四百四十話 蟲使いエルザとアリス


「ジョディさん。手にアイテムボックスでもあるの?」

「ふふ、いえ、能力の一つです」

 笑みが絶えないアリスは可愛い。アリスから「わたしの手を握って!」と、せがまれたジョディは、優しい雰囲氣を醸し出しながらアリスの幼い手を握ってあげた。


 ジュディとアリスか。親子のように見える。

 微笑ましい。エルザさんの表情は確認できないが、同じ気持ちだったら嬉しい。

 無言のエルザさんの隣を歩きながら、時々、彼女を見た。

 大剣と蟲の左腕。不思議な白い幽体たちを宿す双眸といい……。

 特有のハスキーのある声も……ミステリアスな強者としての雰囲氣に興味が尽きない。

 チラチラと彼女を見る。エルザさんも俺を見てきた。

 視線が合いながらも気にせず通りを歩いていく。

 すると、小柄獣人のノイルランナーたちの話声が聞こえてきた。


「双月樹と秘宝と――」

「警備が厳重だが、大事な仲間が――」

「黒い獣に邪魔を受けた――」


 とか、何とかいいながら前を歩いていく。

 サザーと同じ種族たち。小鳥の囀りのような声音だ。

 犬耳と全身の羊のようなモコモコとした毛は可愛い。

 だが、その話をしている内容が少し気になった。

 小柄獣人ノイルランナーも色々組織があるようだ。

 更に通りを進む。駄菓子屋が見えてきたところで、通りを塞ぐように大柄な連中が歩いてきた。爪鎧は装備していないから古代狼族ではない。

 虎獣人のラゼールと豹獣人のセバーカたちと似た種族。

 ……小柄獣人ノイルランナーの次は肉付きがいい獣人集団か。

 皆、総じて額の位置に月のような印がある。

 先ほど見かけた隻眼の虎獣人ラゼールではないようだ。

 あの腰の仕掛け刀のような武器は強力そうだったが。すると、大柄の獣人集団たちが騒ぎ始めた。中心に居た獣人が雄叫びを上げる。

 更に、とりまきの獣人たちも次々と拳を天に突き上げ、

「ハーディガの丘を忘れるな!」

「おうよ! 俺らはグルトン帝国の大隊を苦しめた!」

「エスパーダ傭兵団の白髭や黄髭にも負けちゃいなかった!」

「そうだ! ライカンスロープとしての種の力は、無敵なり!」

「「無敵なり!!」」

「ライカン王、ビダル万歳!」

「ビダル万歳!」

「〝ビダルの烙印〟効果は永遠なり!」

「永遠なり!」

「人族の国々も、グルトン帝国も、死者の百迷宮のモンスターも、すべてを倒す!」

「おおう!!」

 とりまき連中は見た目通り荒々しい。

 そして、まだ喧嘩を続けていた古代狼族と虎獣人ラゼールを見ては、

「喧嘩、喧嘩だ!」

「そこの虎獣人ラゼール! ライカンとして味方しようか!」

「古代狼に負けるな!」

「ゴーモック商隊のグランドファーザーを思い出すぜぇ、燃えちまえよ狼野郎! 人族と同様に踏みつぶしまうぞ」

「おいぃ、トマーパ! 蛮勇を起こす気か? ここは古代狼族の都市だぞ?」

「いいんだよ! 昔、虎獣人ラゼールの白髭と黄髭にはやっかいになったからなァ」

「ラーマニ族たちか。だが、一族はすでに滅んだと聞く」

「あの黄髭の隊長のピレ・ママニが死ぬわけがない!」

「それはどうだがな。英雄のドナークとジクランは死んだんだぞ? 髭隊長が活躍したといっても所詮は小規模戦の限定的な戦いに過ぎん。そんな小隊長が、あの大戦で生き残れるとは思えんがなァ。それほどに、故郷を潰した〝六腕のカイ〟は強い」

「故郷、故郷。うるせんだよ。六腕野郎の名も出すなや。今日、何回目だよ」

「別にいいだろうがァ、俺にとっての故郷は東の……フジク連邦なんだからな! 聖獣たちとよく遊んだ……」

「また、故郷だ。センシバルと間違えられるアホ・・マータの精獣が!」

「なんだとぉ!? 聖王ホクマータ様を愚弄するとは万死に値する!」

「二人とも黙れ、一つの故郷が失っただけだろうが!」

「そうだよ。俺たちライカンはどこにでも巣を作る。【シジマ街】にも巣があるだろうが」


 と、各々頭を掻きむしり、好き勝手に叫び、踊り、殴り合いの喧嘩を始める。

 額の月の紋様が、三日月になったり満月になったり変化しながら他の獣人たちにちょっかいを出しつつ、問題を引き起こすように周囲へと威嚇を続けながら去っていった。


 ライカンスロープの旅人集団か?

 見た目はカズンさんの豹獣人セバーカに近い。

 幸い、俺たちにはちょっかいを出してこなかった。

 視線も合わなかったし、喧嘩している獣人の方に注意を取られて、俺という存在に気付かなかったようだ。そうして、茸を満載した魔獣の荷車が通り抜けた時、駄菓子屋さんの前に到着。ハワイアン風の心地よい音楽が耳を通り抜けていった。


 そんなミュージックをバックに、駄菓子屋さんの外観を間近から確認。

 ブドウの実を宿した食虫生物と似た花を咲かせた蔓が、蛇のように絡み合いながら太い柱の上部に移動し、蔓と太い柱の樹皮が混ざり合うと、ブリキ細工風の怪物たちを模る。そのブリキ細工の怪物たちが駄菓子屋の屋根を形成していた。ブリキ細工風の怪物で最初に目に付いたの怪物は、一対のヘラジカ級の鹿角を持った怪物だ。

 

 次は……平らな顔だが、凹凸や陰影のない、のっぺらぼうの妖怪と似ている頭部を持った怪物。のっぺらぼうの妖怪的な怪物は魔霧の渦森を含めて、この樹海地域に広く分布しているモンスターだな。ゲンダル原生人やゲンダル原住民と呼ばれているモンスターたちだ。


 その次は……。

 牛のような輪郭の中に、蜻蛉の複眼を持った怪物。

 これは旧神ゴ・ラード系のモンスターかな。

 俺たちがこの狼月都市に辿りつくまでに、倒し続けていたモンスターと似た形もあった。

 そんな怪物たちが揃い踊るような屋根の両端には、城の天守にあるような、しゃちほこと似た飾りもある。しゃちほこの中央には、大きい月と小さい月のオブジェもあった。

 ペルネーテにも不思議な外観を持つクリシュナという名の魔法具店もあったが……。

 この駄菓子屋風カフェの外観も負けていない。

 と感想を持ったところで、ジョディから離れて先を歩くアリスが不機嫌そうに、


「混んでる!」


 と、腰に幼い手を当てながら喋っていた。

 ――確かに。

 ……植物の根と樹が形作るテラスとベンチは満席に近い。


 料理、豆の茶の話をしながら美味しそうに食べているドワーフ。

 白い茸、雪のような色合いの茸をスライスした身に、肌色のごまだれにつけて、美味しそうに食べていく古代狼族の青年。


 小柄な鼬獣人グリリの商人の中で、一際目立つ大柄の鼬獣人グリリの戦士が自慢気に百迷宮に関する話をしている。

 隣のベンチでは、古代狼族の女性兵士がオーク帝国との戦争話を展開。


 ――傷を負い隊列が乱れたが、その代わりにオークの腹を貫いた爪技が進化したと、そして、小隊たち、仲間たちを救えた。といった内容だった。


 古代狼族の大柄な青年兵士は、樹怪王軍団の槍使いたちと争った話をしていく。

 すると、隣で竹のカップを持った往年の古代狼族の方が反応した。

 にわかに立ち上がりながら、


「ブンザイもナッサンもよくやった」


 と傷を負った兵士たちの名を告げてから、鷹揚に頷く。

 そして、顎髭を触り、


「傷を負ったことは名誉。わしも旧神ゴ・ラードに通じる樹海道要衝の一つ【頭蓋の池】の防衛で、中隊長サッシン様と共に蜻蛉の軍団から街道を守ったぞ」


 と、往年の古代狼族の兵士は、マッスルポーズを繰り出しながら語る。

 竹コップから茶色の液体が零れていた。


 往年の古代狼族は、構わず、短い毛に覆われている逞しい胸筋をピクピクと動かす。


 老兵だと思うが……。

 古代狼族らしい筋肉量。

 そして、持っていた竹製のコップを壊すように勢い良く口に運んだ。


 牙にぶつかっても竹のコップは壊れない。

 頑丈だ。

 その代わり、コップに入っていた茶色の液体が派手に飛び散っていた。

 

 口元の髭が茶色塗れになっている。


 香ばしい匂いといい……。

 あの液体の色合いは、コーヒーか?

 さらに他の古代狼族たちから……。


 ――単独で狩りに出て結果を残した神姫ハイグリア様はさすがだ。

 ――その捜索に向かった一隊が無事に帰還した。


 といった調子の話声が聞こえてきた。

 古代狼族の兵士たちは、俺の姿をチラリと見てから、そういった話題の話をしていく。


 もう俺の存在はこの都市でかなり伝わっている。

 その帰還したばかりの神姫ハイグリアは……。


 黒豹ロロディーヌとまだ一緒。

 大通りでの騒ぎはまだ続いていた。

 小柄獣人ノイルランナーとハイグリアは、まだ言い合いを続けていた。

 あの小柄獣人ノイルランナーは、盗賊、忍者系の衣装を着ているから、犯罪者か?


 焼き肉屋の前での騒ぎだ。

 半透明な平幕の敷居だから、客たちが見えている。

 ここからでも否が応でも目立つ。

 通りや客の会話には、白色の貴婦人の話題となる。次に人族の集団と戦闘になった話から、お祭りの催しと帰還が遅い狼将の話に移行し、ザクセル様の仇などの色々な話があちらこちらから聞こえてくる。


 古代狼族たちが話す言葉は、あまり聞いたことのない言語と人族と似た標準語南マハハイム語風の言葉が混ざっていた。


 古代狼族以外の、獣人たちは人族と同じ共通語が多い。


 そして、おっぱいが大きい駄菓子屋の女主人が、人差し指を客に向け、


「ふぅん、なるほど。そんなペルネーテくんだりに棲む、通称、神の左手だが、右手だが、田中だが、うまえもんだが、知らないけど……。そんな駄菓子を選ぶってことなのね!! 私の運命に選ばれた駄菓子を選ばずに!!!」


 喋りが激しい店主だ。


 だがしかし!

 カッコいいポーズを取っている。


 おっぱいさんが揺れている。

 客は、女主人のポーズに見れるような表情を浮かべると、手元から銀貨を落としていた。


 落ちた銀貨の形は、俺が出したオセベリア銀貨と違う。

 銀塊と銅塊、魔石と、色々な貨幣が流通しているようだ。

 物々交換もあるようだ。


 そんな周囲の様子とうわさ話を聞きながら、


「……少し待つか」


 と、皆に向けて呟く。

 満席に近いからしょうがない。


 俺たちは、空いている席を探しながら、混雑しているテラス席を見ていく。

 ドライフルーツが入った団子を美味しそうに食べている客の姿が、憎たらしく見えてきた。


 あ、キッシュとのデートで良く食べた、あの菓子と似たようなモノがある!


 パイ生地の卵系の料理! 

 名はマジュンマロン!

 あの菓子も仕入れているとは、やるな。ここの店主。


「……やはり人気店だな」

「はい」

「あきらめない! おごってもらう!」


 腹でも減っているのか、必死なアリスだ。

 子供らしく両手を振るって走りながら、席を探していた。


 しかし……今は、座る席はなさそうだ。

 黒豹ロロたちの下にいくか……と、考えた時――。


「見つけた! ここをとった!」


 小さい両手で万歳をしながら、喜ぶアリス。

 空いたばかりの机を叩いて、万歳を繰り返し、椅子に座っている。


「お、空いた席があったか。ありがとアリス」

「……」


 エルザさんは無言だが、微笑んでいる感じを受けた。

 背負っていた大剣を包む魔布が蠢きながら、エルザの項と腰元に収斂していく。

 やはりマスクといい特別な外套か。

 エルザは背負っていた大剣をベンチ席に立てかけてから、アリスが座っている席に座る。


 俺は周囲を確認。

 先ほど大通りで見かけた、兎人族のレネの姿とその妹さんらしき姿はないかと、探す。

 ……さすがに好都合な展開で、食事を楽しんでいたりはないようだ。


 すると、綺麗な音が響く。

 音の方を見るとは、そこはステージ台だった。

 

 棒の楽器、ウィンドチャイム系の綺麗な音が鳴る。

 風鈴めいた風に舞う音が、連鎖した。

 クラリネットのような細長い楽器を手に持った獣人たちが、そのウィンドチャイム系の音色に合わせて、あたたかい音を奏でる。


 ハワイアン風の陽気な歌声。


 中身の詩は情緒的で冒険のある話。

 隻眼のラドラスの物語。

 その隻眼のラドラスがレシトラス遺跡探索で活躍する内容だった。

 隻眼のラドラスは、仕掛け装備が備わる曲刀をメインとした近接戦闘のエキスパート。そんな戦闘が得意なラドラスの歌を陽気で躍動感のある歌声を繰り広げているのは歌の主人公と同じ種族の虎獣人ラゼールの男性だ。


 ママニのような髭はない。

 陽気な音楽と歌声に合わせて、綺麗な獣人の踊り子たちが踊り出す。


 いいねぇ……踊り子たちも美人さんばかりだ。

 ダンス芸術っていいよなぁ。ゆったりとしたハワイアンダンスを堪能……俺も正義のリュートを使って、セッション的に参加をしたくなったが……止めておいた。ちょうど、駄菓子屋さんのウェイトレスさんが来たからだ。女主人ではなく、スレンダーな足を持つ獣人ウェイトレスさん。


 アリスが、早速白茶と、


「それとね、冷たいおかしだんご!」


 冷たい団子菓子を注文していく。

 アリスは前々から食べたかったお菓子らしい。


 エルザさんは無難に豆茶を注文。

 その注文際も、首元から漂う魔布の切れ端が微妙に揺れている。

 魔布が増えたような気がした。

 ジョディもスレンダーな獣人が持っていた木札のメニューを見て……品を選んでいる。その間に隣の席を注視した。

 コーヒーのような色合いの飲み物を美味しそうに飲んでいる兎人族がいる。


「シュウヤ、あれはプルトン生豆を加熱し焙煎した苦みのある飲み物。錬王の茸も加わっていると聞く、香ばしい飲み物だ」


 エルザさんが豆の飲み物を説明してくれた。

 要するに、コーヒーだろう。先ほど、古代狼族の老兵が豪快に飲んでいた液体だ。ジョディは、スープとお菓子にその豆のコーヒーを注文。

 俺も注文しよう、黄色の菓子が俺の知るマジュンマロンか確認だ。


「それじゃ、その豆茶と、あそこで食べている黄色のお菓子は?」

「あれは、鼬獣人グリリのドハブン商会さんが開発した美味しいマジュンマロンですよ。南マハハイムの各都市で流行しつつあるとか。王国美食会も認めた逸品と聞きました。北では砂漠都市ゴザート、独暴都市カラジフ等にも交易品として流通が開始されたと聞きます」


 おお、やはりそうだ。

 キッシュとヘカトレイルの露店の街をデートした時に食べたお菓子だ!

 美味しいお菓子だからなぁ。分かる。

 北のゴルディクス大砂漠の都市でも流行はやるのは分かる気がするよ。キッシュとのデートは楽しかった。透明感のある笑顔。

 美しい翡翠ひすい色の髪と瞳のキッシュ。

 ほほの蜂のマークも可愛い。

 そのキッシュは、故郷サイデイル村を復活させつつある。

 キストリン爺とキッシュのハーデルレンデ祖先たち願もあるが……皆と末永く暮らすために、力を欲して、俺の<筆頭従者長選ばれし眷属>に入った。

 そんな優しいキッシュのためにも、古代狼族たちとサイデイル村の同盟を成立させないといけない。

 狼将という存在は一筋縄ではいかなさそうだが……。

 と思考しながら、


「……そのマジュンマロンと冷たいお菓子団子を三つ」


 そうして、注文した品を、皆で食べながら色々と話をしていく。

 どうして、この狼月都市で俺という存在が周囲から襲われないのか?

 という理由を含めて……改めて、神姫ハイグリアと黒豹ロロのことも説明しながら、光魔ルシヴァルのことを告げる。

 続いて、エルザの大剣を無難に褒めた。

 背中の大剣の名は、ヤハヌーガの大刃。

 一族にまつわる秘宝の一つだと、色々と、曰くつきだった。

 アドラスの汁という油のようなモノで研ぐと切れ味が増すとか。

 更に色々と話が続き……。



 ◇◇◇◇


 残り数個となったマジュンマロンの美味しさを堪能しつつ、他のお菓子とマジュンマロンをヘルメ用と皆のお土産用に、アイテムボックスの中に仕舞う。エルザさんも団子を食べる際、慎重に口元を晒していた。

 細い顎を持つのは、マスクから少しだけ顎を覗かせていたので、知っていたが……やはり、肌と唇の色からして、人族だ。

 エルザさんは、すぐに露出した肌を隠すが、わざと俺に対して……。


『わたしは、人族なんだぞ』と、意思を込めて露出したと俺は判断した。

 その勇気ある行動を示したエルザさんに対して、俺は自然と微笑みを意識していた。続いて、人族側のステータスともいえる冒険者カードを見せる。


「わたしもある」


 Bランクの冒険者か。


 エルザさんの左腕に宿っている蟲のことを指摘。

 邪神シテアトップ絡みと、ペルネーテで戦ったパクスのこと。

 そのパクスが持っていた魔槍グドルルを手に入れたこと。

 邪神ヒュリオクスの眷属の蟲が人族系の種族の脳か脊髄を侵食し、人族たちを傀儡化させること。


 人魚のシャナと右目のカレウドスコープを除いて、口下手なりに、説明をしていった。


「……そういうことか。タザカーフの血脈ではないことは残念だったが、邪神シテアトップに依頼されて、邪神ヒュリオクスの大眷属とも呼べるべき存在をほふっていたとは……驚きだ。その邪神の駒になっていないことも驚きだが……」


 俺はエルザさんの左腕というか、外套で隠す腕と、胸元を見みながら、


「それより、エルザさん……」

「エルザでいい」


 アウトローマスク越しの視線と口調から、少し、彼女が、はにかんだと分かる。

 俺も、調子に乗り、


「分かった。美人のエルザ。その左腕に宿る蟲。俺が知るマガイモノの件と、何故、俺をその〝タザカーフの血脈〟を知る者と思ったのか。詳しく教えてくれ……」


 と、少しアドゥムブラリを意識して、早口気味に、話をした。

 紅玉環が少し魔力を求めるように光ったが気にしない。


「……美人も付けなくていい。この左腕。魔界付与師製の特別な防具で包むガラサスはヒュリオクスの眷属だ――」


 やはりそうか。

 蜘蛛の巣と竜紋様が紅色に輝くガントレットの内側を、俺に見せてきた。


 魔印のような魔法陣か。

 紅色に輝く蜘蛛の巣と竜の紋様と繋がっているようだ。


 エルザは魔力操作を行う。

 そのガントレットの内側へと魔法陣に魔力を注ぐ。


 魔法陣の内部を刻む魔法印字がぐるりぐるりと目まぐるしく回り出す。

 すると、円の魔法陣の中心がぐにょりと窪む。

 その小さい孔は、周囲の大気、魔素、ガントレットの一部の部品、腕の皮膚どころか、肉と骨までも吸い込むように……ぐるぐると巻きながらうごめく。


 その瞬間、ガントレットの内部に、しわの線がぐるぐると捲いて回って、台風の目のような丸いあなが誕生。


 その生まれたばかりの孔の奥底にまぶたが閉じた歪な眼球が存在した。

 濃密な魔力を内包した眼球だ。


 瞼を閉じているというのに……。

 魔界にでも棲んでいるような悪魔的な怪物を連想する。


 胸ポケットに入っているホルカーの欠片が強く揺れた。

 白黒猫ヒュレミ黄黒猫アーレイの猫人形たちも振動の影響を受けて胸ポケットから小さい頭がせり出てくる。


 構わず、魔察眼を強めて……。

 悪魔めいた眼球を注視した。


 すると、俺が注視するのを待っていたようにぎょろりと瞼が剥く。

 見開いた眼球は、魔力を発しながら孔から飛び出てきた――。


 うひゃッ――思わず身構える。

 俺の前で止まった眼球。

 その眼球の後部は、一つの血管のような細い筋を持つ触手だった。

 触手は、エルザの左手首の丸い孔の底と繋がっている。


 エルザは座りながら、左手首を内側に曲げた。

 胸元で覆うように、自らの肩と背中で、周囲から左腕から飛び出た眼球を目立たないようにしていた。


『閣下、<精霊珠想>の準備はできています!』

『分かってる。だが、エルザはわざとガラサスの蟲を公開した。だから動くなよ』

『はい』


 左目にヘルメが居ると防御面は安心できる。


 エルザはリスクを背負って自らの情報を公開している。

 眼球触手と本体の蟲を持つ彼女だ。

 古代狼族たちに捕まれば、ただでは済まないだろう。


 だからこそ、今の行動は俺と友好関係を築きたい。という現れでもある。


 俺は、人族と見た目が変わらない種族。

 そんな俺が古代狼族を代表するような立場にある神姫ハイグリアと知り合いだったことを知れば、リスクを冒しても、こういった話し合いに向かうことは、また、当然の選択といえた。


 ま、一番の理由は……。

 左腕の蟲の存在に気づきながらも、あえて接触してきた俺への興味かな。


 さて、肝心の眼球はゆらゆらと漂っている……。

 アドゥムブラリの単眼球で貴族服を着ているといった特別な可愛さはない。


 虹彩には、エルザの魔眼と似た幽体のようなモノが蠢いていた。

 さらに、淡い色合いの魔法印字が虹彩の部位の意味を現すように浮かんで消える。


「…………ワタシ、ガラサス。ヨロシク。タザカーフ、ト、オナジモノヨ」


 うあ、喋った。思念的なテレパシーではなかった。

 今日一番に驚いた。

 カウボーイハットが似合う樹海獣人よりも驚いた。

 ジョディも驚いて、団子を落としている。


「これ、喋れるのか……よろしく……」


 そう、ガラサスに挨拶しながらも、驚きモモノキというか……。

 口はどこだ。ガントレットの孔か? 

 と、考えながらエルザの腕とガラサスの眼球を凝視した。


「喋れる、わたしと思念で会話もできる」


 へぇ。ヘルメやサラテンと同じようにか。


 エルザの左腕がガラサスの本体か?

 この眼球を操っているだろうガラサスは、友好的と分かる……。


 いや、眼球の操作もエルザがしているのかもしれない。


 だが、ガラサスは邪神ヒュリオクスの眷属だ。

 エルザがガラサスのことを操作が可能だとしても、何をしてくるか予想はできない。


「思念か……それは気をつけないと」


 そう告げながら、眼球には眼球という理由ではないが……。

 近々距離戦に備え紅玉環に少し魔力を送る。


 調節を兼ねた<ザイムの闇炎>を意識。

 瞬時に、片腕の拳を闇炎が抱く。


 魔力を調節したから闇炎に派手さはない。


 ナズオン将軍が引き連れていた達磨兵士の軍隊を屠った時のように、俺の拳を包む闇の炎は、ザイムの竜頭を模ってはいない。


 ただの薄い靄、薄い闇炎だ。

 そして、丹田を中心に……。

 キサラから習い途中の魔手太陰肺経を意識する。


 体内を巡る魔力を活性化した。


「……そう、殺気立つな。しかし、闇の炎とは……」


 エルザが俺の腕を凝視しながら呟く。


「……ワタシ。ケイアイヲ、シル、マガイモノ。ソシテ……エルザ、ガ。アルジ」

「やはり主か。まぁ、用心を兼ねてだよ。エルザとは、こうして友好的に喋っているとはいえ、出会ったばかり。何の安全の確約もないわけで。そして、今も、これから先も、何が、あるのか分からないからな」

「……確かに。素晴らしい隙のなさだ」


 エルザさんは俺を褒めると、ガントレットに魔力を込めて、ガラサスを左腕の内側に引っ込めた。


「そして、そんなシュウヤだからこそ説明しよう。ガラサスが語ったように、わたしが本当に、この左腕のガラサスの主だ」

「邪神ヒュリオクスの眷属は、頭部に寄生するタイプが多いはずだが、違うタイプもそれなりに居るということか」


 観察タイプは無数に存在すると、パクスこと、ガバルは語っていた。


「そうなのか? わたしの場合は、タザカーフの血脈があるから、邪神ヒュリオクスの眷属の侵食を防いだのだ」

「それで左腕がマガイモノとなったのか」

「蟲だったガラサスも頭を乗っ取ろうと蠢いていたが、タザカーフの血脈から逃げることはできず、わたしの左腕と蟲が融合し、ガラサスが誕生した。しかし、この左腕を獲得したことにより、わたし自身も、また、完全に別のモノになってしまったが」

「別のモノ?」

「そう、浴に言う人外の怪物という奴だ」


 エルザは、アウトローマスク越しに双眸の力を示しながら語る。

 一瞬、武者震いをした。


「……俺も人外だ。それよりも、タザカーフの血脈は廃れたと語っていたが、タザカーフとは?」


 俺がタザカーフを連呼した時――。

 周囲に視線を配るエルザとアリス。

 あまり声を大きくしない方がいいらしい。


「……わたしの一族だ。 幽鬼族の系譜を持つ亜種といえば早い……そのお陰で助かったことも多いのだが……」


 エルザが語っている途中で、その口調が不自然に、低音となった。

 表情はマスクで分からない。

 だが、何か鬱憤めいた思いがあるようだ。


「理由は話したくなければ、ここでいう必要はないぞ?」

「いや、このタイミングは逃せない」


 そうエルザが力強く語った瞬間、隣の席で黙って座っていたアリスが、両手を上げた。


「――エルザ! 聞くところによるとシュウヤさんは狼の神姫様と知り合いらしいし、ともだちになってもらおう? にげるのにつかれたし、百迷宮にも挑めるかもしれない。呪いの聖杯伝説もあるし、それに……」


 アリスは自身の胸元にぶら下がるネックレスを触る。

 その瞬間、歪な魔力紋が彼女の背後から出現するや否や、奇怪な幻影が見えた。

 が、その幻影は一瞬で消失。


『閣下、今の禍々しさは……』


 視界に浮かぶ常闇の水精霊ヘルメが、少し怯えるようなニュアンスで伝えてきた。

 <精霊珠想>の発動の一歩前といった緊迫した表情を浮かべている。


『魔界、いや、旧神とか古代神に部類する何か呪いか? 鑑定能力がないからなんともいえないが……』

『何かしらリスクがあるようですが、邪神の眷属に抵抗できる古き血脈を持つエルザといい、この可愛らしいアリスも、ただの獣人少女ではないようです。能力は未知数ですが、二人とも閣下の眷属にお勧めします』


 眷属化を勧めてきたが、尻のことは珍しく告げてこないヘルメ。

 小型な姿のヘルメだが、机の上でグラマーの双丘を持ち上げるように、腕を組み、双眸を細めて渋い表情を浮かべていた。

 常闇の水精霊としての真面目モードだ。


 すると、エルザが、


「……アリスが〝逃げるのに疲れた〟といったように……わたしたちは各地を放浪し、人族には危険な、この古代狼族の隠れた都市にわざとやってきた。そして、潜伏しているのは、それなりの理由があるのだ」

「その理由とは?」

「一つは、この左腕に宿るガラサスとわたしを追うヒュリオクス眷属たち。二つは、幽鬼狩りの連中と外法狩りの集団。三つが、東亜寺院のメイハンたち。四つが、シジマ街のヒミカ・ダンゾウが率いる【死の踊り子】」


 そこで、間を空ける。


「幾つもの集団に追われているのか」

「まだある。五つが魔族殲滅機関ディスオルテの一桁……リフター・クフイルツン。六つが、魔印剥がしのノーラン。といった多種多様な者共に追われているのだ」

「うん……わたしはエルザに助けられたんだ」


 ヘルメが警戒したアリスにも深い理由があるか。


「アリス、そういった理由もあるから、シュウヤと友になろうと話をしたんだろう?」

「うん!」


 エルザとアリスは互いに頷く。

 友好的な雰囲気だ。

 よーし、ここはアリスの言葉に乗ろう。

 正直、俺も興味が湧いたし……何より、小さいなジャスティスが疼く。


 ハイグリアとの約束もあるが、今はこの交渉を優先する。


「友か、風来坊の俺で良かったら、今後ともよろしく頼むよ。美人なエルザと可愛いアリス」

「おお、本当か! ありがとう! 改めて、わたしは蟲使いエルザ。冒険者の通り名だと、普通に大剣使いのエルザだ。よろしく頼む」

「ふふー。あ、わたしも! しゅうや兄――」


 小さい拳を突き出してくるアリス。


「おうよ――」


 アリスのお望み通り、その幼い拳にコツンと自らの拳を合わせて上げた。


「ふふ」


 ジョディも微笑む。残っていたお菓子を食べる速度が速い。

 すると、アリスが机に両手を突けて前屈みの体勢になりながら幼い顔を近づけてきた。

 桃色の唇が可愛らしい。


「――エルザの素顔は、美人だから、楽しみにしてるんだよ?」


 小声でアリスがそう教えてくれた。


「おぉ、それは楽しみだ」

「何をコソコソ話をしている。それとシュウヤ。わたしを呼ぶ時は……美人は止してくれ。エルザだけいい」

「そうか?」

「そうだ! だいたい、わたしの素顔は見てないだろう」


 そのエルザの言葉を聞いて、アリスと目があった俺は互いに笑う。


「なんだ、二人で笑って。というか、皆で笑って」


 お菓子を全部平らげていたジョディも笑っていた。

 綺麗な顔で笑みを浮かべているジョディだが……。


 口元がキナコの粉塗れ。

 茶色と青い細かい葉が、口の周りにたくさん付着していたから、面白かった。


「あはは、ジョディおねえちゃんたべすぎー」


 と、アリスに指摘を受けるジョディ。


「いいんです。運命的に美味しい駄菓子屋さんのお菓子ですから!」


 ジョディはまだまだ食べる気なのか。


『友はいいものだ』

『あるじしゃまと、おともだち……わたしゅもなりたいでしゅ!』


 イターシャがそんな健気なことを!

 良し、


『イターシャ、いいぞ、左手から出てこい』

『わーい』


 その瞬間、左手の孔から鼬の姿をした小さい剣精霊が出現。

 あれ、鼬は鼬で、凄く可愛いが、よりミニマムに……。

 この間より、姿が小さいぞ?

 胸元から小さい剣の先っぽが出ている。

 それが何か可愛らしかった。


「ぬお!? シュウヤ……その左腕の小動物は……」

「わぁ、可愛い! でも、小さい動物を出すなんて、ジョディと同じで手品師? シュウヤ兄すごい!」


『わ、妾……と、とも……』


 口を震わせているのか、何を語っているのか分からないサラテン。

 イジケタように思念話を出してきた。


『サラテンも友になりたい?』

『!? 妾と友になりたいのだな? 分かるぞ、器よ!!』


 すぐ、調子に乗るサラテン娘。

 俺はサラテンとの念話は止めて、エルザとアリスに視線を向けながら、


「……この小さい人形のような鼬はイターシャという名がある。皆と同じように友となりたいらしい」

「……」


 小さい鼬はぺこりと、その場で小さい頭を下げる。

 すると、素早い動きで俺の肩の上に乗ってきた。

 黒猫姿の相棒の肉球とは違う、小さく柔らかい感触を得た。

 肩に乗ったイターシャは恥ずかしがり屋なのか? 思念を飛ばしてこない。


「勿論、ともだちになる!」


 アリスは椅子から飛び降りると横から駆け寄ってきた。

 イターシャのことを手で触れようとするがイターシャは、俺の鎖骨の上を走り反対側の肩に逃げてしまった。


 鼬というか小さい子供のオコジョだから素早い。


「うう、逃げちゃった」

「イターシャは恥ずかしがり屋だからな」


 さて、騒ぎが収集していそうなハイグリアのところに向かうか。

 ロロディーヌには悪いが、半透明な幕がある焼き肉の肉はお預けかな。

 エルザとアリスに相棒と神姫を紹介しよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る