四百七十三話 ホワインとの戦い

 白蝋のような肌に蛾眉の顔を持つ彼女――。

 だが『美しいものには棘』がある――。

 と、いわんばかりに魔矢の鏃を突き出してくる。


 俺に接近戦を挑んできた。


 俺の眉間を刺そうとしている鏃は真っ赤だ。

 今まで、火鉢の中に刺さっていたのかよッ――。

 そんなツッコミを入れたくなるぐらいに、先端の鏃は溶岩のように真っ赤だった。


 真っ赤な鏃を囲む黄緑色の魔力は輝きを増す。

 俺は俄に首を傾げ――その熱そうな鏃を避ける。

 ぶぉっとした熱風音が耳朶を吹き抜けた――。


 続けざまにホワインの反対の手が握る魔弓に備わる剣が腕に迫る。

 魔弓の滑車が変形してできた長剣の幅を持った刃だ。


 歩幅は短い。

 剣術とは違うが……対応はできる――。 

 剣の突きと同じ軌道だからな――。

 と、小手攻撃狙いを読んだとこで、腕を下げてあっさりと魔弓の剣刃を避けた。


 続けて迫る魔矢の鏃――。

 体を横に移動させて避けた――。


 素早い連撃を繰り出すホワインは呼吸を乱さない。

 再び魔弓の端に備わる剣刃の突きを繰り出してきた。

 彼女の腕の振りはコンパクトだ――。

 矢と弓による連続の突き技。

 頭部を体ごと横にずらして、これも避けた。


 俺には便利な鑑定眼はないが――。

 魔察眼と掌握察に加えて――身体能力がある――。

 熱そうな鏃が目立つ魔矢と魔弓の端に備わる鋭そうな剣の<刺突>系の突き技を――爪先を軸とした回転避けを交えながらホワインの武を観察した。


 いつもの修業モードだ。

 しかし、掌握察に反応があった。

 まだ、まばらな反応だが、人と分かる。


 勿論、目の前のホワインではない。

 外、路地の壁向こうからだ。


 建物に住む住人たちの気配ではないだろう。


 ぽつぽつとした増えていく魔力。

 集結しつつある伏兵なら【星の集い】の兵士か?


 なら対峙しているホワインは囮ということか。

 伏兵らしい気配は……。

 彼女と呼応するように微かに動くのみか……。


 ま、今は強者の彼女に集中だ。

 矢を握った攻撃はまだ分かる――。

 しかし、魔弓の端を変形させた長剣を用いての接近戦とは予想外だ。

 彼女の渾名が弓剣星だと納得する攻撃は続く――。


 彼女の細い腕が一本の刀のように見える。

 ホワインがユイのような凄腕の剣士に見えてきた。

 腕と体躯の動きは手刀系の突き技のような動作。

 その彼女の歩法を含めた……突き系の技術をできるだけ目に焼き付ける――。

 熱を帯びた魔矢の鏃と、弓の滑車が変形した剣刃の攻撃を、何度も避けた。


 タイミングを見て……逆に仕掛ける。

 それは攻撃の仕掛けではなく後退の仕掛けだ――。

 半身をずらし――。

 右斜め下に動くとホワインに見せかけた。

 左に一歩、下がりながら路地の家の壁を左の掌で突く。


 その叩いた衝撃で左の壁向こうの気配たちが動いた。

 やはり、伏兵が濃厚か。

 ――そこからその壁伝いに風槍流『片折り棒』のステップを踏みながら後退した。


 ホワインは後退した俺を追うように頭部を横に動かす。

 その際に、帽子から垂れた前髪が揺れていく。


 瞑っていない片方の目は冷静だ……。


 その目を注視。

 虹彩は黒色を基調とした瞳だ。

 勿忘草色の小さい星形魔法陣がその黒色の瞳の中に散らばっている。


 瞑っている片方の目が怪しい。

 さらなる強力な魔眼が潜んでいる雰囲気を感じた。


 耳は人族系。

 椿のような花の耳飾りか。

 花も綺麗だが……。

 ところどころに赤い宝石がちりばめられた茎の形をしたイヤーカップも美しい。


 そんな耳飾りが綺麗なホワインは微笑む。

 薄紅色の口紅が映える。


「……槍使い。素晴らしい動き」


 褒めてくれた彼女の唇を見ながら、


「避けているだけだが……」


 と、当たり前のことを語る。


「その避けるだけが素晴らしいのよ。避けつつ相手の武を観察する。学ぼうとする姿勢が根底にある……」


 一瞬で、俺の動機を推察したのか。

 このホワイン……。

 いや、ホワインさんと呼ぶべき女性は相当に経験を積んでいる……。


「……たまたまだ」

「ふふ、可愛いのね。そう謙遜しないでもいいのよ……その一様ではない・・・・・・歩法を獲得した修羅・・とした経緯は、なんとなく想像できるからね」


 そう語るホワインさんは喜びの色が走る。

 が、その喜びを意味する表情筋の動きは一瞬だった。

 彼女は魔眼系の力を使ったのか、片目で俺を睨む。


 だが、一応は褒めてくれたから、


「そりゃどうも……」


 と、答えた。


「素直ね。そして、気付いていると思うけど、周囲の気配は気にしないで」


 意外だ。自らばらすとは。


「伏兵かと思ったが、違うのか?」


 と、ホワインさんに尋ねた。

 すると、『しかたないわね』といった溜め息をつく。

 何か彼女には事情があるようだ。

 少し間が空いてから、


「周囲の兵というか……弟子たちは、わたしの意図ではないわ」


 弟子たち?

 だからか……。

 彼女から歴史を感じたのは偶然じゃない。

 ホワインさんは、弓と矢に関する武術の師匠なのか。


 どういう理由で、アドリアンヌの部下というか仲間に加わったんだろうか。


 すると、月狼環ノ槍から金属音が鳴った。

 九環刀を彷彿する金属の環たちは互いに呼応するようにぶるぶると震え出す。


 勇ましい狼たちの遠吠えか。

 ……『我らにふさわしい相手だ』といったような感じだが、金属が混じっているから不協和音だ。

 金属音と混ざった生きた狼たちのような不可解な音を聞いたホワインさんも、月狼環ノ槍の穂先を強く睨んでくる。


 そして、視線を俺に戻しながら……。

 薄紅色のルージュが引いた小さい唇を動かした。


「……幻狼が宿る槍か」


 と、呟くホワインさん。

 月狼環ノ槍から狼たちでも見えたのか?


「貴方もその槍の気持ちに応え、本気・・を出しなさい。<天夢・リーカンソー>――」


 ホワインさんはスキルを発動した。

 椿のピアスから生成り色の魔力が発生し、そのピアスが蠢く。

 ピアスとイヤーカップは変形していく。

 やがてピアスからとうのようなモノが、にゅるりと生まれ、花弁の形が変わった。

 椿の色と似たポインセチアのような大きい花弁に拡大したところでピアスは動きを止めた。

 同時に彼女の背景に、薄らとした朧気なポインセチアが現れた。

 続けて、両目を瞑った女神のような幻影も出現。


 盲目の女神は弓と矢を持っている。

 さらに全身から触手のような魔線をホワインさんに延ばしていた。


 触手魔線と繋がるホワインさんだが……。


 彼女は依然と、片方の目を瞑った状態だ。


 その直後――。

 全身に纏っていた無色の魔力が前髪と似た勿忘草色へと変化した。


 綺麗な色だ……。

 片目の魔眼の力か。

 それとも彼女自身の魔闘術系の発展した能力か……。

 単にマジックアイテムだと推測できる花ピアスの効果か。


 やはり、背景のポインセチアの花弁と女神のような女性の幻影効果だろうか。


 綺麗な耳飾りを揺らすホワインさんは、左足の膝頭を俺に向け、スラリとした足を伸ばす。

 そのスラリとした足が履く靴はスティレット・ヒールだ。

 しかも、かなりの魔力を内包している。


 彼女はその細い足に似合うスティレットヒールへと魔力をさらに込めた。

 甲の部位から星のマークが輝きを示す。

 続いて、矢のマークと剣のマークもスティレットヒールの近くに出現した。

 ヒールの周囲に二つの装身具のような形で、矢と剣のマークが浮かぶ。


 ホワインさんはそんなスティレットヒールと長い足を自慢するように歩く。

 モデルのような歩き方だ。


 止まると……また足を前に出す。

 そして……爪先で地面を噛むようにジリッと音を立てる。


 腰を僅かに捻って胸元を晒すように半身を前に出した。

 同時にスティレットヒールの靴からスイッチが入ったような機械音も鳴った。

 ゆっくりとした所作でショールを揺らしながら俺に体を向けている。


 膝掛けにも見えるスカートも悩ましく揺れて白い太股を覗かせた。


 ホワインさんはその靴を含めて両足に纏う勿忘草色の魔力を強めていく。


 エネルギーを集めた印なのか、近くに浮かんでいた矢と剣のマークは点滅を始めた。


 すると、脛と足首辺りから水飛沫のような魔力の粒を発生させる。

 ヘルメのような水飛沫だ。


 ――これが彼女の本気なのか・・・

 魔力の粒の一つ一つには魔線が凄まじい練度で詰まっている……。

 透過した魔力は綺麗だ。

 しかし、魔闘術系の技術なのか?

 導魔術とか仙魔術の一種なのかもしれない。


 それとも背景の女神の幻影を誕生させた耳のアイテムと同じく……。


 足から聞こえた機械音と連動したスティレットヒールの効果か?


 ホワインさんは帽子がずれそうなくらいな前傾姿勢を取った。

 そして、一の足で地面を蹴り――。

 俺との間合いを詰めてくる。

 スムーズな低空を飛ぶような重心移動――。


 素晴らしい歩法だ――。

 前傾姿勢から矢と弓による〝弓剣の矢突〟と呼ぶべきスキルを繰り出してきた――。


 俺は斜めに後退――。

 ホワインさんは片手が剣にでもなったかのように真っ直ぐと魔弓に備わる剣刃を伸ばしてきた。

 それを眼前で避けてから、彼女とあえて間合いを取るようにさらに後退する。

 ホワインさんはスムーズに方向を変えて後退した俺を追ってきた。


 今度は反対の手に握った魔矢を俺の首に向けて突き出してくる。

 熱した鏃で俺の急所を貫かんとする攻撃だ。


 その弓と矢を主体とした攻撃の質は変化してきた。

 突き出す腕の動きと歩幅の速度を微妙に変えた歩法。


 彼女の背景に浮かぶ微笑みを浮かべている盲目女神の力か。

 幻影とはいえ触手は実体化しているからな……。


 盲目女神が持つ弓と着ている白布は幻影というか半透明だが……。


 その女神の輝く魔力の触手たちはホワインさんの肩と背中に当たっている。

 だから、幻影の女神から何かしらのパワーをホワインさんは得ていると仮定した。


 そして、刃の軌道を読もうにもタイミングを狂わせてくるから厄介だ。


 ――急ぎ、月狼環ノ槍を握る手の位置を変えた。

 短く持った月狼環ノ槍の柄を僅かに下ろす――。

 ホワインさんの突き出した鏃の先端に月狼環ノ槍の焦げ茶色の柄が激しく衝突した――。


 ――胸元からドッと鈍い音が響く。


 月狼環ノ槍の焦げ茶色の柄から激しい火花も散った。

 ホワインさんの魔矢の真っ赤な鏃は欠ける。

 そして、黄緑色の魔力ごと、その魔矢は折れ曲がっていた。


 だが、月狼環ノ槍の柄も削れてしまう。

 焦げ茶色の木材のような素材だ、仕方がない――。

 血魔剣アーヴィンでも用いるか?

 と思った刹那――月狼環ノ槍の偃月刀のような部位に備わる金属の環たちが文句を言うように激しい金属音を打ち鳴らす。

 続いて、月狼環ノ槍の柄から幻狼が出現する。

 その幻狼はホワインさんではなく俺の手を喰らうように噛み付いてきた――。

 不思議と痛みはあまりない。

 甘噛みのような感じだ。

 しかし、その手に噛み付いてきた幻狼は俺の魔力を吸い取っていく。


 魔力を吸った幻狼は月狼環ノ槍の影となるように狼の姿となって消えていった。

 その柄は黒色に煌めく――。

 さらに、さっきまで文句のような金属を鳴らしていた金属の環たちが一瞬静まりかえる。

 そして、金属の環たちは再び揺れながら――俺の魔力を得て活力でも得たように一匹一匹の個性を持った狼たちが吠え立てるような鳴き声を発していく。


 さらに月狼環ノ槍の柄棒の中心部分から蛍火が浮かぶ。

 その光はルーン文字だ。

 その淡い光を放つルーン文字は瞬間的に月の形に変化を遂げながら月狼環ノ槍の天辺から柄頭まで行き渡り沈み込む――。


 そうして、攻撃を受け欠けていた部分に仄かな魔力が集積する形で再生した。

 月狼環ノ槍は修復機能を持つのか。


「――くっ」


 ホワインさんは再生する月狼環ノ槍を見ながら僅かに呼吸を乱す。

 そして、即座に先端が欠け曲がっている魔矢を捨てた。

 さらに指に挟み持っていた予備の矢を掌を返すように手首をクイッと手前に動かし、スムーズに、その予備の矢を掌へと移す。


 すると、袖の中に忍ばせていた予備の魔矢が自動的に指に向かう。

 器用にその魔矢を指に挟んでいた。


 その魔矢を指に挟んだ直後――。

 反対の手が動く。

 魔弓の両端に備わる刃を俺の首を貫こうと突き出してきた――。


 ――すげぇ迅い。


 咄嗟に――<血道第三・開門>。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動――。

 <脳脊魔速切り札>は、まだ使わない。


 目の前に迫った弓の端に備わる剣刃を――。

 右肘の上に乗せた月狼環ノ槍を半回転させて対処した。

 剣に柄を衝突させて、弓の剣を弾く。


「やるわね――」


 ホワインさんは俺の月狼環ノ槍の軌道を褒めると――。


 肘と腰の動きを変えて、タイミングを変えてくる。

 突きから逆袈裟といった変則軌道の見たことのない弓剣術を繰り出してきた。


 左手で掴み直した月狼環ノ槍の柄で、その逆袈裟斬り軌道の刃を防ごうとしたが――。


 途中で軌道を変えた薙ぎ払いの鋭い刃が首筋を掠った。

 間に合わず――痛ッ――。

 首からジュッと焦げる音が響いた。

 そこから突きの連撃が、首筋と頬を、更に掠る――。

 赤く熱した焼き鏝を肌に喰らうかのような痛みが走った。


 俺の動きに即応してきたホワインさん。

 盲目女神のような存在の力も加わっていると思うが――やはり、彼女の武術と勿忘草色の魔闘術は優秀だ。


 そこで<血魔力>を意識――。

 <血道第四・開門>――!

 <霊血装・ルシヴァル>を発動。

 一瞬で口元にガスマスク状の新装備を出現させる。


「え? 闘気霊装!? いや、血? 実は吸神信仰隊の暗部だとでもいうの!?」


 ホワインさんが驚愕しながら叫ぶ。

 そんな表情を浮かべながらも攻撃の手を止めないところが、また凄い。

 再び、片目を瞑ったホワインさんは迅速果断な連撃を繰り出してくる。


 しかし、陶器、もとい、闘気の霊装というモノが他にもあるようだ。


 彼女はスキルでも発動したのか魔矢の先端に備わる鏃の<刺突>と呼ぶべき突き技の速度が上がった。


 魔矢の下部が視界にチラつく。

 羽と違う豌豆えんどうのような粒飾りが付いていた。


 が、気にしてはいられねぇ。


「ルグナドとは関係ない――」


 避けながら否定。

 そして、反撃の月狼環ノ槍を差し向ける。

 が、ホワインさんは魔弓の端に備わる剣で中段の胸元に迫った大刀の穂先を往なす。


 その動きを見て、口元にガスマスク状の新装備を意識。

 <霊血装・ルシヴァル>を生かすように、


「どちらかといえば、ルグナドの眷属は敵だ。そして、お望み通り本気の一端を見せよう――」


 俺は重低音の声音を響かせながら宣言し――。

 ホワインさんの歩法を参考とした歩幅を少し調整しながら地面を強く蹴り、わざと後退した。


 槍圏内だったが――あえて間合いを外した。

 続けて、左足を前に出し体勢を低く構える。


 両手に握る月狼環ノ槍の穂先が地面を擦った。

 その偃月刀のような穂先から狼が息を吐くような風が生まれる。

 地面から土煙がもうもうと舞った。


 そして、土煙越しにホワインさんを凝視……。

 睨みを強めた。


「亜種が混じった風槍流かしら……」


 俺の槍構えを見て、そう分析するホワインさん。


 今の俺の構えは前に戦った槍使いと似ているはず。

 そう猫獣人アンムルの黒狼のソレグが得意とした構えの一つ。


 ホワインさんは動きを止めている。

 まぁ、それも当然か。

 槍の構え云々の前に……。

 今の俺は顔の下半分を守るだろうガスマスク系を装備している。


 血鎖新防具<霊血装・ルシヴァル>の装備をまだちゃんと見てないが……。

 皆が恐怖を感じていたように見た目は強烈な血鎖鎧系だと思うし……。

 恐怖を感じさせるような声に変化しているのだからな。

 ホワインさんもさすがに警戒したはずだ。


「……身震いする声ね……夜の瞳も素敵。そして、声に似合う防具は、血魔力系秘技の一端かしら……」


 恐怖というか喜びといったニュアンスだ。


 しかし、彼女の語ることに嘘はない。

 魔弓と魔矢を持つ両腕に鳥肌が立ったような動きを示した。

 そして、そんな片目のホワインさんは……。

 興奮している意味でもあるのか、魔眼の星形の魔法陣が凄まじい勢いで回転していた。


 回転具合を見ていると、時計というか、複眼にも見えてくる。


「……」


 ホワインさんは他にも血を使った技術を知るようだ。

 とりあえず、首と口元に作った防具は血魔力系だし、肯定しておこうか。


「……そうかもしれない」


 と、素直に告白。

 すると、ホワインさんはびびるどころか、中高の顔立ちが喜色満面となった。


「そう、行くわよ――」


 そう発言すると、俺に立ち向かってくる。

 同時に足下の水飛沫のような魔力の粒群が、一瞬で、魔矢と長剣の姿に変化した。


 ――導魔術と仙魔術を合わせたような飛び道具か?

 ――魔眼の魔法陣が回転していた意味も関係しているのか?


 複数の魔矢と長剣を宙空から俺に差し向けてきた。


 <鎖>か魔法か防御の選択肢は複数あるが――。

 ここは<導想魔手>を使うとしよう――。

 視界を埋める勢いで飛翔してくる魔矢と長剣たち。

 俺はグー、チョキ、パー、と形を変えた<導想魔手>で、パーの形を作る。

 その歪な魔力の手パーを振るい上げた――。


 襲い掛かってくる魔矢と長剣たちへと蠅でもぶった叩くように<導想魔手>を衝突させていく。


 そうして、<導想魔手>を用いてほとんどの遠距離攻撃を、はたき落とすように防いだ――。

 周囲に散るように地面に突き刺さる剣と魔矢たち。


 だが、一つだけ<導想魔手>を掻い潜ってきた黄緑色の魔力が包む長剣が俺に迫った。


 逆に迎え撃つ――。

 一歩前に踏み込みながら、その長剣の切っ先に向けて右手を突き出す。

 そう、右手に握る月狼環ノ槍の<刺突>だ――。


 太刀のような穂先が長剣の切っ先を裂いていく。

 ――長剣を真っ二つとした。

 俺の左右の位置から地面に突き刺さる金属音が鳴るが、見向きもしない――。


 ホワインさんを直視しながら右手に握る月狼環ノ槍を即座に引いた。

 この槍の引き際は重要だ。


「導魔術系の技術を持つのね――」


 そう語りながらホワインさんは魔矢を投擲してきた。

 俺は縦から横へと動かした月狼環ノ槍の柄頭で投擲してきた魔矢を弾く――。


 ホワインさんはその隙に前進――。

 反対の魔弓の端に備わる剣突によるモーションを見せる。


 もう慣れた――。

 俺は<導想魔手>を消す。

 その近寄ってくるホワインさんを迎え撃つように前傾姿勢で立ち向かう――。

 <血液加速ブラッディアクセル>を生かす形だ。


 彼女の扱う魔弓の剣よりも速く動いた。


 瞬く間に、槍圏内に入ったところで相撲でいう寄りの姿勢から――。

 ホワインさんの足下に向けて月狼環ノ槍を突き出す――。


 ――<牙衝>を繰り出した。


 ――しかし、ホワインさんは俺の槍機動を読んできた。

 左手を下に傾け魔弓の端の剣刃で、見事に、俺の下段攻撃の<牙衝>を防ぐ。

 その際、月狼環ノ槍の穂先から黒狼の幻影が生まれ出ると、黒狼は彼女の足下を駆けていった――。


 その幻影に物理属性はない。

 風が彼女のスカート系防具を捕らえ襞を伸ばすだけだ。


 ホワインさんは右肘を上げ、下手投げで反撃の魔矢を投擲してくる――。

 俺は首を傾け、その魔矢を避けた――が戞――と乾いた音が鳴った。


 首下の新防具<霊血装・ルシヴァル>が魔矢の投擲を弾いた音だ。

 ホワインさんは防がれることを想定していたように流れる動作では両手握りに移行した魔弓剣を振るい胴抜きを狙ってきた。


 両手の握りだ――。

 魔弓を振るう速度は上がっている――。


 だが、対応は可能。

 その横から薙ぐ軌道の剣刃を斜に構えた月狼環ノ槍の柄で防ぐ。

 左手を柄の上部に右手を下の柄に持った形の脇腹を守る形だ。


 これは風槍流『風流かぜながし』――。

 そして、防ぐだけが風槍流じゃない――。


 ホワインさんの魔弓の端に備わる剣ごと持ち上げてやる!

 両手に握った月狼環ノ槍を縦に回転させながら動かす――。


 受けに回った彼女の魔弓を持ち上げた。

 だが、魔弓を月狼環ノ槍に引っ掛けることはできず――さすがだ。


 そのまま月狼環ノ槍の柄頭が宙に弧を描く――。

 俺は月狼環ノ槍と共に回転し半歩下がりながら背面をホワインに晒す。

 そして、後ろ回し蹴りではなく――。

 背から横に、横から、正面に移す機動から、月狼環ノ槍の柄頭を生かす、下段突きをホワインさんの足下に繰り出した――。


 ホワインさんは風槍流の技術に対応してくる。

 俺の下段突きを、右手に用意していた魔矢を突き出し――。

 その魔矢を盾代わりにしてから、横回転を行い、あっさりと下段突きを避けてきた。


 ――その避けた機動を生かすように軽く地面を蹴って跳躍したホワインさん。

 振り上げていた魔弓の端に備わる剣を、俺の頭部に向けて振り下げてくる――。


 俺は月狼環ノ槍を上部に構えた。

 九環刀のような形の穂先で、その頭上の魔弓の剣を受け止める――。


 衝突した箇所から火花が発生し――金切り音も鳴り響いた。

 体重は軽いが、威力はある。

 弓を持つ女神の力が加味しているのか?

 不思議な圧力も、感じた――。

 だが、そんなモノに屈しはしない――。


 両手に握る月狼環ノ槍を小刻みに振るい――魔弓に備わる剣を弾く。


 月狼環ノ槍の九環刀のような金属の環たちからも金属音が響いていった。

 その狼と金属が合わさった音に影響を受けたわけではないが……。


 互いに動きを止めた。

 一陣の風が熱い俺たちの体を冷ますように感じた。


 槍の穂先と、魔弓の端から伸びる切っ先を合わせる形となる。

 互いの視線を用いた牽制が続く。


 つばぜり合いとは少し違うが……剣呑の間だ。


『強い女ぞ!』


 黙っていたサラテンがそんな思念を送ってきた。


『あぁ』


 と、短くサラテンに応えながら……。


 魔弓と魔矢を扱うホワインさんか。

 ……彼女の魔弓の間合いは広い。

 形は、コンポジットボウ系に近いが……。

 その間合いは、両手剣か槍と同じだろう。


 そして、裾の中に矢を格納しているアイテムボックスがあるようだ。

 そのホワインさんが口を動かしてきた。


「歴史を感じさせる風槍流の技術……」


 俺が彼女の背景から、その弓を扱う武の歴史を感じたように……。

 彼女も俺の扱う槍武術から、背景にある風槍流の歴史を感じたようだ。


 アキレス師匠との訓練を思い出しながら、


「そうだ。俺には偉大な風槍流の師匠が居る」


 と、素直に彼女の武に対する礼を込めて告白した。


「……お師匠様ですか。槍使い。貴方のことを誤解していたわ。闇ギルドの盟主の前に一人の武人なのね」

「俺の何を聞いて誤解していたのか知らないが……槍武術に対する思いと、師匠への思いは……何一つ昔から変わっていない」

「……ふふ、羨ましいわ、その師匠が……」


 俺の槍武術の思いが伝わったのかホワインさんは感慨深く語る。

 何か闇ギルドが相手だが……。

 彼女と、ある種、通じ合うことができた。

 そう意識した直後、先にホワインさんが仕掛けてきた。


 地面から魔法陣が浮かぶ――と同時に俺の左右から剣が伸びてきた。


 どういう仕組みだよ――。

 右と左から――脇と頭部を貫こうと伸びた剣をとっさに仰け反って避けた。

 その際、神話ミソロジー級防具服のハルホンクが擦れ、火花が散る。


 紙一重で避けた。

 すぐに後退――。


「なんて、反応速度なの!」


 と叫ぶホワインさんは即座に前進――。

 魔法陣から伸びていた剣たちを瞬く間に飛び越えて、間合いを詰めてくる。

 スティレットヒールの靴は魔力を内包しているからか、足が速い。


 ――俺の頭部に向けて、魔弓の端に備わる剣の切っ先を伸ばしてきた。


 思わず、『あんたもすげぇ反応速度だ』と、叫びたかったが――。

 体の方が先に動いていた。

 月狼環ノ槍の柄頭で、その眼前に迫った突き剣を受け、弾く。


 俺は俄に前進しながら彼女の胸元に向けて、トレースキックを放った。

 だが、ホワインさんは弾かれた魔弓を胸元に下げていた。


 魔弓のリム部分で俺の蹴りを受け止めて、


「きゃっ――」


 と、可愛い声を発しながらも、蜻蛉返り機動から開脚した状態で後退した――。

 魔法陣の左右から伸びた剣の先端にハイヒールのスティレット状のヒール部分を当て、器用に開脚状態で立っている。


 ――勿論、開脚しているから白い太股というか、パンティさんが見えていた。

 捲れたスカートは動きやすいように太股の部分が切れている。

 だから余計にパンティさんがくっきりと露出していた。


 そのパンティさんは、魔力と同じ色合いの、悩ましい勿忘草色だ。

 しかも、少し湿っていた。

 お守りになりそうな毛毛がうっすらと見えている……。

 ――くっ、ここで精神攻撃とは、やるなホワインさん。

 思わず唾を飲み込んでいた。


「……ふふ、オカシナ槍使いさんね。わたしのあそこに興味を持つなんて」

「そりゃ、男だからな。美人には弱い」


 しかし、パンティ云々の前に、駆け引きがすげぇ。

 パンティさん、いや、ホワインさんは確実に強者だ。


「あら、ありがとう。でも、攻撃を受けた時よりも、今の不意打ちよりも、今が一番、焦ったような表情を浮かべているようにも見えるけど……大丈夫かしら?」


 と、開脚状態のホワインさんは妖艶な笑みを見せながら、魔弓に矢を番えていた。

 この距離での射手状態かよ。


「理力、理力、狙うは一時、されど時に非ず――」


 謎の言葉と魔矢を放つホワインさん――。


 目の前に迫った魔矢を仰け反って避けた――。

 ――痛ッ、伸ばしていた鼻を削られた――。


 血が舞うが、その血を吸い寄せながら左手にガンジスを召喚――。

 二槍流に移行。

 差し迫った第二の魔矢を神槍ガンジスで薙ぎ払う――。

 同時に生活魔法の水を周囲に撒く。


「――反応速度と、ううん、鼻がもう回復している……誓約魔法級ね……でも、水の魔法?」


 誓約魔法級とは初耳だ。

 王級とかではなく彼女が知る魔法技術の級は違うようだ。

 度量衡的に国や宗教で変わるのか?

 そのことは聞かずに、


「その通り、ただの水だよ」


 水と血の環境を瞬時に作る。

 同時に<超脳・朧水月>を意識した。


「何かの布石かしら、さっきの水の防御魔法とは違うみたいだし」

「お茶を濁す程度のモノだよ」

「そう……意味があるのね……でも、その瞬時に左手に出した槍……二槍流も扱えるのねぇ……二槍チムサを思い出すわ――」


 と、語るホワインさんは矢を番えず、開脚状態から前転を行う――。

 着地から隙がなく前進してくると――片足で蹴りを放ってきた。


 剣のように尖ったスティレットヒールの底を生かすような、トレースキックだ。


 俺の蹴りのお返しってか?

 神槍ガンジスと月狼環ノ槍を胸前でクロスさせてヒールの蹴りを防いだ。

 目の前で火花が散る。

 ――スティレット、まさに短剣の靴だ。


 エヴァの金属製の足底にある金属の杭を思い出す。

 弓剣格闘術の使い手ホワインさんの足から彼女を覗くように、


「二槍使いか。興味はある――」


 と、語りながら両手を広げた。

 神槍ガンジスと月狼環ノ槍で押し出すようにホワインさんの蹴りを跳ね返す――。

 ホワインさんはその反動を利用した。


 後転からくるくるとした回転機動で宙を素早く移動し、壁に向かう。

 壁に刺さっていた剣の腹を片足で踏みつけるように蹴り、三角飛びを行った――。


 飛翔する彼女の背後には微笑む表情を浮かべている弓を持った女神の幻影が映る。

 そのホワインさんは地面に降りる、その着地際を狙う――。


 魔力を月狼環ノ槍に込める。

 イシュルーンの邪教を潰した時の光景を脳裏に瞬時に描きながら――。

 サイドスロー気味に月狼環ノ槍をホワインさん目掛けて<投擲>した。


 華麗に着地したホワインさんは狼の遠吠えのような音を発して近付いてくる月狼環ノ槍を見て、


「――えっ」


 と、驚きの声を上げた。

 しかし、勿忘草色の魔力の軌跡を宙に残しているように彼女は素早い――。

 ホワインさんは分身術でも持つように残像を生み出しながら移動する。


 俺が<投擲>した月狼環ノ槍を踊るようなステップワークで避けてきた。

 彼女の残像を貫いた月狼環ノ槍は地面に突き刺さる――。


 突き刺さった月狼環ノ槍は稲穂のように左右に揺れた。

 そして、月形の柄頭から幻影の狼たちが宙へ向けて突出していく。

 幻狼たちは『獲物』『獲物』といったように吼えながら宙を舞いホワインさんを追う――。

 しかし、彼女の背後に漂う女神の幻影の双眸が夕照のような光を帯びた。

 すると、幻狼たちは獲物を求めるような虚しい唸り声を発しながら消失していく。


 闇教会の一派を潰した<投擲>はあっさりと封印か。

 耳の装身具が……起因していると推測するが……。


 盲目の弓女神は強力だな。

 防御魔法系統、または、カウンター系の効果を持つようだ。


 ならば、投擲ではなく直に押さえるか。

 路地の奥に移動したホワインさんを追った。


 同時に周囲の魔素を確認――。

 槍の線状に魔素はない。

 周囲の魔素は、まだ俺たちの機動に追いついていないようだ。


 彼女の配下を含めて住人の気配はない。

 あの技を繰り出しても、大丈夫だろうと推察してから――。


 右手に魔槍杖バルドークを召喚――。

 壁を蹴って三角飛びを行う――。

 身を捻りながらホワインさんを飛び越える形で着地した。

 すぐさま、翻す――。


「重そうな魔槍を持つのに速い――」


 ホワインさんも動きを止めた。

 彼女に向けて<刺突>の構えを一瞬見せる。

 俺も本気だ。

 フェイクを繰り出してから――。

 <邪王の樹>を発動。

 ホワインさんに樹木を向かわせて素早い機動の足先を捕らえた。


「何!?」


 驚くが、無視――。

 すかさず<闇穿・魔壊槍>を発動――。

 最初の<闇穿>は防がれた。


 魔矢と魔弓をクロスする形で防いでいる。


『この強い女を殺すのか?』

『いや、だが、本気の応えには本気で応えるのが槍使いだろう!』


 珍しいサラテンが疑問形だ。

 サラテンの問い、自ら気合いを入れるように応えた――。


 闇の魔力を纏う紅斧刃と紅矛を確認。

 ホワインさんが、盾代わりに使った魔弓から削るような音が響く。

 紅斧刃と触れた革ベルトは燃えていた。

 肩の布きれも焦げていく。


 しかし、ホワインさんは初撃を見事に防いできた。

 防御術も洗練されている。


 突き出した魔槍杖を手前に引く――その刹那。

 異質な破裂音が右の空間から響くと同時に魔壊槍グラドパルスが出現した。

 ホワインさんは片目の瞳孔を散大させて驚く。

 無理もない。

 突然に壊槍グラドパルスこと巨大な闇ランスが登場したんだからな。


 その闇色のランス形状を持つ魔壊槍の見た目は変わらない。

 黒太い鋼線の螺旋細工は相も変わらず渋い。


 しかし、ホワインさんの片方の目は瞑ったままだ。

 片目は不自由なだけなのか?


 そんな疑問もつかの間――。

 ホワインさんごと魔弓を喰らうように螺旋回転している壊槍グラドパルスが直進した――。


 ところが――。

 ホワインさんの背後に浮かんでいた盲目女神の幻影が突出。

 ホワインさんを守る形だ。


 『理力、理力、狙うは一時、されど時に非ず――』


 思念波のようなモノが轟いた。


 『ぬぬぬ――妾はうごけんぞ!』


 サラテンにも思念は届いたのか、そんな思念を寄越すが、無視だ。

 幻影の盲目女神は魔力を宿した触手を壊槍グラドパルスに絡ませていく。


 魔力の触手が絡んだ壊槍グラドパルスは止まった。

 壊槍グラドパルスを止めた盲目女神の幻影は優しげに微笑む。


 すると、背後に居たホワインさんの耳飾りと盲目女神と繋がった魔線が輝きを帯びた。

 その瞬間、ホワインさんの足に絡む樹木が消失した。


 マジか。


 女神の触手が絡む壊槍グラドパルスも、その盲目女神の力を受け、微かに振動した。

 ――刹那。

 壊槍グラドパルスの細い穂先が空気を取り込むように魔力の吸い込みを始める。

 同時に、円錐の表面を彩る鋼の螺鈿の溝たちに魔力の流れを生み出していった。


 壊槍グラドパルスが呼吸でもしているように見える。

 さらに盲目女神に対して……

 反逆の意志を示すような木管楽器と喇叭を組み合わせた奇怪な音を立てた魔壊槍。

 荒涼とした大地を、巨大な竜が踏み荒らし、巨大な怪物が咆哮するような喇叭音を天に示す魔壊槍。


 その直後、魔壊槍に絡まっていた盲目女神の触手たちは破裂するように消失した。

 自らの力で触手をうち消した壊槍グラドパルスは荒々しく直進した――。


 空間を裂くような壊槍グラドパルスはワルキューレの騎行を鳴らし響かせるように盲目の女神の幻影を見事に貫いた――。


「きゃぁぁ――」


 盲目女神の幻影と繋がっていたホワインさんが宙に浮かぶ。

 彼女の耳飾りごと壊槍グラドパルスに引っ張られる形だ。

 闇ランスの渦に引き寄せられていくホワインさん――。


 その渦の中に引き込まれるホワインさんは持っていた魔矢を自らの耳の根元に当てた。


「ぐぁ」


 と、苦しみの声を発したように自らの耳を切断。

 魔壊槍は、ホワインさんの片耳と耳飾りを巻き込む。

 一瞬で、肉片ミンチにした。


 耳を切ったホワインさんは片膝で地面を突いて着地し、そのまま横へ跳ぶように離脱した――。


 一方、ホワインさんと繋がっていた、そのホワインさんを守ろうとしていた盲目の女神の幻影は苦悶の表情を浮かべながら、持っていた弓ごと虚空の彼方へと消失していく。


 女神の幻影を打ち消した魔壊槍は、女神が消えようと関係ない。

 渦を虚空に生み出しながら、壁に穴という穴を作り続け、直進し洗濯物のような布を巻き込み、その布を一瞬で細切れにして建物の堂を破壊しながら直進したところで、虚空へと旅立つように消失した。


 象神都市ごと惑星を貫きそうな勢いの壊槍グラドパルスは魔界に消えたようだ。


 しかし、威力は変わらないな。

 魔壊槍が通り抜けた跡は……。

 壁素材どころか、塵も残っていない。


 巨大な湾曲した跡を壁に残すのみ。

 直線上にブラックホールでも通り抜けた跡という感じだ。


 しかし、


「……まさか、これも避けられるとはな」


 と、語りながら、片耳を失ったホワインさんを見た。

 彼女は魔力を消費しているが、まだ戦える気配を見せる。


 俺は風槍流の構えは解かない。


「痛すぎる……今の槍、というかランスは何? 物種ごとすべてを、破壊するような凄まじい威力を持つランス……破壊の王ラシーンズ・レビオダと関係した魔界の召喚武器かしら……」


 ホワインさんは血だらけの頭部の側面部を押さえながら……。

 壊槍グラドパルスの分析でもするように語っていた。


 その問いに答えず、


「素朴に聞くが、さっきの耳飾りを起因とした力は何だ?」


 まだ片目を瞑っているホワインさんは俺を見てから自身の帽子の位置を直す。

 傷を負った耳は痛々しい……。


「弓を司る荒神が一人。理力相ティアン様……の〝魂の欠片〟が入った神話ミソロジー級のアイテムだった――」


 痛みと貴重なアイテムを失った思いを乗せた魔矢を投擲してきた。

 ――攻撃が来ると、予測はしていた。


 即座に身を捻って、投擲の魔矢を避ける。

 血濡れている水場を生かす――<水月暗穿>を発動――。


 俺は横回転しながら背中を見せる形で前進――。

 体勢を屈めながら彼女の懐に潜り込んだ――。

 螺旋した体の回転力を両足に伝える。

 そして、屈んで、踏ん張りの利いた体勢を生かす。


 片足と片手で水を敷いた地面を突く――。

 と、同時に縦に伸びる竜の如くの垂直蹴りトレースキックをホワインさんの下腹部に向けて繰り出した。


 しかし、水の力を加算した蹴りは受けに回った魔弓に巧みに防がれた。

 だが、反動は殺せない――。


「くっ、強引ね――」


 吹き飛びながら魔弓を器用に扱うホワインさんは、そう言葉を放つ。

 しかし、さっきと違い息が荒い。

 魔力を消費していることは魔弓を器用に扱う仕草が変わらずとも、目に見えて分かる。

 そんなホワインさんに向けて――。

 <水月暗穿>の機動途中でもある、地面の一部を裂きながら弧を描く魔槍杖バルドークの紅斧刃が向かう――。


 しかし、彼女は<水月暗穿>に対応してきた。

 回転させていた自らの魔弓ごと下から昇竜する勢いの魔槍杖バルドークを蹴りッ――。


 自ら宙へと跳ぶ――。

 しかも、盾代わりにした魔弓に足下から延びた魔線が繋がる。

 <導想魔手>と似た能力か。


 宙の位置から魔線を即座に収斂させて魔弓を手元に引き寄せていた。


 バルドークが悔しそうに吼える。 

 そのまま背中に翼でもあるような機動を見せたホワインさん――。


 壁に刺さった黄緑色の魔力が包む剣を足場にし、二段飛びを行う。


 俺に背を見せて逃げるように斜塔へと向かっていく――。

 血と水の環境から遠ざかる気だ。

 しかし、なんて機動力だよ。


 ま、当然か……亜神を屠った魔壊槍グラドパルスを避けた相手だ。

 しかも、人族系だと思うし、恐れ入る。

 素直に尊敬する……逃げる判断力も高い。

 と、逃げた弓剣星の彼女が向かっている所は最初にヘルメが指摘した場所か……。


 逃げるホワインさんを追うように<導想魔手>を足場にして宙を跳ぶ――。

 そこに――。


「お師匠様――」


 下からの声だ。

 堂宇の建物に集まっていた弟子たちの攻撃か。


 下から、複数の矢が迫ってきた。


 間髪を容れず――。


 俺に向かってきた矢たちをロックオン!

 <邪王の樹>で樹槍を作って即座に<投擲>した――。

 続けて、水属性の初級魔法|氷弾《フリーズブリット》と、中級魔法|氷矢《フリーズアロー》を無造作に連続で念じた。


 宙を突き進む樹槍と氷魔法たち。

 魔矢と衝突した樹槍と氷魔法群。


 魔矢を次々と撃ち落としていった。


 さらに血魔力を操作した。

 足下に霧状の血のカーテンを作りながら血魔剣を抜く――。


 宙に弧を描く軌道で、遠距離迎撃を掻い潜ってくる魔矢には、血魔剣を揮い処断した。


 すべての矢を撃ち落としたのを確認――。

 弟子たちの矢も魔力を纏っていた。


 かなり強力な魔矢の攻撃も中にあったが……。

 そして、そんな下から攻撃してきた射手たちを確認していく。


 壁の隙間に居るホワインさんの弟子たちは……。

 背の低い子も多い。

 髭を生やした大人も居るが、大半は若い子たちだ。

 頭部に布を巻いて双眸を隠している?

 しかし、小さい子供たちか。

 <鎖>か<光条の鎖槍シャインチェーンランス>か、<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>を向かわせようとしたが止める。


 師匠を思っての行動だ。

 甘いが……まぁいいさ。


 目的は殺しじゃないからな――。


 斜塔を上っているホワインさんを追う――。

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