四百七十話 星の集いと玲瓏の塔

 

 ◇◆◇◆



 曇り空の象神都市レジーピック。

 ラドフォード帝国が誇る巨大都市の一つ。

 帝国交易路の要の都市だ。


 西に帝都アセルダム、東に緑竜都市ルレクサンド、北に要衝都市タンデート、そのタンデートから北西のマハハイム山脈の手前には、迷宮都市サザーデルリが存在する。

 サザーデルリは光魔ルシヴァル<従者長>カルードが闇ギルドの人材を得るための最初の目的地でもある場所だ。


 そんな帝国の領土を俯瞰してみれば……。

 象神都市レジーピックを中心に張り巡らせた街道がニューロンの樹状突起のようにラドフォード帝国の各都市へ繋がっていることが分かるだろう。


 勿論、東部の戦乱に荒れたルルザックとフロルセイルと近い帝都の西部地方には整備を受けた街道は極端に少ない。


 こうした街道網を持つことから別名〝帝国の心臓〟と民たちから呼ばれている。

 他にも、第二の帝都、古代の象神レジーピックが眠る地、と色々な名が地方ごとにあるが、やはり、帝国の心臓と呼ぶ民たちは多かった。


 〝すべての道はレジーピックに通ず〟


 といったような言葉が生まれたように、発展した陸路の通商路は豊かな物資がスムーズにスピーディーに行き交うことに繋がる。

 これは帝国の最大の強みといえた。

 しかし、そのレジーピックを中心とした整った街道網を巡り、とある議論が起きていた。

 それは帝都のエルバーグ軍事大学教授オレン・ハートレイクと傭兵軍事商会の代表者でもあるサン・イズ・エベルハン伯爵が中心となった議論だ。


『それが帝国最大の弱みとなる』

『整った街道も考えもの』


 と、いったような意見を交わし合い、魔術総武会と連携し転移魔法の拡充をはかるべきと帝国内務省に内聞という形だが訴えていた。

 その顛末を聞いた帝国軍東部方面司令官シアン・イズマム・デルブイネ大将の補佐官ソート・ル・アラン准将は、


『戦場を知らぬ者たちが、何を語るか。下らん戯れ言だ。机にしがみつくことしかできない連中の言葉なぞ捨て置け!』


 と自らを皮肉ってこき下ろす。

 そして、帝国軍西方第二方面軍司令官クルツ・イズマ・ハイツリッヒ少将麾下の中佐デハン・イズ・ライアゼンも笑いながら、こう答えた。


『たとえ、要衝都市や周辺都市が突破されようとも、帝都の手前で、我が赤角重魔騎士連隊が敵を迎え討ち、滅ぼすだけだ』


 と尊敬する将軍を倣うようにデハンは豪語したのだったが。


 当初は、口だけ、ほら吹き中隊、出来損ないの亜人黒髪部隊と……。

 輜重兵部隊からも『護衛にこないでくれ』と言われるほど散々と揶揄を受けていた。


 そうしたように訓練で結果を残せていない落ちこぼれ隊を率いていたのがデハン。


 だがしかし、そんなデハン中隊が結果を残す。

 豪傑キヤマが率いているフロルセイルの大隊は、西の国境を突破し、帝都へと迫る勢いだったが、デハンの中隊は撃破したのだ。


 続けてライマルの街の地形を生かしたデハン中佐率いる赤角重魔騎士連隊は補給もなしで、連戦連勝を誇った戦国フロルセイルの、どもりダンジョウを再び撃破。


 二度も数的不利の状況を突破した。

 このライマルの英雄は街道の話も相まって有名になった。


 そういった街道網にまつわる話をもつ帝国の心臓こと、象神都市レジーピック。


 その象神都市の領主はハフナート・イズマム・ムテンバード公爵。

 さらに魔法ギルド魔術総武会の幹部組織が一つ【玲瓏の魔女たち】も帝国の首都アセルダムではなく、この象神都市レジーピックを拠点としていた。


 拠点の名は玲瓏の塔。


 玲瓏の魔女たちと繋がる外部商会たちが大規模に出資したことは有名だ。


 塔の資材に、フロルセイルの死魔湯とゴルディクス大砂漠の沸騰砂を使った魔ガラス、同じく砂漠の民のムリュ族が使役するガヴェルデンの筋、ホルカーバムの高級石材、迷宮都市ペルネーテ産の極大魔石、ヘカトレイルの魔迷宮の帰り石、ウィンカーヘルの粘着剤、人工迷宮の魔油、採掘が秘匿されている特別な魔力に呼応するレア金属等が多分に使われている。


 商業的に意味もあることから領主ハフナートからも誘致を受ける形で玲瓏の塔は建設された。

 帝国皇帝ムテンバード家の力も背景にあるとされているが定かではない。


 そして、塔の建設に出資した外部商会とは、西方フロング商会、風のハフーン商会、フエーユの砂漠商会、呪縛楼閣エヒム商会、バーナンソー商会等の中小商会の一派が集結している軍産複合体の大商会だ。


 【星の集い】もこの外部商会と関わる玲瓏の魔女たちと繋がりを持つ。

 闇ギルドの八頭輝、いや、もう八頭輝ではなく【血星海月連盟】の【星の集い】の表の顔となっている複数の中小商会を通して外部商会に出資をしているのだ。


 そして、わかりにくい形だが……。

 中小商会への出資額を合算してみれば、星の集いの額は桁が違う。

 目立たないが外部商会の最大の出資グループの一つでもあった。


 そんな外部商会が出資して建てた玲瓏の塔の隣には、同じ高さの【星の塔】も存在する。

 この二つの歪な塔を象神都市では、別名、魔双子の塔とも呼ばれていた。


 この二つの塔は魔法ギルドの管轄エリアに建っている。

 ただし、玲瓏の塔と違って、この星の塔だけが建つ土地だけは治外法権も持っていた。


 そして、星の塔の最上階。

 その薄暗い一室に【星の集い】の幹部たちと多数の関係者が集結していた。

 薄暗い部屋の中央に穴の空いた円卓がある。

 穴に縦青紫の長方形水晶が横に並ぶようにくべられた小型暖炉が設置されていた。


 幹部とアドリアンヌは、そのくべられた青白い色とすみれ色の炎たちが躍り合う様子を眺めている。


 そこに眩い光が逆に躍る炎を射す――。

 眩い光源のでどころは黄金仮面。

 日輪のような眩い光を仮面から生み出したアドリアンヌは、


「――バリオスは殺されましたか」


 とエコーが掛かった不可思議な声音を発した。

 さらに黄金仮面から発した眩い光と不可解なエコーの声音が連動したのか、瞬く間に、プラチナ色に輝く部屋へと変貌させる。


 白銀の輝きは天井に備わる巨大な眼球を露わにした。

 巨大な眼球の中心から生成り色の魔力光が部屋に発せられていく。

 シャンデリアのような眼球を縁取るガラス細工が余計に煌めいた


 一見すれば魔眼の悪神デサロビアの眷族を彷彿とする魔力光。

 だがソレは魔神の光ノ類いではない。

 眼球が生み出した生成り色の魔力光は、アドリアンヌたち幹部が持つ個別のアイテムに力を与えると同時に星の塔と連動する特殊結界を生み出す二次効果もあった。


 そうした力を持つ生きた眼球は古き荒神ソゼンの眷属を封じた魔神具の一種でもある。

 この眷属を封じた魔神具は星の集いの本拠を守るためにアドリアンヌが特別に用意したマジックアイテムだ。生成り色の魔力を得たアドリアンヌ。

 黄金仮面から覗かせる双眸がギロリと動いた。


 魔眼の力はまだ微かだが……幹部たちを見据える視線は厳しい。

 独特のプレッシャーに、星の集いの幹部たちはゴクリと音を立てるように息を飲んだ。

 自分たちの発言が求められていると察した幹部たち。

 皆、視線を通わせてから、小柄の女性が手を上げる。


「――はい。では、わたしから。セーフハウスから出た路地でバリオスの遺体が発見されました」

「緑迷刀も使えず、暗殺されたようです」


 続いて喋ったのが、柳眉が美しい女性。

 帝国の一般的女性が着るタブレット系を着ているが……。

 内実は半透明色の魔刀を得物として、毒手を使った暗殺を得意とする最高幹部の一人。

 名はオルン。


 そのオルンに頷いた槍使いの幹部は、


「あれほどの腕を持つバリオスが暗殺とは、皮肉だな」

「あんた、不謹慎よ」

「カセレゼの気持ちは分かる。バリオスと仲が悪かったし」

「……だが、仲間だ……」


 幹部たちの言葉を聞いたアドリアンヌ。

 彼女の魔眼がさらに輝きを帯びると、虹彩に魔紋がにじみ出る。

 瞬く間に、その異様な魔紋は、縦と横の魔線となって分解。

 だが、分解した魔線たちは、幾何学模様の図形たちを作るように重なっていく。


 最終的に小型の積層型魔法陣となっていた。

 アドリアンヌは不思議な立体的なメガネを装着したようにも見える。


 そのメガネのような積層型魔法陣は青から黄緑へと変化し、錦の色合いへと光芒に曳いては積層型の天辺が消えていく。


 魔紋とはうってかわり、その消えていく光景は儚さがある。

 非常に美しかった。

 しかし、美しさと同時に根元の魔眼の眼光は鋭く厳しいものがある。


 そんな眼光を発したアドリアンヌは片手を泳がせた――。

 もう片方の手も泳がせる――背中から魔力で構成した透明なグランドピアノのようなモノが出現。

 ピアノを弾く魔人のような人型も浮かび上がった。

 透明なピアノと弾く魔人のような幽体がアドリアンヌと重なるとアドリアンヌの双眸に浮かぶ積層型魔法陣とピアノは一体化した。さらなる和音の旋律が高まった。


 アドリアンヌはピアニストのように優雅に指を上下に動かす――。

 腕が交差して透明なピアノを弾いていく――。

 魔力を宿した細い指先で、透明な鍵盤を叩く、叩く、叩く、弾く、弾く、弾く――。

 刹那、彼女の懐からある漆黒色の紙片が浮かぶ。


 それは魔王の楽譜第十一章だ。

 続けて、アドリアンヌの黄金仮面から――。

 小人、いや、小さいなピエロたちが宙に向けて踊りながら現れる。

 そのピエロたちは愉しげに裂けた口を広げながら、


 『贄はどこ』『餌はどこ』『餌は』『目』『髪』『指』『あそこ』


 と、言い合ったピエロたち――。

 突如、嗤い合いながら共食いを始める。


 ピエロたちの血の饗宴だ。

 体を欠損しながらも元気な愉しげに踊るピエロたちは、アドリアンヌの目の前に浮かぶ魔王の楽譜をめくりだす。


 開いた魔王の楽譜は歪な頭部の幻影を幾つも生み出した。

 現れた幻影は嗤いながら周囲の血を触媒代わりに吸い取っていく。


 血を得た魔王の楽譜はピエロの頭部、骨の腕、恐慌めいた衝撃を伴うような音の波を生み出していった。

 しかし、その音波のような不可思議な現象は時間が止まったように緩やかな動きとなる。


 その直後、純正律の神秘な音楽が強まった――。

 アドリアンヌは気にせず、魔力を発しながら指を動かし続けていた。

 透明な鍵盤を弾く彼女の指から漏れ出た赤い魔力が、赤黒い軌跡を宙に生む。


 赤黒い軌跡は透明なピアノを通り越えた。

 軌跡は、そのまま宙の中へと消えるように染みこむと、その空間に赤い亀裂が入る。


 亀裂は捻れてパンッとピエロたちが手を叩く音が木霊する。

 刹那、急拡大――。

 拡大した亀裂から煉獄の空間を覗かせる。


 すると、アドリアンヌが弾くピアノの音程と連動するかのように独特の水滴が跳ね散る和音が響き合う――。

 同時に、煉獄のような空間から、緋鯉と黄金の鯉のような魚が這い出てきた。


 凄まじい魔力を内包した魚。

 欠損して宙を舞うピエロたちを魚は食べていく。


 これはアドリアンヌが飼っている魔神魚たちだ。

 その魔神魚を見た幹部たちは唾を飲み込んで恐慌状態と化した。


 怖々とした雰囲気を消すようにピアノの音楽が止まる。

 指の動きを止めたアドリアンヌ。

 そして、幻影としてアドリアンヌと重なっていた燕尾服を着たピアニストの魔人は魔王の楽譜を手に取り、懐に仕舞うと、グランドピアノと共にアドリアンヌの体と黄金仮面の中へと吸い込まれるように消失した。


 その直後、小柄の女性が口を動かす。


「アドリアンヌ様……力を」


 アドリアンヌは頷く。

 珍しく幹部たちへと自らの力を皆に示す形となった彼女は、


「ふふ、少し予定外のできごとが増えそうです」


 と、笑いながら発言。

 笑った口調だが……。


 その声音を聞いた幹部たちは背中を凍らせる。


「……カザネの『星の集いのガルモデウスと関わる者に、ほどなく死が訪れます』といった予知は的中しました」


 二匹の魔神魚の動きを追いながらも、そう言葉を続けた小柄の女性。

 彼女は【星の集い】の最高幹部の一人、レシャ・フナアル。


 そのレシャの背後には、彼女が特別に仕入れた戦闘用高級奴隷たちが並ぶ。

 男女半々の戦闘奴隷たちの実力はかなり高い。

 冒険者のAランク相当は超えている。


 皆、黒色の鱗が綺麗な籠手防具を装備していた。

 胸元と肩に星形ワッペンが備わる魔道戦闘服で統一している。


「てっきり【ゼーゼーの都】の生き残りの仕業だろうと思っていたが……」


 そう話をした男。

 片耳に魔力を宿したピアスを身につけている。

 魔力がこもるポールショルダーが似合う蒼服の戦闘服を着た彼も同組織の最高幹部の一人だ。


 名はレジー。

 手にしている魔槍の名はキープ・ゼル・ファドア。

 レジーの独自槍武術の技術の一端は、神王位に匹敵するといわれている。

 レジーが屠った闇ギルド員、幹部たちは数え切れない数に上っていた。

 その中でも有名な戦いが……。

 フロルセイルで有名な【孤雲】の三番隊隊長とサシで勝負し丸一日戦い続けて勝利した戦いだろう。孤雲の隊長クラスといえば、黒き戦神ゲンザブロウ・ミカミと分ける実力を持つと呼ばれている存在たちだ。


 更に【髑髏鬼】の紅のアサシンと分けた二番勝負。

 【東亜寺院】のデバンを屠り、魔人キュベラスたちが率いる邪教集団とベファリッツ大帝国が残した古代遺跡に眠っていた魔道具を巡り戦ったこともある。

 闇ギルド【シャファの雷】の盟主ギュルブンとも戦い、二対一という悪い状況ながらも片足と片腕を失うだけでシャファの雷の幹部を殺し、ギュルブンを退けた強者の槍使いだ。


 そして、今、レジーの体にある片腕と片足はドリアンヌが用意したモノだ。


 象神都市の狭間ヴェイルの薄い地下。

 暁の帝国の大賢者貴族院が残したと地下の古びた遺跡で、魔神具と儀式を行い、魔界王子メイドーガと交渉に成功したアドリアンヌ。


 アドリアンヌは、自身が作り上げた腕と足をメイドーガから特別に手に入れた魔腕と魔足と交換した。

 その手に入れた魔腕と魔足をレジーの手足に移植することに成功。


 <錬金魔手術>と<魔神経増殖>スキルも持つアドリアンヌ。

 そうして、新たな魔腕と魔足を手に入れたレジーは、さらなる強者の道へと辿る魔槍使いとなっていた。


 その魔槍使いレジーに対して、アドリアンヌは頷く。


「……えぇ、そうですね。ウェンを引き入れようとしたので、警告を促したつもりでしたが……」


 エコーが掛かった声を発しているアドリアンヌ。

 黄金仮面の下に除く双眸が煌めいた。


「客人の暗殺者親子。同盟相手の配下というから丁寧に扱ってきたってのに、バリオスも殺してアドリアンヌ様に噛み付くなんて」

「……あぁ、許せん」

「そのカルードさんとユイさんの件ですが、手出しは無用です。槍使いを相手に喧嘩はしません」


 アドリアンヌの言葉に驚く幹部たち。


「え、やらないの?」

「アドリアンヌ様、それでは……」


 小柄の女性と、魔法使いの衣装着た女性が不満そうに語る。

 アドリアンヌは、


「強者には強者の法があることを学びなさい。レシャとバスアン……」


 と、話をして、間を空けた。

 続けて、


「……旗色を見るばかりの慎重な高祖十二氏族ヴァンパイアロードのパイロン家が、わざわざカルードたちに接触しようと動いた。この事実は重要です。これがどういうことか。理解できないほど歳を重ねていないでしょう?」

「はい。理解はしてます」

「アドリアンヌ様。盟主として争いを避けるのは当然の選択だ。だが、仲間を殺されたんだ。俺は闇ギルドとして動くぞ。その槍使いとも勝負がしたいからな……」


 面子にこだわるレジーの言葉だ。

 そのことに理解を示すようにアドリアンヌは首をゆっくりと縦に振っていた。


「レジー。武を目指す貴方なら、そういうかと思っていました……いいでしょう」


 アドリアンヌは事前に、今のやりとりを知り得ていたように、エコー掛かった声音で、レジーに対して私怨で動く許可をわざと出す。


「レジーらしい。でもアドリアンヌ様いいの? カルードさんもユイさんも、情理を尽くして、かなり、わたしたちに貢献してくれたけど」

「分かっています。だから、本格的な戦いはしません。しかし、わたしが反対したところでレジーは止まりませんよ。強引にわたしの力と魔力で押さえても良いですが……それではね」


 同時に魔神魚たちが泳ぐ。

 鯉と似た魔神魚たちはアドリアンヌの意思が宿るように双眸が煌めく。

 口を広げた――鮫のような歯牙がみっしりと詰まっている。


 上下の顎の牙先から唾が曳く。

 レジーは、魔神魚を見ても動じずに、


「……アドリアンヌ様……ありがとうございます」


 と喋り、アドリアンヌに対して深い感謝の念を送った。


 ……命令よりも個人の気持ちを優先してくれる盟主だ。

 俺の手足を用意してくれたアドリアンヌ様に刃向かう奴はだれであろうと許さない。

 いくら星の集いおれたちに貢献していようが、関係ねぇ


 ――俺なりのは通す。


 と、決意を双眸に宿すレジー。

 彼の得物である鋼色の魔槍キープ・ゼル・ファドアも、彼の気持ちに応えるように反応した。


「そして、東との通商ルートは幾つもありますが……やはりペルネーテに天凜の月が居ると、何か・・と、便利ですからね。帝国と血長耳の争う関係もあり、より関係は複雑なモノに変化をしてきましたが」

「アドリアンヌ様は槍使いを重要視しているのですね」

「そうですよ。少し、たとえが歪ですが〝憎い鷹には餌を飼え〟の精神もありますね。レシャ、あなたも槍使いの姿を会合の場と地下オークションの場で見たでしょう」

「うん。盟主ってより、武人という印象が強かったから」


 シュウヤをそう表するレシャ。

 あながち間違いではない。


 彼女はペルネーテ以外にも、南の古代遺跡から見つかった箱船とプレートに関する調査を進める仕事もあった。

 アドリアンヌはレシャに対して頷く。

 そして、皆に向けて、


「皆、知っているようにカザネから情報は得ています。だからレシャの行動は止めましたが。しかし、今回の件は『納得がいかない』と考えることも当然です。〝計り難きは人心〟ですね。ということで、レジーと同様に槍使い及び、その部下の討伐に動きたいのであれば……わたしは止めませんことよ……しかし、表では、わたしは『知らぬ存ぜぬ』を貫きます。よろしくて?」


 アシュラーの系譜を持つカザネから情報を得た上で話をしているアドリアンヌ。

 皆、重々承知の上で、彼女の言葉に頷く。


「はい」

「「承知致しました」」


 アドリアンヌは幹部たちへと頷きながら思考していく。


 ……そう、ここでわたしが無理に止めたとしても、レジーは動きます。

 その結末も……〝盲目なる血祭りから始まる混沌なる槍使い〟。


 ふふ……わたしも血に染まるのかしら。

 しかし、死を超越し神々と喧嘩できる存在混沌は貴方だけではないのよ、槍使い……。


 アドリアンヌは、そう考えながら……。

 にやりと、邪悪めいた笑い顔を作っていた。

 同時に、黄金仮面の半分が溶けて醜く蠢く。

 そして、溶けた黄金が彼女の頬骨と皮膚の中にメキメキと音を立て不気味にめり込んでいった。


 その時――。

 アドリアンヌの能力が一つ『網闇の渦御霊』という名の結界雲が反応を示す。

 結界雲は、滅多に発動はしない。

 都市の外に用意した絶対防衛ラインの警告だ。


「――皆、象神都市の外ですが、わたしの結界が反応を示しました」


 この発言を受けた八人の幹部は皆、驚く。

 アドリアンヌの美形な顔が半分露出し、顔の半分が、溶けた金属と融合していることに驚いているわけではない。


「――え? 神獣ルアダ、虹のイヴェセア、ムリュ族のハイ・ムーマン、魔界獣フェデラオス、SS最強ランク付けのマハハイムの万古の巨獣ゴオダ。または古代竜とか、高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアの来襲でしょうか!」


 驚くというよりも興奮したレシャの言葉が響いた。

 都市に脅威を与えるだろう災厄級のモノたち。


 とくに万古の巨獣ゴオダは異質。

 魔界神界問わず無数の神々たちも、万古の巨獣と接触をしようとしない。

 万古の巨獣に喧嘩を売った、とある荒神と呪神に邪神の眷属の顛末を知っているからだ。


 アドリアンヌは、興奮して喋るレシャに頷き、


「その可能性もありますが……」


 と話をしながら黄金仮面の半分から魔力を発した。

 その仮面から発せられた魔力に呼応したかのように建物の内壁に光を帯びた亀裂が入り、ミシッ、ミシミシッと連続に音が鳴る。壁は上下左右に裂けて拡がった――。

 さらに拡がった外壁と内壁の一部を、天井の古き荒神ソゼンの眷属を封じた魔神具の眼球が吸い込んでいく――。

 すると、吸い込んだ壁素材を、ソゼンの眷属の眼球は瞳から吐き出した。


 吐き出した壁は梔子のつぼみのように形を変えていく。

 続けて、眼球はぎょろぎょろと蠢きながらミラーボールのように魔力のミニレーザーを発した。


 宙空に歪なデボンチッチを生み出す――。

 不可解なイルミネーションも生み出した。


 最終的に星の集い幹部たちが集結していた部屋の壁は、階段側を除いて取り除かれた。


 一気に外気が晒す八名の幹部たち。

 塔の最上階の一部が砲台を模るように形を変えている。


「……これ、象神都市に危険が迫った時、魔法ギルドが本腰を入れる時にだけに発動する古代魔法よね……」


 そう発言したのは、片目を瞑った女性。

 彼女の名はホワイン。同じく最高幹部だ。


 その弓使いホワインに頷くアドリアンヌ。


「そうなります。これは玲瓏の魔女たちも動きますね……」


 アドリアンヌは笑みが消えるどころが、声音が震えていた。

 リシャ以外の幹部には、その顔色の判断に区別はつかないが、顔の半分が黄金の鬼のように変形を遂げているアドリアンヌは、苦虫を噛みつぶしたような表情を作り出していく。


 そして、アドリアンヌの脳裏に……。

 再び、カザネの言葉が、強く、強く、駆け抜けていく。


 まさか……本当に、盲目なる血祭りから始まる混沌なる槍使いと……。



 ◇◆◇◆

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