四百七十五話 マイロード


 ◇◆◇◆



 赤雷を纏うキープ・ゼル・ファドアと血色の虎のような幻影を纏う幻鷺の切っ先が衝突した瞬間――。

 互いの武器が上向く。

 レジーの獲物は大身槍だ。

 その重い分、カルードの二剣流の方が迅い。


 フライソーの刃がレジーの首下に迫った。


「チィッ」


 レジーは首にフライソーの刃を掠めながら離脱した。

 同時にキープ・ゼル・ファドアの柄頭をカルードの脇に向かわせていく――。


 だが、そこにはもう、カルードの姿ない。

 カルードは跳躍していた。

 

「上か――」


 振り下ろしつつ目元を突くように刃の軌道が変化したカルードの<執牙・突>――。


 レジーはそのカルードの振り下ろし剣術の技に対応する。

 揮ったキープ・ゼル・ファドアを一瞬、下方に傾けてから素早く持ち上げるように魔槍を揮った。


 下から掬う軌道の魔槍――振り下ろしの幻鷺を防ぐ。


 続いてZ字を宙に描くように動かした魔槍キープ・ゼル・ファドアでカルードの胴抜きを弾いた。

 

 カルードの袈裟斬り機動の多い二剣術を防いでいった。

 歪な動物の火花たちが、宙に激しく躍り散る。

 魔の紋様のようなモノも周囲に散った。


 カルードは<執牙・突>を弾かれたが、その反動を利用するように身を翻しながら着地する――。

 

 その着地したカルードはレジーを見て……。

 魔人の力強さと柔軟さを感じた。


 フローグマン家に伝わる介者剣術をこうもあっさりと……。

 ……幻鷺とフライソーを用いた戦場剣術が通じず……。


 双眸や喉の『天突穴』から腕を狙う介者剣術の技連携を読んできた。


 と思うカルード。


 レジーの槍武術の高さに、内心、舌を巻くカルードだ。

 カルードは睨みを強めながら間合いを保った。

 

 一方で対峙していたレジー。

 睨みを強めてから追撃に出る――。


 魔人の足を利用した踏み込みから瞬時に槍圏内に入ると<赤雷・七つ星>を繰り出す。

 キープ・ゼル・ファドアの連撃突きだ。

 カルードは二剣流で受けに回った。


 が、すべての魔人武術の槍を受け止めることはできなかった。

 身につけていた防具が消し飛ぶように穿たれていく。


 時折、見事な回転避けでレジーの槍を躱すカルードだったが……。

 象神都市の暗黒街で名の通っているレジーも、その実力通り、一度見た機動は対応する。


 彼もカルードに負けず劣らず戦場を知る魔人だ。

 色々な場所で【星の集い】のために暗殺を実行してきた経験値は計り知れない。

 その経験が物語るように、地面に幾つもの凹凸ができていった。

 同時に血飛沫が舞っていく。

 

 カルードはその血を操作しながら……。

 レジーの連撃突きの隙をつくようにフライソーの<流卒>の攻撃と、幻鷺の<流焚>という防御剣術で自身の『中脘』と『腹哀』の部位を守り凌ぐ――。

 しかし、平三角直槍に血肉とカルードの黒装束の衣服がこびりついているように――。


 すべての槍突を受けることはできなかった。


「――くっ、なんて突き技だ……」

「まだ喋れるだけの余裕を持つのかよッ」


 俺の魔人武術に対抗できる剣術使いなんて、そうはいねぇ……。

 それに、あのカルードの顔にできた血模様は何だ……。

 ただの身体能力が増すだけではないのか。


 そう考えたレジー。

 いつもの細い顎先を斜めに向ける癖の仕草をしながらカルードを睨む。


 彼の持つ魔槍キープ・ゼル・ファドアは、安息の赤雷星から魔力を得てなお輝きを増していた。

 そこから<刺突>を繰り出す――。


 カルードは二剣をクロスし、レジーの<刺突>を防いだところで、双眸がカッと見開く。

 そう、初めてカルードはレジーに対して癇にさわったのだ。


 レジーの繰り出した<刺突>を見て……。

 マイロードの技を! と――。


「喝ァ!」


 と、裂帛の気魂の声が血飛沫と一緒に飛ぶ――。

 レジーはカルードの気迫に押され、驚き、身を退いた。

 一歩、二歩と横に歩きながら……。


 メイドーガの片腕で握る魔槍キープ・ゼル・ファドアを下に傾ける。

 赤雷を宿す穂先が煌めいた。


 <刺突>は基本の技だが、奥深い。

 そして、強者であれば似てくるのは仕方のないことなのだが、カルードはそれほどにマイロードのことを慕っていた。


 相対しているレジーは動揺しながらも……。


 ……<蒼ノ闘法>とメイドーガの力を用いた<赤雷・鋼穿>を跳ね返すとはな。

 しかも<赤雷・七つ星>を身に喰らいながらの……この気合い……つえぇ剣士だ。


 こういう奴は……戦場にも、そうはいない。

 アドリアンヌ様が特別なアイテムを用意して、この暗殺親子をもてなす理由か……。


 ま、バリオスを手際よく暗殺し……。

 人工迷宮と繋がりの深い強者ゼーゼーの幹部たちを屠ったから当然だが……。

 異端者ガルモデウスの書と硝子魔道具を見つけたことも大きいか。


 と、暗殺親子が短い間に成し遂げた仕事量と成果に嫉妬に近い感情を抱いていた。

 

 その思いをカルードへと、ぶつけるようにレジーは無理に片頬を上げる。

 ニヤリと嗤う顔貌を作ると……。


 魔槍越しにカルードを睨んだ。


 〝アレ〟を使うか……。

 フライソーの柄頭に結ばれた血濡れたスカーフが揺れるのを見たレジーは……


 余所者に靡きやがって……。

 お前は俺が取り戻してやるからな……。

 仲間の墓場は俺の縄張りだ……。

 

 レジーはそう考えながら瞳を揺らす。

 

 メイドーガの片腕を上方に動かした。

 魔槍キープ・ゼル・ファドアの穂先は自然と斜め上に移動する。


 そのまま宙に弧を描くように魔槍を回転させた。

 止まった魔槍キープ・ゼル・ファドアの穂先は中天に位置する太陽を差している。


 同時に<蒼ノ闘法>を用いて体に循環させていく。

 レジーはシアン色に輝きを帯びたポールショルダーをカルードに向け、半身の体勢に移行した。

 

 魔人メイドーガの片足と片腕を強く意識する。


 これは【弧雲】の三番隊隊長でもあるナオミ・アキモトを屠った構え。

 そして、<赤雷・鋼穿>を含めた攻撃が通じない場合の次の手……。


 奥義に入る前の動作の一つだ。

 その槍構えを取ったレジーはカルードの油断を誘うため、口を動かした。


「カルード……お前、普通の吸血鬼じゃないな」

「レジーこそ……その片足と片腕……」

「……まぁな。お前こそ人族の面をかぶっているが、魔人だろうよ」

「ふ、元はサーマリア出身ですから魔人ですよ」


 カルードは当たり前のことを喋っただけだが、レジーはその態度と言葉が癇にさわる。


「チッ、十二支族もだが、普通は高祖級の吸血鬼なんてのは、早々に会えるような存在じゃないからな」


 パイロン家のエリザベスはわたしを利用しようと近付いてきたが……。

 当然、彼女を追う専門家もこの地方に多く居るはずだ。 

 

 古代狼族の姿は居ないようだが……。


「ハンターという専門家の存在が居る以上、慎重さが求められるのは必然です」


 そう、サーマリアでも有名な一族を聞いたことがある。

 そして、マイロードからもポルセンの従者アンジェとの経緯も聞いた。

 

 と、考えたカルード。

 そこに、


「ンンン――にゃおお」


 と、大きい黒豹が現れる。

 神獣ロロディーヌだ。

 

 朽ちている柱の上に器用に四肢を乗せている。

 その背の上には小柄獣人ノイルランナーが二人乗っていた。


「先生!」

「……あの、こ、こんにちはです!」


 サザーとアラハだ。

 アラハは揺れている黒豹ロロディーヌの触手に体をくすぐられて、頬を真っ赤に染まっている。


 その二人を見た、レジーとカルード。


「新手か……速いとこ勝負をつけるぞカルード」

「そう心配せずとも、片を付けますよ」


 カルードはサザーとアラハに微笑みながら、レジーの問いに答えていた。


 幻鷺の角度を変える。

 青眼から八相の構えに近い構えに移行した。

 元々の介者剣術とシュウヤからの影響を受けた彼の剣術は独自の進化を遂げている。


 すると、レジーは魔人メイドーガの影を生み出す。

 そして、


「ふっ、皮肉のつもりかァ――」


 迅速な踏み込みからカルードとの間合いを瞬く間に詰めたレジー。


 魔人メイドーガの片腕と片足の膂力を生かした「魔人闘法」と「蒼ノ闘法」を組み合わせた独自槍武術の歩法だ。


「迅い――」

「いいから死んどけ――」


 <縮地>を使いこなす狂眼トグマの速度には到達しないが――。

 レジーの必殺奥義が一つ<一穿・ファドア>がカルードの胸元に迫る。


 カルードは即座に<血猛牙>を繰り出す。

 血虎を纏う幻鷺を前方に突き出すがッ間に合わず――。


 レジーは『当然だ――』と思い「カッ」と烈々の魂を吐き出すような魔息を吐く。


 幻鷺に纏っていた血虎は吼えながら魔槍キープ・ゼル・ファドアの表面を滑っていった。

 光魔騎士となった元魔界騎士のデルハウトの得意技「愚連・雷牙突」の威力と加速に敵わないが――生成り色が強まり膨らんでいた魔槍キープ・ゼル・ファドアはさらに加速する。

 そして、生成り色と赤雷が混じる平三角直槍の鋭い穂先がカルードの胸元に吸い込まれた――。


「ぐっ――」

 

 カルードの背中から血飛沫が迸る。

 魔槍キープ・ゼル・ファドアの穂先が突き抜けていた。


 その瞬間、教会の中庭に到着した<筆頭従者長>たち。


「――えっ、父さん!!」

「嘘ッ、カルード先生が!」

「ん、そんな!」


 そのカルードを貫いた魔槍からアドリアンヌの力の象徴である生成り色の魔力共に、魔界王子メイドーガが嗤う幻影が二人を包む。

 メイドーガの幻影はレジーの体に憑依するように長身の彼が操る魔槍キープ・ゼル・ファドアの中へと染み入るように消失していく。


「決まったな」


 レジーはそう言葉を発しながら……。

 

 中々の強さだったが、心臓を穿った。

 後は頭部を刎ねれば吸血鬼の再生も追いつかないだろう。

 この仲間たち……ユイも居るし丁度良い全員を始末する……。


 あの黒豹は……逃げた方がいいかもしれねぇが……。


 と、思いながら黒豹ロロディーヌの姿を見て、逃走ルートを思い浮かべていく。


「先生!」

 

 ママニが強く叫ぶ。


 レジーは「うるせぇ虎が」と舌打ちしながら……ルシヴァルの面々を続けて見続けていた。


 その瞬間、不自然な動きをしたカルードを視界の端に捉えたレジー。

 再び、顎を下に傾け、胸を穿ったカルードを見下すように視線を傾ける。


 その時――。


 カルードは痛みを味わっただけに過ぎないというようにある行動に移す。

 <血相・紅渚>の魔紋がカルードの眼前に浮かんだ。

 この<血相・紅渚>は相対している相手に合わせて、使い手の身体能力を引き上げる効果もある。


「父さんのあのマークって……」


 ユイは勿論知っている。

 そのマークとはフローグマンの家紋に近いからだ。


 しかし、血の虎を模る理由は、まだ彼女もよく分かっていない。

 そんな彼女を愛でている魔界の女神は違うようだが……。


「ん」

「良かった、生きてた。あ、でも、わたしたちってルシヴァルだしね……」

「先生の魔紋! しかし、不思議だ。虎?」

「シュアァ! 先生はあそこも大きいのか!」

「ビア興奮しすぎ! 失礼よ。黙って見学しないと」


 血獣隊とルシヴァルの面々はカルードの破廉恥な姿を見て感想をもらしていた。

 娘のユイはまだ戦い途中の父親を心配そうにカルードを見ていたが、父の強さを知るだけに、相対している槍使いに同情の念を送る。


 そのカルードは……。

 皆を見て、安心しろという語るように頷いた。


 そして、魔槍キープ・ゼル・ファドアを掴みながら自身を自らの胴体を裂くように前傾姿勢から前回転――。 

 まだ身に纏っていた黒装束はほとんどが破れ散った。


 鳩尾から脇腹にかけて引き裂かれたカルードの胴体。

 この内臓が大きく露出し、傷ついた断面から血が大量に迸っては肉が再生していく生命に溢れるさまを、一般人が見たら恐慌を引き起こすだろう。

 

「なんだと!?」


 レジーはその半裸に近いカルードの踵落としを肩に受け、片膝を突く。

 同時に血の虎たちが、彼に襲いかかった。

 その血は、裂かれたカルードの体から迸っていた血のシャワーとも喚ぶべきモノだが――。


 カルードの体の再生が遅くなる代わりに、その血という血が自動的に虎のような姿を模っていた。


 カルードはその虎を模った血の一部を体内に戻しつつ踵蹴りからの流れるような血剣を魅せた。

 視界が血に染まるレジーを一刀の如く処す――ようなイメージで揮った<抜刀暗刀>から連携斬りが始まる。


「あれはユイの――」


 レベッカの歓声が響く。

 エヴァとユイが頷く。

 ユイは自慢気な表情だ。


 カルードは、二太刀めでレジーの肩口を切断――。

 三太刀めでレジーの右腕を切断――。

 四太刀めでレジーの左脇腹を切断――。

 

 そして、五太刀めの<暗迅天刀無>の暗刀七天技の煌めきがレジーの視界を完全に埋めた。レジーは双眸を斬られる。


「ぐあぁ」

 

 続いてカルードは身を横に回転させながら<血滅・虎牙>を発動――。

 血虎を纏う剣術技。

 ヴェロニカ以外のルシヴァルの眷属たちの中で、ユイとヴィーネと共に<血道第二・開門>の習得に最も近付いたからこそ獲得したばかりの血の技を繰り出した。


 そして、もうレジーには見えないが――。

 カルードの繰り出す煌めく切っ先は、血色の虎たち躍り喰う模様に見える。


 まさに、鮫でいう狂乱索餌だ。

 シュウヤが見たら、玲瓏の魔女の姿を思い出すだろう。 


 ユイもその血虎と剣が、レジーのどこを狙っているのか、読みきれないほどの剣術技。

 最後にレジーが持っていた魔槍キープ・ゼル・ファドアが彼の心が折れるようにねじ曲がり、折れ、二つの棒となって地面に片方がからりと落ちる。


 もう片方はどっぷりとしたレジーの肉片を宿して地に突き刺さった。


「ん、凄い」


 エヴァの言葉が教会の跡地に響いた。


「父さん凄いけど、あそこを隠してほしい」

「あの魔槍を折った、最後の技……見たことがない」


 血獣隊のママニの言葉だ。

 彼女もユイの言葉は聞こえているが、あえて、指摘はしない。

 そして、ママニも女であるが故に注視していたが……。

 

 そのママニの視線には誰も気付いていなかった。


 カルードは最後に頭部だけとなったレジーを掴む。

 身を翻して、ある偉大な魔素を感じ取った。


 そう、彼の慕うマイロードだ。

 一片、二片と、細かな血の肉片と共に砂礫が眼に入るが、構わない。


 わたしを頼ってくれたマイロードのためにすべてを捧げる。


「マイロード!」

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