四百六十八話 外魔十二鬼道
月狼環ノ槍の柄から飛び出た狼の幻影たちは、空を駆けながら血を散らす鴉を追い回しつつ月と重なるように消失した。
空を舞う鴉たちは逃げた。ヴァルマスク家か。すると、月の光が増した。雲が遮り丘の斜面に沿うような月の明かりが墓場を不気味に彩りながら三日月状の陰影を作った。
そして、ここは臭い。生贄の死体が原因か?
不明だが異質な臭いが漂っている墓場だ。
「貫かれた……」
「シェゼン様が!?」
「げぇ、次は巨大な闇の獣だぁぁぁぁ!」
「逃げろ!」
「だめだ、逃げるな! 慨嘆する我らは終わらぬぞ!」
「いやだ、死にたくない――」
「神意に逆らうのか!」
「イシュルーン様ァァァ、我らの悲願は――」
最後に叫んだローブを着た者の額にロロディーヌの触手骨剣が突き刺さった。ロロディーヌは血獣隊と連携――。
ルル&ララとロバートの一隊を助けながら丁寧な攻撃を繰り返す。
神獣ロロディーヌは大きい手足と体格を武器にするような派手な攻撃は行わない。体の至るところから黒い触手を伸ばして、ローブを着た者たちをピンポイントで狙っていく。今の体格だと、寝転がるだけで味方を圧殺してしまうからな。神獣ごろにゃんこ攻撃は見たい気もするが……。
触手から出た鋭い骨剣が次々と敵の体を貫く。
「ンン、にゃごぉ」
と鳴いたロロディーヌ。
ルル&ララを、血獣隊が敷いた陣形の背後へと優しく触手を伸ばして誘導。ロバートが率いる小隊も血獣隊の背後に移動した。
「ンン――」
ゴロゴロの音が混じった猫の声を上げた巨大なロロディーヌ。
敵の体を貫いた触手には死体が複数詰まって団子状となっていた。
その団子状の死体を食べるかと思ったが食べなかった。
臭いが気にくわないのかもしれない。
ロロディーヌは、その触手を振るい、触手に詰まった死体を飛ばしながら退く。
触手を収縮させつつ黒豹と化した。
身軽になったロロディーヌはアラハの隣に立つ。
数本の触手を自身とアラハの周囲に展開していた。
長い黒色の尻尾でアラハのことを撫でているロロディーヌ。
「神獣さま……」
「アラハはロロと一緒に丘を上がれ、俺は……」
レベッカの蒼炎弾とエヴァの白色の金属の刃の群れが視界に入る。
血獣隊の前方の敵に蒼炎弾がヒット。
更に、白色の金属の刃が敵の体を貫いた。
レベッカとエヴァの息の合った多連続攻撃だ。
レベッカはジャハールを装備した細い腕を振るう。接近戦を挑むつもりか。
しかし、始球式でアイドルが行うような可愛いサイドスローで蒼炎弾を投げている。
ジャハールを装備しているが、出番はなさそうだ。
紫魔力の<念動力>を全身から発したエヴァは宙に浮かんでいた。
まさに魔導車椅子に座ったエスパー状態。
足に付着していた金属が溶けて、中身の骨が露出している。
そのエヴァは魔導車椅子に座りながらレベッカと阿吽の呼吸を見せた。
白色の金属の刃は、レベッカの蒼炎の塊とタイミングを合わせたように雨霰と、敵へと降り注ぐ。
一つ一つの金属の刃を紫色の魔力で操作する<念動力>は凄い。
さすがはエヴァ。
そして、<
その攻撃は美しく華麗で圧巻だ。
まだ五十名以上はいたと思うが、十名程度に減った。
浮浪者のような存在を含めると数百を超える規模の邪教集団だったようだ。
そして、まだ生き残っているということは、優秀だということか。
「エヴァたちの掃討戦に加わる――」
アラハの返事を聞かず――駆けていた。
エヴァたちを越えて、
「残りは俺が貰う――」
走りながら宣言。
同時に<魔闘術>を全身に纏う。
続けて両手が握る特別な二剣を意識した。
右手の吸血王の血魔剣。
左手のムラサメブレード。
先ほどは投げ槍だったからな。
二剣の実戦を兼ねた修業を行う――。
頭上でパーを作るようにフリーハンドとなった<導想魔手>を操作。
その
地面に刺さった月狼環ノ槍を視界の端に捉える。
あの槍はまだ回収しない――。
緋色の外套を着込む、まだ生きている残党たちを見る。
魔法使い系統はもういない。
射手と戦士たち。
その中で、シャムシールと短剣を持つ戦士が気になった。
頬に脈のような魔力の流れを示す入れ墨がある。
エヴァとレベッカの攻撃を避けていた器用な奴だ。
人族系だから優秀な部類だろう。ルシヴァル相手に生きているだけで凄い奴だ。
邪教とはいえ、その実力に尊敬を抱く。
が、戦いは戦いッ――戦士との間合いを零とした俺は左手に握るムラサメブレードを真っすぐ伸ばした。
左手一本がムラサメブレードにでもなったかの如く――。
ムラサメブレードの切っ先が戦士の胸を貫く。
『良い突き、良いぞ、妾も感じ入る突きじゃ』
サラテンは左手に棲むからな……。
直に感じたようだ。
「――シュウヤの剣の<刺突>?」
「ん、まだ続きがある」
「ごしゅさま……」
背後からエヴァたちの声が聞こえた。
敵の胸を貫いた
放射口から出た青緑色の
が、その中央部の握り手でもある鋼の柄巻からは、あまり手ごたえを感じない。
即座に敵の胸を貫いた青緑色の光刀を引き抜く――。
青緑色に輝く光刀からシュバッと音が響いた――。
「ぎゃぁぁ」
叫ぶ声が耳朶を叩く。
が、無視だ。
返り血がプラズマを彷彿する青緑色の刀身に触れてジュバババッと蒸発する音を立てた。
次を狙うべく――。
ムラサメブレードを揮いつつ横に移動する――。
狙いをつけた。
すぐに地を強く蹴る。
その狙う標的めがけて前傾姿勢で突進。
次の標的も同じ緋色の外套を着た盾持ち戦士。
その盾持ちは丸い盾を胸の前に掲げた。
さすがに最初の心臓を貫いた戦士から遅れること数秒の間に対応してきた。
構わず――その緋色の外套を着る戦士との間合いを正面から詰めた。
そして、右手の血魔剣の柄に血と魔力を注ぐ――。
同時に<導想魔手>でグーを作った。
そう、魔力の拳を用いた牽制だ――。
待ち構えている盾持ち戦士へと、
当たり前だが、<導想魔手>のパンチを盾で見事に防ぐ戦士。
正面だから当然だ――。
戦士が押さえ持った盾は魔力の拳の形に凹んでいる。
戦士が防御した証し。
しかし、俺の
次の手首からの一連の攻撃が本命だ――。
左手首から<鎖>を射出した。
狙いは肩口――。
ムラサメブレードの光刀の刀身の周りを螺旋をしながら伸びゆく<鎖>の先端が戦士の盾をぶち抜く。
「げぇ!?」
狙い通り戦士の肩に突き刺さった<鎖>は背後の地面に突き刺さる。
その戦士の身を貫いた<鎖>を左手首へとゆっくりと収斂させた――。
盾も同時に俺の目の前に来たが――。
回し蹴りで盾を横へ吹き飛ばす。
「ぎゃぁぁ」
戦士は白目を剥きながら悲鳴を上げている。
必死に薬を飲む作業が素早い。
気持ちは理解できる。
<鎖>は彼の肩を通って俺の手首の<鎖の因子>マークへと戻っているのだから。
擦れる孔の傷は痛いという感覚を超えているはず。
ところが、盾持ち戦士は痛みを抑える薬でも飲んだのか静かになった。
首が膨れて血管の筋が入っている。
魔力も一段階上がったか。
構わず――その<鎖>が戻る速度を加速させる。
一気に反動の力を活かした俺は、その戦士との間合いを潰した。
戦士は驚いて、身を捻りながら長剣を振るう。
対応してくる辺り優秀な戦士だ。
このまま地面に突き刺さった<鎖>の先端を引き戻して、彼の体に<鎖>を向かわせれば……。
秒殺も可能だろう。
が、この緋色の外套を着込む盾持ち戦士も修業の相手。
だからこそ伸びた<鎖>を使うのは移動にのみだ。
<鎖>は消去。
<血外魔の魔導師>として、剣に全力を尽くす。
――少し違うか?
と思ったが、<血外魔・序>を意識した瞬間髑髏の柄と剣身から血の炎が噴出した。
一見、火傷を負いそうな髑髏の柄だが火傷はしない。
噴出した血の炎は十字架を象る。
吸血王らしい血魔剣は脈を打つように動いた。
更に、ブゥゥゥゥンと音が響く。
左手に握るムラサメブレードと同じような音だ。
そのムラサメブレードを――。
一瞬、左から戦士の肩口を狙うかのような『振るい斬る――』といった視線を加えた二重のフェイクを行った。
フェイクに掛かった戦士――。
体を仰け反らせる行動を取った。
その間に鮮血の十字架剣の刃を、横に傾けた――。
戦士の横を駆け抜け<水車剣>を発動――。
基本スキルのモーションで血魔剣を振り抜く――。
横から半円を描きながら僅かに上方へと向かう血魔剣の剣身。
血の炎が宿る剣身は戦士の外套を巻き込むように胸元を切り裂いた。
そして、内側の鎧ごと胸も背骨もぶち抜く――血魔剣のスキル<血外魔道・暁十字剣>が決まった。
血の十字架を思わせる髑髏の柄を握る掌からしっかりと手応えを感じる。
戦士の胴体は真っ二つ。
上下に分かれた死体は、勢いよく回転し、断面から血飛沫が迸った。
血飛沫は弧を描きながら宙に血の橋を作っていく。
しかし、血魔剣を持つ腕から痛みが走った。
髑髏の盃部分から出た血を纏う小さい髑髏たちが俺の腕に食らいつく。
その小さい髑髏たちは蛇のようにアイテムボックスの表面を滑り螺旋軌道で肘と二の腕を越える。七分袖状態のハルホンク。
竜頭は肩から出していない。
この痛みこそが<血外魔道・暁十字剣>スキル。
すると――。
『若き<血外魔の魔導師>の吸血王よ。その痛みこそ迷霧に繋がると心得よ。そして、血の稲穂の力の一端を授けよう――』
んお? これは想定外。
腰にぶら下がる魔造書のような奥義書『魔軍夜行ノ槍業』が不満げに魔力を発したが無視。
『外魔十二鬼道が一つ、
幻想的な声がアーヴィンの血魔剣から響く。
続いてプラズマのような鮮血を放つ血魔剣から大量の血が溢れ出た。
宙を漂う血は
その血の海の中から剣が突き出た。
長剣は八つの枝か爪のような刃を生やしている。
更に奇怪なことが起きた。
血の海の中から人型? 妖怪か?
無数の目を両腕と両足に宿した女性が出現した。
頭部は普通の人族。繊細そうな睫毛を持つ。
黒の双眸だ。しかも、美しい和風の衣装が似合う別嬪さん。
※<十二鬼道召喚術>※スキル獲得※
おぉ、召喚系のスキルを獲得した。
<血外魔の魔導師>だからか。
『閣下、これは……アジュールと違って美しい……』
『百目血鬼という名らしい』
『とどめちき……』
複数の目を持つ両手で八枝剣を握った女性。
宙を反転――。
百目血鬼だからヴァンパイアの範疇か?
すると、けらけらと笑うような思念が――。
『――外魔ノ血ヲ刻ム者。外魔十二鬼道の中で妾をいきなり使役するとは、中々の審美眼を持つようだな。見る目がある。そして、これは血か。銭ではないが、まぁ良しとしよう』
直接、俺の脳を刺激した。
思念を寄越した美しい女性は百目鬼と似た妖怪。
名前は血がついて百目血鬼だが……けらけらと笑う。
すると、彼女は握っていた八枝剣を使わず、上下に分断されて不自然に浮いていた戦士の死体を無数の目を宿す両手で掴む。掴んだ瞬間、血肉は一瞬で破裂した。
彼女の両手は力が強いらしい。
百目血鬼の腕に宿る複数の目は、肉片と血飛沫を欲するようにギョロリと蠢く――。
その刹那、複数の目が、千切れた肉と血飛沫を吸い込んでいった。
『――閣下、お胸がどっきりんこ! 驚きです』
そうだな。腕に目を宿す吸血鬼とか、驚きだ。
「あれは……」
「……」
皆も当然驚いている。
宙に浮かんだ百目血鬼。
柳の葉のような黒髪を持つ彼女はしなやかさのある動きで、血飛沫を背中から発しながら片手に持った八枝剣を振るう――。
そして、まだ宙空に残っていた血飛沫を八枝剣で払いながら踊るような回転機動を取った。百目血鬼が持つ魔力を内包した八枝剣。
魔剣の類だと思うが……その魔剣を扱う百目血鬼も凄い。
<水車剣>を超えた技術で交差するような剣筋を幾つも宙に生み出している。
美しい剣術。黒髪と衣服の裾がひらひらと靡く。
それは柳の葉を思わせる
背中から一対の血の翼を生やして見える和風の百々血鬼か……。
血肉を喰らい切り刻むことが好きらしい。
姿は和風……しかし、地獄の天使にも感じた。
そして、陽は射していないが血の暁天にも見える。
『むむ、吸血王め!』
嫉妬からかサラテンは怒った。
感覚で吸血王の血魔剣が活動していることを理解しているらしい。
「おぉぉ」
「ごしゅさま……凄い剣技に、血の天使を生み出すなんて……」
「これが吸血王の……力」
「……我は、思わず舌が絡まったぞ……」
「総長はどこまで進化するんだ……基本の剣スキルかと思いきや独自の吸血剣と呼べる技から、人智の及ばない複数の目を持つ女性を召喚?」
「血の十字架が、どばーっと出て、何がおきたのー? あれ、お目目がいっぱいの女の人が踊っている?」
「ララは背が小さいからね」
血獣隊の面々とロバート&ルル&ララが興奮しながら話していく。
その間に、残りの敵はエヴァとレベッカが確実に仕留めて、全滅させた。
<筆頭従者長>の二人は百目血鬼を見ても冷静だった。
その百目血鬼は、
『しかし、そこの善根を積んでいそうな連中は味方であろう?』
『そうです』
百目血鬼の体に宿る複数の目は不気味……。
しかし、そこはかとない深窓の令嬢が持つような慎み深さを感じた。
『ならば用はなし。新しき主の〝血外魔の魔導師〟よ、妾は戻るぞ。次の機会があれば銭を用意してくれたら嬉しいが――』
と流暢に喋る。
さらに幻術めいた光を無数の目から発した。
百目血鬼は神秘的な微笑を浮かべると螺旋回転しながら俺が持つ血魔剣の中に戻ってくる。
その光景に場がシーンと静まりかえる。
余計にムラサメブレードと吸血王の血魔剣からのブゥゥンという音が響いて聞こえた。
俺はその両手の剣に伝えていた魔力を止める。
腰に二剣を差し戻そうとハルホンクの銀枝模様を操作。そのベルトが薔薇の枝のように血魔剣とムラサメブレードに絡む。
「――皆、驚いているところ悪いが、急ぐぞ」
「ん」
エヴァの天使の微笑だ。
癒やされる――。
笑みを意識したところで、丘の上のポルセンのところに向かった。
「――総長、来て下さったのですね」
武器をしまったポルセンたちが近付いてきた。
アラハは俺の血魔剣を見て動揺したように震えている。
アンジェは冷静にお辞儀をしてくれた。
最初の頃のツンツンした態度はもう見せてくれないらしい。
ま、彼女の立場では当然か。
姉のノーラは
そのノーラは【天凜の月】の総長である俺と寝ているし、眷属ではないが繋がりはある。だから姉と敵対はしないだろう。
だがなぁ、ノーラの家族は……。
まだまだ未知の要素がありありだ。
そんなことを考えながら……。
<導想魔手>を意識――
そして、ポルセンを見ながら口を動かした。
「おう。メルからお前たちの場所を聞いてな――」
歪な魔力の手で地面に突き刺さっていた月狼環ノ槍の柄を掴む。
そのまま月狼環ノ槍を掬うように地面から引き抜いた。
そして、<
ポルセンは俺の頭上に戻ってきた月狼環ノ槍を見て怯えてしまう。
狼の幻影でも見えたのかな。
構わず、そのポルセンに向けて、
「で、全滅した者たちの宗教というか邪教は……
と尋ねた。
何しろ内臓を取り出した一般市民を磔にし、生贄として儀式を行う集団だ。
魔人ナロミヴァスが率いていた悪夢教団ベラホズマの残党?
それはないか。
もし、悪夢の女神ヴァーミナ様が関係していたら俺の首筋が反応する。
呪いのような<夢闇祝>の傷から血が流れるはずだ。
だから他の魔界の神か地底神か、または……。
郊外とはいえ、ここはペルネーテ。
迷宮世界は邪界ヘルローネ。
シテアトップのような邪神たちが邪界を支配している。
その邪神たちを信奉している集団かもしれない。
そう思考したところで、ポルセンが口髭を動かしながら、
「……最初は十層地獄の王トトグディウスを信奉する者たちだと思いましたが」
「うん、それだけじゃない。混じってる感じ? 苦悶宮とか叫んでいた。あと、【闇の教団ハデス】の名を聞いたことがあります」
青色の髪を持つアンジェがポルセンに話をしている途中から、俺に振り向いて語った。
そういや、ハデスの名はキサラの過去話でも聞いたことがあった。
「そうだな。緋色の外套を着た手練れはイシュルーンと叫んでいた」
アンジェに対して頷きながらポルセンはそう話して、俺に振り向き、
「その神を信奉した集団、【イシュルーン闇教会】という名は聞いたことがありますが、とにかく邪教ですね。そして、灰を魔力に変えるような口ぶりでした。苦悶宮という場所に魂や魔力を捧げようと怪しい儀式を行っていたようです」
ポルセンは、途中から墓場に転がる一般人の死体を眺めながら語っていた。
しかし、灰を力か、そしてイシュルーン?
「イシュルーンか、知らん名だ」
少し名前の響きがいいが、邪教の類いか。
『聞いたことがないですね』
ヘルメの念話に頷く。
魔界の神なら……。
地上の任務で忙しかったとはいえ、元魔界騎士のデルハウトとシュヘリアなら知っているかも。
だが、ここには居ない。
沸騎士たちかアドゥムブラリから暇になったら聞くか。
どちらにせよマイナーな神だと思うが……。
ポルセンは小さい布の旗を二つ見せてきた。
一つ目は凶悪そうな白と黒の双眸をバックに血色の骨の玉座と黄色の長い杖が描かれてある。
二つ目は四つの腕を持ち、胸元に魔槍が突き刺さっている人型種族が描かれてあった。
一枚目は見覚えがある。
魔界セブドラの神絵巻に載っていたトトグディウスが座っていた椅子。
そして、そのトトグディウスが持っていた杖だ。
肝心のトトグディウスが描かれていないことが不思議だが……。
二つの事柄を結びつけると、イシュルーンとやらは魔界の神か。
そう判断しながら、
「……トトグディウス系なら、【血印の使徒】から派生したような組織か」
と、ポルセンとアンジェに話をした。
「魔界王子イシュルーンではないでしょうか」
遠慮がちな小声だが、アラハの言葉だ。
俺は体勢を屈めるように、アラハと視線を合わせて、
「その魔界王子とは、魔界セブドラに棲まう神の一柱かな。それとも魔界に住む諸侯たちか。魔公爵級やアドゥムブラリが喋っていた魔侯爵級といった感じの」
かつて神格を持っていた存在や廃れた呪神や荒神は無数に存在する。
だからマイナーな部類だとは思うが。
「どうでしょうか。たぶんそうだと思います。わたしたちがツラヌキ団としてケマチェンの指示に従い窃盗団の活動を行っていた地域では、魔界王子ケムタレウを信奉する魔族集団も居ました」
「ツラヌキ団は魔界の勢力からも秘宝を盗んでいたのか」
「はい、魔界の神や諸侯を信奉する集団の中にも秘宝を守る集団が居ます」
魔界王子ケムタレウという存在を信奉する勢力からも盗んだのか。
白色の貴婦人の配下のケマチェンとフェウの指示があったとはいえ……。
窃盗団として色々な土地で仕事をやり遂げていたようだ。
「そうか。ま、急ぎだから後で。今は――」
と、血魔剣を掲げる。
「それは……」
「素敵な剣」
アンジェが双眸を輝かせる。
その様子をちらりと見たポルセンは浮かない表情をしていた。
構わず、俺は血魔剣と合体している髑髏のリキュールグラスを意識。
すぐに柄から髑髏の杯が分離した。
「ポルセン&アンジェ。この髑髏の杯に血を注げ、そしてその血を俺が飲む。そうすればポルセンとアンジェは俺と同じソレグレン派の血脈を得るはずだ。俺という存在と繋がる。光魔ルシヴァルの種族の力を得られるわけではないと思うが、ま、家族と似たようなもんだ」
「おぉ」
「え? 繋がりって、吸血神ルグナドの支配を抜ける? ヴァルマスク家から離脱したヴェロニカさんのように……」
「いや、そうじゃない。あの指輪を使った場合、君たちの関係も崩れることになるんだぞ。だから使わないさ」
「……総長、気を使って頂いて、優しい方ですな……」
「そっか、それもそうだね。わたしパパだから吸血鬼になったんだし」
「アンジェ……」
「パパ……」
甘いムードとなった。
やはりアンジェはポルセンに従順なままだ。
「ンン、にゃ~」
黒豹のロロが鳴く――。
「ぬお」
と、勢いのある肉球パンチを俺の膝裏に当ててきやがった。
俺が勢い良く膝カックンを起こすと、サザーとアラハが笑って血獣隊の面々が吹く――。
レベッカとエヴァも微笑んでいたが、ロロの長い尻尾のマッサージをしていた。
「……んじゃ、ロロが催促しているようにソレグレン派という血脈に入る形となるが、髑髏の杯に血を注いでくれるか?」
「はい、勿論です。偉大な血を持つ総長と家族になれる……なんという幸せな夜だろうか」
ポルセンは双眸に涙を溜めていた。
昔、彼と宿屋で旧友ごっこをしていた頃が懐かしい。
あの時も血をあまり知らない俺のことを心配してくれていたからこその話し合いだった。
だが、
「……パパ」
と、冷えた声がヤヴァイ。
頬を赤く染めたポルセンが俺を見つめながら語るから……。
勘違いをしたアンジェのkillスイッチが入ってしまった。
俺を睨み出す。
俺はノーマルだ……寧ろ、アンジェの方が良い。
だから安心して欲しいんだが……。
「ふん、でも、パパが入るなら、当然わたしも総長と契約を結ぶ。お姉ちゃんのこともあるし、不思議と威厳が増した総長と仲良くしたい。あ、あと、わたし口が悪いけど……よろしくお願いします! その血脈の中に入らせてください!」
驚いた。
ツンが炸裂しなかった。
「え? わたし、アンジェがこんな態度を取るところ、初めて見たんだけど」
「ん、わたしも」
普段のアンジェを知るレベッカとエヴァがそう語る。
エヴァは驚いて紫色の魔力を発しながら体を浮かせている。
しかも、毛の一部がピーンと立っていた。
二人とも黒豹ロロディーヌの長い尻尾のマッサージを忘れるほど驚いていた。
血獣隊の面々は闇ギルドと接点があまりないから黙っている。
サザーはアラハに小声で説明していた。
「分かった。アンジェ、ノーラ共々よろしく頼む。ということで、血を頼む」
頷いたアンジェとポルセン。
血魔剣から分離した髑髏の杯を渡すと、二人は、その場で手首を裂く。
第一関門があるから血の操作はできると思うが、儀式風に手首を裂いていた。
その手首から血が勢い良く迸る。
その迸る血を操作したポルセンとアンジェは髑髏の杯へと注いでいく。
満杯になったところで、その髑髏の盃を掴む。
墓掘り人たちの血を飲んだ前回より少しだけ大きくなった盃、リキュールグラスを口に運ぶ。
「んじゃ、俺の番だ」
乾杯! と、挨拶するように髑髏の杯に入っている血をグイッと飲み干した。
バーレンティンたちと同様に違う種類の血が、その髑髏の杯から溢れ出る。
構わず、盃へとじかに魔力を注ぎながら溢れる血を飲み干していった。
一気に力と注いだ以上の魔力を得る。
やや、逆流する魔力のうねりを受けて、酔った気分となったが……。
歴史ある血脈だから当然か……。
そして、墓掘り人たちと同様にポルセンとアンジェと繋がりが得られたことが分かった。
その瞬間、髑髏のリキュールグラスから、またガラスが割れるような音が響く。
途端、リキュールグラスが生きているように波打った。
前はグラスが大きくなったが、今回は大きくはならない。グラスの杯から溢れていた血は止まる。
前回の俺を精神世界に引き込むような特殊な現象もないようだ。
まぁ、光魔ルシヴァルの種族特性を打ち破るような精神世界の構築は、よほど条件が合わないかぎり難しいだろう。
神のように力を持つ存在も、大概は……シテアトップのようになるはずだ。
吸血王サリナスが使用していた血魔剣からも閃光のようなモノは発せられていない。
すると、ポルセンが、
「これが吸血王の力。素晴らしい……<血魔力>が溢れる……同時に総長の血を飲める眷属たちに強い嫉妬を覚えますよ」
レベッカとエヴァに血獣隊を睨むポルセン。
「……しかし、この……ソレグレン派という称号の力も侮れない……わたしは、偉大な血脈に仲間入りを……」
「わたしも……<古の血脈道>というスキルを得た」
アンジェとポルセンは頷き合う。
バーレンティンたちからスキルは聞いていないが……。
ポルセンたちと違って、もう既に墓掘り人たちは獲得済みのスキルだったのか?
そんなことを考えながら、
「……それが俺との絆にもなる。狼月都市ハーレイアにいるバーレンティンたちと同胞ということだな」
「……そうですか」
「……」
ポルセンは頷く。
が、アンジェは頷かない。
ポルセンの表情を確認してから流し目で黙っていた。
「ポルセンとアンジェ。今戦った集団、イシュルーン闇教会か、まだ不確かだが、その委細、詳細をメルに報告してくれ。俺は白色の貴婦人討伐に向けて準備に動くからな」
「はッ、承知しております」
「うん」
「ロバート、ルル&ララもよろしく。【天凛の月】を頼むよ」
「総長、任せてくれ!」
「しょうち~。歓楽街で遊ぶ~」
「はい、総長様!」
ルル&ララは、小さい手で敬礼を行う。
俺も二本の指でおチビちゃんたちに敬礼を返す。
「ロロ、変身を頼む」
「にゃ~」
ロロディーヌは黒豹から神獣の巨大なグリフォンを超える姿へと変身した。
漆黒を基調とした黒獅子と黒馬とグリフォンを合わせたような……。
まさに神獣だ。
「いいなぁ、ほこほこ神獣様に乗りたいー」
「悪いな、ララ。近付くと危険だぞ、さ、皆も乗れ」
そう言葉を発しながら、皆に視線を向ける。
その瞬間――。
「ンン――」
太鼓のような野太い喉声を打ち鳴らしたロロディーヌ。
立派な雄獅子のように喉から胸元を振動させて揺らしながら、触手を展開。
ポルセンを含む闇ギルドのメンバー以外を触手で素早く掴むと背中に運んでいく。
俺は最後だった。
その運ばれる最中に、さりげなく、頭部と首筋をくすぐられたが……我慢。
『ロロ様、愉しそうですね』
『あぁ、いつもより肉級タッチングの圧力が増していた』
と、ヘルメとの念話中に、操縦席のような相棒の後頭部へと運ばれた。
俺を運び終えたロロディーヌは、そのまま颯爽と走り出す――。
――力強い膂力だ。
巨大な四肢で、墓を壊しながら駆ける。
そして、ドッと鈍い音を立てながら丘の頂上から飛び上がった――。
……感覚を共有しているから分かったが……。
ロロディーヌの後脚が、見事に、丘を削っていた。
あの丘も墓場だと思うが……ま、いいか。
そこで、皆に向けて、
「――目指すは西の帝国領、象神都市レジーピック!」
と宣言。
『行きましょう! 新しい場所に、神聖ルシヴァル帝国の領土を!』
「「はい!」」
皆の気合いを感じながらロロディーヌの触手手綱を掴む。
『妾も気合いが漲ってきた!』
『おうよ。ヴェニューが登場したら、<魔鯛>を解いてくれ。と頼んでみるか』
『器よ、ナイスな判断である。妾と番をする偉大な許可を出してやろう』
『ハイグリアに抵抗して番か? しかし、サラテンは剣だよな。その剣に乗っているのがサラテンだとしても、あの小さい姿から大きくなれるのか?』
『……ぐぬぬ、細かいことは気にするな』
そんなサラテンとの変な思念の会話中に、
「可愛い遊びね~、アラハちゃんも可愛い」
「ん、サザーも浮いてる~。ロロちゃんの触手……気持ちよさそう」
レベッカとエヴァの声だ。
どうやら、俺の背後ではアラハとサザーがロロの触手で遊ばれているらしい。相棒は神獣として真面目に空を飛んでいると思ったら、
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