たちのウェーズ・ドルライ会を恨む思いは強い。生贄を刺したのはワイティワンですが、わたしもその場にいた。そして、儀式の主力を担った張本人。アニュイル人と同盟を結んだのでしたら、わたしを差し出してください」

「そんなことはしない」

「はい」

「だが、アニュイル人は許さないだろうな。ルエルは逃げたほうがいい」

「しかし……」

「俺はドルライ人たちの望む救世主ではない。ルエルと知り合えたし、協力はしたいが、疫病と密接な関係の戦争は、さすがに完全に防ぐことはできないと思う」


 空気感染と想定しても、宿主がある細菌タイプなのか。

 或いは、神懸かり的な呪いかも知れない。その判断もできない。

 奇怪フィナプルスが倒れた今なら、都合よく突然死する疫病も消えるか?


 リャイシャイの肌にあった病変は、奇怪フィナプルスを倒したあとも残っていたからそれもないか。

 それとも徐々によくなる?

 だとしたら希望はある。


「……そうですよね。魔法である程度防ぐことは可能ですが、それも完璧ではない。ではシュウヤ様はアニュイル人に?」

「心配せずとも、戦争に参加するつもりはない」

「では、シュウヤ様は……」

「元の世界に帰る」


 フィナプルスの夜会と本契約ができればだが……。

 あの魔心臓に魔力を込める場所も考えないとなぁ。

 この戦場ではまずい。


「元の世界……」

「にゃお」


 相棒がルエルの足をたたく。

 そして、触手の先端をミレイヴァルの聖槍シャルマッハの横に合わせた。

 黒豆の形をした触手で聖槍の穂先を触ろうとする。


「ロロ、裏側は柔らかい肉球だ。危ないからよしなさい」

「にゃ~」


 と、触手を首に引っ込める。


「とにかくだ。俺たちは完全な第四勢力。どちらの種族とも敵対状況。伝説の霊槍使いではないと知れたら、なおのことだろう。他にも奇怪フィナプルスのような存在がいるのか不明だが、その大怪物を遠くまで出向いて退治するつもりもないからな。伝説に期待しているルエルには悪いと思うが……」

「その点は大丈夫です。あのような大怪物が複数存在したら、世界はとっくに壊滅していたことでしょう」

「それを聞いて安心した。俺たちは二つの種族の争いに介入した。その事実は変えられないし、疫病も止める術を持たない」

「……シュウヤ様が奇怪フィナプルスを倒した事実も変わりませんよ? シュウヤ様なら種族間の争いも……」


 それはどうだろう。


 俺に殺されたドルライ人の知人は納得しないだろう。

 そして、アニュイル人たちも同じ。


 が、これは言わない。

 自問自答、禅問答、愚問愚答に行き着く。


「……買い被りすぎだ」

「にゃ」

「……」


 相棒は俺の言葉に同意するように声を出す。

 ミレイヴァルは沈黙を貫いた。


「このまま俺の近くにいれば、ルエルは仲間と揉める可能性が高い。幸い、ワイティワンたちは死んだ。だから、今のうちにドルライ人たちが集まる場所に戻れ。そして、世界を滅ぼしかねない奇怪フィナプルスは倒れた。この重大な事実を仲間のドルライ人に伝えるべきだ。流言飛語からの恐怖の一人歩きは、どんな災厄をドルライ人に呼びこむことになるのか……」


 王族を含めた権力争いが色々とあるようだからな。


「それこそ、アニュイル人の疫病より恐ろしい結果を招くかもしれない……ってことで、霊槍使いが奇怪フィナプルスを倒した。と、偉大な伝説は、本当だったと言いふらせばいい。魔女ノ夜会集は本物の予言書だと」

「…………」


 ルエルは切なそうに俺を凝視する。

 納得はしてない面だ。


「家族がいるんだろう?」


 俺の問いを聞いて、瞳孔を一瞬散大。

 動揺するルエル。


「はい……分かりますか」

「当然だ。待っている家族に仕事を成し遂げたことを伝えるべきだ。そして、家族とできるだけ安全な場所に避難すべきだと思う」

「……シュウヤ様……」


 片目から涙をこぼすルエル。

 俺は微笑みを意識した。


「シュウヤ様は、本当に……元の世界に帰還することができるのですか?」

「できるさ」

「……本当に?」

「大丈夫。奇怪フィナプルスを倒した俺だ。霊槍使いの伝説を信じているんだろう?」

「はい」

「なら、俺の言葉を信じられるな?」


 ちょい強引だが、仕方ない。


「……」


 ルエルはジッと俺を見て、唇を噛むように歯を動かした。

 彼女としては引き留めたいんだろう。


「神獣の相棒がいるし、俺の世界にも、俺の帰還を待つ優秀で可愛く美人な眷属家族がいるんだ。そして、アニュイル人たちの傍に浮いて喋っている、あの魔術書も普通じゃない。理を知る把神書様らしいからな……」

「……喋る魔術書は、把神書? なのですね……分かりました!」

「おう」


 ドルライ人たちが撤退したほうを見るルエルさん。

 偵察を続けるイモリザが振り返って、俺たちの様子を窺ってきた。


 ルエルさんは頷く。

 そして、再び、俺に視線を寄越す。

 双眸が充血し涙をためていた。


「あの……シュウヤ様」

「どうした」

「――」


 と、体を預けてきたルエルさん。

 抱きしめてあげたいが、


「……シュウヤ様、ドルライ人を代表して、お礼を……」

「んなことはいい」


 と、ルエルの両肩を持つ。


「はい……わたし、シュウヤ様のことが、す……ううん、世界を救ってくれて、ありがとうございました――」


 ルエルは微笑むが、涙を散らしながら俺から離れると、踵を返す。


 ルエルは、イモリザの黒爪の間を通り抜けて走っていく。

 イモリザは俺のほうに近づいてきた。


 手を上げて、待機の指示を出す。

 と、イモリザはまた中空でぐるりと回る。

 相棒もルエルさんの背中を見ながら、


「にゃお~」


 と、寂しげに声を出した。


「神獣様も陛下と同様にルエルさんのことを気に入っていたのですね」

「顔に出てたか」

「はい」


 と、霊魔神殿から、ぐるっと視線を巡らせる閃光のミレイヴァル。

 聖槍シャルマッハも動く。


 ルエルの後ろ姿を見ていた相棒だったが、すぐに、


「ンンン、にゃ~」


 聖槍シャルマッハの動きに釣られていた。

 ぐるぐると回る。


 長い尻尾と根元のフサフサした毛がたまらなく可愛い。


 そんな黒豹ロロさん。

 地面に鼻をつけて、くんくんと匂いを嗅ぐ。

 更に地面を片足で、掻き出す。


 両前足ではないから、掘るという感じではないが……。

 一瞬、狼月都市ハーレイアの時を思い出す。


 俺も地下に魔素を感じたが、もう、その怪しい魔素は感じない。

 黒豹ロロもそうなのか分からないが……。


 途中で掻くのを止めて、シャルマッハの穂先のほうに歩き出す。

 地下は気にしすぎか。


 そして、勝ち鬨めいた荒ぶる声を上げていたアニュイル人たちに視線を向ける。 

 リャイシャイという少女を助けたが……。


 ルエルを助けていたことは見ていたはずだ。


 ドルライ人を恨むのなら……。

 一本角種族のアニュイル人と戦いに発展する可能性はある。

 そして、逃走したように見える骨種族のウェーズ・ドルライ会も、まだ、何かあるかもしれない。

 ルエルも、見知らぬ部隊が潜んでいる可能性を指摘していた。


 再び、左側の霊魔神殿とイモリザを見る。

 偵察中のイモリザと五重塔のような塔に変化はない。


 だが、魔素の動きは……。

 俺たちの足下の地面を含めて妙だ。

 怪しい気配が至る所にある。


「……隠れているドルライ人はどんな能力を使うか……」

「幻術の魔法もあるかもしれないです」


 スゥンさんの指輪の力とヴィーネのエクストラスキル系か。

 と、視線をイモリザの動きに合わせて霊魔神殿のほうを見る。


 すると、アルルカンの把神書と話をしていたアニュイル人たちが俺たちに近寄ってきた。

 ポケットに入れた魔心臓フィナプルスを試すのは、まだ先かな。


 ぞろぞろとアニュイル人が多い。

 先頭はお爺さんか。

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