三百八十七話 イグルードとサラの声

 アドゥムブラリを<武装魔霊・紅玉環>の紅玉環に戻しイグルードの種を掴む。


「ヘルメとキサラ。訓練場の皆の前で、これに魔力を注ぐ。この種は邪霊槍イグルードだった存在だからな。もし、戦うようなことになったら、皆で一斉に殲滅だ」

「はい」

水牢ウォーター・ジェイルを用いますか?」

「それより十八番の氷槍アイシクル・ランサーの用意だ」

「承知いたしました」


 ヘルメは両手と両足に知恵の輪のような氷の繭を生成。

 ヘルメは両足にも魔法の繭を作れるのか。


 色合いも露草色の蒼から納戸色の濃い蒼となり、ピーコックブルーに縁どられているから、蒼と青のグラデーションが綺麗だ。


「……シュウヤ様、本当に?」


 キサラが忠告してくれた。

 彼女とイグルードが激突した話は聞いている。

 だが、試すだけ試す。


「そうだ。このイグルードの種か、石か、塊に魔力を入れてみようかと」


 黒猫ロロにはアイコンタクト。


「ン、にゃ――」


 黒猫ロロは小さく鳴いてから、俺の肩から降りる。

 床に四肢をつけると、ムクムクッと姿を大きくさせた。

 瞬時に、山猫のカラカル、ボブキャット、マヌル猫系と似た姿に変身した。


 山猫に近い姿のロロは体毛を靡かせながら走り、キサラとヘルメが入ってきた屋根上の窓へ向け直進し跳躍、その窓から外へと飛び降りた


 幽霊のラシュさんにも「ラシュさん、下に行くよ」そう語りかけると、ラシュさんは首を傾けてから頷く。


 ラシュさんは黒猫ロロの行動を見て、理解できているようだ。

 ラシュさんの胸をチラッと見てから、俺たちも窓から飛び降りた。

 着地し、


「――よ、ソロボとクエマ。訓練場に向かう」

「はいッ」

「承知しました」

「シュウヤ殿。野菜がもっと欲しいのだが」


 オークたちはヘカトレイル産の野菜を食べ終わっていた。


「クエマは野菜が好きか。だが、野菜はまた今度な」

「……承知した。楽しみにしている。地表の野菜は美味しいからな」


 すると、そのクエマの隣の三度傘を被るソロボはキサラに向けて


「――キサラ殿と再戦を希望する。オレの剣術はまだまだこれからだ」


 銀太刀を掲げながら喋っていた。俺は、


「ソロボ、キサラに話をしてもオーク語は分からないと思うぞ」


 そう言うと、キサラが、



「――シュウヤ様、オークたちは何と?」


 キサラの蒼色の綺麗な瞳を見ながら、


「ソロボの戦士魂に火が点いたらしい。キサラと再戦したいとか」

「そうですか……ロターゼとの訓練のほうが身になるのですが」

「ま、気分が向けば相手をしてやってくれ」

「はい」


 俺はオークたちに話をしながら訓練場に近付く。柵の扉は使わず、囲いの柵に手を当て足を上げて――柵を超えて訓練場に降り立つ。


「軽やか~な、シュウヤ!」

「シュウヤさん、この黒い甘露水をありがとう」

「あ、その甘露水は、わたしも堪能しているわ。黒飴水蛇シュガースネークの甘露水を取っておくなんて、いいセンスね」

「……」


 サラの傍にいたムーもこくこくと頷いている。


「閣下ァァ、そこのオークたちは中々に使えますぞ!」

「アドモスのいう通り! しかし、閣下には、新しい愛盾・黒骨塊魂の技を見て頂きたい!」

「あ、使者様~。このチーズ&パンが美味しい~。でも、リデルちゃんのリンゴパイと、ううん、アップルパイという名のお菓子のほうが美味しいです!」


 皆がそんな言葉を投げかけてきた。

 そんな皆にトン爺に、預かってもらっていた件と魔侯爵アドゥムブラリと邪霊槍イグルードの契約のことを報告。


「ということで、このイグルードに魔力を注ぐ。警戒しろ」

「少し待った。その前に、その<武装魔霊・紅玉環>というスキルと連動している紅玉環をわしに見させてほしい……」

「博士……」


 髭を蓄えたドワーフのドミドーン氏が、近寄ってくる。

 背が小さい彼は視線をギラつかせながら俺の指を注目していた。


 武装魔霊の紅玉環ことアドゥムブラリが気になるようだ。


「魔道具みたいなモノだぞ?」

「もう一つの指輪というか、指の防具も気になるな」

闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトか? これは――」

「ドワーフよ。閣下が所有されておられる指輪型魔導具に興味を抱くとは」

「中々の見識があると見た」


 俺が説明しようとしたら、ゼメタス&アドモスがそう語り出した。

 沸騎士たちは歩み寄る。


 近寄ってきたドミドーンから俺を守るように左右に立った。


「……その、骨騎士たちよ。そこに立たれると、見えないんだが……」

「我らを調べればいい」

「そうだ。モガ殿から聞いたぞ。ネームス殿の腕と足を切り落とそうしたイカレタドワーフ博士だとな」

「だから、閣下に近寄らせるわけにはいかぬ」

「あれはだな……」

「博士、この骨騎士たち、いや沸騎士と呼ばれる存在は興味深いですよ。胸元の煙を見てください」

「……ふむ。この溝、肋の溝の機構は、生きているのか?」

「内臓のような塊も少しだけ見えます、あ、黒煙が……」

「ミエといったか、くすぐるのはやめて頂こう」

「ミエさん! シュウヤの配下とはいえ、魔界の騎士だ。あまり……刺激は」

「ブッチさん、大丈夫ですよ」


 沸騎士は睨みを利かせる。

 元から睨んでいるように見える炎の眼球だが……。


「モガ流剣術で、そのイグルードを成敗してやろう」

「わたしは、ネームス」

 

 壁際にはモガ&ネームスが居る。

 

「んじゃ、もういいか? 沸騎士たちも離れてくれ、ただ戦闘が起きるかもしれないからそれなりに用意はしておくのだ」

「承知」

「お任せあれ!」

「おまかせあれ! 使者様ァ! ぎったんばったんで倒します!」

「イモリザちゃんは元気ね。シュウヤ、わたしたちもいるから大丈夫よ」

「――っ」


 サラの足下に居たムーが樹槍を掲げている。


「紅虎なら安心だ。ムーもな?」


 サラとムーに笑顔を意識して話をしてから訓練場の中央部に足を向けた。


 歩きながら魔槍杖を召喚。

 左手に神槍ガンジスも召喚させては、消失を繰り返して、<導想魔手>も発動。


 <導想魔手>は細かな魔力線で構成された歪な手だ。

 その歪な魔力製の手をチェックするように頭上高く移動させて遊びながら歩く。


 猫軍団と合流していた黒猫ロロが<導想魔手>の動きに釣られていた。

 配下の黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミも同様に空を移動している<導想魔手>の魔力の歪な手を眺めている。


 <導想魔手>の手首のような根本からは俺と繋がる細い魔線が伸びているからな。

 黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミはゴロゴロと音を立てている。


 しかし、さっきまで遊んでいた屋根裏に作った木の道と同じように、空上の<導想魔手>の上でも空を飛んで遊びたいんだろう。


 魔造虎は空を飛べないが……。

 だが、今はイグルードこれだ。

 種か石の塊を凝視――。


 同時にイグルードを囲っていた光属性の樹木<破邪霊樹ノ尾>を消失させる。

 

 この段階で魔侯爵君とはコミュニケーションが取れたが……。

 開放したイグルードの種か石の塊は、うんともすんとも。

 塊の表面模様には樹木群と小さいリュートのマークがある。

 

 その綺麗な塊は掌の上で、微動だにしない。


 やはり死んでいるのかな?

 かなり魔力を消費する<破邪霊樹ノ尾>を用いた光の樹木でこの塊を囲っていたが……。

 

 こう、死んだように動きがないんじゃ……。

 あまり意味がなかったかもしれない。


 邪界ヘルローネ製だが光属性の樹木を発生させることができる破邪霊樹ノ尾。


 破邪霊呪の尾は俺が邪神シテアトップの一部を吸収し<邪王の樹>を獲得して邪槍樹血鎖師という戦闘職業に発展した結果……。

 エクストラスキルの多重連鎖により覚えたスキルだ。


 今の戦闘職業は霊槍血鎖師と仙技見習いの二つだが。


 ま、物は試し。右手にルシヴァルとしての魔力を集結させる。

 盛大にイグルードの塊へと魔力を注ぐ――。


「……す、凄まじい魔力……閣下の右手に色々な精霊ちゃんたちが集結しています……」

「精霊様? 魔力のプレッシャー確かに感じますが……」


 ヘルメとキサラが呟く。


「わたしも右手に魔力が集中していることしか分からないわ」


 サラもそう語る。


「わしもそれぐらいしか分からないが……この〝厳魔検プリレ〟の魔力網の針が凄まじい勢いでぶれている」

「……博士、この値は……古代遺跡の」


 博士の腰にぶら下る本のようなモノの一つを手に持っていた。

 あれは装丁された本にも見えたが、よく見たら四角い小箱なのか。


「……あぁ、あまり見たことのない魔力量の値。遺跡の奥で争いを起こしていた者たちと似ている。是非シュウヤ殿を探検隊に雇いたいが……」

「シュウヤさんを雇うには、紅虎の嵐の倍は金貨が必要になるかと……」


 ドミドーン博士と助手のミエさんがそんなことを語っている。


「シュウヤを雇うなら同じクランの交渉担当となったギュンター・モガを通せよ?」

「わたしは、ネームス!」

 

 モガ、いつ交渉担当になったんだよ。

 ネームスは『モガが・す・い・ま・せ・ん』と言ったように巨大な腕をゆったりと動かして意思を示すが……内実は、よく分からない。


「ミエさん。シュウヤの説得は任せてくれ。シュウヤが居れば遺跡探索隊の成功は確証されたようなもんだ。なんせ、個人で唯一魔竜王討伐に貢献した冒険者なんだからな? 内実は一人で屠ったと隊長も話をしていたし、俺も実際にこの目で魔竜王の口の中から出てくるのを見た、あの時は感動というか、武者震いを起こしたんだぜ……」

「はい、ブッチさんありがとう。古代文字の研究はまだまだ途中ですしね」

「ブッチよ。もし説得に成功したら……」


 と、博士とブッチ氏は変な笑みを浮かべていた。

 口ひげと顎ひげが繋がるブッチ氏だけに、変顔に見える。


 探検隊か。興味はあるが。


「<武装魔霊・紅玉環>の指輪と同じく、あの塊も……」

「クエマ様、オレたちの主殿は……」

「……分かっている。オーク八大神の信仰が揺らぐのだろう?」

「はい。あまたある外界の神々なんて、正直どうでもよかったですが……精霊様の存在といい、オレは……」

「ソロボ、今はシュウヤ殿を見守ろう」

「分かりました」


 クエマとソロボたちの表情は見ていないが、信仰が揺らいでいるようだ。

 間が空く……。 

 

 皆は俺の魔力を身に感じてざわめき立つが……。


 時間が経つと、ため息を溢し始める。

 やはりダメか?

 

 と、思った瞬間――イグルードの種か石のような塊が跳ねた。


 掌から離れ宙に浮かぶ。

 塊はぐにょりと形を変えて一回り大きなって拡大。


 といっても、まだまだ小さいサイズだ。

 だが、浮いているわけじゃないらしい。

 そのイグルードの塊は訓練場の地面に慣性で落ちていく。

 地面に落ちると、え? 回転しながら地面に潜り込んでしまった。


「閣下、これは」

「種だったということかしら?」

「不思議です」

「……」


 ムーがぴょんぴょんと跳ねて近寄ってこようとした。


「ムー、まだ何かあるか分からない、くるな」


 と、きつい表現で注意すると、べそを掻くムー。

 サラの背後に戻っていく。

 サラの紅色のマフラーの匂いを嗅いでいる。

 いつの間にかサラになついてた。

 

 訓練を受けているキサラとヘルメは師匠のように厳しいからか?

 というか、単に黒い甘露水をもらったから嬉しかっただけかもしれないが。

 ムーと同様に周りのメンバーたちもざわつく。


 すると、イグルードが潜り込んだ地面が不自然に盛り上がった。


「まさか……」


 そのまさかだった。

 にょきっと地面から飛び出た緑の葉だ。

 発芽したらしい……石ではなく、本当に種だったとは……。


「葉が増えている。幹も太く……『休眠打破』どころではないな」


 茎の長さが三十センチは超えたか?

 俺の魔力が引き金となったのは確実だから予想はできたが……。


 根も周りに盛り上がりながら広がる……。

 幹の中心には手形があった。

 俺用の手形か?


 しかし、こうも成長が速いと……お? 成長が止まった。

 見た目はカジュマルの根をミニチュア化したような感じだが、充分に太い。


 前にイグルードの瞳の中に映っていた樹木か。

 グロい血の汁や血みどろの魔法の円はないが……。


 あ、手形の側にディープトーンの綺麗な緑色の花が咲いた。

 深緑色と翡翠色のバランスが美しい。


「閣下、素晴らしい植物が……」


 ヘルメは成長が止まったイグルードの樹に手を当てている。


「……あの邪霊槍イグルードが樹木になるとは……」


 キサラはイグルードとの戦いを経験しているだけに、唖然としていた。


「しかし綺麗な花だなぁ。そして、あの花……イグルードが最期に湯気として現れていた女性の顔に似ている。こちらは笑顔だが」


 あの時は悲痛、哀しいような表情を浮かべていたが。

 今は美しい笑顔に見える。


「閣下、水を、わたしの水を上げてもいいでしょうか」

「いいよ。ペルネーテの屋敷に育っている二つの巨木や、千年植物のように育てたいんだろう?」

「はい!」


 ヘルメもいい笑顔だ。


「どんなバケモノが誕生するかと思ったら、樹木に育ってしまったし……シュウヤ、戦う準備はしていたんだけど、大丈夫そうね」

「わたしも弓に金剛矢を番えていたけれど、出番はなさそう」


 サラとベリーズが語る。

 ルシェルは笑顔を俺に向けてから、杖をしまっていた。


「紅虎の皆、すまん」

「べつにいい。金剛の矢は高いし」

「でも、不思議ですね、訓練場に樹って、あ、地面の底は大丈夫でしょうか」

「大きさ的に、坂下の横から根が飛び出ていたりするかも?」


 ルシェルの言葉に頷きながら話すサラは、足下を不安そうに見ていた。


「ま、味気ない訓練場だったし、中心におしゃれなポイントが増えたと思えばいいさ」


 だが、あとで周囲を確認しておこう。

 中心の手形も気になるが……。


「……っ」

「ムー、もう大丈夫と思う」


 ムーは微笑むと、イグルードの樹木に駆け寄っていく。


「ムーちゃん、このイグルードの樹と一緒にぴゅっぴゅーを浴びますか?」


 ヘルメは指先から水を放出している。

 ムーは元気良く頷くと足下のカジュマルのような根に引っ掛かり転んでしまう。


「あらあら」

「……ふふ、ムーちゃん。まだまだ訓練がたりませんね」


 キサラもムーの傍に駆け寄ってヘルメの<珠瑠の花>で起こされ中のムーの頭を撫でていた。ムーが母親たちに囲まれたように見える。

 

 非常に微笑ましい。

 俺は幽霊のラシュさんを連れ訓練場の端に移動した。

 すると、


「――シュウヤ」

「何時の間に!」

 

 キッシュとハイグリアだ。走ってきたらしい。

 両者とも肩で息をして荒い呼吸だ。訓練場の柵の前に足を止めている。


 その距離が微妙に離れている二人に、


「よ、樹が育ってしまった」

「……樹……まさか、植物の神サデュラ様との繋がりか?」


 キッシュは<導想魔手>の動きに夢中な黒猫ロロに視線を向けていた。キッシュには、神獣の姿を取り戻した北を巡る大冒険の経緯と【魔鋼都市ホルカーバム】のホルカーの大樹を復活させたことは伝えてある。

 だから、この訓練場に突如生えた大きな樹を見てホルカーバムの大樹を連想したんだろう。

 

 そんなキッシュに向け、妹の幽霊ラシュさんが何かを語り掛けているが……キッシュは気付いていない。


「いや、トン爺に預けていたお宝だよ。ホフマンとかシュミハザーの戦いで得た」

「あぁ、あのアイテムか」

「あの閉じ込めていた塊は種だったのか!」


 ハイグリアはキッシュより一足先に訓練場の壁を乗り越えて、ヘルメの側に駆け寄っていく。幽霊のラシュさんもキッシュに伝えることを諦めたのか、ハイグリアに釣られて移動していた。


 キッシュの驚く顔も美しいと思いながら、


「そうだ。もっと近くで見たらいい。で、今先ほど魔侯爵アドゥムブラリとの契約に成功した。続いてイグルードの種に魔力を注いだ結果……このような樹が生まれたんだ」

「なるほど! シュウヤの魔力を吸って成長したのなら光属性があるということか? もしそうなら、見た目といい邪悪な邪霊槍として、わたしたちと敵対することはなさそうだな」

「……たぶんな。ヘルメの水も吸い取っているようだし。成長も速そう」


 俺がそう感想を返すと……。

 キッシュは幅跳びの選手のように訓練場の柵を飛び越える。

 ハイグリアも柵を越えた。

 キッシュは、盾を持った状態で近寄ってきた。


「……その指環の紅い翼が、魔侯爵アドゥムブラリか?」

「おう、指環と共に<武装魔霊・紅玉環>というスキルを得た」

 

 壁のような柵に肘を当てながら、そう喋り、魔力を指輪に込める。

 スキルを意識した瞬間――。

 指環の表面がぷっくりと膨れると、膨らみがアドゥムブラリの球体へと変身を遂げた。


「――主の友! よろしくよろしくよろしくな! 武装魔霊だが魔侯爵アドゥムブラリだぞ!」


 アドゥムブラリの反応に、驚いたキッシュだったが、


「あ、あぁ、偉い早口なのだな?」


 綺麗な緑色髪を肩に回しながら頭部を寄せてくる。

 アドゥムブラリの「チュッパチャップス」のような指環と繋がっている単眼球体を覗いていた。

 綺麗なキッシュが舐めたら絵になりそう。


「綺麗な翡翠色の瞳だな。ちゅっとしたくなるぞ」

「おい! エロ単眼。なにがちゅだ」

「――ひぃ、じょ、冗談だ主。 眼球をつ、つぶすなぁぁぁ」


 と、指環の丸い単眼君を反対の手の親指で潰すように押し当ててやった。


「はは、柔らかそう」

「触ってみるか?」

「いや、いい。それより、紅虎のメンバーに村のことで話があるのだ」

「了解」


 俺は頷く。アドゥムブラリを指環に戻しながらキッシュと離れて、イグルードの樹木の下に向かう。


「ぴゅっぴゅー」


 と、水やりを続けているヘルメの傍に歩み寄る。

 ハイグリアはキサラと話をしていた。


「閣下もムーちゃんと一緒に水を浴びますか?」

「いや、この幹の表面にある手形に俺の掌を合わせてみようかと」

「綺麗なお花の隣に意味深く存在感のある……手形ですね。大きさも閣下の手と合いそうです」

「うん、早速――」


 手形に手を合わせると、手と触れた幹と樹皮が蠢く。指と指の隙間が樹皮で埋まり……ぴたりと手のサイズに合うように嵌った。


「閣下、魔力はあまり感じませんが……」

「シュウヤ様、腕と樹木が……」

「……」

「シュウヤ。その樹木は……あの戦っていたイグルードだったのだろう? 本当に大丈夫なのか……」


 と、心配そうにハイグリアが見つめるが、


「大丈夫だ――」


 手を引き戻す。

 何でもない。大丈夫。と、皆に示すように手を泳がせる。

 

「着脱は自由なのですね」

「たぶん……イグルードの樹木が俺の魔力を欲しているんだろう」


 そう話しながらイグルードの樹木から離れた。


「シュウヤの魔力で育つ樹木か……また不思議なモノを」

「俺からしたら鎧にもなる古代狼族の爪だって不思議だぞ?」


 ハイグリアの鎧は会う度に微妙に変えている。

 意外にファッションセンスは高い。姫だからか。


「この鎧か。確かに他種族からしたらそう見える物なのか?」

「そうですね。人族やら獣人やら閣下と共に都市を旅していましたが、爪が伸びて鎧と化すのは……閣下の血鎖鎧以外では見たことなかったかと」

「犀湖で見たことあります。薬売りの護衛でしたが、煌びやかな法被を纏った骨法術の使い手ユン・ゲン。東亜寺院の恰好に似た僧姿で有名だった砂爪剣法を扱う……通称、禿山こと。オオヤマ・ゲンジ」

「大砂漠地方は武芸者が多そうだな」

「わたしが知る時代は戦国でしたので」

「キサラの話はわたしの知らないことばかりだ、面白い!」


 ハイグリアは樹海の中で育った姫だ。

 外の世界の話はいつも興味深々な態度で話を聞いている。


「さて、このイグルードの樹木が将来的にどう変化するか。波群瓢箪といい楽しみだ。ってことで、今日はもう魔力は使わない。一服して休憩する」

「わたしも付き合うぞ。今日の見回りはダオンたちが担当だ!」

「おう。いいけどさ……この間、魔煙草を吸った時、咳込んでいたけど、それでも吸うか?」

「……頑張る!」


 ま、いいか。

 魔煙草は魔力が体に浸透して健康にいいし。



 ◇◇◇◇


 時が過ぎて、ママニたちと血文字で連絡を取ったあと、エヴァとも連絡。

 明日にはレベッカとディーさんにリリィを連れて一緒に、ここに来ることになったが……。


 今は、その鏡の前、というか寝台の横に紅虎の嵐たちが集結していた。

 ブッチ氏はいない。


「しゅ、シュウヤ!」

「なんだ? まだ日が昇ってないが……」

「……だからですよ。ほら、隊長、皆が居ない今がチャンスです!」


 もじもじとしたサラの背後に居たルシェルが、サラを押すように促す。


「友人として隊長として、最初は譲ったけど……遅いから、わたしが……」

「ベリーズ、ま、まてぇ!」


 と、いったように寝台の前に並ぶ、サラとルシェルにベリーズ。

 彼女の足下には黒猫ロロ軍団が居た。


 黄黒猫アーレイは内腹を見せて転がっている。

 黒猫ロロ白黒猫ヒュレミはベリーズの足に胴体を擦りつけていた。


 各自、いつもの甘えた行動だ。


「なんだ? そろいもそろって……皆、その……」


 そう、衣服が……目のやり場に困る。

 思わず、目元を擦る……美人さんの高級服。

 しかもシースルー……。


 下着のようなフリフリが見えているがな!


「そうだ。この服を着ているから分かってるとは思うが、シュウヤ! これを受け取って欲しい」

「フェニムル村で買ったという?」

「そう。シュウヤ……」


 サラは猫耳だけじゃく、頬まで真っ赤だ。

 紐腕輪はありがたく受け取り、内股でもじもじしている可愛いサラを抱きしめてあげた。

 

「……因みに、わたしたちが着ている服。シュウヤさんが喜ぶと思って、魔竜王の素材の一部を売って得た金から特別に用意した魔法下着ですからね? オードバリー家に所属していた裁縫職人が作ったとされる逸品」

「へぇ、ルシェルもいい胸をしている」

「ふふ、ありがとう。でも、今回は……」

「そうね。隊長、頑張るのよ?」

「わたしたちは外に……」


 ベリーズとルシェルは笑みを浮かべてハイタッチ。

 そのまま、サラのためか、階段を下りていく。


「あ、お前たち!」


 サラの声が響く中、黒猫ロロたちもついていった。

 その間にサラから受け取った紐腕輪を装着。


 サラは俺から距離を取り、階段の側に移動していた。


『……妾も外に……』


 サラテンは無視だ。


「俺たちだけになったな」

「うん……」


 サラは俺の顔をチラッと見ては、すぐに視線をそらす。

 その瞬間に、彼女の腰に手を回して、引き寄せた。


「あっ――」

「隊長、隙がある」

「……んん、こんな隙ならいつでも作る……」


 と、目を瞑るサラ。

 小さい唇は震えていた。

 お望み通り、小さい唇を奪って上げた。


 サラの指の爪が俺の背中を刺激する。

 互いに重ねていた唇を離した。


 微笑みを浮かべたサラ。

 だが、すぐにハッとした表情を浮かべて自らの唇を指で触る。


「わたし、キスを……」


 双眸を揺らし猫耳を震わせて喋っていた。


「ハハ、夢じゃないぞ――」


 俺は笑いながら彼女を抱え寝台の上に優しく運ぶ。

 その日……神獣ロロディーヌが呆れるほどに、サラの厭らしい声が朝方まで続く。

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