四百四十九話 月狼環ノ槍の意味
「あれは、ザハ。この沼に棲む魔魚たちだ」
河童じゃないのか。
「へぇ」
「にゃお!」
キラキラと光を発している鯉のような魚たちが泳いでいる。
俺たちが廊下の端に集まっていると分かっているようだ。
「ンン、にゃぁ~」
肩の
首元から二つの触手の先を伸ばしている。
しかし、触手の動きは恐る恐るといった感じだ。
湖面に平たい肉球つきの触手をつけなかった。
一方、ザハという魔魚が反応している。
飛沫を飛ばしながら、パクパクとした口を湖面から出してくる。
水面に浮上したり沈んだりを繰り返す色とりどりな魚たち。
橙色、金色、白色、黒色、黄緑色、白と黒の斑模様の魚たちだ。
「餌の時間だと思うが、今日は色々とあったからな……シュウヤ、ヒヨリミ様が待っている。行こう」
「分かった」
「ロロ、今は遊ぶ時間じゃない」
「ンンン」
皆でキコとジェスが立っている場所に向かった。
不満げな
「こちらです」
「どうぞ」
キコとジェスが礼をしてきた。
その瞬間、右手にあった大部屋の扉が左右に動く。
木製の巨大な扉が自動的に開いた。
内側に居た黒衣の衣装を着る古代狼族たちが、巨大な扉を開いてくれたらしい。
扉の手前の天井には月と狼の紋章がある。
その門のような入り口を潜って進む。
大部屋は敷居を持った和風の畳部屋でも存在するかと思ったら違った。
木製のバリアフリーの坂が出迎えた。
僅かに傾斜した坂だ。
坂の奥には心柱のような存在もある。
心柱を四点柱で囲むように、巨大な月と小さい月に狼たちが遊ぶオブジェが飾られてあった。
斜めに入った横木もあるし、巨大台輪もある。
左右の両端は、巨大柱と一体化したような狼と月のモチーフだと分かる像があった。
頭貫のある天井は杢目が綺麗だ。
軒には、月の形をした風鈴も多数並んでいる。
風遠しがいいのか風鈴の音が心地いい。
全体的に、腰貫の横材もあるから塔の内部のようなイメージだ。
外観は寝殿造のような建物なのかもしれない。
さっきの板廊下も、船にあるような甲板の板畳みだったが古風な雰囲気を感じた。
「奥に部屋があります。ついてきてください」
「音叉結界は一部を解除していますから大丈夫です」
キコとジェスさんの二人が、そう発言すると、一礼をしてから坂を進む。
俺と視線を合わせていたハイグリア。
『ここの先だ』と意思を込めてから、頷く。
彼女はくるりと腰を基点に素早く反転。
そのまま尻尾を魅せるように左右に振りながら、先に坂を上がっていく。
「閣下、先に上がります。あの尻尾ちゃんを……」
ヘルメを含めた仲間たちと墓掘り人たちも続く。
「わたしたちも一緒に……」
「……アラハ、余計なことを言うな、縛りが強くなる」
ツラヌキ団のメンバーたちはジョディの白蛾の口から発した白糸に捕まっている。
上半身だけだが両腕を封じた蛹状態と化していた。
ジョディの能力の白糸に縛られている状態だ。
足は普通に動くから、そのジョディに背中を押される形で、坂を上がっていく。
俺も肩に乗っている
いつもの
紅色の瞳の真ん中に小さく縦に割れた黒瞳が存在する。
可愛らしい。
「にゃ」
小さい
「行こう」
と、言葉を発して、頷きながら坂を上った。
巨大な心柱を抜けた先――すぐにヒヨリミ様の姿が見えた。
音楽も聞こえてくる。
リラックスした姿勢で椅子に座っている黒衣の似合う古代狼族の方が風を意識するような曲を流してくれていた。
しかし、バーレンティンたちの様子を見て、怪訝な表情を浮かべている方も居る。
気にせず、周囲を確認――。
ヒヨリミ様が待っている部屋は、二十畳は超える広々とした空間だ。
樫の木製のような家具に月形に湾曲した椅子が十脚。
巨大なソファベッドと似た横椅子も五脚、均等に並ぶ。
狼の頭部を模った香具と、時計のような月のオブジェ。
ヒヨリミ様の横には巨大な本棚もあった。
そして、その本棚とヒヨリミ様の背後に森の景色が見える。
森のパノラマ写真でも撮れそうな場所だ。
沼とは正反対の位置か。
「シュウヤ様、ようこそ。まずは宝物を、そこの台座の上に乗せて下さると助かります」
「分かりました。ヘルメ、ジョディ頼む――」
俺は腕を差す。
肩の
ピンクの肉球を弄りたくなる。
「はい」
「承知しました」
ヘルメとジョディたちは即座に紐と糸を操作。
絡んで運んでいた宝物を、台座の上に並べ置いていく。
「ふふ」
ジョディは笑い遊ぶように白糸に絡んでいる
そして、他の宝物の横に、その
「ジョディ」
「あなた様、すみません――」
白糸を口に引き込む数匹の白蛾たち。
即座に
アリスとエルザは周囲の景色を見ていた。
そんな親子にも見える二人に、黒衣の衣装が似合う古代狼族の方々が話しかけていった。
風景と家具に並び置かれた針鼠の人形に関する説明から始まり……。
巨大オークの皮を使ったような敷物のデザイン。
ドリームキッチャー風の壁飾りに纏わる古代狼族たちに関する御伽噺。
などの説明をアリスとエルザにしていった。
俺は墓掘り人たちを連れてヒヨリミ様と対面。
ジョディが操作した白蛾から放つ白糸に縛られているツラヌキ団のメンバーが足下に転がってきた。
「ご自由に席に座ってゆっくりと話とは……いきそうにありませんね。このツラヌキ団の処遇はお任せします。しかし、窃盗団とはいえ烏合の衆とは違うはず。迅速に動いた方がよろしいかと思います」
ヒヨリミ様は忠告してくれた。
「そうですね」
と、アラハとツブツブを見てから、肩の
「ンン、にゃ――」
喉声を鳴らしながら床に降りたロロディーヌ。
少し大きめの黒豹の姿に変身を遂げた。
馬型ではないが、馬の形にすぐにでも変身しそうな勢いはあった。
ジョディは即座に白糸を操作して
そして、その縛ったアラハとツブツブを自身の横に運んできた。
先が平たい触手の先端で、アラハとツブツブの頭部を撫でてあげている。
やはり、サザーと同じ
もこもこの毛だから嫌いではないんだろう。
「……あ、動く前に、先ほどの話の続きを……」
「話の続き?」
ヒヨリミ様は悲しげな表情を一瞬浮かべた。
その視線は俺の槍と机に並ぶ竹筒に向かう。
「――はい。手早く済みますので、実際に見て頂いた方が早いかと」
そう話した瞬間――。
ヒヨリミ様の輝きを帯びたグローブの表面が波を起こすように撓みながら蠢く。
オペラの際に歌い手が着用しているようなグローブの形がぐにゃぐにゃとなった……。
同時にヒヨリミ様の双眸の魔眼が煌めく。
魔眼の力と銀爪が連動している?
その途端、机に並んだ宝物の一つ、竹筒が、不自然に宙に浮かぶ。
竹筒は、ヒヨリミ様のもとに運ばれていった。
竹筒は赤錆びた色合い。
その竹筒から魔力を内包した血のような赤錆びた液体が溢れ出る。
「血? 閣下の血魔力とは違うと思いますが……」
ヘルメがそう分析。
さっき、階段下でもヘルメが縛っていた竹筒が震えていたからな。
「呪われていますが……聖杯の力です」
聖杯か。エルザとアリスが話していた御伽噺。
ヒヨリミ様はそう語る。
竹筒から溢れた液体は撓んでいるオペラグローブへと吸い寄せられていく。
液体ごと竹筒を吸い取ったオペラグローブは青白く光り輝いた。
ヒヨリミ様の両腕が手首から肩まで変化する。
走る狼でも精巧に模ったような四肢の流線さを意識した作りとなった。
攻防一体型といえるのかもしれない。
銀式獣鎧のハイグリアを含めた他の古代狼族たちが身に纏う爪鎧姿じゃない。
甲の部位から青白い狼の紋章が浮かぶ。
その宙に浮かぶ紋章と合う形で、腕先から、巨大な鈎爪と長剣のグラディウスが合体したような特殊な武器があった。
両腕の変化が収まると同時に笑みを讃えるヒヨリミ様。
片方の腕手首に竹筒の収まっている盾にも見える部分がある。
だが、刀による縦の
「……さっきシュウヤ様の持つ槍を見て、涙を流してしまった理由です。槍が震えていた理由はこの聖杯と関係があるのです。そして、この聖杯の力を利用した武具は、わたしと亡くなってしまったアルデルとの……番としての銀爪式獣鎧が反応した証拠なのです。そう、双月神様たちと、神狼ハーレイア様からの祝福の証でもあります」
だからか。色々と神様たちが知らせてくれた理由。
「やはり、この月狼環ノ槍は、そのアルデルという方が使っていたのか」
俺の言葉を聞いたハイグリアも神妙な表情を浮かべてゆっくりと首を縦に振っていた。
アリスとエルザも俺たちの話を耳にした途端、色々と説明をしてくれていた古代狼族の方と離れて、俺たちの側に歩み寄ってくる。
『あ・る・で・る?』
アリスは口でサインを送るようにポーズを変えながらメッセージを送ってくる。
子供なりに空気を読んで騒ぎ立てることはしなかった。
「……エルザ、でも、また凄い話!」
違った。
急に興奮した口調でエルザに話を始める。
「あぁ、だが、番とはな……」
エルザもそう語りつつマスク越しに俺に視線を向けてくる。
神妙な表情を浮かべたハイグリアにもチラッと視線を向けていた。
その視線が物語るのは、ヒヨリミ様が語った番の意味か。
アルデルという方が使っていた月狼環ノ槍。
ハイグリアも俺と番の決闘がある。
と、何回も自慢していたからな。
その件を聞いていたエルザは、ヒヨリミ様が〝良い男〟と語ってもったいないと語ったことを気にしているのかもしれない。
ま、気にしすぎか。
約束は守るつもりだしな。
「イマ、ハ、チンモク」
エルザが頷いた瞬間、左腕の
不自然に外套の中から響く蟲の声を聞いたヒヨリミ様は、一瞬、エルザを凝視する。
外套に包まれているエルザの姿を見て首を傾げてから、俺に視線を寄越してきた。
それは暗に『説明を求めます』といった視線だ。
まずはちゃんとした自己紹介からか。
「……彼女の名はエルザ。子供はアリスといいます」
「あ、申し遅れてすまない。エルザだ」
「アリスだよ!」
「……そうですか。シュウヤさんの仲間として受け入れますが、その得体のしれない声は……」
やはり疑問に思うよな。
エルザは俺に視線を向けてくる。
『このヒヨリミ様に、ガラサスのことを告げても平気か?』
と、いったニュアンスのアイコンタクトだと認識。
「大丈夫だろう」
「左腕に棲むガラサスだ。この左腕に関して追われている理由もある。だから、あまり公表はしたくないから済まない」
エルザの言葉を受けたヒヨリミ様は、眉をぴくりと動かす。
俺を睨んできた。
「分かりました。シュウヤ様も
色々の部分……。
何か恐怖を感じた。
が、気にせずに、
「はい。ここに来た理由の一つですから」
「シュウヤ……」
話を聞いていたハイグリアは嬉しそうに声を漏らす。
「ふふ、なら安心です。そして、リョクラインとダオンに神姫隊の皆が情報を伝えていますが、わたしからも直接正式に狼将たちへとシュウヤ様のことを伝えておきます」
「はい。それと、このエルザとアリスの種族がどうあれ、自由行動の保証もお願いしたいのですが」
「……後ろの青白い皮膚も持つ吸血鬼たちも含む話ですか?」
それはさすがに無理だろう。
血の臭いに敏感な古代狼族たちだ。
バーレンティンたちが、古代狼族の都市に出たら大変なことになる。
「それは不可能ですよね。バーレンティンも暫しの間だが、いいかな?」
「いい。皆の命を保証してくれるのならば、どんなことも甘んじよう」
吸血鬼の言葉とは思えない言葉の質を聞いたヒヨリミ様は、
「……あなたは、本当に吸血鬼なんですよね?」
と、バーレンティンに尋ねていた。
「そうだ……名はバーレンティン。横の男はスゥン。隣のサルジンだ」
金髪を揺らしながら腕を伸ばし、仲間を紹介するバーレンティン。
彼の昔の名はラシュウ。
ダークエルフで金髪のイケメンだ。
仲間の信頼も厚いようだし、メルのように頭も良いから今後が楽しみな人材だ。
ただ、時々
まぁ、今度聞いてみるか。
禿げたスゥンさんも無難に頭を下げる。
睨みを強めていたモヒカンの髪型が目立つヒャッハーな赤髪のサルジンたちを含めて、他の墓掘り人たちも頭を下げてきた。
注目していた美人なヴァンパイアは、俺のことを、強く、睨んでから頭を下げている。
名前といい凄く気になる……が、後回しだ。
「分かりました……まだ安心はしていませんが……シュウヤ様を信用します」
吸血鬼たちも認めてくれたし、ヒヨリミ様からかなり信頼を得られたと思ってもいいだろう。
良かった。リョクラインは俺のことをすべて報告したのかもしれないな。
俺だけじゃないだろう。
パレデスの鏡、神獣ロロディーヌ。
キッシュの存在、ルッシーの存在とルシヴァルの紋章樹を見れば当然かもしれない。
「……ありがとうございます」
と、ヒヨリミ様にもう一度礼を述べておいた。
「しかし、吸血鬼たちの自由行動は保証できません。宮があるここならば一時の待機場所として認めるという形です」
「承知、シュウヤ殿を信用して正解だった。礼をいう大狼后ヒヨリミ様……」
バーレンティンが静かな口調で厳しい顔色を浮かべているヒヨリミ様に喋っていた。
「んじゃ、ツラヌキ団を追うとして、ジョディはここに残ってもらう」
「はい、お任せを、怪しい動きがあれば処断します――」
ジョディは右手にあった巨大な鎌を瞬時に左手の手の内に移動させる。
そして、持ち替えたサージュの大鎌を揮った。
宙を十字にZ字に切断するような白い軌跡を幾つも生み出していく。
――鎌の技量が凄い。
槍武術も使いこなせるんじゃないか?
……と、思うぐらいに華麗な柄の動きだ。
最後は後転――。
ドリルの爪先で着地はしない。
細かい血を帯びた白蛾たちが、ドリルの足先から飛び立っていく。
それら小さい白蛾たちが、エネルギー波のように床板と衝突。
ジョディは、何らかの斥力を得たように体を浮かせていた。
「不思議な光魔ルシヴァルの眷属ですね……蝶を基本とした……まさか……」
ヒヨリミ様はそこで、元死蝶人だったジョディに気づいたように、一歩、二歩と、後ろに下がり、たじろぐ。
「ヒヨリミ様。ご安心を。昔はどうあれ、今は、彼女は俺の眷属です」
「そ、そうですね」
「はい、では、後ほど」
そこでヘルメに視線を移すと、もうハイグリアと一緒に
そのヘルメは胸元でアリスを抱えながら、嬉しそうにハイグリアの尻尾の毛繕いをしている。
アリスも興味深そうにその作業を見ていた。
「精霊様……わたしの尻尾は……あぅ」
「精霊様、わたしも弄っていい?」
なんか、厭らしい色っぽい声のハイグリアが声を上げているが、気にしない。
そして、アリスも聞く相手を間違っているが、まぁいいか。
エルザは
しかし、彼女の左腕のガラサスが伸ばした触手と
その行動のせいで、エルザは激しく揺れていた。
アウトローマスク越しに、俺を睨んでいたが……。
「し、しゅうや……」
と、声は弱まっている。
ハスキーな声だけど、意外に可愛いエルザの声だ。
もっと声を聞きたいとか思ったが、止めとこう。
「はは、ロロ。触手で喧嘩はなしだ。ツラヌキ団たちの臭いを追うぞ――」
「にゃおおぉ――」
俺はヒヨリミ様に軽く会釈。
そのまま横を駆け抜けながら、景色が広がる森の中へと跳躍――。
<導想魔手>を左足で踏みつけ、また空を跳ぶ。
右足の下に<鎖>のスケボーを作りながら、再び、左足のアーゼンのブーツ底で<導想魔手>を捉え、蹴る――。
そのまま<鎖>製のスケートボードの上に両足を乗せる。
左足を前に右足を後方にレギュラースタンスの姿勢のまま横回転しながら――。
ヒヨリミ様とジョディたちを残した屋敷の全体像を把握していく。
建物の形は寝殿造に近い。
中心に小さい五重の塔のような層塔もある。
「ンンン、にゃおおおおおん」
俺を追いかけるように飛翔してきた
風を身に纏う速度で俺の隣に来る。
声音は『何、先にいってるにゃーーー』といったニュアンスだろう。
そして、乱暴に自らの触手を俺の腰に絡ませる
ヘルメの背中側に運んでくれた。
「閣下、最近の作れている板のスケボーですが、独自の武術に組み込む気なのですか?」
「お、鋭いね、ヘルメちゃん!」
と、喋りながら、ヘルメの巨乳さん越しに彼女の身体を抱きしめてしまった!
「あんぅ」
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