五百十九話 ヴィーネの長耳

 地響きといったものはないが、揺れている。


「ヴィーネ、どうしたんだ?」

「はい、この揺れは大鳳竜アビリセンに遭遇した時に近いかと」

「その名は超巨大な地底竜か……地下で争う地底神の兵士たちを、洞窟の岩ごと下から蟻でも飲み込むように喰らったとか?」


 聞いた時は巨大な鯨が大量に魚を食らう場面を思い浮かべていたが、


「はい……」


 ヴィーネの声は小さい。


 地底の竜なら遭遇したことがある。

 ハフマリダ教団のアムが率いるノームたちと遭遇する前だ。


 俺は血の鎖を身に纏い特攻した。

 頭上で両の手のうちを重ねて、その両手を槍の穂先に見立てた姿勢。


 一本の血の槍と化した。

 あの時、端から見たら、血鎖の蛹にも見えたかもしれない。


 そのまま血鎖の一本槍と化した俺は、地底竜目掛けて特攻。

 宙の空間ごと巻き込む勢いで、螺旋回転しながら、地底竜の胴体に両手の先から突っ込む。


 地底の竜の体をぶち抜いた。

 スキル獲得はならなかったが……。

 名を付けるならば、超血鎖スピンアタック。


 そんな壮絶な血鎖特攻兵器と化したことと、デビルズマウンテンの火山を思い出していると……。

 下から突き上げるような縦の揺れがさらに強まった。


 ヴィーネは地震が強まったことで、不安を強めたような表情を浮かべる。

 下からも無数の魔素の気配を感知した。


「にゃおお」


 黒豹の相棒は不安ではなく、展開していた触手を短くしてから、地面を叩き出した。


「わ、わ、強い縦揺れだ。何だろう」

「震動ですか?」


 ジョディ以外は驚いている。

 ジョディは浮いているから下からの揺れを感じていないようだ。


 宝物庫と薬の保管庫側のがある壁側と、その地面の一部にひびが入る。

 壁飾りのような鮟鱇のランプが落ちた。


「あ、揺れているようですね」


 と、ジョディはいまさらか。

 鋭いようで鋭くない?

 表情は穏やかだし、今は警戒するほどじゃないということかな。


「シュウヤ、どうする?」


 ユイが聞いてきた。

 皆、俺の答えを待つような表情だ。


「前方の魔素と関係があるのか不明だが、ヴィーネが遭遇した地底の竜が近づいている? それとも、火山と関係した地震かもしれない。もう少し様子を見よう」

「うん」


 ユイとヴィーネは互いに動けるように視線を合わせていた。

 あの辺りは、迷宮都市でも一緒に活動していただけはある。


 揺れは横に変化して、小さくなっていく。 

 微震動は続いて、下からの魔素もあるが……。


 大丈夫そうだと魔煙草を取り出す。


 火は相棒につけてもらった。

 その際に前髪が燃えて、髪が燃えた匂いが漂うが、ご愛敬。


 魔煙草を吸いながら……。

 とりあえず、巨大な地底竜のことを聞くか。


「ヴィーネ、その大鳳竜アビリセンは、そんなに巨大なのか?」

「はい、ご主人様が西の旅に向かった時に遭遇したという……巨大な鯨ぐらいはあるかと思います」

「短い間だったが、ユイ&カルードを拾いにラドフォード帝国に向かった時の空旅か。血文字で伝えたことを覚えていたのか」

「当たり前です!」


 ヴィーネは少し怒ったようなニュアンス。

 素の感情ではないから、そんなに怒っていない。


「噴水から玉虫色の美しい霧を作り出した巨大な鯨。月光を身に浴びてキラキラと光を帯びた巨体は……幻想的でとても綺麗だった」


 と、魔煙草の煙を吐きつつ……。

 空旅で遭遇した巨大な鯨を思い出しながら語った。

 ヴィーネは寂しそうな表情を浮かべる。

 機嫌を損ねたかもと、魔煙草を差し出すが、首を振った。


 ま、まだ少し揺れているし、宮殿の奥に魔素もあるからな……。

 俺は魔煙草で魔力の回復に努めるとしよう。


 すると、俺の言葉を聞いていたラファエルが、


「……気になるね。その巨大な鯨って、神獣の上位クラスでは?」


 と、聞いてきた。

 魂王の額縁を使うラファエルは、魔物使いか、テイマーとしての一面もある。


 興味を抱いたようだ。


「さぁな。俺の知る神獣は相棒だけだ。魔造虎と幻獣も居るし、白熊の聖獣も知っている」

「……幻獣が居るだって!? シュウヤは可愛い神獣ちゃんだけではなく、幻獣も使役しているのか……」

「その幻獣は魔造虎と合体したような感じだから、俺が使役したといえるのか、微妙だが」

「そっか、魔造虎がよく分からないけど、幻獣にも色々とタイプがあるからね。でも、君が幻獣を使役したとなると、幻獣ハンターに狙われると思うけれど……ま、シュウヤなら平気か」


 狼月都市ハーレイアに潜んでいた幻獣ハンターのルーブを思い出す。

 今後、彼女のような存在に狙われるということか。


 その件は、今は語らずに、


「……そもそも、空の鯨だが、神獣に上位とか下位があるのか」


 と、黒豹タイプの相棒を見ながら……もっともなことを聞く。


 その相棒こと黒豹姿のロロディーヌは、ダブルフェイスを見守ることを止めていた。

 両前足を上下させて、地面をえらい勢いで叩いていく。


 太鼓を叩くというより、虫でも見つけた勢いだ。


 興奮した黒豹ロロは野獣さがあるから少し怖い。

 そして、触手の幾つかは、奥の間の方角を示したまま動いていない。

 地下宮殿の奥から感じる大量の魔素を警戒していることに変化なし。


「魔獣、神獣、聖獣、珍獣、様々にあるよ。冒険者ギルドとだいたい同じ。幻獣ハンター協会を中心とした機関の方は事細かい表を作っている。AとSが上位、カテゴリーに入らないものは、SSとかになる」

「へぇ、ほとんど同じだな。冒険者ギルドの依頼ボードに貼られていた依頼に、捕獲系はそれなりにあった覚えがある」


 ヘカトレイル、ホルカーのバム、ペルネーテ、北のフォルトナ。

 どこの冒険者ギルドも似たような依頼はあった。


「うん。でもランクの高いモンスターの捕獲依頼はあまり出回っていないはずだよ」

「なるほど、高ランクは難易度が高いか」

「それもある。報酬も凄く良い場合が多いから。だから、モンスター捕獲の依頼が貼り出されても、すぐに高ランクの依頼はなくなると思う。ま、他にも魔獣追跡ギルドとか、あるけれど……そっち系の大概は、幻獣ハンター協会が引き受けるから。そして、冒険者ギルドを通さず、依頼に出る前に、個人的な繋がりから、優秀な魔物使いとかに捕獲の依頼は向かうはず」


 幻獣ハンター協会か。

 冒険者ギルドのような組織は結構あるようだな。


「なるほど、色々と冒険者ギルド以外にもあるんだな。細かくは知らなかった」

「シュウヤは冒険者のBランクだっけ。聞いた直後は笑っていた僕だけどね。どんなBだよ! と、内心叫んでいたんだ」

「そうかい。悪かったな。ツッコミを入れたらいいのに、だが、俺のような奴はごまんといると思うが」


 と、笑いながら話す。


「まぁね」

「俺が冒険者として、受けていた依頼はモンスター討伐ばかりだったな」

「それが普通だよ」

「ラファエルはそんな冒険者ギルドからも追われていると聞いた」

「……あぁ、僕は……あ、シュウヤは冒険者でもあるんだよね……」


 ラファエルはジロッと俺を睨む。

 不安そうだが、ま、確認か。


「そう不安がるな。ここに来る前にも話をしただろう。こうして知り合えたラファエルだ。お前を追っている機関にわざわざ突き出したりするかよ」


 興味があるし……その魂王の額縁に棲むモンスターに助けたユーン。

 マルゲリータさんにも。

 と、心で呟く。


「本当かい? やはり、僕たちの陰の英雄だ!」

「……」

「あ、ごめん、なら、シュウヤたちを友と思っていいかな……」


 ラファエル、恥ずかしそうに喋るなや。


「いいぞ、友だな」


 そう発言するが、ユイとジョディは戸惑っているぞ……。

 指摘はしてこないが。


 ヴィーネは俺を一心に見続けている。


 ロロディーヌは裂けた地面の下から這い出てきたムカデのような虫たちを叩いて食べていた。

 頭部が盛り上がっているムカデの量は多い。

 すると、黒豹ロロが潰した虫から魔石のような石が落ちた。魔石を舐めていた。


 飴玉?

 俺の足下の地面も裂けると、そこから巨大な虫が現れる。


 ムカデというかカマキリの頭部を持つモンスターだった。

 急ぎ紅玉環に宿る眷属アドゥムブラリに魔力を込めて、ぷっくりと膨らんだ指輪の表面にAを刻む。

 <ザイムの闇炎>を宿した拳で、地面ごと、そのカマキリの頭部を突き潰した――。


「きゃ、虫!」


 ユイが足をあげてひらりと虫から逃げる。


「小さいですから、楽です」

「うん、だけど……」

「ひぃぁ」


 皆が地面から湧く虫モンスターをモグラ叩きの要領で倒し続けた。


 ラファエルは虫嫌いなのか悲鳴をあげている。


 これもモンスターだと思うが……。

 好き嫌いがあるようだ。

 そして、俺の真下の裂けた地面からも、また、出現する虫。

 今度のは、頭部が金玉風のおいなりさんを宿したキモい虫だった。

 思わず吸っていた魔煙草の先端を押しつけて、じゅあッと金玉さんを燃やすように倒す。


 虫たちの出現は沈静化した。

 すると、深呼吸をしていたラファエルが、


「びっくりしたよ、虫がこんなに現れるなんて」

「驚いただけか、虫が嫌いなのかと」

「嫌いじゃないよ、むしろ、大好きさ」

「……そっか。で、先の話に戻すが、ラファエルが興味をもった、その神獣の上位クラスと推測した巨大な鯨は、ポポブムの鳴き声を巨大化させたような声だったな」

「魔獣ポポブムか。ムート種かな。でも、空の上のモンスターかぁ……」


 ラファエルは天井をチラリと見て、ドザンの盾の頭部を撫で撫でしていた。

 さすがに空を飛べるモンスターは使役していないようだ。

 いや、まだ、彼のすべてを把握したわけじゃないから魂王の額縁の中に、空を飛ぶモンスターが棲んでいるのかもしれない。


 すると、魂王の額縁が俄に活気づいたように立体の絵たちがトリックアートを奏でていく。

 ユイとジョディは、その魂王の額縁の動きに圧倒された。


 ヴィーネも立体的な絵のショーを行う魂王の額縁を睨む。

 だが、すぐに俺の方を見たヴィーネ。

 一瞬で、睨みが消えて、微笑むを浮かべると、俺との間合いを詰めてきた――。

 急ぎ、彼女が、俺のことを抱きつきやすいようにハルホンク衣裳を半袖風の夏服バージョンに変化させる。


 ヴィーネは寄り添ってくる。

 俺の胸元の匂いを嗅ぐように鼻を動かしたヴィーネは上目遣いを寄越し、


「……黙っていましたが、西の帝国領への旅。その飛翔する巨大な鯨を見たかったのです」


 そう寂しげに語る。

 銀色の光彩は揺れていた。


 そんなヴィーネを慰めようと、言葉を選んでいる時、揺れが小さくなった。

 すると、俺とヴィーネの姿を見つめているラファエルが、


「その美人なダークエルフはシュウヤの女なのか! 羨ましい……しかも、大胆だし……」


 と、男として、もっともなことを呟く。


「ちょっと? そこのイケメンさん。聞き捨てならない言葉ね。シュウヤの女はわたし・・・だから」

「二人の意見に反対です。シュウヤ様は、わたしもいい女だと。そして、白蛾のフェロモンを用いたプレイは気持ちがいい! と仰ってくださいました」


 ラファエルにそう語りながら詰め寄るユイとジョディ。

 ダブルフェイスはそんな女性らしい眷属たちの行動に視線を泳がせる。


 彼のかぶる帽子が斜めにずれていた。


「ハハ、ハハ、白蛾のフェロモンのプレイ!? 眷属さんたちもシュウヤの、彼女さんたちなんだね……」


 乾いた笑いのラファエル。


「当たり前でしょう。なにか、文句でもあるの?」


 ユイは<ベイカラの瞳>を強めた。

 ジョディは腰のフムクリの妖天秤から魔力の波動のようなモノを発し始める。


 ユイとジョディに迫られたラファエルは逃げ腰になりながら、


「ないないないない……というか、小さくなったとはいえ、この揺れは、まだ続くのかい? 虫たちはまた現れる?」


 と、ドザンの盾を構えてながら、わざと話題を逸らすように、聞いていた。


「この揺れや、地下の虫について、わたしたちが知るわけがないでしょう」

「あ、うん。虫、また出てきているけど……」


 こくこくと、数回頷くラファエル君。

 ユイはジロリとそんなラファエルを睨みながら、無造作に魔刀を下に向け、虫ごと地面を刺す。


「……ラファエルさんはダブルフェイスと同じで、この施設で生活をしていた幹部でしょ。なのに、本当に虫について知らないの?」


 と、訝しむ。


「怖いよ! でも、こんな現象、知らないよ。薬の保管庫に来たことはあるけれど、今の虫といい、さっきの揺れといい、こんなことなんて、今まで一度もなかった」


 ラファエルはダブルフェイスに視線を向ける。

 同意を促すように、


「……俺も知らない。今日は何もかもが異質で混沌・・としている――」


 ダブルフェイスもラファエルの言葉に同意しつつ、足下の虫を踏み潰して倒した。

 ユイは二人を睨む。


「……さっきの揺れは、二人にとっても初めての現象ってわけね」

「そうだ、混沌の地下宮殿……」


 そう語るダブルフェイスは帽子の唾に手を当て帽子の位置を直す。

 耳元の魔力が籠もったイヤーカフの力を発動させている。


「だから、ダブルフェイスを睨む気持ちは分かるけど、僕までそう睨まないでくれるかい? それに、さっき自己紹介をしたじゃないか」

「わたしたちの情報を流さなかったことはありがたいと思っているわよ。睨みもごめんなさい。と、謝っておくわ。でも……それはそれ。シュウヤとロロちゃんと仲が良いって、いっても、今、会ったばかりだからね」

「はい、あなたさまと意気投合したようですが……」

「……確かに現状では、仕方がないけどさ……」


 ラファエルは呟く。


「そう、怖がるなって」


 と、俺が告げる。

 ラファエルは頷く。


「うん。けど、眷属さんたち、美人さんだけど、ダブルフェイスと一緒に僕まで、斬るような雰囲気があるし……」


 ダブルフェイスとラファエルは頷き合う。

 ユイは、


「……揺れもまだ少しだけ続いているし、警戒するのは当然。戦いが終われば、まったく違う。と思うけど」

「あなた様こと、シュウヤ様と神獣ロロちゃん様が居るので、安心ですが、一応は、警戒します。前方に魔素がありますし」

「うん」


 確かに、ユイとジョディの言葉はもっともだ。


「はい、ご主人様が居るからこそ、安心しているからこその、今の態度でもあることを認識すべきです」


 ヴィーネが鋭いことを発言。

 ……ダブルフェイスは震えて、俺を見る。

 ヴィーネの語った内容に、『暗に俺がいなかったら、二人とも死んでいた』という感じのニュアンスだと悟ったようだ。


 ラファエルは笑顔を浮かべているから、素直に受け取っている。


「やっぱりなんだかんだいって、シュウヤは、エロいけども偉大な宗主様だからね。とっても、安心する」

「はい。ですがラファエルの、側で浮く巨大な額縁と、魔眼のような丸い印アイテムは怪しいです……要チェックですよ」


 地下で一緒に戦ったジョディとユイとヴィーネはかなり仲良くなったようだ。

 互いに頷く。


 そのジョディは白と黒の双眸に魔力を込めた。

 そして指先から銀色の糸を出して、ラファエルに向かわせていく。


「ま、待ってくれ、ぼ、僕は無害な男だぞ」


 と、焦ったラファエルは頬にある平手打ちの痕を見せる。

 ユイは、目を細めて、


「女性の手? だれかに叩かれたのね。でも、ここに居ないってことは、その額縁の中に、人でも納めることが可能ってことかな」

「その確率が高いです。玩具のような立体のモンスターたちと、玩具の劇場のような世界で繰り広げられている光景は、とても可愛らしいですが――」


 ジョディはそう語った瞬間、ラファエルの肩の上に転移。

 <光魔の銀糸>を全身に悩ましく絡ませているジョディは、前屈を行い、長髪を垂らしながら、


「そして、このローブ素材も特殊な繊維でしょうか」


 と、ラファエルの衣服を観察しているジョディの視界は逆さまなはずだ。

 その視界に少し興味を抱いた。


「……ハハハ、ジョディさんの足先、尖っているんだね……でも、あまり、その……ハハ、その……」


 と、ラファエルは目の前で浮きながら自身の装備をチェックしているジョディのダイナマイトボディに動揺を示す。

 イケメンだが、女性慣れはしていないのか、頬を赤く染めて恥ずかしがっているラファエル。


 ユイもラファエルの持つ小さい盾を見て、


「……その虫の盾も、やけに可愛い形……」


 と、目がハート気味になりながら指摘する。

 ラファエルの衣裳を調べていたジョディもドザンの団子虫の盾を見て、


「……確かに可愛いです。上の部分は、小さいお虫さんの頭部でしょうか」

「ぽっこりと丸くて……」

「はい、おめめがちゃんとあります。この虫さん、可愛いですね」

「うん、虫さんの盾」


 ユイとジョディは可愛い盾に興味を持った。


「これはドザンという立派な名がある! 虫の盾ではぬぁい!」


 ドザンに触るなといわんばかりのラファエル。

 ユイとジョディは、急に強気になったラファエルを見て、面食らう。


 ラファエルは面白いな。


 ――その間に、俺は、しっかりと、ヴィーネのバニラ系の匂いを堪能していた。

 ……良い香りだ。香りを鼻孔から深く吸い込む。

 彼女の香りによって、俺は、肺ごと心が癒やされるのを実感しながら、自然と彼女の細い腰に手を当て、脇から背中側に回した。


「ヴィーネ。実はさっき、少し寂しかったんだ」


 と、さりげなく告白。

 そして、彼女の背中に回した手の力を強めて、強引にヴィーネを俺に身体に密着させた。


「あっ――嬉しい……」


 と、微笑むヴィーネ……。

 普段、ダークエルフとしての強い女としての表情もいいが……。

 こうして、俺にだけに向けてくれる優しい眼差しもいい。

 ……特別な笑みだな。

 たまらなく愛しい。


 ……ヴィーネと見つめ合っていく。


 すると……彼女は俺の胸元に視線を落とす。

 ヴィーネは吸血鬼らしく牙を立て、「ご主人様の血を……」と聞いてきた。


「遠慮しないでいい、吸え――」


 彼女が吸いやすいように暗緑色のハルホンクの服を操作。

 鎖骨から下を少しだけ露出した。


「はいッ」


 いちいち、許可しないでもいいのに。

 ヴィーネは、俺の胸元に吸い付くように唇を当て、噛み付く。

 と、彼女の牙が、俺の胸の表面に侵入してくる――。


 胸から痛み走る――。

 が、構わない。気持ちいい愛の痛みだ。


 すると、彼女からバニラ系の香りが漂う。

 長い銀髪からシャンプーの匂いも感じられた。

 長髪の女性らしい芳しい匂いという強烈なマグナム弾が、俺の煩悩を打ち抜いていく。


 愛しさを込めて、


「……ヴィーネ、髪を触っていいか?」

「……ふふ、遠慮しないでいい、触れ……ですか?」

「はは――」


 ヴィーネは血を吸うの中断して、そんな風に俺の真似をしてくれた。

 許可を得たので、美しい光沢した銀色の髪を指で梳いてあげた。


 ――ヴィーネは少し首を傾ける。

 色っぽいな……


 自然と、ダークエルフらしい長い耳元に向けて、優しく、


「……ヴィーネ。魅力的だ」


 そう発言しながらの、短い言葉の吐息が彼女の長耳に触れた。

 更に、俺の唇が少しだけヴィーネの長耳に触れる。


 その瞬間「アンッ――」とヴィーネは身体を震わせて倒れそうになった。

 急ぎ両腕に力を入れ彼女の背中を支える。

 手の感触は漆黒色の外套だ。

 その外套の下も朱色の専用鎧を着込んでいるから……残念ながらヴィーネの肩甲骨の感触は分からない。


 そんなヴィーネは恍惚とした表情を浮かべながら、


「ご主人様……」


 と、呟いた。


「いいから、血を吸え」

「……はい」


 ヴィーネは口から吸血用の歯牙を下に少し伸ばすと「ァ」と微かな吐息の声にならない色っぽい声を発した。

 そして、また俺の胸元に、その尖った歯を突き立ててくる。

 痛みというよりは、ゾクッとした愛のある快楽を得た。


 彼女は吸血鬼らしく、俺の血を吸っていく。


 その際、ちらちらと見える首筋に生えた産毛が見えた。

 短い銀色の毛も、すごく愛おしくて魅力的。

 俺も、ヴィーネの細い首筋にキスをしながら血を吸うか?


 と思ったところで……。

 そのヴィーネが胸を押しつけてきた。


 やっこい、おっぱいさんが、俺の煩悩をダイレクトに刺激する――。

 股間が、ズキュン――と、呼応しちゃう。

 めまいがするような、彼女の柔らかい巨乳さんの感触は変わりない。  

 再び、ヴィーネの外套越しに彼女の背中の肩甲骨を意識しようと思ったが、またもや、朱色の鎧に阻まれた。


 まぁ、いい――。

 この背中の鎧さんもダークエルフらしくて、好きなのだ。

 かっこいいナパーム製の外套もいいのだ。

 と、わざとえらそうな感じにボケながら……。

 彼女の背中側に回した両手で、漆黒色の宇宙文明ナ・パーム製の外套をさすっていく。


 そんなまったり気分で、ヴィーネの好きなようにさせていく。


 すると、俺の胸元から血を吸っていたヴィーネは血を吸うことを中断した。

 上目遣いを寄越す。

 ヴィーネの紫色の唇を斑に染める俺の血。

 その血が、細い顎先に悩ましく流れていく。


 強烈な妖艶さを醸し出すヴィーネ。


「……どうした?」


 と、尋ねながらもドキドキした。


「……」


 銀色の虹彩は揺れている。

 その瞳は下に向かう……そう俺の唇だ。


 ヴィーネの望みはキスか。

 だが、皆が居るから……な……。

 キスの代わりに、頬と口の端に引っ掛かっていた血に濡れた銀髪を指で梳く。

 髪を横へ優しくずらして、あげた。


「あ……」


 ヴィーネは、恥ずかしそうに視線を横にずらす。

 頬を朱に染めていた。

 青白い皮膚だから余計に分かる。

 紫色の唇の端から糸が引くように外れていく細い銀髪は血を帯びている。


 その銀髪の先端から、俺の血の滴が落ちようとしていた。

 ヴィーネはその落ちゆく血でさえ惜しいのか、血の滴を紫色の唇に紅を引くように吸い取ってくれた。


 彼女の紫色の唇を照らす俺の血は綺麗だ。

 銀色の髪も紅色と銀色のコントラストを生む。


 だが、別に恥ずかしがる必要はないだろうに……。

 もう、彼女の唇は紫色だ。

 俺の血を吸った跡は消えている。


 そして、そろそろ、我慢も限界だ。

 皆も見ているが、ま、いいかぁとヴィーネの唇を強引に奪いたくなったところで――。

 地震の揺れが完全に沈静化した。

 その直後、ユイとジョディの強烈な咳払いが響く。

 ユイとジョディの『ラブラブモードはそこまで!』という意思が込められた咳だった。


 ヴィーネは、気を取り直すように、ハッとした表情を浮かべた。


「……揺れが収まったぞ」


 と、俺は発言。


「……は、はい」


 エヴァから『えっちぃ雰囲気、だめ!』と声が聞こえたような気がした。

 そこで、俺は真面目に、


「……この地下宮殿は地下の空洞と直結した作り。だからヴィーネが遭遇した大鳳竜アビリセンのような巨大なモンスターが近くを通ったか、停止したか、その震動が伝わってきたのかもしれないな。地面から湧き続けているロロが食べている虫の動きも、そんな規格外のモンスターから虫たちが逃げている結果の故かもしれない」

「はい」

「説得力のある説明ね」


 ユイは気になったのか、地面を見る。

 そして、黒豹ロロを見て、


「ロロちゃん、食べ過ぎないようにね……おなかを壊してしまいそう」


 相棒なら大丈夫と思いながら、奥を見た俺は、


「……虫も地震も気になるが、宮殿の奥から感じている魔素の反応は、変わらないどころか、増えている」


 と、発言。


「……ゼレナードの兵士たちでしょうか……」


 その時、ヘカトレイルで依頼を受けた時を思い出す。

 ヴァライダス蟲宮に挑んだ依頼の時だ。

 あの時、書かれた木札に、



 □■□■



 ヴァライダス蟲宮は上域、中域、下域と網目状に分かれた迷宮だ。

 ここには蟻や虫系のモンスターが数多く住み着き、近隣の森林地帯を脅かしている。


 時折、バルドーク山からくる竜たちと、この近辺領域を巡って争いが起きていることでも有名だ。尚、この迷宮の下域には女王大蟻ヴァライダスクイーンと呼ばれるS級モンスターが君臨している。そのクイーンを筆頭に近衛大蟻インペリアルアントと呼ばれる女王守護部隊も存在し、女王を守っているのだ。


 近衛大蟻はA++級相当な強さである。

 このクイーンを守護する部隊は例外なく強い。

 他の似たような蟻の迷宮でも必ず女王を守護する部隊として存在することで有名だ。この守護部隊を突破してクイーンを直接に見た冒険者たちの数は少ない。


 因みにこの迷宮での近衛大蟻インペリアルアントは、常にスリーマンセルの小隊を組んでいるとされ、未だに討伐はされていない。



 □■□■



「たぶんな、地下宮殿という名がある以上、玉座もあるはずだ。ゼレナード&アドホックは倒したが、それ相応の近衛兵も居る可能性が高い。たとえるのに不適切かもしれないが、ヴァライダス蟲宮の下域にも、近衛大蟻インペリアルアントと呼ばれる女王守護部隊が存在したからな」

「なるほど、近衛兵……」


 ヴィーネは頷く。

 俺はラファエルに視線を向ける。


「近衛兵? どうだろう。僕は知らないよ。ゼレナードは兵士たちを多数揃えていたけど、自分を強化することに執着していたからね」

「俺たちのような駒は他にも居るだろうから、居るだろうな」


 ダブルフェイスの言葉に頷くラファエル。


「うん、僕たちも知らないことだらけだし、僕を虐めていた鬼強いエマサッドもゼレナードのことを探っていたようだけど」

「エマサッドは……」


 地上でレベッカ&ミスティにキサラたちを戦ったエマサッドとダブルフェイスは仲が良いといってたな。

 ま、ここで隠してもな……。


「生死不明。地上で俺の眷属と戦い敗れたようだが」


 と、渋い表情を浮かべているダブルフェイスに告げる。


「……そうですか」


 何を考えたか、不明だが、気にしてはいられない。

 俺は魔闘術を身に纏う。ヴィーネは離れた。

 その時、


「閣下ァァ」

「我らのことをお忘れになったのですかアァ」


 気合いが入った沸騎士たちの声が轟く。


「ひぃぃ、閣下? 腐肉騎士が喋っている!?」

「混乱しているようだが、震動と関係した魔界の眷属か、地底の不死系か!」

「ゼレナードの敵は多いからね……シュウヤ、頼むよ!」


 ダブルフェイスとラファエルは動揺しながら喋ると、逃げるように壁際に移動した。


「大丈夫だ。俺の部下だ」

「え?」

「……」


 ラファエルとダブルフェイスは、顎が外れるように頭部を突き出して、チンモク。


「あ、シュウヤ、沸騎士たちを出していたのね」


 ユイがそう発言。

 ラファエルとダブルフェイスは目が点となっている。


「そうだよ」


 と、ユイに答えてから、ゼメタスとアドモスに視線を向けて、


「よう、お前たちを忘れるわけないだろう。俺たちとは別ルートだったようだな」


 と、大きな声を発しながら、両手を挙げて、沸騎士を迎える。


「閣下ァァァ」

「閣下ァァァ」


 熱烈なゼメタスとアドモスは、どしどしと足音を立てて駆け寄ってきた。


 ところが、ゼメタスもアドモスも片腕を失っている。

 互いの半身も傷だらけだ。

 肩の一部が欠損して脇腹の一部もない。


 愛用している盾と剣は片方ずつしかない

 激しい戦闘があったのか、身体中に血肉がこびりついている。

 いかにも、沸騎士らしい魔界に棲む者らしい鎧と化していた。


 星屑のマントにも欠損がある。

 だが、自動的にマントには独自の修復機能でもあるようだ。

 塵のような銀色の塵を、欠損箇所から発生させつつ徐々に闇色の部分が修復されていく。


「お前たちが喜ぶような強敵がいたようだな」

「「――はい!」」


 魔力と蒸気のような煙を脇腹の溝から噴き出しながら返事を寄越す沸騎士たち。

 片膝を突いていた。

 ぼろぼろなくせに、まったく。


 ――俺は急いで、その頭を垂れたゼメタスとアドモスの肩に手を置く。


「立て」

「――ハッ!」


 気合い声を上げて立ち上がるゼメタスとアドモス。

 そんな彼らの気合いと根性に感動しながら、


「がんばったな、さすがは沸騎士だ」

「おおおおお!!」

「感涙だ! 閣下に褒められたアァァ」


 頭蓋骨というか骨兜を激しく鳴らしながら叫ぶ沸騎士。

 眼下に宿る炎たちの燃焼が強まった。


 そのまま、全身から機関車のごとく黒と赤の蒸気のような煙を噴出させる。

 胸元にこびりついた血肉を吹き飛ばしていた。


 湯が沸騰するような音も立てていく。


「剣と盾は、片方ずつしかないが……」

「大丈夫ですぞ、魔界に戻してあります!」

「私の剣、黒骨濁も魔界に戻しましたぞ」

「よかった、なくしたかと思った」

「ご心配に及ばず! 再召喚の暁には、元通りですぞ! そして、アドモスには、まだ、赤骨濁が残っておりまする!」

「そうですぞ! そして、そういうゼメタスの黒盾・黒骨塊魂は、いまだ、健在!」

「おう、閣下を守る盾だ!」


 と、ゼメタスは黒光りする骨盾を掲げる。

 アドモスが赤骨濁を伸ばし、盾と剣をクロスさせた。


「たとえ、我の手足が削られようと、ゼメタスと共に閣下をお守りいたす所存!」

「敵を塵に――」


 沸騎士たちは、そのまま、


「敵を灰に――」

「敵を魔素に――」


 互いにそう気合いの声を発しながら、欠損した骨の手をぶつけ合う沸騎士たち。

 星屑のマントが揺れていく。


「私の悪式・盾噴火をご覧頂こう!」

「我は悪式・赤踏突を!」

「――わはははッ」

「――はははッ」


 豪快に笑い合う沸騎士ゼメタスとアドモス。

 気合いが漲る沸騎士は、互いに健在な厳つい頭部を衝突しあっていた。


「我ら――」

「――私らは」

「――閣下の!」

「――閣下の!」


 全身から噴出していた赤と黒の蒸気が混ざり合い、猛る竜が散るように蒸気が消えていく。


「「――沸騎士である!」」


 ――すげぇ野太い声を響かせながら、俺の左にアドモス、右にゼメタスが立った。


「おぉ……」

「勇ましい……」


 ダブルフェイスとラファエルは怯えているどころか、興奮していた。


 そんな勇ましい沸騎士さんたちだが……兜のような頭蓋骨にひびが入る。

 気合いが入りすぎだッ。


 ということで、まだ、戦えると思うが……。

 頭にひびも入ったことだし、ここは素直に魔界へと帰還してもらおうか。


 闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトに指を当てながら、


「気合いが入っているところ悪いが、一端、魔界に帰ってもらおう――〝戻れ〟」

「のがぁぁ閣下ァァァ」

「我らァァァ」


 何故か切腹モーションをとりながら沸騎士たちは消えていく。

 インターバルが必要だが、必要になったらまた呼ぶとしよう。


「で、奥に向かうとして、ジョディはラファエルとダブルフェイスを頼む」

「僕たちはここで待機かい?」


 ラファエルが不安そうな表情を浮かべて聞いてきた。


「そう。といいたいが、状況次第だ――」


 俺はジョディに向けて、


「ジョディ、例の紐で二人を持ち上げておけ、ゆっくりでいいから俺たちの後方からついてこい。戦いとなった場合、二人の防御を優先しろ」

「あなた様。お任せを」


 ダブルフェイスはジョディにお辞儀をする。

 その時、ユイが魔短剣をダブルフェイスに投擲する。


 それを片手で無難にキャッチするダブルフェイス。

 魔短剣の刃を確認する。


 短剣に魔力を通して、凝視すると、その魔力を宿した特殊そうな短剣越しに視線を強めたダブルフェイスは、


「……いいのか?」


 と、尋ねていた。


「うん」


 ユイとダブルフェイスは独特の笑みを見せる。

 元殺し屋同士の空気感だ。


「ンン」


 黒豹ロロが駆け寄ってくる。

 俺の腹に両前足を乗せながら「んにゃ~、にゃ!」と鳴く。


 『警戒しろにゃ』という感じか。


 相棒は両前足を下ろした。

 魔素の反応があった奥の間へと視線を向けてから、また、俺を見る。

 交互に行き交う視線。

 それは、宮殿の奥に誘導するような視線だ。


「分かっている。魔力たちの数が多いからな」


 俺の声を聞いた黒豹タイプの相棒は、長い一対の耳を震わせて、視線を寄越す。


 紅色の虹彩に宿る黒色の縦割れた瞳だ。

 神獣というか野獣としての意思があるようにも見えるネコ科の瞳とアイコンタクト。


「ンン」


 と、鳴いた。やや低い喉声だ。その低い質で分かる。

 警戒したような喉の音だ。


 黒豹ロロとのやりとりを見たヴィーネはユイと視線を巡らせる。

 低い喉声を鳴らした相棒ロロディーヌは魔素の反応がある方向に頭部を向けた。


「……よし、ユイ、ヴィーネ。この地下世界ごと揺らしたような地震も気になるが、今は前方を調べよう」


 宮殿の奥を見続けている相棒に向けて、


「目的は、宮殿の奥。走るか」

「にゃお~」


 さぁて、何が居るのやら――。

 宮殿の奥を覗くように魔察眼で見たが……闇の一色。

 そんな地下世界らしい闇の世界の奥から、不気味な青白い魔力のうねりのようなモノが見えたような気がした。

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